機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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世界の果てに辿り着いたら、あとは落ちるだけだ。
 
――『未知の道』


第3話 邂逅

 崩壊が進むコロニーの中で『イージス』の凶刃が彼女へと迫る。その黄色い光に、彼女は死を覚悟した。しかし。

 

『やめろーー‼』

 その間に、緑の閃光が割り込んだ。2機の間を通った光は、そのまま隔壁へと命中し隔壁の亀裂が大きくなる。光の元に視線をやれば、白い『ストライク』の姿があった。

 なぜまだここに。『アークエンジェル』へ戻ったのではないのか。いや、その背中に担いだ装備が変化している。前に見たデータでの名前は『エールストライカー』だったか。わざわざ戦場に戻ってきたのか。

 

 ――いや、それよりも。

 

「早くアークエンジェルに戻りなさい。コロニーが崩壊します」

『でも――』

「早く!」

 

 言った時にはすでに遅く、隔壁の穴から空気が大量に放出し、それによって乱気流がコロニー全体に吹き荒れる。あちらこちらで爆発の炎が上がる。

 

 そしてそれがまともに確認できた、『ヘリオポリス』の最期の姿だった。

 機体の足元にも大きな亀裂が広がり、ぽっかりと大きな黒い穴ができる。乱気流が機体を大きく揺らし、3機のMSはコントロールを失った。それぞれの距離は気流に流されて離れていく。

 イージスがスラスターを吹かすが、押し流されているようだ。

 

 イロンデルの目には、まるでイージスがストライクに手を伸ばしているように見えた。

 

 凄まじい乱気流が機体を襲い、コックピットが揺れる。

 

「アークエンジェル、アークエンジェル応答願う!」

 

 ストライクの回収に向かってほしいが、まだ通信が安定せずノイズが返ってくるばかりだ。そのストライクも、通じるはずの短距離通信に答えがなく、気流に流され姿が遠のいていく。

 

 そして宇宙に放り出された彼女の目の前で、コロニーがバラバラになっていく。それは彼女にとって、『あの日』を思い起こさせるものであり、2度と見たくない光景だった。

 

「ぐ、うぅぅ!ああああ…ああああぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 割れるような頭痛を感じて、頭をおさえる。幾人もの叫び声や嘆きの声が、壊れたラジオの様に脳内に響くという()()。他人には理解されない、彼女の持つ『病気』の1つだ。

 

『(◜०﹏०◝)』

「はぁ…はぁ…大丈夫…大丈夫よ、ネクサス。私は大丈夫…大丈夫だから」

 

 座席の上で、彼女の意思と関係なしに震える手を、胸に抱きしめる。自分は生きている。胸の鼓動に意識を集中し、声を締め出す。

 無重力に漂うコックピットの壁に体を当てながら、彼女はポツリと零した。

 

「だから少しだけ。浸らせてね…」

 

 その声は、微かに震えていた。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 コロニーの残骸に紛れて漂うストライクのコックピットの中では、ヤマトの荒くせわしない呼吸音だけが聞こえていた。

 

『X105 ストライク、応答せよ!ストライク!』

 

 通信機の声も耳に入らず、コロニーの中で出会った友人の事を思い返す。

 

「アスラン…」

 

 戦争から逃れるためにと別れた彼は、ザフトの兵士になっていた。ヘリオポリス崩壊の原因でもある、MSの一機『イージス』に乗って、ジンに乗っている人を殺そうとした。

 

「どうして…!」

『キラ・ヤマト!応答せよ!』

「は、はい!こちらX105 ストライク」

 

 名前を呼ばれてようやく通信に気付き、ラミアスに応答する。

 

『よかった、無事だったのね。機体は動かせるかしら』

「ええ。問題ありません」

 

 各所の駆動を確認しながら、ヤマトは答える。気流に流されるまま色んな場所にぶつかったが、このストライクはさしたる傷もついていない。フェイズシフト装甲とやらの恩恵だろうか。

 

