【N.C.999】
写真というものは不思議だ。
なんでも、光が当たると状態が変わる物質があって、それでうまいこと風景を切り取ってるらしい。うむ、わからんな。
指で四角を作り、グレイと猫の方に向けてみた。
「お師匠、何してるんですか?」
「秘密」
こっちの方がよく見える。
崖から大ジャンプで飛び降りたオレたちは、そのまま険しい森を直線に突っ切り、時々追い剥ぎを追い剥ぎし返したりしつつ、ある町までたどり着いていた。
逃亡先候補をいくつか挙げ、グレイに「えいや」で決めさせたところだ。オレが決めた訳じゃない。
鉄道沿線の町からはどんな乗り物でも回り道になるだろうから、ここまで到着する日数的にすぐに見つかることもない。来ていたことは、後からクリュティエにバレそうだが。嫌だ嫌だ。
「またおかしな言動をして……。昨日は昨日で、一人でどっか行っちゃうし。まったくもう」
「昨日のはただの散歩だって言ってんだろ」
グレイと時々会話しながら、気分を切り替えるために、オレはグッと背中を伸ばした。どうも前よりも調子があまり上がらないのだ。
ふと視線を感じる。
調達してきた物資を整理していたグレイが、手を止めてこちらを見ていた。
「なんだよ」
「ちょっと太りました?」
がーん!!?!?
腹をペタペタ触ってみるが、いつも通りな気がする。
「相変わらず貧弱そうな体だの」
「う、うるせー」
生意気なことを言う猫を小突き、オレは腹だけなくあちこちを確認した。確かに、ちょっと体のどこかが重くなったような気がしないでもなかったのだ。もしや筋肉か。言われてみると、そんな気がしてきたぜ。
「あっ、そういうことかー。うーん、栄養状態」
グレイはポンッと手を叩き、なぜか一人で納得し始める。なんだこいつ。
今度はオレのほうが手を止めてグレイを見る。するとやつは胸を指差した。
「今、特に詰め物してないですよね」
その発言に、思わず自分の襟の中を覗く。
「…………なんか、……なんかやだ…………」
「前はデカイ方がいいとか、文句垂れてたくせに」
「……だって、あの時は大して無かったじゃん。オレにはそんなん関係ねーはずだったし」
「今だってせいぜいまな板じゃないくらいで、大して無いです。───こらっ、ベッドの下に潜らないでください。モップごっこは禁止です。僕まで引きずり込むのもやめてください。寝てるときみたいに、また絞め殺そうとする気ですか」
「モップごっこなんてしてねーし。締め殺そーともしてねーし」
「頭にホコリついてますよ。あと、昨日ぎゅうぎゅうされて、肺が苦しかったんですけど」
「むっ」
しぶしぶベッドの下から這い出て、そのまま床に直接座り込む。
言葉にできない嫌な気分で頭がモヤモヤした。気を紛らわすために体についたホコリを払い落とす。上の服を脱いで背中側にもついていないか見てみる。
またはしたない格好を、と難色を示していたグレイは何かを思い出したように表情を変えていった。
「あの、怪我はもう平気なんですか?」
怪我?
一瞬何のことかと思ったが、その後すぐ思い当たる。腹刺したやつだ。
「とっくのとーに治ったっつーの」
なぜ治るのかはよくわからないのはさておき、今はきれいさっぱりいつもの腹になっていた。ちょっと変かもと気にしたこともあったが……、いったいオレはそんなこといちいち気にして、どうするつもりだったんだろ。よくよく考えてみれば前からそうだったし、便利だからいいかと今は思っている。
しかし、グレイはどうもお気に召さないようだった。
「治った、って……。どう考えても異常ですよ。治癒魔術だって、そこまで便利じゃない。当面は怪我をしないように気を付けてください」
「んなこと言われてもそういう物として、今まで生きてきたんだからわかんねーよ。もう良いだろ」
しっしっ、と手で追い払うも食い下がってくる。少しは悩めだの、オレの雑な説明ではさっぱりわからないだの、詰め寄ってきた。
「もし何かデメリットがあったら、どうするんです。魔力子全然ないとか言ってましたけど、実はあるんじゃないですか?どうやってないことを知ったんですか?」
「昔周りから言われた。あと、この間、なんか背中の傷に指突っ込まれて、空っぽだとか、よく生きてるねとか、ほぼ死体とか言われたし」
「後半ヤバすぎて僕どうしたらいいかわかんない」
あまりにもしつこいので、オレは腹と背中を見せることにした。
「ほら、なんともねーだろーが」
「本当に傷一つないですね……。駆けつけたとき、いや僕は首根っこ掴まれていただけですが、あちこち血で真っ赤になってたのが嘘みたいです」
駆けつけた……?そんなことは……。
あー、めんどくせーな。嫌な話はしたくない。
「いいか?傷が治るのも魔力子がないのも、悩んだって解決しそうにねーじゃん。だったら、そこに時間使うよりももっと別のことに時間割いた方がいいと思うぜ、オレは」
「ないことを証明するのは難しいですけども。───ご自身のパンツの中覗くのやめてください」
グレイはもう一度胸部を指差した。
「それを言うなら、
どういうことか、とオレは首をかしげてみる。
