機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第32話 艦隊との合流

 連絡船から降りた人物に、ブリッジにいる人物は全員揃って敬礼をする。

 

「ヤマト二等兵、もっと脇を絞めなさい」

「は、はい!」

 

 ナタルに注意され慌てる彼を見て、イロンデルはそう言えばマトモな敬礼など教えていなかったと思い返す。そんな時間など無かったのが原因だが。そしてナタルがそこまで厳しく言うのは、目の前にいる人物が半端な敬礼が許される相手ではないからだ。

 

「お久しぶりです。ハルバートン提督」

「ラミアス大尉か。敬礼を解いてよい。堅っ苦しいのは苦手でな」

 

 艦隊の指揮を執る智将ハルバートン。彼はブリッジの者たちを一通り眺めた後、フラガとイロンデルに微笑む。

 

「君たちが居てくれて助かった。大層な活躍をしたと聞いているぞ?」

「はは。さして役にも立ちませんでしたが」

「…軍人としての責任を果たしたまでです」

 

 フラガは気まずそうに頭を掻き、イロンデルは感情を消した声で答えた。

 

「フラガ大尉、随分とやつれているように見えるが、平気かね?」

「いやぁ〜。ちっこいガキに日頃の鬱憤を晴らされまして」

「窮屈な生活では不満も溜まるだろう」

「特に子どもは癇癪起こしがちで─「んんっ!」─って、何でもありませぇ〜ん…」

 

 相変わらずの軽口にイロンデルは向こう脛を蹴ろうとしたが、途中で挟まれたマリューの咳払いに2人して慌てて姿勢を正す。つい先程、非常に強い剣幕でフラガとイロンデルは彼女に叱られたのだ。

 

「ふむ。まあ怪我はしないようにしてくれ」

 

 ハルバートンはそれに気付かず頷いた後、視線を動かし学生達に目を向けた。

 

「彼らがそうかね?」

「はい。ヘリオポリスの学生達です。操艦を手伝ってもらいました。彼らの手助け無しでは本艦はここまで辿り着けなかったでしょう」

「そうか。君達には感謝してもしきれないな。良い知らせと言ってはなんだが、家族については安心して欲しい。無事を確認している」

 

 提督の言葉に学生たちは一斉に安堵の息を吐く。それは何よりも嬉しい報告だった。

 イロンデルもまた、誰にも気づかれないように安堵する。自分たちの事情で巻き込んでしまった民間人が無事だったことは彼女にとっても喜ばしいことだった。

 

「良かったな」

 

 目敏くその様子に気づいた傍らの同僚の声に、彼女は僅かに頷いて返した。

 

「…そして、君がそうかね?」

 

 ハルバートンは少年たちの中で唯一階級章を付けたキラに問いかける。キラはビクリと肩を揺らす。

 

「君が『ストライク』を?」

「…はい」

 

 イロンデルは何かあれば彼を庇えるように身構える。

 コーディネイターの存在を将校らが容易く許すとは思っていない。例え相手が穏健派であろうと必要あれば自分が身代わりになるつもりだった。

 

 しかしハルバートンは何のことでもないようにキラに微笑みかける。

 

「この状況の中、よく頑張ってくれた。君の境遇は理解しているつもりだ。できる限り、君に都合が良いようにしよう」

 

 

 そんな艦隊とそう離れていない宙域で。

 

「『ツィーグラー』と『ガモフ』、合流しました」

 

 アデスの報告にクルーゼは僅かに口角を上げる。

 

「準備はできてるか?」

「はい。我らも他の艦も、可能な限りMSを搭載しています」

「では、()()としようか」

 

 敵艦隊の航路は予測済みだ。月本部ではなくそのまま地球の地球軍最重要拠点、アラスカに降ろすのだろう。そこに入り込まれると手出しはできない。

 だが、その直前に絶好の機会がある。

 

「…人形など、さっさと死んで欲しいものだが」

 

 クルーゼはあの軍人少女を脳裏に浮かべながら、ポツリと呟いた。確実に殺すにはその機会を待つのが良い。今は伏龍の時だ。

 

「隊長、お願いがあります」

 

 ブリッジに入ってきた白髪の少年は、真剣な顔でそんな彼に言葉を掛ける。

 

「イザークか。どうかしたか?」

 

