「青いインクを飲んだからよ」
――『散満惨然産残譚』より
宇宙空間に浮かぶ人工の居住地、コロニー。
その1つである『ヘリオポリス』に、一隻のマルセイユ三世級の宇宙艦が近づく。
「まもなくヘリオポリスに到着する。知っての通り、この船は『民間の輸送船』だ」
その宇宙艦の中の、とある一室。
5人横並びに整列する男たちに、その正面に立つ女性が告げる。
「理解していない者はいないと思うが、表向きに
周囲の人間と比べて二回りも小さい背丈の彼女。しかし、階級は目の前の若い5人よりも上である。後ろに立つ金髪の青年と同じく、大尉となっている。
セミロングに切りそろえたプラチナブロンドの髪を輸送艦の人工重力に揺らしながら、華奢な体で5人の前を行き来する。
「我々は書類の上では雇われの乗組員となっている。と、言っても軍人としてふるまっても問題ない程度には根回しは済んでいるので安心するように」
その後も、ヘリオポリスについてからの流れを説明していく。
そして説明が終わると程なく、艦が着港の姿勢に移行することを知らせるアナウンスが鳴った。艦の向きが変わり、体に伝わる重力を感じる。
「もうこんな時間か。では各員。部屋に戻り退艦の準備をしろ。これよりヘリオポリスに着港する」
「「「「「了解」」」」」
5人が整った敬礼をして、部屋から出ていく。
最後の1人が退室して扉が閉じると、女性は大きく溜息をついた。
「ふぅーー…」
「お疲れさん。どうだ?上官ってのも板についてきたんじゃないか?」
後ろにいた金髪の方の大尉が気楽そうに声をかける。端正な顔立ちと飄々とした雰囲気を纏う、ムウ・ラ・フラガ大尉。
そんな彼を疲れ切った眼で、女性は睨む。
「私にこんな役が合わないのは、よくわかっているだろう」
「そう言うなって。似合ってたぜ。やっぱり、お前は堂々としてるほうがいいんだって」
「ふん、自分がやりたくないだけだろうに。私は上に立つ柄ではないんだよ」
パタンッ。と、手に持つ資料を机の上に投げ置く。そして天井を仰ぎ、軽いため息。
「アプリコットが飲みたい…」
「アホか。任務中だぞ」
「わかっている。独り言だ」
そういって女性も退室しようとする。
「どこ行くんだ?」
「艦長への報告だ。お前は、自分の分の報告書はできてるのか?」
「俺は男だからな。女と違って、準備に時間はかけない主義なのさ」
「ふんっ。勝手に言ってろ」
彼とはそれなりに長い付き合いだが、どこか馬が合わないと彼女は感じている。戦場においては、誰よりも頼れる相棒なので、問題はないのかもしれないが。面倒事を自分に投げつけるのは、勘弁して欲しい所だ。
彼を放って部屋から出ると、そこは人工重力のない無重力の空間となる。壁に設けられたベルトコンベアに手を付けると、その動きに沿って体が前へと進む。
訪れたのはメインブリッジ。その中心に座る艦長に、部下への指示が完了したことを報告する。
艦長席に座る彼は、この船の最後にしてもっとも重大な任務でも、いつものようにどっしりと構えている。一番上の人間が落ち着いているだけで、部下たちは精神的に安定するらしい。
「艦長、候補生たちは退艦の用意に取り掛かるように指示いたしました」
「おお、ポワソン大尉。すまんな。何から何までお前たちに任せっきりになってしまって」
「いえ、これが我々の仕事ですので。他に指示がなければ、私とフラガ大尉も待機、ということでよろしいでしょうか」
「ああ、構わんよ。ここまでの護衛の任、ご苦労であった。それと、候補生たちには、退艦の前にこちらに顔を出すように言ってくれ」
「はっ!失礼いたします」
メインブリッジから出て自室へと向かう彼女の胸には、一抹の不安があった。
「――順調すぎる」
いくら民間船に偽装しているからといって、ここまで何もないと却って不安になる。港に入る寸前なのでもう何もないとは思うが、どうしても警戒してしまう。
そこで彼女が胸元から取り出したのは、液晶のついた携帯端末だった。
