心が狂えば糸が切れるぞ。
――『劇団スルートニック』
『ユニウスセブン』では凍りついた水が見つかった。戦場の残骸からは保存食や弾薬が。
学生達や手の空いている兵士にはその回収作業を行わせている。
「物資の問題は解決した…と、言っていいでしょう」
「…そうね」
「…何か気にかかる事でも?」
バジルールの報告に上の空で答えたラミアス。
「少し意外だったのよ。もっと抵抗があると思っていたわ」
言葉を選ばずに言えば、やっている事は『死体漁り』或いは『墓荒らし』だ。一般人の感性から見れば拒否を示すのが当然だろう。だが学生達は、驚きと困惑を顔に浮かべる事はあっても、嫌がる事は無かった。
特に気になったのがヤマトの反応だ。
「彼が真っ先に了承したのが大きいのかしら」
故意では無いとはいえイロンデルの過去を聞かせてしまった。それ以降だろうか。どこか落ち着いている…というより、凪いでいるというか。端的に『わかりました』とだけ言って、さっさと『ストライク』で哨戒に出てしまった。
以前はもっと情緒があった気がするが。
「聞き分けのいいのは良いことではないですか?彼も、
「…だと良いのだけれど」
どこか胸騒ぎを覚えるが、ティーンエイジャーにはよくある事なのだろうか。何もないと良いのだが。
と、通信機が内線の着信を告げる。どこからかと確かめると、医務室からの様だ。このタイミングなら、イロンデルに関する事か。そう思い応答すると、出てきたのは本人だった。
「大尉⁉︎お体の方は平気なのですか!」
『…ええ、心配をかけました。ただの……貧血です』
大量出血した人間が言うと笑えない。それに医師の診断では貧血ではなかったはず。だがそれを問い詰めても何も変わらないだろう。こちらを心配させまいという気遣いだろうか。
『ひとつお願いが。『ミストラル』を1機、借りれませんか?』
ミストラルは小型の作業用
「それは構いませんが…目的は?」
『…墓参りを』
ラミアスは軽率な問いを恥じた。当たり前だ。彼女の家族は、彼女が防げなかった悲劇の場所に眠っている。その慰霊を望むのは当然。
「…失礼しました。そういう事なら構いません。マードック軍曹に手配させます」
『感謝します』
簡易な敬礼で通信が終わる。
「大尉は大丈夫なのでしょうか。顔色が優れない様でしたが」
「本人がそう言った以上、こちらから手を焼く訳にもいかないわ。…大丈夫な事を祈りましょう」
物資の問題が解決したと思ったたら、今度は人の問題か。順風満帆とは程遠い。と、ラミアスとバジルールは同じ溜息をついた。
「一応、フラガ大尉には知らせておくべきかしら」
彼女の同僚であり、その過去を知る彼なら、何か問題があれば対処してくれるだろう。同じ戦闘職という面から、ヤマトのケアもしてくれるかもしれない。
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
「はい、こちらフラガ。…って、艦長。どうかしたのか?」
フラガの『メビウス・ゼロ』は現在、ユニウスセブンの周囲を哨戒している。物資の輸送ルートは戦闘経験の浅いストライクに任せ、こちらはザフトの追手を警戒するのが目的だ。
敵影は確認できないが、何かアークエンジェルのセンサーに引っ掛かったのかと、考えた。先程、つい新しい戦闘痕をした
『ポワソン大尉がユニウスセブンへ向かったので、念のため報告しておこうかと』
「へぇー、イロンデルがユニウスセブンにねぇ…。…ユニウスセブンに⁉︎」
結構呑気してた彼。あまりの驚きに体が跳ね、天井にヘルメットをぶつけた。その衝撃は頭にも伝わり、一瞬目が眩む。
「ぃいってぇー。…んで、イロンデルはなんて?」
『墓参りをしたい。と、言っていましたが…』
「………わかった。あいつがやりたいってんなら、やらせてもいいだろ」
通信が終わると、フラガは慌ただしく操作盤を叩く。部外者の手前ああは言ったが、どう考えても異常だ。阻止するつもりは無いが、問題があっても困る。