 彼は息を吐き、そしてまっすぐにクルーゼを見た。

 

「アイツの相手は俺1人にやらせてください」

「ふぅむ…」

 

 クルーゼは顎に手を当てて考える。

 彼の言っているのはイロンデル・ポワソンのことだろう。彼は()()に一度負け、そして雪辱を果たした。ラクス嬢に邪魔をされ殺すまではいかなかったが、乗っていたMAは奪っている。

 

「アイツは必ず、戦場に出てきます」

 

 イザークの言葉には『そうあって欲しい』という願望が混じっているが、クルーゼも似た予測をしている。

 だがその時に、必ずアレを殺せるだろうか。

 彼の眼から憎悪が消えている事にクルーゼは気づいていた。

 手を抜くことは無いだろうが、殺すのには一歩足りないのではないか。

 

 ならば、数で囲んで確実に死んでもらうのがクルーゼの目的に合致する。

 

「アスラン達を近くに配置する。君は自由に動いて良いが、各自の判断でアレに攻撃することを許可しよう」

「……分かりました」

 

 イザークは苦い顔をするが、私情を押し通すことはできないと分かったのだろう。大人しく引き下がった。

 だがブリッジを去る直前に、一言呟く。

 

「待っていろよ、ポワソン。お前は…俺が……‼︎」

 

 

 『アークエンジェル』の隊長室に集められた尉官たちは、提督とその副官と会談をしていた。

 

「戦艦一隻とMS一機。そのために『ヘリオポリス』を犠牲にしたと知れば、アラスカが何というか」

「地を這うゴキブリ共に大空を舞う鳥の狩りは分からない。奴らに宇宙の何がわかる!」

 

 副官ホフマンの苦言に提督は皮肉を交えて返す。

 

「それを守れたということが重要なのだ。問題にすることなど無い」

「ではコーディネイターの少年のことは?これも不問に?」

 

 ホフマンはなおも含みある言い方で言う。それに対して口を開いたのはイロンデルだった。

 

「彼は自らと同じ生まれを持つ者と戦うことに苦しんでいました。それでもなお、私たちのために戦ってくれた。それを責めることなど、どうしてできましょう」

 

 戦うことを強いたのは自分たちだ。だからこそ、僅かでも、その罪滅ぼしをしなければならない。彼が痛めつけられることなど、二度とあってはならない。この場にいる尉官全員が同じ気持ちだった。

 

「しかしこのまま解放するわけにもいかんだろう」

「その点については問題ありません」

 

 ホフマンの反論にナタルが言葉尻を被せる。厳格な軍人である彼女だからこそ、自らの意思で同胞となった彼を責めさせたくなかった。

 

「ラミアス艦長が彼の意思を確認しました。彼は今後も軍に残ることを志願しています」

「……」

 

 イロンデルは彼女の言葉に唇を噛む。その原因は自分にあると思っている。本来ならば彼は民間人のままで良かったはずだ。それなのに、彼女は彼を戦場に引きずり込んだ。それだけの理由があったとはいえ、それが良いことだったわけがない。

 

「しかし…コーディネイターなのだろう?」

 

 ホフマンは暗に裏切る可能性を示唆している。だがナタルはそれにしっかりと言い返す。

 

「彼はポワソン大尉を慕っています。これまでの行いを鑑みるに、十分に信頼できると小官は判断いたします」

「…だがなぁ」

 

 彼はまだこちらの言葉を信じ切れていない。それほどまでにコーディネイターとナチュラルの溝は深い。

 

「それはあくまで現場の信頼関係に過ぎん。何かあれば容易く切れる関係だ。…確か、彼の両親は地球にいたのではなかったか?」

「…チッ」

 

 良いことを思いついたとでもいうような彼の言葉に、イロンデルは隠すつもりもなく舌打ちした。

 

「…人質にするつもりで?」

 

 眉間にしわを寄せ、拳を硬く握りしめ、彼女は一歩前に出る。

 

「おい、イロンデル」

「黙ってろ」

 

 副官との間に割って入ろうとするフラガを押しのける。相手をキツく睨みながら、イロンデルは再度問いかけた。

 

民間人(彼の両親)を人質にし、彼に戦いを無理強いする……と?」

「……必要ならな」

「──ッ‼」

 

 湧きあがった怒りに任せるように彼女は──。

 

