属性マシマシ悪役TSっ子が頑張る話。   作:働かない段ボール

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三年目のお話を分割して投稿
主人公視点だと一瞬で終わるのに、こんなに長くなるとかどうなっているんですか……


別視点1-3/3 前半

【N.C.997】

 

「天体観測をします」

 

 年が明けてここでの生活も三年目となったある日のこと。

 

 やけに良い笑顔でうさんくさいブレウが言い出したのは、一見まともな提案だった。

 

 しかし、誰も彼の言葉に反応する者がいない。さっさと課題を終わらせたリーンは自主的に何かの勉強をし、ヴァイスは課題を前にうんうんと唸っており、ネロは半分寝ている。

 

 残り少しだった空欄を埋め終えたあと、ようやく俺は待ちの姿勢のブレウに聞いた。

 

「……なぜ?」

「こちらをご覧ください」

 

 差し出された本の見開きには、

 

「『星空で簡単、誰でもできる呪いの儀式』……」

「はい、そういうことです。せっかくなので君たちも誘った次第です」

「呪いの儀式はともかく、星空を見るのはいいけど。どこで見るんだ」

「付録の計算シートで割り出した座標は、学校の校舎の屋根の上ですね。ここでないとダメです」

 

 ということは、また夜の学校に忍び込むぞと言っているのか……。賛成できないが、止めたところで聞きはしないだろうから、俺は行かなければいいだけの話だ。

 

「えー?良いんじゃない?冬で空気も澄んでるしっ。運が良ければ流れ星もみれるかも!」

 

 リーンは乗り気な様子で会話に混じってきた。ネロもゆっくりとうなづく。

 

「流れ星は御使いが罪人に天罰を与える兆しとも言われている……」

 

 リーンとネロが取っ組み合いを始めたので手持ちぶさたになり、ブレウの本のページを捲る。

 

 『見る天使』。海という寝床で神が寝ている間に、あせくせ働き、地上を監視している。幼くして亡くなった子供は清らかな魂であるとして、仲間に迎え入れることもある。

 

 『聞く神』。寝ている間に人々の記憶の海に潜り、その声を聞いている。時には声に返答することもあるという。

 

 『話す神子』。神子の次代は産まれると親から引き離されて育てられるが、関わる一切の人間はその赤ん坊の前で話すことも文字を見せることも許されていない。しかし次代は、いつの間にか言葉を覚えている。

 

 表紙に戻れば『本当は怖いイーリオ教入門』。

 

「……なんだこれは」

「中央大陸では発禁になっている書籍です。焚書を免れて国内に入ってきたものを手にいれました。もう一冊あるのでいりますか?異教徒には入門としてピッタリかと」

「結構だ」

「そうですか」

 

 ブレウは何食わぬ顔でリーンの荷物に本を紛れ込ませている。見ざる聞かざる言わざる。

 

「ところでレド。……夜な夜な学校で、珍獣の目撃情報があるらしいですよ」

「よし行こうすぐ行こう」

 

 

 

 夜の校内に侵入する。白い息を吐きながらブレウが指定したのは、最も古そうな二階建ての建物の屋根の上だった。

 

「大丈夫か、これ?」

「レド、君が一番高所に慣れているので、屋根の強度を確認してきてくれませんか?」

「……俺はここで天体観測することには、まだ賛成していないぞ」

「視界の高い方が珍獣を見つけやすいですよね」

「屋根の上なら任せろ」

 

 二階程度だったので簡単に飛び乗ることができた。……きしむ音はするが問題ないだろう。

 

 そう下に伝えると、リーンが跳躍したのち、

 

「───あ!?」

 

ずぼっと下半身が屋根の下へ消えた。つまり、屋根に穴を開けた。シュールな光景だ。

 

「……なんかごめん」

「話が違うよレド君」

 

 いたたまれない気分になっていると、

 

「何をやっているんですかリーンは」

 

続いてブレウがリーンの隣へ跳躍した。

 

 しかし、

 

「───あ」

 

彼もまた、下半身が屋根の下へ消えた。つまり、屋根の穴は二つになった。

 

「思っていたよりも脆かったですね」

「ねー」

 

 ……上半身だけ出ている姿は、屋根から人が生えているような絵面だな。

 

「ははは。ブレウったら何やってんだよ」

 

 笑いながらヴァイスが屋根へ跳躍しようとして、

 

「───あ゛っ」

 

高さが足りずそのまま地面へ戻っていった。

 

 ネロは問題なく屋根に飛び乗っていた。

 

 

 

 ブレウとリーンを救出し、屋根にぽっかりと開いた二つの穴を皆で眺める。ヴァイスは建物内の二階の窓からよじ登ってきていた。

 

「二人の着地点だけ、ちょうど脆かったのか?」

 

 俺の疑問にリーンがうーんと唸る。

 

「たぶん……身体強化をやり過ぎて、体が重くなっちゃったからかな?レドくんは身体強化使ってないの?」

「体重が変わるのが嫌だから最低限しか使ってない」

「乙女かっ───あ、そっか。最低限……。跳躍の瞬間だけ使って、着地の時には切っておけば行けたのかな?でも、その場合、着地の衝撃はもろに来るよね。ネロちゃんは?」

「なんとなく身体強化をふわっと使った……」

「おのれ感覚派」

「はいはい、今その話は置いておこうよ。それよりもこの穴をどうするかが先決じゃない?」

 

 脱線した話をヴァイスが手を叩いて軌道修正した。

 

 ……バレたら、また罰則ものだよな。

 

 見回りもあるだろうから、早く直して撤退しなければいけないが、さすがに屋根の修理はしたことがない。もちろん、俺だけでなく、この場の全員がそうだ。

 

 そんな中で、ブレウが一つの提案をする。

 

「この屋根、以前ネロが作っていた泥に色が似ていました。今日のところは泥で固め、後日、材料を集めて補強すれば良いのでは?」

「雨が降ったらどうするんだ」

 

 うまくいくイメージがつかない。穴を開けたときに出た破片と組み合わせるにしても、懸念事項が多すぎる。

 

 するとヴァイスが笑う。

 

「はははっ!今夜はこんなに良い天気なんだから、今日明日は雨なんてきっと降らないって!いけるいける。早くやろうよ。そしてこのあと僕の課題手伝って。まだ終わってないんだ」

「だったらなんで来たんだ……」

「僕だけ仲間はずれは嫌じゃん!」

 

