――『ナイトマイヤー』
『大丈夫だよ、イロンデル。僕が君を守るから』
『その眼…さすがは私の娘だ』
『愛しているわ、イロンデル。貴女は使える娘よ』
イロンデルは幻聴に耳を塞いだ。
それでも頭の中に響く声に、胃の中の物が込み上げる。
ベッドの上で震えるその姿を見る者は無い。ただ心配そうに、『ネクサス』の灯りだけが暗い部屋を照らしていた。
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「よし、じゃあ解散!」
学生達に『ユニウスセブン』での補給の手伝いをお願いしたフラガは、そう言ってこの会議を終わらせた。ユニウスセブンに到着するまでまだ時間がある。それまで待機してもらう。
多少の反感はあったが、彼らもこの事態の緊急性は理解しているのだろう。
「…フラガ大尉。ヤマト君の頬を見ましたか?」
「あぁ。…たぶん、イロンデルだな」
彼の赤くなった頬は、その小さな跡から学友の物では無いだろう。そしてこの場に彼女が戻っていない事を併せて考えると察しがつくというものだ。
「民間人に手を挙げたとなると、いささか問題があります」
「…大目に見てやってくれ。あいつもちょっと…
「しかし…彼女が暴行などとは…」
ヤマトを巻き込むとなった時に、あれだけ反抗した。それは彼を傷つけたくなかったからというなら、その行動は不自然だ。余程の理由があるのか。あるいは溜まった疲労からの癇癪か。
「フラガ大尉。…やはり我々にも、彼女の『事情』を説明してはもらえませんか?」
「それは…」
フラガは頬を掻き、視線を逸らす。
「どの様な理由があれ、民間人への暴行は重罪です。情緒酌量の余地が無ければ、最悪の場合は銃殺も考えられます」
「そりゃあ、そうだけどよぉ…。…ちょっと待ってろ」
彼が通信機を操作する。程なく、掠れ気味ではあるが小さな彼女の声が返ってきた。
「…俺だ。…察しが良いな。……話していいか?…わかった」
短いやり取りだけで会話が終わり、フラガは皆の方へ向く。
「ザコメンタルのクソガキが。……勝手にしろってさ。参っちゃうよな。……さて何から話したらいいか…。先に言っとくが、俺だって又聞きだ。正確な情報かはわからんぞ」
そうは言うが、誰も聞くのをやめようとしない。諦めた彼は、ゆっくりと語り始める。
「…ユニウスセブンが崩壊した時、あいつはあの場にいたんだ」
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――C.E70 2月14日:ユニウスセブン近域
『ケツに憑かれた!援護を!』
「了解」
イロンデル・ポワソン
その一撃は背部スラスターを貫通し、胸部に大穴を空ける。バランスと操縦士を失った敵機は、炎を吐き出しながら大きな爆発を起こした。
『助かったよ』
「次が来ます」
休む間もなく爆発に気づいた新手が、こちらに向かってきた。
イロンデルの機体は
既に戦闘は激戦となり、そして敗色が濃い。このままでは全滅もあり得る。その時、オペレーターから通信が届いた。
『ミネイ隊は全機、旗艦『ドビュッシー』へ帰還せよ。これはサザーランド大佐からの直命である』
『…だとよ。帰るぞ』
こんな状況でわざわざ前線から戦力を割くとは。それも直命で。何か考えがあるのか。この戦況を一変させる秘策が。
戦艦の中に入り、機体から降りる。格納庫の片隅に、出撃の時には無かった見慣れない円筒形の物体が見えた。何か…ミサイルのような。
よく観察しようと思ったが、その前に彼女に抱きつく者がいた。
「イロンデルー!」
「わぷっ。…タカミネ技術中尉」
「違うでしょ?ナギって呼びなさい。階級もいらないから」
タカミネのフレンドリーな言い方に、イロンデルは疲れた様にため息をつく。毎度のやり取りだ。
「上官に向かってその様な事はできません」
「このこのー。ナギって呼べぇー」
「酒臭い……」
タカミネはイロンデルの後ろに回り、その頬をむにむにと摘む。相手をするのも面倒なのか、イロンデルはされるがままだ。しかし僚機から降りる人影を見つけると、彼女を振り払って姿勢を直す。