「止めないか‼」

 

 それはハルバートンが激しくデスクを打った音で中断された。

 

「強制されて戦う兵士が何の役に立つ!」

「…申し訳ありません」

 

 自身の上官に一喝されホフマンは渋々と引き下がる。

 

「君もだ、ポワソン大尉。今回はその同僚に免じて不問にするが、すぐに手が出るのは良くないぞ」

 

 そう言われてイロンデルは、振りかざした拳がフラガに止められているとようやく気が付いた。

 

「…⁉す、すみません!」

 

 慌てて姿勢を直す。ハルバートンは少し声のトーンを落とし、沈痛な面持ちをする。

 

「問題は『これから』のことなのだ。アークエンジェルには現在の人員のまま降下してもらう」

 

 その言葉にマリューたちは一瞬息を止めるが、仕方ないことだと思い直す。

 補充要員が乗っていた先遣隊が全滅したのだ。もう艦隊には割ける余裕がないのだろう。

 

「状況が状況のため、アークエンジェルの護送は時間を掛けるつもりだ」

「私も賛成いたします。前回の敵襲からザフトの襲撃がありません。つまり次の準備をしているということです。…そして絶好の機会がもうすぐ訪れる」

「アークエンジェルの大気圏突入…ですね」

 

 大気圏突入は僅かな角度のズレで空中分解に繋がる。敵はそのズレを誘発するだけで良い。

 

「先にヘリオポリスの避難民達を『オーブ』に降ろし、万全の体制で敵を迎え撃つ」

「オーブに直接…ですか?」

「政治的な要因だ。我らの領地を介す事なく彼らを返し、地球軍がオーブに隔意を持っていないことを証明する」

 

 流石は智将だ。その場の判断だけではなく、今後の事も見据えている。オーブはXナンバーの開発に技術提供をした。それに真摯な対応をすることで良好な関係を維持するつもりだろう。

 

「航路としては東アジア共和国の上空から緩やかな角度でシャトルを降下させる。ザフトもオーブ国民を巻き込んでで喧嘩したくないだろう。コーディネイターに友好的な地球国家は少ないからな」

「了解しました」

 

 ヘリオポリスでの襲撃はXナンバーが原因だった。それを破壊したいならアラスカ降下を待てば良い。彼らも無理には襲ってこないだろう。

 

「それまで各自休息をとるように」

 

 そう言って会談は終了した。

 

 

「さっきはすまなかった」

「ったく、熱くなりすぎだぜ」

 

 通路を歩くイロンデルは隣のフラガに謝罪する。もし彼が止めることなくあの拳がホフマンに当たっていれば、イロンデル個人だけではなく他のクルー全員に処罰が下っていただろう。

 

「…悪かった」

「謝んなよ。ああいうの、お前らしくて好きなんだから」

 

 彼は強めにイロンデルの頭を撫で、鼻歌まじりに早足で去っていった。

 もっと恩を着せても良いはずなのに、彼はそれをしない。自分を気遣っているのだろうか。と、イロンデルはそんなことを考える。

 

「私らしい…か」

 

 イロンデルは窓に反射した自分と目を合わせる。彼に荒らされた髪を手櫛で整えると、幼い顔に不釣り合いの傷跡が目立った。そっと指先でなぞると、僅かに痛みと熱を感じる。薬で強引に治癒させたせいで痛覚に異常が起きているのだろう。

 

「…悪くない。なかなか似合っている」

 

 少し頬が緩む。

 『彼女』に存在しないソレは、間違いなく『自分』である証明だ。

 

「ポワソン大尉、少しいいかね?」

 

 不意に彼女に掛かる声に、イロンデルは反射的に姿勢を正して振り向く。

 そこに立っていたのは思っていた通り、ハルバートンだった。

 

「話をしないか?…私の艦でな」

 

 

「除隊許可証?」

 

 サイは渡された書類を見て、何故軍人ではない自分たちにそれが渡されるのか疑問に思った。

 

「民間人が設備に触れるのはどんな状況でも問題がある。それを解決するために遡って君たちを軍に()()()()()()ことにした。これは形式的なものだ。意志は君たちに任せる」

 

 ナタルはそう説明する。だが学生たちはここにいない、最も深く兵器に関わった友人のことが気がかりだった。

 

