機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第33話 低軌道会戦

「……随分と慌ただしいですね」

 

 パイロットスーツのイロンデルは提督の隣を歩きながら、周囲の様子を端的に評価した。

 大規模な艦隊の一員だというのに、彼らはまるで戦闘に慣れていない新兵のようだ。

 そう彼女は考えたが、ハルバートンはその意見を肯定する。

 

「私の部隊は技術者が多く、それ故に戦う事が無かったのだ。だから上からの印象も良くない。日陰者の苦労だよ」

 

 戦闘慣れしていない、ということか。

 

「では私も出ます。最優先は民間人の保護。そして『アークエンジェル』と『ストライク』が無事ならGのデータはアラスカに届きます。ここで私が落ちても損害は軽微です」

 

 単なるリスクマネジメントとして提案する。しかしその言葉に提督は渋い顔をした。

 

「そういう言い方は感心しないな」

「必要な犠牲です。彼らが無事なら無駄になりません」

 

 イロンデルはあくまで淡々と告げる。

 ハルバートンはその言葉の裏に苦悩が渦巻いているのを見抜いたが、あえて口にしなかった。口にすれば迷いが生まれてしまうと分かっているからだ。

 

「……そうだな」

 

 彼は重く頷くと、MAのひしめく格納庫へイロンデルを連れ立った。

 兵士達はそれに気付くと、姿勢を正しながらも不安そうに彼らを見る。

 

「彼らに発破を掛けてやってくれ。かの英雄『瑠璃星の燕』の言葉なら彼らも勇気付くだろう」

「……了解しました」

 

 イロンデルは床を蹴って宙に体を浮かせると、腹の底から声を出す。

 

「全隊傾注‼︎」

 

 幼いながらもしっかりと通る声に、その場の全員が彼女に集中する。

 

「……この戦いで死ぬ者もいるだろう。全員死ぬかもしれない」

 

 イロンデルは言葉を吐く。

 彼らを死地へと送る為に。

 

 だからせめて、耳触りの良い()()()を。

 

「だが、希望はあるのだ!それは貴官達自身であり、貴官達が守るべき者でもある!アークエンジェルが無事に地球に降りたなら、新たなる力をもって必ずザフトを打ち負かすことができる。貴官ら……命を賭けよ‼︎己が身を捨て、彼らを守れ!誇りある地球軍人としてその責務を果たせ‼︎その意志のある勇敢な者よ!私と共に来い‼︎」

 

 彼女は精一杯の声で叫ぶと、最後に胸の前で拳を強く握った。

 その姿はまさしく英雄の名に相応しい勇姿であった。

 

「おおぉおーッ!!」

 

 一瞬の静寂の後、爆発的な歓声が上がった。

 兵士達は奮起し、拳を突き上げ叫ぶ。

 

「総員!出撃準備‼︎」

「了解‼︎‼︎」

 

 彼等の顔には恐怖など欠片もなく、ただひたすらに強い決意があった。勇足でそれぞれの役割へと戻っていく。

 

「…………」

 

 それを見つめるイロンデルの横顔に複雑な表情を浮かべている事に気付いている者は誰もいなかった。

 

「見事な演説だった。貴官は後方でもやっていけるのではないか?」

「ありがたい申し出ですが、お断りし……ゲホッ…」

「大丈夫かね?」

「失礼。声を張るのが苦手でして」

 

 何度か咳払いをして喉の調子を取り戻す。そしてイロンデルは顔に陰を落とし、提督にしか聞こえない声で言った。

 

「……部下に死ねという上官は屑の極みです。そんな者にはなりたくありませんでした」

「それは私ら将校への嫌味かね?」

「あっ…⁉︎いえ、そういうわけでは──」

「分かっている。揶揄っただけだ」

 

 提督は微笑むと彼女の肩に手を置いた。

 しかし彼女の暗がりは晴れない。

 

「軍人は……軍人は英雄などではありません。誇りや希望…そんなくだらない物の為に死なせるなど……」

「だが人は死ぬ。だからこそ、その意味を我々が作らなければならない」

「……ですね」

「戦争など早く終わるべきだ。願わくば、その勝利が我々になるように、な」

「……はい!」

 

 イロンデルは提督の言葉を受け止め、力強く返事をした。

それを見てハルバートンも満足気に笑う。

 

「頼んだぞ」

「ご命令とあらば」

 

 そう言うとイロンデルは敬礼をする。ハルバートンもそれに倣うと、二人は同時に手を下ろした。

 

「では閣下、行って参ります」

「史上初のMS同士の戦争だ。最大の戦果を期待する」

「お任せください。明日の新聞の一面を飾ってみせましょう」

 

 イロンデルは不敵な笑みを浮かべると、颯爽とした足取りで自機へ向かった。

 

 

【挿絵表示】

 

 修復された『ジン』の前でギリギリまで調整をしていたキラは、近づく彼女に気がついた。イロンデルは軽く敬礼をし、彼を労う。

 

「よくこの短時間で仕上げてくれた」

「僕がやったのはOSぐらいです。細かい所はネクサスさんがやってくれましたから。それに部隊の人たちがハードの方を。切り貼りするだけだから楽だった、って言ってました」

「充分だ」

 

 イロンデルは生まれ変わったジンを見上げる。

 機体そのものは、敵と誤認する事を防ぐために機体の各所に青いマーキングがされている程度。

 イロンデルのパーソナルカラーなのは、整備兵達の遊び心だろうか。

 

 そして武装は敵のジンやGと相対するために複数追加された。

 

 まず目を惹くのが左腕だ。

 肩の装甲が『ソードストライカー』に変わっている。ビームブーメラン『マイダスメッサー』、前腕部には小型シールドを兼ねたロケットアンカー『パンツァーアイゼン』。これらは接近戦で有効だ。

 

 左腰部には対艦刀『シュベルトゲベール』。この機体のメインウェポンだ。ビーム兵器な事もあり、一撃でGを両断可能なその威力を持つ。敵ジンに対してビームを切り実剣として使う事で、エネルギーの消耗を抑えることができる。

 長大な剣を片腕で保持する為に、機体の二の腕からはMA『ミストラル』のアームが追加されている。

 

 この装備は艦隊が予備のストライカーを1つずつ用意してくれていたからできたものだ。感謝してもし切れない。

 

 そして。

 

「『ゼロ式』……。…もう一度、私と共に飛んでくれ」

 

 イロンデル専用メビウス・ゼロ。その大型スラスターを2基、後腰部から伸びたジョイントアームに接合した。『メビウス』のスラスター関節を流用しフレキシブルに動くそれは速度増加と共に姿勢制御を行う。

 その下から伸びるリニアガンもGは難しくとも敵ジンには効く。

 

「リミッターは70%に設定しています。違う規格の物を無理矢理くっつけてありますから、それが安定して運用できるラインというわけです」

「越えるとどうなる?」

「すぐに……ではないでしょうが、間接などに限界が来て自壊します」

「なら外しておけ。即座に破損するのでなければこちらで調整できる」

「でも……!」

 

 キラが渋るのは当然だ。速度超過で自壊が起これば、良くても体一つで宇宙に放り出され、最悪の場合は爆破に巻き込まれて即死。

 だがイロンデルは顔に笑顔を浮かべる。

 

「信じろ。私の腕を。貴官が組み上げた機体を」

 

 欠陥のある機体など、乗りこなせばどうということはない。そう胸を張る。

 

「…僕が……」

「この戦争、私の戦果は貴官の成果だ」

 

 イロンデルはキラの胸を小突く。

 

「ありがとう。これで私も戦える」

 

 そうイロンデルは笑いかける。しかしキラの顔色は優れなかった。

 

「……何かあるのか?」

「……いえ」

「……そうか。……おや?」

 

 彼の否定の言葉を強くは追及せず、イロンデルは視線を移した。その先には降下を待っていた避難民を乗せたシャトルがあった。アルスター父娘や、エルの姿が見えた。

 窓から見える少女は彼女に気が付き、嬉しそうに手を振った。

 イロンデルもまた微笑んで手を振り返す。

 

 そしてゆっくりと、キラに、そして自分に言い聞かせるように言う。

 

「……守りたいだけで誰かを守れるほど、私は強くない」

 

 これまでの戦いでずっと思い知らされてきた。

 失ったもの。奪ったもの。巻き込んだもの。

 数えるとキリがない。

 

「思いだけでは無力です」

 

 思っているだけでは、何も成すことはできなのだ。

 

「だからせめて、嘯くのです……。『私は軍人だ』と」

 

 イロンデルは振り向くと、真っ直ぐな瞳で言った。

 

「責任がある。義務がある。責務がある。だから守る」

 

 胸の中に燻るものを吐き出すように続ける。

 

「守り抜きます。軍人として。この身に代えても」

 

 彼女は自分の覚悟を宣言する。

 それを見たキラは少し俯きながら口を開く。

 

「もし……もし…、相手するのが…例えば!……昔の友達…だとして、も……です、か?」

「……意味深な質問ですね」

「い、いえ!深い意味は無いんです……。…ただ、訊いてみたくて……」

 

 イロンデルは怪しむような目を向けるが、彼は目を背けて言葉を濁した。

 その様子に彼女は少しだけ笑い、そして凛として答える。

 

