機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第27話 人の業の産物

 敵艦の医務室で手錠を嵌められたイロンデル。傷の手当ては非常に雑だったが更に傷をつけようという害意は感じられなかった。こちらが大人しくしておくという意志を見せると、人質の監視に人数を割くのを嫌ったのか一人を残してザフト兵は退室していく。

 

「コイツは俺が見ておく」

「…大丈夫か、イザーク?」

「……平気だ」

 

 一人残った白髪の少年は、明確な敵意を持って彼女を睨む。

 一方、イロンデルは彼の事は全く記憶にない。どこかの戦場で相対した者の1人だろうか。と、漠然とした認識をするだけだ。

 

 そんな少年は彼女に問いかける。

 

「…何故、さっきの戦闘で本気を出さなかった?」

「意味が分からんな」

「とぼけるな!」

 

 彼はイロンデルに詰め寄る。

 

「前に見せた()()()()のことだ!何故さっきは使わなかった!」

 

 襟首を掴まれながら、イロンデルはようやく彼の言っているのが『オーバーアチーブ』のことだと気づく。先程はそもそもメインエンジンが一般的な物に変わっていたので使えなかったのだが、そんなことをわざわざ敵に教えることもない。

 

「お前に対して使うまでもない。と思ったからだが?」

「その結果がこうして人質になっているのだとしてもか⁉︎俺の知っている『三つ首』は戦場で手を抜くヤツじゃない!」

「悪いがお前と相対した記憶が無くてな。どこかで出会った雑兵か?」

 

 少年は歯を強く噛み締め、憤怒と共に彼女の襟を掴む。余程気に障ったようだ。

 

「俺は『デュエル』のパイロット、イザーク・ジュールだ!貴様をさっき、殺そうとした男だ!」

「…ほぅ、貴様が…。意外だな。せめて傷は負わせたと思ったが、随分と綺麗な顔をしてるじゃないか」

「くっ…!」

 

 彼は忌々しげに顔に手を当てるが、そこに傷は無い。

 

「私の方はご覧の様だ。よくもやってくれたな、と恨むべきか。はたまたよくやった、と称賛すべきか…」

 

 イロンデルは頭に巻いた包帯を見せつける。今でこそ余計な雑魚が手を出したが、元々はデュエルの砲撃を受けた傷だ。

 

「この傷の借りは必ず返す。その命をもって支払ってもらうぞ」

「それはこっちのセリフだ!」

 

 憎悪ではなく純粋な敵意を向けてくる相手は珍しい。イロンデルは目の前の少年に興味が沸いた。

 

「それにしても…貴様こそ、私を殺さなかったのは何故だ?殺せる時に殺さないと…後で痛いしっぺ返しを喰らうぞ」

 

 捕虜になった自分が言うのはブーメランもいいところだと、彼女は顔に出さずに自嘲する。

 

「か、借りを返しただけだ!俺は貴様に見逃された!」

 

 『アルテミス』前での戦闘のことか。あの時はイロンデルも重傷を負って瀕死だったために『ネクサス』が勝手にやった事だったので、彼女としてはむしろ借りを作ってしまった形になるのだが、敵のイザークには知る由もないか。

 

「プライドの高いことだな。ザフトらしい」

「ぐ…」

 

 そこで黙ってしまうのは自覚しているからだろう。熱くなりやすいが馬鹿というわけではないらしい。イロンデルはイザークに対して嘲りよりもむしろ好意的な感情を抱いた。ストレートに敵意を向けてくる相手は嫌いではない。からかいがいのある少年だ。

 

「貴様を殺すのは戦場でだ!貴様の全力を、俺の力でねじ伏せて見せる!」

「できるものならやってみろ。イザーク・ジュール」

「望むところだ!受けた傷は百倍にして返してやる‼︎」

 

 

 少しの間イザークと話していると、ふいに扉が開いて男達が入ってきた。明らかに害意を持った集団にイロンデルは警戒する。

 イザークも場違いな来客を不審に思ったのか、彼らに訊ねる。

 

「何だ?」

「捕虜を連れて行く」

「そんな命令は受けていないが?」

「………まだ届いてないだけだろ。来い」

 

 男は手錠を引っ張る。

 

「痛いぞ。もっと丁重に扱えよ」

「…ナチュラル風情が」

「おっと。今の私はかの有名なラクス・クライン嬢と同じ価値のある人質だが?」

「生意気を!」

「よせ!」

 

 感情のままに手を上げようとする男をイザークが制する。

 