「…あの、キラのは…」

「彼には先に渡している。いらない、と突っぱねられたがな」

「そうですか…」

 

 ナタルが去った後、学生たちはそれぞれに渡された書類を見る。

 これがあれば、こんなことになる前のように『何も知らない民間人』に戻れるのだ。

 

 今までのように戦争は他人事で、何処で誰が死んだのかを数字でしか知らなかった頃に。

 

「…それは…嫌だな」

 

 トールは手にした紙を破いた。

 

「知らない軍人が戦ってるんじゃない。皆知ってる人達だ。それが朝のニュースの数字になってるなんて、俺は嫌だ」

 

 後戻りできる機会を手放したことは、少しだけ怖い。だがそれ以上にここで背を向けることはできなかった。

 

「…そうだな」

 

 それに倣うように他の3人も許可証を破った。

 

「キラとイロンデルさんには怒られるかもしれないけど」

「私たちだってできることをやらないと」

「これで俺たちも軍人か…。ちゃんと階級章とか貰えるかな」

 

 バラバラになった紙切れが床に落ちるのを見て、学生たちは顔を見合わせて笑うのだった。

 

「フレイと親父さんには後で説明しないとな」

 

 サイは自らの婚約者とその父親が何というかを考え、恐らくとんでもない雷が落ちるだろうと思った。そんな彼の肩にトールが手を置く。ニヤリとした口元は煽る気満々とアピールしていた。

 

「フィアンセってのは大変だねぇ~。ま、俺たちのアツアツなところでも見て精々羨ましがってくれたまえよ」

「絡み方がウザいし表現が古いよ」

「お、さっそく僻みか?」

「言ったなコイツゥ!」

 

 ドタバタと組み合う2人に、それを傍から見ていたミリアリアは呆れた息を吐く。トールとは恋人同士だが、彼のやんちゃな面には少し困っていた。

 

「何で男の子って…。子供なんだから」

「元気があるのは良いことじゃないか」

「…それもそっか」

 

 カズイの言葉に諦めを多分に含んで頷く。

 

「みんなぁ~…って、何してるの?」

「あ、フレイ。男子が馬鹿やってるとこ。そっちは?」

 

 彼女は父親と共に別の部屋に居たはずだった。見れば扉の外に彼もいる。一緒にこっちに来たようだ。

 

「ヘリオポリスの人達は向こうの船に移動するんだって。地球に降ろしてくれるって言ってたわよ」

「そうなのか」

「うん。だから一緒に行こうかなって」

 

 フレイの言葉に彼らは気まずそうにはにかむ。トールはお前が言え、とでも言うようにサイの脇腹を小突いた。

 

「あー、それなんだけど、さ。俺たち、ここに残ることにしたんだ」

「えー⁉︎どういうことよ!」

 

 予想以上の剣幕にサイはたじろぐ。

 それでも何とか、理由を説明した。

 自分たちの選択。決意。

 それは誰かの言葉で容易く変わることない、確かな覚悟だった。

 

「…ふーん。色々考えたのね」

「ま、俺たちなりにな」

「そっか…。じゃあ…私も軍に入る!」

 

 感心したようなフレイは一転してそんなことを言う。

 

「はぁ⁉︎何言ってんだよ!」

「フレイ、それは…」

「パパは黙ってて!私だけ仲間外れなんて嫌なの!」

「だが…」

「お義父さんの言う通りだよ。俺は君にそんなことして欲しくない」

 

 感情的に言う彼女を父親とサイは諌めようとする。しかしフレイも下がらない。彼女もまた自分の在り方を決めようとしてた。そしてそれはきっと彼女なりの覚悟なのだろう。だからこそ彼らはそれを否定できなかった。

 

 だが、新たに部屋に入ってきた少年がそれを否定する。

 

「ダメだよ。誰かを理由に戦うなんて」

「…キラ」

 

 部屋の入口に立つ彼はフレイに厳しい視線を向けていた。フレイも下がらず、その目を睨み返した。

 

「コーディネイターには分からないのよ‼︎アンタが良くても私たちは死ぬかもしれないのよ⁉︎」

 

 それは学生たちが無意識に考えなかったことだった。戦場に出るということは死と隣り合わせということなのだ。自分たちが『数字』になる可能性を彼女は言っている。

 だから彼女は反論する。自分も仲間外れになりたくないから。

 

