砂丘の天辺からアークエンジェルを観察する男が居た。
彼は白亜の戦艦の様子を見終えると、傍の部下に声をかける。
「ちょっと突っついてみようか」
「ええっ⁉︎今からですか⁉︎」
何気ない日常会話のように言ったその言葉に部下は驚く。
「あれは
「だがそれで第8艦隊を壊滅させ、ツバメちゃんも落としたんだろ?向こうに欠けが有って、こっちには無い。ここは砂漠で僕達のフィールドだ。立て直される前に仕掛けるぞ、ダコスタ」
「……ハァ…。…分かりましたよ、バルトフェルト隊長殿」
ダゴスタはため息を吐きながら力無く頷いた。
なんだかんだでいつも隊長は成功している。なら今回も大丈夫だろう。
そう思っている。
「
「………その情報が正しいなら…な」
燕は鹵獲されたジンに乗っていた。だが先の第8艦隊との戦闘でもストライクは確認されている。それを操ったのはナチュラルだとされているが、そんな雑兵でクルーゼ隊が1機でも墜とされるものなのだろうか。
既に矛盾している情報を、一体どうして信じられようか。
それを確かめるためにも、戦力評価が必要なのだ。
「準備ができ次第に動くぞ」
「了解!」
片手のコーヒーを啜りながら、彼は砂丘を滑り降りた。
「さぁ!戦争を始めようか‼︎」
◾️
キラはストライクの操縦席の中で、その調整をしていた。何かしていないと落ち着かなかった。ただ目の前のことに集中して、他のことを考えたくなかった。
だが一区切りつく毎に、視線は外部モニターに移る。
格納庫に居ると、自分でも気付かぬ内に探してしまうのだ。
周りの人より二回り小さくて、着慣れているはずの軍服は袖が少し余っていて、なのに立ち振る舞いは軍人らしくて、いつも自分を気にかけてくれた彼女を。
「イロンデルさん……」
彼女は居ない。
「何で……」
何故彼女がここにいないのか。答えは既に知っている筈なのに、心はそれを拒絶する。そして考える事を止めたくても、勝手に考えてしまう。
「……あ、ああ…………」
震え始める自分の体を抱きしめ、押さえつけようとして──
──《君は暖かいですね》
「ぁああぁあああ……」
彼女との最後の記憶が蘇ってしまう。
彼女の熱が上書きされていくようで……
彼女が生きていた証が消えていくようで……
動機が激しくなる。視界が震える。息が出来なくなる。
苦しい。
誰か助けて欲しい。誰でも良いからこの苦しみから救ってくれ。
そう願いながら、ただただ苦しむ事しか出来なかった。
その時だった。
「おーい!キラ‼︎」
それを打ち消すように、彼を呼ぶ声がした。
気が付くと胸の苦しさは無くなっていた。
キラがコックピットから顔を出して下を覗くと、ストライクの足元に友人達の姿が見えた。
キラは昇降ワイヤーを降りて彼らと同じ高さに立つ。
「飯にしようぜ!」
トールが笑顔で言う。後ろのサイ達も笑っている。
「お前もまだだろ?」
「…カロリーバーなら食べたよ。水も飲んだし」
だがキラは、気にかけてくれる彼らに不愛想な答えしかできなかった。
せめて無理矢理口角を上げる。しかしそれは不自然極まりなく、誰の目から見ても強がりだと分かった。
「いやいや、足りないって」
「大丈夫だよ。僕はコーディネイターだから」
キラは今度こそちゃんと笑ってみせた。だがそれは暗く澱んだ笑みだった。
「君達とは体の『性能』が違うんだ」
その言葉を聞いた途端、トール達は皆一様に顔を曇らせる。
それでもサイは、何とか言葉を紡ぐ。
「えっと……じゃあ…俺らが飯食うのに付き合えよ」
「ストライクの調整で忙しいんだ」
キラは素っ気ない。
しかしここで退いてはいけないと、カズイが言う。
「せ、精々30分ぐらいだって。そんな間にできることなんて、たかが知れてるだろう?」
「そうよ。見てるだけで良いから」
ミリアリアも食い下がった。
今のキラを独りにするのは良くないと、皆知っていた。
キラも友人たちの気遣いに気が付かないほど馬鹿ではない。
表情は冴えなかったが、それでも渋々と頷く。
「……分か──」
《レーザー照準を確認!緊急離床する‼︎》
ナタルの声が放送で響くと同時に、艦全体が激しく揺れる。
《接近中の熱源有り!敵勢力と判断!総員、第一戦闘配備‼︎》
それを聞いて、キラの顔色が変わる。
怯えと恐怖と憎悪が混じった、負の感情に染まった顔に。
「おい、これって……」
トール達が驚く中、キラは格納庫を走り出す。
向かう先は当然、ストライクだ。
「あ、待てよキラ!」
「ブリッジへ行くんだ!早く‼︎
目の前の、
出撃用の予備設定を焦る指で呼び出す。
文字を打ち間違いエラーを吐くモニターに、彼は乱暴に拳を振り下ろす。
「なんなんだよ‼早く……早くしないと……皆が…‼」
早く早く早く早く早く‼︎
そうだ…!あの人の言う通りなんだ…‼︎
──《誰かを守るというのは、その敵を討つという事だ》
「……分かってます…」
誰かを殺さなくちゃ……誰も守れないんだ!
