機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第37話 手を

「ようこそ。我らの前哨基地へ」

 

 サイーブが洞窟の中へ案内する。

 そこには弾薬や物質などが雑多に積まれている。

 

「こんなところが基地?随分とこぢんまりしてんな。掃き溜めみたいだ」

 

 フラガが皮肉を込めて言う。

 レジスタンス達は不機嫌な眼で彼を睨むが、彼は意に介さない。

 

「コーヒーは?」

 

 サイーブが空気を変えるように湯気の立つカップを差し出した。

 マリューはそれを受け取ろうとするが、やはりフラガが遮った。

 

「何が入ってるか分からねぇ物を飲めってか?」

 

 露骨に眉間に皺を作り、相手を睨んでいる。

 サイーブは気にしていないようだが、周囲のレジスタンス達は警戒を強める。

 

「ちょっと、フラガ少佐」

 

 みかねたマリューは彼の服を引き壁際に寄る。

 

「流石につんけんしすぎです。一時的にでも協力する以上、もう少し愛想良くしてください」

 

 彼自身もそう感じているのだろう。そう言われると気不味そうに目を逸らした。

 

「…警戒は必要だろ」

「やりすぎです」

 

 言い訳を切り捨てると、彼は天井に目を移して息を吸った。そして、吐くと同時に表情を消す。だがそれは一瞬のことで、すぐに元の顔に戻った。

 

「………悪い。ちょっとイライラしててさ」

「気持ちは分かりますが……」

「らしくない…よな?」

 

 フラガは小さくため息を吐く。

 

「…分かってる。少し風を浴びてくるよ」

 

 背中を向け、彼は1人で去っていく。

 

「……ごめんなさい」

「気にするな。彼のような存在が居れば、我々も深く同情しないで済む」

 

 マリューの謝罪にサイーブは笑いながら、卓上に広げた地図の前に彼女らを案内する。だがマリューはそれに集中することができなかった。

 それを見たナタルがそっと彼女に言う。

 

「艦長。こちらは私が見ておきます」

 

 だがマリューは、悩みながらも首を横に振った。

 自分の今の立場を理解しているからだ。

 

「……私は艦長としてここに居なければならないわ」

「では艦長として、この副長の進言をご一考いただきたく」

 

 何てことを言うのだと、マリューは彼女を少し睨んだ。そう言われてしまうと考えざるを得ないではないか。

 こちらの視線を受けナタルが微笑むのを見て、マリューは降参するように頷いた。

 

「…ありがとう」

「こちらはお任せください。後で纏めた物を報告します」

 

 ナタルはこの場の最高責任者として、レジスタンス達と意見を交わし始めた。

 

「あの船の高度は──」

「それなら太平洋を──」

「補給の確保が──」

 

 その会話を彼女に任せ、マリューは場を離れる。

 

◾️

 

 洞窟から出たフラガは近くにあった岩に腰掛ける。そして今なお夜明けには遠い黒い空を睨んだ。

 

「何やってんだろうなぁ……俺って…」

 

 彼は自嘲気味に呟く。

 

「お前が居れば──って……本当にバカだな」

 

 いや。今の自分を見てもイロンデルは、バカとも言ってくれないだろう。

 ただ冷たい、失望した目を向けるだけだ。

 だが今は、そんなものでもいいから欲しかった。

 

「あーあ……。…らしくねぇなぁ!」

 

 普段の自分は、もっと飄々として、いい加減で、その場しのぎの言葉を何の責任も無く、無神経に言う男だったはずだ。

 なのに今は、それができない。

 

「……ちくしょう…」

 

 分かっている。

 彼女が居ないのが辛いのだ。彼女の死を受け入れられない自分が居るのが、たまらなく嫌なのだ。

 

「……親父が失望するわけだ…」

 

 何にもできないクセに何でもできるフリをして、見たくない物から目を逸らしている。

 『不可能を可能にする男』などと自称しても、()()()は『あの時』から何も変わっていない。

 

「……イロンデル…」

 

 その名を持つ、『あの子』も、『クソガキ』も。

 目の前から消えてしまう。

 手を伸ばすことすらしなかった自分は、何と無能な男なのか。

 