 キラはそんな彼女の言葉に首を振った。

 

「僕がさせない。皆を守るのが僕のいる理由だから」

 

 その一言は重く、同時に強い意志を感じた。

 フレイはその眼差しを受けて何も言えなかった。

 そしてキラは続ける。

 

「…それにイロンデルさんが言ってた。『皆がやってるからと戦う人間は無駄死にする』って。…君は何の力にもなれないよ」

 

 最後は冷たい声音だった。フレイは一瞬怯むが、すぐに怒りに震える声で返す。

 

「私だって!皆を守りたいって思ってる!」

 

 それを聞いたキラは少し悲しそうな顔をした。

 

「守りたいだけで守れるなら…あの人はあんなに傷ついてないんだよ」

 

 その呟きは誰に向けたものなのか。

 フレイはもう言葉を返さなかった。

 

「──感謝するよ。キラ・ヤマト君。娘を説得してくれて」

「…いえ」

 

 フレイが去った後に彼女の父親にキラは感謝された。キラは僅かに警戒をもって彼に相対する。少年は彼がブルーコスモスの高官であることを知っていた。そんな相手が感謝をしてくるなど、ただ事ではない。キラの脳裏に『アルテミス』での会話が想起された。嫌な記憶に眉間にしわが寄る。

 だが、アルスター氏は苦笑して手を振るだけだった。

 

「そう気を荒立たせないでいい。私はブルーコスモスだが、それ以前にフレイの父親だ。娘を危険から遠ざけてくれた君に冷たく当たるほど礼儀知らずではない」

 

 彼の言葉には偽りを感じなかった。

 

「親というのは誰しも、子に健やかに生きて欲しいと思うものだ」 

 

 

「なんか久しぶりな気がするな。こうやって揃うの」

 

 静けさが戻った部屋でサイがふと漏らした。同じ艦に居てもパイロットとブリッジクルーが揃うのは作戦前のミーティングぐらいなものだ。

 何となく昔に戻ったような気がして少し心が落ち着く。

 

「どこ行ってたんだ?」

「『ジン』の調整。イロンデルさんの要望とかをまとめてたんだ」

「キラは大変ね。パイロットに整備兵。一人二役って感じ」

 

 ヘリオポリスが崩壊して以来、彼は働き通しだ。コーディネイターといえど流石に疲労が溜まっているようで、目の下には僅かに隈があった。

 あまり寝ていないのではないだろうか。

 

「なんでこっちに?」

「あの人が見つからないから、もしかしたらここかもって思って」

「キラはあの人にお熱だもんねぇ」

「…そんなんじゃないよ」

 

 茶化すミリアリアを彼は静かに否定する。

 

「あの人に助けられた。助けられてばかりだ。少しでもそれを返せるなら、僕はそうしたいんだ」

 

 

 『メネラウス』の提督の部屋。イロンデルは提督に連れられてそこに入る。

 

「紅茶は飲むかね?地球産の良い茶葉があるんだが」

「嬉しいお誘いですが、茶の類は苦手でして」

「アプリコットが好きだと聞いたが?」

「それは…その…恥ずかしい話なのですが、リキュールの方で…」

「ああ、酒か。そういえば大層な酒豪だとタカミネが言っていたな」

「ハハッ…。お恥ずかしい限りです…」

 

 ハルバートンは自分の分だけお茶を淹れると、椅子に座って一口啜る。

 机の上に紙の山があるのはアークエンジェルの合流までずっと読んでいたからだろう。

 

「いやはや、人の縁とは分からんものだな。まさかこんな形で再会するとは思わなかった。候補生たちの育成が終わればもう会わないはずだったからな」

 

 彼は優しい目でイロンデルを見た。

 イロンデルはその目を見返す事ができなかった。

 

「報告書は既に読んでいる。色々と苦労を掛けたな」

「…申し訳ありません。小官の不手際で彼らを…」

 

 イロンデルは顔に影を落とす。それを読み取った提督はあえて軽く声を掛ける。

 

「そう落ち込むな。死んだ人間は帰って来ない。今生きている我々が、彼らの犠牲を無駄にしないようにすれば良い」

「…そうですね」

 

 争いが生まれる限り犠牲は増え続ける。

 それを終わらせる為に提督はMSの開発に躍起なのだ。

 

