「どういう事だ‼︎説明しろ‼︎ラウ・ル・クルーゼ‼︎‼︎」
プラントの会議室でエザリア・ジュール議員は乱暴に机を叩き、目の前の男に吠えた。
だが彼は表情を変えず、淡々と返す。
「……ですから、先程も申し上げた通りです。イザークは《敵に騙され、その後人質となって共に地球へ降下した》。私が確認できたのはそこまでであります」
クルーゼは若干鬱陶しそうに言った。
この女が怒るのは分かっていたことだが、ここまで感情的になるのは予想外だった。
「納得できるか‼︎あの子が人質にされただと⁉︎それも貴様の
「はい。射線警報は出ていたはずですが、燕を討つ事に固辞するあまり見落としてしまったのでしょう」
「そんなわけがあるか‼あの子を侮辱する気か‼」
エザリアが激昂するのも無理はない。彼女は愛息家だ。
だがここは静粛であるべき場所なのだ。
「落ち着きたまえ、ジュール議員」
「この状況で落ち着くことができますか⁉︎イザークが……
議長であるシーゲルが宥めるが、彼女の熱は引かない。
周りの議員も落ち着けようとするが効果は無かった。
「データによれば、Gには大気圏突入に耐える能力がある。実際にバスターに乗っていたディアッカ・エルスマンは、ジブラルタル基地にて保護されたそうじゃないか」
「だからといってイザークが無事な保証はありません‼︎
「それは……」
『燕』──イロンデル・ポワソンは、プラントにおいて『非情で冷酷な殺人鬼』と風評されている。
では捕まったイザークはどうなったのか。エザリアは考えるのも恐ろしかった。
「すぐにでも捜索隊を出さなくてはなりません‼︎カーペンタリア基地に連絡し降下予測地点を重点的に──」
「──エザリア」
パトリック・ザラが重い声で彼女の言葉を遮った。
「……君の息子は
「ザラ議員……!……し、しかし!まだ死んだと──」
「君が重視すべきは何だ?息子か?違うだろう?」
確かにそうだ。彼女の立場なら、今は息子の安否より重要な事がある。
彼の言葉を受け止め、深く呼吸をして自分を落ち着かせる。それでもその手は震えていたが、それを隠して言う。
「コーディネイターの未来……です…」
「そうだ。我らは一刻でも早く、我らを蝕むナチュラル共を殲滅せねばならん」
ザラは、まるでそれがプラントに住む全ての人間の総意であるかのように言った。
クライン議長は過激すぎる言い方に眉を歪ませたが、今ここで言い争っても意味が無い。それに、その言葉に賛同する者が多くいることも事実であった。
「過ぎた言葉を言ってしまった。申し訳ない、クルーゼ」
頭が冷えたエザリアは謝罪する。彼への怒りはまだ残っていたが、これ以上喚いても何もならない事は理解していた。
「いえ、ご子息の身を案じるお気持ちはよく分かります」
クルーゼは言葉とは裏腹に表情の無い顔で答える。
そしてザラに顔を向けた。
「ザラ議員の言う通り、すぐにでも奴らを討ち倒さなければなりません。我が隊の者がこれ以上欠ける前に……」
クルーゼは肩を震わせて顔を伏せた。その様子からは、イザークを失った悲しみが強く伝わってくるかのようだ。
周りの議員達もその様子に心打たれ、同時に我が子は大丈夫かと心配になる。
「皆まで言う必要は無い、クルーゼ。我らの悲願は必ず果たされる」
「……ええ…。……そうでしょうとも…」
ザラの言葉を聞いてもただ肩の震えが増すだけで、彼は顔を上げなかった。
これ以上この場に留めるのは酷だろうと見かねたクラインが退室を許可する。
「誤射の責任などについては決まり次第、追って連絡する。退室したまえ」
「……失礼…します…」
クルーゼはフラつきながら、覚束ない足取りで部屋を出て行った。
■
薄暗い自室に帰り着くまで、彼はずっと肩を震わせていた。
そして中に入り鍵を閉めると、ようやく顔を上げる。
「……ククッ…!」
