機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第35話 砂漠の大天使

 アフリカ大陸の北端。その砂漠地帯。

 

 それが、現在アークエンジェルが居る場所だ。

 

 ザフトの勢力圏。

 その中に単艦で降りてしまった。

 

 ブリッジで、ナタルとマリューはブリーフィングをする。

 

「仕方のない事だったとはいえ、やはりここに降りたのは間違いだったのかしら……あの機体を諦めてでも、アラスカに降りていれば──」

「そんな事はありません。『ストライク』を見捨てる事こそ、軍への裏切りです」

「……そう言ってくれるのね」

 

 自らの甘さを間違いではないかと悩むマリューに、ナタルは励ましではなくとも支えになる言葉を言った。

 

 マリューは卓上の地図と睨めっこをする彼女の横顔を見る。

 ナタルは出会ったばかりの頃の印象から少し変化していると、彼女は思った。

 軍に忠実である事に変わりは無いが、まだ艦長の立場に慣れていない自分を補おうとしてくれている。

 本来なら座る事のない椅子に座って、命が消えていくのが嫌でも目に入るマリューにとって、ありがたい事だった。

 

「……何か?」

 

 送っていた視線に彼女は気付く。

 マリューは少し微笑んだ。

 

「いえ。何でもないの。…ただ……私が迷った時、助言してくれる貴女がいる。…それはとても心強いわ」

 

 頼りっぱなしではいけないと思う反面、頼れる人が傍にいるという安心感がある。

 その言葉にナタルは驚いたように目を開き、それを軍帽で隠す。

 僅かに沈黙し、顔を上げた。

 

「……私は…私の役目を果たします。それだけです。……ポワソン少佐のように…」

「…そうね」

 

 ()()の名前をあえて口にする声に、ブリッジの全員が身を硬くした。

 

 イロンデルは大気圏に『ジン』に乗って落ちていった。

 

 その機体に突入に耐える能力は……無い。

 突入の衝撃で機体が壊れるか、内部の温度で蒸し焼きにされるか。

 彼女はそのどちらかになったのだ。

 

 それはつまり、『イロンデル・ポワソンは死んだ』という可能性が非常に高い──いや、()()だということだ。

 

 今まで当たり前のように居た存在がもう居ない。

 

 それはアークエンジェルに乗る、『1人を除く』全員にとって、初めての事だった。

 

「よ!元気してる?」

 

 重い空気を払うように、その唯一の例外であるフラガがコーヒーカップを片手に呑気にブリッジに入ってきた。

 

「どうしたどうした。皆揃って辛気臭い顔しちゃって」

「フラガ少佐…」

 

 クルーの肩を荒く叩きながらコーヒーを啜る姿に、マリュー達は毒気を抜かれる。

 

「イロンデルが居なくて寂しいのは分かるけどさ、少しはリラックスするのも大事だぜ?」

「彼女は生きている……。そう思いますか?」

 

 『死んだ』ではなく『居ない』という言葉を選んだことに、マリューは気付いた。

 

「んー…。何て言うかなぁ……」

 

 彼はコップをデスクに置くと、少しだけ遠い目をした。

 彼がこんな顔をするのは珍しいなと、マリューは思った。

 彼の瞳には哀愁が宿り、それが一層普段とのギャップを感じさせる。そして、どこか悔やむようでもある。

 

()と違うんだよ。アイツは死んでない。そう思っちまうんだ」

 

 彼は再びコーヒーを手に取ると、それを飲み干す。

 空になったカップの底を見つめる。そこには、誰かの顔が映っているかのように。

 

「……ま、俺の勘だけどな」

 

 だがそれも一瞬のことだった。すぐに気を取り直すかのように笑い、肩をすくめた。

 

「それに!アイツが生きていようが死んでいようが。俺たちの状況が変わるわけでもないだろ?」

「……そうですね」

 

 マリューは釣られるように小さく笑うと、自身の頬を両手で叩き、意識を切り替える

 彼の言う通り暗い顔をしていても何も変わらないのだ。ずっと沈んでいるわけにもいかない。

 

「各員、現在把握できる状況を確認。ナタルはそれを整理して。いつまでもここに留まるわけにいかないわ。この先どう動くか、考えましょう」

「了解しました」

 

 ナタル達は敬礼をして応えると、端末を操作する。これからどうすればいいかは分からない。だが、何もしないでいては何もできない。『可能』を『実行』に。確かイロンデルもそんな事を言っていただろうか。

 

 それを見たフラガは、艦長席の隣に立つ。

 仕事を始めたマリューの横顔を見て、彼は満足げに笑みを浮かべた。

 

「良いねぇ。『ラミアス()()』って感じだ」

 

