機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第28話 茶番劇と僅かな交流

 『アークエンジェル』に戻りゆくイロンデルは『ストライク』のコックピットの中で不愉快な感覚に眉を歪める。原因は母艦から感じる視線だ。

 

「…これからのことを考えると…やってられんな」

「すみません…。僕が勝手にやったから…」

「確かに悪手ではあったな。彼らがそう易々とクライン嬢を切り捨てるとも思えない。時間を宣言したのは我々の思考力を奪うためだろう」

 

 クルーゼはどこまでも狡猾な男だ。その言動の全てに裏があると警戒してもなおこちらの一手先を読んでいる。

 キラはまんまと翻弄され、マリューらの許可を得ることなく捕虜交換という行動をしてしまった。クライン嬢が場を収めてくれたから良かったもののそれが無ければこの艦は既に轟沈していただろう。

 

「…ごめんなさい」

 

 彼は深く項垂れる。後悔しているのだろう。彼は優しい子だ。他人に反対されると分かっていながら、それでも誰かの為にできることをした。

 イロンデルは眉の皺を和らげ、彼の頭をヘルメットの上から優しく撫でた。

 

「けれど、私が助かったのは君のおかげだ。君が行動しなければ私は殺されていたかもしれない」

「……」

 

 彼は顔を上げて彼女と目を合わせる。その驚きと恐怖が混じった表情にイロンデルは微笑みかけた。

 

「ありがとう…ヤマト君」

「っ⁉︎……はい‼︎」

 

 ストライクがドッグに着艦すると、複数人の兵士が駆け寄ってきて銃口を向ける。捕虜を逃した下手人が帰ってきたのだから当然だろう。

 友軍に殺意を向けられるのを好む人間などいるわけがない。キラが緊張しその手が強張るのをイロンデルは感じた。その震える手に、そっと自分のを重ねる。

 

「貴方は大丈夫ですよ。…私がいます」

 

 やってられない。

 だが、だからこそ。

 自分がやらなければならない。

 

 

「彼に反抗の意思は無い。その物騒な物を下ろせ」

 

 キラに先立ってコックピットから降りたイロンデルは周囲の兵士に命令する。

 

「いいえ大尉。そうもいきません。彼は今スパイの容疑がかかっています」

「…なら安全装置は外すなよ」

「分かっています」

 

 イロンデルがキラに合図をするとようやく彼も降りてくる。

 

「キラ・ヤマト。捕虜逃亡の援助を行い我らの情報を敵に漏洩させた容疑が君にかかっている。…しかし、大人しく我々と同行すれば手荒な真似はしないと約束しよう」

「…はい」

 

 兵士がキラに手錠をかける。

 

「私も同行する。重要参考人として処理してくれ」

「了解しました。大尉殿ならそう言うかと思い、既に艦長に連絡済みです」

「そ、そうか…」

 

 少し図々しいかとも思っていたが、彼らには読まれていたようだ。

 少し待っているとラミアスとバジルールが険しい表情でドッグへとやってきた。

 

「……」

「………」

 

 ナタルに睨まれてイロンデルの後ろに隠れるキラを横目に、彼女はマリューに意識を向ける。

 

「状況は把握しています。直ぐにでも取り掛かりましょう」

「話が早くて助かるわ。こちらの手筈は整っています」

「それは僥倖。…では、段取り通りに」

 

 

 個室の中で、キラを囲んでマリューら尉官が口論を交わす。

 

「えーっと…。以上の事からして、キラの行いは十分に情緒酌量の余地があると…私、フラガは判断するものであります。最適な処置としては執行猶予を持たせた上での…なになに…禁錮3ヶ月が該当するかと…って、これちょっと重くないか?」

「黙って台本を読め」

「なんだよ、思った事を正直に言っただけだろ?」

「それが余計だと言っているんだ。第一に貴様が軍規を暗記できていればそれを用意する手間は無かったのだぞ」

「ならお前は第6条の第C項を暗唱できんのかよ」

「『甲は全責任を持って乙を被保護の対象とし、いかなる場合に置いても乙を保護しなければならない。武力の行使は乙が国家間での闘争に巻き込まれた場合に最高機関によって許可された場合にのみ実行することができる』。…これで満足か?」

 

 フラガはイロンデルの答えにパラパラと規律書をめくり、該当するページを開く。そしてそれが1文字すら違っていないことに血の気が引いた。

 

「…うわ。マジだ。…お前、気持ち悪いぞ。よくこんな呪文を覚えられるな」

「軍人のくせに暗記していないお前の方が問題だ。そんなのでよく今まで闘ってこれたものだ」

「上が知ってりゃ下は楽だからな」

「貴様が上に立つのを嫌う理由がよく分かった。怠け者め」

「利口と言ってくれ」

「2人とも、そこまでよ」

 

 口論を始めたイロンデルらをマリューが止める。キラ・ヤマトの処遇について話しているというのに。この2人はいつも何かあれば言い争っている。それは互いに認め合った戦友であるからこそなのだろうが、そのせいで他のクルー達は2人を止めるのに苦労する羽目になる。

