属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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別視点1-2/3

【N.C.996】

 

 年が変わった。ここでの生活も、もう二年目だ。時間だけが過ぎていく。

 

 すぐにおさらばだと宣言していたはずのブレウはまだ近くにいるし、リーンはよく暴れているし、ネロは勝手に花壇をいじっているし、ヴァイスはよく喋る。

 

 結構、騒がしい一年だったと思う。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 教えてもらったことを練習している。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 二年目からは魔術の使用も含めた実技が始まった。

 

 最初はとにかく身体強化の魔術をやらされた。

 

 火や雷のような、自らの体を傷つけてしまう可能性のある魔術を安全に使いこなすためには、体の防御力の強化は不可欠だったからだ。

 

 では、身体強化の魔術を使いこなすために最初にしたことは何か。

 

 人体の構造の学習だった。

 

「死刑囚とはいえ、死刑台から直送された死にたてホヤホヤのご遺体とか、ちょっとねぇ……」

 

 はいじゃあ今から君らの前でばらしていくんで特に足や腕はよく見ててくださいねーと言われ、あっけなく人が切り刻まれていく様子を見せられた後、何人もの生徒が気分を悪くしていた。

 

 講義の翌日の昼食でも、ヴァイスはかなり気持ち悪そうにしている。

 

「なぜ左遷させられた者を教官に使っている……っ。熱心に聞いている者もいましたが、きれいなバラし方なんて何に使うんですか」

 

 ブレウは珍しく動揺しているようだった。

 

 流石のリーンも顔が青くなっており、

 

「しばらくお肉食べられないかも……うぇ……」

 

 突然立ち上がったかと思えば、外へ駆けていった。

 

 しばらくして、勢い良く扉が開く。

 

「たいへんたいへんたいへ~ん!まだヨーグルトしか食べてないのに、緑色のゲロが出てきちゃった!」

「マジかよ胆汁じゃん!見に行こうよ!」

「早く医務室行ってこい」

 

 一方ネロはというと、肉料理をモグモグと食べていた。

 

 

 

 身体強化の魔術は発動させるだけなら簡単、と言われている。少し速く走ったり、ちょっと重い物を持ったりするなど、よく使われている、一般的な魔術だ。

 

 しかし、本格的に使うとなると話は難しくなる。『身体強化の魔術ができるなら、体その物は鍛えなくていい』なんてことはない。あくまでも『強化』なのだ。下地がなければ、攻守ともに必要な出力は得られない。

 

 加えて、強化すれば万能ということではない。体は重くなり、可動域は狭くなり、関節は固くなる。体重等が変わってくれば微細な動きに影響が出るので、個人的にはあまり頼りたくない代物だった。

 

 こうして皆の身体強化がある程度のレベルになってくると、各自の魔術の訓練も行われるようになり、似たような魔術が使える者同士でグループを組まされた。

 

 

 

 火の魔術は便利な反面、天候や気温、湿度に影響を受けやすい。また、火力が強すぎれば、身体強化で守りきれずに火傷する。

 

 そう説明を受けたあとで、各々で手のひらに火の玉を出す。そこは皆簡単にこなしていた。ある程度魔術が使えるところを検査で見せて入学してきているからだろう。

 

 そこからだんだん火力を強くしたり、炎の形状を変えたりするよう指示される。

 

 皆、だんだん火力が上がらなくなったり、身体強化との並列制御がうまくいかずに火傷をしたりと生傷が増えていった。一般的に使う魔力子の量が多くなればなるほど、細かい制御は効かなくなるからだ。

 

 他のグループを見ると、ブレウは結構感電していて大変そうだった。雷魔術は炎以上に使いこなすにはリスクが高い。ただ、使い手によっては体内に流れる電気信号を操ることができる者もいる。

 

 風魔術のグループの周りは土ぼこりですごいことになっている。そんな中、リーンは発生させた風の制御がうまくいかなかったのか、しょっちゅう地面を転がっていた。

 

 治癒魔術のグループだけは室内だ。腕に傷をわざと作って、治し合っている。なぜわざわざ互いの傷が治癒の対象になっているのかについては、自己への治癒は身体強化の延長線上にあるが、他者への治癒は、対象の体内魔力子の流れに逆らわずに魔術を発動させる必要があるからだ。いい加減に魔力子を流す奴は嫌いだと、ヴァイスがぐちぐちと文句を言っていた。

 

 ネロは大量の土を生成して、隅で勝手に畑を作ろうとしていた。もちろん教官に怒られていた。

 

 他にも、身体強化のグループでは腕から嫌な音が聞こえていたり、光魔術のグループが全員目を押さえていたり、水魔術を使った結果、隣の土魔術のグループがびしょ濡れになったり……。

 

 

 

 自分の手のひらに視線を戻す。

 

 大きな炎がゆらゆらと揺れている。握って炎を消した後も、手に傷はできていなかった。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 嫌な夢を見た。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 春になっていた。

 

 相変わらず、時々宛もなく歩くことがあった。もう見つけたいものも見つからない。どこかに行きたいという思いがあった。

 

 校舎裏を歩いていく。

 

 まだ大丈夫だ。

 

 でも、少しだけ疲れた。

 

 別に用なんてなかった。

 

 誰にも見つからない場所を求めていた。

 

 ゴミ箱があり、雑多なものが置かれていたりする。時には、訓練で使う人型の的か人形のようなものもあった。

 

 自分以外は誰もいない。

 

 一人だけの空間で、ふと気がついてしまった。今にも崩れ落ちそうだ。そうなったとしても、また日常は続いていき、いつもどおりに自分は生き続ける。

 

「うっ……」

 

 ああ。

 

 何か特別なきっかけがあったわけではないけれど、わかってしまった。

 

 どこかに行きたい?違う、本当は、どこにもいたくない───、ん?

 

 

 

「うぉ!?」

 

 

 

 人がいた。

 

「な、何やってんだお前」

 

 誰もいないと思っていたのに、すぐ近くに小柄な少年、いや、少女が日陰に座っていたのだ。人形だと勘違いしてしまうほど、気配が透明で気がつかなかった。

 

 その時何よりも突っ込みたかったのは、手に持ったパンで顔を隠しているということである。……全然隠しきれていない。なんだこいつ。

 

 亜麻色の髪が動いた。すっ、と何事もなかったかのようにパンを下に降ろす。その顔は整っていたが、眉間にシワを寄せ、口はへの字。『私は不機嫌です』と全力で表現していた。

 

 そして、その無愛想な印象を塗りつぶしてしまうくらいの美しい瞳。ここは日陰のはずなのに、日の光に当てられたガラス玉のようにキラキラ輝いている。

 

 しかし、向けられている視線の方向が妙だ。頭上を見られている……?

 

「今日は静かな場所でご飯を食べたいと思いまして」

 

 しゃ、喋った……。心地の良い澄んだ声で、納得いくような、いかないような言葉だった。

 

 彼女が食べていたものを良く見ると、くそまずいことで有名なパンだった。

 

 あれをわざわざ食べる人間がいたんだ……。

 

 色々な思いが駆け巡り、彼女をもう一度見る。

 

 ……いや、ほんとに顔が良いな!?こんなところでなんでそんな奇行をしてるんだ!?