「コイツの言っていることは事実だ。これ以上危害を加えると規律に反するぞ」

「……分かっている」

 

 男はゆっくりと手を下ろし、イロンデルを引っ張る。

 

「とにかくコイツは連れて行く」

 

 

「入れ」

 

 男達が彼女を薄暗い一画の扉の前に連れてきた。

 彼女を押し入れると、彼らは内側から鍵を閉じる。イロンデルは部屋中から剣呑な気配を感じた。

 

「イザークはああ言うが、それでも抑えきれない憎悪というものもある。理解してくれるよな?」

 

 突然、男が殴りかかってくる。だがその感情が筒抜けだったイロンデルは、身を捻ってそれを躱す。

 

「…分かっているさ。…でもな」

 

 ガラ空きの脇腹に、深く膝を打ち込む。

 

「容易く晴らせる訳がない…というのは貴様らでも理解できるよな?」

 

 彼女の挑発に堰を切ったように、部屋にいた男女は襲い掛かる。

 それをいなし、躱し、イロンデルは時折反撃する。

 

 だが多勢に無勢。やがて1つの拳が彼女の腹に突き刺さる。

 

「ぐっ!…ゲホッ…!」

 

 深く沈んだ衝撃に、イロンデルは胃の中のものを吐き出す。

 

「死ねよナチュラル‼︎」

 

 うずくまった彼女の顔に蹴りが飛ぶ。倒れたその身体に幾重の足の豪雨が降り注いだ。

 脳が揺れ意識を失い、更なる痛みで意識を取り戻す。

 口からこぼれるほどの出血が重なって、イロンデルは身体を動かすことすらできない。

 

(これが業の報いか…)

 

 命令に従い人を殺し、それを後悔してなお、やはり現実は彼女を否定する。

 

(無様なものだ…。だが…私にはお似合いか…)

 

 死の気配が濃厚になってきた時。

 

「貴様ら‼︎何をやっている⁉︎」

 

 閉ざされていたはずの扉が打ち破られる。

 霞む視界の中、イロンデルは入ってきた少年を見る。この声、そして特徴的な白髪。

 

(イザーク…だったか…)

 

 先程は敵意を向けた、その少年を想いながら。彼女の意識は完全に落ちていった。

 

 

「……生きているのか」

 

 イロンデルが目覚めた時。そこは誰かの個室なのだと分かった。

 

「目が覚めたかね?」

 

 目の前に座っているのは、感情の無い顔をしたクルーゼだった。イロンデルは完全に覚醒しようと顔を振る。…が、それは頬の痛みによって妨げられた。

 

「…いっ…」

「すまないな、私の部下が。厳重に注意をしたので許して欲しい」

「…どうでもいい」

 

 口内に不快な粘度を感じそれを床に吐き出すと、かなりの赤い色が混ざっていた。気晴らしにもう一度唾を吐き捨てる。手入れの行き届いた床に複数の血の斑点が出来上がった。

 

「…後で掃除をさせないとな」

「掃除ができる知能があるのか?ザフトというのは感情任せの猿しかいないんじゃないのか」

「…君は我らを『ザフト』と呼ぶのだな」

 

 イロンデルの苛立ちをクルーゼは気にした様子もない。

 

「そう呼んで何が悪い?」

「いや、大抵の地球軍人は『コーディネイター』と呼ぶのでね」

「それは生まれの呼称だ。組織の呼称としては不適切だ」

 

 どうでもいい事を聞かれて彼女の感情は更に荒立つ。

 しかし、やはり彼は気にしない。

 

「生まれの呼称を嫌うのは、君が『ナチュラル』でも『コーディネイター』でもないからかね?…()()()()()()()()()()()()だからか?」

「……私はナチュラルだ」

「君がそう思うならそうなのだろう…。君の中では…な」

 

 クルーゼは彼女の前に立つとその顔を覗き込む。

 

「かの『LP計画』で生み出された哀れなる落とし子。人の業の産物」

「貴様に聞きたい。…何故計画を…どこまで知っている?」

 

 彼女が仮面を睨むと、クルーゼは不気味に笑う。

 

「フフッ。知っているさ、何もかも。君が試験管から産み落とされる前からね」

「何だと…?」

「言葉で言っても伝わりづらいかな?だが私は『コレ』に頼りたくないのでね」

 

 彼は机からデバイスを取り出す。それはイロンデルにとってとても馴染みのあるものだった。

 

