ほぼ毎日テキストエディタを立ち上げているのに、どうして更新が遅れる……?
なぜあっという間に一か月が過ぎる……?
【N.C.999】
屈辱的な扱いの後、今度はオレの用事を済ますべく目的地に向かう。後ろをついて歩くグレイがキョロキョロと辺りを見渡しながら言った。
「そろそろ春祭りの準備が始まる時期らしいんですけど、まだやってないんですね。残念」
宿屋の人が言っていたことか。
この町の春祭りの特色は、祭りの日に願い事を紙で作った箱に閉じ込めて、一年後まで開けないようにすると願いが叶う……と聞いたのだが、何とも嘘臭い。
「祈れば叶う、なんて作り話だろ。そんな簡単に望みが叶うはずない」
「まあまあ、祈る分にはタダですから。元々は、遠くの国で行われた夢渡りという儀式だったらしいですよ。その儀式を行う人は神々の箱とも呼ばれたそうで、夢と箱から連想して、ご利益がありそうな感じに決めた、って宿屋のお姉さんが言ってました」
「やっぱ作り話じゃねーか」
「ですね」
呆れてしまって、聞きなれない単語にもその意味を問いただすことなく歩き続けていると、その途中で人だかりができていた。
なんかあったんだろうか。グレイには隠れさせ、オレは帽子を深くかぶって人混みに紛れる。
憲兵がある民家に出入りしており、それを野次馬が囲って見ているようだ。集まる人々の会話によると、どうやら、家の中が荒らされて住人は行方不明らしい。
まず始めに浮かんだ感想が「なんじゃそりゃ」だった。単に片付けが苦手なやつが、ふらっとどこかに出かけているだけじゃねーの?いちいちそんなことで憲兵来るか?
盗み聞きを続けると、もともと意味不明な走り書きがあったから不気味だったとか、少し前に人が訪ねてきていたが気前がよかったとか、人がいなくなると言えば何年も前に───。
「ちょっ!?」
グレイから小さく抗議の声が上がった。オレがやや強引に手を引いたからだ。そのまま振り向かず、その場から離れる。
しばらくしてから手を離せば、グレイが話しかけてきた。
「も~、お師匠ったら。急に引っ張るから、驚いて魔術が解けちゃったじゃないですか。姿見えなくする魔術って、かなり繊細なんですから」
むしゃくしゃしたから、ついあそこから遠ざかってしまった。この町に来た目的を考えれば、あのまま聞かせたって問題ない話題のはずなのに。
「ふんっ」
説明がうまくできないのでそっぽを向いたが、回り込まれて顔を覗きこまれる。
「……なんだよ」
「お顔を隠すの、帽子だけで大丈夫ですか?」
「そんなことか」
「そんなことか、って───わっ」
グレイにオレの帽子を被せる。
「今日は別に良い」
オレの目的地には、前日に一度行っていたので、道を間違えずに着くことができた。道がわかりづらくて、昨日は住所だけじゃ迷ったんだよな。
こそこそと物陰に隠れ、グレイもそれに倣う。
「一体何の用なんです?……写真屋さん?お師匠の写真なら、僕欲しいです」
「いらねーだろ、んなもん」
「欲しい~。お師匠って、ある日ふらっといなくなっちゃいそうなんですもん」
……とりあえず、連れてきてみたけどあんまり効果なさそう。あのクソババア、適当な仕事したんじゃねーだろーな。
しばらく黙ってグレイの様子を観察する。
「な、なんです?僕の周りをぐるぐるして」
待てど暮らせど変化はない。ただ、風が吹いて落ちていたゴミがくるくる回るだけだ。
仕方ない。
オレは写真屋をビシッと指差した。
「あれ、誘拐前のお前んち」
「は、はあ」
結構驚きの事実を明かしたつもりだったが、グレイは特に驚愕することもなく、少し困った顔になっただけだった。
「もうちょい良い感じの反応しろや」
