機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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その別れは少年を英雄へと変えた。
それが望むものではなかったとしても。

――『ナイトマイヤー』


第16話 キズモノ

 『アルテミス』を脱出した『アークエンジェル』一行は、周囲の安全を確認した後、『ストライク』を収容した。そのコックピットから出てきた2人を見て、マードックが驚く。

 

「大尉殿、ご無事でしたか!フラガ大尉から聞いてましたが、その包帯は…」

「支障はありません。私の『メビウス・ゼロ』の修理はできていますか?」

「そりゃあ総動員でやってますが…」

 

 彼が示す先にある格納庫の奥に置かれたその機体は、装甲が全て剥がされ内部機構の処理を行っているようだ。とても戦える状態には見えない。

 

「コックピットが半分吹き飛んでたんでさ。それと、メインスラスターなんざ酷いもんです。リングが焼き付いてマトモには動きませんぜ」

「『オーバーアチーブ』の代償と言った所です。なるべく早く修理を頼みます。またいつ戦闘になるか」

「分かってます。しかし物資が足りない事にはどうにも…」

 

 アルテミスで補給が受けられれば、事情も違っただろう。無いものは無いのだが。

 

「別のMAがあればよかったんですが」

「はは。それこそ、ないものねだりですね」

 

 ブリッジで他の尉官と共に、解決策を見つけなければ。こういう時に閃くのはフラガだが。存外、もう思いついているかもしれない。

 

「ヤマト君、貴方は住居区画に戻りなさい」

「でも」

「戻りなさいと言っているんです。話があるので後で伺います」

 

 きつい調子でイロンデルがヤマトに言い聞かす。彼は何か言いたそうにしていたが、ブリッジに向かうことがイロンデルの優先事項だ。イロンデル自身も彼と話さなければならない事があるので、後で()()()()()話し合うつもりだ。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

「で、現状の問題は何一つ解決していないわけだが」

 

 難しい顔で尉官らが顔を合わせる。その顔は浮かない。アルテミスでは『ブリッツ』の邪魔が入り、補給ができなかった。この艦に不足している物を挙げるとキリがない。

 中でも、水と弾薬。特に水は生活に欠かせない。配給を切り詰めるにも限界があり、既に民間人にも制限を課している状況だ。

 

「月の基地とはまだ距離があり、補給が無ければ近いうちに底を尽きます」

 

 制限が長く続けば、それだけ彼らにも不満が溜まる。心労から体調を崩す人が出てくる事も考えられる。またいつザフトに襲われるかも分からない。

 

「可能な限り早く、補給を。そうでなくとも、物資を調達する必要があります」

「そこで俺からの提案なんだが」

 

 フラガが言葉尻に被せるように言葉を発する。そして、メインモニターにとある宙図を出す。現在地からほど近い宙域のようだ。その周囲には地球軍やザフトの基地はないはず。補給できるような場所ではない。

 提案の意図が読めず、周囲の視線がフラガを見る。

 

「ジャンク屋と取引しないか?」

「…ジャンク屋…ですか?」

 

 戦場跡から兵器やデブリを集めて商売をする者たち。地球軍とザフトの戦争により激化する戦争の中で、もっとも漁夫の利を得ることのできる立場にある。

 当然その行いは非合法であり、地球軍の中でも何度か掃討作戦が計画された事がある。しかし彼らは狡賢い。作戦の立案を知るや、民間人として振る舞うようになる。ガサ入れをしても証拠は挙がらず、結局は放置するというのがオチだった。

 

「過去に何度か、話題が耳に入った事がある。確かこの辺りに、小さい規模の拠点があったはずだ」

「たしかに水や弾薬を取り扱っているでしょうが、取り引きとなるとこちらから差し出す事ができるものがありません」

 

 まさかタダで、宇宙では限られた資源である水を貰えるということは無いだろう。それは彼も承知している。

 

「あの『ジン』があるだろ。片腕が無いだけでほとんど損傷がないMSだ。良い値がつくと思うぜ」

 

 『ヘリオポリス』でイロンデルが鹵獲した物の事だろう。斬られた腕も、軽い処置で接続できる程度。取り引きは可能だろうが。

 

「ストライクの情報が漏れる危険性を考えると、その案は採用するべきではない」

「だが他に手があるか?いや、無いね。他にどこで補給ができるっていうんだ」

 