『そちらの通信でポワソン大尉のジンを確認でき…かしら。まだ通信妨害の影響が強くて、ス…イクに届かせ…のが精一杯なの』

 

 通信にノイズが混じっているのは、そのためか。納得しながらヤマトは、短距離通信を飛ばす。

 

「こちらストライク、キラ・ヤマト。ポワソン大尉、応答願います」

 

 モニターにはジンがそう遠くないところにいると表示されている。届いているはずだ。

 そして少し待てば、コロニーの中で聞いた声が返ってきた。

 

『こちらジン、イロンデル・ポワソンです』

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

『えっと、ポ、ポワソン…大尉』

「イロンデル、で構いませんよ。民間人に階級を呼ばれるほど、偉くはありません」

 

 緊張した様子の少年に、イロンデルは優しく返す。

 

『アークエンジェルと、ストライクを介して通信を繋ぎます』

「了解。お願いします」

『…ポワソン大尉、ご無事ですか』

「ラミアス大尉も、艦は健在のようですね」

 

 アークエンジェルもストライクも、落とされることなくコロニーから脱出できたようだ。通信する余裕があるとすると、敵はこちらを見失ったのだろうか。

 

『艦の座標を送ります。自力で向かえますか?』

「ええ、色々と持ち帰るつもりですので、カタパルトを開けておいてください」

 

 先ほど、ジンで回収してきた、斬られた右腕とビーム兵器。そして自身の愛機である『メビウスゼロ』を、ジンの脇に抱えている。

 

『了解。2番カタパルトを開けてきます。1番にはストライクを入れるので、お間違えの無いよう』

「留意する」

 

 通信を切ったイロンデルは、ジンのコックピットを開けて宇宙へ出る。モニター越しに見るよりも暗い星の光が、瓦礫の間から彼女の視界に満ちる。

 技術部が言うには、暗すぎてパイロットが恐怖に駆られないよう、意図的に光を強くして表示しているのだとか。イロンデル個人としては、生で見る宇宙の方が好きだった。暗くて広い、全てを受け入れてくれるこの宇宙(ソラ)が、好きだった。

 

 そんな暗い闇を跳んで、ゼロ式のコックピットへと入る。少し離れていただけなのに、随分と落ち着くものだ。

 やはり、ナチュラルにはこちらの方が性に合っているのだろうか。

 

 そのまま三又の間に引っ掛ける形で、ジンを運ぶ。送られた座標に従って、アークエンジェルへと舵を切る。

 時々、かなりの速度で飛来する瓦礫を避けながら、ジンが外れないように気を配る。

 

『(*^^)v』

「ええ、そうね。確かにいい土産だわ。彼女が居たら、喜んだでしょうね」

『(;_;)』

「そんな顔しないでよ。もうすぐアークエンジェルよ」

 

 既に片側のカタパルトは閉じており、ストライクは帰還したようだ。

 艦との相対ベクトルを合わせて、カタパルト内部へと進入する。普段と違ってジンが引っかかっているが、その程度でミスをするほど彼女は不器用ではない。

 

 整備員の誘導に従って格納庫のドックに機体を固定する。ジンが一緒なので多少驚かれたが、後の事は彼らに任せてイロンデルはゼロ式から出た。

 

 格納庫の隅に鎮座しているストライクを見つけ、興味本位で近づく。今はフェイズシフト装甲が起動していないようで、その色は鈍い灰色だ。装甲に電力を流すことで、その出力に応じて色が変化すると言う。

 イロンデルは初めて聞いた時は、カメレオンの様だと思った。友人曰く、上手く調整すれば好きな色に変えられるらしい。

 

 機体の足元に人溜まりが出来ているのに気づく。どうやら、パイロットの少年を囲んでいるようだ。近くまでよると、フラガの声が聞こえた。

 

「きみ、コーディネイターだろ?」

 

