――『MUD-HATへようこそ』
「イロンデルさん!答えてくださいよ!」
「おい、イロンデル!冗談でも笑えないぞ!」
ヤマトとフラガが、『メビウス・ゼロ』へ呼びかける。しかし、返ってくるのはノイズだけ。コックピットを映すカメラも砂嵐ばかりである。
戦闘から帰還する際も、全く応答がなかった。機関も停止しており、フラガ機が牽引して『アークエンジェル』まで運んだのだ。もしかすれば、被弾の影響が操縦席まで届いているのか。だとすればパイロットは。
「こうなりゃ強引に開けるしかねぇな」
フラガが通信機へと近づき、数字盤を叩く。周囲に見つからないように体で隠している。その操作は、ヤマトには見えなかった。
「頼むぜ…。出てこいよぉ…」
……『(卍ω卍)』
「来たな!ネクサス、イロンデルの様子は?生きてるのか?」
通信モニターに、ネクサスの顔が表れた。彼女の様子を問うフラガの言葉にモニターが切り替わり、グラフを映し出す。微かではあるが、規則的な振動を記録している。
コックピット内の振動。考えられるのは鼓動か。
「生きてはいるのか…そっちから開けられないか?」
二重ロックになっているゼロ式のハッチは、通常なら外部から操作すれば開けられる。しかし今は、被弾によってそれが消し飛んでいる状態だ。ハッチ自体も大きく歪んでいる。
最終安全策として、内部から手順を行えばハッチを爆破して脱出ができる。それをネクサスにしてもらえれば。
『( ° ° )三( ° °)』
「無理か…」
こちらから何とかするしかない。イロンデルの詳細が分からない以上、あまり時間を掛けられない。フラガはマードックに声を掛ける。整備班の手を借りて、ハッチを開ける方法を考えなければ。
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「気合い入れろ!…せーの!!」
マードックの掛け声で、フラガを含む屈強な男たちは差し込んだ棒に力を込める。操縦席に通ずる扉を、テコの原理で外そうとしている。
しかし、メビウス・ゼロの歪んだハッチはピクリとも動かない。
「こりゃダメだな。切断機持ってこい!」
「時間が惜しい。別の方法がある」
ゼロ式の装甲は厚く、切断機では非効率だ。急を要するこの状況下では他の道を選んだ方がいい。だがフラガの考える方法は、少し離れた所にいるあの少年の心次第だ。
ゼロ式から飛び降りたフラガが、ヤマトの方へ近づく。
「おい小僧。ストライクを動かせるか」
「僕が…僕のせいで…」
「おーい。聞いてるか?」
機材にもたれ掛かり、暗く影を落としている。こちらの声が聞こえていないようだ。軽く肩を叩くと、ビクリと跳ねてようやく気づいた。
「…大丈夫か?」
「僕は、だ、大丈夫です。それよりイロンデルさんは!まだ助けられないんですか!」
「おいおい、落ち着けよ」
「落ち着いていられる訳ないでしょう!早く助けないと!」
明らかに錯乱しているヤマトを、一旦肩を押さえて落ち着かせる。
ふと、フラガはこの少年を哀れに思った。初めての戦闘で、知人…少なくとも顔と名前を知っている人が死にかけている。軍人である自分にとっても重い事が、この少年に降り掛かっているのだ。
気が立っているのも、自分を庇って被弾した事に起因するのだろうか。
「あいつは今は危険な状況にいる」
「ぼ、僕にできることは無いんですか」
ヤマトが詰め寄る。積極的なのは都合がいいが、まずは話を聞いてもらわなければ。
「ああ、あるぞ。お前にしかできないことが」
「教えてください。何をすればいいんですか」
軽く煽ると、面白いように乗ってくる。
「お前がストライクのナイフ…『アーマーシュナイダー』だったか。それでゼロ式の扉をこじ開けてくれ。そしたら俺が中に入って、アイツを直接引っ張り出す」
アーマーシュナイダーとは、ストライクの装備のひとつである。内蔵される超振動モーターによって刀身が高周波振動し、切れ味が増す。
それがあれば、厚いゼロ式の装甲も容易く切り裂くとこができるだろう。
「僕にできるんですか」