 その夜、俺たちは星をほとんど見ることも、呪いの儀式もすることもなく、屋根の隠蔽に勤しんだ。

 

 

 

 なお、翌日はどしゃ降りだったので普通にバレた。

 

 そのせいで一日罰則を食らい、会いたいときに限って、あの子に会えなかった。

 

 

 

§ § §

 

 

 

『ここは……』

 

 気がつけば、いつもの校舎裏だった。なぜ今ここにいるんだろう。

 

『おい』

 

 声をかけられて振り返れば、いつも通りあの子がいた。

 

『どした?ボーっとしてたぞ』

『あ、ああ……』

『寝ぼけてんのか?……仕方ねーな』

 

 機嫌良く飴を差し出してくる。素直にくれるなんて珍しい。

 

 手を伸ばすが、彼女は飴を自身の口に入れてしまった。

 

『へっへーん、引っ掛かった』

『なんだ。くれるんじゃなかったのか』

 

 つい恨めしそうに言うと、彼女は考えるそぶりを見せた。そして、また突拍子もないことを思い付いたようで、いたずらっぽく笑う。

 

 かわ───っ、顔だ、顔が良い。

 

『そんなに欲しいならくれてやるよ』

 

 口の中に飴を含んだまま、顔を近づけてくる。

 

『ほら』

 

 さくらんぼ色の唇がはっきりと見え、すぐに見えないほど近くに───、

 

 

 

「ぶはっ!?」

 

 目の前に広がったのは暗い枕だった。

 

「……あま、くない」

 

 寝相は悪くないはずだったが、今日に限ってなぜか枕を腕に抱いている。外の様子を見ると、まだ日は昇っていない。もう一眠りしよう。

 

 目覚める直前、夢を見たなぁ……。どんな夢だったか……。

 

「いやいやいやいやいや」

 

 思い出して顔が熱くなる。

 

「あれは単なる夢であってですね」

 

 狭いベッドの上で正座をした。

 

「いや、だから、そういうのじゃないんだ本当に。顔が良いというのも、一般的かつ客観的な評価であり、目に見える物だけが真実だから……」

 

 一人であるにも関わらず、言い訳してしまう。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 いつもは肌をヒリヒリと感じさせる冬の朝の空気が、今日は気にならない。

 

「異様に目つきが悪いですね」

「こっわっ」

 

 ブレウとヴァイスは顔を合わせるや否や、数歩後退した。

 

「えっ、そんな顔してるか?」

「はい。いつもに増して蛮族ですよ」

「人を勝手に蛮族扱いするんじゃない」

「夜眠れなかったのかい?もしかして悪い夢でも見たとか」

 

 夢。

 

 夜明け前の出来事が頭の中に浮かぶ。

 

 最悪だ。汚してはいけないものに泥をつけてしまった気分になる。俺はなんてことを───!

 

「レド?どうしたのさ、壁に両手をついて……は!?頭を壁にぶつけて何を!?!!?」

「止めないでくれヴァイス。俺は今すぐ忘れなきゃいけない記憶があるんだ」

「なるほど、生き霊ですね」

「一緒に止めてくれよ!眼鏡むしるぞ!」

 

 二人がかりで押さえつけられているところに、リーンとネロが通りかかった。

 

「ブレウくんとヴァイスくんにレドくん、何して───ぎゃあぁぁぁぁぁああ!?レドくんの額からすんごく血が出てる!?第三の目だっ!?」

 

 額を触ってみると、手は赤くなっていた。確かに結構出てるな。

 

「御使いは目がたくさんあるというが、あれは違う……」

 

 俺含め四人で騒がしくする中、ネロはローテンションな声でポツリと呟いていた。

 

 

 

 少し離れた位置でパンをもぐもぐ食べている少女を眺める。顔が良い。

 

「ぶしっ」

 

 くしゃみしても顔が良い。だが、昨日雨が降ったから冷えているので、是非温かくして過ごしてほしい。すぐにでも暖かい屋内へ行ってほしい。

 

「……なあ、どうしていつも屋外にいるんだ?」

「ふんっ、自分で自由に外に出ていいから出てるだけだ」

 

 春になって巣穴からもそもそと出てくる小動物の姿が、脳裏をよぎった。今はまだ冬だぞ。冬眠させなきゃ……。

 

 クッキーも渡せば、これまた食べ出す。量が多いと困った顔をするので、適切な量にしてあげるのがポイントだ。ちなみに大きすぎる物を与えると、どこから口をつけていいのかわからず、しばらくフリーズする仕様になっている。

 

 そうして動く口元を見て、───ふいに昨晩の夢がフラッシュバックした。やはり壁に頭を打ち付けるくらいじゃ無理だったか!

アコラスっ!?

「変な顔してんな」

「うへえっ!??!!?」

今すぐその変態から離れなさい

 気づかぬうちに至近距離まで寄られていた。ときどきこんな風に気配を感じさせないから恐ろしい。しかも無意識にやっている。対処法としては常に視界に入れ、彼女を認識し続けることだ。逆に一度でも目を離してしまえば、見つけるのは困難である。

 

「真っ赤だぞ?風邪ってやつか?」

「なっ……!」

あ゛あ゛あ゛っ!?

 顔を近づけられる。まつ毛や頬へと視線をさ迷わせた後に、再び唇を見てしまった。このまま───、

 

「いだっ!」

 

 額に痛みが走って目をつぶる。再び目を開けると視界が塞がれていた。額にも違和感がある。……紙だ。紙を額に貼り付けられたのだ。

 

 取ると彼女の姿はもう消えていた。

 

 貼り紙には綺麗ではない字で、こう書いてある。

 

『バカの顔』

 

 ……おっしゃるとおりでございます。

 

 俺は紙を丁寧に折りたたみ、ポケットにいれた。

だから保管すんな

 

 

§ § §

 

 

 

「もう、春か……」

 

 彼女と出会って一年が経った。

 

 彼女はこちらの存在に気づくとぱぁっと表情が明るくなる、かと思いきや、それが気のせいのように『嫌いです面倒ですウザいです』といった仏頂面になるのだ。嫌われているのか、そうでないのか……。

 

「いっそ幻覚や幽霊であってほしい」

「はいはい珍獣珍獣。───で、さぁ、年の終わりの試験。ここをクリアしても、どこに配属されるかは、希望通りにいかないだろう?」

 