「…フラガ少佐……」

 

 ふと心配そうな声と砂を踏む音が、彼の思考を妨げた。

 フラガが振り返るとそこにはやはりマリューが居た。

 

「何?嗤いに来たの?」

 

 フラガはわざと茶化すように言った。

 

「暇なんだねぇ、艦長って立場は」

 

 そう言ってまた空を見上げる。彼女は何も言わず、フラガの隣に座った。

 

「色々面倒事が溜まってるんだろ?」

 

 沈黙に耐えられなくなったのか、フラガの方から口を開いた。

 

「それを押し付けたのは誰でしょうね?」

 

 マリューも冗談混じりに返す。

 

「……ほぉんと、言うようになりやがった…」

 

 軽口を叩くと、彼は大きく息を吸い、吐き出した。

 だが、そこで言葉を止めてしまった。

 すると今度はマリューが独り言のように切り出す。

 

「貴方が無責任な人間だというのは、これまで共に過ごして分かっています」

 

 いきなり酷いことを言う。とフラガが驚いて隣を見ると、彼女は真っ直ぐこちらを向いていた。

 その目から逃れるように彼はすぐに目を伏せた。それはまるで叱られる子供のような顔だ。

 マリューは少し笑い、続ける。

 

「それが素なのか、そう振る舞っているのかは置いておいて、ですが」

 

 フラガは何も答えない。ただ黙って聞いている。マリューには、自分より年上のはずの彼が、とても幼く見えた。

 彼女は彼の肩に手を置く。

 フラガは一瞬だけビクリとしたが、振り払おうとはしなかった。

 

「貴方から見れば私は頼りないでしょうが、それでも自分の役目は果たしたいと思っています。……誰かに支えて貰わないと、マトモに立つことすらできません」

 

 肩に置かれた手から彼女の体温が伝わってくる。それはとても温かくて、冷え切った心をほぐすようだった。

 

「その手助けくらい、貴方に期待させてください」

 

 その言葉を聞いたフラガは、目を閉じ、何かを振り払うように首を振った。

 そして眼を開ける。

 そこにはいつもの彼らしい笑みがあった。

 

「君は強いねぇ」

 

 飄々と言いながら立ち上がる。

 

「女の尻に敷かれるのは勘弁なんだけどな」

「…セクハラですよ」

「え、そう?ちょっとは多めに見てよ」

「仕方ないですね」

 

 顔にまだ暗がりはあったが、それでも幾分か晴れやかなものに変わっていた。

 

 

 キラはアークエンジェルに迷彩ネットを掛け終えると、ストライクから降りてネットの張り具合を計測する。どうやら問題無いようだ。

 そんな彼に、金髪の少女がおずおずと近づいた。

 

「……さっきは悪かった」

 

 キラと顔を合わせると、彼女はまず謝罪した。深く頭を下げる。

 

「下手な言い訳をする気は無い。私のせいで誰かが死ぬところだった」

「……別に…良いよ。…殴られて当然だし」

 

 彼は先程の戦闘を思い返す。

 エネルギー切れのストライクにバクゥが迫った時のことを。

 

「……役に立てなかった」

 

 キラは呟くように、そして悔いるように言った。それは自分の無力さを再確認するようだった。

 

「君達が来なかったら……皆死んでたんだ…」

「お前って根暗なんだな」

「え?」

 

 いきなりの暴言にキラは呆気に取られた。対する少女もその自覚は無いのか、言葉を続ける。

 

「私達が着くまで持ち堪えたのはお前が居たからだろ?」

「……フフ」

 

 キラはその言葉を咀嚼しようとし、その前のあまりにストレートな罵倒に笑ってしまう。

 

「何がおかしい!」

「君は楽観的なんだね」

 

 そんなふうに考える事は今のキラにはできない。

 何か考える時間があると、その隙間を埋め尽くすように自己嫌悪が湧いてくる。それは自分の力が足りないからだ。もっと上手くできたはずだと、どうしても思ってしまう。

 

「お前はもう少し前向きになった方が良いぞ」

 

