機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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増長した正義ほど扱いやすいものは無い

──『かつての英雄の二人旅』


第26話 敵艦にて

 イロンデルは目覚めた時、自分がベッドの上だと気がついた。

 

「…またこのパターンか」

 

 ヘリオポリス崩壊以降、何かあったらベッドに寝かされていた事が続いている気がする。自分の精神が不安定であることは自覚しているが、こうも続いては心配というより面倒だと感じてしまう。

 

「これは…不味いな」

 

 起き上がろうとしても身体が動かない。いや、強く拘束されて動けないのだ。寝起きの頭がようやく、気を失う前の事を思い出す。

 戦場で機体が操作不能に陥り、その状態で戦艦の爆発に巻き込まれたのだった。ここで拘束されているという事は、ここは敵艦の中だ。

 自分のパイロットスーツは脱がされ、身につけているのは簡素な物。恐らくは捕虜用の。ポケットも無い。それは彼女に深刻な問題を自覚させる。

 

「……『ネクサス』!」

 

 彼がいない。ここに拘束される時に奪われたか。

 

「クソッ!この…こんな拘束など…!」

 

 無理矢理外そうとしてもキツく縛られて身動きが取れない。戦闘中に開いた傷から鮮血が流れ、衣服に赤いシミを作る。だがその痛みすら頭に入らないほど、彼女は焦っていた。傍に『彼』がいないのはそれほどまでに深刻なことだった。

 

「目覚めたようだな」

 

 そんな時、部屋の扉が開いて男が入ってくる。仮面を付けた男は彼女の様子を見て不敵な笑みを浮かべた。

 

「私はクルーゼ。といっても、自己紹介など不要だろうがね」

「一応は『はじめまして』か?こうして直接会うのは」

 

 戦場で何度も相対した仇敵。その仮面の奥で何を考えているのか、イロンデルには読み解けない。ラクス・クラインと同じように感情の読めない男。その存在を彼女は警戒する。

 

「そう睨まれるのは良い気分ではないな。私としては君と会話をしに来たのだが」

「ふん。尋問の間違いだろう?」

「拷問よりはマシだと思いたまえよ。ザフトには君を怨む者も多い。平和的に話せるだけ、私で良かったな」

 

 クルーゼは椅子に座りこちらへ微笑む。それは見た目だけなら優しい笑みだったがイロンデルはどうしても気味の悪いものを感じられずにはいられない。

 

「さて、イロンデル・ポワソン。2人きりで話せる時間は少ない。だから単刀直入に訊かせてもらう」

 

 名前を知られている事にもはや疑問など抱かない。へたに動揺して隙を見せる方が恐ろしい。だが彼の口からでた言葉は彼女を驚愕させるに足り、なお余るものだった。

 

「君は『ノア』と呼ばれる人物に覚えはあるか?」

「…知らん。知っていても答えんがな」

「だろうな。では少し言い換えよう。ノアは連合の機密情報内で使われるコードネーム。つまり偽名だ。本名は……『ナギ・タカミネ』」

「…」

 

 ノアを知っていることについては、どうせスパイを放っていたのだろう。だがその名前がナギを示すことを知っている。それはどんな諜報機関のトップも知らないことのはずだ。

 

「彼女は『G兵器』……Xナンバー、或いは単にGとも呼ばれるモノの開発に携わっていた…などと()()()()のことを話しているのではない。私が知りたいのはそれ以前…『LP計画』についてだ」

「⁉︎」

「知っているようだね」

 

 思わず反応してしまったことを後悔するが、もう遅い。彼は確信を得たようにニヤリと笑う。彼女にはその笑みが悪魔のように思えた。深い闇を感じさせるような微笑だった。

 

「LP計画…正式な名前は『Lucina Paradox』だったか?誕生の女神の名を冠するとは随分な皮肉じゃないか」

 

 彼はどこか可笑しそうに、しかし忌々しげに笑う。笑顔のはずであるのに、イロンデルは背筋に冷たいものを感じずにいられない。

 

「優秀なナチュラルのクローンを生み出し、コーディネイターをも凌ぐ才能を持つ兵士を量産する計画。…まさに『誕生の矛盾』。名付け親はロマンチストの詩人らしい。まぁそれもノアなのだが。妙に気取った彼女らしい…。そう思わんかね?」

「…」

 

 彼と彼女のナギに対する印象が同じなのは、それだけクルーゼが彼女のことをよく知っているということに他ならない。ザフトの人間がそこまで彼女と親しかったのか?

 

「だが計画は既に凍結したはずだ。実験体も全て破棄された…のではなかったか?何故君のような者が存在している?」

「…私はロードアウトされた唯一のモデルだ」

「『LPシリーズ』の01か?いや、アレは酸素に反応して細胞が急激に劣化する欠陥品だった。…ならそれ以降。…LP02か。そうか、だからポワソン…うお座か。イロンデルシリーズか。フフフ…面白いな。まさに秘部…いや、恥部だな」

 

 彼は何かを考えながらブツブツと独り言をする。だがそこで扉のほうを睨み、急に会話を切り上げる。

 

「…優秀な部下というのも考えものだな。もっと話していたかったが」

「待て!答えろ。貴様はなぜそこまで知っている?」

「…知りたいか?なら後で私の部屋に来るといい」

 

 煙に巻くような言い方にその顔を睨むが、彼はそれをいなして部屋を出ていく。そしてそれと交代するように、別の少年たちが入ってきた。

 

(…若い…いや、幼い)

 

 ヤマト二等兵とそれほど変わらないのではないだろうか。

 イロンデルの目を引いたのは、彼らの先頭に立つ2人だった。

 

(赤服とは、流石はエリートの部隊か)

 

 敵軍にまで名の通るクルーゼの部隊。それは秘密兵器の略奪を任せられるほどであり、ならば赤服がいるのも当然というものだ。

 その中でも、集団の先頭に立つ少年にイロンデルは僅かな驚愕を覚えた。こちらを殺さんばかりの憎悪を込めて睨む白髪の少年よりも。

 彼はヘリオポリスでイージスに乗っていた。そして、世間に関心が無い彼女でも良く知っている、ザフトの重鎮の御曹司。

 

(アスラン・ザラ…だったか?)

