「……」
「……」
MSパイロットに与えられた、さして広くない個室の中で。イロンデルとキラは見つめ合う。そしてイロンデルは先程も言ったことを再び口にする。
「…『ジン』のOSを私が機体を十全に操れるように改良して欲しい」
「嫌です」
「……」
キラもまた先程と同じ答えをした。このままでは埒があかないとイロンデルは思い、もう一歩進んだ質問をする。
「…何故そこまで拒否する?」
「だって…そうしたら…。イロンデル大尉…イロンデルさんはまた戦場に出て行くんでしょ?」
「当然だ」
「ならお断りします」
キラはやはり受け付けない。
「何故私が出撃するなら改造を断る?貴官に不都合は無いはずだ」
「…もう貴女に傷付いて欲しくないからです」
「…はぁ…」
イロンデルは呆れの混じったため息を吐く。彼の答えはあまりにも馬鹿げている。戦うということは誰かを傷付けるという事であり、であるならば逆に自分が傷付けられることは必然だからだ。
そんな当たり前のことを今更拒否されるとは思わなかった。
「貴女がいない分も僕が戦います。だから船に居てください」
「貴官にそれ程の力があるとでも?忘れているなら思い出させてやるが、相手はコーディネイターなのだぞ」
「なら僕だってコーディネイターです。同じぐらいの力はあります」
確かにキラは他のコーディネイターと比較しても負けない能力を持っていると言えよう。今までこの艦が沈まないでいられたのも彼の助力があってこそだ。
だが所詮は1人の人間だ。独りでできることなど限られている。
「同じ力を持っているから何だ?貴官は今までの戦闘で、一度でも『Xナンバー』を撃墜したのか?」
「それは…。そ、それは!イロンデルさんも同じじゃないですか!」
「だから共に戦う必要があるのだ。貴官とフラガと、私。1つでも欠ければどうなるか、分かるだろう?」
「……」
数とは戦争において最も重要なファクターだ。その3分の1。『アークエンジェル』を入れても4分の1。25パーセントが無くなるとなれば起こる結果は明白。
彼もそれを察していない訳がない。それでも、ただ目の前の兵士に死んで欲しくないという理由だけで受け入れることを拒んでいる。
「貴官の望み通りに、私が生き残ったとしよう。それで私は『ああ良かった。他の人は死んだが私は無事だ』と胸を撫で下ろせば良いのか?」
「そ、そんな事は!」
「貴官が言っているのはそういう事だ」
目の前の少年は幼すぎる。
戦場という環境は彼には残酷過ぎる。
それでもイロンデルは、少年を追い込まなければならないのだ。
そうしなければ誰も守れない、自身の未熟さ故に。
「…貴官が望まないなら改良はいらん。今のまま出撃するだけだ」
「ッ⁉︎そんなことをしたらアナタは…!」
『ヘリオポリス』での事が思い出される。『ネクサス』のサポートを精一杯受け、それでも足りずに『イージス』に殺されそうになった。
前の戦闘から敵の動きが最適化されているのは分かっている。つまり、より容易く殺されるということだ。
彼女を殺したくないのならOSの改良をしなければならないのだ。
「…僕は…僕は…!」
「繰り返し…いや、少し意味合いを変えよう。『ジンのOSを私が機体を十全に操れるように改良
命令。
それは軍人である限り逆らう事が許されない物。
「貴官が軍人として私と共に居たいというならば、その立場を自覚しろ」
「……イロンデルさん…僕は…」
「分かったな?ヤマト
「……分かり…ました」
こちらを睨みながら悔しげな様子で頷く彼を見て、イロンデルは踵を返して退室する。
「ジンの準備が整い次第、連絡する。それまでは自由にしろ」
納得する必要はない。ただ受け入れるしかないのだ。
それが軍人という存在なのだから。
■
「イロンデルさん…!」
独り残されたキラは膝をついて慟哭する。
彼女の言っている事は正しい。
1人で何もできなかったのは誰だ?