「『ネクサス』…!貴様が持っていたのか」

「こんな気色の悪い機械をよく平気で持ち歩けるものだ。新型相互一体学習人工知能搭載携帯端末。前身は神経接続型だったが、独立させここまで小型に収めるとは…流石はノアだな」

 

 彼の言葉にイロンデルは驚愕する。目の前の男はネクサスが何であるかを理解している。

 

「ナギ・タカミネ…コードネーム『ノア』は、とても高い能力を持ったコーディネイターだった。MS操作プログラムの開発に着手したが、それが完成する前にグリマルディ戦線にて基地の自爆に巻き込まれて命を落とした。…悲しいことにな」

 

 クルーゼは天井を見上げる。その表情も、感情も、イロンデルには分からない。

 

「しかし…彼女の本当の顔は別にある。遺伝子研究の専門家でもあったのだ。彼女は『コーディネイターを凌駕する()()を持つナチュラル』を産み出す計画の先導者だった」

「それがLP計画の目的だった」

「そう…その通りだ、イロンデル・ポワソン」

 

 イロンデルが自分の言葉に乗ったのに気を良くしたのか、クルーゼは更に語る。

 

「計画の出資者はコルボ・エーンガスという地球の資産家だった。彼は落ちぶれていた一族を立て直す程の商才があったが、とある事故によって娘を失ってしまった。彼はもう一度娘と同等の力を持った存在を手に入れたかった。その娘はナチュラルとしてとても優秀な『能力』を持っていた故に、計画の素体として適切だった。……彼女の名は──」

 

「──イロンデル・()()()()()

 

 喉が干上がるのを感じた。

 

「すぐに彼女の死体から細胞が採られ、クローンの作成が始まった。ノアは計画の以前に『別のクローン』の開発にとある博士の下で携わった経験があったが、死体から作り出すというのは初めてだった。そのためか最初に産まれた『LP01』は大気に触れると細胞が急激に劣化してしまう失敗作だった。その欠点を解決するために彼女は以前の開発データを参考にし、『LP02』という完全なクローンの作成に成功した」

 

 クルーゼはこちらに顔を向ける。

 

「それが君なのだろう。…イロンデル…()()()()

 

 何も感じ取れない男はその仮面の下に何を考えているのだろうか。

 

「そしてノアが携わった『別のクローン』が私だ。ノアに習って洒落た言い方をするなら、君と私は同じ親に造られた兄妹になるのかもしれないな」

 

 イロンデルは必死に自分を落ち着ける。目の前の男が自分と同じ産まれなら、情報を知っていることに説明がつく。ここまで自分に入れ込むのも自分に共通する部分があるからだろう。だが、己は目の前の男とは違う。そう自分に言い聞かせる。

 

「しかし君は、『完全』ではあっても『完璧』ではなかった。肝心の『能力』が()には確認できなかったのだ。失望したコルボは出資を打ち切り、()()の兄、シュエット・エーンガスがコーディネイターであることを隠れ蓑に宇宙へ上がり『ユニウスセブン』に身を隠した。その後の彼らの顛末は君も知るところだろう?」

 

 彼はいやらしい笑みを浮かべる。

 

「資金援助が打ち切られ、計画は凍結された。開発されていた『LPシリーズ』は全て処分されたと思っていたが…こうして会えるとはな。ノアの事だ。大方、既にある程度成長していた君を殺すことを渋ったのだろう?彼女はどのような者であれ、命を尊重する人間だからな」

 

 ずいと、彼はイロンデルに顔を近づけた。それは仮面の奥の、感情が読めない目が透けて見えるほどに。

 

「無様だな。人の業の結晶が、死ぬはずだった運命すら他者に歪められのうのうと命令に従う人形として生きている。世界に捨てられてなお、君は何を志しその生を歩んでいるんだ?」

「……生きる理由など、生きながら探せばいい。そうナギに教わった」

「…クク…フハハハ…ハーッハッハッハ!」

 

 堪えきれないというように彼は笑う。

 

「ナギ……ノア…ノアノアノア‼︎つくづく忌々しい女だ‼︎死して尚もその遺物が世界を喰い荒らす!仮初の電気信号を命などとほざいて‼︎」

 

 そしてそれが無かったかのような表情の失せた顔をした。

 

「生きながら探すだと?悠長なことだ。ならばここで死ねばどうなる?君の命は無価値のまま終わるのか?」

 

 そう言って彼女の眉間に銃を突きつけた。それは決して脅しではなく、いつでも引き金を引くつもりだとイロンデルは分かった。

 だがそれでも、彼女に怯えは無い。

 