薄く長方形のそれを手に握り、液晶を覗く。
「ネクサス、起きてる?」
『(^▽^)o』
「ヘリオポリスの地形と重力。それから、大気の状態に関するデータを集めて。軍事機密には手を出さないでね」
『( '▽')ノ』
「あと、周辺宙域のデータもお願い」
『∠( ̄^ ̄)』
デバイスに語りかけると、液晶に顔文字が表示される。
以前に友人…というより戦友から贈られた、新型相互一体学習人工知能搭載携帯端末。
New
Educational
Unite
System
通称、
そんなネクサスは、軍事機密に触れない範囲で、周囲の観測衛星の映像記録や、ヘリオポリスに渡航記録のある宇宙艦の進路情報。ヘリオポリスそのものの立体構造モデルを収集している。不審な点があれば教えてくれる。
「…何もないとは思うが」
どうにも不安が無くならず、向かう先を自室から輸送船の格納庫に変更する。待機場所が変わるだけだ。何か通信があればネクサスが知らせてくれる。
「ポワソン大尉!」
「…お前たち。どうしてここに」
その途中で彼女に声をかけたのは、先程別れた5人だった。
「はっ!お別れの挨拶をと、大尉殿の部屋に伺ったのですが、いらっしゃらなかったのでメインブリッジではと思い、向かうところでありました」
彼女の疑問に、5人の中の1人、モリナガが答える。
「退艦の準備はできているのか?」
「はい!5名全員、完了いたしました」
「ふっ…相変わらず硬いな、お前達は」
出会った時から変わらない、馬鹿みたいに真面目な態度で喋る彼ら。それでも最初の頃のようにガチガチに緊張するという事は無くなり、若い軍人らしい自信と余裕が表れている様に見える。それも成長か。
「まあ、チャラチャラしてるよりは断然いい」
彼女は5人の顔を順に見回し、軽く微笑んだ。
「どれ。別れの挨拶というが、その前に少し激励でもしてやろう」
その言葉に、5人はすぐに横並びに整列する。
よくできた者たちだ。と、声には出さずに彼女は喜んだ。
「さっきも言ったが、これからお前たちが乗るのは全く新しい兵器だ。運用のノウハウなどない、地球連合にとっては未知の兵器だ」
それは、今まで敵が使っていたもの。自軍の武器になるなど、想像もつかない。
「まあ、かの兵器に乗ったからといって、すぐに戦場に出るわけではないだろう。お前たちがまともにアレを動かせる姿など、想像できん」
声を殺して笑うと、その言葉に気まずそうに彼らは顔を伏せる。
それぐらいには、シミュレーションの出来は酷かった。まあ兵器自体が完成には程遠いので、仕方がない面もあるだろう。
「それでも、遠くないうちに戦場に駆り出される」
彼らの中から戦死者が出ることなど、容易に想像がつく。
「だから…その…なんだ」
そこで彼女は口ごもってしまった。が、すぐに意を決して、声に出す。
「…気軽に死んでくれるなよ」
普段は絶対にそんなことは言わない。だが、数ヶ月とはいえ面倒を見てきたひよっこたちを前にして、言っておきたくなったのだ。気恥ずかしさに耐えきれず、彼女はベルトコンベアに手を置いて5人から離れる。
「あっ!大尉殿!」
「別れの言葉はまた今度だ!次に会うのは戦場だろうがな!退艦の前に全員でメインブリッジへ行けよ。艦長には別れの言葉をちゃんと言うように!」
「イロンデル大尉!」
早口にそういって遠ざかっていく大尉に、モリナガは呼びかける。
大声で名前を呼ばれ、思わず彼女は振り返った。
「もし…戦場で会ったら…貴女の隣に立ってみせます!それに相応しい…強い男になってみせます!」
あまりに必死な言い方に、戸惑う彼女だった。そして、その言葉に、彼女はこう返す。
「…期待はしない。が、もしその時がきたら、そうだな.…酒の一杯でも奢ってやろう。お気に入りの店が地球にある」
「っ!は、はい!必ず!」
今度こそ、彼女は離れる。
楽しそうにモリナガをからかう、候補生たちの声に後ろ髪をひかれながら。
格納庫には、4機の
