機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第31話 2人の距離

「複数の艦影を確認。照合します」

 

 通信士のパルが言う。間もなくその正体が『アークエンジェル』の全員が心待ちにしていた存在だと分かる。

 

 地球連合軍第8艦隊。

 智将と称されるハルバートンが率いる大規模な艦隊だ。数十にもなる軍艦とアークエンジェルは合流を果たす。

 

「ま、何とかなったな」

「…だな。『ジン』の改修は不要だった」

 

 ラクス嬢をザフトに引き渡してから、彼女達は襲撃も無く静かに航行することができた。イロンデルはその静寂に不気味さを感じたものの、実際には何も起こらなかった。

 

「それはまだ分からんぜ?お前がMSを動かせるかもってことを知れば、提督さんも目の色変えるだろうよ」

「不確定な事をほざくな」

「ジョークだよ、ジョーク。マジになるなって」

「全く…貴様というやつは…」

 

 笑うフラガと呆れるイロンデルのやり取りを横目に、操舵手のノイマンは艦隊の旗艦『メネラウス』に本艦を横付けする。

 

「しかし、いいんですかね?こんなデカいのの横に…」

「提督もこの艦をよくご覧になりたいんでしょ。自らこちらにお出でになるということだし」

 

 ノイマンの冗談混じりの懸念にマリューは微笑みながら返す。その言葉にイロンデルは少しばかり驚愕を覚えた。普通ならこちらから出向くからだ。それをわざわざ見に来るとは、余程アークエンジェルと『Xナンバー』の開発計画に力を入れたのだろう。周囲の反対もあったと聞く。これからの戦況を左右する兵器として期待していたのだろう。

 『ストライク』を残してその他の全てを失った事をイロンデルは悔いる。

 

「イロンデル大尉、私と一緒に来てくれるかしら?」

「…?構いませんが…」

「こっちのことは頼むわね、ナタル」

「了解しました」

 

 ブリッジを出たイロンデルは、隣を歩くマリューの顔を見上げる。その視線に気づいたのか、彼女はイロンデルに顔を向けた。

 

「…何かしら?」

「あ、いえ。随分と肩の力が抜けたなと思いましたので」

 

 初めて『ヘリオポリス』で見た時はもっと強張った表情をしていたが、今は穏やかな笑みすら浮かべている。ナタルに命令をした際の語気もはっきりとしていた。

 こうして艦隊と合流し荷が降りたのもあるのだろうが、今の彼女は艦長という肩書きに相応しい女性に見えた。

 

「そうかしら?」

「背筋が伸びています。自分の行いに自信がある証拠ですよ」

 

 イロンデルの言葉に彼女は恥ずかしそうに少し頬を染めた。

 

「色んな人に支えられているだけよ。ナタルやフラガ大尉。それとキラ君を含む学生たち。もちろん、貴女にも」

「私は…戦うことぐらいしかできませんから」

「そんなこと無いわ。キラ君と私達の関係があるのは貴女が取り持ってくれたからよ?」

「上手くできているでしょうか…」

 

 イロンデルは自分の行為を思い返す。ずっと彼を追い詰める事しかしていないのではないだろうか。彼が今軍籍に身を置いているのは、自分の力不足が原因だ。もっと彼のそばにいてあげたい。

 

「私達の中で最も貴女に心を開いているのは間違いないわ」

「だと良いのですが」

「彼も大変だと思うけど、貴女に支えて欲しいの」

「…微力を尽くします」

「私達もサポートするわ。これからもお願いね」

 

 結局、できる事をやるしか無いのだ。それはどんな状況でも変わらない。軍人ならば率先してやらなければならないのだ。

 

「ところで、どこに行くのか聞いていませんが…」

「格納庫よ。キラ君と話そうと思ってたの。今まであまり時間が取れなかったでしょ?」

「なるほど。それで私を呼んだのですね」

「貴女も自分のMSの出来栄えは気になるでしょ?」

「確かに。俺も気になってたんだ」

「……フラガ」

 