 

 すると、その女の子は「さっさとどこかに消えろ」といった感じの、警戒した雰囲気を放ち始めた。具体的には、眉間にシワをとても寄せている。すこぶる機嫌が悪そうだ。

 

 ……少し振り返りながらも、その場を後にした。

 

 

 

「なあ、ブレウ」

「なんですか」

「今まで一度も会ったことがないはずなのに、『どこかであったことある?』とか女の子に聞くのはどう思う?」

「ナンパをしているんだなと思います」

「だよなぁ」

 

 

 

 昨日は、遭遇した奇妙な女の子に気をとられ、考えていたことが全てリセットされてしまった。

 

 今日は会わないように気をつけよう。そんな想いとは裏腹に、

 

「うわ、お前!変な女っ!」

アコラスとあの女どもを一緒にしないで

 昨日とは違う場所で再度遭遇した。

 

 変な女、とうっかり言ってしまったのは、優れた見た目に金髪翠眼の反神論者と黒髪赤目の狂信者を連想してしまったからである。

 

「……」

 

 無言だ。まるで野生動物の威嚇のように目が合う。明らかに警戒しているその姿はぺたんと耳を倒した犬の姿をなぜか幻視した。

 

「あー、……ごめん。俺、別のところに行くから」

 

 一人でいたいから、こういうところにいるのだろう。自分がいたら、きっと彼女は困る。なるべく彼女と会うことのないように、自分も場所を変えた。

 

 しかし、

 

「うわっ」

「げっ」

 

 何度場所を変えても見つけてしまう。向こうもこちらを避けるべく移動しているようだった。お互い避けようとした結果遭遇するとは運が悪い。

 

 そのうち避けようとするのがダメなのではと思い、二日連続で同じ場所に行ってみると、それでも見つけてしまった。

 

 もう、これはどうしようもないんじゃないだろうか。正直いちいち行き先を考えるのは疲れた。

 

 それは彼女も同じだったのだろう。お互い距離をとりながらも、同じ空間で昼の時間を過ごすようになった。

 

 最初は会話もなかった。目が合うこともない。不用意に近づくと威嚇されるが、向こうは面倒くさくなったようで定位置にいる。そして、目を離した隙に忽然と姿を消すのだ。

 

 透明感のある子だ、とはなんとなく感じていたが、触ったら本当にすり抜けてしまうのかも、とひそかに思ってしまう。もしかしたら、幻か何かなのかもしれない。一時期、同期の中に妖精がまじっているなんて、噂話もあったくらいだし……まあ、ありえないか。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 懐かしい夢だ。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 今日も彼女は相変わらず日陰にいた。不機嫌な顔をして、くそ不味いパンを食べている。

 

 あのパンに使われている小麦はあまりにもまずくて評判が悪い。作られた当初は、品種改良で高収穫性や病気への耐性を得たことからもてはやされていたが、現在は安かろう悪かろうという扱いになっている。

 

 だから、

 

「……なあ、それ、美味しいのか?」

 

つい聞いてしまった。

 

 何をやっているんだろう。もっと他に聞くことがあるはずだ。例えば名前とか。

 

 ……返事、ないだろうなあ。

 

 だが、予想とは裏腹に、

 

「普通です」

 

 普通。

 

 うん、普通か。

 

「どんな、味なんだ?」

「パンの味です」

 

 少なくとも自分の知っているパンの味とは違うが、彼女にとってはそれがパンの味なのだろうか。それともあの味は改善したのだろうか。

 

 味について質問されたせいで、パンが狙われていると思ったらしく、後ろに隠され警戒されてしまった。もちろんそんな気は全然ない。

 

 後で食べてみたが、やはり不味かった。

 

 

 

 威嚇されない距離を保ちながら、話しかけ続けた。

 

「よぉ、また会ったな」

「……こんにちは」

 

 しぶしぶといった感じだが、挨拶はしてくれる。そして、それとなく近づくとすぐその分だけ離れていく。自分は昔から犬や猫に嫌われているし、同じような感じなのだろうか。野性の勘か。それで近づくと威嚇するのか。

 

「……今日はどうしたんだ?頭に葉っぱついてるぞ。……うん、もうちょい左。代わりに取ろうか?」

「別に」

「たくさんついてるけど」

 

 頭を指差すとサササと離れていった。

 

「このくらい自力で取れる、いや取れます。……うげっ!?」

 

 手助けするのをあきらめ、たくさんの葉っぱに苦戦している姿を眺める。

 

 基本的に仏頂面をしているが、こうして話しているときはそうでもなかった。

 

 というか、感情を隠しきれていない。顔は不機嫌そうでも、何かあるごとに前髪の左右に存在する跳ねた髪の毛が、犬のしっぽみたいにぴょこぴょこ動くのだ。

 

 今も先端だけピクピクしている。焦っているのだろうか。なお、なぜ動くのか、仕組みはわからない。

 

 

 

 こちらが話しているほうが圧倒的で、完全に無視されるということはないものの、彼女から何か行動があることはほとんどない。

 

「寮で同期から聞いたんだけど、この学校、幽霊が出るんだってさ」

「……」

「なんでも、班の人数を数えると一人多いとか、さっきまで一緒に組んでた人間が消えていたとか」

 

 どうでもいい話をしてみたりもしたが、返答は「そーですか」。それもそうだ。なんていったって、どうでもいいからな。

 

「妖精じゃないか、ってのも聞いた───、あれ?いない」

 

 考え事をしたりしているうちに、姿が消えていることもある。……聞き手のほうが見た目も雰囲気も、よっぽど妖精みたいだ。

 

「うわー、いかにも天気が崩れそうな雲だ。早めに屋根の下に行ったほうがいいと思うんだけど……まだそこにいるつもりか?」

 

 そんなにおかしくない話をしてみても、どこかに連れていかれることを警戒する動物のような目で見られたりもする。かと思えば、

 

「雨降んのは嫌なんですね」

「……あんまりたくさん降られるのは、嫌だと思う人も多いんじゃないか?」

 

 急にちょっと喋ったりもする。

 

 が、現状は相変わらず警戒の割合が高く、なんとも言えない気持ちになる。

 

 

 

「……はぁ」

 

 どうしたらいいんだろう。

 

「……いい加減にしてくれませんか?」

 

 うんうんと悩んでいると、ブレウが若干苛立った口ぶりで言った。

 

「ん?どうかしたか?」

「どうかしているのは君の方です。なんですか、先ほどからのその辛気くさい空気は」

 

 そんな風になっていたのか。申し訳ない。

 

「ちょっと。ちょっとな、困っていることがあるんだ」

 

 あの子のことを思い出すと、つい溜息を漏らすように言ってしまった。すると、ブレウは目をいつもよりも見開いた。

 

「……おや、珍しい。なんですか?」

「警戒心の強い生き物に威嚇されないようにするには、どうしたら良いと思う?」

「…………は?」

「威嚇されな───」

「あーはいはい、聞こえてます聞こえてます。突然変なことを言い出したので、驚いただけです。……餌付けでもしたら良いんじゃないですかね」

「それだ」

 

 

 

 ブレウのアドバイスをもとに、今日持ってきたチョコレートを投げてみる。チョコレートは放物線を描き、彼女の手へと向かう。ぽてっとキャッチした。

 

「……」

「……」

 

 投げ返された。残念。しかし、懐に仕舞おうとした時に透明感のある瞳をチラチラと向けていた。

怪しい人からお菓子貰わなくて偉いわね

 翌日、若干それる方向に投げてみる。しっかりキャッチした。

 

「……」

「……」

 

 食べずに手の上のお菓子を、じぃぃぃいいーっと見つめていた。

あれ?