 教官から渡された希望調査なる紙を、ヴァイスはひらひらと振った。

 

「動けて死ななそうなら第一課。動けるけど死にそうなら第二課。動けないけど死ななそうなら情報課。動けないし死にそうなら装備課。……あとなんだっけ」

「衛生班と総務課ですが、もともと僕らは入れません。そして国家魔術師になれなければ地方支部が君を待っています」

「うーん、これはひどい」

 

 珍しくネロが口を開く。

 

「良いことならある……。合法的に人を殴れる……」

「人格を疑う発言が飛び出してきたね」

 

 成績上位は相当問題がない限り、第一課とも聞くが、著しく問題がある場合はどうなるのだろう。

 

 俺たちは座学の成績が良くなっていた。というか、リーンが意外にも勉強を教えるのがうまかった。それに誰からともなく言い出す悪巧みのせいで、魔術制御がうまくなったりしたため、実技の方も上々。気がつけば全員まとめて成績上位である。

 

「お金も貰えるよ!特に第一課は手当が付くから。それでいっぱい貯めたらさっさと辞めるんだ~」

 

 リーンの言葉が少々意外に感じる。この学校に来た動機は金なのか。もっと、こう、幼い少年が云々の頭のおかしい理由だと思っていた。

 

 そういえばこの間、ブレウと何かコソコソと金を数えていたのは何だったのだろう。特に知りたいわけでもないが、何となく聞いてみたところ、

 

「違うの……っ、路上賭博の胴元をやっただけなの……!法律の網の目を掻い潜るために、いっぱい法律のこと勉強したのにっ」

「お前の努力はおかしい」

「だってブレウくんが胴元が一番稼げるって言うからっ。だから二人で頑張ったのに、教官が法律を守る前に校則を守ってくれって……!」

 

 成績って素行は考慮されないのだろうか。

 

「すげぇや。メリットに金と暴力しか挙がってない。ブレウ的にはなんかない?やりがいとか」

「ないですね」

「レド!なんかない!?」

「さあ、どうだろうな。忘れた」

 

 

 

 毎日毎日腐れ縁の友人と馬鹿みたいなことをして、あの子と話して……、嫌なことから逃げて、自分で決めずにただ流されて来たこの場所での日常が、正直、悪くないと思ってしまう。時間は巻き戻らず、確実に終わりに近づいているのに。

 

 

 

 あの日、俺にリーン、他の同期4人ほどで、学校所有の森で行動していた。隠されている罠を見つけ、解除しなければいけない。

 

 リーンがあれ、と声をあげる。

 

「壊されてる?」

 

 彼女の指さす方を見れば、罠がぐちゃぐちゃになっていた。あまりも大きな力で無理矢理引き違った様相に、

 

「他の班が間違えてやったんか?」

「そうだとしても、あまりに乱雑だ」

 

 同じ班のメンバーが口々に言う。

 

 そんな中、俺は草木に生き物が徘徊した跡があるのを見つけた。

 

「待て。何か……様子がおかしい」

 

 それは、この森にはいないはずの大きさの生物のものだった。耳をすませば、何かがうごめく音もする。その音はだんだん大きくなっていて───、

 

「っ!周囲の警戒しながら引き返───」

 

 ズ……、と化け物としか形容できないモノが姿を現した。

 

「逃げろ!」

 

 ダメだ、逃げきれない。

 

 迎え撃つ?

 

 しかし、ここは森だ。火の魔術を使って失敗したら……。

 

 躊躇っているうちに、リーンが転んだのが視界に入る。

 

 彼女はとっさに防御体勢をとった。直感的にわかった。打ち負ける。

 

 自分が飛び出しても間に合わない。

 

 火の魔術を使うなら、間に合うかもしれない。でもそうしたら、また、失敗するかもしれない。今ここで使うことを、自分が決めて良いのか?

 

 木々に燃え移ったら?

 

 化け物だけでなくリーンも燃やしてしまったら?

 

 周り全員を、巻き込んでしまったら?

 

 

 

「───あ」

 

 

 

 ダメだ。何もできない。

 

 

 

 もう間に合わないはずだったのに。

 

 

 

 突如誰かが横から強烈な飛び蹴りを食らわせた。

 

 

 

 食らわせた部位からは、砕ける音が聞こえ、そのまま体勢が崩れる。

 

 驚くべき速さと怪力だ。自分ができる最大威力の身体強化でもかなわない。

 

 飛び蹴りを放った者は持っていた盾の先端を振り上げ、首めがけて何度もおろして、化け物を沈黙させた。その体格は、飛び蹴りの威力からは連想できないくらいには、小柄だ。

 

 その見た目にそっくりな者が、俺が知っている人物の中で、ただ一人存在する。

 

 彼女は眉間にシワを寄せ、不機嫌そうな顔をしながら、何の躊躇いもなく、肉塊をぐしゃぐしゃにしていた。

 

 本当にいたことが信じられなくて、思わず指を差して叫んでいた。

 

「おま、お前!校舎裏の幽霊!」

 

 それを聞いた彼女が、いつも通りの表情で言った。

 

「誰が幽霊だ」

 

 ……失敗した。

 

 

 

 その場にいるほぼ全員が混乱状態の中、教官らが駆けつけ、あの子をつれていってしまった。

 

 幸い大きな怪我を負った者はおらず、せいぜいリーンが転んだくらいだ。

 

 リーンはよろよろと立ち上がったが、さっきのことがよほどショックだったのか、沈黙を貫いている。

 

 見捨てようとした罪悪感から、俺は声をかけていた。

 

「……リーン」

「………………ぃぃ」

 

 何か、小さく呟いた。だが聞こえない。

 

「…………か」

「か?」

 

 今度は少し聞こえたので聞き返すと、

 

「かわいい~っ!!!!!!!」

 

……心配して損した。

 

 

 

俺もまた、教官からあの化け物について話を聞かれた。その下りで、あの子のことを話され、聞くタイミングを逃していた名前も知った。

 

 アコ。

 

 アコか……。いきなり名前呼びに変えたらまずいだろうか。しかし、向こうだって俺の名前を把握、して……ないな。興味なさそうだもんな。

 

 教官たちは彼女の存在をしっかり認識していたらしい。

 

「クソっ、あと20年以上早く生まれて教官の立場にいたなら……!」

「今は私が質問をする時間のはずなのに、君の質問の方が多いのはなぜなのだろうね」

 