 会話に割り込んだ声に振り返れば、彼はいつも通りの緩んだ顔をしていた。

 

「何だよ。良いだろ?ブリッジに居ても暇なんだよ」

「ストーカー、セクハラと来て、つきまといか。いよいよだな」

 

 イロンデルはじっと顔を睨む。それを受けて立つように彼は彼女の顔を覗き込む。

 

「勝手に言ってろ被害妄想娘」

「事実に基づく確信だ変態野郎」

「てめぇのそのちんちくりんの体に興味持つ変わり者がいるとでも思ってんのか?ク〜ソ〜ガ〜キ〜?」

「は?」

「あ?」

 

 目と目の間で火花を散らし合う2人。だが今この場にいるのは2人だけではない。

 

「興味深い話をしてるわね」

「うげっ⁉︎」

「ひっ⁉︎」

 

 ゾッとするようなマリューの冷たい目に睨まれた2人は揃って冷や汗を流す。つい先日も似たような事で怒られたばかり。マリューの目が全く笑っていない。

 

「えー…っと…。そうだ!機体の整備をしなきゃな!…お、俺は一足先に行くぜ!」

「あ!待てフラガ!私も──」

「イロンデル大尉?」

「──ぴゅぃっ⁉︎」

 

 我先にと逃げる薄情者を追いかけようとした彼女の肩を、がっしりとマリューが掴む。

 

「…何度も…何度も何度も何度も…言ったはずよね?『落ち着いて』『大人らしく』振る舞って、と」

「あの…ええと…コレはですねそのあの…同僚とのコミュニケーションでありまして‼︎…決して争っていたわけではありませんですはい‼︎」

 

 目を四方に泳がせ早口に言い訳を捲し立てる。

 

「…そう!フラガが悪いのです‼︎アイツがストーカーまがいの事を──」

「確かにフラガ大尉は多少不純な所もあるけれど、貴女を心配して行動してくれてるのよ?」

「…だとしてもですね⁉︎四六時中付き纏われては私にもプライバシーというものが…」

「子どもっぽいこと言わないの。偶には彼の事も想ってあげて?」

 

 まるで母親のような慈愛の顔をする彼女に、イロンデルも言葉が詰まる。苦虫を噛み潰したような顔で渋々了承すると彼女は手を離してくれた。

 そして2人してフラガの後を追うのだった。

 

 

 格納庫の中、ずっと置き物だった『ジン』は腕の修理が終わり、そのコックピットのハッチが開かれている。

 中に座るキラはモニターと『ネクサス』に映るデータを見比べ、プログラムを何度も調整する。

 

「ここは自動化しても良いと思います。前のシミュレーションの結果から考えると、イロンデルさんが操作するよりその都度ネクサスさんが動かした方がスムーズにいきます」

『(°▽°)』

 

 既に何度かシミュレーションを行いその都度修正はしているが、やはりナチュラル用OSの開発は難しい。それでも少しずつ進んでいると、キラは手応えを感じていた。だがここでネクサスが新たな提案をする。

 

「え⁉︎姿勢制御は完全手動(マニュアル)⁉︎そんな…無茶ですよ!」

『(`・∀・´)』

「そりゃ…設定はできますけど…。…わかりました」

 

 僅かな慣性すら影響がある宇宙空間でそれを行うのは、卓越した感覚と裏打ちされた経験が無ければ非常に難しい。経験のないキラは機械の補正に任せているが、ネクサスは彼女ならそんなものはいらないと言う。

 

『( ̄∀ ̄)』

「そっか、戦闘中は臨機応変な対応が必要なんですね。普段はあの人が。緊急時には貴方が補佐する。そういう分担にするんですね」

 