「こちらブリッジ!キラ、準備は──」
「さっさとハッチを開けろよ‼︎敵を殺せないだろ‼︎⁉︎」
通信に映るミリアリアに、彼は怒鳴った。
「落ち着いて!まだ命令は出ていな──」
「出てる‼︎《皆を守れ》‼︎イロンデルさんが言った‼︎」
あの人の最期の命令だ。
軍人ならそれを守らないと。
それを守るために、あの人を見捨てたのだから。
「
フラガはMAの重力設定に手間取っている。
ならば自分が出なければならないのだ。
その言葉を聞いて艦長が、渋々ではあったが出撃許可を出す。
それを聞き終わる前にキラはペダルを踏みこんでいた。
■
相手は獣型のMS──『バクゥ』だ。
「クソッ…!こんな奴らに……‼」
砂に足を取られながら、キラはランチャー『アグニ』を構える。だが砲身を動かすとその反動で足がまた沈んだ。射撃は的を外れる。
「接地圧ぐらい……‼」
敵の攻撃を跳躍し躱す。と同時にキーボードを叩き始めた。複雑な行程を間違えることなく、正確に文字を羅列していく。
そんな、空中で動きが緩慢なストライクを狙い、バクゥがミサイルを放つ。
キラはレバーに手を変え避けるが、その動作がもどかしかった。
「こんな時イロンデルさんが居たら──何を考えているんだ‼」
自分に叱咤する。
また彼女に頼ることを考えている弱い自分を心の中で罵倒した。
「僕はコーディネイターなんだぞ‼︎」
誰よりも力があるんだ‼︎
「だから僕が…──クッ⁉」
気が抜けていた一瞬の隙に、バクゥが1機横を抜けていく。
それが向かう先にはアークエンジェルがあった。
「待て……‼」
キラは追いかけようとするが、運動プログラムの修正は不完全でストライクは片膝をついてしまう。
その間にも、バクゥはアークエンジェルに近付いて行く。
「何とかしないと……皆が!……こんな時…イロンデルさんが居れば……!」
あの人なら。
何時だってどんな時も僕や皆を守った。
あの人ならこんな奴ら、容易く殺せるんだ。
あの人は『正しい』人だから。
あの人のする事に間違いなんて無いから。
……なら、なんでここに居ないんだ。
それは──
《お前が───》
「うるさい!うるさいうるさいうるさい‼︎」
キラは内から湧く声を黙殺した。
それ以上考えてはいけない。
今やらなければいけないことは、敵を殺すことだ。
まだ砂に足が取られる。
だが銃口さえ補正できれば問題ない!
「あの人ならできる!」
今まで以上の速さでキーボードを叩く。
そしてバクゥのミサイルが放たれようとした瞬間、アグニの砲撃が正確に機体を消し飛ばした。
「……やった…‼︎」
殺せた。
守れた。
あの人の言う通りにすれば良いんだ‼︎
なら、敵は全部殺さないと‼︎
体勢なんてどうでも良い!ただ早く殺せば良い!