 さらに翌日、思い切り別の方向に投げてみる。勢いよく滑り込んでキャッチした。

 

「……」

「……」

 

 もぐもぐ食べた。

え?何これ?

 

 

「なあ、ブレウ」

「なんですか」

「次は二回跳躍バク転キャッチをやってくれるんじゃないか……。そう期待してしまっている自分がいるんだけど、どうしたらいい?」

「僕は自分がどんな返答をすればいいか困っています」

アコラスをなんだと思ってるの

 

 

 今日の彼女はゴミ箱の上に座っていた。いつものように、あのくそまずいパンを食べている。

 

「そのパン、なんで食べてるんだ?」

「ごちゃごちゃ味がしねー、しないからです」

「そうなんだ」

 

 そして食べかけのパンを見つめている。どうした───、

 

「おい」

「うわっ!?」

 

 いつの間に真正面にいた。

 

「これやる、いや、あげます」

「え……っ?」

 

 さらに驚くべきことに、そのパンの一部をちぎって、差し出してきたのである。

 

 信じられない。自らの食物を他人に分け与えようとするなんて。それで良いのか、野生動物として。

 

 恐る恐る受け取ると、彼女はサササと離れていく。

 

「……いいのか?」

「おう」

 

 食べてみると、以前と変わらない味だった。つまり非常に不味い。

 

 ……今なら、もう少し会話できるかもしれない。

 

「この間、頭に葉をつけてたのは一体なんだったんだ?」

「食料を探してました」

「ん?」

 

 彼女はどこからともなく、いくつかの種類の草を取り出していた。

 

「……それは?」

「葉っぱ」

「葉っぱかぁ」

 

 だよなぁ。

 

 

「木の実は食べないのか?」

「木の実は食べ方わかんねーから、拾ってもその辺に捨ててます。……これは食べられない葉っぱです」

「そ、そうか」

「これは口の中が苦さで一杯になるやつ、です」

「食べるのはやめた方がいいんじゃないか?」

「大丈夫。あとこれは食べられるやつ」

「ほんと?」

 

 食用には向かない雑草について、次から次へと報告されていく。いつもよりもご機嫌だ。はねた部分の亜麻色の髪が、上がり気味にぴょこぴょこ動いている。自らが見つけた葉っぱを自慢できて嬉しいのだろう。

 

「そしてこれは」

 

 そう言って差し出してきたのは、白い花びらの小さい花が並んでついている草だった。

 

 可憐な花と少女の組み合わせに、心臓が早鐘を打つ。嫌な予感だ。

 

「それは?」

 

 彼女は得意げにふふんと鼻を鳴らし、

 

「食べるとお腹が痛くなるやつ!」

「今すぐペッしなさい!」

 

 

 

 由々しき事態だ。

 

「ヴァイス、聞きたいことがあるんだ。お腹を空かせた子が、変な物を口にいれてしまうことがないようにするには、どうしたら良いと思う?わりと目を離しちゃいけないタイプなんだ」

「突然どうした?」

「まあまあ。それでさ」

「え?話を続けんの?」

「茂みに頭を突っ込んで、食料を探しているみたいで、この間も採った草を見せられて」

 

 ……思い出した。あの花はたしか毒があったはず。たくさん食べたらお腹が痛くなるだけではすまされない。どどどどどうしよう。

 

「……あー、うんうん、そういうことか。理解したよ。猫が虫を枕元に置いてくる感じね」

「拾い食い防止のために餌付けしようとしても、こっちから不用意に近づくと逃げられる。どうしたらいいんだ……」

「ようは近づかずに、餌をあげればいいんだろう。投げたり「それはもうやった」あ、ああそう。じゃあ、長い木の棒の先にくくりつけたりとかしたら?」

「それだ」

 

 ヴァイスからの助言をもとに作った道具を試しに動かしていると、リーンが話しかけてきた。

 

「……講義室でレドくんは何を持っているの?」

「これか?これは距離を保ったまま物を送るツール。いわゆる、マジックハンドというものだ」

「そ、そう。没収されないようにね」

「作ってみた」

「作ったの!?」

 

 ジャコンジャコン動かして、リーンが落とした鉛筆を拾う。

 

「変に拾い食いして、お腹を壊すのが心配でつい……」

「鉛筆ありがとう。……小動物に餌でもあげてるの?」

「小動物?確かにそれっぽいけども」

 

 リーンの言葉から、左右に跳ねた髪の毛がぴょこぴょこ動いているのが脳裏をよぎり、

 

「触角……」

 

 とつい呟いてしまった。

 

「え゛……?やっぱりそのこと詳しく話さなくて良いよ」

 

 ……何か勘違いされている気がするが、リーンだしいいや。

 

 そんなことよりも、非常に重要なミッションに自分は神経を注ぐべきだ。

 

 

 

 マジックハンドで安全かつ確実に、チョコレートを彼女の前に輸送する。受け取ってくれるかどうか、緊張が走る。

ハリボテが壊れた……

「……」

「……」

 

 彼女はチョコレートを手に取り……、食べた。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐いて気持ちを落ち着かせる。そしてもう一つ、マジックハンドで渡す。

やはり、食べた。

 

 これを機に、色々な軽食やお菓子を彼女に渡すようになった。受け取り側の彼女は『なんだこいつ』みたいな顔しつつも、もぐもぐ食べている。朝や夜にまともな物ちゃんと食べているのか、ますます心配になった。

 

 こうして食料渡しが当たり前になってしばらくした頃、たまたま何も持っていなかった日があった。

 

「ごめん、今日は何も持っていないんだ」

 

 無言か適当な返事が来ると思っていたが、彼女は少しだけ唇を尖らせる。

 

「ふーん……」

 

その触角は、へたっていた。

 

 

 

「くっ、俺がうっかり供物を忘れたせいで……!」

「どうしたの、そんな地べたで……」

 

 頭を抱えていると、ネロに声を掛けられた。簡単にこれまでのいきさつを説明する。

 

「───で、あれは明らかに落ち込んでいたんだ」

「……もらえず落ち込んだということは、期待していたということ。つまり、懐いてきたということ。いずれ、自ら手や肩に乗ってくるのも夢ではない……」

「乗る?小さそうだけど、そういうのじゃないぞ。別に懐かなくていいから、順調に成長して巣立ってほしいかな」

「放っておいても勝手に成長する。それか死ぬ。どっちか」

「恐ろしいことを言うんじゃない」

「話を聞くに、そんなに世話して、その子は野性に戻れる……?レドが食料をあげないでもこれから生きていける……?」

「そそそれはだだだ大丈夫なはず、突然消えたりもするけど、たたぶぶぶん、きっと、おそらく、もしかしたら」

「声、震えすぎ」

 

 そうだ。

 

 いつまでもこんなこと、続けるわけにはいかないのだ。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 その日の休日は、とても朝早くに起きた。

 

 あっという間に時間は過ぎて、季節は夏。産まれてからほとんどを、ずっと涼しい環境で過ごしてきていたためなのか、自分はどうにも暑さには弱い。

 

 しかし、朝であれば気温もそこまで高くなかった。だから散歩でもしようと出掛けることにした。

 

 木陰を追っていると、少し離れたところに川にかかる橋があった。

 

 いつものごとく、目的地があるわけではないので、橋を渡ることにした。そして、石造りの橋を途中まで進み、何の感慨もなく川辺を見たはずだった。

 

 

 

 そこには、水の妖精がいた。

 

 

 

 何百年か前に創られたといわれる詩、『水の妖精』。

 

 夏の朝、岩に腰を掛け、綺麗な亜麻色の髪が風にそよぐ。

 

 ズボンを捲り上げて惜しみなく晒された足は、爪先だけ川に浸され、水を弄んでいる。

 

 詩を再現したかのような、水面の輝きに包まれたその姿に、時間を忘れて見入ってしまう。

 

 本当にあの子は妖精なのかもしれない。

 

 馬鹿みたいな考えだ。でも、現実だと思えてしまう説得力が、自分の見た光景にはあったのだ。

 

 ふと彼女はこちらに視線を向けようとした気がした。かなり距離があるから、隠れなくたって良いはずだったのに、見てはいけないものを見た気がしたから、橋の欄干に息を潜めて身を隠す。

 

 彼女の注意が逸れたようなので、もう一度姿をこっそり覗くと、川に手を突っ込み、生きた魚を手掴みで捕まえていた。

 

 ……?