 成績は中の下だが、授業態度は真面目。身体強化とちょっとした自分への治癒の魔術が得意。今は寮を出て別のところから通っている───といったところで、俺はストップをかけた。

 

「軽率に個人情報を他人に伝えないでください。変な奴に目をつけられたらどうするんですか」

「あれ?先生が悪いのか?少なくとも先生の目の前に一人変な奴がいるような気がするが?瞳孔が開いてるぞ?」

 

 

 

 翌日、俺は座学のときに、あの子の姿を講義室内をよくよく探したがいなかった。

 

 なので、聞きまくった。

 

 それはもう聞きまくった。

 

 そして、彼女とよく班を組んでいたらしき女子と話すことができた。

 

「いつも気がついたらいなくなってるから、我が班には妖精でもいるのかもね……って半分信じてたわ。アッハッハッハ!」

 

 俺以外からも妖精扱いされていたのか……。顔が良いからな……。仕方ないな……。

 

「一昨年、たまたま高祖父が亡くなって、妖精の一突きじゃないかって言われたもんだからさ。ちょっとそれも妖精説を信じてた理由かもしんない」

「それは……御愁傷様様」

「もう見事なくらいポックリで、親戚一同泣いて笑っての葬式だったよ。アッハッハッハ!」

「やっぱりこっちでは死んだ後に葬式するのか。変わってるな。───じゃあ、あいつの話があまり広まらなかったのは?」

「ウチの地元じゃあ、妖精を見ると一日分の幸運が得られるけど、人に話したらその幸運はたちまち消えるってよく言われてたからさ~。皆にもその話をしたせいかもっ!アッハッハッハ!今の発言の一部はスルーしていい?」

 

 

 

 他にも俺は聞いて回った。よく喋る同学年から全然交流のなかった他学年まで、とにかく彼女のことでなにか知っていることはないか、聞きまくった。

 

 

 

「たまに、『あ、いたんだ』ってなるわね。てかアンタの勢い怖いよ」

 

「全然知らんわい。……餌付け相手、人間だったん。引くわ」

 

「あなたのこと、ちょっと良いなって思ってたけど、やっぱナシで。ドン引きしました」

 

「川?亜麻色?さあ……、いたような、いなかったような。うわっ、目つき悪っ」

 

「一歩間違えればストーカーになるぞ、気を付けろよ」

 

「十年後ロリコンになってそう」

 

 なんだ、ここの学生たち。簡単に人の悪口を言ってくるなんて、治安が悪いなぁ───おっ、まだ聞き込みをしていなかったエルムだ。

 

「ヒィッ!!!……あ、ああ、あの子?事務的な会話なら班を組んだときに何回か……、なんだ。レドもまともな人間らしいところあったんだな。あんなちんちくりんがす───」

 

 

 

「大変だ!エルムが木から吊るされてるぞ!!!」

 

 

 

 翌々日。

 

「げっ」

「よぉ。お前、同期だったんだな。全く気がつかなかったぞ」

 

 いつも通り、なんとなく気の向くままに行った先に彼女はいた。しかし、ものすごく嫌そうな反応をされてしまう。悲しい。でも顔が良い……。

 

「今日、初めてお前が講義室にいるところみたよ」

 

 簡単に言ったが、実はめちゃくちゃ探した。今までの人生で、一番人を探そうとした瞬間だった。

 

「オレはあんまり目立たないからな」

「そのわりには何人にかチラチラ見られたみたいだが」

「うるせえ」

 

 その顔で『目立たない』は嘘だろ。

 

 ……と喉から言葉が出掛けたが、現実には隠れ潜んでいたわけで、これは本人の隠匿能力が非常に高いことの裏付けである。

 

 前々から知っていたつもりでいたが、ここまでとは思わなかった。

 

 今日見つけられたのはひとえに、俺が彼女について周囲に聞きまくったことである。……そのせいで、視線を受けていて居心地が悪そうだったが。

 

 俺、久しぶりに頑張ったなぁ……。

 

 しみじみと彼女を眺める。

 

 ……袖口から垣間見える、細い腕。

 

「なあ、お前あれだけとっさに動けるんだったら結構強いんだろ?得意魔術は?」

 

 相手が身体強化の魔術込みでも、近接戦で俺が負けることはそうそうないと、忌むべき魔術を使えば、なおさら負けることはないと、思っていた。

 

 だが、間違いなくこの子には力負けする。

 

 一瞬見た戦闘からして、身体強化をメインとした超近接型だ。速くて怪力。ただそれだけ。体術は特別できる訳ではなさそうだ。それでもなお、あの威力なのは末恐ろしい。

 

 加えて、本人の自覚しているかしていないかわからない気配の消し方も、かなりの脅威だった。うまく使われたら気づく前にやられてしまう。例えば、音もなく忍び寄られ、あの怪力により一瞬で首をへし折られたら、それで終わりだ。

 

 華奢な見た目で速さと怪力を両立させ、何らかの手段で気配を消している。とんでもない初見殺しには、隠し球があるはずだ。

 

 探りをいれてみたところ、彼女は誤魔化すように言った。

 

「オレは魔力子がヘボいから、魔術なんてからっきしなんだよ。それにあのときは不意打ちだったから、たまたまうまくいっただけだ」

「たまたまで正体不明の敵の首を落とすやつがどこにいるか」

 

 途端にポカーンと口を開けて見てくる。なぜ驚くタイミングがそこなのか。

 

「いや、そんな顔でみられても……」

 

……顔が良いな。

 

 

 

 ヴァイスが肉料理にフォークを勢い良く突き刺す。

 

「触角に、意外な力強さ。跳躍力、瞬発力があり、小さい。頭に草がついてて、走るのが速い。強い警戒心……。いやー、それにしても珍獣ちゃんは人間の女の子だったかー。クソが」

 

 町の行きつけの食堂にて二人で夕食をとっていると、あの子のことが話題に上がった。

 

「最初から人間の女の子だったって」

「レドはずっと女の子に振り回されていたということだね。クソが」

「確かに精神的にも物理的にも振り回されたなあ」

「物理的……?うんまあレドも隅に置けないなぁ。クソが」

「そういうのじゃないって」

「じゃあどういうのさ?クソが」

「俺はただ……、あの子が栄養バランスのとれた食事に適度な運動、七から八時間ほどの十分な睡眠を取って、日々健やかに過ごしてくれればそれでいいかな」

「……本人に直接言ってくれる?」

「さすがに言わないよ」

「へぇ~」

「五、六歳くらい年下だったら言ってたかもしれないけど」

「へ、へぇ……」

 