 識別コードのない艦に物資を提供してくれる場所など、それこそアングラな物しかないだろう。彼の言っていることは至極真っ当だが、イロンデルはどこか違和感を覚えた。

 

「ザフトの襲撃も警戒する必要があります。どこか隠れられる場所を探すべきではないでしょうか」

「なら奴らに匿って貰えばいい。取り引き相手を売り払うほど、奴らは馬鹿じゃない」

 

 何かを焦っているのか。何故そこまでジャンク屋にこだわる?まるで他の方法を出させないようにしているかのようだ。

 

「匿う程の価値が我々にあるでしょうか」

「取引するものが多ければそれぐらいしてくれるだろ。なんならデブ…いや、あのジンをイロンデルが操ったことを添えれば、ナチュラルが使えるMSと思い込むんじゃないか?それでアレの価値は跳ね上がる」

「しかし、それでは騙すという事に」

「操ったのは事実だ。少し隠し事をして、勝手に向こうが勘違いをするだけだ」

 

 言い直した言葉は『デブ』。唇の動きから見て、その後に何文字か続くはずだ。単語は恐らく名詞だろう。となると、候補は多くない。この状況に相応しいのは。ジャンク屋に関連するもの。

 

「デブリ…だな」

 

 小さくイロンデルが呟くと、フラガが身を固くした。実にわかりやすい。ではデブリを言い淀んだ理由は何か。

 

「おい、イロンデル」

「デブリ…この近くならデブリベルトか?」

 

 デブリベルトの中なら、速度さえ落とせば比較して安全に進行できる。死体漁りに躊躇いがないなら、放棄された戦艦から物資の回収も可能だろう。

 デブリに身を隠せることを併せるとジャンク屋より余程安全だ。

 

 それをなぜ言わないのか。むしろ、隠そうとするのか。

 デブリベルトに何がある?

 

 答えは簡単。忘れるわけがない。『あの日』の遺産。過去の罪。

 

「『ユニウスセブン』か」

「イロンデル。その思考をやめろ。俺の案に乗れ」

 

 フラガが焦ったように言う。やはり隠したいことは『血のバレンタイン』のこと。彼がそれを遠ざけようとする理由は一つ。

 

「これはお前の為に言ってるんだ」

「優先するべきは艦だ。私じゃない」

 

 自分のことなどどうでもいい。あそこにはコロニーに使われていた水が凍りついて残っている。戦場跡には艦の残骸も多いだろう。身を隠し補給ができるなら、それに越したことはない。

 

「あそこに近づけば、お前がどうなるか――」

「それでこの艦に乗っている全員に不便な思いをさせると?いいか。この艦に乗っているのは軍人だけじゃない。民間人も大勢居るんだぞ」

 

 フラガとイロンデルが睨み合う。いや、イロンデルが睨むとフラガは気まずそうに視線を逸らした。イロンデルは噛み付くような視線を止めない。

 

「何か事情があるのでしょうが、小官はポワソン大尉の意見に賛成します」

 

 以前のような取っ組み合いになってはたまらない。と、バジルールが口を出す。

 2対1になり分が悪いと踏んだフラガが、同調を請うようにラミアスを見る。艦長の言う事は、その艦の中で絶対となる。彼女の言葉で行き先が決まる。

 

「私は…私も、向かうならばユニウスセブンが最適だと、思います」

「…そうかよ」

 

 こうして、アークエンジェルはユニウスセブンへと進路を決めた。そしてそこで補給…墓場荒らしを行い、デブリベルトに紛れて月へ向かうことができる。合理的で、背徳的であるが。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 イロンデルの指示で住居区画へと戻ったヤマトは食堂へと向かった。中に入ると多くの視線が彼に向けられる。

 

「ほら、あの子が」

「…コーディネイターがなんで…」

 

 聞こえてくる小声を聞こえないフリをする。コーディネイターの何がいけないって言うんだ。自分は何も悪いことをしていないのに。

 

「……」

「キラ!こっちこっち」

 

 先に食事をしていたケーニッヒ達が笑いかけ、アーガイルは気まずそうな表情のアルスターをつついた。食卓に並ぶのは、艦の苦しい状況を反映してか非常食糧が主だ。なんとも味気ない。ヤマトが席に着くと、アルスターが意を決したように声をかけた。

 

「あ、あの!キラ、この間はごめんなさい!」

 