「例え友人でも、昔の仲間でも。それが『敵』ならば、私は殺します」

「そう……ですよね…。すみません。変な事を訊いて……」

 

 イロンデルの淡々とした答えに納得すると、キラは申し訳なさそうな顔をする。

 彼女の返答は、自分が望んだものと正反対だった。

 

 だがそれでも、その答えが正しいのだと思った。

 

 彼女がそう言うのだから。

 

 それが、正しいことなのだ。

 そしてそれはきっと、自分もしなければならないことなのだろうとも思った。

 

「…あの……イロンデルさ──」

《MA隊、発艦体勢に入れ!繰り返す──》

 

 改めて問いかけようとするキラを遮るかのように、出撃の警報がドックに鳴り響く。

 目の前の軍人(イロンデル)はその音に反応するように鋭い表情へと変わる。

そしてキラへ向き直り、敬礼をした。

 

「貴官はすぐにアークエンジェルに戻れ。心配するな。落とさせはしないさ」

 

 彼女はキラに背を向けた。

 

「……行かないで‼︎」

「おっと……」

 

 離れようとする彼女にキラははとっさに抱き着いた。自分より遥かに小さな体を、必死になって抱きしめた。

 彼女を失うのが怖かった。戦場で命を落としてしまうのでは、と考えてしまったからだ。

 

「行かないで……ください…」

 

 それは嫌だと、体が勝手に動いていた。まるで駄々をこねる子供のように。そんなことをしても彼女を困らせるだけだというのに。

 

「……一緒に居て……」

 

 イロンデルは、彼がどんな気持ちなのか、なんとなく分かる。

 胸に回された彼の手に己のものを重ねる。

 

「……君は温かいですね」

「…イロンデルさんだって」

 

 互いの温もりが、確かに生きているのだと教えてくれる。

 だが同時に思う。

 この熱が冷めれば、もう二度と会えないかもしれないと。

 

 少年の腕の中で彼女は微笑み、そして優しい諭すような声で言った。

 

「貴方のことは私が守ります。貴方は皆を──」

「僕は……貴女を守りたい」

 

 彼は強い口調でそう言った。

 今伝えなければ、きっと後悔する。そう思って出た言葉だった。

 

 キラは思う。

 この人の傍に居たいと。

 この人を死なせたくないと。

 この人は僕の大切な人で、絶対に失いたくなくて、だから、だから……。

 

「どこにも行かないで。僕の傍にいて……」

 

 腕の力を強め、精一杯に思いを絞り出した。

 

 だが彼女は、その想いに応えることはできない。

 なぜなら、彼女は軍人だから。

 軍人である以上、命令に従わなければならない。

 そこに彼女自身の思いが存在してはいけないのだ。

 

 だから、ゆっくりと首を横に振る。

 

「……すまない。…私は軍人だ」

 

 その答えに、キラの顔が悲痛に歪む。

 戦うために生きている。そしてその命令を果たすため、彼女は戦地に赴く。

 だがその言葉の意味を、何とかして飲み込む。

 

「………分かってます。でも…どうか……死なないで」

 

 彼女の髪に顔を埋め、懇願するように呟く。

 

 

 どれくらいそうしていたかは分からない。だが恐らく、本当に短い間だったのだろう。

 やがてイロンデルが言った。

 

「もう良いでしょうか?」

 

 キラは自分がずっと彼女の体を強く抱いていることに気が付く。

 

「……ごめんなさい。苦しかったですよね」

 

 彼女はキラの腕を解き、正面から向かい合う。涙を滲ませる彼に手を伸ばし、優しく頬を撫でる。

 その温もりを感じながら、イロンデルは穏やかに微笑みかけた。

 

「いえ……違います。…心地良かった。……しかし、慣れてはいけないのです。…私は……貴方も…いつ死ぬか分からないから」

 

 彼女は知っている。

 この世界の理不尽さを。人が簡単に死んでいくことを。

 キラも思い知らされたはずだ。

 戦争が、どれほど非情なものかを。

 

 イロンデルはそっとキラから離れる。

 

 そんな彼女に、やはり少年は泣きそうな顔をして消え入りそうな声でそう言った。

 

「アークエンジェルで待ってます。絶対……絶対…帰ってきて……」

 

 その願いを聞き届けると、イロンデルは少しだけ困ったような顔をしたがすぐに笑顔で返した。

 そして最後に一言だけ残していった。

 

「……また会いましょう。…ヤマト君」

 

 彼女は背を向けて自機に向かう。

 キラはその背中が見えなくなるまで、ずっと見つめていた。

 

 

 

「メインスラスター、チェック。電圧計、正常。各間接の動作確認、終了。……オールグリーン」

 

 イロンデルは淡々と作業を終わらせていく。

 OSが起動すると、モニターに名前が表示される。今までの物とは全く異なるOSをキラは導入したようだ。その名前をイロンデルは読む。

 

「General Unilateral ……何これ?」

『(°▽°)』

「ストライクのOS?……『ガンダム』?ヤマト君はそう言ってたの?」

 

 そういえばそんなことを言っていたと、彼女は思い出した。

 OSの頭文字を並べて、ガンダム。ネクサスと同じ読み方(アクロニム)だ。

 

「ナギと貴方といい、ザフトといい、それがコーディネイターのセンスってこと?…はぁ、ならこの機体もガンダムってわけ?」

『┐(´-`)┌』

「好きに呼べば…って、勝手ね」

 

 ガンダムという名前と、この機体の外観を頭の中で比べる。

 

「……ガンダム。ガンダムねぇ…」

 

 仮にストライクをガンダムの代表とするなら、それは全体的に角張っていて鋭利な印象を受ける。そして、特徴的な頭部のV字アンテナとデュアルアイ。

 

 どうにもしっくりこない。

 

「いや、この機体はジンでしょ」

 

 丸みのある装甲。鶏冠のアンテナ。モノアイ。

 ガンダムという名前の、正反対にある機体だ。

 

 イロンデルはそう結論を出し、友軍識別のコードに《鹵獲ジン》と打ち込む。

 

『( ゚Д゚)』

「機体の呼称?名前はジンのままでいいんじゃない?」

 

 が、そこでネクサスがさらに抗議の声を上げた。

 その名前では()()()()ではないと言いたいらしい。

 

 代わりに提案してきた名前は──。

 

 

「『キマイラ(QU.IM.A.IR.A.)』……?」

 

 

QUad

IMmorality

Arms

IRregular

Armament

 

 

 『4本の不道徳な腕と不法な武装』。

 この機体を表すのに相応しい名前だという。

 ジンをベースに、ストライク、メビウス、メビウス・ゼロ。そのパーツが無理矢理に合成されている様子は、確かに似合っているのかもしれない。

 

 だがそれを表すにしても、発音も無茶苦茶の、とんだバクロニムだ。

 

「まったく……、ナギそっくりの詩人ね」

 

 イロンデルは苦笑しながらもそれを受け入れ、出撃準備を再開する。

 

「神経接続の設定はゼロ式を流用する。細かいとこはそっちに任せるから、よろしくね」

『( ̄◇ ̄;)』

「……MSとMAで脳使用率が違うって…?制限が緩すぎる?調整に時間がかかる…?そんなの後回しにして。動けば良いのよ。性能が落ちたら意味無いんだから」

『(・Д・)』

「あーはいはい。最適化最適化ってうるさい。そんなにデータが欲しいなら戦いながら取って。私は余裕無いんだから」

 

 厄介な所はネクサスに押し付けた。

 彼ならなんとかしてくれるだろう。

 

 イロンデルはヘルメットを被りバイザーを下ろすと、臨時として与えられた部隊に通信を入れる。

 

「作戦内容は先刻各部隊長に伝えた通りだ。第2、第4、第5部隊はローラシア級Aの右翼側。第3、第6、第7部隊は左翼側から挟撃。残りは陣形を維持しつつ敵を迎え撃て。第1はローラシア級Bの撃破及び、Gの足止めを行う。各員常に編隊を意識しろ。MSとMAは戦力差が大きい。孤立すれば直ぐに堕とされるぞ」

 

 内容を聞いた部下の一人が、心配そうな顔をする。

 

『少佐殿。第1部隊が貴官お一人と言うのは、やはり……』

「では訊くが、貴官らはMSと同じように動けるのか?」

 

 イロンデルが逆に問うと彼は気まずそうに沈黙した。

 つまり、そういうことだ。

 

 部下とのやり取りを終えると、今度はアークエンジェルに繋げる。

 

「アークエンジェルは艦隊中央にて防衛体制を取りつつ待機していてください。敵の狙いは貴女方。わざわざ矢面に立たせるわけにいきません」

 

 マリューはその指示を受け入れつつも、何かできることはないかと必死に考える。

 

『今のうちにアークエンジェルが降下するのはどうでしょう?』

「……いいえ。下はユーラシア領。この前のようないざこざが起きないとも限りません。貴女方は必ず、直接アラスカに降りてください」

 

 しかし、イロンデルは首を横に振る。キラとアークエンジェルの無事は、必ず守らなければならない。

 

『……了解。…ご武運を』

「そちらも」

 

 そのやりとりを最後に、イロンデルは通信を切った。

 そして最後に、キラの顔を思い浮かべる。

 

 ──また会いましょう。

 

 そう言って別れたが、次に会えるのはいつになるだろうか。

 それはきっと、近くないのだろうなと、漠然とした予感を持った。

 