 時々顔を引きつらせるヴァイスと話していると、

 

「レドくん」

 

かつてないほど朗らかな顔をしたリーンが現れた。

 

「この間の子、どこにいるのか知っていますか?」

 

 そのまま俺たちの席に彼女も座り、食事を始める。

 

 俺と共に困惑していたヴァイスが聞いた。

 

「リーン、その話し方どうしたのさ?」

「心が浄化されたのです。新生リーンです。よろしくお願いします」

 

 襲撃のショックで頭がさらにおかしくなって……。

 

「この間の……ああ、あいつか」

「普段どこにいるんですか?」

 

 襟を掴まれ、ガンガン揺さぶられる。なんだ、行動はいつも通りか。

 

「会えるポイントはいくつかある。運要素はあるが」

「どこですか?」

「……なんで知りたいんだ?」

 

 リーンはコップを静かに置いて微笑んだ。

 

「お礼もまだ言えていないのですから、会いたいのは当然じゃないですか」

 

 お前……。

 

「ところで……実はあの子、男の子だったりしない?」

 

 俺は笑顔でリーンの顔面を掴む。

 

はっはっはっ。あの顔でちんちんついてるわけないだろう。いいかげんにしろ

「ねえレド?リーンの頭の骨、すごくミシミシいってるよ」

 

 

 

 結構かなり渋った末、俺はリーンをあの子に会わせることにした。

 

 おそらく自らの意思で人付き合いをしていないあいつも、お礼を言うために連れていくくらいなら許してくれるだろう。

 

 今日も一人で立っている姿に、リーンが話しかけた。

 

「あの、アコさん、ですよね……?」

 

 一瞬驚いた顔を見せたあと、取り繕うかのように眉間にシワを寄せる。

 

 ついでに俺のことを睨んできたため、平和的に解決する意思を見せるべく、手で鳩の影絵を作ったが……、しまった。光源の都合でアコには見えない位置に影絵ができてしまった上に、こめかみに青筋が立っている。でも顔が良い。

こいつ実は馬鹿なの?

 リーンは、そんなアコの不機嫌そうな態度にも構わず頭を下げた。

 

「私、教官から聞きました。あの化物にもしそのままなぐられてたら、死んじゃってたかもって……。だから、助けてくれてありがとうございます!」

「別に、そんな」

 

 口を少しパクパクさせると考え込むように黙りこむ。

 

 ……あれ?

 

「……あの、お礼を言うのが遅くなったのは本当にごめんなさい」

「いや、そうじゃなくて。あの化物はどっから来たのかとか思っただけだから。その、気にしないでほしい」

 

 あれ?

 

 あくまで、冷静に、そして平静に声を保つ。

 

「なんか俺と話すときと対応が違わないか?」

 

 ふんっ、と鼻で笑われた。

 

 ……そりゃあ、確かに、最初変な女呼ばわりしてしまったから、普通に話すリーンへの方が対応良いのはわかるけど。

 

「あと1年もないですけど、これからよろしくお願いしますね!」

「え、あ……」

 

 リーンの発言に困惑しつつ、……触角がぴょこぴょこちょっと嬉しそうにしている。そっか、女の子だもんな。女友達の方が嬉しいよな。

 

 納得する一方で思ってしまう。

 

 俺の方が先に見つけたのに……。

 

 

 

 しかし、アコとリーンの交流はかなり早い段階で事件が起きた。

 

「うあああああああああぁぁぁぁあっ!なんなんだあいつは!」

 

 会って早々、顔を青くしたアコに詰め寄られる。やましい心を抑え込みながら、俺は目をそらした。

 

「俺もリーンのポテンシャルを見くびってたわ」

 

 リーンには13歳未満の少年に対する並々ならぬ熱意がある。逆に女子であれば、何事もなく普通に接する。だから、この子にもそうなると踏んでいたのだが……。

 

 新たな琴線に触れたのか、リーンはアコを非常に気に入ったようで、校内ではどこでも「アコさんアコさん」とそれはもうすごい勢いで声をかけていた。

 

「まあ、女同士仲良くすればいいんじゃないの?」

 

 こいつ、押しの強いリーンと遭遇後すぐはビビりはしているが、数分経てば普通に会話しているし。

 

 俺はいまだに警戒されるからな。どうせ俺より、リーンみたいな女友達の方が良いんだろうな。

 

「……女同士って皆ああなのか?」

 

 眉が不安そうにひそめられる。……くっ。

 

「……あれはちょっと異常かもしれないな」

「そうなのか、よかった。本当によかったっ」

 

 リーンも何を考えているんだか。13歳未満の少年には遠くから眺めているだけなのに、なぜこいつにはここまでぐいぐい攻める。

 

 よほど助けられたことに感謝しているのか。あの時、誰よりも早く、助けに入った────飛び蹴りを放ち、頭を潰した彼女に。

 

 ……なぜ、彼女は突如現れた化け物の頭を執拗に潰した?

 

 助けようと思って飛び込んだ後で、初めて見たモノに対して、そのような行動を取れるものだろうか。

 

 がむしゃらに動いたから、ああなったのか?

 

 いや、あれは、まるで前から対処法を知っていたかのように、躊躇いのない動きだった。

 

 ……カマをかけてみるか。

 

「そういえばお前、教官から聞いたか?あの化物の話」

「は?」

 

 不機嫌な顔に逆戻りだが、確実に興味を引いたようだ。いつもよりも明らかに食いつきが良い───、

 

「アコさーん、どこですかー?」

「ひぃっ」

 

───思わず心の中で舌打ちをした。

 

 こちらの内心に気がつくことなく、アコは焦った表情を見せる。

 

「おい!オレのことはここにいないって言っておいてくれっ」

「はあ?ちょ、隠れるの速っ」

 

 驚くべき速さでゴミ箱に隠れ、完全に姿が見えなくなったと同時に、

 

「あれ、レドくん。私、アコさん探してるんですけど知りませんか?」

 

リーンが声をかけてきた。

 

「俺は今日見てないよ」

 

 それとなく視線を誘導し、ゴミ箱に注意を向けさせないように動く。

 

「……本当ですか?」

「本当だって。しかしお前、あいつのことずいぶん気に入ってるんだなあ」

「え!?気に入ってるというか……。かわいいなって。なんとなくですけど、小さな男の子みたいなかわいさがあるんですよね。ついつい気になっちゃって」

「そ、そうか」

「じゃあ、私行きますね。アコさんにあったら、私が探してたって言っておいてください!」

 

 生き生きとしたリーンはスキップしながら背を向け、遠ざかっていった。

 

「……行ったぞ」

「すまん」

 

ゴミ箱からひょっこりと顔をのぞかせたアコに、無視されるとわかっていながらも手を差し出す。

 

 その手を取った彼女は、ゴミ箱から軽やかな身こなしで出てきた。

!?