ヤマトが不安がるが、当然だ。うっかり深くまでナイフを刺せばコックピットを貫く可能性。また被弾した機体は、推進剤やオイルなど可燃性、爆発性のものが漏出している恐れもある。
数える程しかMSに乗っていない少年に任せるには、些か荷が重いというものだ。だが、今回はやってもらわなければならない。
「安心しろよ。サポートにネクサス付けるから。…できるか?」
内側からの観測を合わせれば、諸問題は解決できる。あとは本人にやる気があるか、どうかだが。
「やります。…僕がやらなきゃいけないんです」
「助かる。ならストライクで待機しててくれ。気負うなよ?お前ならできるさ」
それらしく敬礼をして、ヤマトを見送る。思ったよりもスムーズに彼女を助ける算段が整った。あとはネクサスをストライクに同期させて、彼をサポートできるようにするだけだ。
急いでネクサスに連絡を取り、その事を伝えなければ。救護班にも待機してもらおう。
彼は手際よく、イロンデルの救出の用意を整える。
もっとも。
「僕が…助けなきゃ。あの人を…僕が。僕なら…助けられる」
それに集中してしまい、ヤマトの呟く声を聞くことはなかったが。
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救護班と、パイロットスーツを着たフラガがゼロ式の傍で待機している。何が起こっても良いように、緊急発艦システムが稼働状態だ。爆発の恐れがある場合は、宇宙空間に投棄する予定だ。そのパイロットごと。
『(^▽^)o』
「えっと…よろしくお願いします」
『(*•̀ᴗ•́*)و ̑̑』
ストライクの操縦席。その通信モニターにネクサスがでる。これから行う作業の重要性を考えると、場違いな程に呑気な顔だ。
それにしても、前に見せて貰った時にも思ったが随分完成度の高いAIだ。まるで一個人のような顔をモニターに浮かべている。周囲の状況や今までの話の流れを読み取り、最適な表情を作り出す人工知能。複雑な思考パターンを持つソレはどのような仕組みで動いているのか、ヤマトには興味が尽きない。
だが今行う事は、そのAIの持ち主の救出だ。
「じゃあ、イロンデルさんのゼロ式のデータを出して」
『 (=_=) 』
「だ、出してください」
『(^▽^)o』
敬語でないと答えてくれないようだ。機械とは思えないほど気難しい。ふざけているのか。機械に苛立っても仕方がない。
仕事はちゃんとしてくれるので、まあ割り切るしかない。
引き出されたデータは彼女のゼロ式のスライスモデル。だがあくまで万全な状態のもの。現状には対応していない。あくまでこちらで考えるしかないか。
『 ('ㅂ' ) 』
「わ、すごい」
その図面の一部が、赤く色を変える。箇所の場所からして、推進剤やバッテリー液の漏出の恐れもある場所か。ならそこを避けて切れば良いのか。
ストライクが腰からアーマーシュナイダーを抜く。ゼロ式の装甲に刺すと、まるでバターのようにすんなりと刃が入る。
『(゚ロ゚;)』
アラートが鳴り、ゼロ式の内部に小規模の爆発が起きる。装甲の一部が剥がれ、ストライクにぶつかった。
『大丈夫か、坊主!』
「え、ええ。推進剤が漏れてたみたいです。コックピットには影響がないはず…」
被弾の影響か、想定より流出範囲が広い。このまま進めれば、本当にゼロ式が吹き飛ぶ。
「先に現状のデータを作りましょう。被弾部分の形状と損傷具合から、内部のモデルを作れるはずです」
『( ´ ▽ ` )ノ』
モニターの下からキーボードを引き出す。深く息を吸い、モニターに集中する。
「外部形状から被弾時のエネルギーを推定……装甲の破壊数値……あの武器の破壊力……宇宙重量の影響を算出……」
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アークエンジェルから少し離れ、戦闘宙域から離脱したザフトの船。その一区画に彼はいた。
「イザークの容態は?」
「今は落ち着いてますが…酷い暴れようでしたよ」
クルーゼの問にハハハと力なく笑う医師。頬が腫れているのは殴られでもしたのだろうか。周りを見れば、まだいくつかの器具が散らばっている。そして件の彼は、ベッドの上で力なく寝ている。