地球連合軍の主力兵器。メビウスが2機と、その前身であるメビウスゼロが2機。
彼女は床を軽く蹴り、メビウスゼロの片方。機体の色が、己のパーソナルカラーである紺青に染められている愛機に宙を漂って近づく。
機首の上部に設けられたハッチを開き、コックピットへと入る。
左側の操作パネルのボタンを押すと、モニターが展開して光が灯る。
『大尉殿、どうかされましたか?』
「ルークか。いや、機体の整備でもしようかと思ってな」
機体の外から、呼びかける兵士の声が通信機から耳に届く。
『はぁ、相変わらず真面目でありますなぁ』
「手持ち無沙汰なだけだ。軽くやったら終わりにするさ」
モニターに映された幾つものパラメータを見比べ、携帯端末に記録していく。実際に計測された値と、理論上のカタログスペックを比較する。
「サイドスラスターの可動域にズレがあるな…。外側から直せるか」
気になる箇所を見つけると、外に出て自分の目で確認する。
どうやら、度重なる使用でスラスターの根元にあるボルトが、いくつか緩んでいるようだ。普段から手入れしているつもりでも、やはり何度も使っていると緩んでしまう。
見れば、装甲も傷が目立つ。今度の定期メンテナンスで、大規模な修復作業が必要になるかもしれない。
「ルーク!ゼロ式の外部整備をする!私の分だけでいい。用具を持ってきてくれ」
「はい!」
そう遠くないところにおいてあるので、少し待てば持ってこれるだろう。
その間にコックピットに戻り、メビウスゼロの電圧を落とす。気が付かないところでむき出しの配線に触れば、一瞬であの世行きである。
それこそさきほど候補生たちに死ぬなと言った身としては、笑い話にもならない。
「大尉殿!お待たせいたしました!」
「ああ、感謝する」
「いえ、この程度のこと、いつでもお申し付けください!英雄『
「ははは、覚えておこう」
あまり呼ばれたくない名前で呼ばれ彼女の頬がひくつくが、ルークは気が付く様子はない。
そのまま新たな指示を期待する青年に、適当に言って下がってもらう。
持ってきてもらった安全器具と工具を身に着け、整備の準備に入る。
電動のボルト締めを右手に持ち、それとは別に腰のサイドポケットから、ピストルの形をした物を取り出す。
と、いっても実際に実弾がでるわけではない。それは別にあるが、今は使わなくていい。
このピストル型の機器は武器ではない。実弾の代わりに発射するのは、先端に電磁石の付いたワイヤーである。
引き金を引くとワイヤーが射出され、もう一度引くことで巻き戻る。磁石とワイヤーは非常に強力で、600kgまで問題なく巻き取ることができる。
そんなワイヤーガンをメビウスゼロに向かって撃ち、整備箇所に張り付く。
そのまま器具を使って体を強く固定し、順にボルトを締めていく。
こうしていないと、逆に自分の体が回ってしまう。彼女には、1度やらかして友人に大笑いされた思い出があったりする。
その他、細かい整備をしていると、フラガが格納庫にやってきた。
「おーい、イロンデル!相変わらず、精が出るな」
「暇なだけだ!お前こそ、自分のを整備したらどうだ!」
茶化すような彼の言い方に、彼女は大声で返す。
別に不機嫌なわけではなく、作業の音がうるさいのでこうなってしまうだけだ。
普段あまり大声を出すことない彼女にとっては不便だが、そんな様子を察してかフラガはメビウスの装甲まで近寄ってきた。
「俺のは後でやるさ。それよりどうだ?そろそろ普通のゼロ式に乗り換えないか」
「その気は無い。第一、私の腕では満足に扱えないだろうな」
イロンデルは、フラガの提案を自嘲気味に否定する。
彼女のメビウスゼロは通常の物と比べて、そのシルエットに大きな違いがある。
ゼロ式の最大の特徴である、円筒型の兵装『ガンバレル』。通常ならば四基、流線型の機体を取り囲むように装備されている。
しかし彼女のメビウスゼロは、左右のガンバレルを外している。その代わりに、主砲である『対装甲リニアガン』が増設されている。上から見ると、三又の矛のような印象を受けるシルエットだ。
