機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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どんなに大雨でも、雲の上はいつだって快晴だ。

――『GIZAGIZAファンタスティック』


第14話 部外者故に

「大丈夫かな、あの人」

 

 食堂に集められたヤマト達は、ただ時間が過ぎるのを待っている。アーガイルの呟きに、ヤマトはビクリと肩を震わせた。

 

 自分は、誰も守れなかった。ただ旧友と言い争って、騒いでいただけだ。『アークエンジェル』を守ったのはあの人。そして、自分を守って、あの人は傷ついた。

 脳裏に浮かぶのは、赤く黒い液体に濡れた彼女の姿。むせ返る程の錆びた鉄のような臭い。死んでいるかのように生気のない白い顔。ゼリーの様な塊になった血肉がパイロットスーツの裂け目から零れ落ちた、生々しい音。

 思い返すだけで吐き気がする、死の気配。震える手を胸に抱き、自分を落ち着かせる。

 

「キラ…顔色悪いぞ」

「ああ、うん…」

 

 大丈夫だ。あの人は生きてる。フラガが言っていたのだ。

 …大丈夫なはずだ。更衣室で見た、彼女の裸体を思い出す。無数に傷跡が走り、色が薄くなった部分がまだら模様になった肌。きっと何度も死線を越えてきたのだろう。なら今回も…きっと。

 

 ポケットから預かった『ネクサス』を取り出し、その液晶を覗く。何も映さない黒い画面に、自身の顔が反射する。

 

「…少し疲れてるのかも」

「おいおい、しっかりしろよ」

「はは、は…。そうだ…ね」

 

 アーガイルの励ましに、何とか笑って答える。笑顔が引き攣った自覚があるが、どうやら気付かれなかったようだ。

 

「ちょっと、静かにしてよ。騒ぐと撃たれるかもしれないわよ」

 

 ハウがこっそりと周囲を見ると、監視の兵士が巡回している。彼らは『アルテミス』に入港した時、突然乗り込んできた。有無を言わさずここに押しつめられた。

 彼らの言い分ではこちらの方に非がある、との事だが。それはあくまで軍人の言い分。それに納得した者は少ない。睨む人、怯える人。誰も好意的な感情を持っていない。同じく集められたマードックの様な整備兵達も、仏頂面をしている。

 

「さて、皆さん。大変窮屈な思いをされている所、恐縮なのですが…」

 

 自分たちにそんな思いをさせている張本人。本人が名乗るには、アルテミスの司令であるガルシアが、まるで演説をするかのような仰々しい口調で話し始めた。

 

「我々はあの白いMSのパイロットを探しております。お心当たりのある方はおりませんか?」

 

 胡散臭い言い方で喋る男は、どうやら自分を探しているようだった。素直にヤマトが立ち上がろうとした時、その肩をマードックが抑える。

 

「なぜ我々に聞くんです?艦長たちは教えてくれなかったからですか?」

 

 ヤマトはようやく、入港前にフラガがストライクをロックするように命じた理由が分かった。

 

「君たちが知る必要はない。聞かれたことに答えたまえ」

 

 マードックが答える。

 

「フラガ大尉ですよ。連れて行った時に聞かなかったんですかい?」

「ふん。先程の戦闘はこちらでも確認している。『メビウス・ゼロ』の存在もな。生きている兵士の中で、あれを扱えるのはフラガ大尉と、ポワソン大尉のみだ。…それとも、今度はポワソン大尉が乗っていたとでも言うつもりかね?」

 

 あえて挑発するような物言いにマードックが歯噛みする。ガルシアはあたりを見回し、誰も答える者がいないとみるや、より演技臭い大きな声で話し始めた。

 

「まさか大した損傷もしていないMSに、あれほどの重傷を負った彼女が乗っていたと?まあ彼女も人間だ。腕が落ちていることもあろうな。ろくに役目も果たせないようなパイロットなど、野垂れ死ぬのがどおりだな」

「何も知らないくせに!」

 

 好き勝手に喋る彼にイラつき、ヤマトはマードックの手を払いのけて立ち上がる。

 役目を果たせない?あの人が?