 せっかく作った台本に沿ってもらわなければ、本当にキラに対して重罰を課さなければならなくなってしまうではないか。彼女は検察官役であるナタルにこの茶番の続きを促す。

 

「バジルール少尉、反論はありますか?」

「はい。ヤマト二等兵は異例な措置とはいえ既に軍籍にある者です。その責任に対する自覚が欠如していたと、小官は判断いたします。無責任な行動により本艦を危険に晒した事は反逆行為に他なりません。複数の軍法に違反しており、銃殺を、私、バジルール少尉は進言するものであります」

「……」

 

──『銃殺』。

 

 あらかじめ知らされていた流れではあるが、その言葉にキラは息を飲む。

 

「ラミアス大尉。発言の許可を」

「重要参考人の発言を許可します」

 

 その様を見て、頭の冷えたイロンデルは自分の役割を果たすために口を開く。

 

「ヤマト二等兵は私の指示に従って行動しました。以前の戦闘より、彼は臨時ではありますが私の僚機(バディ)として即席のサインを教示しています。『気を失っている()()』をしていた私から捕虜交換の指示を受け従ったのです。処罰を受ける責は私にあります」

 

 この場の全員が知っている通り実際は本当に気絶していたし、彼にサインなど教えていないのだが、そんな事は些事だ。嘘も嘘と証明できなければ真実と相違無い。

 

「その指示に然るべき理由がありますか?」

「はい。私が所有する『ネクサス』は製作者である、故ナギ・タカミネ技術中佐の権限により複数の重要な情報が管理されています。それがザフトの手に渡れば戦況を変え得ると判断し、小官の独断で彼に指示をしました」

「なるほど。分かりました」

 

 マリューは顔を上げて今回の騒動の処罰を宣言する。

 

「キラ・ヤマト二等兵の行動は軍法第3条B項に違反、第10条F項に違反、第13条3項に抵触します。また、イロンデル・ポワソン大尉の行動は軍法第3条C項に違反、第9条F項に違反します」

 

 違反した法は2人とも充分に銃殺に値するものだ。だがそうならないように、そうさせないように台本を用意した。

 

「しかしヤマト二等兵は上官であるポワソン大尉の命令に従ったに過ぎず、またポワソン大尉も情報漏洩を防ぐためにやむを得ない判断でした。よって2人とも今後はより熟慮した行動を求めるものとし、これにて本法廷を閉廷します」

 

 つまりはお咎め無しということだ。

 閉廷宣言と共に部屋の中の全員が肩の力を抜く。ナタルはそそくさと部屋を出て行き、ムウは持っていた規律書を机の上に投げると大きく伸びをした。イロンデルはキラに退室するように言った。少年が出て行くと、マリューは小さくため息を吐き議事録を閉じる。

 

「…ふぅ。こんなとこかしら」

「寛大な措置に感謝します。ラミアス大尉」

 

 疲れた様子の彼女にイロンデルは労いの言葉をかけ、自分の尻拭いをさせてしまった事を謝罪する。

 

「いえ。私にできることと言ったらこれぐらいだから」

「可能を実行できる人間がいる。それはとても心強いことです」

「そう言って貰えると嬉しいわ」

 

 イロンデルとマリューは微笑み合う。

 と、そこにイロンデルの肩を組みながら笑いかける男がいた。

 

「おいおいイロンデル。俺への労いの言葉は無しか?」

 

 イロンデルはその手を振り払い、若干鬱陶しそうにフラガに向く。

 

「ご苦労様。…これで満足か?」

「何だよつれねぇなぁ」

「少しは軍規を覚えたらどうだ?それができる頭をしているのならな」

「お?言ってくれるじゃねぇか。喧嘩なら言い値で買うぜ?」

「お前には常に最安値で売ってやる。それに良い機会だ。前々から貴様には組み伏せられたり掴みあげられたりでな。宇宙(ソラ)より広い私の心も、ここらが我慢の限界だ」

「てめぇの辞書に『我慢』なんて言葉があったとは驚きだ。ちゃんと付箋貼ってるか?蛍光ペンでライン引いとけよ、クソガキ」

「はいそこまで」

 

 マリューが強引に間に入って、今にも噛みつきそうな2人を離す。

 

「何故貴方達はいつもそうやって何かあれば取っ組み合いを始めようとするの。たまには大人らしく落ち着いた関係を心がけたらどうですか」

「でもよ艦長、元はと言えばこいつが先に」

「元も先もありません!」

「…分ぁかったよ」

 

 一転して冷めた様子でフラガは下がる。マリューはイロンデルに視線を移して彼女にも確認する。

 

「貴女も。分かったわね?」

「ラミアス大尉がそうしろと仰るなら」

「何度も言っています」

「…善処します」

 

 

「おや、バジルール中尉。どうかしたのか?」

 

 部屋を出て自室に戻ろうとしていたイロンデルは通路で彼女と鉢合わせた。真剣な顔で資料を持っていたので何事かと気になった。

 