 その言葉に、場の空気が凍りつく。無神経な言い方に、イロンデルはフラガを睨む。本人に悪気はないのだろうが、あまりにも場が不適切だ。周囲には地球軍人も複数いる。

 少年、ヤマトは躊躇ったが、フラガを見つめ返した。

 

「……はい」

 

 正直なのは良い事だが、やはり場が悪い。

 とたんに、ラミアスとバジルールの後ろに控えていた兵士が銃を構える。その銃口はヤマトを狙う。

 

 これは戦争の縮図だ。コーディネイターとナチュラルは戦っている。「コーディネイター」と聞いて反射的に銃を向けるのも、無理はない。

 

 しかし。

 

「銃を下ろせ」

 

 イロンデルは、ヤマトの前に立つ。丁度、銃口から庇う形だ。キツく兵士を睨み、命令する。

 

「民間人に銃を向けるな」

「そうだ!キラは敵じゃない!ザフトから俺たちを守ったの、見てなかったのかよ!」

 

 有無を言わせぬ物言いに続いて、そばにいた少年――彼の友人だろうか――が叫び、イロンデルの横に立つ。

 

 が、すぐさま彼女の手によって向こうにやられてしまった。

 

「貴方も民間人に違いはありません。自分から撃たれに来ないでください」

 

 そして、もう一度兵士を睨むと、ようやくその銃を下した。

 イロンデルはヤマトの方へ振り返り、深く頭を下げる。

 

「申し訳ありません。ザフトとの関係上、コーディネイターに対して警戒してしまう者もいます」

 

 ヤマトとしては自分よりも背の小さい、女の子とも呼べそうな目の前の人が軍人である事。さらに、自分に対して頭を下げていることに驚いて言葉が出なかった。

 

「確かに、ヘリオポリスは中立国のコロニーでした。戦火を逃れて移ったコーディネイターがいても、不思議ではないわね」

 

 艦橋から下りてきたラミアスが呟く。彼女はどうやら、コーディネイター差別者では無いようだ。横のバジルールは鋭く睨んでいるが、その物腰からして差別ではなく、敵兵かスパイではないかという懸念からだろう。

 

「いや、悪かったな。騒ぎにしちまって」

 

 騒ぎを引き起こした張本人が、悪びれない調子で言った。

 

「俺はただ聞きたかっただけなんだ。この『G』のパイロットになるはずだった奴らのシミュレーション、結構見てきたからさ。あいつら、ノロクサ動かすのにも苦労してたぜ」

 

 フラガはちょっと肩をすくめるときびすを返す。

 

「それをいきなり、あんな簡単に動かしてくれちまうんだからさ」

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

「ザフト艦の動き、つかめるか?」

 

 ラミアスの問いかけに、レーダーパネルを見つめるパル伍長の答えは冴えなかった。

 

「無理です。コロニーの残骸の中には、いまだ熱を持つものも多く、レーダーも熱探知も…」

「それは向こうも同じはずだ。動くなら今だろうな」

 

 イロンデルが、それを受けて考えを言う。

 

「それもそうだが、うかつに動いて見つかるのはごめんだぜ」

 

 ラミアスは考え込む。この艦の保有戦力と現状を、頭の中で整理する。

 

「…いま攻撃を受けたら、こちらに勝ち目はありません」

「だな。こっちにはイロンデルと俺のボロボロのゼロ式と、虎の子のストライクのみ。戦闘はな…」

「振り切るにも、相手はナスカ級です」

 

 ザフトのナスカ級は、高速艦として名高い。その速さは、地球軍の艦とは比較にならないとされる。データの上ではアークエンジェルもかなり速いが、やはりやすやすと覆せるものではない。

 

「なら投降するかい?」

 

 フラガはラミアスを試すように言う。

 本来ならなるはずのない、『艦長』という座に座る彼女。その両肩にのしかかる責任は、存外に重いものだ。それをあえて自覚させるような言い方は、彼女を追い詰めかねない。

 しかし彼女はしいて、きっぱりと言った。

 