 イロンデルが通常のナチュラルと比較すると優れた能力を持っていることにキラは気付いていた。ならばそれを活かすべきだという提案を素直に受け入れた。

 このAIの能力はキラも舌を巻く程だ。今まで収集した全てのデータを元に最適な行動を計算し導き出している。

 これ程の情報処理能力は他の最新鋭のコンピュータでも不可能だろう。それが手の平に収まるサイズになっていることにキラは僅かに戦慄を覚えた。だが、味方であれば頼もしい、と意識を入れ替える。

 

「…だったらストライクのOSを流用できませんか?僕が自力や機械任せでやってたのを貴方が担当する。ある程度のデチューンは必要ですけど、これまでのデータを活かせれば…」

『( ・∇・)』

「分かりました。この次のテストで変えてみましょう」

 

 そう言って作業を続けるキラに、格納庫にやってきたフラガが声を掛ける。

 

「よ!進んでるか?」

「ムウさん」

 

 コックピットハッチに寄りかかる彼に気づき、キラは手を休めて顔を上げる。

 

「≪史上初!ナチュラルの操るMSの誕生!≫…って感じか?」

「そんな簡単にはいきませんよ。まだ実際に(宇宙)で動かしたことすらないんです。どんなにシミュレーションを繰り返しても僕の書いたOSをあの人が動かすんだと思うと…自信が持てなくて」

「あんま気にすんなよ。どうせ何かあってもネクサスが何とかしてくれるさ。な?」

 

 宇宙では1つの障害で命を落とすのも珍しくない。MSで戦闘を行うのならば、尚更だ。書く文字一つ一つに他人の命が掛かっているとおもうと、どうしても心が弱ってしまう。

 しかしネクサスはキラの事などどうでもいいと言うようにフラガに意識を向けていた。

 

『( ‐ ω ‐ )』

「相変わらず俺に冷たいねぇ。クソガキ(イロンデル)そっくりに頭の硬いこった。()()()ウェアだけに…ってか?」

『(#^ω^)』

 

 怒りの顔したネクサスはジンにハッキングを掛けた。物理的に最深部に繋がれた状況なら操縦すらできるのが彼の恐ろしい力だ。

 ネクサスの操作を受けたジンは直ったばかりの右腕で器用にフラガを掴み上げる。人体に負担が掛からない程に弱く、しかし自力では抜け出せない程の強さ。

 完璧な力加減だ。

 

『( っ˙˘˙ )ノ』

「うおっ⁉︎ネクサスゥ⁉︎」

 

 そしてそのまま振りかぶって。

 

『(っ'ヮ')╮Ξ〇』

「ちょっ!?うおあああぁぁぁ…ぁ…!!」

 

 投げた。

 

 無重力の空間を遠くなっていくフラガの絶叫を聴きながら、キラはただ呆然と眺めているだけだった。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 格納庫を出てすぐの所で壁に手をつき肩で息をしているフラガを、イロンデルが心配そうに見つめる。

 

「ぜぇ…ぜぇ…いや…ゲホッ。三半規管は…鍛えてるつもりだったんだが…ハァ…。野球のボールになった気分だ…」

「お前がここまでグロッキーになるのは珍しいな。何があった?」

「……いや、なにも……」

 

 先程のネクサスとのやりとりを思い出し、フラガは苦笑いを浮かべた。どうせ話しても馬鹿にされるだけだと思ったからだ。相手がイロンデル1人なら言っても良かったが今はその隣にマリューがいる。僅かにでも喧嘩腰になれば今度こそ自分も一緒に怒られてしまうだろう。

 そんな彼の気遣いを察してかイロンデルも深く追及することは無かった。 

 

「そうか。なら水でも飲んで来い」

「そうする…ゲホッ」

 

 フラフラと去っていく彼を見送るとイロンデルはマリューに目配せする。

 

「どうです?私にも彼を気遣うことぐらいできるのですよ」

「フフッ。ええ、そのようね」

 

 マリューはイロンデルが気遣いを見せた事に驚きつつも、微笑ましいものを見るような表情を浮かべた。イロンデルは彼女の反応が理解できず首を傾げる。少しばかり子ども扱いされているような気分がしたが、まさか彼女が自分をそんな風に見ることは無いだろう。