「私には、ガンバレルは二基が精一杯だ」
「いけると思うんだがなあ。この『不可能を可能にする男』のお墨付きだぜ?」
自信満々というのが傍からもわかる程に自信満々に宣う彼に、流石にイロンデルもいら立ってくる。
「お前は私を過大評価するきらいがあるからな。参考にはならん」
「ひでぇなあ。俺は先任大尉だぜ?もっと上司をたてろよ」
「くだらん無駄話に付き合う気は無い。それ以上口を開くなら、私も『お守り』に頼らざるを得んぞ」
ヒラヒラと腕を振る彼女に、それを見たフラガが慌てて否定する。そしてイロンデルに、ここに来た目的を話す。どうやらブリッジに共に行かないか、ということらしい。
「ブリッジ?報告なら1人でやれ。私は付き合わんぞ」
「そうじゃねぇよ。この艦の仕事がこれで最後らしいからさ。どうせなら見納めしないかって誘ってるんだが…」
「見納めか…。いや、今回は遠慮しておこう」
「えぇっ!?なんだよ、付き合いわりぃな」
不満そうなフラガ。元々そういう事に積極的に参加する彼女ではないが、普段と様子が違うと彼は違和感を覚えた。
そんな彼を、彼女はちょいちょいと手招きして近くに呼ぶ。
そして、周囲を見回して近くに人がいないことを確認した。
「不自然だとは思わんか」
「不自然?何がだよ?」
小声で喋るイロンデルに釣られて、フラガも声を落とす。
「たしかにこのヘリオポリスは、中立国であるオーブのコロニーだ。極秘裏に兵器を開発するにはもってこいの場所だろう」
「なら問題ないじゃないか。何を気にしてるんだ?」
「だからこそ、気になるんだ。中立国ならば、コーディネーターも入り放題だろう?」
そこでフラガは、ようやく合点がいったようだ。
「なるほどな。スパイか。確かに、いてもおかしくないな」
「むしろ居るほうが自然だ。今日は妙に肌がピリつく。案外、もうザフトの兵に入り込まれているかもしれん」
いつも以上にピリピリした雰囲気を放つイロンデルだった。
彼女としても杞憂に終わって欲しいのだが、どうにも落ち着かないでいた。
「だとしたら、こっちもうかうかしてられないな。お前の勘は結構当たる。面倒になる前に、さっさと輸送任務を終わらせたいぜ」
「面倒になった後のことも考えておけよ。お前はそういうことを後回しにするからな。しわ寄せはごめんだ」
そこで話は終わりだ。とでもいうように、イロンデルは止めていた作業を再開する。
「私は自機の整備で忙しいんだ。わかったらさっさとブリッジにでも行ってしまえ。ルーク!負荷テストに入る。測定器の取り付けを手伝ってくれ!」
去っていくフラガを後目に、彼女は整備を続ける。
今度はコックピットに戻り、電圧を元に戻す。どうやら、スラスターの不調は解決したようだ。
『!(+o+)!』
その時、ネクサスが騒ぎ出した。
「何、その顔?」
『彼』はあまり見ない表情をしているが、慌てているのは理解できた。
そして液晶に表示された事実に、己の予感が現実になることを理解した。
「大尉殿。負荷テストの準備、できましたよ」
「ああ。悪いがテストは中止だ」
駆け寄ってくるルークに詫びを入れて、イロンデルは壁に設置された艦内インターフォンに近づく。
数字盤を操作して呼び出したのはブリッジ。
「こちら2番格納庫。イロンデル・ポワソン。ブリッジ、応答せよ」
『こちらブリッジ。エドワード・ハーディ。どうかしたか?』
応答したのは艦長だった。他の者が出た場合、代わってもらうつもりだったため手間が省けた。
「はい。先程、周囲を警戒していたネクサスから報告がありました」
『ネクサス…。貴様の所持しているAIの名前だったか。どんな内容だ?』
「それは、ご覧になって頂いた方が早いかと思います」
端末を操作して、ブリッジのメインモニターと繋げる。そのまま、ネクサスの報告が映された画面を同期し、表示する。
『これは…写真かね』
「はい。そのままご覧下さい」
