【N.C.999】
暖かい陽気の中、二人して次の乗合馬車までの時間をぼんやりと待つ。馬車を待つ場所にはオレたち以外の人はおらず、この町は他の町との人の行き来はあまりなさそうだ。
涙をぬぐってしばらくの間、珍しくグレイは無言だった。
手持ちぶさたになり、オレは目をつむる。
やっぱり連れ回すべきじゃなかったのかな。一回拾ったあと、さっさとどこか人目のつくところに置いてきた方が、早く戻れていたかもしれない。また、ちゃんと考えられなかったから、間違えてしまった。
うまくやって、お兄さんぶってみたかったけど、その姿には遠くて全然届かないや。
ふいに頬をつつかれる。
「あ、生きてます?」
「数十秒しか目を閉じてないのに、死ぬわけねーだろ」
「寝ているとき、時々微動だにしないことがあるので心配になるんですよ」
そうしてグレイは空を見上げ、
「あの……思ったこと、言ってもいいですか?」
文句の一つや二つ言われるのだろう。黙っている間、その事を考えていたに違いない。
オレは頷いた。
「なんで僕って誘拐されたんでしょうかね?」
「え?」
「え?変なこと言いました?」
こてんとグレイは首をかしげる。
「別に、そりゃ気になるだろーが……」
こう、もっと、感情的なことを考えてたんじゃなかったのか?悲しい、寂しい、つらい、どうしてこうならなかったんだろう。それに……一緒にいたかった、とか。
「オレに対しては、イヤミの一つでも言わねーのかよ」
「普段の振る舞いに対しては死ぬほど言いたいですが、なぜそんなことを突然?」
「お前……、母親っぽい人見て泣いたじゃねーか。そのくらい一緒にいたかったんだろ。……でも、オレがうまくやれてなかったから、今はまだ一緒にいられない」
「原因がお師匠にあるわけじゃないですし、何もそんな気を揉まなくても……ハッ」
何かに気がついたようなグレイは、急にニヤニヤし始めた。
「はっは〜ん。もしかして僕が落ち込んでると思って、お師匠なりに気にかけててくれてたんですか~?」
「……む」
「事の発端は誘拐されたことにあるので、そっちについて考えてただけです!まだ記憶戻ってないから、へこむような要素ないですよ!」
「…………」
「も~、素直じゃないんだから~」
「うぎゃぁぁぁああああ!!!」
「あ、キレさせちゃった」
今度はオレが、機嫌を取ろうと話しかけてくるグレイをしばらくの間無視した後。
「ふんっ。それで、人を無理矢理連れてくる理由だったか」
「誘拐がきっかけで人生メチャクチャにされてますから。そのくらいは知りたいです。その上で責任者には文句を言ってやりたいですね。まあ、真にメチャクチャだったのは、僕を拾った人の食生活だったんですが」
葉っぱの何が悪いのだ。……ダメだ。また、こいつの煽りに乗ってはいけない。また口論で負ける。
落ち着くために、グレイの今日に至るまでの道のりを振り返ってみることにしよう。
ここの町で普通に暮らしていたところを誘拐され、何されたかはわからんが記憶が無くなった後に、
記憶喪失になるわ、誘拐した組織のいざこざで殺されかけるわで、ろくな目にあってないな、こいつ。
誘拐かー。
「何かしらで使い潰すか、こき使う労働力か、……食肉用?」
「発想が怖い!?」
それ以外思いつかなかったのだが、怖がられてしまった。
「お前んちを調べるきっかけになったのは……、光魔術を使える見込みのある子どもがあちこちで誘拐されてる、っつー話からだ。それ以上のことはわからん」
「光魔術、ですか」
むしろ、オレよりグレイの方が、誘拐の理由に思い当たることがありそうである。誘拐されてある程度経った後なら、どういう扱いを受けていたのか、記憶があるはずだ。
そう言ってみると、グレイは首を振った。
「特にないんです」
「ああ?」
「記憶を失った後、特に何かされたことはないんです」
グレイいわく、ただ、頭の中に自分以外の誰かの記憶みたいなものがある、という気持ち悪い感覚があり、かつ、同世代の子どもが集められていて、数日放置されただけだった。誘拐の条件らしき光魔術についても、それを使って何かをしよう、という感じはなかったらしい。
「なぜ、光魔術の適性のある子どもばかりが狙われたのでしょうか?」
「光魔術を使えると良いことあるのにな。ロウソク要らずだ」
「……光魔術が使えると良いことがある。彼らにとっての良いこと……。……『光魔術が使える』ということそのものが、何かの証拠になっていた……?……う~ん、ダメ。これじゃ、ただ言い換えただけ」
「次アプシントスに遭遇したら、拷問してみるか」
「わぁい、物騒」
拷問拷問拷問……そうだ。クリュティエとの一件のせいで、なかなかグレイに聞こうとして聞けなかったことを思い出した。
「そういえば、アプシントスのイルとかいう女がオレたちに、『本命』とか『規格適合外』とか言ってたが。お前、本命呼びされたから何か関係あんじゃねーの?」
「いや、お師匠、それ」
なんだ、何が言いたい。口をパクパクさせる様子を見せたグレイに、言葉の続きを促す。
「僕を誘拐したのはアプシントス。イルという人や、先日の汽車襲撃でのユフラという人もアプシントス。いずれも様子を見る限り、アバドーンのクリュティエさん一派ではなさそう」