その顔は笑っていた。
「フフハハハハハ!!」
そして、堪えきれないというように吹き出した。それは、見る者によっては狂気すら感じさせるものだった。
ひとしきり笑うと、今度は両手を広げ天を見上げる。
「見たかいイロンデル!アイツらの顔!まるで僕が悲しんでいるように見えたらしい!」
演技1つで馬鹿みたいに踊るサル共め。あの場で哄笑しなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ。
「本当に笑えるよ!可笑しくてたまらない!」
クルーゼはまた笑う。
「……人間というのはつくづく愚かだ」
だが、その嘲笑が終わると逆に口を歪ませた。
仮面を脱ぎ捨て、ベッドに倒れる。そして枕に顔を埋めた。
「愚か者しかいないのさ……‼」
先程の会議で報告しなかったことが1つある。
イザークが、《まるでシャトルの盾になるように砲撃をくらった》ことだ。
クルーゼはその考えを、気のせいだと切り捨てていた。
イザークはコーディネイターだ。ナチュラルが乗った船を庇うことなど、万に一つもありはしない。
「有り得ないんだ。人間などという
上げた顔には、僅かに涙が滲んでいた。
「でなければ……君が…殺されるものか…‼︎」
脳裏に浮かぶのは、『彼女』とのかけがえのない日々。
親に甘えてみたかった。友達を作って遊びたいと思ったこともあった。
それがありえないと解ってしまった。
そんな孔の空いた自分を……『彼女』が満たしてくれた。
笑って、怒って、泣いて……。
そしてまた笑うことができた日常。
自分が生きていると思えた。
生きて良いのだと……信じることができた。
何よりも、『生きたい』と願った時間。
もう二度と……帰ってこない……。
「君は馬鹿だ……‼︎…何故こんな間違った世界で生まれてしまったんだ…!」
目を拭い、しかしどれだけ叫ぼうが、現実は変わらない。
泣いても、願っても、悲しんでも、懺悔しても、叫んでも、呪っても、殺しても、逃げても、縋っても、欺いても、誑かしても……。
彼が愛した少女は……もういないのだ。
「……あぁ分かってるよ…!僕に任せて‼︎」
クルーゼは顔を上げ、棚の引き出しから薬を取り出してそのまま飲み込んだ。
「君が正しいんだと……世界が狂っているんだと…証明してみせるよ‼︎」
鏡に映った自分と目が合う。
憎い憎いその顔を殴れば、ヒビが無数の眼を映す。
その瞳に映る感情は、深い絶望だけだった。
「君の声が聞こえないのはアレのせいだ‼︎」
狂った瞳で、虚空に向かって叫んだ。
『彼女』と同じ顔をした『紛い物』へ、怨嗟を込めて叫ぶ。
「あの贋作のせいだ‼︎」
そうだ。
あの人形が『彼女』を穢しているから。
「アレを殺さないと…!……そうさ!クローンなんて最初から存在してはいけなかったんだ‼︎」
再び、彼の顔に笑みが浮かぶ。
三日月に開いた口が憎悪を吐きだす。
「世界が間違っているなら……君の理想は何の意味もない‼︎」
崇拝する『彼女』の言葉を思い返す。
そしてそれを否定する。
「この世界に生きてはいけない者も……居るんだよ…」
これは『彼女』への裏切りかもしれない。
だが、それでも良かった。
新しい仮面を棚から取り出し、それを付けた彼は、先程とは打って変わって落ち着いた口調で言う。
「……私はラウ・ル・クルーゼだ」
激情を仮面に隠して、彼は自分自身を騙す。そしてそれでも変わらない胸の内を虚空に呟く。
「君の笑顔のためなら、何だってやってやるさ」
その口調は冷たく無機質なものになっていた。
「その為に……このゴミの様な命を…延ばして来たんだ……」
それだけが、偽りだらけの自分に出来る唯一の贖罪だった。
「だから…」
彼は願う。
その顔は
「……笑ってよ…」
まるで呪いのように響いたその言葉に、誰も答えてはくれなかった。