写真の一部を拡大する。小惑星の陰に隠れて見えづらいが、その特徴的な色の装甲は、地球連合軍に籍を置く者にとってよく知っている物だった。
『ナスカ級か…』
「はい。これは40分程前の映像ですが、他にもローラシア級の姿も認められます」
ナスカ級にローラシア級。
これは、敵軍であるザフトの所有する宇宙艦である。中立国のヘリオポリスで、機密作戦中に発見するなど、只事ではない。
「候補生たちはそこにいますか?」
『いや、既にモルゲンレーテの工場へ向かっている。程なく、到着するはずだ』
間に合うといいが。敵はすぐそこまで迫っている。いつ仕掛けて来ても、おかしくは無い。
『L('ω')┘三└('ω')」』
「わっ!?…んんっ!」
『何だ!?』
突然音を立てて騒ぎだすネクサスに、思わずイロンデルは悲鳴をあげた。が、すぐに息を整えて説明に入る。
「どうやら、ネクサスからの更なる報告のようです。表示します」
画面に表示されたのは、いくつかの映像記録とグラフだった。一つ一つでは意味がわからないが、全てを合わせて考えると、1つの事実が浮かび上がる。
『これは何を意味するんだ、大尉』
「…はい。これは…」
映っているのは、排気口の監視映像だろうか。ループして再生されるそれは、一見何もないように見える。
「…何者かが排気口からヘリオポリス内部に侵入したと思われます」
『何っ!?それは確かかね』
「はい。間違いありません」
何も無いように見えても、細かく見れば異状に気づく。宙を漂うデブリの位置が、不自然に移動しているのがわかる。
これは、一時的に監視映像が切られたという事だ。おそらく、数秒程度。そんな時間にロックを解除し、侵入する事ができるのは、コーディネイターの可能性が高い。
最悪の事態だ。
「先手を撃ちますか。後手に回れば、ヘリオポリスは直ぐに陥落するでしょう」
『…いや、これはヘリオポリスに報告するが、我々からは動く事はない。少なくとも、明確に動きがあるまで待機だ』
「……」
『わかったかね、大尉』
「……了解…しました。報告を終わります」
接続を切り、溜め息と共に背中を壁にもたれかける。
「何かあったんですか、大尉殿?」
「ああ、面倒事の始まりだ。お前はノーマルスーツに着替えて自機で待機しろ。何が起きるかわからんぞ」
様子をうかがいに来たルークにパイロットスーツを着るように行って、自身も更衣室へ向かう。
女性である自分を気遣って、通常の更衣室の片隅に設けられた布の仕切り。
その中で着ている作業着を雑に脱ぎ捨て、ロッカーからパイロットスーツを取り出す。
「…インナーウエアはどこかしら」
『(-_-;)↑』
「あ、上。そういえば置いてたっけ」
ロッカーの上に置かれていた黒いインナーウエアを取り、身に着ける。
通常の物よりもきつく締め付けるそれに袖を通すと、体のほとんどが覆われる。こうでもしないと、彼女のゼロ式の推力に負けて、意識が飛んでしまう。
さらにその上に白を基調としたパイロットスーツを着て、ヘルメットを手に取る。
これで着替えは完了し、脱ぎ捨てた服をロッカーへと押し込む。
そして更衣室を出たところで、急を知らせる警報が艦内に鳴り響いた。
艦内放送で、フラガの声が耳に届く。
『ザフト艦が2隻、電波干渉を発信しながら接近している!対応はヘリオポリスにまかせて、我々は戦闘機で待機だ!まだ出すなよ!』
緊迫した状況下でもどこか飄々とした言い方に、彼らしい、と思う。
それでも、待機していたのでは遅すぎる。
「こちらポワソン。フラガ大尉、聞こえるか」
『こちらフラガ。何かあったか』
格納庫に向かいながら、ヘルメットに付いている通信機でフラガと連絡を取る。
「私は出るぞ」
『はあ!?さっきのが聞こえてねえのか!待機だって言ってるだろ!』
「このままではコロニーと至近距離での戦闘になる!民間人に死者が出るぞ!」
『…俺だって分かってるよ、そんなこと!でもよ――』
「なら口を出すな!私一人でも行くぞ」