 わざと立ち位置を自覚するような言い方をしたのは、彼なりの気遣いだろうか。そんな彼に彼女は艦長として指示を与える。

 

「フラガ少佐は艦隊より引き受けた新型MA『スカイグラスパー』の調整を。いつ敵が現れるか分かりません」

「りょーかい」

 

 彼は気の抜けた返事をして、ブリッジを去った。

 ナタルは作業の手を止めないでマリューに声をかける。

 

「……彼は変わりませんね」

 

 変に緊張してしまっているのが馬鹿らしくなってくる。

 周りのクルー達も良い具合に肩の力が抜けたようだ。

 

 だがマリューは、顔に少し影を落として答える。

 

「そう振る舞っているのよ」

 

 最も彼女と近しい場所に居た彼が、何も思わない筈がない。

 それでも自分達を気遣って、いつも通りを演じてくれているのだ。

 そんな彼に、彼女は心の中で感謝した。

 

◾️

 

 ブリッジを出て程近い男性用トイレの洗面台。

 激しく音を立てて流れ落ちている蛇口を気にする余裕も無く、彼は鏡と向き合う。

 

「……しっかりしろムウ・ラ・フラガ‼︎俺が弱気になってどうする‼︎」

 

 前髪から滴る水滴が台へと落ちていく。

 

「アイツは生きてる‼︎そう思え‼︎」

 

 何度目かも分からず、また顔を洗う。

 

「…大丈夫だ……!俺の『勘』を信じろ!()()()とは…違う……‼︎」

 

 脳裏にフラッシュバックする。

 

 

 冷たい雨。

 小さな微笑み。

 激しい閃光。

 強烈な爆音。

 目の前で飛び散る『あの子』の臓腑と手足。

 横たわり赤く染まった白金髪。

 

 

 今でも鮮明に思い出す、最初に見た『人が死ぬ瞬間』。

 

「──違う……違うだろ!……あの子はアイツじゃない…!」

 

 何度も自分に言い聞かせるように呟く。

 フラガはタオルを取ると、乱暴に顔を拭いた。

 

「あぁ……クソ!……ホントに…らしくねぇなぁ」

 

 フラガは再び、鏡の中の自分を見据える。そこに映る男は、不機嫌そうな表情をしていた。

 眉間にできる皺を必死に伸ばす。

 

「ちゃんと生きてろよ……クソガキ…」

 

 笑顔を作り、いつも通りの『気さくで軽薄な飄々とした男』を取り繕う。

 それが今の自分の役割だと、フラガは理解していた。

 

 

 

 闇の中で、佇む彼女が見える。

 

「イロンデルさん!」

 

 キラは前に進もうと必死に足を動かすが、彼女との距離は縮まらない。

 声をかけても、彼女は振り返らない。

 

「君のせいだ」

 

 彼女はこちらを見ないまま呟いた。

 キラはその言葉に、思わず足を止めた。

 

 虚空から、彼女を取り囲むように複数のMSが現れる。彼らは憎悪に満ちた目で彼女を睨むと、武器を構えた。

 

 デュエルの射撃が彼女を吹き飛ばす。

 ブリッツのサーベルが彼女を焼き焦がす。

 バスターの砲撃が彼女をバラバラにする。

 

 その度に彼女の死体はキラを責める。

 

「君のせいだ」

「ち、違う…!僕は──」

「君のせいだ」

「僕は──」

「君は私を守れなかった」

 

 散らばった死体にはフラガやマリュー、サイやトールたちのモノが混じっていた。

 彼らは一様に、責めるような眼でキラを睨む。

 

「何で守ってくれなかったんだ」

「力があるのだろうに」

「見殺しにしたな」

「裏切り者め」

 

 無数の怨念の声が、彼の耳元で囁く。頭を振って振り払おうとするが、その声は消えない。

 彼の視界は真っ赤に染まった。

 それは、血の海だった。

 

 キラとイロンデルの間に1人の少年が立っている。

 

「アス……ラ…ン」

 

 血と同じ赤い服を着た彼は、拳銃を彼女へと構える。

 

「やめ──」

「お前が殺したんだ」

 

 アスランがそう言った瞬間、乾いた音がして世界が暗転した。

 

「──…うぁぁあああ あ あ あ あ ‼︎‼︎」

 

 悲鳴と共に、キラは目を覚ました。

 

「キラ、起き──」

「イロンデルさんがっ!あの人が‼︎‼︎」

「おい!どうしたんだよ‼︎」

 

 医務室で、目覚めないキラを心配していた学生達は急変した彼の様子にたじろぐ。

 キラが異常なのはすぐに分かった。何の意味もなくベッドの上で暴れていた。壁に手足をぶつけることも厭わず、目は泣きながら虚空を見るばかりだ。

 

 このままでは良くないと、彼らはガムシャラに暴れる彼を押さえつけた。

 