 

 モニター越しでは分からなかったが、今見るとそれ程までに地位の高い子供がクルーゼの下にいたのかと、彼女は気づく。

 

「尋問室に運ぶぞ」

 

 彼がそう指示すると、数人の少年がイロンデルに手錠を掛ける。

 

「洗いざらい吐いてもらうとしよう」

 

 

「『ストライク』のパイロットは誰だ?」

 

 尋問室で机に手錠を繋がれるやいなや、アスランがこちらに問いかける。

 

「……アホなのか?貴様は」

「何?」

「あのな?少しは私に精神的動揺をさせてから質問しろ。例えば『先程隊長と何を話していた?』と聞くだけでも、私は答えづらい質問に黙り込みそこから畳み掛けるように色々と聞けば良いだろ」

 

 何の前置きも無くいきなりそんな事を訊くのは、クルーゼ程の怪物でもなければ愚策でしかない。こちらの立場が弱いという自身の優位性に則ったものでもなく、気になったから訊いたという感じだ。

 たった一言の質問から、イロンデルは目の前の少年が直情的であり、駆け引きの類が苦手なのだと察する。あのクルーゼの部下とは思えない程に、真っ直ぐで、そして愚かだ。

 

 壁に貼られたマジックミラーの奥から複数の殺気を向けられていても、目の前の少年が恐るに足らない故に、イロンデルはクルーゼの時とは違う落ち着いた気持ちでいた。

 

「答えろ!」

 

 声を荒げ机に拳を叩きつける様も、彼女から見ればただの強がりでしかない。

 

「悪いが喉が乾いていてな。水の一杯でも飲まなければ答える気にもならん」

「この…!いや、アンタが答えなければあの艦を沈めてもいいんだぞ!」

 

 脅し文句すらこちらに情報を与える拙い言葉だ。

 

「では私の艦は無事だということか。わざわざ私を人質にしたのは手出しできない状況になったからか?」

「…!」

 

 自分の失言に気づいたのかアスランは慌てて口を閉じるがもはや遅い。イロンデルは『アークエンジェル』が無事だという確信を得た。だがここでその事を指摘するつもりはない。下手に指摘すればまた感情的に喚き散らすだろう。

 

「ふん。なら私の身の安全は保証されたも同然か。おい、喉が渇いたぞ。水を持ってこい。酒でも良いぞ。酔った方が口が軽くなるかもしれん。ま、貴様みたいなお堅いアホ面ばかりでは酒など用意していないか?常に自分に()()()()もんな?……おっと失礼。言い過ぎた。反省してるぞ?靴でも舐めてやろうか?」

「このっ!!──」

「おう殴れ殴れ。自分が人質を尋問しているのだと知って殴れ。なぁ、おい、私は親切だよな?こうして貴様にわざわざ警告してやってるんだから。それを踏まえてよく考えろよ?少しは回る脳みそをしているんだろうな…おマヌケくん?」

「ぐ…!!」

 

 アスランは額に青筋を浮かべ、冷静さの欠片も見受けられない。これが演技だとしたら大したものだがイロンデルはそうではないことを見抜いている。

 

 その時だった。

 彼女はこめかみの辺りに刺すような刺激を感じる。他のものよりも一層鋭く、強い殺意。

 それから逃れるように頭を逸らすと、銃声と共に額を僅かに掠める感覚があった。イロンデルの視界が赤くなり、血が流れたのだと気づく。目の前の少年に集中して反応が遅れた。

 

「…チッ!」

 

 血を拭いながらマジックミラーにできた弾痕に意識を向ける。

 

「何をしてるレギン‼︎」

「コイツはクランの仇なんだぞ!お前らは憎くないのかよ!…離せ!」

「ラクス様が人質になっていることを忘れたのか⁉︎独房へ連れていけ!」

 

 どうやら殺意を抑えることのできない未熟者がいたようだ。

 

「…おうおう、血気盛んなことだな。グラン・ギニョール共め」

 

 これでは尋問どころではないだろう。目の前で狼狽えているアスランを煽り、イロンデルは頬杖をつく。垂れた血が机の上に赤い水溜まりを作っていく。

 

「部下の指導ぐらいしっかりしておけよ。独断専行など、戦場では愚策にしかならんぞ?」

「……」

「それにしても、まさかクライン嬢が人質か。私の身が捕虜にしては好待遇だと思っていたが、そんな理由があったとはな」

「…コイツを医務室に戻すぞ。これでは尋問もできない」

 

 忌々しげにそう告げるアスラン。

 数人の兵士と入れ替わる彼を、イロンデルは更に煽る。

 

「ああ、そうしてくれ。ついでに、馬鹿が付けたこの傷の治療もしてくれると助かるがな」

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