 気を取り直してイロンデルは整備長のマードックを呼び止めた。

 

「軍曹、ヤマト二等兵はどこにいますか?」

「おや大尉殿。それに艦長も。坊主ですか?ちょっと待って下せぇ。…おーい!坊主‼︎大尉殿がお見えだ‼︎」

 

 マードックがジンに呼びかけるとその中からキラが顔を覗かせた。

 彼はMSを蹴って無重力の中を近寄ってくる。

 

「どうだ、進捗は?」

「前回の結果を踏まえて反応係数を5%上昇させています。運動加速も16%上げたのでそれに合わせてネクサスさんの補整も強くなっています」

「なるほどな」

 

 イロンデルは機体を見上げる。

 

「ラミアス大尉。次のテストは実際に宇宙で行いたいと思います」

「え⁉︎」

「そうね。腕の修理も終わったようだし、そろそろ実地テストをしても良いでしょう」

「そんな⁉︎」

 

キラは抗議の声を上げた。宇宙でそれを動かすのは今までやったことがない。自分の書いたものにミスがあるとは思っていないし、それがどこまで通用するのか試したい気持ちはあるのだが、同時に恐怖心もあった。

 

「あれはまだそんな段階じゃ…」

「ずっと先延ばしにするわけにもいかない」

「そりゃ…そうですけど」

 

 イロンデルに言われてキラは言葉を詰まらせる。確かにいつまでも引き伸ばす訳にはいかない。

 だが怖いものはやはり怖いのだ。

 俯く彼に、イロンデルは諦めたようににため息をついた。

 

「はぁ…。分かった。今回はこれまでのようにシミュレーションだけにしよう。が、次回は必ず宇宙で実地テストだ」

「まとまったようね。ならイロンデル大尉は機体のテストを」

「了解しました」

 

 マリューの提案に従ったイロンデルは彼女らから離れ、ジンへと向かった。

 その背中を見送る少年は静かに唇を噛んだ。

 

 そんな彼にマリューは話しかける。

 

「ここまでの協力、色々感謝するわ」

「僕は…僕にできることをしただけです」

「本当に、大変な思いをさせたわね」

「ええ、まぁ…」

 

 空返事をするキラはマリューに意識が向いていないようだった。彼がどこを見ているのかと視線を辿ると、それはジンだった。

 

 

「彼女が心配かしら?」

 

 そう問いかけるとキラはようやくこちらを向いた。

 

「…僕なんかが心配しても、何にもあの人の助けにはなりませんよ。本当は分かってるんです。ジンは宇宙にでても何の問題もない。ネクサスさんもそれは間違いないって言ってました。…でも、もしあの人がジンに乗って死んだら…それは僕のせいになるんじゃ…ないかって…。そう思うと……手が震えて…。可笑しいですよね。あの人の助けになりたくて軍人になったのに…結局ずっと助けられてる」

 

 キラはこれまでのことを思い返す。

 今まで暮らしていたコロニーが襲われ、自分はMSを操り、かつての友は敵になっていた。初めての戦闘で死ぬかと思った。『コーディネイター』、『裏切り者』と謗られた。民間人と軍人の立場の違いを知った。彼女を守りたくて人質を交換したら銃殺になりそうになった。

 大変という言葉で片付けるにはあまりに残酷な出来事だった。

 

 だが。

 

「イロンデルさんが居てくれたから…」

 

 いつだって自分の前には彼女が居た。

 気付いているだけでも、自分を『デュエル』から庇って傷付き、さらにその身体に無理をさせて自分が守れなかったフレイの父親を守った。

 もっと彼女の力になりたくて軍人になったが、まだ自分は弱いままだ。

 

 自己嫌悪の渦に陥る少年を見て、マリューは掛ける言葉を探す。

 