強引に通信を終わらせ、メビウスゼロに乗り込む。
隔壁を閉鎖し、エアロックを開放する。
「減圧完了。ハッチオープン。メビウスゼロ、イロンデル・ポワソン。発進する!」
◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢◤◢
「想定より動きが早いな」
現在、ヘリオポリスに接近中のザフトの戦艦。
ナスカ級『ヴェサリウス』と、ローラシア級『ガモフ』だ。
そのヴェサリウスの中で、風変わりな銀色のマスクで顔を上半分を覆う男。この部隊の長、ラウ・ル・クルーゼが呟いた。
彼らの目的は、ヘリオポリス内部で開発された地球軍の新型兵器の奪取だった。
中立を名乗っているヘリオポリスならば、対応は遅いと思ったが既に防衛用のMA『ミストラル』が多数、出撃している。が、こちらが出している人型のボディをもつ機動兵器、
「彼らは新型兵器の所にたどり着いたでしょうか」
艦長席に座る男、アデスが不安そうにクルーゼへ問いかける。
「ここでしくじる様なマヌケは、私の隊にはおらんよ」
クルーゼに苦笑され、アデスは眉間のしわがさらに深まった。
その時、戦況を見ていた部下が声を上げる。
「港よりMAの出撃を確認。青いメビウスゼロです!」
それは、何度も戦場であいまみえた敵の存在を知らせるものだった。
それを聞いたアデスは顔から血の気が引くのを感じ、クルーゼは不快そうに呟いた。
「まさか『三つ首』のご登場とはな。ジンに艦の防衛を優先させろ。奴はこちらを狙ってくるぞ」
かつて、月面エンデュミオンクレーターでのグリマルディ戦線でこちらの戦艦3隻を航行不能にした、敵のエース級パイロット。その特徴的な機体のシルエットから、『三つ首』とザフトの中では呼ばれている。
「対空兵装!『三つ首』を近づけるな!オロールとマシューに迎撃の指示を!ミゲルとイアンはヘリオポリスへ突入させろ!」
アデスの指示がブリッジに響く。
「…私も出る。機体を準備しろ」
クルーゼはそう言うと格納庫へ向かった。
そしてカタパルトに乗った自機のコックピットで怪しく呟く。
「……因果だな…。………イロンデル…」
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
「見つけた」
一気に標的に向かって加速するが、その行く手を2機のジンが阻む。
ゼロ式の上下に取り付けられたガンバレルがパッと展開し、独自の動きで掃射する。
しかし、その隙に別の2機がヘリオポリスの港口へと侵入した。それを追おうと機首を向けようとし、さらに強引に機体を捻ってジンの攻撃を躱す。
あえて狙われる様な単調な軌道で動き、意識がこちらに集中した所で横からガンバレルの射撃。これは躱されるが、回避行動の最中は動きが鈍る。すかさず機首の下に付いたリニアガンを撃つ。
ジンの右腕に命中したのを確認して、ゼロ式は素早く離脱する。
もう1機の追撃を躱し、ようやく出撃してきたフラガと合流する。
『敵の数は!』
「ジン2機、戦艦2隻と交戦中だ!来るぞ!」
迫ってくるジンの重斬刀を避けて、ガンバレルの一撃を当てる。
視界の隅で、僚機が撃墜され爆発が起きる。
「ゲイル!」
本来、ジンとメビウスの戦力比は5対1――つまり、ジン1機落とすのにメビウスが5機必要とされる。
生半可な腕では、メビウスは容易く落とされてしまう。
「ルーク!下だ!」
部下への指示も間に合わず、ルークのメビウスも撃墜される。
その命を奪ったのは、ジンではなかった。
白い装甲。増設されたスラスター。シェイプアップされたボディ。
「シグー…」
『ラウ・ル・クルーゼか!』
フラガの声が通信機から聞こえ、オレンジ色の彼の機体がシグーへと攻撃を仕掛ける。
『こいつは俺がやる!お前は母艦を落とせ!』
「任せる」
フラガの攻撃がシグーの気を引いた瞬間に、最大速度まで加速する。
戦闘で引き離された敵艦まで一気に肉薄するが、攻撃の直前にジンに妨害されてしまう。