 そして、全てのチェックを終え、一度だけ深呼吸した。自機の固定ロックを解除する。

 

「イロンデル・ポワソン、『ジン・キマイラ』、発進する」

 

 後方のハッチから機体を宇宙へと滑らせる。漆黒の空間へ飛び出すと、あまり時間を置かずに敵艦からも大量の光の群れが現れる。

 

「さて…。いざ実戦…だな」

 

 寄せ集めの機体でどこまでできるのか。

 

「やってられないな」

 

 お決まりの言葉を呟き、パネルを操作しながらネクサスに指示を飛ばす。

 

「敵艦の数は3。マップにマーク。敵MSはジンとXナンバーを識別、可能な限り追い続けて」

 

 敵の数が多い。

 なら自分にできることは1つだけだ。

 

「最初から本気で行くわ。管理権限を移行。セーフティ解除、ネクサス──フルコネクト。……グッ!…くぅ……‼︎なにこれ……。何か…来る…⁉︎…んんっ!……ああ、気持ち良い…‼︎」

 

 おかしい。

 この行程は何度もしてきた。なのに、今回はいつもと違う。

 異常な昂ぶりと共にイロンデルは操縦桿を握る。

 

「さぁ、行くぞ。『瑠璃星の燕』の顕現だ!」

 

 暗い宇宙の中に、ジンの単眼が暗い光を宿す。

 それは敵を狩るために。

 

 引き抜いた対艦刀が殺戮の開始を告げる。

 

「私の生まれた意味を教えてやろう。その身をもって味わうが良い、雑兵共‼︎」

 

 そう宣言し、イロンデルはスロットルレバーを押し込み加速する。スラスターを大きく吹かし、戦場となる宙域へと向かった。

 

 

「生意気なんだよ!ナチュラルがMSなど!」

「3…いや、4機目だ!」

 

 弾を乱数軌道で回避し、射撃後にできた隙を突いて敵に迫る。

 

「冥府行きの片道切符は大安売りだ。私がパンチしてやるよ、雑兵‼︎」

「速──⁉︎何でジンにそんな動きができんだよ!!…う…うわぁぁぁあああ──‼︎‼︎」

 

 片腕を斬り飛ばし、そのままコックピットを串刺しにした。

 

 目の前で友軍を殺され激昂したのか、別のジンが突進してくる。

 

「ナチュラル如きに!これ以上仲間をやられてなるもんかぁ‼︎」

「ノロノロと(スコア)になりに来てくれてご苦労だったなぁ、5機目!」

 

 分かりやすい直線軌道の斬撃をいなし、背部スラスターにリニアガンを浴びせる。そして推力を失った敵機を地球へと蹴り落とした。

 

「重力に囚われ燃え尽きろ‼︎」

 

 ジンに大気圏突入の能力は無い。あのMSは程なく棺桶に転職するだろう。

 

 そんな敵には目もくれず、イロンデルは己の高揚感に支配されていた。

 

「……これが……モビルスーツ…」

『──』

「かなり良い感じよ。もう少し上げても大丈夫そう」

『──』

「……そうね」

 

 ネクサスを通じて身体が機体と繋がっている。

 MAを動かすよりも、より近く感じる。

 

 人型兵器同士の親和性。有機と無機の人機一体兵器。

 

「『LP計画』……、私が造られた意味……」

 

 それが今、ここに、存在している。

 

「……興奮してきた…!」

 

 脳が快楽物質を生産していくのが分かる。

 五感全てが貪るように欲している。

 

「もっと……もっと!」

 

 振るう刃は、まさに一撃必殺。

 戦場に舞う燕の如く、彼女は戦場を飛び回る。

 

 そして血走った眼は新たな獲物を見つける。

 自分が最も得意とする相手。

 『ゼロ式』を駆る頃から何度も落とした、大きいだけの愚鈍な標的。

 

「機動力こそが接近戦における最大のアドバンテージ。それがないノロマな亀共は!己の死すら自覚できないんだよなぁ‼︎」

 

 その言葉と同時に敵艦に勢いよく突っ込む。対空砲火を的確に躱し、ローラシア級の船首に深く対艦刀を突き刺す。

 

「一刀両断だ!」

 

 そのままスラスター出力を上げる。前から後ろまで横一文字に溶断された戦艦はそこから爆炎を上げて轟沈した。

 

「なかなかの快感。クセになりそうだ」

 

 正しく『対艦刀』。戦艦を落とすのは気分が良い。鈍重な大きいだけの的を好き勝手にボコボコにするのはたまらないものだ。

 その興奮を引鉄に、決して外してはならない理性というリミッターが次々と外れていく。

 

「ああ……!この感じ…!最高にハイってやつだ‼︎」

 

 彼女の口角が歪に上がる。血栓が開き体温が上昇する。アドレナリンの過剰分泌により、瞳孔が開く。イロンデル・ポワソンは、完全に我を忘れて戦闘に没頭していった。

 

 

 アークエンジェルの艦橋では戦闘の激しさに息を飲む者が多かった。名将が率いる艦隊が一方的に墜とされていく。

 それはまるで悪夢のような光景だった。

 しかしその中において、フラガはイロンデルの動きに呆れたようにため息をつく。

 

「あーらら…。クソガキのやつ、完全に()()てやがる」

 

 彼女らしからぬ強引な力押しの戦い方を見たフラガは、モニターに向けて呟いた。

 

「ネクサス、ちゃんとセーフティしてるんだろうな……」

 

 そんな彼の心配をよそに、イロンデルは次々と敵を葬っていく。

 しかし、それは決して余裕のある戦いではなかった。

 普段の彼女なら全体に目を見渡し、もっと適切に動けるはずだ。だが今は、ただ目の前の敵を順番に相手しているだけ。

 それでは必ず限界が来る。

 

「はぁ……。ナギと約束しちまったしなぁ…」

 

 脳裏に浮かぶのは、かつての同僚の言葉。

 

《『今度』は……あの子の面倒、ちゃんと見てあげてね》

 

 それと同時に、とある少女を思い返す。

 自分の前では常に表情を殺していた、人形のような少女。

 唯一笑いかけてくれたのは──。

 

「…あぁ、クソ。……らしくねぇぜ…」

 

 だが振り払うように頭を振ると、フラガはマリューに声をかけた。

 

「艦長、俺は出るぞ」

「しかしイロンデル少佐は《待機》と……」

「あのガキのお()りは俺の役目なんでね」

 

 それに──。

 彼は横目で少年の姿を見る。

 

「キラは居ても立っても居られないようだし……な」

 

 モニターには、無数の敵機が映っている。それを見ていると、恐怖心や不安感がどんどん湧いてくる。

 無力な自分が情けなかった。

 顔は青ざめ、体は小刻みに震えている。

 

 ──怖い。

 また人が死ぬ。

 

 あの人が、死ぬ。

 

 もう、あんな思いはしたくない。

 だから僕は、戦う。

 それが、僕がここにいる理由なんだ。

 

「僕が……守るんだ!」

 

 そういうが早いかキラは格納庫へと走っていた。

 

「血気盛んだねぇ」

 

 フラガは苦笑しながら、改めてマリューに向く。

 

「……どうする?艦長?」

 

 彼女はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 

「…そうね。……これより本艦は戦闘に介入します!推力最大!全員、第1戦闘配備‼︎」

 

 

 また1機ジンを撃破したイロンデルは、程遠くないところにナスカ級を見つけた。

 忘れもしない。ずっと追いかけてきたのだろう。

 

 ならば、そこに『アレ』が居るのだ。

 殺さなければならない存在が。

 

「次は貴様だ仮面野郎!」

 

 割り込んできたジンを容易く両断し、敵艦に迫る。

 

「高みの見物とはいい身分だなオイ!」

 

 その艦橋にまっすぐ剣を向けた。

 

「そのまま殺してやるよ‼︎」

 

 その時、横からデュエルが突っ込んで来る。

 キマイラにタックルし、機体を突き飛ばした。

 

「貴様の相手は俺だ!」

 

 その姿を捕らえた時、イロンデルのボルテージが一段と上がる。

 今まで考えていたものが吹き飛び、高まる感情を抑えられない。

 

「クハハッ‼︎来たか!イザーク・ジュール‼︎遅かったじゃないか。呑気に昼寝でもしていたのか!?」

「ヌかせ!!」

 

 キマイラはデュエルを振り払うと、誘うように距離を取る。

 その挑発に乗る形で、2機は宇宙を駆けた。

 イロンデルは愉悦に歪む顔を隠そうともせず、口を開く。

 

「もう速度差は存在しない。存分にやり合おうじゃないか!」

「望む…ところ…だ!!」

 

 息絶え絶えなイザークの声が返ってくる。

 

「何だ、本人がもたないのか?頑張れよ」

「なめ…る…な!!」

 

 強がってみせるが息が荒くなっているのが分かる。苦し紛れの射撃を、優雅に躱す。

 

「ちょこまかと!避けるだけか‼」

「そういうのはぁ!一度でもまともに当ててから言うものだ‼︎どこを狙っているつもりだ?目隠しでもしてるのか⁉︎」

 

 イロンデルは嘲笑う。

 この男は強い。それは間違いないが、今の自分はそれ以上に研ぎ澄まされている。

 