「…………正直リーンに会わせたことはすまないと思ってる」

「よくわかってんじゃねぇか」

 

 ちょっと憔悴していても、顔が良いな……。

 

 …………。

 

 ……え?

 

 今の行動、え?

 

 なんだこの、己の手に一瞬あった感触は。

 

 手のひらを眺めてみても、今はもう、ただの自分の手で。

 

 はっとして顔をあげるが、アコの姿はもうどこにもなかった。

 

 

 

 ブレウとヴァイスに急き立てられ講義室に入る。今日もまた、よく探せば……いた。相変わらず視線を向けられて、居心地が悪そうだ。

 

「アコさん!一緒に講義を受けましょう!」

「いいよとか言わなくても、すでに隣に座ってるじゃん……」

「えへへ」

は?何この女

 皆、席を一つ開けて座っているのに、いつもの五倍の速さで動いたリーンは、ピッタリとアコの隣に座っている。しかも普通に会話している。

 

 俺たちは自然とリーンたちの後ろの席に着いた。はー、顔が良い。

 

 さてと。ノートを広げて───、

 

「リーン、君ってやつは……。そちらのアコさんとやらが困ってるぞ」

「!?」

 

ブレウがわかりやすく人を気遣う発言をした?!?!?

 

 驚く俺に構わず、ヴァイスがうさんくさい笑みを浮かべる。

 

「今日もネロはサボりだな。レド、ネロがどこ行ったか知ってるか?」

「見てないなあ」

 

 そう言いながら、俺はノートの端に文字を書いた。

 

『何を企んでいる』

『僕!?あらぬ疑いだよ!』

 

 ……。

 

『こっち見んな!怖いよ!!!』

 

 あ。アコが振り返ってきた。

 

『珍獣ちゃんが見てるときはニコニコしておいて、見てないときは無表情になるの怖いから止めてくれる!?』

 

 ヴァイスを挟んで向こう側にいるブレウが物言いたげな目で見てくる。

 

『なんだ』

 

そう書いた紙を丸めて投げた。

 

 ブレウはさらさらと書き、ヴァイスも一緒に鉛筆を動かしている。

 

 投げ返された紙には、こうあった。

 

『手を開いたり閉じたりしたかと思えば、手のひらを見つめ続けていたりするのが、なんか気色悪い。どうにかしろ』

 

 この野郎。

 

『珍獣ちゃんのこと、過激派を抑える特効薬として期待しているから、紹介してよ。レドを怒らせたときに盾にする、絶対する』

 

 絶対紹介しない。

 

 もう相手にするものかと前に視線をやれば、リーンが落ち込んだような声色で話していた。

 

「アコさん、私が近くにいると困りますか……?」

「ええと」

困る

 アコは声色からだけだと困惑しているが……、よーく観察すれば少し喜んでいる。やけにリーンに対して好感度が高いよな。別に全く全然気にしていないし羨ましいとも思っていないけれど。

 

「私、アコさんとお友達になれたら嬉しいなって」

「友達?」

「はい」

 

 待て、まだ早い。早すぎるぞリーン。

 

 思わず鉛筆をへし折っていた。

 

 俺なんてまだ、食い物をくれる奴程度の認識しかされていないんだ。

 

 モヤモヤとした感情を抱えながら、横顔を眺める。

友達は選びなさい

 ……またあの顔だ。

もちろん利用できそうなのをね

 講義が始まって会話が打ちきりになったあとも、それが気になって仕方がなかった。

 

 

 

 講義後、速攻で約三名を無力化してから、俺は急いで彼女を追いかけた。

 

「おーい」

 

 声をかければ、ムッとした顔で振り返ってくる。

 

「なんだよ」

 

 最近、目が合うようになる頻度が増えた。

 

 だからこそ、余計に感じる。こんなに近くにいるのにひどく遠い。喋っていても、自分以外の誰かに話しかけているような気さえする。

 

 さっきのリーンとの会話も、懐かしいものを見るような……、まるで以前リーンと似た者が知り合いにいて、今目の前にいるリーンではなく、その人物に話しかけているような。

 

 リーンは頭のおかしな奴だが、アコと友達になりたいと言っているのは本心だ。アコだって、なんだかんだリーンに悪い気はしていないはずだ。誰かの意思をそこに挟む必要なんてないはずなのだ。

 

「いや……、お前って、人と喋ってても全然違うこと考えてるよな。全くこっちのこと見てないっていうか」

「何言ってんだお前」

何言ってんのこいつ

 つい衝動的に、突拍子もないことを言ってしまった。当然彼女は頭の上に疑問符を浮かべている。

 

 俺は、ごまかせているかもわからないごまかしを口走っていた。

 

「そうだな。もうちょっと、周りをちゃんと見たほうがいいぞ」

 

 ……後ろで男三名が紙を投げあっていたことだし。

 

 

 

§ § §

 

 

 

 初夏の昼時、リーンも時々この場に現れるようになった。

 

「アコちゃーん!」

 

 しかもアコに軽く抱きついている。……おい、どうして嫌そうにしていない?

 

 むしろ、ドヤァ、とした顔で俺を見てくる。いったい何を自慢したいんだ。

 

「アコちゃんアコちゃんアコちゃんアコちゃんアコちゃん」

「ひぎゃ」

 

 しかし名前を連呼されると、触覚がちょっとヘタる。たぶんあれは、近くで言われると相当うるさい。

 

 (リーン)が去ったあと、アコは首をかしげていた。

 

「リーンってあんな奴だったか……?」

「あいつは最初からあんな感じだったよ」

「むっ」

 

 納得いかないと言わんばかりに見上げてくる。今日も顔が良い。

 

 どうやら彼女、リーンのトラブル履歴が耳に入ってこないレベルには、交友関係が皆無だったらしい。

 

 アコは不機嫌な表情で呟く。

 

「だってリーンは……」

「リーンは?」

 

 聞き返したら無視された。

 

 ……どうしてリーンにはずっと穏便な対応を?