 突然の謝罪に驚くヤマトに、アーガイルが口を添える。

 

「ほら、アルテミスでさ…」

 

 ヤマトの脳裏にフラッシュバックするのは、あの時彼女が言ったこと。顔が強張るが、無理にでも笑顔を作る。

 

「いいよ、べつに。気にしてないから。…ホントのことだし」

 

 とたんにアルスターが笑顔になる。そして、傍らにアーガイルを見上げ、褒めてくれと言わんばかりにすり寄った。

 

「あ、お姉ちゃん!」

 

 少女の声に目を向けると、エルがイロンデルに抱き着いているのが見えた。少女は楽しそうに笑い、対する彼女も困った顔をしているが、どこか楽しそうだ。だがその包帯に覆われた顔を見て、ヤマトの表情が曇る。自分がもっと真剣に戦っていれば、彼女は傷つかなかったかもしれない。誰にも気付かれないように、唇を噛み締める。

 エルと別れたイロンデルがこちらへ来る。慌てて、表面だけでも平静を取り繕う。

 

「ヤマトくん。少し私の部屋まで付き合ってくれますか」

 

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

「…アルテミスでの件は、本当に申し訳ありませんでした」

 

 部屋に入ると、イロンデルがヤマトに謝罪した。

 

「あそこの司令が裏切り者であるということは知っていましたが、他に選択肢が見つからなかったのです。貴方に危害が及ぶことを考えていませんでした」

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。ヤマトは、前にもこんな事があったなと思った。あの時と違うのは、自分がそれなりの覚悟を持ってストライクに乗ったということだ。今回も『巻き込まれた一般市民』として扱われるのは、ふさわしくないだろう。

 

「いえ、僕の方から首を突っ込んだ事ですし。…それよりその傷、大丈夫なんですか?あの時も、揺れただけで倒れてましたし…本当は酷いんじゃ」

 

 アルテミスが震えた時、格納庫で倒れたのは彼女だけだった。他の軍人は驚きこそしていたが踏ん張っていたにもかかわらずだ。

 

「ああ、あれは、まあ。見ての通り片目が塞がってますから。どうにも平衡感覚が狂ってるようで。ふふ、恥ずかしい所を見せてしまいましたね」

 

 自身の顔の包帯を撫でながら、照れたように笑う。表情からは分からないが、もしかしたら深刻な傷なのかもしれない。そもそもあんなに壊れた機体にいたのだ。最悪の場合、失明もありえるのでは。

 そう心配したが、聞けば目そのものを怪我した訳ではないらしい。

 

「それ…その傷…。ちゃんと治るんですか?」

「あそこの軍医が言うことには、治療は終わっているそうです。時間が経てば包帯も取れます」

「…その人は、()()()()()んですか?」

 

 つい先ほど、友軍に裏切られたばかりだ。気になるのも仕方がない。

 

「私はできると思いますよ。変な事を仕込むほうが手間ですから。コーディネイターがそんな事をするとも思えませんし」

「そうですか…よか――え?」

 

 聞き逃してはいけない単語が彼女の口から出た。その驚きに一瞬、頭の回転が止まる。

 

「今、なんて?」

「信用できると言ったんです。まあ第一印象しかありませんから――」

「そ、その後です!」

「コーディネイターがそんな事をするとは思えない…ですか?」

 

 聞き間違いでは無かった。

 コーディネイター。確かにそう言った。思い出すのは、要塞であの男に言われたこと。

 

『裏切り者のコーディネイター』

 

 地球軍に就くコーディネイターは貴重。その言い方なら、あの要塞にはコーディネイターがいないと考えるのが妥当だ。第一、民間人の自分を引き摺り出す意味がない。

 

「ど、どうして、その人がコーディネイターだと?」

「言ってしまえば偏見ですが。この時代に自分の腕に自信がある人は大体コーディネイターだと思っています」

 

 確かに偏見もいいとこだ。だが納得できないわけではない。かつて『ヘリオポリス』で在籍していた学校でも、成績優秀者は軒並みそうだった。かく言う彼自身も、専門分野に関して自分の知識に自信があるかと言われればYESと答えるだろう。

 しかし、それではやはりあの男の言っていた事と矛盾する。

 

「地球軍の中に、コーディネイターってどれぐらいいるんですか?」

 

 その問いに、イロンデルは驚いたように目を開く。そして顎に手を当て、考え込んだ。まさか聞いてはいけないことだったかとヤマトは後悔したが、やがて彼女は答えた。

 