その人物はこちらにやって来るとヘルメットを取る。互いに敬礼を交わす。
「さっきは助かった。さすがはウチのエースだな」
「それほどでも。ミネイ隊長がご無事で何よりです」
「相変わらずの堅物だな。もっと肩の力を抜いたらどうだ」
彼は最近になって生やし始めた口髭を、まだ慣れていないのか指で弄る。
「しかし、なぜ俺たちを呼び戻したのやら。中尉、何か知らないか?」
「さぁ?私はただの整備長だし、戦略的な事はなーんにも聞いてないわ」
やがて、ここに彼らを呼び出した張本人が姿を表した。ウィリアム・サザーランド。コーディネイター嫌いで有名な、過激な思想の持ち主だ。噂ではあるが、『ブルーコスモス』とも繋がりがあるらしい。
「…これだけか?ミネイ中尉、君は仮にも中隊長では無かったのかね?」
そんな彼はこの場に並んだ2人…ミネイとイロンデルを見て、不機嫌そうに眉をひそめる。12人いたパイロットがその6分の1にまでなっているのだ。
「は。既に我が隊は壊滅的損害を被っており、継戦は困難であります」
「ふむ。やはり
そう言うとサザーランドは円筒の近くにいた整備兵に合図をした。何も描かれていない白い円筒は、『メビウス』の下部へと取り付けられる。
「何かの兵器ですか、アレ」
タカミネがサザーランドに問う。その眼は上官に向けるにしては険悪なものだ。
「ふん。コーディネイターなんぞに教える必要は無いな」
彼は意に介する事すら無い。だが彼女の方も下がる気はない様だ。
「私の知る限り、あの形状の兵器は1つしかない。あれは――」
「新開発のEMPミサイルだ」
円筒がなんなのかを言おうとする彼女を遮るように、サザーランドが言った。
「ユニウスセブンの中心にある発電機や中央コンピュータに撃ち込み、敵勢力の混乱を図る」
控えた部下がボードを使って図解する。その説明によると、その兵器を砂時計の様な形をしたユニウスセブンの、ちょうどくびれの部分に当てる必要があるらしい。
確実に当てるために兵器をメビウスに装備し、近くまで運ぶ。
「君たちゼロ式部隊には、その護衛を命じる」
「しかし、それでは民間人に多数の被害がでると思われますが…」
発電機が停止すればインフラも止まる。コロニーは複数の動力源があり、完全に絶たれるわけではないだろう。だが病院のような施設で電気が止まれば。
「ふん。コーディネイターなど、いくら死のうがどうでも良い」
ミネイが問いかけるが、サザーランドはそれを一蹴した。
「作戦名は『ピースキャリー』だ。成功を期待する」
それだけを言うと、サザーランドは身を翻して去っていった。そもそも艦長が指揮をせずに格納庫に来ることがおかしい。あの新兵器が余程気になるのだろうか。
「…ま、命令は命令だ。いくぞポワソン少尉」
「了解」
ヘルメットを被り、自機に向かう。と、イロンデルをタカミネが引き止める。ヘルメットのバイザーを上げると、そっと耳打ちをしてきた。
「イロンデル。あのミサイルは撃たせちゃだめよ」
普段の軽い雰囲気が無い。誰にも聞かれないよう、周囲を警戒している。撃たせてはならないとはどういうことか。
「あれは核よ。もし撃てば、何万人も罪の無い人が死ぬ。この戦争は取り返しがつかなくなるわ」
イロンデルは困惑した。だから何だと言うのだろう。命令はミサイルの護衛だ。それが核であれEMPであれ、守る対象に違いはない。
「私は軍人です。命令を遂行します」
タカミネを押し退ける。感情無く言うその言葉に、説得はできないと判断した彼女は、イロンデルの手に小さなデバイスを握らせる。
「これをゼロ式のHUBに繋ぎなさい。アナタを守ってくれるわ」
興味無さげにその機械を見た後メビウス・ゼロへと向かうその後ろ姿に、タカミネは聞こえないように呟いた。
「ダメよ、イロンデル。あそこには……アナタの…」
コックピットに入ったイロンデルは、補給が終わった自機のパラメータをチェックする。渡されたデバイスを取り付けると、モニターに初めて見る表示が出た。
Neuro-Link