 怒りを込めた眼で睨むが、ガルシアは意に介さない。むしろ子どもの癇癪を見るような冷めた顔でこちらを見ている。それが益々、ヤマトの神経を逆撫でする。

 

「あの人はみんなを守った!見ていたんでしょ!」

「ああ、もちろんだとも。あのMSを庇う所もね」

「なら訂正してください。あの人を侮辱するのは許さない!」

 

 しかしガルシアは訂正するどころか、こちらを見て口角を上げた。

 

「なぜそこまで躍起になる?まさか、そのMSに乗っていたのが君だったとでも?」

「う…。そ、それは―」

 

 周りを見れば、全員の瞳がヤマトに集中している。あれだけ大声を出したのだから当然だろう。この中で、ストライクのパイロットだと宣言したらどうなるか。

 戦闘に出る前の、あの人との会話を思い出す。

 

 そして、こう思う。自分はもう戦ったのだから言ってもいいのではないか。どうせいつかは皆に知られることかもしれない。ならば、ここで言っても変わらないのではないか。

 

「…そうですよ。あれに乗っているのは僕ですよ!」

「ふん。その強がりは見上げた心意気だ。だが、あれは君のようなひよっこが扱えるモノではあるまい。勝手なことをするな!」

 

 ガルシアは突然ヤマトに殴り掛かった。だがコーディネイターであるヤマトにとって、その拳は脅威にはならない。あっさりとそれを躱し、勢い余った彼に足払いをかけた。ガルシアの体がみっともなく床に転がるのを、兵士が目を丸くして見る。

 

「あなたに殴られる筋合いはありませんよ!」

「なんだと⁉舐めた口を!」

 

 ガルシアの顔が赤く染まる。兵士たちがヤマトを拘束しようとする。

 

「やめてください!」

 

 立ち上がって間に入ろうとしたアーガイルが突き飛ばされた。アルスターが悲鳴を上げ、その体に駆け寄る。

 

「やめてよ!その子がパイロットよ!だってその子、コーディネイターだもの!」

 

 マードックたちが痛恨の表情になり、ユーラシアの兵士は唖然と立ち止まる。ヤマトは彼らの視線をはね返すように、睨みつけた。

 ユーラシアの兵士に連れられ、ヤマトが食堂を出ていく。

 

「お兄ちゃん!」

 

 そこに少女が駆け寄った。止める母親の手も間に合わず、ヤマトに抱きつく。

 

「エル…」

「お姉ちゃんがいなくて…お兄ちゃんもどっかに行くの?」

 

 潤んだ瞳で見上げられる。彼女なりに、あの人の事を案じているのだろう。そして、自分の事も。

 

「邪魔だ、ガキンチョ」

「!…やめてください!」

 

 雑に引き剥がそうとする兵士の手を止め、エルと顔の高さを合わせる。両手を肩に乗せて、優しく言い聞かせる。

 

「大丈夫だよ。…ちょっと離れるだけだから」

「ほんとぉ?」

「うん。本当だよ。僕が嘘ついた事、あった?」

「…ない」

 

 頭をゆっくりと撫で、少女を母親に託す。

 

 ヤマトがいなくなった食堂で、アーガイルがアルスターをなじった。

 

「なんであんなこと言うんだよ、おまえは!」

「だって。ホントの事じゃない」

 

 しかし、アルスターは全く罪悪感が無いようだった。むしろ、自分が何をしたのかを正しく認識できていないようだ。

 

「地球軍が何と戦ってると思ってんだよ!」

 

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 前方から足音を聞いたイロンデルは、通気孔の中に身を潜める。こういう時はこの体躯は便利だ。格子の隙間から窺うと、2人分の足が通り過ぎて行った。