 

 そして、あらかじめ用意してあったとおぼしき木の枝に魚を刺したかと思えば、瞬く間に火起こしをして焼き始める。時々ツンツンつついてみたり、焚き火の周りをぐるぐる回ってそわそわしており、微笑ましい光景だった。

 

 やっぱり、妖精ではなく人間なのかもしれない。

 

 ……なんだか、久しぶりにお腹が空いてきたな。

 

 

 

「お前もここの訓練生だろ?何期入学なんだ?」

 

 今までの対話を振り返ると、我ながら一気に踏み込んだ質問をしたと思う。だが、最近慣れてくれたのか、こちらの姿を見るとアレが揺れるようになったので、距離は近づいているはずだ、たぶん。……食料目当てかもしれないけど。

 

 彼女は自分と同じ訓練生の服装をしている。体格は華奢なことから、あまり筋肉もついてなさそうだし、体力もあるようには見えない。少なくとも先輩ではないだろう。

 

 美しい瞳は、こちらの考えを見抜くようにじっと見つめてきた。

 

「もしかしたら訓練生ではないかもしれませんよ」

「そんなバカな」

 

 冗談を言った……?

 

「年齢いくつ?何月何日生まれ?出身は?好きな食べ物は?やっぱりあのパン?パンなのか?あのパンのどこが好きなんだ?」

「うるせー!んなもん知るかっ!その手みたいな変な棒でつつくのはやめろ!」

 

 言葉遣いが、丁寧じゃなくなった……?

 

 

 

「なあ、ブレウ」

なんですか」

「なつかない野生動物が、ちょっと遊んでくれた時みたいな感覚ってなんだろう」

「はあ」

「でも、自分一人の時しか姿を見せないんだ」

「なるほど」

「聞いてる?」

「八分の一くらいは」

 

 そう言ってブレウは、読んでいた本を閉じた。

 

「自分しか目にしていない……。幽霊に遭った恐怖体験ですよね」

「それは……今真面目な顔をして読んでいた本の内容だな?」

 

 本のタイトルは『緊急警告!幽霊から破滅の大予言!!!』だった。本の出版は五年前で、大予言の内容は当時から一年後のことを言っていたらしい。ちなみに何も起こらなかったらしい。

 

「確かに、他に誰かがいる環境であの子を見かけたことがないかも」

 

 ……真昼にしか会えない幽霊とはいかに。

だが同時に、いつのまにか姿を消している

ので、幽霊というのは的を得ているかも、と思った。

 

「怖い話でもしているのかい?僕も参加しようか?」

 

 名前も知らないあの子のことを思い出していると、ヴァイスがやってきた。

 

「そういうわけでは───」

「あるなら是非聞かせてほしいですね」

 

 突然降ってきた怪談話に、珍しくブレウがノリノリになっている。

 

「それなら、これは小さいときの体験なんだけど……。我が家の食卓はいつも三人だったんだよね。一人目は母さん。二人目は僕。そして三人は、陸軍の軍服着た、知らない男の人。それが当たり前だった。でも母さんが、男の人を明らかに無視していておかしいな~とも、ずっと思っていたんだ」

「ほう」

「毎朝いるのに母さんは無視してて不思議だったから、ある日『この人誰?』って聞いたんだ。……母さんの答えはこうだった」

 

 ヴァイスはためにためて次の言葉を言った。

 

「『もう、ふざけてるの?誰もいないわよ』」

「そういうパターンですか。30点加点」

 

 他にもパターンもあるのか……?

 

「摩訶不思議な現象に好奇心を踊らせた僕は、彼を観察することにしたんだ」

「好奇心踊っちゃったのか」

「何日も観察することでわかったのは……、驚くべきことに、一週間の間に数人が代わる代わる座ってたんだよ」

「なるほど、食卓が心霊スポットでしょうか。50点加点」

「だから幼い僕は、思い切って聞いてみたんだ。『ねーねー、なんで幽霊さんは毎日違う人なの?』」

「戻して……、時間を戻して……」

 

 リーンがいつの間にか現れていた。こっちのほうがホラーだと思う。

 

「幽霊さんは静かに答えた。『シフト制です』と」

「それ本当に幽霊か?」

「しかも翌日から、いかにも幽霊みたいな格好になったよ。頭に矢が刺さっていたりとか……、内臓飛び出てたりとか……」

「露骨な路線変更。20点減点」

 

 今60点だけど、何点満点なんだろう。

 

「そんな様子に『なんでいつもそこに座ってるの?なんで最近変な格好してるの?』って聞くと『仕事です』って返されたとさ。おしまい」

「お前、本当は幽霊じゃないって気がついているだろう」

 

 幽霊じゃなかったらなかったで怖い話ではあるが。何者なんだ、毎朝食卓にいた変装集団は。

 

「レドは何か怖かったことある?」

「信じていた人の経歴が顔以外全て嘘だったとき。ブレウは?」

「そうですね……。僕の兄が後妻の息子なことくらいですけど、全然オカルトじゃないのでつまらないですね」

 

 場の空気が微妙なものとなったが、発言者は飄々と「やはり先祖が墓から這い出てくる系のほうが……」と話し続けている。

 

 リーンが口を開きかけたので、ヴァイスと二人がかりで取り押さえた。頼む、これ以上困ることは言わないでくれ……!

 

「さらし首」

 

 突如、ネロが会話に入ってきた。

 

「信徒であるにもかかわらず教義に反する者は打ち首の上、さらし首にするべき」

 

 話の流れを変えるべく、ネロに話題を振る。

 

「ネ、ネロは怖い話あるか?」

 

 怖いものなどなさそうに見えるが。

 

「ある」

「あるんだ!?」

「この前の、神殿で掃除をする奉仕活動での出来事。主催者側でしっかり人数を数えたはずの道具が……一人分足りなかったらしい」

「一人増えていたパターンですか。最近多いですよね。40点加点」

 

 なんだろう、犯人がわかった気がする。

 

「去年から度々、ちゃんと数えたはずなのに一人分足りない出来事があって、新しくいらした神官様が怯えていた。……でもそんなに怖がらなくていいと思う」

「お前もわかって言ってるだろう」

 

 

 

 この後、五人で歩いていると、教官らしき人と廊下ですれ違った。

 

「あっ、今の人」

 

 ヴァイスが足を止める。

 

「知り合いか?」

「そうそう。家に来てた幽霊さんの一人だった」

「……え?」

 

 振り返るとそこには誰もいなかった。

 

 

 

 今日も彼女は日陰で座っている。

 

「どうした、深刻そうな顔して……もがっ!?」

ちょっと何やってるの!?