「ストライクのデータは必ず我らに勝利をもたらす。それまでの辛抱だ」

 

 ストライクは必ずアラスカに届けなければならない。

 イロンデルは決意を固くした。

 

「そういえば聞いたぞ。ジンを動かすプランがあるそうだな」

「はい。ヤマト二等兵の助力によりOSは完成間近です。武装の面については報告書にて申告させていただいた通りであります」

「支援を惜しむ気は無い。あるものは遠慮なく使ってもらって構わん、ストライクの予備パーツも、多少ちょろまかしても上は気にせんだろうよ」

「感謝します」

 

 ビーム兵器が使えるならG達にダメージを与えることができる。

 さっそく人員を借りてジンを改修しなければ。

 

「アラスカ降下まで時間はある。その際に予測される襲撃に備え、ポワソン少佐及びヤマト少尉のMS操縦技術の練度を高めてくれたまえ」

「了解し──失礼、提督閣下。小官の階級は大尉、キラ・ヤマトは二等兵ですが…」

「言っていなかったな。アークエンジェルの各員はそれぞれ昇格させる」

「…はぁ、了解しました」

 

 この状況下では階級による束縛がどんな不都合になるか分からない。それを防ぐための措置だろう。

 

「このペースなら再来年には大佐になれそうです」

「ハハッ。二階級特進なら直ぐにできるぞ?」

「ご勘弁を」

 

 しかし、キラは二等兵からいきなり少尉に昇進とは。二階級特進どころではないスピード出世だ。

 

「彼にはまた苦労を背負わせることになりますね」

「下っ端というのはそういうものだ。提督になっても私は中間管理職からは抜け出せん」

「それはそれは。私は大尉で満足したいものです」

「生憎だが君は少佐だ。既に苦労は背負っているよ」

「パイロットには身に余る階級ですね」

 

 提督の冗談にイロンデルは笑って返す。

 

「では、その地位に相応しい働きをしましょうか」

 

 

「これよりMS運用プログラム試作6号のテストを始める。操縦者イロンデル・ポワソン。観測者キラ・ヤマト及びマリュー・ラミアス。目的は実際に宇宙空間での行動のテスト。同時にキラ・ヤマトに対する基礎訓練を行う。撮影カメラ、チェック。システム、起動。オールグリーン。イロンデル・ポワソン、発進する」

 

 イロンデルはそう言って機体を宇宙に踊らせる。

 これは現状でのOSの実地テストだ。提督も見ているこの試験は有用なデータとして地球軍に利をもたらす。

 と、そんなことを考えながら機体を動かそうとした時。

 

「おっと!う…おおっ!」

 

 機体がコマのようにクルクルと回り出す。何とか姿勢を戻そうとしても回転が反対になるばかりで安定しない。

 ストライクが急いでジンを抱しめ、ようやく回転が治まる。

 

「大丈夫ですか?」

「すまない。やはりシミュレーションとは勝手が違うな」

 

 キラの気遣いにイロンデルは苦笑する。

 

「ここは地球の重力が少しあるみたいです。補正を強めますか?」

「そうだな。ネクサス、お願い」

『(^∇^)』

 

 その後はストライクに追従して、基本的な移動を練習する。スペックはジンのままであり、イロンデルが不慣れであることも相まって着いていくのがやっとだ。

 だがだんだんとコツを掴んだ彼女はスラロームやバレルロールを行うことができるようになった。

 

「よしよし。分かってきた」

 

 ネクサスのサポートも機体の改修も無しでここまでやれるのならば、より実戦的な動きを学ぶ行程に移れるだろう。

 彼女は母艦へと通信を入れた。

 

「模擬戦をやります。《メビウス》のようなMAで行うものと同じですので提督閣下もMSの性能が分かりやすいでしょう」

「了解したわ。開始の合図はこちらで行います」

 

 ラミアスからの返事を確認し、イロンデルはキラに説明をする。

 

「ロックオンし、模擬銃で撃つ。当たっても振動とアラームがあるだけで殺傷力は無い。安心しろ」

 

 アークエンジェルから信号弾が上がると同時にイロンデルはペダルを踏み込んだ。

 

 

「ほぇ〜、やるねぇ」

 