「傷が疼く…!熱くなるなぁ‼︎」

 

 ふと彼女の視界にジンが入った。こちらに横槍を入れるつもりだろう。

 それを見たイロンデルは、嬉々とした声を上げた。

 

「いい所に居たな‼︎雑兵風情が‼︎」

 

 正面からそのコックピットを貫く。

 

「ほら、目眩しだ‼︎」

 

 串刺しの敵を遠心力でデュエルへと放り投げた。

 激しい爆発と爆煙が2機を遮る。

 

「かーらーのぉ!どーん‼︎ってなぁ‼︎」

 

 それを突き破り、キマイラは対艦刀を振り下ろす。

 が、デュエルはシールドをそれに合わせた。

 

「2度も同じ手は喰らわん‼︎」

「ハハハ‼︎ならばもう一手だ!避けてみせろよ‼︎」

 

 

 その戦闘を見ていたディアッカは思わず舌を巻く。

 

「前よりも速いぞ!」

「いや、単純な速度は同程度。MSの旋回能力を得て体感速度が上がっているだけだ」

「厄介さは上がってるってことだろ!」

 

 アスランは冷静な分析を返しながら、戦場を舞う『燕』を睨みつける。

 

 アイツがキラを地球軍に誘ったんだ。そうに違いない。

 そうでなければ優しい彼が自分たちの敵になるものか。

 そんな怒りが沸き起こる。

 

「俺たちも加わるぞ」

「しかしイザークは黙って見ていろ、と……」

 

 ニコルが制止しようとするが、それを振り切る。

 

「今、ここで、あの地球軍人を討つ」

「イザークも無理してるみたいだし、俺たちが手助けしても文句言わないでしょ」

 

 アスランの感情を知らず、ディアッカは気楽に言う。

 

「ナチュラルにはない連係プレイを見せてやろうぜ」

「……分かりました。僕が先行します」

 

 ニコルも渋々と頷いて、機体の姿を消した。

 

 

 

 右から来る!

 

 イザークは正確に制御し、そちらに機体を向けた。

 機影を捉えると同時に引き金を引く。

 

「掛かったなアホが!!」

「なっ!?」

 

 イロンデルは一瞬だけスラスターを逆噴射した。

 ビームは僅かにキマイラを逸れる。

 

「MS操縦の経験は貴様が上でも!MS相手の戦闘は私の方に分がある!!」

 

 キマイラは急加速し、そのまま突進する。

 

「取った!!……ッ⁉︎」

 

 剣が空振った。いや、剣を持った右腕は動かず、それを支点に無重力の空間を機体が動いた。

 腕が動かなかった原因は()()()()。『勘』に従ってガンバレルを撃つと、そこに黒い機体が現れる。射出したクローでジンの腕を掴んでいた。

 その機体を視認すると、イロンデルは思わず舌打ちをする。

 

「ブリッツ…‼︎」

 

 イザークに集中し過ぎた。読み損なったか。

 

「貴女は危険だ。このまま堕とします!」

「グゥゥウウ…‼︎」

 

 クローで掴んだままブリッツはキマイラを振り回す。

 イロンデルは反撃しようにも、遠距離武器は実弾だけしかない。相手もそれを知ってこの戦術を仕掛けてきたのだろう。

 

「PS装甲を起動していれば貴女に有効打はありませんよね!」

「…調子に……乗るなよ雑兵が!」

 

 アンカーを放ちブリッツの脚部を掴むと、スラスターの出力を上げる。

 

「速い…!…クッ!」

 

 一時的にだがブリッツを上回った。

 迎撃の徹甲弾を躱す。

 

「知ってるか雑兵!黒光りするGは!見つけ次第駆除するに限るってなぁ‼︎」

「──な⁉︎」

「奪われたG……。まずは1機‼︎」

 

 その腹に対艦刀を──。

 

「僕だって赤服だ‼︎」

 

 ニコルは右腕からサーベルを発振し、迫る凶刃を受け止めた。

 と同時にかち合った対艦刀が折れる。

 対ビームコーティングが無いからだ。

 

「──⁉︎右──‼︎」

 

 予想外の欠陥に舌打ちする暇もなく、イロンデルは更なる視線から逃げるように機体を動かす。

 しかし動作が遅れ、右前腕がビームの狙撃を受けた。

 遠い場所でバスターが砲身を煌めかせる。

 

「グレイト!良い陽動だ、ニコル。どうだ、今回は当てたぜ?小鳥ちゃん?」

「いい連携だな!狡猾で厄介極まるよ‼︎」

 

 マニピュレーターが壊れた。

 左手に剣を持ち変え、イロンデルは即座に体勢を立て直すと再び距離を取った。

 思い通りに機体が動かないことに苛立ちを覚える。

 

「機体の反応が遅い!これでもか⁉︎ネクサス!補正して‼︎」

 

 彼の忠告を無視したツケが回ってきたか。

 そんな彼女に今度は『イージス』が迫った。

 

「お前を殺す」

「ハハッ!私は人気者だな!!」

 

 迫るイージスの両手の剣を盾で防ぐ。

 

「リンチはザフトのお家芸か?」

 

 額に冷や汗を流しながら、イロンデルはアスランを挑発する。

 だが彼はそれを耳に入れず、怒鳴る。

 

「アイツを騙して戦わせているんだろ!!」

「はぁ?何の話だ⁉︎知らんぞそんなの!」

「お前が悪いんだ‼︎」

 

 叫びと共に剣を振るう。

 それは正確にキマイラの左腕を狙った。

 

「貴様は一体何なんだ!!人の話はちゃんと聞け!」

 

 動きを読んだ彼女は半身で避ける。

 だが足から発振したサーベルが下から迫り、壊れた右腕を肩から切り取った。

 

「また右腕か!!せっかく直したばかりだと言うのに!!」

 

 バランスが崩れる。

 アスランの猛攻にキマイラは押され始めた。

 

「チィ‼︎ガンダム共め!面倒臭いのが多いな!」

 

 あえて軽口を混ぜて愚痴を言う。だが全く余裕はない。このままでは負ける。

 イロンデルは焦り始めていた。

 

 イージスは変形し、そのクローでキマイラに掴みかかる。

 

「強引なハグはレディに嫌われるぞ!」

 

 蹴りを与えて一度は離脱するも、行手をバスターの砲撃が阻む。一瞬止まった隙を逃さずブリッツがクローで拘束してきた。

 立て直したイージスのその中心部が光を帯びる。

 

「『スキュラ』──⁉︎」

 

 小型シールドでは防ぐことができない、絶対的な破壊が彼女を襲おうとしていた。

 

「僕が守るんだぁぁぁあああ‼‼」

 

 突然と現れたストライクが、イージスを蹴り飛ばして射線を変えた。

 ライフルを連射しGを追い払うと、キマイラに通信を入れる。

 

 イロンデルの目の前のモニターにはアークエンジェルで待っているはずのキラの顔が映った。

 

「イロンデルさん!!大丈夫ですか!!」

「あ…ああ。…助かった」

「イージスは僕が‼︎」

 

 彼はそう言うと、こちらの答えも待たずに飛び去る。

 呆気にとられているイロンデルに、僅かに遅れてきたゼロ式が近づく。

 

「ヤバかったな、イロンデル!」

「馬鹿者‼︎何で出てきた‼︎」

 

 フラガの気遣いに咄嗟に怒鳴ってしまう。

 彼がここで墜とされたなら、それこそここまで戦った意味が無くなってしまう。

 

「ちったぁ自分のナリ見て言いやがれ!今のお前を放って置けるかよ‼︎」

「余計なお世話だ!」

「よく言うぜ‼︎落とされそうだったくせに!」

 

 フラガは怒鳴り返すと、戦場を見渡す。

 アークエンジェルはナスカ級と対艦戦闘をしている。これは放置しても良さそうだ。

 メネラウスはユーラシア級に近づかれている。互いに損傷が激しいようだ。

 

 だがやはり最も警戒するべきはGだろう。彼らを野放しにはできない。

 

「俺はどれを引き受けようか?」

 

 その言葉を受けたイロンデルは火照った頭で僅かに考え、そして判断する。

 今はデュエルとの戦闘に集中したい。

 ならば、厄介な敵はこの男に任せても問題はないだろう。

 彼の腕はそれなりに信用している。

 

「バスターを止めろ!!アレに好き勝手されては軍艦が落ちるぞ!」

「りょーかい。お前も無理すんなよ。ただでさえトリップ状態なんだからな!」

「手が抜ける相手か‼︎」

「……なら()()には気をつけろよ‼︎」

「ハッ!約束はできんぞ!」

 

 イロンデルはフラガの忠告を鼻で笑い、対艦刀の柄尻から新たにビームサーベルを発振させるとスラスターを吹かして飛び去った。

 

「…心配なんだよ。イロンデル……」

 

 デュエルとぶつかり合うキマイラを、彼は見ることしかできなかった。

 

 

 ストライクとイージスは互いの盾と剣を混じり合わせる。

 

「君がイロンデルさんを傷つけるっていうのなら!!」

 

 キラはイージスを戦艦の残骸に押し付ける。

 

「『敵』なら殺すしかないんだ‼︎」

 

 ラクスを返した時に、彼はあの人を撃った。

 殺意の籠った弾丸は、ストライクのシートに、自分の後ろに跡を残している。

 