 他愛もない無駄話をしている事から察するに、ストライクの事は知らないのだろう。ならばアークエンジェルの拘束は、ガルシア及び少数グループの仕業ということか。最悪、要塞1つをまるまる相手取る事も有り得たがその心配は無くなったと言っていいだろう。

 足音が遠ざかり、通気孔から這い出る。

 

 先程聞こえた放送によると、ザフト艦が離れたため絶対防御の『傘』を閉じたらしい。脱出の際に邪魔になるので僥倖だ。

 

 色々とこちらに都合のいい様に事が運んでいる。うまくいけば大した苦労もなく脱出できそうだ。

 

 何度か見回りの兵士をやり過ごし、格納庫へたどり着く。無駄に広いその場所には数機の『メビウス』と、そして目立つようにストライクがあった。

 機材の影に隠れながら、MSに近づく。その周囲には人集り。ガルシアとその部下、恐らくは技術士か。見つからないよう身を潜め、様子を窺う。

 

「さて、どうしたものか」

 

 かの少年がストライクの操縦席にいるのを、開いたハッチから確認した。その周りに、技術士が3人。その装いからして武器は持っていないだろう。なら気を配るべきは、足元の4人の兵士たち。イロンデルと同じ携帯自動小銃を装備している。その中心にいるガルシアとビダルフも、護身用に拳銃を持っているはずだ。

 

 正面からの制圧は現実的ではない。下手に刺激すると、少年に危害が及ぶことも考えられる。それは最悪の事態だ。

 

「やってられんな…」

 

 耳を澄ますと、彼らの会話が聞こえた。

 

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「OSのロックを外せばいいんですね?」

 

 ヤマトはストライクの操縦席に座った。ガルシアは彼の顔を覗き込み、意味ありげに笑みを作る。

 

「むろん、それはやってもらうがね。…君にはもっと色んなことができるだろう?例えばこのMSの構造を解析して、複製品を造るとか、逆に、有効な兵器を造るとかね…」

「僕は民間人です。軍人じゃない。そんなことする理由がありません」

「だが…君は『裏切り者のコーディネイター』だろう?」

 

 ねちっこく発せられたその単語に、ヤマトは衝撃を受けた。

 

「うらぎりもの…!?」

「どんな理由でかは知らないが、どうせ同胞を裏切った身だ。ならばユーラシアで戦っても同じだろう?」

 

 機嫌をとるような気持ちの悪い猫なで声。

 

「違う!…僕は…」

「いや、地球軍につくコーディネイターというのは貴重だよ。君は優遇される。…ユーラシアでもな」

 

 これまでの人生で、ヤマトは自分がコーディネイターだと強烈に自覚したことがなかった。自分がどちらにつくなんて、考えたこともない。

 だが、敵か、味方か。中間なんて存在しない。それが戦争なのだ。

 

 その事実を、この汚らしい男に突きつけられたのだ。

 

 無意識のうちに、手がポケットを撫でる。あの人は、自分の事をどう思っているのだろう。目の前の男と同じ、便利な道具にしか思っていないのかもしれない。

 いや、そんなことがあるわけが無い。ヤマトは否定する。自分の命をかえりみず、守ってくれたのだ。そんなことを考えるなんて、恩知らずすぎるだろう。

 何度か深呼吸をする。そうだ。あの人なら受け入れてくれているはずだ。ネクサスを握りしめる。

 

 迂闊にも、ガルシアの目の前で。

 

「おや、それは何かね?」

「っ!?別に何でも無いですよ!」

 

 慌ててポケットに戻すが、既に遅い。まるで新しい獲物を見つけたかのように、ガルシアが身を乗り出してくる。

 

「何でも無いかはこちらで決める。それを渡したまえ」

 

 腕を掴まれる。取り上げる気か。

 ダメだ。

 これはあの人の…。

 

『友人からの贈り物』

『家族みたいな』

 

 彼女の言っていた事を思い出す。絶対に渡してなるものか。がむしゃらに暴れて、ガルシアをコックピットから蹴り出した。

 

「うぐぅ…こちらが手を出さないと良い気になりおって!引きずりだせ!」

 

 リフトに尻もちをついたガルシアは、こちらを睨みつけると怒った声で言った。技術士がヤマトに近づこうと腕を伸ばしてくる。

 

 やめて…嫌だ…来ないで!