「いえ、投降はしません。このアークエンジェルとストライクは、何としても大西洋連邦司令部へ運ばなければなりません」

「だが月本部とすら連絡の取れないこの状況でどうする?」

 

 今度はムウも、難しい顔で考え込む。

 そこにバジルールが口を挟む。

 

「『アルテミス』への寄港を具申いたします」

 

 その提案に、フラガとラミアスはは、はっと顔を上げ、イロンデルは逆に俯いた。

 

「あそこは現在の位置から、もっとも取りやすいコース上にある友軍です」

「『傘のアルテミス』か…」

 

 ほど近い宙域にある、ユーラシアの軍事衛星。アークエンジェルの所属する北大西洋連邦とは軍事同盟下にある。しかし…。

 

「でもこの艦には友軍の識別コードがないわ…」

「ですが、我々は物資の搬入もままならないまま発進しました。早急に補給が必要です」

 

 バジルールの言う通りだ。地球を挟んで対極にある月は、あまりにも遠い。戦闘がなかったとしても、途中で物資が足りなくなることは目に見えている。

 

「確かにな。それに相手はクルーゼ隊だ。戦闘も無しにすんなり逃がしてくれるとは思えん。それに、ストライクの少年が保護した救命ボートには多くの民間人が乗っていた。配給の切り詰めにも限界がある」

 

 クルーゼのしつこさは、地球軍の中でも有名だ。実際に何度も相手をしたフラガは、「うへぇ…」と呟いて顔を覆った。互いに苦渋を味わってきた関係だ。

 バジルールが続ける。

 

「事態はあちらにも理解してもらえるものと思います。アルテミスで補給を受け、そこから月本部との連絡をはかるのが、もっとも現実的な手段かと」

 

 確かに真っ当な意見だ。と、言うより他に案はないだろう。長距離航海も、戦闘による強行突破も不可能だ。

 

「アルテミスなぁ…」

「私は賛成だ。気がかりもあるが、他に手は無いだろう」

 

 イロンデルの賛同の言葉に、ラミアスは決心した。元々、ここ(コロニーの残骸の中)に居座っていても仕方がない。

 

「わかりました。本艦はアルテミスへ進路をとります」

 

 すぐにデコイの発射準備を整える。デコイの熱で敵のセンサーを引き付け、その間に一瞬だけエンジンを始動し、後は慣性で艦を進ませる。

 いわゆる、サイレントラン。

 

「アルテミスまで2時間ってところか」

 

 その間、いつ敵と遭遇するか分からない。クルー達に緊張が走る。

 

「デコイ発射。それと同時にメインエンジン噴射。アルテミスへの針路へ航路修正!」

 

 窓の外を一条の眩しい光が走る。それと同時に艦が方向を変えた。

 

「これで奴らを騙せると思うか?」

 

 フラガがイロンデルに他の者に聞こえないよう小声で囁く。その疑問は不安というより、確認の意味合いが強い。

 

「無理だな」

 

 彼女も小声で。しかし、ハッキリと断言する。

 

「他の相手ならともかく、今回はクルーゼだ。時間稼ぎが関の山だろうな」

「だよなぁ…」

 

 その答えを聞いて、フラガは短いため息を吐いた。自身と同意見であるという事は、予想は当たっているのだろう。やれやれと肩をすくませ、椅子にもたれかかって伸びをする。わかっていても、今は手の施しようがない。精々、アルテミスまでの無事を祈るだけだ。

 

 そんな彼を置いて、イロンデルは艦橋を後にした。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 イロンデルは、民間人で溢れる居住区を訪れていた。

 

 格納庫でちょっとした用事を済ませ、途中で迷子になっていた少女を両親の元へ送り届けた後。その一角、幾人かの十代の少年少女に声をかける。

 

「すみません。こちらにキラ・ヤマトさんがいると聞いたのですが…」

「――あ、あなたはさっきの…」

 

 その相手は、ドックで顔を見た若者たちだった。その中の1人がイロンデルに気付く。そして傍にあるベッドを指差した。

 

