果たしてザフトの歌姫、ラクス・クラインはどのような人物なのか。彼女の隔離されている部屋を訪れた。
話した時間は長いとは言えないものだったが、イロンデルは早々に彼女と会話をすることを諦めた。
視点というのだろうか、物事の捉え方が違いすぎる。
「今回は危ないところを保護していただき、ありがとうございました」
などと、戦争中の敵国の艦で隔離されている状況で宣うのだ。普通の民間人でももう少し警戒するだろう。それを本気で言っているのだから堪らない。いや、本気なのだろうか。イロンデルは相手の感情を察する事ができる時があるが、クライン嬢はいまいち心が読みづらい。裏があるようには見えないが、何を考えているか分からないのだ。
この調子で話しているとこっちの神経が疲れる。ヤマトが自分よりも先に話したらしいが、まあこれなら悪影響はないだろうとイロンデルは判断する。
このような類を天然というのだろうか。
一応は隔離措置を続ける事を告げ、部屋の電子鍵を閉じる。内側からは開けられないし、外からもパスワードが要るので彼女は安全だ。
『(o_o)』
『ナンダ!イタッペラ!!』
『(^ ^)』
『ヤンノカッ!』
『([∩∩])』
ネクサスが彼女の持っていたピンクのロボットに興味を示していたが、見る限りはただ会話ができるだけのオモチャのようだった。
彼女は『ピンクちゃん』と呼んでいた球状のロボ。まさかハッキング能力などはないだろう。
■
そんな事があって、少し日が経った頃。クルー達が俄に騒いでいた。なんでも、友軍との連絡が取れたという。
相手は地球軍の第8艦隊。確か司令官はハルバートン。穏健派で有名な人物だったか。
「私の、直接の上司です。信頼できます」
そう言うラミアスの言葉にイロンデルは安心する。『アルテミス』の二の舞はごめんだった。
第8艦隊は『アークエンジェル』の補給のため、先遣隊を放ってくれている。うまく合流できればいいが。
不安材料は多い。
例えば、ラクス・クライン。彼女をどう扱うのか。彼女の存在は戦争を終わらせることも、さらに激化させることもできるだろう。
例えば、キラ・ヤマト。コーディネイターでありながら地球軍に所属する少年。新兵器『ストライク』を自在に操り、熾烈な戦闘を潜り抜けてきた。その手腕は見逃せるものではない。
例えば、ラウ・ル・クルーゼ。数度追い払うことはできたが、そんな事で諦めてくれる男ではない。今もなお、こちらを襲う隙を探っているに違いない。
「これより本艦は先遣隊と合流します。各員は配置に着いて」
「了解」
いつクルーゼが現れるか分からない。警戒を厳に。だがようやく友軍と合流できるという知らせは、彼らに対して久しぶりの明るい知らせだった。
■
しかしいつだって物事は円滑に動く訳では無い。合流間近になった所で、レーダーにジャミングが入った。
敵襲だ。艦影はザフトのナスカ級が1つ。『アルテミス』近域で航行不能にした艦だ。
「あのストーカーどもめ。しつこいな」
「先遣隊に応援を要請しろ。我らだけでは対処しきれない」
「了解」
先遣隊がどれ程の戦力なのかはわからない。恐らく連携は取れないだろう。ならこちらは遊撃隊として動くのがベストか。
「敵の推定される戦力は?」
「おそらく『イージス』。そして『ジン』が複数かと」
それだけで相手としては充分すぎる。だが最悪の場合、さらに『デュエル』が出てくるかもしれない。前回の戦闘で損傷を与えたが、コーディネイターの技術力なら既に修復しているだろう。
「私とフラガはアークエンジェルの護衛をしよう。先遣隊にもそう伝えてくれ」
イロンデルの指示に管制官が通信を飛ばす。そこにフラガが口を挟んだ。
「キラはどうする?まさか出撃させないなんて言わないだろうな」
「…ならストライクは後方で待機だ。代わりに私が前線に出る」
「大丈夫なのかよ。お前の機体、まだ完全には直ってないんだろ?」
「贅沢は言えん。やれることをやるだけだ」
『ユニウスセブン』跡地で回収した残骸から、なんとか彼女の機体は
「では準備できしだい、出撃を。あまり時間がありません」
■
イロンデルは着替える前に、医務室で顔の包帯を解いた。ついさっき血が流れたが、もうほとんど塞がっているようだ。
「すごい回復力です。貴女は本当にナチュラルなのですか?」
「…まあ、少し生まれが特殊なので。それでも私はナチュラルですよ」
医師の言葉に曖昧に返した後、イロンデルは通路でヤマトに出会った。アルスターと何かを話していたようだ。
「ヤマトく…失礼。ヤマト
その胸に光る階級章は、軍服には合っていてもやはり幼さの残る少年には不釣り合いな物だった。だが本人が志願したのだ。民間人ではなく、ちゃんと軍人として接するべきだ。
「あの、イロンデルさん。合流する船に、フレイのお父さんが乗っているんです」
「あぁ。ブリッジで確認した。このままではあの艦は戦闘に巻き込まれるだろうな」
民間人である彼が何を思って戦艦などに乗っているのか。娘が心配なのかも知れないが、その危険性を理解しているとは思えない。
「フレイと約束したんです。守ってあげたいです」
「なるほど…。…分かった。陣形を組み直そう」
彼を単独で動かすのは本望ではないが、自分が付き添っては本艦の防衛が手薄になる。敵の狙いがアークエンジェル及びストライクであると読むなら、敵のXナンバーは艦に集中するはずだ。
彼の抜ける穴は自分が代わりになればいい。
それに今はもっと気にすべき事がある。
ヤマトの精神状態だ。
「ヤマト二等兵。君は…敵を『殺せる』か?」
「…⁉︎」
もし不安定な状態で戦場に出れば誤った判断や躊躇を招く。砲弾飛び交う中でのそれは、すなわち死と同義といっても過言ではない。
「誰かを守るというのは、その敵を討つという事だ。追い払うのではない」
武器を奪うだけでは、またいずれその手に殺意を持って向かってくる。今度はもっと強力な物を持って。それはいずれ戦火をより強大な物へと変えてしまう。
ならやはり、殺すしかないのだ。
「…それは…」
「今すぐに答える必要はない。だが一度出撃すれば、誰も待ってはくれないぞ」
イロンデルの言葉にヤマトは俯く。
答えなど、そんな簡単に出るものではない。
だが状況は待ってはくれない。パイロットに出撃を急ぐアナウンスが聞こえた。
「軍に身を置くとはそういう事だ。軽い気持ちでいると…死ぬぞ」
「…はい。イロンデル…大尉」