 

 

 

 屋外演習場(空き地)にて、俺はブレウとヴァイスに愚痴をこぼしていた。

 

「野性を忘れている気がする」

「そりゃあ野生動物じゃないからね」

「もっと反発心や警戒心があっていい。殴るくらいでいい。不審者にでも会ったらどうするんだ」

「レドが一番の不審者だよ。というか珍獣ちゃん恐ろしいほど怪力じゃん。その辺の不審者は簡単に倒せるよ。きっと脱いだら腹筋割れててムキムキ───わー!わー!待ってくれ、吊るさないでくれぇ!」

 

 腹筋か……。筋肉がしっかりついているようには、とても見えない。怪力の仕組みはどうなっているのだろう。

 

「あんなに華奢なのに、近距離戦に持ち込まれれば、一撃でもまともに受けるのは非常にまずい。かといって、簡単に避けられるほどの速さではない。受け流しか、それとも……」

「なんで珍獣ちゃんの倒し方を考えてんの?ねえ?」

 

 木から吊るされたヴァイスを見て、ブレウがため息をつく。

 

「ああ、面倒くさい……。レドが直接戦いにでも行って、確認してくればいいではありませんか」

「それだ」

 

 

 

 さて、攻撃性の検証のためにアコに仕掛けた模擬戦の結果だが、想定以上に力が強い。体術は習った通りのもので、可もなく不可もなく。動きの先読みについてもかなりの手練れであり、そのアドバンテージから手を抜く余裕がある。

 

 やはり超近接戦では自分よりも強い。

 

 以上の調査と引き換えに、

 

「うわっ!ここ見てみろよ。盾ぶち当たったところだ。めちゃくちゃ穴深い」

 

日は沈んでガス灯が輝く下で、演習場の草むしりの罰になった。

 

 アコが盾を壊したためだ。連帯責任で自分もまた罰則対象である。

 

 それにしてもなあ……。訓練用でも相当な強度を誇るものを、腕力で破壊するとは……。旧式でそれなりに使われ続けているとはいえ、日々の点検と定期的な校正を行っている。装備側の不具合ではない可能性が高い。

 

 穴の深さを観察していると、アコは真面目にやれと言わんばかりに俺を睨んできた。顔が良い。

 

 ついつい瞳に視線が吸い寄せられる。

 

 いつかに見せてもらった琥珀を思い出した。この眼を見ていると、琥珀は人魚の涙だなんて話もあながち間違いじゃないかもしれないと思いさえもする。

 

 ……何を考えているんだ俺は。

 

 恥ずかしくなったため、自分は草をむしりつつも、演習場の地面に落ちる小石を集めたり、むしった草を結んでみたりしていた。それを見たアコは不満そうだ。

 

「明日までにきれいにしなきゃいけないんだから働け」

「働いてるぞ。ほら、お前よりたくさんむしってる」

「うぐっ……」

 

 彼女は頑張って草をむしっていた。が、その進捗はあまりよくない。不器用だから、というよりは慣れていない手つきだ。なーんでこっちは慣れているんだろうなぁ。

 

 ……よし、経験上これくらいで十分だ。

 

「まあ大体やったしもういいだろー。初等学校の罰でもこういうのやったっけな。お前どうだった?」

 

 流石に今も罰則受けまくってます、とは恥ずかしくて言えないので、そこはごまかしつつ、俺は会話をしようとした。

おしゃべりダメよ

「知らん」

 

 しかし、ばっさりと打ち切られてしまう。

 

 ダメか。アコのことが知りたくて、たまにこうして過去を聞いているが、ほとんど教えてくれない。

 

 アコは草むしりを続けている。……事の発端は自分にあるので申し訳ないな。ここはあえて、演習場の地面の隅に寝転がることで、手抜きのアピールをしよう。

そいつはワルイやつよ

 彼女はそれに腹が立ったのか、むしった草をこちらに投げつけてきた。

!?

「おいこら、人様に向かって草投げるな」

「うるせー」

違う、そうじゃない

 立ち上がって応戦すると、さらに投げてくる。自分達は、まるで小さな子供のように草を投げ合った。ありがとう草。生えてきてくれて本当にありがとう。これからもどんどん繁栄してください。

ぐぬぬ

「なにやってんだろうな……」

「さあな……」

近づいちゃダメよ

 地べたに座れば、彼女も距離を取って座り込む。

違う、そうじゃない

 ……っ!?

 

 落ち着こう、うん、一回落ち着こう。空でも見上げよう。

 

 前に星を見に行ったときは、屋根の隠蔽でほとんど見なかった。罰則のせいで、会えなかったわ、あんな夢は見るわ……。

 

 思い出して猛烈に恥ずかしくなる。

 

「昔落ちてきた隕石って、この星空のどこかにいたのかねー」

そんなもの来なければよかったのに

 気持ちを紛らわすための言葉に返事はなかった。

 

 夜空には星がたくさん輝いていた。小さな星は遠くて、手が届かない。それはまるで、自分にとっての───。

 

「……俺さ、今日の演習で思ったんだけど」

「なんだよ」

「実戦だったらどうなってたんだろうな。もし、お前みたいな馬鹿力が相手で、強化以外の魔術も使用されてたら、とか」

 

 勝てないと思った。魔力子が多くて強いから、ここに連れてこられたのに、強くなくなったら、ここにいる意味がなくなってしまう。

 

 ふいに、結局また何もできなかったことを意識する。あの時も、この前も……こんなのじゃダメだ。言葉の中に不安を織り混ぜてしまった。

はやくこのハリボテ痛い目みないかしら

「俺ってそこそこ優秀だから、たぶん卒業したらこのまま第一課だろう?そのとき、この前の化物みたいなのと戦ったら、どうなるんだろうって」

 

 少し調子に乗ったような発言に、軌道修正できただろうか。

 

 いつもみたいに「知るか」とか「うるせー」という返事を待っていた。

 

 しかし、アコは昔を懐かしむような表情をしていた。

 

 ほんの少しだけ笑っている。

 

 ……また、その顔だ。

 

 こんなに近くにいて、二人きりだから、突きつけられる。それなりに交流して月日が経ったからこそ、わかってしまう。まるで別の世界に生きているかのように、どうしようもなく、遠くにいるのだ。

 

 やがて、ゆっくりと口が開かれる。

 

 ───やめてくれ。聞きたくない。

 

 言葉が紡がれる。

 

 ───やめてくれ。思い知らされたくない。

 

「お前なら、なんとかなるよ」

あっはっは!愉快愉快!