「『デュエル』の攻撃で彼女は死にそうになった。それでも彼女が今生きているのは、間違いなく貴方の助けがあったからよ?」

「それだって死にそうになった原因は僕です。マッチポンプも良いところですよ」

「もう!そんなに自分を虐めないの!貴方はこのアークエンジェルに乗ってる皆、貴方を頼りに思っているのよ?それは彼女も変わりないわ」

「僕を…頼りに?」

「貴方の力は他の誰よりもイロンデル大尉を助けてる。ちゃんと自分を褒めてあげて?」

「…そうかも…しれませんね」

 

 キラは深く呼吸して肺の空気を入れ替える。我が身に掛かる責任の重さに少し神経質になりすぎた。

 確かに自分は弱い。

 だが持っている能力はここにいる誰にも負けないのだ。

 

 

 ()()()()()()()()なのだから。

 

 

 今だけはそんな自分の力を彼女は必要としてくれている。だから、ここで立ち止まる訳には行かない。

 

 キラは並び立つジンとストライクを見上げる。

 機体と、それを操る人間。その差は真逆の方向に開いている。

 それでもいつか、彼女の隣に立てる日が来るだろうか。

 

 ふとその機体のコックピットに近づく人影に気づいた。

 

「あれは…ムウさん?」

 

 

 閉じられたコックピットの中。仮想上の空間が映し出されたモニターにイロンデルは集中する。

 

 

「x軸慣性挙動の修正を」

「右腕の操作が敏感すぎる。デッドゾーンを6上げて反応曲線を4下げて」

「上下移動時の推進出力加速は50%で良い。左右は80」

「メインスラスターの入力検知が遅い。デッドゾーンを0にして」

『('◇')ゞ』

 

 少しでも気に入らない所があればネクサスに修正を命じる。3Dモデルで再現された敵のジンを『重斬刀』で袈裟切りにした時、後ろからロックオンされたと示す警告音が鳴る。とっさに操縦桿を倒すとビームライフルの緑光が眩しく視界の脇を過ぎた。

 

「『イージス』か」

 

 Xナンバーに対抗できる武器は無い。追撃を躱して距離を取る。

 が、他のXナンバーを遥かに上回る速度の機体がモニターに映ったかと思うと、ビームサーベルの煌めきが視界を埋め尽くした。

 

「…ふぅ」

 

 『Shot Down(撃墜された)』と表示されたモニターから目を逸らしながらイロンデルは息を吐く。

 

「イザーク・ジュール…。…ハハ、敵わんな」

 

 自分を落としたのは再現されたデュエルだ。前回の戦闘で得られたデータを元に構築したが、やはり速い。あの速度はイロンデルが『メビウス・ゼロ』のオーバーアチーブを発動させた時に匹敵する。イロンデル自身が反応できても機体の動きが追い付かない。

 

「ヤマト二等兵に伝えておくか」

『!(^^)!』

「…へぇ、ストライクのOSの流用?なんだ、もう考えてくれてたのね」

 

 敵艦での交流から推測するとイザークは必ず自分を狙ってくる。そう彼女は確信していた。ならデュエルとジンの速度差を埋めなければ戦いにすらならない。

 

 そこまで考えていたところで、前触れなくジンのコックピットハッチが開いた。

 入ってくる光にイロンデルは少し眼を細める。

 

「どんな感じだ?五体満足のMSは」

 

 入ってきたフラガはどうやら体調も治ったようだった。

 

「何ともならん。Xナンバー共とジンの速度差を埋めなければ話にならん」

「ふーん。追加の推進器は付けられないのか?」

「『ジン・ハイマニューバ』のパーツは無い。ここにあるのはこのジンと、装備していた重斬刀だけだ」

 

 改めて考えると武器が頼りないにもほどがある。Xナンバーを相手取るなど夢のまた夢。

 

「かといってどこかからジンのパーツを持ってくることも()()()だ」

「『不可能』ねぇ…」

「どうかしたか?」

 