「決して多くはないでしょう。ですが、一定数は在籍していると思いますよ」

 

 その後、彼女は色々と『地球軍のコーディネイター』について教えてくれた。

 表立ってコーディネイターを公表している人は少ない…というより、存在しないと言っても過言ではない。それはこの戦争が『コーディネイターとナチュラルの戦争』であり、敵がもれなく()()だから。

 敵を差別対象とすることで兵士の士気を保つのは、古今東西の戦争で行われてきたことだ。それが自軍にいるとなると、良く思わないのも当然だろう。

 

「1つ、愉快な話をしましょう」

 

 明るくは無いが重い調子でもない、そんな笑みを小さく浮かべている。むしろ、無理矢理軽く言おうとしているようにも見えた。

 

「『ブルーコスモス』…という組織を知っていますか?」

「それは…まあ、はい。有名ですから」

 

 その名をコーディネイターの間で知らない人はいないだろう。

 それは自然主義を掲げる団体の名称。

 そしてコーディネイター迫害の先頭。

 

「私の友人はブルーコスモスに所属していたんですよ」

「え⁉︎友人って、コーディネイターだったんじゃ…」

「意外かもしれませんが、ブルーコスモスの中にもコーディネイターはいます。自分の遺伝的形質を憎んでいる者とか。面白い話でしょう?」

 

 確かに聞く人が聞けば、滑稽だと思うだろう。拒絶している対象がその団体の中にいるのだから。

 

「彼女の場合はそんな劣等感ではなく、研究費が目当てでしたが。まあうまくやっていたそうです」

 

 イロンデルは少し笑った。そして軽く咳払いをする。

 

「話が逸れました。私が言いたいのは、アルテミスでの貴方の行動。あんな事は二度としないでください」

 

 彼女が『メビウス』に乗ろうとしたのを邪魔したこと。その事について言っている。だが、叱るような語調であるが、怒っているわけではないようだ。嫌われたわけではないと、ヤマトは顔に出さずに安心する。

 

「安心するような事ではありませんが」

 

 しかし彼女にはバレてしまった。眉間の皺が深くなったのが、包帯の上からでもわかる。少し気まずくなり、ヤマトは視線を泳がせた。

 

「結果的には良かったものの。もしブリッツや『バスター』と会敵していれば、貴方の命が危なかったんですよ?」

「それは…イロンデルさんも同じじゃないですか。それなら僕が戦ったほうがなんとかなると思ったんです」

 

 ヤマトの抗議にイロンデルはため息を吐きながら目を覆う。子供扱いされている様で、ヤマトは少し心がざわついた。

 

「貴方は()()()なんですよ?本来なら戦う必要すら無いんです。それを(軍人)の代わりに戦うなどと…」

「でも…」

「確かに貴方を巻き込んだのは私です。こんな事を言うのもおこがましいですが、貴方を頼るわけにはいかないんですよ」

 

 民間人だから。巻き込んだから。そう言って自分を遠ざけようとしている。気遣いは嬉しい。だがそれでは。

 

「それじゃあ貴女を守れない…!守りたいんです。僕は!」

 

 もう二度と、死にそうな彼女を見たくない。目の前で失うようなことが、あってなるものか。

 イロンデルの目が驚きとは違う、何かを拒絶するように見開かれる。しかし熱くなったヤマトはそれに気づかない。荒立つ感情のままに声が出る。

 

「使えばいいじゃないですか。僕の力を!」

 

 咄嗟に出た言葉だった。あの男に道具の様に扱われ、自暴自棄なっていたのだと、後になって思う。

 

 だがそれは、彼女の前で決して口にしてはならない言葉だった。

 

――パチンッ…と、乾いた音が部屋に響いた。

 

 ヤマトは思考が止まり、今起こった事を理解しようとする。ただ頬の熱を感じた。イロンデルは顔を俯かせ、表情はうかがえない。だが振り抜いた手は震えている。

 

「勝手な事を…言わないでください」

「イロンデルさん…」

「…ブリッジで…ムウ達が呼んでいます。お友達を連れて…向かってください」

 

 その追い出すような、絞り出すような言い方に何も声を掛ける事ができず、ヤマトは部屋を後にした。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 きっと自分は間違えた。それが取り返しのつかないものであるかは、まだ分からないが。

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