 両手に持っていたパンを奪い、彼女の口に突っ込む。

 

 目を白黒させながら口を動かす様子を観察する。間違いなくパンは減っていっていた。

 

 た、食べてるよな……?

 

「んぐっ……」

 

 咀嚼まで見届ける。……よかった、生きている。

 

「いきなり何すんだてめー!!!」

 

 安堵したところで、立ち上がった彼女にものすごく怒られた。

 

「ごめん。なんというかその、心配で」

「今のオレの、ど・こ・にっ、心配する要素があんだよっ!」

 

 どこか、と問われれば全部なんだけどなぁ。

 

 見上げてくる顔はとても不機嫌で……こうして改めて見るとやはり、人形のように整った、きれいな顔立ちをしている。顔が良い。

 

 あと五分くらい睨み付けられたいと思っていたところ、彼女は突然、

 

「お?」

 

 何かに気がついたように声をあげ、こちらの周りをぐるぐる歩きだした。とりあえず威嚇されないために両手を上げる。

 

 さて、この行動は…………構ってほしいからか、お腹がすいているか、遊んでほしいか、特に理由はないか、の四択だな!?この間予習した。人の場合は違う可能性はあるらしいけど。

 

 何周かしたのち、正面に戻ってきた彼女は足を止めた。ポケットの中の予備のお菓子を確認して身構える。

 

 さあ、何が来るか───、

 

「ふふんっ。お前の身長、まだ少し小さいな」

 

 彼女が、笑った。

この男に笑いかけるのやめなさい

 不機嫌だった顔が笑顔になった様子は、なるほど、まさにこれが、花がほころぶような笑みか、と辛うじて残っていた冷静な部分が考えている。おかげで、さっきまでの心配事も予想も何もかも、全てどこかに飛んでいった。

 

 うっ、と呻き声を出しそうになるのを、手で口を抑えてこらえたものの、目をそらしてしまう。ちょっと直視できない。この子の笑った顔を見たのは初めてだし、言っている内容は文脈が全くないのでよくわからないし、自分が混乱しているということしか把握できていない。

 

 なんと言い返そうか。

 

 お前のほうが小さい?

 

 いや、それは怒られそうだ。

 

 じゃあ……、誰と比べて小さいと思ったんだ?それか……、いつも目が合うことはないけれど、いったいお前はどこを見ているんだ?

 

 再び視線を戻すと、

 

「また、いない……」

 

 例のごとく姿を消していた。なんというか、本当に妖精みたいな子だなあ。

 

 行き場のなくなったモヤモヤを抱えつつ思う。

 

 とりあえず、身長頑張って伸ばそう。

 

 

 

 なお翌日。

 

「実は俺……、去年一年間で10cmくらい身長が伸びたんだ」

 

 自己申告してみたところ、三日間も口をきいてくれなかった。

 

 何がダメだったんだ……。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 驚くほど目まぐるしい毎日で、気がついたら秋になっていた。

 

「昨日町で収穫祭があったらしいな。知ってた?」

「うるせー、昨日のことなんて知るか」

 

 言葉遣いは随分荒っぽくなった。こっちのほうが素なのだろう。しょっちゅう「別に」「うるせー」「知るか」という言葉が返ってくる。

 

「髪、切ったんだ」

「ふふん。売ってやった。伸びんのが速いのはうざいが、けっこう良い値段になるんだぜ」

 

 秋の風が亜麻色の髪を揺らす。そこそこあった長さは、肩にかかるくらいの中途半端なものになっていた。それと、首にとても気になるものが見える。

 

「……自分でやったのか?」

「おう。すごいだろ。ナイフでシュバッと」

 

 彼女は首の後ろに手をまわし、ジェスチャーしている。

 

 ……毛先が若干斜めになっていたが、そんなのは些細なことだ。本題に入ろう。

 

「で、首の包帯は?」

「ちょっと失敗して、ドバーっと血が出た」

「やっぱりそうだった!!!」

 

 あまり器用そうには見えなかったが、行動が危なすぎる。幼児レベルで目が離せない。

 

「せめて他に誰かが見守っているときにやってくれ……」

「大丈夫大丈夫、肝心なときの狙いは外さねーから」

「自分の首に掠るかもしれないのは、肝心なときじゃないのか?」

 

 

 

 最初の頃よりかは、はるかに喋るようになった。

 

「猫ってのはくそ生意気で、やたら偉そうだ。いつか皮剥いで食ってやろうか」

「猫、嫌いなんだ」

「ふんっ。非常食に考えるくらいにはな」

「同族嫌悪……」

「どーぞく?」

「いや、なんでもない」

 

 少しずつ、少しずつ、彼女のことについてわかることが増えてきた。

 

 ……どこの骨の馬とも知れない少年よりも、目を離すと何をしでかすかわからない少女の方が大事だよな!ヨシッ!

 

「今日はえらい不機嫌な気が……」

「…………別に」

 

 怒りを相手にぶつけるよりかは、だんまりになって殻に閉じこもることが多かったり、

 

「もしかして、この前言ったこと怒ってる?あ、これ貢ぎ物です」

「おう」

 

 チョロ……もとい、わりとすぐ機嫌を直してくれたりする。

この子、チョロいのが治っていないわ……

「はー。この世の眼鏡のレンズを、全てこの手でぶち割りてー」

 

 ところで、眼鏡に何の恨みがあるのだろうか。

 

 

 

「ん、雷が……なんでお腹押さえてるんだ?」

「知らんのか。雷鳴ってるときにヘソを押さえとかないと、電気でどうにかなっちまって、ヘソが無くなるんだぜ!」

「……それは迷信だろう?」

「っ!?」

「幼いころよく言われたなぁ。久しぶりに聞いたよ」

「お、教えてもらったのに……」

「そんなこと言ったヤツはひっ叩いていいんじゃないかな……ちょっ、なんで木の枝で叩くんだ!?」

 

 もしかして、ポン……いや、やめよう。これ以上はいけない。

 

 

 

「ふっ。草焼いて食べたらジャリジャリしたからオススメしねーぞ」

「オススメされても食べないから」

「えー」

「今その手に持ってる草も、食用じゃない。食べるんだったらこっちにしておいてくれ」

 

 相変わらず、草は時々食べるし、

 

「よく草のこと知ってんな」

「それは父さ、父親が教え……」

「ちちおや?」

「あっ、ごめ───」

「穴と棒の、棒のほうか」

「言い方ぁ!」

 

 けっこう遠慮がない。

 

 

 

「これ、やる」

「ん?おお、ありがとう」

 

 ごく稀に小さな飴玉をくれることがある。あとで厳重に保管しよう。

 

 懐にしまうと、彼女は少し怒っていた。本当はあげたくなかったのかもしれない。

保管すんな

「そういえば、首の怪我は平気か?」

「ふんっ。とっくのとうに治っとるわ。ほら」

 

 なんのためらいもなく後ろ髪を上げて、傷ひとつない、細い首の後ろを見せられたりもした。

 

 

 

「今日も一日治すぞ治すぞぉ───おわぁ!?目付き悪!!!」

「……ヴァイスか。どうした?」

「どうしたはこっちの台詞だよ。かつてないほど鋭い目付きでビビったわ。……何?またエルムに絡まれたりした?」

「…………あんな無防備な姿晒して何かあったら俺は、俺は……心配だ」

「ああ、いつものね。そんなに心配なら、飼っちゃえばいいじゃん」

「何を言ってるんだお前は」

「なんで僕がレドにドン引きの目で見られなきゃいけないの?」

 