「あんまりなもので鎮静剤を使いました。話はできます」
「なるほど。すまないが…少し席を外してくれ。2人で話したい」
「では、扉の外におりますので」
医師が頭を下げて部屋から出ていく。クルーゼはイザークのベッドの傍らに座る。
「起きているのだろう」
「……隊長」
半分が包帯に覆われた顔で、片側だけ出された目がクルーゼを見る。本来ならばこのキズはもっと酷いものになる事も考えられたという。
『デュエル』を含むG兵器に備わるセーフティーシャッターが『三つ首』の一撃を軽減した。敵の技術に助けられたと知れば今の彼がどれほどプライドが傷つくか分からない為、この事は伏せられている。
「傷の具合はどうかね?」
「…少し痛みますが、戦闘はできます。すぐにでもアイツを…三つ首を討ちに出れます」
「…」
その目には明らかな憎悪が見える。ナチュラルのMAに良いようにやられ、自分の負傷が撤退する要因になった。プライドの高い彼にとって受け入れ難いことだろう。その恨みを晴らしたいのだろう。
「その意気は買うが、残念ながら我々には本国に帰るように命令が出た」
「っ!そんな!あの艦の追撃は!?ストライクの破壊は!?ここまで追い詰めたのに!…グゥッ!」
上半身を起こし、こちらに身を乗り出す。ベッドから落ちそうな勢いだが、傷が痛むのか身をすくめた。
「落ち着きたまえ。命令が出たのは、私と…君に、だ」
「お、私に…ですか?」
責任ある立場の隊長が呼ばれるのは理解できる。しかし、一個人である自分が呼ばれるとはどのような要件なのか。
「私は『ヘリオポリス』での事件に関して出頭命令。君には…エザリア・ジュール議員から個人的に通知が送られてきた」
「母上から…」
思わぬ人物の名が出たと、ジュールが驚く。なぜ彼女がそんな通知を出したのか、理由が分からない。
「全く…何処に目耳があるか分からんが、君の負傷を知ったようだ。君は愛されているのだな」
隊の中に間者でも仕込んでいたのだろう。息子が負傷したと聞き、いても立ってもいられなくなったか。
「傷が落ち着きしだい、アスランと共に我々は『ヴェサリウス』で本国へ向かう。あの船は『ガモフ』に引き続き追わせよう」
評議会へ召喚されれば、ヘリオポリス崩壊の責任を追及されるだろうに、それに対する懸念はまったく感じられない。ジュールには、そんな上官が理解できなかった。
「戻る頃には、『デュエル』の改修も済んでいるだろう。君にはまだ、三つ首を討つ機会があるさ」
そう言い残して、クルーゼは医務室を去った。
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クルーゼが次に訪れたのは、ガモフの格納庫だった。ザフト製の『ジン』に混じって、4機のG兵器が鎮座している。先の戦闘での実戦データを元に、OSの改良が行われている。
精々がジンに毛が生えた程度のものだったソレを、各G兵器に対応したものにする。それだけで動きは機敏かつ柔軟になり、戦闘で優位にたてるだろう。
その中で、他の3機と離れて整備されているデュエルに近づく。
「進捗は?」
「隊長。…八割は終わった…という所です」
クルーゼの姿を見て敬礼するのを抑え、モニターと睨み合う技師に近づく。彼に頼んでいたのは、三つ首との戦闘時の通信障害の解析。不自然なタイミングで発生したからには、三つ首が関わっていると見るのが普通だ。ならば対策を講じなければ何度でもやられてしまう。
「正直に言って、仕組みは単純です。大容量の情報をリアルタイムで通信する事で、機器に負荷をかける。その通信は優先度が高いため、一時的にノイズという障害がG兵器間での通信に発生した訳です」
「なぜそんな上位の通信が?国際救難チャンネルでもなく、正規の通信コードだったのだろう?」
ザフトと地球連合の間には、共通の通信コードが無い。個別に通信するならまだしも、G兵器という一括りと上位通信を行うのは、友軍でもなければできないはずだ。
「どうやら三つ首はG兵器の管理コードを握っているようです。奪取した際に全て書き換えたはずでしたが、かなり深いところに隠されていたのでしょう。巧妙ですね」