 

 少年の心に恐怖が湧き出す。誰か…助けて…。

 

「そこまでだ!」

 

 ふと、知っている…そして、一番聞きたかった声が格納庫に響いた。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 姿を見せたイロンデルに、ガルシアの周りの兵士が銃を構える。刺激する危険性を考慮し、銃は前もって機材の下に隠した。それに()()()友軍のためか、撃ってはこない。

 

「な、何故…君が、ここに」

「ガルシア少将。ストライクを返してもらいますよ」

 

 相手が戸惑い冷静さを欠いている今が好機だ。努めて落ち着いた声で、要求を伝える。だが簡単に引き下がるほど、彼も甘くない。

 

「何を言うかと思えば、私は『不審船の貨物を調べている』にすぎん。むしろ返却を求めるならば、何か後暗いことがあるのかもしれん。脱走者である君を()()した後で、より詳細な調査をせねばな」

 

 ガルシアが手を挙げると、それを合図に兵士が銃の安全装置を解除した。その手が降りた瞬間、自分は蜂の巣になるだろう。

 

「『ヘカテー』での愚行を繰り返すおつもりですか」

「…なんの事か分からんな」

「あの日私は―いや、あの日()私は殺されそうになりました」

「あそこは戦場になったのだ。そんな事もよくあるだろう」

 

 あくまでもしらを切るつもりらしい。だがここで逃してしまえば、アークエンジェルの脱出は不可能だ。穏便にいけば良かったが、そうもいかないか。

 イロンデルは一度、肺の空気を入れ替える。ここからは、慎重に言葉を選ばなければ。交渉ではなく、脅迫を。

 

「襲ってきたのが…ユーラシアの人間だった、としてもですか?」

 

 そこでガルシアの眉が動いた。兵士たちも動揺したのか、銃口が揺れる。いい兆候だ。

 

「かるくシメると全部吐いてくれましたよ。階級、所属、命令の内容…もちろん、誰からのものなのかも。もっと使える部下を用意するべきでしたね」

「デ、デタラメだ!…何を…何を証拠に、そんなことを!」

 

 急に焦りだし、リフトの上で喚き出す。意味もない癖にリフトを下げた。こちらに声をより大きく聞かせたいらしい。それでしか優位性を保てない程に瓦解している事に気が付かないとは。

 表情を変えず、イロンデルはほくそ笑む。上手い具合にストライクから離れてくれた。所詮、出世しか頭にない男だ。とりあえずはヤマトを危険から遠ざける事ができた。

 

 ストライクの胸部をチラと見ると、少年はご丁寧に顔を覗かせてこちらを見ている。これより先に話を進めると民間人にはかなり()()()()()話になるので、聞かないで欲しいのだが…。

 

「無いだろう!ああ、そうとも…どうせ貴様の虚言にすぎん!」

 

 少年に集中して何も答えなかったからか、ガルシアが少し威勢を取り戻したようだ。

 

「そいつは反逆者だ!この場で撃ち殺してしまえ!!」

『あ゛あ゛あ゛あ゛!!ゆ、指が…!俺の指がぁ!』

 

 錯乱したような命令に割り込むかのように、男の叫びが響いた。心当たりのあるのは、この場においてイロンデルのみ。そして、予想より早い状況の変化に、彼女はストライクの胸部を見上げる。

 

「ネクサス…まだ早い…!」

 

 持ち主が銃を向けられて焦ったか。判断が早すぎる。まだ少し揺さぶれる余裕があった。MSの外部スピーカーに繋いだのか大音量で再生される、かつてのヘカテーでの音声記録。