「怪我の治りが早すぎる件については、デメリットがわからないから怪我をなるべくしない、という、とりあえずの回避策はとれる。でも
まあ、確かに、削いだりしたら止血大変そうだぜ……。うつむいて、むにむに胸を触る。触るのもまあまあ痛いし、削いだらもっと痛そうだ。
「しかし、なんで今さら」
「さあ?成長期じゃないですか?」
「身長はここのところ全然伸びねーのに……」
「認め、痛っ!?」
口の減らねーやつだ。
「はぁ、やっと納得してくれた……。それにしても、髪、伸びてきましたね」
「早く切って売ろうぜ。あんまり長すぎるのは邪魔だしな」
「え~~」
不満気な声をあげたグレイは、オレの髪を頭の後ろにまとめてきた。首がスースーして変な感じがする。
「こうすれば帽子で隠すとき楽ですよ。帽子と言えば、そうそう。気に入ってた、あの帽子はもういいんですか?」
「知らね」
そんなことより、オレは上げ底ブーツがクリュティエに取られたままなのが不服だ。あれ、オレにとっては高かったんだぞ。返せ。嫌がらせのように着せられた、金かかってそうで動きにくい服よりかは安いかもしれねーが。まあ、服は動きやすい方がいいぜ。
その観点からすると、今グレイにまとめられた、この髪型も悪くねーかも───、
「クリュティエさんの髪型も、こんな感じで後ろをシニヨンにしてましたよね」
前髪は髪型違うからと言われたが、全力でほどいた。
宿を発ってから、時々ぶつくさと言われる髪への文句は無視しつつ、オレはグレイについていく。調達で忘れていた物があるのでついてきてくれ、と言われたのだ。仕方のないやつめ。
「お前の用が終わったら、オレも寄るとこある。それ済ませた後、この町出るぞ」
「はーい」
返事をしたグレイは、どんどん市場ではない方向へ進んでいく。まるで勝手知ったる道を歩いているかのようだ。隠れ家的なところにでも向かっているのだろうか。
「なんか場所おかしくないか?」
「え~?そうですか~?よくわからないな~。あ、手繋ぎましょ。僕迷子になったら怖いので」
そういや、調達し忘れた物って何なんだろ。
そんな疑問が浮かんだ頃、グレイはある建物の前で立ち止まった。
「お師匠、こっちこっち」
そこには『薬屋』の看板が掲げられていた。
「お師匠、観念してください。木に登ろうとしない」
「いーやーだー!!!おい、手ぇ離せ!!!クソが!はめやがったな!!!」
薬も注射も苦しくなるから嫌いだ。
痛くて暴れても、たった一人を除いて、先生たちは見ているだけか、困ったように苦笑される。のたうち回っても解決しないのがわかったから、ぎゅっとして、痛くなくなるまで我慢するようになった。良い記憶なんて何もない。
「ほら、最近ぐったりしてますから。少しでも元気になれるようお薬もらいましょう!肩のところが大惨事になっていたときのように、もう返り血とは誤魔化されませんよ!?」
「絶対やだ!」
オレがその場から一歩たりとも動かないでいると、店から人が出てきた。なんだてめー!!!
「この方、薬師さんです。怖くないですよ~」
グレイの発言に、つい眉間にシワが寄る。あくまでもオレは、薬飲んだりするのが嫌いなだけだ。決して怖いわけではない。
そう抵抗し続けているうちに、薬屋の人が言った。
「話と違って元気そうじゃないか」
「そこをなんとか。あの人、ものすごく我慢できちゃうので」
「しかし、本人がああだと……。幼児よりひどい駄々のこね方だね、これは」
「なんだと!」
だから、決して、駄々をこねているとか、苦手とか、怖いとかではないのだ。
オレの寛大な心によって店に入ると、グレイと薬屋の人はすぐに話し出した。現実逃避気味に話を右から左へ聞き流せば、グレイに袖を引かれる。
「───というわけで、ちょっとダルそうです。以前よりも余暇の時間が活動的ではなくなって、じっとしていたり、元気がないことが多くなったような気がします」
なんだその勝手な言い草。こいつはオレを犬猫とでも思ってんのか。
「で、本人としてはどうなんだね」
急にオレに話しかけてきたので、反射的にそっぽを向く。
「こっちは獣医ではないんだ。話してもらえなければ伝わらないよ」
「……ふんっ。少し調子が上がらなくて、頭が痛いくらい……です」
その後もあれこれ聞かれ、年頃なんだから冷やすなと言われ、しまいにはなぜかグレイに薬を渡す。
「ほんとにありがとうございます!はあ……、ここだけの話、このお嬢様の家出旅にあちこち付き合わされてるんですよー」
ニコニコしていたグレイは急にふざけたことを言い出した。
非常に不服なので、今すぐにでも止めろと言いたいが、わざわざここでトラブルは起こしたくない。オレはぐっと我慢して拳を握る。
「あんたらはこの町の人間じゃないのか。じゃあ気のせいかね……。それはそれとして、まだ小さいのに大変なことだ。ほら、お嬢さん。体調崩したんだったら、わがまま言ってないでお家に帰りな」
「ハイソウデスネ」
ふと気がつけば、オレと薬屋の人のやり取りをグレイが変な顔をして眺めていた。なんかムカついたから後でしばいてやろう。