「キラ!キラ‼︎しっかりしろ‼︎」

「嫌だ‼︎嫌だぁぁあ‼︎‼︎」

 

 トールが上半身を抑えるが、その力に負けてしまう。

 

「サイ!カズイ!手伝え‼︎」

 

 医師が運悪く席を外しているのを恨めしく思った。3人がかりでようやく腕と体と足を拘束する。

 だがキラはそんな事には気づかず、むしろ振り解こうと暴れる。

 

「死んじゃう!僕が守らないと‼︎」

「落ち着け!」

 

 サイとカズイは彼を羽交い締めにする。

 こんなことを友人にしていいのかと迷ったが、今はそうするしかなかった。

 

 そこまでしてようやく、キラは落ち着き始める。

 

「守らないと……守ら…」

 

 うわ言のように同じ言葉を連呼しながらではあったが、これまでのことを認知できたようだ。

 だがそれでも、キラは涙を流し続けた。そして、静かに呟いた。

 

「……守れなかった…」

 

 キラはもう一度、確かめるように友人たちに言う。

 

「守れなかったんだね……」

 

 誰もその言葉を否定できなかった。

 

 

「……キラの様子は…?」

 

 戻ってきた医師がキラの診察を終えると、部屋の外でトールはいの一番に尋ねた。

 だが医師は首を横に振った。

 

「分からん。鎮静剤を打ったから、しばらくは大丈夫だと思うが、俺だってコーディネイターを診るのは初めてだ。精神分野は専門外だしな」

 

 艦隊から配属された軍医の説明に彼らはさらに不安げな顔になる。無理もない。あの時のキラは正気を失っていた。

 

「とりあえず言っておくと、身体は内臓も含めて問題無い。……だがどうもなぁ」

 

 医師は口ごもりながら続ける。

 

()が参っちまってるみたいだ」

「……心…?」

「そうだ」

 

 医師はゆっくりと、噛んで含めるような口調で言う。

 

「『鬱病』『トラウマ』『PTSD』……そういう類のものだ。戦場で()()なると厄介なんだよ」

 

 その言葉に、皆黙り込んでしまう。彼が何故あんな風になったか、大体の予想はついていたからだ。

 慕っていたイロンデルが、目の前から離れていったこと。

 ストライクに乗り命の奪い合いの中に身を置くキラにとって、今まで守ってくれていた存在が居なくなってしまったことがどれだけショックだったのかは、つい先ほど見せつけられた通りだ。

 

「『より力を持てる肉体、知識を得られる頭脳』──なんて言われるが、結局は同じ『人』に過ぎないのかもな」

 

 医師の言葉に誰もが納得していた。

 体が強くても、頭が良くても、心は脆く弱いものなのだと。彼らは思い知らされるばかりだった。

 

「本来なら落ち着いた所でゆっくり治すのがセオリーだが、今はそうもいかん」

 

 今居る場所は敵地だ。そして敵は待ってくれない。

 

 医師は沈痛そうな面持ちで続ける。

 

「彼が戦ってくれないと、俺達はすぐ死んじまうんだから」

 

 フラガという優秀なパイロットがいるとはいえ、彼はMA専門だ。イロンデルが居ない今、ストライクまで欠けてしまえばどうなるか。

 それを想像してしまったのだろうカズイは、怯えた表情をした。

 

 キラが戦わなければ。

 キラが敵を殺さなければ。

 キラが皆を守らなければ。

 

 どこまで彼に頼れば気が済むのだろうか。

 サイは自己嫌悪した。

 

「………俺達……何もできないんだな…」

 

 キラは今、眠っているらしい。だからといって、自分たちが何をしてやれるわけでもない。慰めてやるのも違う気がした。

 同じ戦場に居ても結局ブリッジで座っているだけ。

 彼を助けることはできない。

 

「……ま、時々で良いから気にかけてやってくれ。こういうのは俺みたいな部外者より君達友人の方が彼も落ち着くさ」

「……はい」

 

 そう返事したトールだったが、自分に何かできるとは思えなかった。

 

 

 扉から漏れてくるその会話を、キラはベッドの上で聞いてしまった。

 

「……死ぬ………皆……死ぬ………」

 

 夢の光景がぶり返す。

 赤い赤い血の海。

 バラバラになって散らばった──

 

「忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!」

 

 枕に顔を押し付けて声を殺す。

 

 あれを現実にしたいのか⁉

 僕が戦わないといけないんだぞ‼

 分かっているのか⁉

 

 キラは自分を責め立てた。

 

「僕が──僕が守らないと……‼︎」

 

 もう二度と、あんな思いはしたくない。

 

 ………だから

 ……そのためなら

 

「敵は全部…殺してやる……!」

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