しかし、オレの疑問にはすぐに答えることなく、ぶつぶつ呟きながら手帳に書き始めた。そして、逆にオレはいくつか質問をされ、それに答えていく。
「汽車でも、アプシントスはいろいろ言ってきたり襲われたりしたんですよね?」
「ウザ絡みされた」
「僕の方にはね、何にもなかったんですよ」
「おう」
グレイはようやく書き物をする手を止めた。
「それって……お師匠のほうが興味を持たれている、……すなわち『本命』なのでは?」
はあ?変なこと言い出したぞ、こいつ。
「うーん、でも、光魔術の子どもが誘拐された事件とは少し違っちゃいますね。もしお師匠が、五、六歳くらい年が下で、かつ、光魔術が使えるのであればともかく……」
あーだめだめ、全然わかんない~、とグレイは両手をあげた、と思ったら、くるっとこちらに向き直る。
「冷静に考えて、ヤバそうな人たちに『本命』呼ばわりされてるの、不味くないですか?身柄狙われてません?」
「いずれにせよ邪魔してくるからぶち殺したいだけだろ」
「それはそうでしょうけども」
どんな企みがあろうとも、オレは敵ならぶち殺すだけだぞ。そう言われたから。
「『本命』と『規格適合外』……。少なくとも、僕が規格適合外と呼ばれる理由は何となく思い付くんです。記憶をいじられる何かをされた結果放置されたのは、求めている人材ではなかった、すなわち、規格が合っていなかった、と言えるのではないでしょうか」
とりあえず、グレイの主張はわかった。その上で反論する。
「でもオレ、デキソコナイらしいぜ」
「……どんな評価を自分にしてるんですか」
「研究所の人と『前』のクリュティエが言ってた」
「あはは、全く~。また僕の知らない情報が出てきて、困っちゃいますね~。───ちょいちょいちょい研究所って?」
「最初にいたところ」
「物心ついた頃にはすでにいた、という意味ですか?」
「たぶん生まれたときからずっと」
5歳くらいより前の記憶はないが、アイリスがそう言っていたからそうなんだろう。
「……お師匠は生誕もしくは生誕前から、ある程度の歳まで、何かしらの研究対象だった……ということ?」
「うむ」
「そっか~、そうですか~」
そうしてグレイは一回息を長く吐いてから、大きく息を吸った。
「なんで今まで教えてくれなかったんですかっ!?!??」
「は?聞かれなかったから」
「過去の話題になると、いつもあんなに聞きづらい雰囲気醸し出してたくせに!?」
「そんな驚くようなことあるかよ」
「幼少期は天涯孤独で裏路地極貧生活を送っていたと思ってましたんで!」
「そういう日々もあるにはあった」
「なんかすみません!」
急に驚かれたその次には、急に謝られた……。どうしたんだ。やっぱり心にダメージが……。
「え?何?その研究所でユフラ氏、イル氏らと面識があったり?」
「ない」
「じゃあ、どんな研究されてたのかはご存じですか?」
うむ……、話せばちょっと長いからな……。オレはわかりやすく伝えるべく、簡潔に言うことにした。
「すげー生き物を作ろうとしていた」
「確かに、語彙力はある意味すごい……」
おい。
「お師匠は、その『すげー生き物』の出来損ないである、と」
「まあそんな感じ」
「出来損ないでない者もいたんですか?」
「いた。確かにアイリスがいたんだ」
「……アイリスさんがお師匠のお姉さん?」
「うむ」
「アイリスさんは具体的に何ができる人だったんですか?」
「なんでも」
「……あのー、もう少し、具体的にお願いします」
「なんでもできて、すごくて、優しいんだ」
「うん!!!『具体的』の定義は一回わきによけておきましょうねー!!!魔術とかは?光じゃないんですよね?どんな魔術使うんですか?」
「……?知らない」
「お師匠みたいに素手でお強い方なんですか?」
「戦ってるところ見たことない」
「姉弟喧嘩は」
「したことない」
「な、仲良しですね!」
そうだろうそうだろう。オレは得意げになって、つい話してしまった。
「ふふん。アイリスとはな、かくれんぼしたりして遊んだりしたぜ」
「わあ、今までの仏頂面が嘘みたいな素敵笑顔」
「アイリスが隠れる場所を指定するからオレはそこに隠れる。例えばベッドの下とかな。それでアイリスが探しに来るのを、オレはじっと待つんだ」
今はダメでもきっといつかは。
ほんとに?
良いことができたら、ほんの少しだけご褒美があるかもしれない。
ほんとに?
オレが頑張ったら、きっと探しに来てくれる。
ほんとに?
そうしたらまた会える。
ほんとに?
……む?グレイから返事が来ない。
「おい、聞いてんのか」
「お師匠が久しぶりに楽しそうに話しているのに、話をうまく飲み込めない」
「うむ、じゃあもう一度言ってやるよ。アイリスがな」
「聞いてました聞いてました!お話ちゃ~んと聞いていたので、一回で大丈夫です!!!」
グレイはコホンと咳払いをした。
「えー、すみません。質問を少し変えます。…….お師匠の昔のお話、聞かせてもらっても良いですか?覚えている限り、なるべく詳細に。馬車が来るのには、まだ時間もありますから」