「人の価値を決めるのは自分では無く他人だ。私を知る者が必ず私に意味を見出す。貴様がここで私を殺すなら、いつか必ず…その者が貴様の喉を食い破る!」

「……」

 

 少しの静寂が無限にも感じられる緊張の中。2人のクローンは銃を挟んで見つめ合う。

 その静寂を破ったのは、机に置かれた通信装置だった。

 

『隊長。敵艦より通信です。捕虜の交換をしたい、と』

「…フッ、君は随分と部下から好かれているらしい」

 

 銃をしまいながら、クルーゼは通信機に応答する。

 

「私だ。その交換ならいつでも受け入れるつもりだと伝えろ」

『相手はアスランを交換手に指名しています。よろしいですか?』

「アスランを?…その理由は聞いたか?」

『いえ…。しかしラクス様が彼の婚約者であることは有名です。恐らくはその由縁かと』

「…なるほどな。捕虜は私の部屋にいる。直接ドックへ連れて行こう」

『隊長自らが…?分かりました。準備しておきます』

 

 通信を終えると、彼はイロンデルに向き合う。

 

「その傷で帰られては新しい厄介事になりかねんな」

「貴様らが付けた傷だ。その責務ぐらい背負え」

「謹んでお断りしよう」

 

 クルーゼは机からアンプルを取り出した。透明な液体の入ったソレが怪しく揺れる。

 

「君が愚かだったら良かったのだが、生憎現実は甘くない。安心したまえ、痛みは一瞬だ」

「何を言って…グッ!」

 

 警戒するイロンデルの腹に彼の足が突き刺さる。痛みから悶える彼女の口にクルーゼは素早く液体を流し込んだ。

 吐き出さなければならないと分かっていながら、人としての機能が液体を飲み込む。

 直後に彼女の身体が熱くなった。

 

「な…何を!…飲まぜだ…!ゲホッ…グッ…ァア゛!」

「細胞活性剤だ。ナギのお手製でね。君には親しみ深いだろう?その効果は私のような老い先短い者なら老化を軽減し…」

 

 熱が頬や額など、傷付いた場所に集中する。火傷したのかと思うほどの高熱が彼女を襲う。

 やがてそれが収まると、イロンデルは体の痛みが消えていることに気がついた。

 

「…君のような者なら傷を治療する」

 

 包帯が取られ鏡を向けられると、確かに傷痕は残っていたがそれは塞がっていた。傷痕は眉間から眉を横切り目尻にまで続く細い線を描いていた。

 

「乙女の顔を傷付けてしまったことを謝罪しよう。私のように仮面でも付けるか?」

「ハロウィーンでもないのにか?そんな悪趣味なものに縋るほど私は落ちぶれていない」

 

 口内に異物を感じて吐き出すと、血とは違う赤黒い肉塊が混じっていた。治療の跡だろう。

 

「あまり床を汚さないでくれないか…」

「これは失礼。貴様の顔に直接掛ければ良かったか?」

「…君はあまり『彼女』に似てないな」

「…?」

 

 言葉の意味が分からず首を傾げるが、彼はそれ以上その事に関して口を開かなかった。

 

「君を返す前に所持品を返そう。あまり長居されては困る物もあるからな」

 

 ネクサスやパイロットスーツが、クルーゼの手からイロンデルに返される。手錠が解かれ、彼女は着替えるよう指示された。

 

「女の着替えを見て興奮する変態か、貴様は」

「生憎と女児性愛者(ロリコン)では無い。君の裸に興味があるのは否定しないが」

「やはり変態じゃないか」

「君の挑発は止むことが無いな。流石の私も苛立ってしまいそうだ」

 

 言葉ではそういいながらも笑みを浮かべたまま、服を脱いだイロンデルの背中をクルーゼは仮面越しに観察する。

 

「その傷、戦闘によるものではないな。何かの実験の後か?」

「『何もかも知っている』と言ったのはそっちのはずだが?」

「脊椎に沿うように点々とした跡。そこに何かしらのケーブルを刺されたのだろう?恐らくはより大きな機械と接続するための。君の体は見た目より改造されているようだな」

「…答える義理はない」

 

 着替え終わった彼女はそそくさと自ら手錠を嵌める。

 

「さっさと連れて行け。貴様とはもう話したくない」

 

 