「あの人を守るためには‼︎」

 

 彼がその殺意を抱いている限り、彼女は危険にさらされる。だから殺さなければならない。

 例え、それがどんな人間であってもだ。

 

「君を殺す‼」

 

 それが守るということだ。

 それが正しいことなのだ。

 

「なんで……お前が…‼︎」

 

 問いかけるアスランに、キラは自分が何であるかを叫ぶ。

 

「僕は‼︎地球連合軍の‼︎『キラ・ヤマト少尉』なんだぁぁああ‼︎‼︎」

 

 アスランはその叫びを聞き、苦しそうに歯噛みする。

 しかし同時に理解した。

 

 キラは自分の意思で戦っているのだ。

 

 自分たちはもう……『敵』同士なのだ。

 

 昔とは違う。

 

「お前がそう言うなら……俺も……‼」

 

 アスランは押し付けられた機体を押し返し、剣を振るう。

 

「お前を討つ!」

 

 それをストライクは盾で受け止めた。

 

「イロンデルさんは……僕が守る!!」

 

 キラはそう誓い、ライフルを腰撃ちする。

 イージスは距離を取って変形するとスキュラを放つ。

 

「絶対に!守るんだ‼」

 

 彼は自覚しているだろうか。

 その意思が空回っていることに。

 独りよがりの、子供のワガママでしかないことに。

 

 

 イロンデルとイザークはつかず離れずの攻防を繰り広げる。

 

「貴様を殺すのは俺だ‼︎」

「クハハッ!来い‼︎イザーク・ジュール‼︎私に殺されに‼︎」

「その減らず口もここまでだ‼︎」

「良いねぇ!」

 

 純粋な敵意がイロンデルを刺す。

 その痛みが心地良い。

 

「来いよ‼︎()()()()()()()君よぉ‼︎」

 

 彼女は笑いながら、サーベルをデュエルのシールドに何度も叩きつける。

 

「デカい口叩いておいてこの程度か‼︎なぁ⁉︎」

 

 盾を跳ね上げ、ガラ空きの胸部を蹴り飛ばす。

 

「俺は‼︎負けない‼︎」

 

 衝撃に耐えながらイザークは吠え、操縦桿を握り直す。

 

 負けてたまるか。

 

「俺の力はこんなもんじゃない‼︎‼︎」

 

 その時だった。

 イザークは不思議な感覚に陥った。

 

 瞬間、彼は自分の中の力が湧き上がるのを感じた。

 そして、その力は彼をさらなる高みへと押し上げる。

 

 彼女の動きが分かる。

 次はどう来るか。その次は。

 ……見える。

 

「貴様は俺が……!」

 

 相手の動きが見えた。

 

「俺が殺す!」

 

 イロンデルは鋭さを増した敵意に顔色を変える。

 

「動きが変わった⁉︎ネクサス、補正修──間に合わないか‼︎全制限を解除‼︎私に合わせろ‼︎……グゥゥゥウウウ‼︎‼︎」

 

 脳髄が焼けていく。

 

 熱い。

 

 熱い。

 

 

 ……気持ち良い!

 

 

「──クヒィ……!クキャキャキャキャ‼︎」

 

 イロンデルの喉が今までに無かった音を発する。

 激痛すら感じず、イロンデルは笑った。

 狂喜した。

 

「アヒャヒャヒャヒャ‼︎良ぃいい気分だ‼︎」

 

 快楽に任せるように彼女は機体の出力を最大まで上げる。

 

「貴様は私が……!」

 

 キマイラのフレームが軋み、自壊を始める。だがそんな事はどうでもいい。

 

「私が殺す‼︎」

 

 それだけでいい。

 彼女もまた、己の限界を超えようとしていた。

 

 異常な軌道を描く敵にイザークは驚愕する。

 

「何だ⁉︎その動きは⁉︎」

 

 先ほどまでの動きとはまるで別物。獣のような、野生的な戦い方だ。

 パイロットが保つ訳がない。同じ高機動型のMSに乗っているから分かる。Gに体がやられ、意識が無くなるはずだ。

 

 まるで自分が食われるような錯覚を覚える。だが今一度、彼は敵を睨みつけた。

 それでも、彼は退くわけにはいかない。

 

「例え貴様がどうあろうと‼︎俺がやる事に変わりは無い‼︎」

「ヒャハハ!蹂躙してやる‼︎」

 

 尋常ではない速度で2つの光はぶつかり、離れ、またぶつかる。

 その度に互いに傷つき、傷つける。

 命を削り合い、ぶつかり合う。

 

「オラァ!死ね!死ねぇ‼︎」

 

 破損した液晶がスーツを裂く。流れた血がバイザーにこびり付くが、それを拭う手間すら惜しい。痛みなど感じない。

 この男を殺す。それ以外に何も考えられない。

 

 こちらの動きが読まれるなら、さらにその先を。

 己の細胞の全てが目の前の相手を倒す事に集中する。

 血が滾り、思考が冴える。

 イロンデルは加速する世界に酔っていた。

 

 鼓動が、呼吸が、煩い。

 早く殺せと急かす。

 その通りだ。殺せば良いのだ。

 脈動すらノイズになる時間。

 

 そうか。

 

 これが。

 

「これが『生体CPU』か‼︎()()‼︎」

 

 神経の末端に至るまでが高揚を求めている。細胞が沸騰しそうだ。

 もっと速く動けと、身体中が叫ぶ。

 それは、ただの人間の肉体では耐えられない領域。それを動かしているのだから当然、負荷も大きい。

 イロンデルの体は悲鳴を上げていた。

 

 しかし彼女は笑う。

 

「楽しいなぁ!」

『──』

「黙っていろネクサス‼︎私は……」

 

 そうだ。

 (LP02)は──。

 

「私はこの瞬間の為に造られた‼︎」

 

 私を殺せ!

 その前に貴様を殺す‼︎

 

 この男の全てを引き摺り出し、引き千切り、踏み潰し、砕き、殺し尽くす。

 その欲求だけが、今の彼女の全てだった。

 

「キヒャヒャヒャヒャァア‼︎死ねぇ‼︎‼︎」

 

 袈裟斬りは防がれるが、サブアームでデュエルのレールガンをもぎ取る。

 

「バラバラに引き裂いてやる‼︎」

 

 リニアガンを浴びせ姿勢を崩すが、敵は二の太刀を躱して距離を取った。

 

「ハァ…!ハァ…‼︎…もっとぉ…!もっと深く!激しく‼︎」

 

 乱れる呼吸をそのままに、ビームを避けてもう一度迫る。

 

「脳が蕩ける程の殺し合いを‼︎」

 

 高まりすぎた血流が眼孔を破り血涙を流す。視界が紅く染まっていく。

 もう、何もかもがどうでも良い。

 ただこの瞬間を楽しむ為だけに、イロンデルは戦っている。

 

「貴様も染まれ‼︎ジュール‼︎」

 

 だがその2人きりの時間を邪魔する者が、彼女の行く手を阻んだ。

 予想外から機体に衝撃が加わり、キマイラは体勢を崩す。

 

 ゼロ式だ。

 

「ドアホ‼︎ラリッてんじゃねぇ‼︎」

 

 あまりにもイロンデルの異常な動きを見かねて、フラガが戻ってきたのだ。

 ガンバレルを質量武器として使い、キマイラの動きを止めたのだった。彼は同時にリニアガンをデュエルに撃ち、一度下がらせる。

 

 イロンデルは心地よい時間を遮られたことに憤った。仲間である彼にすら殺意が沸いてしまう。

 

「フラガ‼︎邪魔をするな!殺──『──‼︎』──グゥ⁉︎…ネクサス……」

 

 ネクサスが彼女の神経に直接痛みを与え、ようやくイロンデルは自分がどのような状況だったか自認する。

 

「早く設定をデフォルトに戻せ!これ以上続けるとマジで自滅するぞ‼︎」

「そう……だな…」

 

 ネクサスを操作して制限を元に戻すと、体中を痛みが走る。

 二日酔いよりも100倍酷い頭痛と吐き気がする。

 

 だがその不快感が、自分が生きていることを客観的に教えてくれた。

 頭が徐々に冷静さを取り戻していく。

 

「助…かった……。ありがとう」

「礼は戦闘が終わってからな。俺はバスターの方に戻るが、お前も早いとこケリ付けないと『()()()()』になるぞ」

「……分かっている」

 

 フラガが離れると、デュエルはこちらを睨みつけていた。

 

 そうだ。まだ戦いの最中なのだ。

 

「悪いな。お節介な奴が邪魔をしてしまった」

 

 イザークと向き合うように、サーベルを構え直す。

 そして彼女は息を整えた。

 

「……続きをやろうか」

 

 その言葉が聞こえたかは分からない。

 

 だがイザークは応えるようにスラスターを吹かし、再びこちらに突っ込んできた。

 イロンデルはその斬撃にシールドを合わせる。

 相手の出方を見ながら、あくまで冷静に戦闘の流れを読み取った。

 キマイラは既に半壊。無理に動けば機体が空中分解する。

 

「さっきまでの威勢はどうした‼︎」

 

 今度はイザークが苛烈に攻撃する。

 その荒れる感情が伝わり、彼女は釣られてしまいそうになる。この男とずっと殺し合っていたくなるのだ。

 