「ったく、あのクソガキ…。『ネクサス』?…ネクサァース?……ンネクサス!」
『( ︶⌓︶ )zzz』
「聞こえてんだろうが!…あ、いや、イロンデルは呼ぶな」
呼び出したのはネクサス。こちらを馬鹿にした様な態度だが、本来はこの調子だ。前のようにイロンデルに危機が迫っている状況でも無い限り。
「あいつのバイタルと現在地の詳細を、リアルタイムで俺の機体に送ってくれ」
『(o˘д˘)o』
「なあ、頼む。あいつがもし自殺なんかを図ってみろ。ヘルメットを取れば2分で死ぬ場所だぞ」
これは極端な話だが、実際の所あり得なくは無い。それだけ、ユニウスセブンという場所は彼女にとって重要な場所なのだ。
『( °Д°)』
「わかったか?なら、絶対にあいつにはバレない様にな」
『…バレたらどうなるんだ?』
「そりゃあぶん殴られ……いつから聞いてた?」
『全部だ。…随分と
いつの間にか通信モニターが彼女を映している。着信があった時点で知られていたのか。フラガの手が汗を握る。これはまずい。
「あー…見逃してくんね?」
『…次やったら、お前をロリコンのストーカーだと言いふらすからな』
だが彼女は許すようだ。普段ならばもう少し咎める、というか失望が声に混じるはずだが、それだけ心がまいっているのか。
『安心しろ。自殺なんてしょうもない事はしない』
「ホントか?」
『彼らの墓で死ぬのはお断りだ』
そういう彼女の顔からは、心情が察せられない。だが今の自分ができることは、彼女を見送ることだけだ。ここでどれだけ止めても、結局は通信を挟んでいるのだから。
「なら…帰ってこいよ。ちゃんと」
『フフッ…、大袈裟なヤツだな。…当然だろう』
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
「『帰ってこい』…ねぇ…」
残骸に開いた大穴にミストラルを近づけ、イロンデルはコックピットから出た。背部に装着した推進装置で瓦礫の間を進む。
第6感とでもいうのだろうか。どこかから呼ぶ声がする。行き先は迷わない。だが近づく程に、頭痛が酷くなっていく。思考が纏まらず、焦点が定まらない。
自分の中に、自分ではない
「帰れるでしょうか…私のままで」
『( ̄∀ ̄)』
「あ、口調…んんっ!段々ナギに似てきたよね、アナタ」
もし、本当に彼に愛されていなかったとしたら。…或いは、本当は愛されていたのだとしたら。
「私は…何を思うだろうか」
後悔、懺悔、侮蔑、嫌悪…。確かに言えるのは、決して穏やかなものではないということ。
もしかしたら引き返すべきなのかもしれない。覚悟がないのなら、触れるべきではないのかもしれない。
怖い。
だが知らないのは、もっと怖い。
「ここに来ても、知れるかどうかも分からないのに」
無駄足になるだろうか。
目の前の目的地。核の爆発で倒壊した家屋。かつてユニウスセブンで『イロンデルの家族』が暮らした家。
地球にいた頃よりも二回り以上は小さい、こじんまりとした物だったようだ。息子がコーディネイターであっても、ナチュラルがここで生きていくには日陰者になるしかなかったようだ。
扉の吹き飛んだ玄関を潜る。
「さて、お宝探しと行きましょうか……なんてね」
『( ・ω・)』
戯けた調子で声を出してみるも、それで頭痛が退くわけでもなし。いっそのこと砕けてくれと思う様な痛みを誤魔化しながら、イロンデルは瓦礫をひっくり返す。
「ま、こうなるな」
少し探して見つかったのは、3人分の死体。イロンデルの父親、母親。そして、兄。損傷が酷く原型を留めていない肢体もあるが、間違いは無いだろう。
そして予想していた事だが。
「何も無いじゃないか」
何も無い。自分の存在を証明する物は、何も。
愛されていたかの前に、覚えているかどうかさえわからない。その程度の存在じゃないか。
「ハ…ハハ…ハハハハハハハハ!…アッハッハッハ‼︎‼︎」
笑え。笑え。笑え。