「邪魔だ!」
ガンバレルを使った、単騎での十字砲火。
まともに当たれば、MSと言えどひとたまりもない。
もう1機のジンが迫ってくるのを相手していると、戦艦からの砲撃が放たれる。
1隻を狙うと、もう1隻と1機が妨害してくる。
1機を狙うと、2隻が妨害する。
幸い戦艦の下部は弾幕が薄い為致命的なほどではないが、こちらからも決定的な一撃が加えられない状況に陥った。
しばらく拮抗した状態が続いた後、その空間を引き裂く光がイロンデルのそばを走った。
「──あれは…」
かつて候補生たちと共に見たMSが3機、こちらに迫ってきた。
地球軍の虎の子の新型MS『G』――Xナンバーだ。ここまであっさりと奪われるとは、やはり情報が漏れていたのか。イロンデルは歯噛みする。
そのXナンバーが今、こちらに照準を合わせて攻撃をしている。
当たれば撃墜必至のビームライフルの射線を外しながら、ガンバレルで反撃をする。しかし、Xナンバーの色が変化して青くなったかと思うと、弾丸が弾かれてしまった。
「フェイズシフト装甲…!」
それがある限り、Xナンバーの装甲は物理的攻撃を無効化する。メビウスゼロには実弾兵器しかない。お手上げだ。敵になるとここまで厄介だとは。とんでもない物を造りだしてくれたものだ。
このままでは埒が明かない。
ベージュ色の機体『バスター』のミサイルを大きく避けて戦艦の間をすり抜ける。
危機を脱したメビウスゼロだったが、コックピットにロックオンされたことを知らせる警報がなった。
敵の姿はモニターにはない。ただ第六感に従って操縦桿を傾けた。
虚空からビームが放たれ、下部のガンバレルを貫いた。
誘爆する前に切り離す。敵機は見えないが、リニアガンをビームが放たれた場所へ撃ち返した。
すると何も無かった空間に、黒いXナンバーが姿を現した。
「『ブリッツ』…!ミラージュコロイドか!」
可視光線を歪め、レーダー波を吸収する物質を纏い完全に「消える」MS。
これ以上推力を失えば、この戦線からの離脱が困難になる。今ならば、Xナンバーの位置は全て把握できている。リニアガンとガンバレルの射撃で軽く弾幕を張り、敵の動きが鈍ったところで最速で距離をとる。
いくらXナンバーといえど、メビウスゼロの速度には追い付けない。
コロニーに戻り補給を受けようとしたところで、もう1機のXナンバーが遠くに見えた。
「『イージス』まで奪われたのか!?」
奪われた機体を1機だけでも落としたいが、相手にフェイズシフトがある限り不可能だ。
遠ざかり戦艦へ向かっていくイージスを、悔しい思いでイロンデルは見送るしかなかった。
これで5機あったXナンバーのうち、4機が奪われたことになる。あとの1機『ストライク』は無事だろうか。候補生たちは。ヘリオポリス内部はどうなっている。多くの疑問が彼女の頭に浮かぶ。
コロニーの外郭に異常は無いようだが、中の様子はわからない。
そう思っていたところで、赤白い光がコロニーを突き破った。
その穴からシグーが飛び出してくる。
すれ違う際に、シグーが被弾しているのが見えた。片腕が融解している。実弾ではああはならない。先程のビームの砲撃か。
クルーゼ程の相手に手傷を負わせたのは、フラガでは無いらしい。ならば最後のXナンバーか。
向こうも手負いの状態で相手にするのは避けたいようだ。肉眼で確認出来る距離に来ても、ロックオンされる様子はない。
そのまますれ違ってイロンデルはコロニーの中へと入る。
分厚いコロニーの外壁に空いた穴は、その淵がドロドロに溶け役割を失っている。戦艦の主砲でもここまでの威力はないはずだ。
すぐに目に付いたのは、白い戦艦。
資料で見たことのある姿をしており、イロンデルはその名前を思い出した。
「アークエンジェル……」
たしかXナンバーの運用母艦として開発が計画されていた強襲機動特装艦だったか。Xナンバーとあわせてヘリオポリスで建造されていたのか。
『イロンデル!聞こえるか!』
「フラガか。無事だったんだな」
