【N.C. 997】
開始直後に紫のポイント二か所の情報を手にいれたが、あっさりクリアとは行かなかった。
まず近い方のポイントへ向かうと、潜んでいた試験官に銃撃された。スコープの反射で気がついて回避できたが、実弾ではないとはいえ危ない。戦闘は可能な限り避けたいので、回り込んでポイントへ向かうことにする。
結果的には安全に一つ目のポイントにたどり着くことができたが、これでかなり時間を消費した。幸い増水していなかったものの、道中に川があったのだ。罠や試験官がいないことを確認したこともあり、手間取ってしまった。
一つ目の紫のポイントに到着すると、そこには箱とボードが置いてあった。箱の中から札をとり、その札にある番号と自分のゼッケンの番号、それに名前をボードに書けば、第一ポイント通過となる。札は持っていき、試験終了時に回収されるんだとか。
二つ目のポイントは大量に罠が仕掛けられていた。ブレウはこの罠にひっかからなかったのだろうか。これ引っ掛かったら足なくなるんじゃないかという凶悪なものから、イタズラレベルのものまで多種多様である。ここも慎重に進むことによって、なんとかクリアした。本来なら魔術を使ってスマートにこなすんだろうが、そんなことはオレにできない。
他の訓練生が罠にはまって気絶していたので、罠から助け出してその辺に放っておく。さすがに起こしたり連れていくのは面倒なのでやめた。
残るは情報のない三つ目である。
支給された装備品には、未だに草や罠のロープを切ったりとかしていない剣型MARGOTに加えて、訓練用の小型銃や携帯食料、ロープ、簡易医療キットなどがある。慎重にやり過ぎてとことん試験官を回避しているため、装備にはまだかなり余裕がある。
そうして、時折他の色のポイントを見つけつつ、森の中を地図を見ながら進んでいくと、斜め前方に紫色が見えた。ブレウの二の舞にならないよう、姿勢を低くして周囲を警戒しながら進む。
しかし、第三ポイントはあっさりと到達することができてしまった。拍子抜けである。あとは、最終目的地に到着すれば終わりだ。
最終目的地は森のだいぶ端の方であった。現在位置からは少し離れている。かれこれ数時間歩いたり這って進んだりしていたため、少し休憩することにする。携帯食料の種類をしっかりと確認していなかったので見ると、それは魚の缶詰であった。…………ちゃっちゃと進んで終わらせよう。ところで、これは持って帰ることはできるのだろうか。
あとは最終目的地まで黙々と進む。運がいいのか悪いのか、その途中で他の訓練生と出会うことはなかった。
だんだんと森が開けてくる。何か嫌な予感がするので、ここからはさらに慎重に進もう。
すると、前方に他の訓練生が現れた。その足取りは軽く、様子から察するにすべてのポイントに回った後なのだろう。森の木々はなくなり草原までたどり着いた訓練生は、草原の真ん中に張ってあるテントに向かって走り出す。あのテントがゴールだろう。
しかし、突如訓練生の足元が爆発した。
うわっ、焦っていかなくてよかった。
爆発した訓練生は、身体強化の魔術を使っていたらしく、気絶しているだけのようだ。テントの教官たちはあーあという顔をしている。絶対確信犯だろ。
オレはテントの裏側の方へ回り込み、草原に入ってからは足元に注意しながら目的地に進行する。よくよく見ると、穴を掘って再び埋めたような後がある場所が何ヵ所かある。
裏から恐る恐る近づいてきたオレに気がついた教官たちは、拍手でオレを出迎えた。
総合訓練評価演習、クリアである。
回収した札を三枚渡すと、教官たちは口々に言った。
「開始時刻は……、なるほど。多少時間はかかったが堅実に進めたみたいだな」
「おお、君はアコ訓練生じゃないか。猫を連れて入学検査を受けに来たのは君くらいだったからね。よく覚えているよ。猫は元気かい?」
「試験官から交戦の連絡はない、か。戦闘を避けた様子だが、なぜだ?」
「自分の魔術の実力を考慮して、交戦は可能な限り避けるべきだと考えました」
「ほう、そうか」
そうして二つ三つの質問をされたあと、総合訓練評価演習は終了した。結果発表は後日ということで、最終目的地近くに停めてある移動用の車に乗るように言われた。これは魔力子ベースの蒸気機関とかいうのを使用したものを動力源にしており、なかなか早く走るのである。車に乗り込むと、
「あ」
「……どうも」
ブレウが先にいた。他にも元気な者から気絶している者まで、何人かの同期がいる。ブレウに特に外傷はなく、おそらく最後の地雷地帯も無事切り抜けられたのだろう。
「あんたの情報のおかげで無事試験切り抜けたよ」
「まあ、そうでしょうね」
なんでこいつはこんなに偉そうなんだ。同じく居候の猫が脳裏をよぎる。あ、そういえば。
「なあ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんですか」
「この缶詰とか携帯食料って持って帰れんの?」
ブレウは妙なものを見るような目付きになった。
「……あとで教官に聞けばいいでしょう」
…………確かに。さっき聞いておけばよかった。
その日の夜。
「帰ったか。今日の食事は……」
猫に向かって缶詰を投げる。携帯食料は持って帰ってよかった。ついでにブレウからも余ったのをもらった。
「これはっ!魚!魚の缶詰ではないか!」
「お師匠、お帰りなさいませ!」
缶詰にじゃれつく猫を眺めていると、九歳くらいの少年が五体投地で部屋の奥から現れた。先日増えてしまった、新たな同居人である。
「変な呼び方するな。オレはお前の師匠じゃない」
「そんなっ。弟子一号、いや、お猫さんがいるから、弟子二号として可愛がってください!」
「うるせー、クソガキ」
拾ってきたのは間違いだったか……。
「クソガキじゃないですよー。グレイですよー。お師匠だってまだ15歳くらいじゃないですかー」
うるさい。
「それはそうと!報告があるんです」
「アコラス。早くこの缶詰を開けてくれ」
缶詰を開けて3分の1くらい猫用の皿に乗せる。
「じゃじゃーん!稼いできました、お金です!」
「スリか?」
「違いますッ。全く、発想が物騒なんだから。怪しくないお金ですからね」
そこそこの金額が見せられる。どうやって稼いだんだ。
「これで少しはまともなもの食べてください。あなた、食生活いい加減すぎます!」
「そうだそうだ!グレイ、もっと言ってやれ!」
「別に腹に入れば全部同じだろうが……」
このクソガキは拾ってきた初日は静かだったのに、翌日の食事のときからあーだこーだとうるさくなった。しかも、時々このように猫と徒党を組み文句を言ってくるのである。
「そもそも、今から食料なんて買ってこれる時間じゃないだろ」
「心配ご無用。すでに食材は買ってあります」
そう言ってどこからともなく、野菜やら果物やらがでてきた。
……で?
「ときにお師匠。料理はできますか?」
「料理?」
「概念問いかけてくるのやめてもらえます?」
「ちぎったり切ったり焼いたりならできる」
「……僕が聞いたのが間違いでした」
その日はいつもより豪華なものを食べた。まあ、こういうのも悪くないかもしれない。
猫を水で洗ってしまったことで、当初想定していた未だに全く出番のないスチームパンク風異世界設定に致命的な欠陥が出ており、頭を抱えております。どうしようね。
あと、お気づきかと思われますが主人公はあんまり頭がよくないというか教養がないので、学校の宿題でわからないところは猫の手を借りていました。