「キラは今、寝ちゃってます」

 

 見れば微かな寝息をたてて、ストライクの少年がいた。

 あんな事(コロニーの崩壊)に巻き込まれたのだ。無理もない。むしろ、寝ることができるだけまだましか。ここに来る途中には、不安からか眠ることすらできない人もいた。

 

「タイミングが悪かったようですね…」

 

 わざわざ起こすのも悪いだろう。話す機会はまたあるだろうし、別の機会にまた来よう。

 

 イロンデルがそう考えていると、前触れなく彼女の身体が宙に浮いた。

 

「かぁわいいぃ〜!」

「ッ!?……」

「お、おい!フレイ!」

 

 チラリと後ろを見れば、赤い髪をした少女がイロンデルを持ち上げていた。

 メガネの少年が彼女を止めようとするが、耳には入っていないようだ。肝心の彼女は、今は死んだような目でされるがままになっている。

 

「きれいな髪ー。肌ももちもちでお人形みたい」

「………」

 

 イロンデルの肌を撫でまわす少女、フレイ・アルスターは一向に彼女を離そうとしない。よく見れば、イロンデルのその頬がぴくぴくと痙攣しているのが見て取れた。

 

「あら。あなたの服、軍服じゃない。ダメよ、それを着れるのは軍人だけなの。子どもが着ていい物じゃないのよ」

「フレイ…。その人は軍人であってるよ」

 

 言い聞かせるように、メガネの少年がアルスターの肩に手を置いて言った。

 

「…え!?」

「ええ。地球軍所属、イロンデル・ポワソン大尉であります。…以後、お見知り置きを」

「ええぇぇえぇぇ!!!」

 

 狭い空間に、少女の叫びが響き渡った。

 イロンデルに触れていた手をパッと離して目を見開く。

 

「で、でも!こんなに小さ…!こ、こど…」

「年齢は23歳。子供ではありません。悪しからず」

「え…あ…でも……」

 

 驚きのあまり、赤髪の少女は息を飲む事しかできないようだ。そして、彼女の友人たちも同じようだ。

 

「に、23!?」

「大尉って、結構偉いんじゃなかったっけ」

「若作り…って感じじゃないよね」

 

 そして、それ程騒げば冬眠している熊でも目覚めてしまう。

 

「…うるさいなぁ」

「あ、キラ。起こしちゃったか」

 

 不満気に目を擦りながら、ストライクの少年が体を起こした。疲れが残っているのか、周りにいる面々をぼんやりと見回す。

 

「…えっと。お、おはよう?って、なんでイロンデルさんがここに?」

 

 戸惑いながらも、見知った友人たちの中に彼女が居ることに疑問をもった。

 

「おはようございます、ヤマト君。…少し話したい事がありましたので、こちらに伺いました」

 

 ピシリと姿勢を正して言うその姿は、彼女の見た目に反して確かに軍人のものだった。

 

「あの、俺達はいない方が良いですか?」

「そうですね…少しの間、席を外していただければ幸いです」

 

 ヤマトを残して、少年少女は連れ立って区画を離れていった。足音が遠ざかり、十分に距離が開いたと判断した所で、イロンデルが口を開いた。

 

「良い友人たちですね」

「え…あ…はい」

 

 向かいのベッドに座り、イロンデルは姿勢を崩す。警戒も嫌悪もない、自然な雰囲気をまとっていた。

 予想していなかった言葉に、ヤマトは一瞬言葉に詰まったが静かに肯定の返事を返す。コーディネイターとナチュラルが友達など、中立国だからだろうか。皆がそうあれば、と思わなくもないが、現実は非情だ。

 

「友達は大切にするべきである。…なんて、偉そうに言うことでもありませんが」

 

 彼女はどこか懐かしそうに虚空を見つめる。その様子は、外見と違い大人びて見えた。

 

「…あの、イロンデルさん」

「はい?」

 

 恐る恐る、ヤマトが尋ねる。

 