「僕が…!僕が守らなきゃいけないんだ‼︎」
スラスターを全開にし、次の敵機へと向かう。
アークエンジェルからもフラガのスカイグラスパーが飛び立った。敵の艦を探るらしい。キラはそれを見送ることなく、残った敵へと突進していった。
「命令を守るんだ!だから……敵は死ね‼︎」
ストライクの動きを完全に砂漠に適応させる。
その様子を見てバクゥ達は砂丘の陰に退き始めた。
「逃すもんか…‼︎」
ここで殺さなければまた襲ってくる。追い返すだけではダメだ。
武装の出力を最大にし、砂漠ごと撃ち抜く。
「死ね‼︎死ね‼︎死ねぇぇええ‼︎‼︎」
横方向にそのまま薙ぎ払えば、砂丘を赤く溶かす熱戦が扇を描いた。露わになったバクゥ達は半身或いは全身が爛れ、見る間に爆散した。
「……はぁ…はぁ」
極度の緊張が息切れを引き起こすが、まだ敵勢反応は消えていない。
「まだ死なないのか…⁉︎」
3機が照射から逃れた。
コックピットに鳴る警告音は、被ロックオンかバッテリーレッドゾーンか。キラの頭ではもう判別できなかった。
敵のランチャーを避け、必死に打開策を考えようとする。
だが何も思い浮かばなかった。
「僕は……僕は…‼」
その時、複数の戦闘バギーが砂丘を乗り越え躍り出た。
■
バギーの集団と協力しストライクはバクゥらを倒すことができた。
着底したアークエンジェルの前で彼らは、車両から降りた。そうやら話がしたいようだ。
「こういう荒事はクソガキの方が得意なんだけどねぇ……」
外とを繋ぐハッチの前で、フラガは拳銃をいじりながらいつも通りの軽薄な口調で言った。
それを見るマリューの視線に気づき、彼は肩をすくめる。
「血生臭いのは嫌いなんだ。意外だろ?」
「嫌いなのは面倒事でしょう」
ピシャリと言い返され、浮かべていた笑いが歪んでしまう。今度はマリューが意地の悪い笑みを浮かべていた。
「……言うようになったじゃねぇの」
イロンデルの影響かもしれないと、何というか負けた気分になりながら、フラガはハッチを開けた。
◾️
武装したアラブ系の男たちは『明けの砂漠』と名乗った。
そのリーダー格であるらしいサイーブは、アークエンジェルの各員の名前を知った後フラガに興味深そうに話しかける。
「『エンデュミオンの鷹』か!じゃあ『瑠璃星の燕』も何処かに居るのか?」
その問いに気まずそうな様子を見て、件の人物がそこに居ないことを悟り、残念そうにした。
「なんだ、居ないのか。謎多き凄腕エース、一目見たかったんだがな」
「
マリューが聞き返す。
サイーブは大仰にうなずいた。
「だってそうだろ?出回ってる写真がどう見ても8歳ぐらいのガキなんだから」
「実際には『クソ』が付くけどな…」
相変わらずの口をきくフラガをマリューは小突く。サイーブはその様子に苦笑し、続けた。
「経歴も詐称だらけらしいじゃないか。せめて姿だけでも…って思ったんだが、流石にそう上手くはいかねぇか」
「アンタらゲリラだろ?会わなくて良かったよ。アイツはそういうのに良い顔しないぜ?」
「あんな小狡い戦い方と一緒にするなよ。レジスタンスと言ってくれ」
フラガの言い方にサイーブの後ろにいた少年、アフメドが噛み付く。それに同調するように周りも文句を言い出した。
「あーらそ。プライドがお高いのね」
だがフラガはそれを聞き流し、むしろ小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
そんな彼の態度を見て、ムッとするアフメドだったが、サイーブに止められる。
彼は傍らに立つストライクに一瞬目をやった後、つい先ほど戦闘を行った場所を振り返った。
アグニから放たれたビームの熱は、砂をガラス化させるに充分であった。
夜の闇の中で、今も砂漠は赫灼としている。
「凄い威力だな。『ヘリオポリス』が墜ちるわけだ」
その名前を出され、クルー達の間に動揺が走る。