Educational
Tool
意味を理解する前に表示が消え、普段通りの画面になる。その後のセットアップにも支障は無く、なぜ渡されたのか彼女の目的がわからなくなる。
『先に俺が出る。お前はメビウスの後に殿だ』
「了解」
それでも任務は任務だ。ハッチから宇宙へ出ると、遠くない所に戦場の爆発があった。もう既に旗艦の近くまで戦線が後退しているのか。この乱戦の中を編隊を組むのは困難と判断し、兵器を装備したメビウスは全速力で目的地へと向かわせる。近づいて来る敵をイロンデルとミネイが迎撃するという算法だ。
敵も雑兵のメビウスより、精鋭部隊であるゼロ式を優先して狙ってくる。
その中で、一際速いスラスターの光があった。敵の新型かと思われたが、その機影からジンのようだ。どうやら各部にスラスターが増設されている。
『『ジン・ハイマニューバ』…。敵のエースだ!』
他の敵と比べ、動きが違う。手練れだ。
『迎撃を!』
言われるまでもない。2機の合わせて8基のガンバレルが火を吐くが、ジンは踊る様に回避した。こちらの動きを読み、その上で遊ばれている。
ここで時間を取られるわけにはいかない。メビウスを護るという任務の都合上、ジンに集中できない。ならばこのエースをここで足止めし、目的の達成を優先する。
「あれは私が」
『任せたぞ』
隊長とメビウスを先行させる。それを見送ったイロンデルは、ガンバレルを操りジンを囲む。先程の回避の動きからして、通常の攻撃では相手にもならない。
ガンバレルの操作を
それぞれの指で個別にガンバレルを動かすという、微妙なズレも許されないその技は、戦場という環境でできるのは彼女と、そして別の隊にいるという青年の2人だけだった。
こちらの動きの変化を悟ったのか、ジンの動きが変わる。踊る様な流線的な機動から、回避を優先した直線的なものに。
どうやら向こうも、こちらを真剣に相手するようだ。
互いに高機動の機体。めまぐるしく入れ替わる攻防。ガンバレルが被弾し、手数が減る。直撃弾が敵の手を捥ぐ。
一進一退。それでいい。ここで敵を足止めすることが、作戦の成功につながる。
『…ポワソン…聞こえるか』
「隊長」
『すまん…。ドジ…踏んじまった』
モニターの反応を見る。そこには血だらけになったミネイがいた。どうやら操縦席に被弾したようだ。
メビウスは健在。ならやる事は1つ。自分が代わりにメビウスを護るだけのこと。
「バックアップを」
『いや…不要だ』
ミネイの返答に面食らう。所詮メビウス1機。戦場で孤立すれば瞬く間に撃墜される。作戦が失敗してしまう。
「それでは任務が…命令が…っ!」
意識が逸れた隙を見逃してくれるはずもなく、ジンが迫る。フットペダルを踏み込み、攻撃を躱す。
『俺たちは軍人だ!殺人集団じゃない!人を…護るんだ!』
「隊長!」
『…これは…命令だ!…頼んだぞ、イロンデル‼︎』
モニターが眩しい光に染まり、センサーから隊長機の反応が消えた。
視界の中にある爆発のどれかが、彼の死に様なのだろう。こんなに呆気なく、付き合いのあった者を失うのか。
『何をしている、ポワソン少尉‼︎メビウスが孤立しているぞ。ミサイルを守れ‼︎』
サザーランドからの指示が飛ぶ。頭が混乱していても、身体は命令に従って機体を動かす。
敵軍の中で果たしてメビウスは、大した損傷もなく存在していた。この作戦を任されるだけあって、腕の良いパイロットなのだろう。だが多勢に無勢。イロンデルの機体も損傷を受け、大きな戦力にはならない。
そう判断する目の前で、メビウスがミサイルを撃った。その直後、ジンの攻撃がメビウスに当たり、機体が爆散した。ミサイルは有効射程ギリギリ。気づいた敵機が防衛に向かう。
イロンデルはその油断した背後から攻撃して撃墜する。こちらに銃口を向ける敵中隊から逃れながら、ミサイルの行手を見る。
敵はアレが核だとは気づいていない様だ。戦場の中のミサイル1つ。見逃してしまう事もあるだろう。
放って置いても、作戦は成功する。
放って置いたら、虐殺は成功する。
大佐の言葉。中尉の言葉。
『護れ』
――何を?