戦場で足手纏いになったのは誰だ?
彼女が傷付いた原因は誰だ?
自分だ。
「僕が弱いから…覚悟が無いから…」
でも。
それでも。
「僕は…貴女に死んで欲しくない‼︎」
他に誰も居ない部屋に未熟な軍人の叫びが木霊する。
■
「…だとしても、です。ヤマト君」
扉に背を付けていたイロンデルは叫びを振り払いながら歩き出す。
「君が私を守りたい以上に、私は君を守らなければならない」
少年が戦場に立つならば、その前に自分が居なければいけないのだ。
「よぉ」
「…フラガ」
すぐ側の角を曲がった所でフラガが壁にもたれていた。
「俺の部屋で少し話せるか?」
「ここでは不味いのか」
「ああ。その傷痕の話、キラに聞かせたくないだろ?」
彼はイロンデルの額を指差す。
「艦長らはお前の傷の治りが早いってことで納得してるが、俺の目は誤魔化せねぇぞ。その傷、そんなにデカくなかったろ」
「…めざといヤツだな」
フラガはイロンデルを『ゼロ式』から助け出したので包帯で隠される前の状態を知っている。先程の戦闘に出る前には無かったものが帰ってきたら既に完治しているなど気付かないはずがない。
「洗いざらい吐いてもらうぞ」
「…はぁ。分かった」
■
「いつも思うことだが、お前の部屋は意外と綺麗だな」
「軍学校で躾されたからな。…って、意外は余計だ!」
ベッドは整えられ、床に散らばった物も無い。彼の性格からは想像もできないとイロンデルは思った。
だがそんな事はどうでもいい。
「それで、何があってお前の傷は治ってんだ?」
彼は前置きもなく訊いてくる。無神経な彼にイロンデルは少しだけイラつきながら、ゆっくり口を開く。
「…クルーゼだ」
「はぁ?なんでアイツの名前が出てくるんだよ」
イロンデルはシワひとつ無いベッドに雑に座る。対応するようにフラガは椅子に腰掛けた。
「アイツが細胞活性剤を持っていた」
「ナギの薬を?何でだ?そりゃ、医療用の薬だけどよぉ。コーディネイターがわざわざ持つなんておかしいだろ」
コーディネイターの肉体の耐久力や回復能力はナチュラルのそれを凌駕している。余程の重傷でない限り薬に頼る必要はない。
が、イロンデルは知っている。クルーゼはコーディネイターではない。
「アイツは…ナギが生み出したクローンだった」
「なっ⁉︎…じゃあお前と同じ──」
「私と
彼の言葉を怒り立って否定する。しかし、それではまるで同じだと認めるようなものだと気付いて、すぐに冷静になる。そしてそんな自分を嫌悪する。
「私は…私は、決して…あんなヤツと…同じではない!」
「あ、ああ。悪かった」
フラガは慌てて謝る。これはイロンデルにとってその
そう結論づけ、肩で呼吸をしながら自分を落ち着けようとする彼女に話の続きを促す。
「確かにクルーゼとお前は違う。…で、クルーゼは何か言ったのか?」
「アレは『LP計画』を知っていた」
「あの気色悪りぃのを?」
「……」
確かにナチュラルを後天的に改造して能力を与えるというのは、常人から見れば忌避感を覚えるのだろう。それが死体から細胞を取り出して作っているというのも拍車をかけているかもしれない。
「…気色悪いというのは否定しないが…一応、私はそこの生まれなんだぞ」
「おっとすまん。で、続き続き」
彼はさして反省の様子もなく話を促す。
イロンデルはそんな彼に呆れ半分諦め半分のため息を吐く。
「…アレは他にも様々なことを知っていた。『ノア』のこと。『ネクサス』のこと。…貴様や私よりもそれらに詳しいかもしれない」
「俺は元々ナギから愚痴混じりにしか聞いてないが…お前よりもか?」
「私とて彼女から聞いたのは懺悔に近いものだ。恐らくクルーゼはより深く知っているだろう」