 顎に手を当てて思案する彼にイロンデルは尋ねる。

 フラガは少しして、したり顔で微笑んだ。

 

「不可能って言われたら可能にしたくなるのが、この『不可能を可能にする男』なんだよ」

「何か思いついたのか?」

「この艦にはジン以外に何がある?」

「…つまらんジョークに付き合う気は無いぞ」

「良いから、考えてみろって」

 

 フラガに促されるまま、イロンデルはアークエンジェルにある物を思い浮かべる。わざわざ『ジン以外』と言ったということは、機動兵器に関することだろう。

 

「ストライク、『ミストラル』、『メビウス・ゼロ』…ぐらいか」

「その中でジンに使えるパーツを持っているのは?」

「存在しない」

「そりゃあ何でだ?」

「規格が違うからだ。接続部、電流電圧、制御するユニット。ジンに合う物は1つもない」

 

 何を当たり前なことを聞くのか、とイロンデルは頭に疑問符を浮かべた。

 だがフラガは彼女が悩んでいるのが楽しいようで、口角をはっきりと分かるぐらいに上げた。対してそれがあまり面白くない彼女は声に僅かな苛立ちを滲ませる。

 

「…降参だ。答えを教えろ」

「規格の違いは埋められるだろ?」

「どうやって?」

「聞くところによると第8艦隊は技術職の集まりらしいぜ。そこのメカニックと…」

『( ゚Д゚)』

 

 フラガは手を伸ばしてネクサスを取る。

 

「コイツが居る」

「…接続は物理的に繋げ、電圧などの制御はネクサスが行う…ということか?」

「そういうこと。できるだろ?」

『(´_ゝ`)』

「何だよその顔。できるんだろ?」

『(´◉◞౪◟◉)』

「分かんねぇっての!」

「それだけ余裕があるならできるってことだ」

「くっそ~。せっかく俺がカッコよく決めようとしたのに…」

 

 フラガはネクサスを彼女に返し、気を取り直すように咳ばらいをした。

 

「と、とにかくだ。規格の差が無くなるならここにあるパーツも、艦隊が持ってくるだろうストライクの予備パーツも自由に使えるってことだ。艦長とかの許可はいるだろうけどな」

「…なるほどな」

 

 今までそれを利用するなど考えもしなかった。フラガの提案が無ければジンの能力はどん詰まりだっただろう。認めるのは癪だが。

 イロンデルは先ほどのシミュレーションの結果から必要とされるパーツを考える。

 

「確か私のゼロ式の予備パーツが余ってたよね。それをジンに付けれない?」

『(^_-)-☆』

 

 ガンバレルを遠隔操作兵装としては使えないだろうが、他のパーツと組み合わせて追加スラスターにできるはずだ。

 

「あとはビーム兵器ね。ストライクの武器の中でジンが使えそうなのは…」

 

 ビームライフルと『アグニ』はエネルギー消費が激しい。それにデュエルの速度では狙いを振り切られる。

 だとすると近接兵装が良いだろう。ジンのバッテリー容量は少ない。追加バッテリーを装備可能で、一撃でXナンバーを屠ることができるもの。

 

 モニターに装備を羅列させ思考するイロンデルの横で、ネクサスは早くも規格差を埋める制御プログラムの構築を始めている。率先して彼女の補佐をするその姿を見て、フラガはポツリと愚痴をこぼす。

 

「…ったく、ホントにクソガキに従順な奴」

「……」

『(#^^#)』

 

 ピタリと彼女らの手が止まるのを見て彼は愚痴を聞かれたことを悟った。

 

「…やっべ」

 

 即座に身を翻して機体から離れようとするが、2度と逃がすイロンデルではない。

 

「ネクサス、右腕の動作確認よ」

『(・ω・)/』

「そうは行くかっての!」

 

 だがフラガも負けていない。AMBACを使って体を回転し、迫る巨大な掌を避けた。

 

『(*‘ω‘ *)』

「んなぁぁああ‼」

 