「なるほどな。なりふり構っていられず、奥の手を晒したわけだな」
そのコードさえ失くしてしまえば問題は解決だ。わかってしまえばどうということはない。納得したように顎に指を添えるクルーゼを見て、技師が新たなデータを見せる。
「興味深いのはここからでして。やり取りされていたデータなんですがね?」
再生されたのは4つの映像。G兵器のメインカメラの映像のようだ。
「どこを狙っているか筒抜けだったわけだな。あれだけの弾幕を躱せたのはそういう仕掛けか。分かれば単純だな」
弾が来るとわかっている場所に身を置くのは愚かだ。狙えば狙うほど、敵に詳細な情報を与えていたということだ。クルーゼはあまり興味を持たなかったが、技師はそうではないようだった。
「それがですね。全く同じ状況で赤服たちにシミュレーションを行ったんですが、アスランが多少マシなだけで全員被弾したんですよ。あ、イザークはやってませんけど」
赤服はザフトのコーディネイターの中でも優れた能力を持つ者に与えられる称号。なら三つ首はそれすらも凌ぐほどの能力を持っているのか。
「ありえない…とは言いきれないな」
「ナチュラルにそんな能力があるとは考えられません。何かしらの補助装置を使っていると思われます。まあこれまでも度々報告されてきた、三つ首の異常速度の要因が解明できただけでも良しとしましょう」
友軍コードで他の機体から映像を共有し、常に立体的に状況を把握。死角が無くなり、自由に宇宙を飛び回る事ができるようになる。
敵味方が入り交じる、乱戦の中でこそ真価を発揮する能力。
今回はG兵器と、あるいはあの母艦からの映像で実行した訳か。
「早急の対応が求められるな」
「だからこそ、デュエルを改装するのです。『アサルトシュラウド』を元に、より速度に特化にするように」
技師とクルーゼがデュエルを見上げる。被弾した脇腹を中心に、MS用強化パーツの増設作業が行われている。通常のそれとは違い、高出力スラスターが特に重きを置かれている。
あの異常速度ならまだしも、通常時でさえその速度は負けている。その差を埋めなければ、三つ首を討つことは難しい。
「デュエルとイージスはヴェサリウスに移してくれ。改修ならば向こうでもできる」
「
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装甲に開けた穴に、フラガが突入する。
「お願いします…。どうか、あの人を…」
ヤマトがコックピットの中で、震える。両手を合わせ、誰にでもなく祈る。
あの戦闘から時間にして15分。救出開始からはざっと10分程度。ネクサスの描いていた振動図は、ストライクの影響で不定形だ。彼にできることは、祈ることだけ。
ただひたすらにフラガの通信を待つ。そしてそのまま、1分…2分…時間が過ぎる。
『…こちらフラガ。イロンデルの生存を確認した。これから救助作業に入る』
ヤマトはひとまずは胸を撫で下ろす。医療班が、事態に備えて駆け寄っていくのを見て、自分もストライクから降りて続く。
フラガに抱きかかえられて出てきた彼女。そのパイロットスーツにはいくつもの穴が開き、血が流れ落ちている。髪が赤黒く染まり、その目は死んだように閉じられている。
生存確認を聞いていなければ、誰もが死体だと思うだろう。
「医療班、こいつを頼む。意識不明、出血多量、骨も何本か折れてるみたいだ」
「この艦の設備では対応しきれないでしょう。応急処置を行い、『アルテミス』での治療が適切です」
「了解。艦長に伝えておく」
フラガは彼女を担架に乗せ、後を医療班に託す。ヤマトの姿を認めると、そちらへと近寄った。スーツに付いた血の匂いが、ヤマトに届く。
「アイツを救えたのはお前のおかげだ」
「いえ…僕は何も」
「後数分でも遅れてたら、アイツは死んでた。よくやったな…キラ」
フラガがヤマトの胸を小突く。軽く体が揺れ、彼のスーツにも血が付いた。ヤマトは自分の手を見る。あの人を助けられた。自分がいたから、あの人は助かった。
「…はい。ありがとうございます」
自分なら皆を守れるのだと、拳を握る。