 彼女は俺のことなど、見ていないのだ。

 

 それでも、このお零れに心が動かされてしまう。

 

 どうして、笑顔を向けてくれるのだろう。

 

 どうして、ほしい言葉をくれるんだろう。

 

 どうして、俺を肯定してくれるんだろう。

 

 どうして───。

 

「……名状し難い」

 

 

 

 話しているうちにアコも草むしりを真面目にやるのが馬鹿らしくなったのか、物置で片付けを始めた。

 

 彼女は掃除道具を元の場所に戻そうとしているが、ブレのない見事な背伸びしてもなお、届かないようだ。

 

「代わりにやるぞ?」

「いや届くし。届くから」

 

 ジャンプでもしたら届きそうなものだが、頑なにしない。どのような思惑があるのかはとくにわからない。

 

 無言で見つめていると、彼女はこちらに向き直った。

 

「いいか、オレの身長はな!……じ、地面に埋まってる部分があるんだ」

「植物の根か何かですかね……」

「その部分を足せば、お前の身長なんて軽く超えるから。すぐ超えるから」

 

 そう言って再び背伸びをしだす。

 

 自分が手を出すのは拒否されたので、そっと踏み台を用意できればいいのだが……。

 

 踏み台か、その代わりはないだろうか。俺が踏み台になるものを探そう、と口を開いたのだが、

 

「俺が踏み台になろう」

 

しまった、言い間違えた。───ポカンと口開けて見られているっ。

 

「え?は?ふ、踏み台?になる?」

 

 バカな発言をバッチリ聞かれてしまい、羞恥心でいっぱいだった。どうにかごまかさなくては。

 

「有史以来、人間は生きるために必要なものや、生活を豊かにするために便利なものを作り出してきた」

「……?」

「その流れを念頭に置こう。わかった?」

「わ、わかった」

「踏み台があると便利だ」

「おう」

「でも残念なことに見当たらない」

「うむ」

 

 今度こそ、『踏み台を探そう』だ。絶対に『踏み台になろう』だなんて、そんな馬鹿な言い間違えをしてはいけない。絶対に。

 

「だから、俺が踏み台になろう」

 

 あああああああああっ!しまったぁぁぁああ!間違えないように意識しすぎて、逆に間違えたぁぁぁああっ!

 

「それはおかしくね?せめて肩車じゃね?」

「肩車はムモヤモヤするからダメだ」

「ムモ……?」

「とりあえず踏み台必要だろう?」

「……おう」

欲情すんな

 よし。踏み台の必要性はわかってくれた。

 

「必要なことをするだけだよ。必要に迫られてするのはおかしくないよ」

「おか、おかし、くない……?」

 

 今自分が何を言っているのかわからない。これは本当にごまかせているのだろうか。

 

「そうだよ、おかしくないよ。俺が踏み台になるのはおかしいことじゃないよ」

「ん?あれ?」

「ほら、高さ的にはちょうどいいと思うよ。ちょっと生暖かい踏み台なだけだよ。冷たいよりはいいだろう?」

 

 誰かこの状況を止めてくれ。

 

「いつの間に、え?あたたか?いや、でも」

「踏み台を探すより、今ここで俺を踏み台にするほうが効率的じゃないか?」

「た、確かに……?」

馬鹿だ

 本当に誰でもいいから俺たちを止めてくださいお願いします。

 

「例えば、今俺は二点と二辺で接地しているだろう?」

「お、おう。手足の計四本だな」

「これが減って三本だと、この通りぐらつく。じゃあ逆に増やす方向……、頭頂部も設置したら?」

「接地が五点になって、もっと安定する!?すげーっ!」

馬鹿がいまーす!

 この子、悪い人に騙されないか心配になってきた。知らない人からお菓子あげるよって言われて、ついていったりしない?大丈夫?

育て方間違えたわ

「いや、違うんだ」

「!?」

「頭に血が上って地味に辛い……!」

「た、確かに!それに乗る部分の面が斜めだ!」

「だからこれが、人間がとりうる最適な踏み台の形状なんだ。どうかこれだけは……覚えていてほしい」

「お、おぉー……?!??!」

何言ってんの???

 パチパチと拍手された。いける。意外と押しに弱い。

死に場所を探すような、

「したがって、これが一番理にかなっていると思います」

「そうだな……!?」

「じゃあ、踏み台()に乗ってくれ」

「???……わ、わかったっ、よし!」

生ける屍のくせに、

 背中に二点の重みを感じて思った。

表面上取り繕うのだけが達者な

 何かおかしい。

ハリボテ男がなぜ今回こんなことに???

「この高さなら見下ろす側だ……っ。ふふふふふふっ……」

 

 目線が高くなったことに、テンションが上がっている。楽しそうで何より。

 

 掃除道具を片付け終えたアコが降りて、踏み台フォームの自分を見ていた。事態の深刻さに気がつき始めたのか、だんだん顔が青ざめていっている。よかった、戻れる正気があって……。

 

 安心したところで、彼女はしゃがみ込み、頭を雑に撫でてきた。

 

 今日俺死ぬのかな?

 

「……?よ、よくやった。褒めてやる……?」

 

 そう言っている顔はひきつっており、その目はまっすぐ俺を見ていた。

 

 

 

 物置から出た後、彼女はハッとした顔をし、俺を投げてから、どこかへ走り去っていったのは、また別の話である。

 

 

 

「ようようレドくん、愛しの珍獣ちゃんとはどうだったんだい。……レド?」

「踏み台になるのって、いいかもしれないな」

「……」

「足蹴にされるくらいがちょうど良……あ、違う、違うんだ。五メートルくらい投げられただけだから」

「……あっ、あそこで珍獣ちゃんが男と仲良さそうな雰囲気で話してるよ!」

「……?それが?」

「…………あっ、あそこで珍獣ちゃんがエルムにお菓子もらってるー」

 

 

 

「大変だ!!!エルムが白目を向いて木から吊るされているぞ!」

 

 

 

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