 それは駄目だと、イロンデルは自分に言い聞かせる。

 

 一瞬の思考の隙間。そこに滑り込むように、敵の刃が襲う。

 それを紙一重で回避する。

 

「貴様相手にそんなものは不要だ」

 

 落ち着いて挑発を返す。

 

「舐めているのか‼︎」

「貴様の知るところでは無い」

 

 振るわれる剣を避けながら、イロンデルは相手の腕の動きを観察していた。

 イザークは、怒りに身を任せながらも正確に斬り込んでくる。

 それがどれだけの技量を必要とするかは、同じパイロットだからこそ分かる。

 

「俺は誓った!貴様の全力を捩じ伏せてみせると‼︎」

「知らないと言っている」

「それに応えろ‼︎」

 

 その言葉と共に彼は渾身の突きを繰り出す。

 イロンデルは狙い通りの瞬間が来たことにほくそ笑む。

 

 機体を僅かに動かして、剣先を避ける。

 突きは殺傷力の高い反面、『点』での攻撃だ。『線』である斬撃よりも躱しやすい。

 

「鈍い‼︎」

 

 だがイザークも負けていない。デュエルの体を強引に捻って、その攻撃を斬撃へ変化させる。

 イロンデルは避けず、左腕のシールドで受けた。

 金属が砕ける音が響き、衝撃がコックピットまで伝わる。

 

 しかしイロンデルは読みが当たったことに、今度こそ笑い声を上げた。

 

「ハハッ!誘ったんだよ!」

 

 確かに、Gの()()はPSで堅牢に守られている。キマイラの搭載したビーム兵器は対艦刀のみであり、右腕を失った今は盾と同時に使用できない。故に攻撃を加え続けることで、PS装甲の前にキマイラは成す術が無い。

 

 だが、()()()()は?

 

 デュエルは今、斬撃の為に腕は伸び、強引に姿勢を変えたために盾は構えることはできない。

 何の変哲もないフレームは、何にも守られていない。

 

 両腰のリニアガンを一点集中で発射する。

 

 激しい爆煙が起こる。

 

「……直撃のはずだろうが‼︎」

 

 イロンデルは吐き捨てた。まだ殺意をはっきりと感じてしまったのだ。

 そう思った瞬間、視界の端からデュエルの姿が現れた。

 キマイラの砲撃は関節部を狙ったが、イザークはコーディネイターの優れた反射神経で対応し、関節を曲げて増加装甲を間に合わせたのだった。

 

 彼はまだ動けたのだ。

 その勢いのままサーベルを振るい、キマイラのコックピットを狙う。

 彼女は咄嵯に盾で受け止めるが、勢いを殺すことができない。

 

「グ──!パワーが負ける……‼︎」

 

 イザークに押し込まれ、イロンデルの視界が前へと流れていく。

 

 少しして強い衝撃が機体を襲う。何かにぶつかった。

 イロンデルは、それは戦艦の残骸だと推定した。

 

「チィッ!スラスターだけでも最大に──」

『──‼︎』

「何⁉︎黙っててよ‼︎」

 

 こうなればもう構っていられない。

 そう思った彼女に、ネクサスが警告を発した。空気を読まない彼に苛立つが、彼は繰り返して警告する。

 

『───』

「後ろ……?…これは──⁉︎」

 

 イロンデルは背部カメラの映像を見て絶句した。

 

「シャトル…⁉︎いつの間に⁉︎」

 

 それはメネラウスにあったはずの、避難民を乗せたシャトルだった。

 

「どうなっている……‼」

 

 ジンを操作して足底をデュエルの胸部に押し当て、そのまま蹴り飛ばす。

 

 一瞬できた隙にシャトルの状態を確かめる。表面装甲に細かい傷ができているが亀裂は無い。

 気付けば、周囲の残骸はユーラシア級の物とは別に、メネラウスの物も混じっていた。

 2隻の艦は相打ちになり、提督は己が身を犠牲としながらもこのシャトルを守ったのだと、イロンデルは理解した。

 

 窓の人影が、彼女のモニターにはっきりと映し出される。

 

「エル…」

 

 怖いのだろう。彼女は不安そうに母親に抱き着いている。

 

 

「…大丈夫ですよ」

 

 届かないと分かっていながら、イロンデルは少女に優しく語りかける。

 

「守ってみせます‼︎」

 

 コックピットに鳴る警告音が、攻撃の予兆を知らせた。

 

 それに目をやると、ライフルを構えたデュエルが。

 

 ライフルの先端には、眩く輝くエネルギーが収束している。

 その輝きが意味することを、彼女は知っていた。

 

 避ける?

 論外だ。

 盾で防ぐ?

 飛散したビームがシャトルに当たる。

 迎撃は?

 相手が撃つ方が早い。

 

 必死に頭を回す。

 

 つまり今できる『最善』は……‼

 

「射線予測!相対距離!速度!…ここ‼」

 

 キマイラは左手を振りかぶった。

 

 対艦刀の投擲。

 意表を突いた一撃。

 

 放たれたビームをサーベルは切り開き、そのままライフルに突き刺さる。

 

 爆発が起き敵の姿勢が乱れた。

 その隙にイロンデルは国際救難チャンネルを開いて通信領域を最大にする。可能な限り遠くまで、多くの者に聞こえるように。

 

 そして叫ぶ。

 

「撃つな‼︎これは『ヘリオポリス』の避難民を乗せたシャトルだ!国際条約に基づき、双方共に攻撃を中止しろ‼︎」

 

 当然、すぐには誰も止めない。

 イロンデルは敵の攻撃からシャトルを守りながら、繰り返し訴える。

 

「シャトルへの攻撃は条約違反だ‼︎繰り返す!攻撃を止めろ‼︎」

 

 しかし、それでも止まらない。

 イロンデルは歯噛みする。

 こんなことなら、もっと早くに説得しておくべきだった。

 

 彼女の目の前にデュエルが現れる。

 

「く……!」

 

 反撃するべきか?しかしこちらから攻撃すればそれこそ言葉に説得力が消えてしまう。

 逡巡する彼女を差し置いて、デュエルの背後からさらに数機のジンが。

 

 思わず最後に残った武器、ビームブーメランに手が伸びそうになる。

 それを何とか抑え込み、祈る。

 

 どうか。

 どうか止まってくれ。

 

 イロンデルは願う。

 

 そんな彼女に声が響いた。

 イザークの声が。

 

「その言葉に嘘は無いな?」

「ああ……ああ、無い‼」

 

 聞こえてきた短距離通信に、イロンデルは心の底から叫んだ。

 

「…分かった。俺から皆に伝える」

 

 僅かな沈黙の後にイザークがそう言うと、デュエルとそれに従うジンは武装を捨て手を上げる。

 

「そのシャトルに手出ししない。だがそれが降りたら……また戦うぞ」

「それでいい……。…ありがとう」

 

 やがて、シャトルの周りからMSが離れていく。

 イロンデルは心の底から安堵し、泣きそうになった。

 

 だがまだ安心することはできない。

 意識を切り替え、シャトルと通信をつなぐ。

 

「操縦席、応答せよ」

 

 まだこの戦争が終わったわけではない。すぐに離脱してもらわなければならない。

 そのことをパイロットに伝えようとするが、返ってくるのは沈黙だけだった。

 

「操縦席、応答願う。パイロット!……居ないのか⁉︎」

 

 不安になったイロンデルが機首を覗くと。

 そこには誰も居なかった。

 

 このシャトルは地球の重力に曳かれて落ちているだけだ。イロンデルは一瞬呆然としたが、我を取り戻す。

 

「ネクサス!現地点からオーブへの降下角度を算出して!」

 

 不適切な角度で突入すれば中は蒸し焼きだ。シャトルの軌道を変えなければならない。

 ネクサスの出した情報を読み取ると、イロンデルはキラを呼び出す。

 

「ヤマト少尉、シャトルの角度を修正する。手伝ってくれ」

「了解!」

 

 2機のMSはシャトルに取りつく。

 

 

 その様子を見ながら、不気味な笑みを浮かべる存在が居た。

 先ほどまでアークエンジェルと撃ち合っていたナスカ級、ヴェサリウス。その艦橋。

 

「……やれやれ。イザークの甘さにも困ったものだな」

 

 クルーゼは独り言にしては大きな声で言った。

 

「『敵に騙され逃亡兵を見逃す』など、後で裁判に掛けられても仕方ない。最悪の場合は銃殺かもしれん」

「隊長…?」

 

 周囲の部下が不安げに呼びかけるが、彼は構わず続ける。

 いや、むしろ聞かせるように彼は自分の部下たちに語りかける。

 

「アレに軍人が乗っていない証拠が……どこにある?」

「それは……」

 

 部下たちは戸惑うが、彼は気にせず続ける。

 まるで、自分以外の全員が理解していないかのように。

 

「例え真実であっても、証拠が無ければ嘘と相違無い」

「しかし……」

「逃した敵1人が同胞を10人殺すのだ」

 

 その言葉は恐怖心を煽り、彼らの心に入り込む。

 敵を殺すのは『正しい』ことだ。仲間を守るためには、敵を滅ぼさなければならないのだ。

 

 もう誰も意見しようとしないのを見て、クルーゼは口角を上げた。

 そして、決定的な一言を。

 彼は口にした。

 