「あなたは…コーディネイターなんですか?」

 

 それは、コーディネイターである自分に親切にしてくれる事。外見にそぐわない年齢。MSを動かせる事からの推測であり。

 

 自分と同じ存在がいて欲しいという、彼の希望でもあった。

 

「…違いますよ、残念ながら。父も、母も、私自身も。コーディネイターではありません」

「で、でも!じゃあどうやってジンを!?」

 

 MSを動かせるのはコーディネイターのみ。それは世界の常識である。それを操る彼女は、コーディネイターだと考えるのが普通だ。

 

 故に、彼女は常識の外にある物を持っている。

 

「『彼』の手助けがあれば、私にも動すことができます」

「それは…人工知能…ですか?」

 

 懐から取り出したのは『ネクサス』の端末。ひと目見ただけで、それが何なのかヤマトには理解できた。

 

「友人からの贈り物です。私の…家族みたいなものです」

「――トリィー!」

 

 その時、ふいに電子的な鳴き声がして、緑色の小鳥がヤマトの肩にとまった。

 まるで本物の鳥のように、首を傾げたり、頭を動かしている。随分と精巧に作られたロボットのようだ。

 

「綺麗な鳥ですね。よくできている。これはヤマト君が作った物ですか?」

 

 ヤマトは顔を伏せた。少しの間そうしていたが、やがて意を決したように口を開く。

 

「…いえ…。友達が…くれた物です」

 

 それ以上は話したくないのか、少年は黙ってしまった。この戦争下では、複雑な事情でもあるのだろう。そう判断したイロンデルは、話を変えることにした。

 

「そういえば、ここに来た理由をまだ言ってませんでしたね」

 

 多少、強引な方が気持ちの切り替えが容易い。という、気取った友人の言葉を思い出す。

 

「個人的なものですが、感謝と謝罪をしに来ました」

「感謝…?…謝罪?」

 

 ヤマトはなんの事かあまり分かっていないようだ。

 元々、軍としては言わなくても良い事である。しかし、彼女自身の理念として言わなくてはならない事だった。

 

「先程、イージス――赤いMSから危ない所を助けていただき、ありがとうございました」

「あ、あれは…僕も無我夢中で」

「大事なのは結果ですよ。あなたがいなければ、私は死んでいたでしょう」

「そんな…死ぬなんて」

 

 所詮、一般人であるヤマトには、あまり馴染みのない言葉だろう。そして…。

 

「そんな戦場に、貴方と貴方の友人たちを巻き込んでしまったこと。謝罪します」

 

 彼女は深く頭を下げた。できるのはそれだけ。軍としては極秘開発の兵器が奪取された、など公にできるはずも無く。

 ヘリオポリスの崩壊も、ザフトが原因として処理されるはずだ。コロニーに突入するジンは、多くの人が見ている。

 

「……顔を上げてください」

 

 ヤマトはイロンデルに言った。

 

「確かに、巻き込まれたのは事実かもしれません。でも、僕達も貴女に助けてもらいました」

 

 しっかりと彼女の目を見て告げるその言葉は、お世辞や嘘の無い、綺麗な言葉だった。

 

「……フフッ。怒らないんですね」

 

 それを聞いた彼女は思わず笑みを零す。彼は真っ直ぐなのだろう。そう思う。守れてよかった。

 

 守る価値のある者を守れた事は、彼女にとって最も重要な事だ。

 

「では、そろそろ行きます。長居を失礼しました」

「…あの!イロンデルさん!」

 

 出ていこうとする彼女をヤマトは呼び止める。

 

「…また会えますか?」

 

 少しその言葉を考えると、イロンデルは微笑んだ。

 

「もちろんです。今は同じ船に乗っていますから」

「あ、そ、そうですね…。すみません、変な事言って」

 

 ヤマトは顔を赤らめ、恥ずかしそうに謝る。そんな彼に別れを告げて、区画を去る。

 行先はブリッジ。今後の動きを決める必要がある。

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