「ハーッハッハッハッハ‼︎」
笑ってやれ。
「ハハハハ…ハ……」
誰か、笑ってくれ。
『(._.)』
「…バカね。こんなの、なんの意味も無いのに」
来なければ良かった。もう彼らを死に追いやった事を後悔する事は無いだろう。24万3718人には申し訳ないし、彼らの鎮魂を願う。だが目の前の3人に対しては、何も思うことができない。
「…さよなら」
野晒しになった死体を弔う事もできず、ミストラルに戻ろうとした。
「……これは」
ふと瓦礫の隙間から覗く溝が目に止まった。床材とは違う意図的に作られた物。不自然に作られたそれをよく観察すると、どうやら地下室へと通じる扉のようだ。
「コロニー内に地下室?…まさかな」
通常コロニーに設けられる事は無い。わざわざ外壁に近づくという事になり、シェルターとしての安全性は下がるし、物置ならば上に拡張した方が安く済むからだ。
にもかかわらず有るということは、何かある。
邪魔な瓦礫を除けると、その全貌が現れる。
「ご丁寧にまあ…豪勢な鍵まで」
アナログとデジタルの合成鍵。鍵を挿したうえで電子ロックを解除する必要がある。余程秘密にしたいのか。
「開けれる?」
『(^▽^)』
コロニーの崩壊により電力は来ていないが、この程度なら『ネクサス』を繋げることで復旧できる。電子ロックは問題ない。そしてアナログの鍵だが、大した苦労もなく見つかった。
シュエットの死体の首から下がったネックレスに、不釣り合いに大きな鍵が繋がれている。肌身離さず…というところか。
スーツの中の空気は余裕があるわけではないが、だからといって見逃すつもりもない。手短に探索を済ませよう。
「さて…」
重い扉を強引に開くと、梯子があった。
「何が出るかな?」
ネクサスの灯りを頼りに、下へと降りる。物置ですらないだろう小さな空間にあったのは、台の上に置かれたガラスドームだった。
その中には、1枚の写真と…2冊の日記帳が漂っている。
ドームから取り出し、写真を覗き込む。
「イロンデル…」
齢15歳の頃の姿。それは『自分』ではなく、『彼女』の姿。『彼女』が死ぬ、数日前に撮られた物だろう。
なるほど。これは墓だ。遺体は無く、写真だけだが。わざわざ地下室に作られているのは、隠したいから。それでも宇宙にまで逃げても作っているのは、そういう事だろう。
「愛されて…いたのですね」
だが自分はどうだ?どこに存在証明がある?
何も無い。
「私には…何も…」
心に湧き上がるのは、後悔。
知らなければ良かった。最初からしていなかったはずの期待は、僅かに残っていたものも粉々に砕け散った。
「ざまぁ見ろ…」
次に出てきたのは、怒り。
「…ざまぁー見ろ!私を捨てた罰だ‼︎生きているのは私だ‼︎お前らの様な自分勝手な生物が!私の様なモノを生み出した‼︎…何が死者の蘇生なものか!何が永遠の命なものか!……何が…何が…人の夢なものか…!」
好き勝手に期待し、好き勝手に絶望して、好き勝手に自分を捨てた、彼らに。
「……愚か者ばかりだ…!」
そして何より、愛される事を望んでいた、自分に。
ヘルメットの中に水滴が浮く。
ああ、泣いているのか。
…馬鹿だなぁ。
こんなにも羨ましいのか。『彼女』が。
愛されるということが。
この写真も、恐らくは日記帳も、彼女が愛された証だ。自分には無い物が、こんなにも焦がれるものだとは。写真と日記を手に取り、胸に抱く。
「…暖かい」
伝わってくる想いが、どこか心地よい。自分にもできるだろうか。いつか、自分を愛してくれる存在が。
夢の中で彼女が探す様に言ったのは、コレのことだろうか。日記をパラパラとめくる。
「読めないな」
暗がりでバイザー越しとなると、どうしても文字が掠れてしまう。スーツの空気も残り少ない。日記と写真をポーチに入れて、地下室から出る。
『――――』
「っ⁉︎」
一瞬、強い感情を感じた。この気配は、確かヤマトのもの。
胸騒ぎがする。
何か…とても嫌な予感が。