「全機に通達。シャトルを狙え」

 

 

「貴様ら正気か⁉︎」

 

 再び攻撃を始めたジン達にイロンデルは戸惑う。しかも今度はシャトルを明確に撃墜対象にしているのが見て取れた。

 

「ジュール……‼︎貴様ぁぁああ‼︎」

 

 シャトルを守りながら、イロンデルは()()()()()()()()()に怒りをぶつける。

 

「違う……俺は…本当に信じて──」

「これが貴様らのやり方か⁉︎ナチュラルなら全て敵だと!殺すべき相手だと!そう言いたいのか⁉︎」

「そんなことは──」

「信じた私が馬鹿だったよ‼︎」

 

 敵の言葉に耳を貸したのが間違いだった。

 イロンデルは通信を一方的に切り、ブーメランを手持ちのサーベルにしてジンを切り裂いていく。

 

「フラガとヤマト少尉はGを引き剥がせ‼︎ビームが当たれば一撃で落ちる‼︎」

 

 もう話し合いはできない。こうなれば、敵は全て滅ぼすしかないのだ。

 

「右──左が先か⁉︎」

 

 シャトルに取りつくジンは多い。その装備と狙いを分析し、的確に墜としていく。だが一向に状況は変わらない。

 

「シャトルの損害状況をリアルタイムで出して‼︎早く‼︎」

 

 大気圏突入に耐えるためにその外装は厚いが、無敵ではない。亀裂が入れば突入に耐えられないかもしれない。

 目に入ってきた情報にイロンデルは1機ずつ相手をしていては手遅れになると判断した。

 

 撃墜したジンから機銃を奪う。

 

「対多射撃プログラムを新規構築!マルチロックオン‼︎」

 

 その命令をネクサスが受け、その液晶画面が敵の捕捉位置を示す。

 

「くたばれゴミ共‼︎」

 

 リニアガンと機銃を合わせた3つの銃撃が放たれる。

 

「後ろ⁉︎しま──‼︎」

 

 背後に回り込んだジンの動きに反応しきれず、その重斬刀がキマイラの頭を切り飛ばした。

 モニターの映像が補助センサーに切り替わる。入ってくる情報が大きく制限された。

 自身の能力を上げて補うしかない。

 

「メインカメラが⁉︎…ネクサス!もう一度だ‼︎セーフティ解除‼︎シナプス融合を上げてニューロン操作を開始!私の命は度外視しろ!」

『──』

「早くしろ‼︎私が死ぬぞ‼︎」

 

 ネクサスの警告を振り切ってスラスターの出力を120%まで上げる。

 同時にあの異常な興奮が襲い掛かってきた。

 

「キャハッ!死ね──『──‼︎』──…グゥ…!…守る!……守る守る守るゥウゥァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛‼︎‼︎」

 

 己の中で暴れようとする衝動を理性で無理矢理閉じ込める。

 狂気と紙一重の集中力でイロンデルは敵を撃破していった。

 

 それを見ていたイザークは、今の状況が理解できなかった。彼は混乱していた。

 

「隊長!止めて下さい!アイツはそんな嘘を吐く奴じゃない‼︎シャトルが降りてから戦えば良いでしょう⁉︎」

「何を言うかと思えば……くだらない」

 

 クルーゼに問いかけるが、彼は鼻で笑った。

 

「今敵を撃たねば次の機会はいつになる?それまでに何人の同胞が死ぬ?」

「民間人を巻き込んでまでやることじゃない!」

 

 イザークが叫ぶ。

 自分はこんなことがしたくてザフトに入ったわけではない。確かにナチュラルが憎いと思った。だがそれは相手が軍人だからだ。あのシャトルに乗っているのは、地球軍とは何も関係のないヘリオポリスの民間人。ならばこんな方法を選ぶ必要はない。

 

 そう訴えるが、やはり彼は意に介さない。

 

「死人に口は無い。それに……最初に撃とうとしたのは君だ。ここでシャトルを見逃せば、どの道君は裁判にかけられる。君の母にも迷惑がかかることになるぞ?」

 

 家族のことを出され、イザークは黙り込んでしまう。

 もう既に彼の置かれた状況は、彼一人ではどうにもできない。

 

 イザークとの通信が終わると、クルーゼはモニターを注視する。

 自らの身をすり潰すように戦う『燕』は、必死にMSを追い払っている。

 

「ああ、そんな無防備な姿を見せないでくれ」

 

 クルーゼは無意識のうちに呟いていた。

 シャトルを守ることに集中している燕は、こちらのことなど気に掛ける余裕も無い。

 

「シャトルがそんなに大事か?」

 

 だからそこまでして守るのか?

 命に代えてまでして。

 

 ああ、素晴らしい精神だ。

 哀れ極まりない。

 

「だが君は知っているか?大切なもの程、世界は容易くそれを踏み潰す」

 

 クルーゼは火器管制を行うクルーに声を掛ける。

 

「主砲のコントロールを私に」

 

 その言葉に、クルーは戸惑う。だが隊長の命令に背く権利は無い。ただ言われるままに権限がクルーゼに渡される。

 彼は照準を操作して、狙いを合わせる。

 

 狙うのは当然、ただ落ちているだけの的。

 

「引鉄は私が弾く」

 

 とても楽しそうに。

 まるで新しい玩具を与えられた子供のように。

 嬉々として、こう口にした。

 

「その苦しみを……君も知るが良い、人形(コピー)

 

 その言葉と同時に、人差し指をトリガーに掛けた。

 

 シャトル付近にいたMSに一斉に知らせが届く。

 

「射線警報⁉︎」

 

 イザークはその報告に戸惑い、思わず声を上げた。

 ヴェサリウスの主砲がシャトルを撃ち抜こうとしている。

 

「──クソォォオオ‼︎」

 

 イザークは、何かを考えるより先に機体を動かした。

 

 デュエルはシャトルを庇い、ヴァサリウスの砲撃を盾で受ける。

 MSのライフルとは比較にならないエネルギーが盾を溶かし、機体の左手を抉る。

 

 だが射線は逸れ、シャトルは守られた。

 彼はこの場で唯一頼れる存在を呼ぶ。

 

「ポワソン‼︎俺を人質にしろ‼︎」

「何を──」

「俺を信じろ‼︎他に手はない‼」

 

 通信に応えた彼女は何故彼がこのようなことをしたのか困惑しているようだった。だがイザーク自身にも説明できなかったし、今は説明している時間がない。

 第2射が放たれればもう防ぐ手はないのだ。

 

「……分かった」

 

 1度騙されたと思っているイロンデルはこれが何かの罠ではないかと迷ったが、彼の言うように他の選択肢が無いと分かっていた。

 アンカーでデュエルを捕らえ手繰り寄せ、ブーメランの刃先をそのコックピットに向ける。

 

「この者を殺されたくなければ攻撃を止めろ‼︎この警告は一度しかしない‼︎」

 

 スピーカーから聞こえるイロンデルの声に、ザフトの者たちは一斉に攻撃を止める。

 イザークは赤服で、プラント議員の御曹司だ。直情家で熱くなりやすいところもあるが、それもまた魅力の一つとして多くの者に慕われている。そんな彼が人質とされた今、隊長の判断を待つよりも先に彼らは動きを止めた。

 

 戦場が硬直したことでイロンデルはアークエンジェルに通信を入れる。

 

「アークエンジェル‼︎今のうちにこの宙域を離脱しろ!アラスカへ向かえ‼︎」

「しかし……」

「今しかありません!奴ら、私が去れば艦を狙う。提督の犠牲を無碍にしない為にも、Gとアークエンジェルは必ずアラスカに届けねばならないのです!」

「………しかし…!」

「しつこい!私はシャトルと降ります!フラガとヤマト少尉を回収してください‼︎」

 

 敵がシャトルを狙った以上、警戒は解けない。離れることで人質の効果が薄れてしまえばビーム一つで爆散する。

 

 シャトルの降下に合わせて戦場から離れようとするイロンデルにキラは寄り添おうとした。

 彼女を守りたいから。

 

「イロンデルさん‼︎」

「来るな‼︎」

 

 だが彼女はキツい口調で彼を拒絶した。

 ストライクがこちらに付いてくれば、敵に良い口実を与えてしまうだけだからだ。

 

「貴官はアークエンジェルに戻れ‼︎」

「……でも‼︎」

「皆を守れ!これは()()だ‼︎」

「──ッ!……了……解…」

 

 『命令』という言葉を使われ、『軍人のキラ・ヤマト少尉』は従うしかなかった。

 機体に命令を打ち込むと、自動操縦で艦に戻っていく。

 

 コックピットの中でキラは、モニターに映った彼女の機影に縋った。

 

「…行かないで……」

 

 それがどんどんと小さくなっていく。

 

「貴女が居ないと……」

 

 ストライクがアークエンジェルへと戻りカタパルトハッチが閉じると、彼女の姿はもう見えなくなる。

 それでもキラはモニターに泣きついたままだった。

 

「お願いだから……傍に…。……僕を…守って……」

 

 そのワガママは、誰にも届かない。

 

 

「どうしますか、隊長?」

 

 離脱していく足付きを見ながら、アデスは隊長に問いかけた。

 

「………」

「……隊長?」

「……ええい‼︎」

「──⁉︎」

 