 

 

「はあ?なんでオレがここに来たか、だって?」

 

 少し小柄な背丈に、華奢な手足。最近警戒心が薄くなった顔は、とてもじゃないが屈強そうには見えない。固く閉められた瓶の蓋とか全然開けられなさそうな感じだ。

 

 いくら魔術で身体強化が使えたとしても、下地がなければ効果は薄い。軍魔術師学校(こんなところ)は、正直むいてないんじゃないだろうか。

 

「別にどーでもいいだろ、そんなの」と、最初は流していたが、しつこく聞くうちにしぶしぶ話してくれた。

 

「自由に動ける時間を三年失うと考えるか、金と最低限の知識と身分みたいな使える物が手に入るか。比べて後ろを取ったただけ……なんだよ」

 

 突然精神年齢が高くなることもある。

 

 一回入学検査で門前払いを食らったことがあるらしいが、実年齢はいったい何歳だろう。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 夢を見た。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 時間は早めだが、いつものように彼女がいるかもしれない場所へ向かう。しかし、

 

「誰もいない、か……」

 

 今日は外れだった。

 

 おかしな話だ。初対面のときは誰にも見つからない場所を求め、今は、いつも日陰にいる彼女になんだか会いたいと思っているなんて。

 

「疲れたなあ」

 

 一人でいると時々、急にドッと疲れが押し寄せてくることがある。

 

 それを感じて、そのまま目を瞑ってしまった。

 

 何秒か、何分か。

 

「あぁ、しまった……」

 

 昼休みは長くない。居眠りをしたようだ。今は何時だ。遅刻になってしまうかもしれない。

 

 ふと、右を見ると、

 

「……え?」

 

 あの子の不機嫌そうな顔が、手を伸ばせば触れられる距離にあった。

 

「……」

 

 無言で見られ続けている。だんだん気持ちがざわめき始めるのがわかった。

 

 どのくらい時間が経っただろうか。

 

 ようやく目をそらした彼女は立ち上がり、背中がどこかへ行こうとする。また見失ってしまう。だから、とっさに手を伸ばしていた。

 

「待っ───」

 

 彼女の腕を掴み、そのまま、何も考えずこちら側へ引っ張ろうとし、

は?

「は?やだよ」

「うわっ!?」

 

 逆に彼女に想像以上の力強さで引っ張られ、自分は立ち上がることになった。

 

「えっ……」

 

 まず、腕を掴めていることに驚いた。自分から触ったらすり抜けてしまうんじゃないかと、ずっと思っていた。そんなことはない。彼女は間違いなく、今ここにいるのだ。

 

 その細腕を試しに押したり引いたりしたが、全く動かない。どんな体幹してるんだ……。

 

 動揺する自分に対し、彼女は向き直って、納得したように頷いた。

 

「ああ、そういうやつ」

 

 どういうやつかと聞き返す前に、掴んでいた手をスルリとほどかれ、背後に回られた。

 

 …………!?!?!???

 

「な!?なにを」

 

 腰に軽く手を回された。上ずった声は無視される。

 

 後ろに目はついていないため、どういう顔でこのようなことをしているのか把握できない。

 

 動揺している間に何が起きたかというと、

 

 

 

 そのまま振り回された。

 

 

 

「うぉわぁああああっ!?」

 

 しかも、回転速度が非常に速かった。

 

 情けない声を出してしまい、その間にもグルグル世界がまわる。

 

 どうして、こんなことを……?自分よりもチビに足が浮くレベルで回転させられるってどういうことなんだ……?

 

 何回まわったかわからないが、ある時、勢いそのままに手を離された。つまり遠心力で投げられた。

 

 地面をごろごろと転がった後も、あまりの出来事に立てない。……感触とか柔らかさとか。

 

 一体何が目的なのか全くわからないが、ものすごく自分の心臓に悪いことだけは確かであった。

 

 彼女の方を見ると、

 

「うげぇ……目が、まわった……」

 

 彼女もまた座り込んでいた。

 

「……なんでやったんだっ!?」

「だ、だって、人を振り回してやろうと思って……うぇっ」

 

 いやいやいやいや……。

 

「プっ……」

 

 他人に振り回されることは時々あるが、物理的にやられるのは初めてだ。

 

 あまりにも気が抜けるというか、悩みすらも馬鹿馬鹿しくなってくる。

 

「はははははははっ!!!」

 

 思わず腹を抱えて、俺は笑ってしまった。

 

 その間にも彼女はムッとしていた。だがそれでもは顔が良い。

 

「なんだよ」

「だって……っ、ふっ、あははははは!なんで、こんな馬鹿な行動、くくくくくくっ」

 

 ひーひー言いながら息を整える。

 

「あーあ、こんなに笑ったの、久しぶりだよ」

「ふーん。……オレも、テメーがこんな馬鹿みたいに笑ってるの、初めて見たかもしれねー」

 

 気がつけば気持ち悪さは収まっていて。

アコラスーっ!?

 ───いつの間にか、すぐ近くにきれいな瞳があった。

 

「え」

 

 赤くなった顔を手で隠す前に、もう一回、手を掴まれた。次は手のひらを合わせられ、そのまま大きさを確かめるように、ぎゅっと握られる。

何やってんのっ!?

 再び何が目的なのか考え、いや、それ以上にただただ恥ずかしく、目をそらすことしかできなかった。

そんなもの触らなくてもいいでしょ!?

 だが、直接見ないせいで、余計指の細さや手のひらの感触を感じさせられる。ひんやりとした手は、訓練を受けているとは思えないほど、タコもなくて柔らかかった。

 まさか、本当に幽霊……?いやしかし、触ることはできているし。

 

 こっちが悶々としているうちに、彼女は満足そうにうなずくと、つむじ風のように走り去っていった。

 

 

 

「わからない……」

「レドくん?」

「あそこまで近づいてきてくれるようになったのに……。まだ行動が全然わからない……。何気なく肩をポンと叩こうとしたりすると、避けられてスカッと空振りするのはどうしてなんだ……」

「そのうち懐いてお腹とか見せてくれるんじゃない?」

「リーン……お前っ」

「えっ、何」

「お腹出したら、冷やして風邪を引いてしまうかもしれないんだぞ……!」

「え」

「仔猫は体温に気をつけてあげないといけないだろう?それと同じ理屈だ。猫飼ったことないけど」

「や、やっぱり、変温動物なの……?」

 

 

 

§ § §

 

 

 

 短い秋が終わって、また長い冬が来る。

 

「野良犬が入り込んでるな……」

 

 餌を求めてか、学校の敷地内のいつもの場所に犬が居座っていた。

 

 特に気にすることなく近づこうとすると、後ろからグイッと引っ張られる感覚がする。どこかに引っ掻けたかと思い、振り返ると、

 

「……え?ど、どうした?」

 

 いつの間にか彼女は背後にいて、服の端を掴まれていた。その表情はいつも以上に眉間にしわをよせ、口を固く結んでいる。顔が良い。

 

 そして何かモゴモゴと呟いたあと、うんと背伸びをして耳打ちをしてきた。

 

 近い。

 

 何を言われたかは全く頭に入ってこなかった。とりあえず真面目な顔をして頷いておいた。

 

 そうしているうちに、犬は姿を消していた。明らかにほっとした彼女は、嬉しそうに言う。

 

「お前犬猫に嫌われてるから、近寄ってこないの本当だったんだな。羨ましー」

「あれ?その話、したっけ?」

「……言ってただろ」

 

 プイッとそっぽを向かれた。

 

 気にくわないことを言ってしまったのだろうか。少し困惑しながら視線をさ迷わせていると、あるものが視界に映り、言ってしまう。

 

「げっ!?あの野良犬……野糞して───」

 

 声にならない悲鳴とともにしがみつかれた。

あ゛あ゛っ!?