 

『質問には速やかに、正確に答えろ。もう一度だけチャンスをやる。所属と、名前を言え』

 

 嘔吐くように叫ぶ男の声が終わり、あの時の自分の声。かなりイラついていたのがその声からも読み取れる。実際、寝起きにいきなり襲撃されたのでそれもある。

 いや、あの時起こしてきたのは戦友なので、イラつきの矛先はそっちだったのだが。

 

『へ、ヘカテー第二区画制御部隊…統括。スレーヴ・フレイル…中尉だ』

 

 仕方ないのでこのまま続行しよう。あまり少年に聞かせたくないのだが。

 

「この名前に覚えはありますか?」

「あ、ああ。部下だからな。…と、当然だ」

 

 イロンデルの問いかけにガルシアは喉をつまらせながら答える。この程度の質問で動揺するならば、これ以上進めば楽に要求を飲んでくれそうだ。

 

『では中尉殿。なぜ貴方はこんな所に?ELSの少尉の個室など、用がなければくるはずなどありませんが』

『そ、それは…待て、言う!言うから!!やめろぉぉぉおあああ゛あ゛あ゛!!』

 

 不要な部分はカットして欲しかったのだが。男の嘆きなど、長く聞いているだけで気が滅入る。

 

『ガ、ガルシア大佐からの特命だ。…ザフトの襲撃の前に、ELSの技術中尉を拘束せよ、と』

『ザフトの襲撃とは、なんの事だ?』

 

 ここが本題。ガルシアは隠し切れないほどに目が泳ぎ、明らかに気が動転している。兵士たちも記録の内容に意識が向いているのか、銃口が下がっている。

 

『今から凡そ30分後、S区画の方向からザフトの二個大隊が攻撃を仕掛ける手筈だ。我々はそれに紛れて技術中尉を連れてこの要塞を脱出する、と』

『何人の兵士がそれを知っている?』

『わ、私を含めて、ガルシア大佐直轄の私兵隊のみだ』

 

 もう十分だろう。

 手を振ってストライクのメインカメラに合図をすると、記録の再生が終了した。

 

「さて、ガルシア少将。いや、裏切り者ジェラード・ガルシア。この記録は公にはしていない。その意味が分かるな?」

「な、な…な、何が…望みだ」

 

 ガルシアはもはや冷静さの欠片もなく、膝がガクガクと震えている。この記録を上に報告すれば、首が飛ぶだけでは済まないだろう。イロンデルの立場としても本来はすぐに報告するべきなのだが、Gの情報が漏れることを恐れ、当時戦友から止められた。今回はそれが功を奏したといえるだろう。

 

「まずは、拘束している民間人の解放。これは当然だな。それから先程も言ったようにストライクの返還。そして、アークエンジェルへの補給をしてもらおうか。これだけの要塞だ。物資も余裕があるだろう」

「…わかった。その要求を呑む」

 

 拒否権などありもしないのに、それでも精一杯に面子を保とうとする様は、まさしく滑稽という言葉が似あう。多少の障害はあったが、ストライクの機密は守られ、物資の問題も解決だ。アークエンジェルの脱出は、案外通常の出航になるかもしれない。

 

 そう思った瞬間、鈍い地響きが格納庫を揺らした。片目のふさがったイロンデルは平衡感覚を失い、片膝をつく。何が起こった?

 副司令が無線に叫ぶ。返ってきたのは狼狽した声だ。

 

「管制室、この震動は何だ!」

『わ、分かりません!カメラに機影無し!レーダーにも反応ありません!』

「だがこれは爆発の震動だろうが!」

 

 もう一度揺れた。今度は近い。激しい揺れが、イロンデルを揺らす。恐らく、これは攻撃だろう。下手人として候補にあがるのは、アークエンジェル。しかし、それなら管制室も把握するはずだ。と、なると外部からの侵入者。

 機影の無い攻撃を、彼女は『ヘリオポリス』で経験している。

 