「はい。今回の件を航海記録に残すべきか、艦長に相談しようと思いましたので」

「クライン嬢のことか」

「重大さを鑑みれば残さないわけにいきませんが、そうしてしまうと先程の軍法裁判もそうする必要があります」

 

 あの『茶番』は下された判決こそ実質無罪だが、見る者が見ればその不誠実さで裁判長役であったマリューが今度は責任能力の欠如で訴えられかねない。

 それは避けたい。

 

「艦隊との合流も控えています。それまでに判断しなければなりません」

「貴官には苦労をかけてばかりだな」

 

 先ほどの『茶番』でも、彼女に嫌な役を押し付けてしまった。

 

「いえ。元々ブリッジに配属される予定だった人員の中では、私がトップですから」

 

 仕方ないことです。と、ナタルは笑いながら言った。

 

「何となくで良い。ラミアス大尉を支えてやってくれ」

「副長として最善を尽くします」

「あまり型にハマり過ぎるな。高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するのが、上手にやるコツだ」

「……それは『行き当たりばったり』と言うのでは?」

「…そうとも言う」

 

 イロンデルは誤魔化すように、一度咳払いをした。

 

「とにかく、慎重に進めてくれ。場合によっては私を生け贄(スケープゴート)にしても構わない」

「…流石に重く考えすぎでは?ハルバートン少将は穏健派で有名です。そこまで酷いことにはならないでしょう」

「最悪を想定しただけだ。私も彼とは面識がある。どのような人物かは知っているつもりだ」

「そういえば候補生達の教導をしていたのでしたね」

「MSの操縦経験があったからに過ぎない。それに彼らが死んだ今となっては全て無駄なことだ。もっと早くに彼らを送り出しておけば…」

 

 イロンデルは顔に影を落とした。あまりにも深刻な話に、ナタルは強引に話題を変える。

 

「…MSの操縦経験とは?連合が初めて開発したのが『Xナンバー』のはずですが、それ以前に?…そう言えば『ジン』を動かした経験があったと仰っておりましたが」

「ナギの戯れに乗せられてな。精々が基本動作程度だったのだが、あの馬鹿女はどうやら少将に報告していたらしい」

「なるほど…」

「…何か気になるのか?」

 

 彼女が顎に手を当てて考え込むのを見て、イロンデルは問いかける。やがて彼女は妙案を思いついたとでも言うように顔を上げた。

 

「現時点での本艦の戦力は大幅に低下しています」

「私の『ゼロ式』が失われたからな。ザフトが返してくれれば良かったのだが」

 

 あの機体はイロンデルの長所に合わせナギが改修を行った物だった。イロンデル自身も愛着があり今でも失ったという自覚は薄い。

 

「ポワソン大尉にはジンの操縦経験があり、基本動作や戦闘を行うことができます」

「ネクサスのサポートありきだが、確かにできる」

 

 『イージス』などのXナンバーを相手にするのは的も良いところだが、同じジンならば拮抗できるだろう。

 

「そして本艦の格納庫には損傷してはいますがジンが鎮座しています」

「…待て。…まさか」

 

 イロンデルは彼女の言おうとする事を察した。それはナチュラルには不可能であり、しかし彼女には可能な事だった。

 

「あの機体を修理すれば大尉殿の新しい乗機になるのではないでしょうか」

「ジンとXナンバーの戦力差は知っているだろう?出て行ってそのまま死ねと言いたいのか?」

「ヤマト二等兵にOSを改善してもらえばその差を埋めることも可能ではないでしょうか」

「……ふむ。確かに良い案に聞こえるな」

 

 ナタルの言う事は机上の空論ではない。彼は初めて『ストライク』を動かした場面でもその場でOSを書き換えジンを撃ち破った。そしてそのOSは従来の物の二回り上の性能を持つ。

 

「ジン自体も損傷した腕を回収しています。『ユニウスセブン』手に入れた物資の中にはで同一規格の部品もありました。短時間で改修できるはずです」

「…分かった。ヤマト二等兵に伝えておこう。貴官はマードック軍曹に話を通しておいてくれ」

「了解しました」

 

 敬礼をしてナタルと別れた後、イロンデルはヤマトの個室へ向かう。

 記憶によればコーディネイターとは特定の分野に特化した才能を持つと言う。ならば彼の才能はそのような電子工学に特化しているのだろうか。それにしては身体能力も高いようだが。

 とにかく彼に言ってナチュラル用のMSのOSを作ってもらわなければならない。かつてナギも苦労したそれをたった1人の少年に実現できるのか。イロンデルは少しだけこれから先の苦労を案じた。

 

 

 しかしその苦労は全く心配するに及ばなかった。正確にはそれ以前の問題だったのだ。

 

「嫌です」

「ヤマト二等兵、これは命令だ」

「絶対…絶対絶対ぜぇーったい!お断りします‼︎」

 

 断固として拒否する少年を前にしてイロンデルは頭を抱えるのだった。

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