 少女は呆れたように言うが、キラはその言葉を受けることはできなかった。

 

「──あ、居た居た」

 

 そこに友人たちが現れた。

 何か用かとキラが問いかけると、彼らは揃って笑いながら言った。

 

「飯にしようぜ」

「さっきは食い損ねただろ?」

 

 友人たちの気遣いにキラが躊躇っていると、ミリアリアは居心地悪そうにしていた少女にも声を掛ける。

 

「そっちの……」

「……カガリ・ユラだ。カガリでいい」

 

 カガリは僅かに考えた後で名を答えた。

 

「カガリも一緒にどう?私達同年代みたいだし」

「協力するんだし、同じ釜の飯を食おうぜ」

 

 そう言われ断る理由も無かったカガリは、戸惑いながらもその提案を受け入れる。

 

「僕は…もう少しここに居るよ。機体の整備をしないと」

 

 話を切り上げるのに丁度良いタイミングだと思ったキラは友人たちに断りを入れた。

 だがそうはいかないとトールがキラの背後に回り込んで肩を押す。

 

「キラも何か食えよ。何も食わなきゃ、力も出ないぞ」

 

 だがキラは今はどうしても、何かを食べたいという気になれなかった。トールの手を振り払う。

 

「……いらない。食欲が無いんだ」

 

 それを聞くと、友人たちは困った表情を見せた。それでも何かを食べさせなければと、考えを巡らせる。

 そしてトールが妙案を思い付いたとでも言うように笑った。

 

「キラが食べないなら、俺も食べないぞ」

 

 トールが腕を組むと、それに合わせるように腹の虫が鳴った。

 あまりにも緊張感の欠けた音にカガリも含めた友人たちは吹き出してしまう。

 

「コーディネイターだって腹は空くだろ?」

 

 今一度トールはキラに笑いかけた。するとキラも、仕方がないと困ったように頷いた。

 

「分かったよ。食べる」

「じゃあ行こうぜ!」

 

 友人たちに強引に手を引かれ、彼は歩き出す。しかし今度はその手を振り払うことはなかった。

 

 

 『食事』といっても、今の状況で配給されるものはレーションのような簡易的なものばかりだった。敵地の中で離脱の予定も分からないのだから、仕方ない。

 

「軍隊の飯ってどんなもんかと思ったが、私らと変わらないんだな」

「砂の中で食べるのじゃない分、マシだけどね」

 

 カガリの言葉にカズイが返す。

 そもそもレーションというものはおいしく作られていない。おいしく食べるコツは他人と会話をしながら、その味について思考しないことだ。

 

「ほら、キラも食べろよ」

 

 だがそれを差し引いても、キラの食事の進みは遅かった。

 開封だけされた物を前にして、カトラリーすら持とうとしない。

 

「ああ、うん…」

 

 サイが促すと、ようやく1口だけ口に入れた。ゆっくり咀嚼し、飲み込む。

 その姿を穴が開くほどしっかりと観察したトールが、それと同じ量を食べる。

 

「……そんなに見られると食べづらいんだけど」

「ちゃんと食べてるか見てないと分かんないだろ」

 

 そう言って彼はまたキラを凝視する。

 

「トールって、意外と馬鹿だよね」

「何だよ‼︎そりゃ、お前と比べりゃそうだけど……」

「ああ、ごめん。そんなつもり無くてさ」

 

 思わず零れた言葉にトールは反論した。キラも自分の言ったことがそのまま受け取ればただの罵倒でしかないことに気づき、やや焦りながら取り繕う。

 

「……なんて言うか、一直線…みたいな。そんな感じ」

 

 トールの真っ直ぐな姿勢に、キラは自然とそんな言葉を口にしていた。するとサイがそれを茶化す。

 

「そういうなら考え無し、だろ?」

「あはは!確かに!」

 

 ミリアリアも同意し、友人たちに笑いが起きる。

 

「……フフ…──!」

 

 それに釣られるように、キラも思わず笑みが溢れる。

 だが彼は直ぐにそれを消した。手で口を抑え、無理矢理にでも。

 

「…どうかしたか?」

「……うん。…ちょっと……」

 