「そんなこと言われても。うーんと……、どうやって調べたんです?」
苦労してひねり出したような、歯切れの悪い質問に、オレは意気揚々と答える。
「クリュティエをうまいこと騙して、調べさせたんだ」
「騙せてはいなさそう」
おい。こいつ、さっきまでが嘘みたいな瞬発力で言いやがった。
「クリュティエさんのこと、ものすごく嫌ってるのに、情報は信じるんですね」
「アイツは本物の餌をぶら下げて、それを盾に徹底的にこき使ってきたりするからな」
「逆に信頼が厚い……」
信頼はしてない。マジでしてない。本当にそういう言い方止めろ。
「あのクソババアの話はどうでもいいんだよ。で、どうだ?なんか感じるものはあったか」
「え~、そうですね……。元の記憶がないせいか、『へー、そうなんだ』くらいの感想しか出てこないです」
なぜこんなことしたと訴えるかのように、今度は逆にオレが見つめられる。
「落とし物は持ち主に戻った方が、良いみたいだからな」
親なる人物が頑張って探していたみたいだから、戻れるなら戻ったほうがいいと思ったのだ。汽車で乗り合わせたネリアという幼女も、ママさんやパパさんと仲良くしていたから、あんな感じで一緒にいられるなら、それに越したことはない。
「記憶がないのに戻っても、気まずいと思うんですが」
「また一緒に暮らしてるうちに、全部思い出すかもしんねーじゃん」
「そんなにうまくいくかなぁ」
今日だって知った道かのようにひょいひょい歩いていたし、そのうち思い出すんじゃねーの。
『本当に大切なことは忘れない。』その言葉は信じたい。
「お師匠には、やっぱり……親兄弟その他親族はいたりしないんですか?」
「自分の親という生き物には、会ったことないから知らん」
「うーん、知ってた」
「兄弟は……いる。双子の姉だって、皆言ってた」
「あ、お姉さんがいらっしゃる、へぇ───ぇぇぇええ!?お姉ちゃんいるの!??!?双子の!?」
「おう」
「お姉さんは、今どこに?」
「わかんね。どこにもいなくなってた」
「そうですか……」
会いたいな。
一回考えてしまうと、ずっとそのことばかり思ってしまうから、普段は考えないようにしている。
ぶんぶんと頭を振って、無理矢理その思考を頭の片隅に追いやる。
「今は場所だけ教えとく。クリュティエにはバレてるからな。あいつをどうにかしないと平穏はない、主にオレの」
「クリュティエさんをなんだと思ってるんですか」
「暴力クソババア」
自分の発言で嫌な記憶が掘り起こされる。
わずかに入ってくる世間の情報から、祭りなどに少しでもオレが興味を持とうものなら、あの女はひっ叩いてきた。ひどい嫌われようだ。そんなにオレが楽しむ姿を見たくなかったのか。
「あの、クリュティエさんは、お師匠の言う前回の世界でも、お知り合いだったんですよね。詳細はま~ったく伺ってませんが、言葉の端々にそんな雰囲気を醸し出していらっしゃいますし」
「知り合いと思いたくもねーが……、うむ」
「実は親戚だったりするんですか?」
「んなわけねーだろ」
「あれ?こんなこと聞いたら、もっと嫌がると思ってましたけど、案外落ち着いてますね」
親戚ってあれだろ、血が近い人間。万が一、本当にそうでも何の意味があるのか、オレには理解できん。
「なんでそんなこと言い出した?」
その問いかけに対し、グレイは急にオレの額を触ってきた。手を引きはがすと、とんでもないことを言った。
「クリュティエさんとお師匠って、……ちょっと、ほんのちょっと雰囲気が似てるので。うまく言えないんですけども」
「はああ!?気持ち
「あ、『似てる』は怒るんだ」
欲張りになってしまったオレは良い人間ではないが、それでもクリュティエと同列は嫌だ。