『ミサイル』を。
それは命令だから。
『人』を。
それは命令だから。
命令、命令、命令、命令、命令…。
…命令?
「…
機体の向きを変え、ミサイルへ砲口を向ける。熱源を探知。照準を固定。
震える指を、何とかトリガーに置く。
そして引鉄を――
――引いた。
真っ直ぐ放たれた弾丸は、狙い違わずミサイルへ向かう。
暗い宇宙を駆け抜けたソレは、割り込んだ影に弾かれた。
その正体はジン・ハイマニューバ。損傷痕からして先程交戦した機体と同一。
なぜ敵が、ミサイルを守る?不可解だ。
疑問に思うイロンデルを置いて。
ミサイルがユニウスセブンに吸い込まれた。
巻き起こったのは激しい光。
核の光。
モニター越しでも手で遮らなければ目が眩む程の光。もう長居する意味はない。踵を返して母艦へ機首を向けた。
その直後。
『何か』がイロンデルを包み込んだ。
ゾッとするような気配が背筋を伝う。心臓が冷たい手で握られたような感覚。
「…あ…あぁぁぁあああ……」
何千、何万もの声が彼女の中で反響する。
「ぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛‼︎」
万力で頭を潰されるような、ミキサーで脳を掻き回されるような痛みが、彼女を支配する。操縦席の中で正気を無くし、苦しみから逃れる様に暴れた。
そして響く声の中で一際強く、彼女に聞こえる。
よく知っていた声。懐かしい声。忌々しく、愛おしい声。
「父様…母様……!……シュエット‼︎」
思い出される記憶に、彼女は意識を手放した。
『-・ ・ -・・- - ・- -・-・ - ・・ ・・・- ・- - ・』
見る者の居ないコックピットで、小さな電子音がこだまする。それはタカミネから渡されたデバイスから発せられる。その音に合わせる様に、イロンデルのゼロ式は動き出す。
大混乱の戦場を、彼女を生かせる為に。
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
「…以上が、ユニウスセブンにまつわるあいつの過去だ」
フラガの語りが終わると、アークエンジェルのブリッジは静寂に包まれた。各々がその内容を理解する。
「ユニウスセブンに大尉のご家族が…」
誰の呟きかはわからない。
どんな心情なのだろうか。血筋のものを手にかけてなお、地球軍に身を置くのは。あの悲劇を止められる立場にあって、止められなかったというのは。
「それからだそうだ。あいつが民間人を巻き込むのを嫌がるようになったのは。ナギの野郎も苦労したらしい。なんせ、エースパイロットが精神崩壊したんだからな」
そんな彼女がヤマトを巻き込んでいる現状をどう思っているか、想像に難くない。
「やはり彼を『ストライク』に乗せ続けるのは、彼女にとっても良くないのでしょうね」
「しかし、それではやはり戦力が…」
今の状況は彼女の精神に大きな負担を掛けているのだろう。それは突発的な行動を引き起こし、ヤマトに暴行を加えるという結果に至った。
「あいつが割り切ってくれりゃあ楽なんだがなぁ」
フラガが言うがそう簡単に済むなら彼女自身も苦労していないだろう。最初に巻き込むことを話し合った際に取っ組み合いになった様に、彼もその事はわかっている。
「…あの」
ふとブリッジに通じる扉が開き、少年の声がした。
そして入ってきたのは意外な人物。全員が驚き目を開く中で、少年は意を決したように口を開いた。
「お願いがあります」