「ウチの情報を舐めてもらっちゃ困る。コロニーに大穴空けたのはあの砲撃だろう?」
口調こそ疑問形だが、確信に満ちた目だった。
「あれはザフトが──」
「それも、その
やはり知っていたかと、マリューはひるむ。
この男の情報はいったいどんな経路をしているかも分からず、油断できない。
その時、ストライクのハッチが開いてキラが降りてくる。
勝手に降りてきて身を晒すことの不用心さにマリューは心の中で呆れた。
そんな彼はサイーブを睨んだ。
「……僕のせいだって言いたいんですか」
その声には怒気が混じっている。だがサイーブは冷たく返す。
「違うって言いたいのか?」
「それは………」
キラは口ごもり、視線を落とした。サイーブの言っていることは正しい。
自分があの時、ちゃんと動いていればこんな事にはならなかった。
キラは唇を噛んで黙り込んでしまった。
「…!お前‼︎」
不意に少女の声がして、キラの視界が空を映した。後頭部にザラザラした感触があり、砂漠に倒れたのだと気づく。視界の端に拳が見えた気がしたが、声の主に殴られたのだろうか。
砂を払いながら身を起こせば、周囲の様子が一変していた。
フラガが金髪少女に拳銃を向け、大柄な男が少女を庇うようにその前に立っている。アフメド達も一斉に銃を抜き、事態を見てアークエンジェルのクルー達が控えていたハッチから飛び出して自動小銃をレジスタンスに構えている。
場は一気に火薬庫に変貌していた。
今ここで殺し合いが起きてもおかしくない。
大柄な男が抵抗しないことを示すように両手を上げ、フラガに言う。
「彼女は……ちょっとした
「へぇー?じゃあ俺がその『ちょっとした弾み』とやらで引鉄を引いても許してくれるっての?」
対する彼は口調こそいつも通りの軽薄さだったが、声に怒気を多分に混ざっていた。
周囲の緊張が更に高まっていく。
「それはお前が思っている以上の問題を引き起こすことになるぞ」
「馬鹿なゲリラ1人でか?何か『裏』でもありそうだな?」
男の言葉にフラガは挑発で返した。
「ムウさん」
キラが体に付いた砂を払いながら立つ。
「僕なら大丈夫ですから」
「拳じゃなくて弾なら死んでたんだ」
フラガは厳しい表情で言った。
「また目の前で死なれてたまるかよ……!」
そう言って彼は譲らない。それを止める言葉をキラは持っていなかった。
だがそこで、マリューが艦長として命令を出す。
「フラガ少佐。銃を下ろしさない」
「………了解」
フラガはその言葉に従い拳銃を下ろしたが、不機嫌さを隠そうとしなかった。
マリューはサイーブ達に向き直る。
「申し訳ありません。こちらも複雑な事情がありまして」
「謝罪は必要ない。非があったのはこちらだ」
サイーブはそう言うと少女を一瞬だけ叱るような眼で見た。
「拳1つで始まる惨劇もある…。組織に身を置くなら、個人的な衝動は控えなければならない」
彼が合図をするとレジスタンス達も銃を下ろす。
「アンタら宿無しだろ?敵の敵は何とやら。殴ってしまったお詫びというわけではないが、匿ってやろう」
■
同時刻。
バルトフェルトは基地へと戻る車の上で、先程の戦闘を思い返していた。
戦力評価自体は果たせたが、同時に多大な犠牲も出してしまった。
「これは僕の判断ミスだな」
砂に足を囚われているのを見て母艦に強襲を仕掛けさせたが、その直後にストライクの動きが変わった。
「あれがナチュラルだって?上はどこで情報をイジったんだか」
信用できない味方というのは厄介なものだ。
こうなれば、自分で情報を集めるしかない。
「町に根を張れ。僅かな情報も逃すな」
指揮車を運転する副官に命令する。
「ああ、それからゴシップ雑誌もチェックしておいてくれ」
「……それは、何故です?」
「いいから」
怪しげな笑みを浮かべる隊長を見て、副官はため息をついた。
バルトフェルトはそんな彼の肩を叩く。
「不確かな情報の中にも、少しぐらい真実が混じってるもんさ」