 クルーゼは忌々しげにコンソールに拳を叩きつけた。

 今まで見たことの無い彼の荒ぶりように部下達は身をすくめる。

 

「……おっと、失礼。……フフ。ついイライラしてしまった。……私も()かな?」

「ご、御冗談がお上手ですね……」

「ああ、()()だとも。私がそんな老いぼれに見えるかね?」

 

 クルーゼは冷たい仮面で部下を一瞥した。

 

「……我らは『足付き』を追う。ラルエナのジン小隊を観測員としてこの宙域に留め、Gを回収しろ」

 

 仮面の下で不愉快に眉を歪め、彼は歯噛みした。

 絶好の機会を逃した。

 ストライクかあの艦が人形に付き添えば、如何にでも言い訳が効いたのだが。

 

「随分と頭が回るじゃないか。……()()()のクセに…」

 

 贋作の割にはよくやったと褒めてやろう。

 だが、これで終わりにする気はない。

 必ずその首を討ち取り、『彼女』への慰霊にしてやる。

 

 まずは手始めにあの艦を沈めてやる。

 紛い物が居た場所など、既に穢れきっているのだ。

 

「……精々生き延びろ、イロンデル・ポワソン…。君は私が殺すのだ…!」

 

 全ては『彼女』のために。

 『彼女』を否定した世界を、否定するために。

 そう誓うクルーゼは、足付きの追跡を始める。

 

 

「嫌だねぇ。上を抑えられちゃ満足にくつろげないっての」

 

 パイロットスーツのままのフラガはブリッジで愚痴る。

 今アークエンジェルの後方には、ずっと追いかけて来たナスカ級がピタリと離れずにいる。

 まるでストーカーだ。

 

「で、どうなんだ?アラスカに着きそうか?」

「無理です」

 

 操舵手のノイマンに確認すれば、端的で絶望的な答えが返って来た。

 当然の答えだ。

 

「キラは?」

「ストライクから出てきていません。機体の調整中、とのことです」

 

 そう言われては無理に召集もできない。

 

「このまま奴らが傍観してくれれば良いんだがなぁ……」

 

 それがあり得ないことだと分かっているクルー達は沈黙する。

 どうにもクルー達の雰囲気が重い、とフラガは椅子に座りながら天井を仰ぐ。

 いつもならイロンデルが何かしら気を引き締める事を言ってくれるのだが。

 

「……調子が出ないねぇ」

 

 いつも通りの気楽さを何とか繕い、フラガは独り言のように呟いてみた。

 だが、やはり反応は無かった。

 

 そうして淀んだ空気のアークエンジェルがヨーロッパの上を通過していた時だ。

 

「──もう一度来たか!」

「ナスカ級、速度を上げて接近を開始しました!」

 

 フラガの反応と同時に敵の電波障害を検知した。

 

「……降りましょう…」

 

 マリューが重く声を発した。

 

「イロンデル少佐が居ない今、彼らを正面から撃ち破るのは難しいわ。下は大西洋連邦領土。バスターさえ退ければ、逃走は容易になる」

「上を抑えられている今、我が方の不利です。降下しながらの戦闘になります」

「フェイズ3までに戻ってくれば良いんだろ?楽勝楽勝!クソガキのいない分は俺がカバーしてやるよ」

「……頼みます、フラガ大──失礼。フラガ少佐」

「おう!任せとけって!」

 

 フラガは笑い、ナタルとマリューの案を受け入れた。

 すぐにストライクを出撃させ、防衛させなければならない。

 マリューも気を引き締め、ミリアリアに指示をする。

 

「キラ君に連絡を──」

「ストライク、発進準備完了!出しますか?」

「え⁉…え、ええ」

 

 どうやら既にカタパルトに乗っているようだ。

 早すぎる準備に驚くが、今は時間が無い。許可を出し、カタパルトを開放する。

 

「ストライク、発進どうぞ!」

 

 キラはその声を聞き終わらないうちに出力を上げて艦から飛び出した。

 『エールストライカー』を装備したストライクの装甲がトリコロールに変色する。

 同時に敵艦からもジンが数機と、3機のGが現れる。

 

「……イロンデルさん…」

 

 キラは少しだけ目を閉じて、()()()の言葉が聞こえないかと期待した。

 聞こえてほしいと願ってしまった。

 

 自分を守ってくれる声を。

 自分が守りたかった声を。

 

 だが──

 ──やはり、何も聞こえなかった。

 

 もう彼女は……居ないのだ。

 

 分かっていた事なのに、キラはそれを思い知らされてしまった。

 無力感に打ちひしがれていると、アラートが被ロックオンを知らせる。

 

《誰も待ってはくれない》

 

 彼女の言葉が木霊のようにキラの頭に浮かんだ。

 

 操縦桿を握る手に力が入る。

 モニターにはこちらに向かってくる()艦と、その前方に展開する()機。

 

 自分が彼らから皆を守らなければならない。

 

《誰かを守るというのは、その敵を討つという事だ》

 

 また、彼女の言葉が浮かぶ。

 

 もう居ない彼女。

 ………何故、居ないんだ?

 いつも僕を守ってくれたのに……。

 

 ……何で…?

 

 …………ああ、そうか。

 

「君達が……」

 

 敵機を睨み、キラは叫ぶ。

 

「君達がぁあ‼︎‼︎」

 

 そうだ。

 彼らが。

 

 ヘリオポリスが壊れたのも。

 自分がMSに乗ることになったのも。

 あの人が傷ついたのも。

 

 あの人が傍に居ないのも。

 

 全部。

 全部全部全部全部全部……‼︎‼︎

 全部君達のせいだ‼︎

 

「君達さえ……君達さえ居なければぁぁああ‼︎」

 

 彼の中で『何か』が弾けた。

 それは怒りなのか憎しみなのか悲しみなのか、それともまた別の感情なのか分からない。

 ただ、その激情が彼の心を埋め尽くしていく。

 

 なのに、頭だけは冷静だった。不気味なほどに正確に敵の姿を認識できる。

 

 ストライクはサーベルを引き抜くとイージスに斬りかかる。

 敵は盾を合わせるが、キラはそれを蹴り上げて胴体を無防備にした。

 

 そのコックピットに突きを繰り出そうとするが、その直前に右方向からバスターが砲を構えているのが認識できた。

 機体を捻って最小限の動きでビームを躱し、優先する標的をバスターに切り替える。

 僅かに遅れてきたフラガにイージスとブリッツの足止めを任せ、キラはバスターを睨む。

 

 思えば彼女もあの機体のビームを被弾してから形勢が不利になったのだ。

 今、仇を討ってやる!

 

 盾を前方に構え、そのまま突進する。

 と見せかけ、衝突の直前に操縦桿を傾けてその背後に回り込んだ。

 そのまま地球の方向へ強く蹴りつける。

 追いかけてもう一度。

 また追いかけてもう一度。

 

 そのまま地球へと、確実に落とす。

 

 重い砲を装備したバスターは重力に惹かれて落ちていく。

 そこにトドメのライフルを構えた。

 

 だがゼロ式を振り切ったイージスが邪魔をする。

 

「また君か……‼︎」

 

 何故いつも邪魔をするんだ。

 僕は敵を撃つだけなのに。

 それが『正しいこと』なのに。

 

 キラは機体の向きを変えてイージスと相対する。

 

 何度も激しくぶつかり、その間にどんどん高度が下がっていく。

 MS形態での推力なら、エールストライカーを装備したストライクの方が優っている。つまり引き留めるだけこちらの有利になる。

 

 そう判断したキラはイージスとの接近戦を続けた。

 

「キラ!そろそろフェイズ3だ‼︎アークエンジェルに戻るぞ!」

「…了解です」

 

 フラガの通信に頷く。

 イージスは今、重力に引っ張られて上手く身動きできない。

 ここで()()ことができないのは残念だが、あの人の命令は『皆を守る』こと。

 

 軍人なら命令を守らなければ。

 

 もう一度だけイージスを蹴り飛ばし、ストライクは離脱しようとする。

 

 だが突然、アラートが鳴った。

 

「え──うわっ⁉︎」

 

 集中力を切らしていたキラは急いでモニターを確認するが、何も無い。だが確かな衝撃が機体を襲った。

 

「バックパックが…‼︎」

 

 損壊を表示するモニターが、背部に直撃を喰らったと報告する。

 頼りにしていたストライカーが失われ、機体が重力に惹かれる。

 

 望遠モニターが重力圏からイージスを引っ張って離脱するブリッツを確認するが、キラにできる事は何も無い。

 ただ落ちていくだけだ。

 

「……助けて…!」

 

 加熱していくコックピットで、彼は泣き叫んだ。

 

「助けて‼︎イロンデルさん‼︎‼︎」

 

 誰にも聞こえないと分かっていても、彼は叫び続けた。

 

 アークエンジェルがストライクを回収するために降下を合わせてくる。

 

 キラはそれが、彼らを危険に晒す事になると悟った。

 

「……ごめんなさい…」

 

 涙が溢れ出るのを止められない。

 

 命令を守れなかった。

 あの人の最後の声を裏切ってしまった。

 

「…僕は誰も……守れない…」

 

 ストライクは熱に包まれ、地球へと落ちていく。

 

 その先には、アフリカの砂漠が広がっていた。

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