 トールの問い掛けに、キラは曖昧な返事をした。

 

 落ち着かない。

 彼らと居ると自分の中の緊張が緩んでしまう。今敵が来たら、出撃までにかかる時間が増えてしまう。そしたら今度こそはこの中に居る誰かが……大切な友人たちが………。

 

 手が震え出し、呼吸が荒くなる。

 

「キラ?また顔色悪いぞ。本当にちゃんと食った方が良いって」

 

 サイが再び食事をするように促すが、キラはただ首を振るだけだ。

 

「……ご…ごめ…ん。やっぱり、整備に行かないと」

 

 コックピットに居たい。

 あそこに居なければ。

 

 彼は揺らめきながら椅子から立ち上がる。

 

「毎回キラがやる必要も無いって。マードックさんとかも居るんだし」

 

 カズイの気遣いに彼はまた首を横に振る。

 

「行かなきゃいけないんだ……。…何か……何か役に立たないと…」

 

 うわ言のようにそう繰り返す。

 

「僕が守らなきゃ……」

「ちょっと待てよ!」

 

 明らかに異常な様子で、このまま行かせてはいけないとサイが慌てて彼を止めに入る。

 少し乱暴に掴みかかろうとした。そうしてでも止めたかった。

 

 だが、それがキラに届くことは無かった。

 

「うるさいな‼︎」

 

 キラは思い切り腕を振るって彼を突き飛ばす。ただ振り払うには力が強すぎた。サイは激しく転倒し、床に倒れ伏す。トールたちがそんな彼に駆け寄るのを、キラはじっと見ていた。

 そして彼らに向かって、冷たい声で言い放つ。

 

「……やめてよね」

 

 その豹変ぶりに、トールは呆然とするしかない。他の皆も同じく言葉を失っている。

 そんな彼らにキラは続ける。

 

「……僕を気遣うのは」

「キラ……?」

 

 戸惑いながら、サイが思わず名前を呼んだ。だが彼はそれに答えない。ただ、友人を見下して言う。

 

「……僕に優しくしないでくれよ…!」

 

 サイは彼が泣いているのかと思った。だが、キラの瞳からは涙が溢れる気配すらない。

 彼はただ、こちらを睨み付けていた。

 

「何言ってんだよ……お前……」

「俺達……友達じゃないか」

 

 トールがそう告げると、キラは表情を歪ませた。そして歯を食いしばりながら言葉を絞り出す。

 

「僕は戦わなきゃいけないんだ……!…イロンデルさんの──…そうだ。そうなんだよ…。あの人の…命令を……守らなきゃ…」

 

 キラ自身、彼女の名を出すことはしたくなかった。だがもう口にしてしまった。

 彼女との記憶が脳裏に浮かぶ。それに吞み込まれていく。

 

「あの人は約束したんだ……。アークエンジェルに帰ってくるって……。…また会いましょうって……。……傍に居て欲しかった……」

 

 口に出すともう止まらなかった。

 ずっと体の中で渦巻いていた後悔と自虐が、津波となって押し寄せてくる。

 

「……僕が守れなかったから…あの人は居ないんだ……。…君達はここに居るんだ……」

 

 そしてキラはトールたちに、いや、彼らにではない。自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。

 

「全部……僕のせいなんだ…」

 

 ヘリオポリスが壊れたのも。

 あの人が居ないのも。

 この艦が砂漠に不時着したのも。

 

「僕のせい……。…そうだ。僕が悪いんだ……!」

 

 皆を危険に晒している原因が誰なのか。宙吊りになっていた問いが答えを見つけてしまった。

 

「僕なんかが思い上がって!何の役にも立ってないクセに‼︎何がコーディネイターだよ!何が地球軍人だよ!僕は何も守れてない‼︎」

 

 彼はもはや何も見えてはいない。己の内から湧き上がる黒い感情に急き立てられるように叫び続け、ただ自分を責め続ける。

 

「キラ……」

 

 サイは床に座り込んだまま、ただ名前を呼んだ。

 キラは声を止め、ゆっくりと彼を見下ろした。

 