 クルーゼに引かれドッグへ着くと彼女の身柄は簡易的なカプセルへ閉じ込められた。それを、交換人であるアスランが乗った『イージス』が掴み上げる。

 

「『ゼロ式』は返してくれないのか?」

『…人質の交換だ。その他は交渉の内容に含まれない』

「愛想がない回答じゃないか。貴様の隊長の方がまだ話してくれたぞ?」

『…』

 

 アスランは沈黙した。会話にならない相手はつまらない、とイロンデルはカプセルの壁にもたれかかる。発進と共にGが彼女を襲うが、ゼロ式で慣れた者にとっては何とも感じなかった。

 

 目の前に白いMSが見える。『ストライク』…。キラだろうか。

 

(あまり目立つ行いはして欲しくないのですが…)

 

 ストライクは敵が狙っている本丸。今は人質交換という体を取っているが、それが終われば破壊を躊躇う理由はない。この交換が終わった直後に攻撃される可能性もある。

 

 両者の動きが止まる。通信を行なっているのだろうか。

 

「…ネクサス」

『(`^´)> 』

 

 

 やがて短い会話の後、ストライクのハッチが開きそこから宇宙服を纏った人物が現れる。ノーマルスーツではないのでクライン嬢か。スーツが膨らんでいるのは中に普通のドレスを着ているからだろう。

 自分が入っているカプセルが投げられ、ストライクとイージスの中間でクライン嬢とすれ違う。

 

「…」

『──』

 

 回線の無い会話は聞こえない。だが僅かに見えた口の動きと感情から、イロンデルは彼女が何を言いたかったのかを察する。

 

──『キラ様をお願いします』

 

「だから貴女が嫌いなんだ…」

 

 他人を見透かしたような言動が。

 あるいはそれは同族嫌悪なのだろうか。

 

 ストライクがカプセルを受け取りその封を切る。抜け出したイロンデルはストライクの装甲にワイヤーガンを放ち、そのハッチへと身を進ませる。

 

『イロンデルさん‼︎無事ですか⁉︎』

「ええ。さぁ、早く艦に戻りましょう」

『はい!』

 

 ストライクのコックピットに入る直前。

 彼女は背後からの刺すような気配を感じた。敵艦にいた時と同じ。しかし今度は遅れない。

 

「危ない‼︎」

 

 少年を突き飛ばしその反動で自分も動く。

 コックピットシートに小さな穴が空く。

 

 弾痕。

 

 下手人は言うまでもなく。

 

「アスラン・ザラ…!」

 

 傍らにクライン嬢を抱き、硝煙を上げるピストルをこちらに構える少年。

 次射が来る前にハッチを閉じて通信機を叩く。呼び出すのは同僚の、この場で既に動いているであろう男。まだ動いていないなら後で尻を蹴飛ばすと思いながら。

 

「フラガ‼︎」

『お、イロンデルか。無事だったみたいだな。てっきり奴らに強姦か虐待かされてるのかと思ってたぜ』

 

 その軽口に答える余裕は無い。だが彼はやはり準備していたようだ。パイロットスーツの彼にイロンデルは怒鳴りつける。

 

「さっさと出ろ。奴らはヤる気だ‼︎」

『だろうな。ムウ・ラ・フラガ、メビウス・ゼロ、出るぜ‼︎』

 

 『アークエンジェル』から橙色のMAが現れると同時に、敵艦から『ジン』が放たれる。

 

「クルーゼ…!」

 

 考えることは同じか。

 直ぐにでもここは戦場になる。少年に帰艦するように言おうとした。その時だった。通信機からクライン嬢の声がする。

 

『ここを戦場にすることは、私ラクス・クラインの名に置いて否定します。双方共に銃を収め、私の身の安全を保証していただきたく思います』

 

 今までの印象とは異なる確固たる意志を持った宣言。それに逆らうということは全面戦争にも発展しかねない。

 

『…だとよ。どうする?』

 

 自分で答えも出ているだろうにフラガがイロンデルに問いかける。無駄な問答は嫌いだ。それをしてくるこの男も嫌いだと思いながら、イロンデルは忌々し気に眉にシワを寄せる。

 

「…さっさと退け。私もヤマト二等兵と共に戻る」

『了解。…おっと、そうだ。帰った後、暴れるなよ?』

「…?」

 

 フラガの最後の言葉に彼女は首をかしげる。暴れる要因などあるはずないだろう。

 

 既に正式に兵役しているヤマト二等兵が、おそらくは正式に艦長らの認可を受け、正式に人質を交換しただけなのだから。

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