あのクソアマは、会うなり殴って失せろと見下す。使いっぱしりにする。逃げたら逃げたでぶち殺そうとしてくる。何より、大切なものを壊したのだ。……許せない。
「あんなのとは一緒にされたくない」
悪口は止まらない。
「初対面から最悪だったぜ。いきなり首絞めてきやがるし、小石を口ん中に入れてみたら、蹴ってきやがるし……」
「ストーップ。一時停止です、お師匠。今言ったこと、もう一度お願いします」
「クリュティエが蹴りやがったんだ。それはもう、ポーンとオレは飛んだ」
「もうちょい前です」
「小石を口の中にいれた」
危険物でもなんでもなく、ごくごく普通の小石だったのに。
「どうして?????」
「どうして、って、とりあえず食べてみようと思っただけだが」
しかし、グレイは愕然とした表情になっていた。
「お師匠。今後、僕がいなくて大丈夫ですか?正直、あなたを一人にするのは非常に不安です」
「オレをなんだと思ってんだ」
「い、衣食住が……全部ダメダメな人」
「ああ?何がダメなのか言ってみろ」
「まず、すぐ服が血まみれになったり、ボロボロになる」
「仕方ねーだろ。返り血ついちゃうんだから」
「返り血だけじゃないでしょ……」
服のそういった汚れを落とすのは、初めの頃と比べ、そこそこうまくなったのだ。冷たい水でごしごし洗うのがコツだ。
「次に、放っておいたら餓死してそう。食に関心がなくて、その辺の雑草をかじりだすんだから」
人間って、何日くらい飲まず食わずでいると、餓死すんだろ?半年くらいか?
それはさておき、こいつ、オレが食事関連は全然何もできないと思っているな?ふっふっふ……。
「草かじるだけじゃなくて、食い物を『切る・焼く・煮る』はできる」
「正しくは『力任せにぶった切る・火の中に放り込む・お湯を沸かす』ですよね。味付けは全くしない、塩すら入れない。味覚どうなってるんですか」
「自分用には、辛いやつ入れたりするぞ」
「唐辛子オンリーはダメです。それとあれは『
辛いやつ……。
「さらには新情報として、小石を食べようとする。もう不安しかないです」
「今は食おうとしてねーよ」
小石については、初めて見たから口に入れてみただけである。初めて建物の外に出たら、足元に落っこちていたのだ。さすがに今は食い物と食い物じゃない物の違いくらいつく。
なめやがって。そう思っていると、グレイの鞄の中から声がした。
「こやつ、拾ったドングリをそのまま食べようとした結果、口の中が血だらけになっていたりもしたの」
「それは一回やっただけだろ!!!猫の癖に余計なことをっ!」
隣から感じるジト目での視線を無視し、話をごまかす。
「『住』はなんだよ」
すると、グレイは言いづらそうに口元をモニョモニョ動かした。
「帰る家も、ない。ほら、衣食住全部ダメダメでしょ?だから───」
ふっ、バカめ。
オレは自信満々に胸を張った。
「帰るところはある」
「それはどこに?」
「秘密」
んもー!!!とぽかぽか叩いてくるグレイのつむじを、帽子の上からぐりぐりと押す。
そうやって騒いでいると、写真屋から女性が出てきたので、息をひそめる。女性はキョロキョロと周囲を見渡した後、再び建物の中に戻っていった。もともと物陰に隠れていたため、オレたちの姿は見つかることはなかった。
「あれ……?どうして?」
小さな声がした。
「なんだか僕おかしいです」
グレイが目元を擦っている。
「いつもと逆なんです。……なんにも覚えがないのに、勝手に」
ポロポロと涙を流す顔を眺める。
昨日、外に飾られている写真を眺めていたら、話しかけてきた女性の顔を思い出して比べる。
なるほど、グレイと似ている顔立ちだ。