 アークエンジェルのブリッジでその様子を眺めているフラガは感心した声を漏らした。

 目の前では2つの光が付かず離れずのドッグファイトをしている。

 

「イロンデルの奴……、アレはMAの軌道だな。まだMSには慣れてないのか?……って、当然だよな」

 

 彼は独り言を言いながら、2人の決闘に思わず感心してしまう。

 

 少し前まで民間人であったのにイロンデルに着いていくキラが凄いのか、コーディネイターに着いていくイロンデルが凄いのか。

 

「流石は『少尉』と『少佐』ってわけだ。俺もあれぐらいできたりするのかね」

「無理だと思いますよ。キラ君が言うには、OSの反応数式をイロンデル少佐専用にしているそうですから。評価としては『ザフトのものよりピーキー』、だそうよ」

 

 傍らのマリューに問いかけるとそんな答えが返ってくる。何となく予想していた通りで、彼は笑みをこぼしながら肩をすくめた。

 

「あらそ。クソガキそっくりのじゃじゃ馬ってことか」

「それ、彼女が聞いたらまた喧嘩になりそうね」

「黙っといてくれよ?」

「はいはい」

 

 

「おかえり!おっと失礼。ご無事の帰還、何よりでございますです、キラ・ヤマト()()殿!」

「只今帰還した。トール・ケーニッヒ()()()。……プッ!ハハハ!」

「アハハハハ‼︎似合わねぇ〜!」

「お互いに、ね」

 

 訓練から戻ったキラはアークエンジェルのドックにストライクを置き、トールとくだらない冗談を交わす。

 

「ストライクはこっちに置くんだな」

「うん。向こうの船はMSの運用を想定してないからジンを置いたら他に置き場所が無いんだ」

 

 キラはスーツから軍服に着替えると艦と艦を繋ぐ連絡船に乗り込んだ。

 ヘリオポリスの避難民は数が多く数度では移動しきれていない。その列の最後尾に並ぶ。

 

「あ!お兄ちゃん!」

 

 その姿を目敏く見つけたエルが列の前方から駆け寄ってくる。

 

「エルちゃん、走ったら危ないよ」

 

 そんな小言を言いながらも、キラは笑顔で受け止める。

 

「お兄ちゃんも一緒に行くの?」

「ううん。僕はイロンデルさんと一緒だよ。こっちに残るんだ」

「へー。お兄ちゃんもグンジンさんなんだね!」

「……うん。そうだよ。僕も……軍人だ」

 

 キラは少女の無邪気な言葉に返す。

 そうだ。自分は軍人なのだ。

 責任と義務を持ち、命令に従う軍人。

 そのためならば『人殺し』すらやってのける。

 

「お兄ちゃん!悪い人をいっぱいやっつけてね!」

「──‼︎」

 

 その言葉にキラは息が詰まった。

 

 連絡船に乗った後でも、彼はその言葉の意味を考え続けた。

 

 少女にとって、ザフトは『悪い人』なのだ。

 もちろん、『軍人』であるキラにとっても彼らは『敵』だ。

 ……だが、『悪い人』なのだろうか。

 

「悩んでも仕方ない……のかな…」

 

 未熟なキラには判別がつかない。

 

「イロンデルさんなら……」

 

 彼女ならきっと、模範的な軍人として答えただろう。

 

『敵を殺す』

 

 そこに躊躇いがあってはいけないのだ。

 だが彼はできなかった。

 

「……アスラン」

 

 かつての友人を思いながら、キラは窓に額を付けた。

 その冷たさが心地良い気がした。

 

 

 合流してから数十時間が経った頃。艦隊は避難民のシャトルを降下させる準備に入っていた。高度を下げ始める。

 それに寄り添うアークエンジェルに居たフラガは嫌な感覚に眉をひそませる。

 

「……来たな」

 

 相変わらず最悪のタイミングだ。

 

 メネラウスのブリッジも慌ただしくなる。原因は微かに捉えたザフトの艦影。明らかに交戦の意思を持っている。

 

「ザフトの戦艦を確認。ナスカ級1、ローラシア級2」

「避難民がいると伝えろ」

「ダメです。電波障害が強く……」

 

 こちらの話を聞く気はないのだろう。今シャトルを出せばいい的だ。降ろす前に敵を追い返さなければならない。

 

「仕方ない。各艦に通達。総員、第一戦闘配備!」

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