 が、回転して不安定になったところを逆に左手に捕まえられた。相変わらず完璧な力加減で逃げることはできない。

 まるで先ほどの再演だった。

 

『m9(^Д^)』

「またやってくれたなクソAI。俺の身体能力が悪けりゃ怪我してたぞ」

「『また』だと?なんだ?さっきも馬鹿なことをやったのか。どうせ貴様が挑発したんだろ」

「ぐっ…。無駄に鋭いな」

「馬鹿の考えは読みやすくて助かる」

「他人を煽ることしかしないガキよりかマシだ。ちっとは協調性って言葉を調べたらどうだ?」

 

 直前まであったはずの互いに支えあう良き同僚という雰囲気は何処へ消えたのか、互いに煽り合う腐れ縁に変わっていた。

 

「貴様は自分の状況が圧倒的に不利だと分かっていないらしいな」

「クソガキとクソAIが2人がかりでやっておいて、それでそんなデカい口が利けるとは大したもんだぜ。体と心と器はちっせぇのにな!」

「…ほう」

 

 イロンデルはネクサスに指示を出し左手を上げる。するとジンが真似をするようにフラガごと左手を高く掲げた。

 

「な、何する気だ⁉」

「以前ナギが言っていた…。地球の島国には左手を上下させる運動があったのだと」

「はぁ⁉」

 

 何をされるか大体の予想ができたフラガは目に見えて動揺し始める。

 

「分かった謝る!もうクソガキとか言わねぇ‼」

「…本当か?」

「マジマジ!」

 

 イロンデルは思案するような顔をした。フラガは解放されるかと希望を持った。

 だがその儚い願いは──。

 

「だが断る」

 

 そんな言葉と共に振り下ろされる左腕によって打ち砕かれた。

 

「んのおおぉぉぉおお‼」

「上げてぇ、下げてぇ、上げてぇ、下げる。いち、に、さん。に、に、さん」

「ぎゃあああ!」

 

 一定のリズムで動くイロンデルに追従してジンは手を動かす。その度にフラガの視界は激しく揺さぶられる。

 

「無理!イロンデル!これ無理だって!!」

「ハッハッハ〜!『不可能を可能にする男』なんだろ?耐えてみせろよ」

『( ゚∀゚)o彡°( ゚∀゚)o彡゜』

「無理と不可能はちがぁぁああ!無理ヤバい無理ヤバい無理ぃ!!…ムゥウリィィイイ!!」

「ハッ!ざまぁ無いな!」

 

 その様子をずっと下から見ていたマリューは完全に呆れた表情を浮かべる。

 

「あの2人ったらまた…。本当に懲りないんだから…」

 

 もう本格的に放っておくしかないのだろうか。アレはアレで互いのストレス解消になっているのだろう。そうだそうに違いない。

 

「ぜってぇ許さねぇぞ‼」

「負け犬の遠吠えより気持ち良いものはないなぁ!」

「覚えてろよぉおぉお!」

「そんな無様な姿なら忘れたくても無理だ!」

「このクソガキがぁぁああ‼」

 

 マリューは少し頭が痛くなってくるのを黙殺した。

 対して彼女の隣にいるキラはその光景を見てフラガが少し羨ましかった。あれぐらい遠慮なく彼女と接することは、自分には到底できないことだったからだ。笑っている彼女は、軍人らしくない、イタズラをする子どものような顔をしている。

 

「…楽しそうですね」

 

 思わずそう呟いてしまう。

 

「あれを楽しそうって言えるなら、貴方もこの環境に慣れてきたってことかしら」

 

 見ているだけで疲れる光景を後ろに、マリューは大事なことを少年に言っていないことを思い出した。

 

「そうだわ。貴方に訊いておきたいがあるの。…もう必要無いでしょうげど、一応ね」

 

 マリューは一度深呼吸をして、キラと向き合う。

 

「提督に申告すれば退軍できるけど、貴方はどうしたい?」

 

 

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