シグーが出てきたのに彼のメビウスゼロの姿が見えないので、心配していた。しかし、通信機から聞こえてきた声は、どうやら撃墜されたわけではないようだ。
『アークエンジェルへの乗艦許可を得た。少しだが休めるぞ』
「ありがたい。被弾してガンバレルを失った。悪いが緊急着艦する」
戦艦から伸びたカタパルトへ、垂直に機体を降ろす。
周囲の安全を確認してイロンデルはメビウスゼロから降りた。そして、1人の女性が近づいてくる。
「イロンデル・ポワソン大尉ですね。地球軍第二宇宙域第五特務師団所属、マリュー・ラミアス大尉です」
「地球軍第七機動艦隊所属、イロンデル・ポワソン大尉であります。よろしくお願いします。早速で悪いのですが、弾薬の補給を受けたいのですが…」
イロンデルの言葉に、栗色の髪を持つ女性―ラミアスはバツが悪そうに答える。
「それが、この艦も物資が足りていない状況なの。とてもじゃないけど、まだ補給はできないわ」
「…そう、ですか。わかりました」
一言礼を言って、傍らにいたフラガに近づく。
普段とは違い重々しくうつむく彼。正直に言って、普段のちゃらちゃらした雰囲気の時より胡散臭い。
「状況は?」
「最悪の2歩手前ってところかな。新兵器は1機を残して奪われ、この艦も主だった士官は全員戦死したそうだ。今は彼女がこの艦の責任者だ」
そういってフラガは、離れたところで黒髪の女性と話すラミアスを指さした。やけに状況に焦っているようだが、本来とは違う役職にいるためか。
「彼らは?軍人のようには見えないが」
「ああ、民間人であってるよ」
目についたのは、壁の近くで集まっている数人の若い男女。着ているのは、軍服でも作業着でもなく、若者向けのファッションだ。軍艦には似合わない。
「民間人は全員、避難用シェルターに行ったんじゃないのか?」
「それがちょっと複雑でな。…ストライクを動かした少年の友人らしい」
「何?……候補生たちはどうした?」
「……」
フラガは黙ってしまうが、それがより雄弁に語っていた。
「死んだのか」
「…そうらしい」
イロンデルは足から力が抜けるのを感じたが、それでも現実を受け止める。
あっけないものだ。人の死なんて。慣れなければならない。軍人であるならば。
「戦場では……よくあることだ…」
「…そう言うなよ」
強がる彼女の肩をフラガが優しく叩いた。
そのとき、艦内通信が入った。
『ラミアス大尉、バジルール少尉!至急ブリッジへ!』
「どうした!」
バジルール少尉と呼ばれた、黒髪の女性が通信機へ叫ぶ。
『またモビルスーツです!』
ゆっくり休む暇もない。
身を固くしているラミアスの背中を、フラガが叩く。
「指揮をとれ!君が艦長だ」
「わ、私が!?」
「先任大尉は俺だろうが、この艦のことはわからん」
あの男は。
イロンデルは眉間にしわがよるのを自覚した。そんなに他人に責任を負わせるのが好きなのか。
「フラガ、お前の機体は?」
「今は修理中だ。ガンバレルが全部やられて戦力にならん!」
「なら私だけで出る!艦砲射撃は任せる!」
クルーゼの相手をしていればそうもなるか。生きているだけでも僥倖か。
ラミアスの第一戦闘配備の命令を聞き、ヘルメットを被り直す。
急いで自機のコックピットに入り、エンジンを始動する。
『敵の中に『イージス』がいます。ゼロ式の装備では…』
不安そうなラミアスの声に思わず、操縦桿を取る手が止まる。
さっきも撤退するしかなかった。今度は撃墜されるかもしれない。それでも改めて操縦桿をしっかりと握り、言い返す。
「やるしかないでしょう」
『ストライクを合流させます。それまで時間を稼いでください』
ストライクに乗っているのは民間人ではなかったか。巻き込みたくないのが本音だが。
「…了解。カタパルトの民間人を避難させてださい」
『避難完了。メビウスゼロ、発進どうぞ』
若い男の声と同時に、イロンデルはスラスターの出力をあげた。
「イロンデル・ポワソン。メビウスゼロ、発進する」