 

 

学校の隣の暗い森での演習中、地面の土を眺める。

 

「おーい、レド。遠い目をしてどうかしたのかい?」

「国中の犬が一斉に野糞しないかな……」

「そんな国住みたかないわ」

「それと引き換えに、いくらでもあばら骨と背骨をへし折られてやる……」

「骨折られる上になんで野糞されなきゃいけないんだよ」

 

 

 

§ § §

 

 

 

「正直な話、最近のレドのこと、皆さんどう感じてる……?」

 

 一人を除いた、いつものメンツで集まり、ヴァイスは切り出した。

 

「明るくはなりましたね」

「明るさと引き換えに失ったものがあると思うよ!」

「消えた正気」

 

 ブレウ、リーン、ネロの順に意見が上がる。

 

 ブレウはため息をついた。

 

「……勝手に世話をしている猫の話を延々と聞かされて、こちらの正気も危ういのですが」

「少食で悪食な蛇じゃないのかい?」

「え?私、てっきり昆虫に欲情してるんだと思ってた」

「親鳥がいない小鳥に給餌……」

 

 話をそらすために降った話題が、各人の解釈が全く異なっていることに気がつき、ブレウは情報を整理することにした。

 

「レドから聞いた話をまとめましょう。では僕から。すぐ威嚇してくるが、自分が一人の時にしか姿を見せない」

「背骨とあばらをへし折られてもいいんだと」

「レドくんが『触角……』って呟くの聞いちゃった」

「チビ。順調に成長して巣立ってほしい」

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

 

 

 誰一人、レドの可愛がっている生き物の姿を想像できず、沈黙がその場を支配する。

 

「……どんな生き物だ、これ?情報散らばりすぎでしょ」

「謎の珍獣」

「うーん……、あ!私思いついたよ!秘密の研究所から逃げ出してきた実験動物とか?」

「なるほど、こうして都市伝説はできるんですね」

 

 ブレウが別のところに食いついてしまったので、ヴァイスは話を軌道修正した。

 

「とりあえずレドを正気に戻すには、その珍獣ちゃんをどうにかしなきゃいけないわけだ。……存在していたらの話だけど」

「存在していなかったら、ホラーですね」

「何喜んでんのさ」

 

 リーンが腕を組み、考え込んだ後言った。

 

「首輪でもあげて部屋で飼わせるのはどう?」

「寮はペット禁止です。馬鹿ですか君は」

 

 即座にブレウが否定したため、リーンは掴みかかった。特に止めることもなく、ネロが次の解決策を上げる。

 

「別のもので満足させる」

「熱をあげられること……好きな子とか趣味とか……。いや、浮いた話全然ないじゃん。あいつ、そもそも人間好きなのかな?女子二人の意見はどう?オカルト大好きブレウくんはちょっと黙ってて」

「強いていうなら、レドくんって……木登り上手な子が好きとか言いそうだよね」

「ありえる……」

「よし、直接本人に聞いてこよう。こいつら役に立たないや。行こうブレウ」

 

 

 

 戻ってきた男子二人にリーンは問いかけた。

 

「どう、聞けた?やっぱり木登り?」

 

 ヴァイスは首を振る。

 

「木から落ちたときにも、安全かつ静かに着地できる子だって」

「どうやら彼、全ての人間は当たり前に、木にうまく登ることのできると思っているようです」

「レドめ……。あいつ、好みや趣味が何もわかんないな!?わりとなんでもそつなくこなすし、私物何もないし、寮の部屋のレドのスペースだけ生活感の欠片もなかったし!」

 

 そう叫んだ後、ヴァイスはレドのとある発言を思い出した。

 

「はっ!『国中の犬が一斉に野糞しないかな』と言ってたぞ……!?レ、レドの趣味、やっぱりかなり特殊なんじゃ。いやっ、ど、動物好きで、ちょっと骨折られたくて、新たに産み出されるものが好きなだけだ、たぶんきっと!」

「全然フォローになってないよヴァイスくん!」

 

 

 

§ § §

 

 

 

 寒い冬のある休日のこと。ちょっとでかけないかと、ブレウたちに誘われた。正確には、どこにいくのかと聞いても答えてもらえず、あれよこれよという間に連行された。

 

「なぜ俺は肥溜めに連れてこられたのだろうか」

 

 やってきた場所は、町中の世帯の糞便の集積所、つまり肥溜めである。地面に大きく掘られた穴の中に糞便を入れる、これまた大きな箱が設置してあり、中身が集まったら滑車で引き上げられて、別の場所へ肥料などの材料として持っていかれているのだ。

 

「レドくん、聞いて」

 

 リーンが口の広い肥溜めの蓋を開ける。

 

「この肥溜めは、町中の糞便が収集されているの」

「まあそうだろうな」

 

 まだ発酵していないため、嗅ぎたくない臭いが鼻をつく。早く閉めてくれ。

 

 リーンとヴァイスが目配せをし、今度はヴァイスが話した。

 

「そして、糞便の素は、この近辺だけじゃない、国のいたるところから持ち込まれた食料……。つまり、これは国を凝縮した糞便。国中の犬の野糞どころではないんだ」

「論理が飛躍してないか?」

 

 そもそもなんで犬の糞の話をしているのだろうか。

 

 すると、ブレウが地面に袋を置いて、中から物を取り出す。

 

「どうぞ。こちらがバケツになります」

「いらないから」

「古代、相手の船に排泄物に火をつけて投げ入れる戦法があったらしいですよ」

「だから何なんだ……」

 

 押し付けてこようとするバケツを断る。

 

 いや、本当にいらないんだけど。……こいつら、何がしたいのかさっぱりわからない。

 

「帰っていいか?」

「「「「待って待って」」」」

 

 帰宅を申し出ると、四人全員慌て出す。

 

「もっと自分に対して正直になっていいんだよ!?常識なんて壊しちゃいなよ!この私みたいに!」

「俺は今すごく帰りたい。なぜならここは臭いからだ」

「好きな匂いは何ですか?」

「石鹸の匂いかな」

「え!?レドは糞尿好きじゃないのかい!?」

「なんでそうなるんだ!?」

 

 とんでもない誤解に大声で否定すると、四人は俺に背を向けてひそひそと喋った。

 

「どうしよう、完全に作戦が失敗した」

「想定外ですね」

「……大丈夫、まかせて」

「ネロちゃん頑張って!」

 

 スッとネロが前に出る。

 

「生と死は不平等」

「いきなりなんなんだ……」

「産まれたときから環境の差があり、死は不平等に襲いかかる」

「……まあそうだな」

「しかし、病める人も健やかなる人も、貧乏人でも、金持ちでも、誰でも排泄という行為がある。そう、糞便こそが平等」

「どういうことだよ……」

 

 それを聞いていたリーンが不思議そうな顔をして言った。

 

「便秘の人は?」

 

 無言のままリーンとネロが取っ組み合いを始めた。仲間割れだ。

 

「ちょっ、二人ともやめなって」

 

 ヴァイスが止めようとするが、そんじょそこらの人間とは差がありすぎて止められないどころか、逆に突き飛ばされてしまう。

 

 運の悪いことに、その方向は肥溜めだった。

 

「うおおおおおおおお!このクソアマどもぉぉぉおお!!!」

 

 とっさに手を伸ばし、ヴァイスは一番近かったネロを掴む。

 

「あ……」

 

 引っ張られたネロがリーンを掴む。ヴァイスは肥溜めに落ちた。

 

「ひゃあ!?」

 

 さらに引っ張られたリーンがブレウを掴む。ネロは肥溜めに落ちた。

 

「ぐっ」

 

 さらにさらに引っ張られたブレウが俺をつかむ。リーンは肥溜めに落ちた。

 

「うわっ!?」

 

 なんとか踏ん張って引っ張りあげようとするも、さすがに四人は無理だ!

