――『同胞同士』
着替えもせずに自室に戻ったイロンデルは、ヘルメットを力任せに壁に叩きつけた。大きな音がして壁が凹み、ヘルメットは床に落ちる。それだけでは苛立ちは治らず、その凹みを何度も殴る。
「…!…!…!」
殴っているうちに凹みは大きくなり、そしてようやく、息を荒立ててはいるが、彼女は落ち着いた。
「随分と荒れてるな」
「ムウ…」
いつから居たのか、ドアにフラガがもたれていた。彼にしては珍しく、その顔は深刻そうだった。
「彼は人を殺した」
「らしいな」
『ネクサス』が調べた『ストライク』の記録。そこにあったのは、彼が『ジン』を撃破しそのパイロットを殺したという事実だった。
「私の代わりに出たからか?」
「…かもな」
イロンデルは額を壁に打ち付ける。開いた傷が包帯に赤いシミを作る。その姿が見ていられず、フラガはゆっくり語りかける。
「お前の責任じゃない。お前が居ても居なくても、キラは出撃したさ」
「私がさせない。彼は民間人だぞ」
そう言ってフラガの言葉を否定した時、彼はイロンデルにとって信じられない…いや、信じたくないことを言った。
「あいつはもう民間人じゃない。キラ・ヤマト二等兵…軍人だ」
それを聞いた時、イロンデルは膝から崩れた。恐れていた事だった。彼を扱う時、彼女は相手が民間人だとして接してきた。民間人だがらと、彼の戦闘参戦には消極的であり、戦況でもなるべく下がるように指示してきた。
「いつからだ」
「…1つ謝る。お前の過去を、アイツに聞かせちまった」
「ーッ!」
固く握りしめた拳を彼に叩きつけようとして、思い留まる。彼も故意にやった訳ではないだろう。それに今殴っては、話の続きを聞くことができない。
「それを聞いたアイツは、お前が何を背負って戦っているのかを知った気になった。そんで自分も、ちゃんと責任を背負って戦いたいって言ったんだと思う」
「誰が…誰が許可した」
いくらコーディネイターでも、勝手に言うだけでは軍人にはなれない。申請して認可される必要がある。
僅かな沈黙の後、フラガは言った。
「俺が推薦して、艦長が認可した。あいつは喜んでたよ。『これでちゃんと戦える』『あの人と一緒に戦える』ってさ」
「あの子は何を考えているんだ!」
そんな理由で軍人になる人がいるか。自分のやった事を理解しているのか。責任を持って戦うことの意味を彼は知らない。実際に敵を撃墜してどうなったかは知る限りだ。
「とにかく決まっちまったもんは仕方ないだろ。あいつが自分から戦うって言ったんだ。俺らとしては都合がいい」
彼の言っている事は正しい。もしストライクを躊躇いなく前線に送り出す事ができるなら、敵を退ける力は何倍にもなるだろう。後方でちまちま狙撃するよりも効率的だし、何よりMSの機動性を十分に発揮できる。
「割り切るべきなのだろうな」
既に事は進んでいる。後悔ばかりでは前を向く事すらできない。そして何より、他にも問題は山積みだ。その1つは、ヤマトが持ち帰った救難ポッドの中に入っていた人物。
敵国の歌姫、ラクス・クラインだ。
■
ブリッジではラミアスとバジルールが、その扱いについて話し合っていた。そこにフラガと、軍服に着替えたイロンデルも合流する。
クライン嬢の扱いは非常に難しい。彼女がただのコーディネイターならまだしも、敵国プラントの重鎮の令嬢という肩書は場合にもよるが戦局を変えうる程のジョーカーになる。
現在は部屋に隔離という措置をとっているが、もし出歩いて『コーディネイターに恨みを持つ人間』に出会えばその安全は保証できない。特に今は『ヘリオポリス』での事もあり、彼らに不信感を持つ者で溢れている。
「そういえばキラはどこにいるんだ?」
フラガが言った。イロンデルも気付いていなかったが、彼はもう民間人ではなく軍人だ。このような会議の場には参加するのが責務だ。だがバジルールが言うには、彼は件の令嬢の相手をしているのだという。
同じコーディネイターの方が、彼女も落ち着くだろうという采配らしい。
「ふーん、そういうもんか」
フラガは納得したようだが、イロンデルは気がかりだった。さっきストライクの操縦席で見た彼はほとんど錯乱に近い、トラウマを抱えたように見えた。深い後悔が彼から感じられたのを覚えている。
もし彼女との接触が彼にとって悪影響になる事が考えられるなら、イロンデルはそれを防ぎたい。
「私も彼女に会えるか?」
まずは彼女がどんな人間なのか知りたい。