「『ブリッツ』か…!」

 

 機影が無いのは、遠く距離を取ってからのサイレント・ランか。『ミラージュコロイド』を起動していたなら、バッテリーも消耗しているはず。

 震動が弱まった隙に、近くのメビウスに駆け出す。今の状況でアークエンジェルと鉢合わせされては困る。他のXナンバーが、いつ増援に来るかも分からない。アークエンジェルを脱出まで先導するため、或いは時間稼ぎのためにMAに乗り込もうとした。

 

「わっ!?」

 

 その体を、死角から迫った大きな金属の手が掬いあげる。

 いつの間に起動したのか、ストライクが動いていた。イロンデルはその手の上で起き上がる。その間にストライクは歩き出し、彼女の位置は床から10mにまで登った。これでは降りられない。

 

「どういうつもりですか?」

 

 開いた胸部に問いかけると、緊迫した顔の少年が答える。

 

「また戦うつもりなんでしょ、そんな包帯だらけの体で!」

「当然です。早く降ろしてください」

「嫌です。絶対に!」

 

 ストライクの進む先は、アークエンジェルのいた発着所。既に色んな場所から火の手が上がっている。震動も大きくなり、イロンデルは落ちないように指にしがみつく。火の粉が頬を撫で、熱を感じる。

 

「わがままが言える状況じゃないんですよ。アークエンジェルを先導しないと敵と鉢合わせになるかもしれない」

「なら、僕がやります。貴女もコックピットに入ってください!」

 

 ストライクが手を胸部に持っていく。必然的に、イロンデルとヤマトの目が合った。どうやら彼は、譲る気はないらしい。

 

「貴方は民間人です!戦場に放り込むことはできません」

「でも僕はコーディネイターです。貴女が乗らないと、僕も動きませんから!」

 

 気がつけばそこはエアロックの前。扉を開けば、そこから先は真空。生身では生きられない。ここでイロンデルが食い下がっても、彼は従わないだろう。

 

 渋々コックピットに入ると、後ろのハッチが閉じた。少しばかり見つめ合う。計器やスイッチだらけの操縦席は、2人分の座る所などない。

 

「…えっと、その…膝の上…とか、どうです…か?」

「…ハァ…他にありませんね。失礼します」

 

 それでも座席に体を固定するベルトは1人分しかない。揺れに耐えるためにイロンデルは少年の腕に抱きつく。髪がヤマトの鼻にあたり、その匂いが彼の鼻腔をくすぐった。アルスターやハウのような同世代の少女達とは違う匂い。

 

 錆びた鉄の臭い。

 血の臭いだ。

 

「ネクサス、エアロックの開放を。減圧している時間は無い」

『( ・ω・)ゞ』

 

 重い音がして、エアロックが開く。内部の空気が一気に流れ出し、その勢いに押されてストライクが揺れる。その振動で、ヤマトは上の空になっていた意識をとりもどす。

 

「アークエンジェル、応答せよ」

『…こちらアークエンジェル。イロンデル、無事だったか』

 

 フラガが応答した所を見ると、既にアークエンジェルは奪還しているようだ。なら、民間人達も解放されただろう。

 

「問題は無い。ストライクと合流した。アルテミスを脱出する。敵を避けるため先導する」

 

 ネクサスの得た監視カメラの映像によると、既に『バスター』も攻撃に加わっている。彼らの手にかかれば、傘の無いアルテミスなどひとたまりもない。逆に『イージス』と『デュエル』の姿がないのは、恐らく損傷したナスカ級と共に撤退したのだろう。

 アルテミスの発着所は、上から見ると十字に伸びている。敵の侵入した場所とは反対の方向に、アークエンジェルとストライクは合流を目指す。

 

「行きましょう。グズグズしていられません」

「…は、はい。じゃあ、動かします」

 

 アルテミスは陥落した。

 アークエンジェルはストライクを先導にし、辛くもその爆発から逃れたのだった。

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