銃を向けられた時、僅かにだが彼から感じた憎悪。
それは深く暗く、そして重いものだった。
あの時は、その憎悪が自分に向けられたものとばかり思っていたのだが…今になって思えば違う気がした。
彼の目が何を見ていたのかは分からない。だがそれを野放しにするのは良くないという確信があった。
「フラガ。クルーゼは殺しておかなければならない」
「そりゃまた物騒なこと言うじゃねぇか」
イロンデルの静かな言葉にフラガは苦笑いを浮かべるが、彼女の瞳に剣呑な光が宿っているのを見て笑みを消す。
イロンデルは本気だった。
「何でそこまで…」
「…アレはダメだ。あんなモノが存在していいはずがない」
彼女の『勘』が叫んでいる。クルーゼはやがて世界を滅ぼしうる存在だと。
根拠は無い。だが確信していた。
フラガはしばらく考え込み、やがて結論を出す。
「……無理だけはするなよ?」
自分には彼女を止める資格は無い。ならばせめて、彼女の意思を尊重しようと思ったのだ。
「大丈夫だ。私は死なないさ」
イロンデルの言葉にフラガは一瞬だけ目を丸くすると、次の瞬間にはいつものようにニヤリと笑う。
「そいつは頼もしいねぇ」
「ふん、当たり前だ。私を誰だと思っている」
イロンデルは不敵な笑顔で返す。そんな彼女をフラガは眩しげに見つめる。
「その顔、ナギにそっくりだ」
「それは褒め言葉じゃないだろう」
「いや、褒めてるぜ?自分の生き方に正直な奴はそういう笑い方をするのさ」
「ふむ……。嫌な気はしないな」
イロンデルは少しだけ頬を染める。彼女にとってナギは親友であり戦友で、そして親でもある。人間としては尊敬していないが、親しい者と同じ顔ができたというのはクローンである自分にとって嬉しい事だった。
「似ている…か」
「何か気になるのか?」
「…いや、何でもない」
クルーゼが言っていた、イロンデルとは似ていない『彼女』とは誰だったのだろうか。だがそれを気にする意味もないとイロンデルは思い直す。
「そう言えば、貴様とクルーゼも似ているな」
「はぁ⁉︎冗談よせよ!」
彼は否定する。実際、彼とアレはあまり似ていない。髪色などは似ていると言えなくもないが、内に秘められた感情はかけ離れている。だがイロンデルの『勘』は、どこか共通点を感じ取っていた。
しかしそれはあまりにも根拠としては希薄だ。
「いや、そっくりだ。特に私に下劣な目を向けてくる所がな」
「ネクサスに監視させようとしたこと気にしてんのかよ。言っておくがな、俺はちゃんと大人のレディにしか興味ないっての」
「…あぁ、だからよくラミアス大尉の胸を見ていたのか」
これこそほんの冗談のつもりだったが、彼は目に見えて動揺する。
「何でバレて…」
「カマをかけただけだが…本当にやっていたのか…。とんだセクハラ野郎だな」
「しょうがねぇって!あんなデカいのが揺れてんだぜ⁉︎」
「もういい。喋るな。セクハラが移る」
「移るか‼︎」
その後も彼は、動くのを見るのは人間の狩猟本能だ、ミスディレクションだ、不可抗力だ、などと言うが醜い言い訳にしか聞こえない。
「それに俺の好みは足首が細い方がいいし…」
「うわ。近づくな。こんな所で純潔を失いたくない」
「お前は論外だクソガキ‼︎俺はロリコンじゃねぇ‼︎」
「…ラミアス大尉も足首が細いよな?」
「……頼む。艦長には黙っててくれ」
まるで命乞いをする様は正しく無様だった。
「…哀れだな、変態」
「うるせぇ…」
イロンデルは非常に珍しく、彼に憐れみを抱いたのだった。
艦内の空気が悪くなるのを防ぐため。そして僅かばかりの彼の名誉のために、イロンデルは黙っておこうと思うのだった。