 

 下のほうから静かな笑い声が響く。

 

「ふふふ……っ」

「無事か?」

「私は誰か一人に不幸を押し付けるよりも、みんなで分け合う不幸を背負っていきたいな……」

 

 聞こえたのはリーンの声だった。

 

「良い感じの言葉でとんでもないことしようとしてないか!?」

「止めなさい、リーン。止めるんだ」

 

 まだ無事な俺とブレウで必死に止めようとする。

 

「みんなで不幸になろうっ!」

「ちょっとおおおおおおおおお!?」

 

 俺も、ブレウも、肥溜めに落ちた。

 

 

 

 結局、全員糞便まみれで肥溜めから這い上がるはめになった。

 

「うううっ……臭いよぉ……」

 

 リーンが半泣き状態となり、

 

「誰か水出せる人はいますか?」

 

 ブレウは冷静に聞き、

 

「少しだけ」

 

 ネロは手のひらからチョロチョロと水を出し、

 

「さ、最悪だ……」

 

 一番最初に肥溜めに落ちたヴァイスは、自分の魔術で生成した水で色々と洗い流しながら呻いている。

 

 ひとまず全員顔だけ洗ったあと、ブレウがこの場所にきたときに地面に置いていた袋から、松明のようなものを取り出した。

 

「レド、これに火をつけてくれませんか?」

「ん?ああ」

 

 冬の寒い時期だ。暖をとりたいのだろう。

 

「どうも」

「わーい、あったかい火だぁ~」

 

 火に引き寄せられてリーンが寄ってくる。それをブレウは肥溜めに向かって投げた。

 

「え」

 

 次の瞬間。

 

 

 

 非常に大きな音とともに、肥溜めは爆発した。

 

 

 

 糞便はあちこちに飛び散り、木の破片が飛んでくる。

 

「何やってんの!?何やってんの!?なんで火を投げ入れたんだい!?!???」

「いや、あれは見かけを偽装した爆竹です」

「何やってんだよぉぉぉおおおっ!!!!!」

 

 ヴァイスがブレウに詰め寄るが、当の本人は平然としている。

 

 その間にも大きな音を聞きつけて、近くからガヤガヤと人の声がし始める。

 

 肥溜めを爆発させた犯人の襟元を掴んだまま、ヴァイスが恐る恐る言った。

 

「……最悪、捕まるんじゃ?」

「僕の父親の名前を出しましょう。僕らは無罪放免になるとともに、父親が失墜する手助けになります。はっはっ、ざまーみろ」

「ざまーみろ、じゃないんだよっ!おっと逃げるな女子二人ぃ!」

 

 身体強化苦手だったはずなのにブレウを投げてぶつけたことで、ネロとリーンの逃亡を阻止したヴァイスを背景に、人がやってきた。

 

「何をやっているんだ貴様ら……」

 

 最初に到着したのは、幸か不幸か、偶然か必然か、教官だった。たまたま近くを通りかかっていたのかもしれない。

 

 誰かが返答しなきゃいけない雰囲気の中、視線が自分に集まる。ならば俺が、とありのままの真実を話した。

 

「肥溜めが……肥溜めが爆発しました」

「何をやっているんだ貴様らぁぁぁああ!」

 

 

 

 『元気にしたい人がいた。あと排泄物が爆発することがあるのか確かめたかった』という常軌を逸した発言に始まり、『元気にしたい人がいた。あと肥料の素を見たかった』、『元気にしたい人がいた。だから糞便の臭いを嗅がせたかった』、『元気にしたい人がいた。性癖に対して、もっと正直になってほしかった』、『何も知らずにつれてこられて肥溜めに引きずり落とされたあげく火種扱いされた』とそれぞれ言ったことにより、「大麻でもやってんのか!?」と取り調べ中に叫ばれてしまった。

 

 最終的に、破壊行為を行おうとしたのではなく、単純に頭がおかしいと判断されたおかげで逮捕、ということにはならなかったが、謹慎と罰則をもれなく食らった。退学勧告はなぜかされなかった。

 

 なお、この件で三つ良いことがあった。

 

 一つ目は、薬物の使用を疑われた影響か、違法な薬物の一斉摘発が行われたこも。二つ目は、今回の爆発()()を受けて、肥溜めの整備が全国的に進んだことだ。

 

 三つ目は、軍魔術師学校の規則に「肥溜めの近くで遊んではいけない」という項目が追加された。

 

 

 

§ § §

 

 

 

「肥溜めが爆発した?」

「そうなんだ。本当に、酷い目に遭った……」

 

 教官に言われた「本当は一人残さず牢にぶちこんでやりたかった」という怨嗟の声を思い出しつつ、肥溜め爆発事件の顛末を話す。

 

 今日も彼女は髪の毛をぴょこぴょこさせながら言った。

 

「ふーん。稀によくあるやつじゃん」

「稀によくある?」

「オレも火薬で小屋吹っ飛ばしたことあるわー」

 

 腕を組んで、「なつかしー」などと呟いている。

 

 ……火薬を扱う鉱山で働いていたのだろうか。彼女が今までどんなことをしていたのか、ますます気になる。

 

「結構大きな音がしたと思ったけど知らなかったんだな」

 

 話は少なくとも同期には広まっており、最近ずっと俺たちはまとめて遠巻きにされているのを思い出す。なんでこんなことになっちゃったんだろうなぁ。

 

 この子がこの話を知らなかったということは、他の学年か、一匹狼か。そう思いながら彼女を眺める。

 

 まあ、いずれにせよ、知らないことだってあるか。次の話題に移ろうとすると、

 

「……少し遠くまで出かけてた」

 

 えっ、出かける用事があるんだ。

 

 ……知らない場所で迷子にならないだろうか。都会の迷路のような裏路地で不安げにたたずむ姿が頭に浮かぶ。

 

「迷子紐つけとく?」

「いらねーよバカ。……なんでまたお前は」

この子がウロチョロするのが心配になるのはわかる

 長めの木の枝でつつかれながら、青空を見る。今日は良い天気だ。

 

 それにしても、

 

「……いつもより遠くない?」

「だって…………お前、ちょっとくさい」

 

 

 

 この日の放課後から翌日の早朝まで、俺はブレウたちと鬼ごっこをした。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 こうして、彼女と出会って最初の一年が過ぎた。

 

 俺たちは自己紹介も、ましてや名乗ることだってしていなかった。

 

 いつも、たった十数分。

 

 俺にとっては大切な、短い時間を共有するだけの関係が、そこにはあった。

 




本作の肥溜め(人を落とすのに最適な形状を想定)はフィクションですが、肥溜めの近くで爆竹を使うのは大変危険です。良い子のハーメルンユーザーは真似しないでください。
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