「──ああ、ごめん。少し疲れてるんだ」

 

 先程までの激情が嘘のように、静かな声を発する。

 サイは自分の言葉が彼には届いていないのだと痛感した。

 

「お前……大丈夫なのかよ…」

 

 それでもサイは友人を案じ、そう問いかけた。

 

「大丈夫だよ。安心して」

 

 キラは笑顔で答える。

 不気味で歪で、見るに堪えないその笑顔にサイは二の句を次げなくなる。もはや会話が繋がっているかも分からなかった。

 そんな顔で、キラは言う。

 

「皆、(ストライク)が守るから」

 

 キラは友人たちの顔をぐるりと見渡した後、もう一度微笑んだ。

 

「……ごめんね。…僕、弱くってさ」

 

 細く長い、震えるような声だった。

 

「…でも……コーディネイターだから」

 

 その震えを誤魔化すように、キラは拳を握る。だが友人たちには、その姿が痛ましく見えるだけだった。だが彼はそれで自分を騙せていると錯覚したままだった。

 

「僕にしか、ストライクは扱えないんだ」

 

 そして彼は己の弱さを呪い、ひたすらに戦うのだ。

 戦って、戦って、殺す。

 死ぬまで、ずっと。

 

「僕が殺さないと……。…そうしないと……皆死んじゃうから…」

 

 キラは虚な目をして去っていく。

 それを誰も、止められなかった。

 

 

 格納庫のストライク。そのコックピットの中で、キラは膝を抱えてい泣いていた。

 

 1人になりたかった。1人で考える時間が欲しかった。

 だが1人で居れば、悪い考えだけが浮かんでいく。

 

「……ごめんなさい…」

 

 涙で濡れた口から零れるのは、後悔と懺悔だった。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい‼︎」

 

 何に謝ればいいのかも分からないまま、キラはただ謝る。

 

「僕は……僕はぁ……!」

 

 嗚咽しながら、先程の友人たちに対する行いを悔いる。

 

「貴女が居ないと何もできないのに……‼︎」

 

 彼女が居ればこんなことにはならなかった。

 そして、彼女が居ないのは自分のせいだ。

 

「僕は間違えたんだ……‼︎…貴女の言いつけを破って…アークエンジェルで待っていなかったから…‼︎」

 

 あの人ならあんな状況からでも完璧に敵を殺して生還したに違いない。

 あの人は強い人だから。

 あの人は間違えないから。

 あの人はいつも『正しい』んだ。

 

「なんで……僕は…!……こんな…‼︎」

 

 弱くて醜い、間違ってばかりいる奴なんだ。

 

 彼女への()()を裏切った事に、キラは自己嫌悪する。

 自分を許せないという衝動に身を任せ、自らの手首を掻きむしった。

 

「……痛い…」

 

 皮が剥がれ、赤く変色していく。

 

「痛い……痛くて…安心できる……」

 

 心地良かった。

 でも、まだ足りない。

 もっと傷つけ。もっと苦しめ。報いを受けろ。

 

 全部僕が悪いのだから。

 

「もっと痛くしないと……」

 

 血の滲む手首に、さらに爪をたてる。

 

「痛い……。…はい……痛いです…。……だから…生きてる。…そうですよね?……イロンデルさん」

 

 血の匂いがした。

 アルテミスで嗅いだ彼女の匂い。

 舌で味わうと彼女と同じに成れる気がした。

 彼女と同じに成れば、もっと強くいられる。

 

「僕が強くなくちゃ…」

 

 その表情は歪んだ笑顔のまま── キラ・ヤマトは己を呪う。

 

「僕には『力』があるんだ。それに『命令』も」

 

 『思い』なんて必要ない。そんなものでは、何も守れない。

 それが、キラが戦争で学んだことだ。

 

「この2つがあれば……僕は…誰だって殺してやる…‼︎」

 

 血濡れた口を三日月に歪める。

 

「殺さなきゃいけないんだ…!あの人みたいに…!」

 

 あの人がしたように。

 あの人がされたように。

 

 何と簡単な答えなのだろうか。

 

「ハハ…ハハハハッ…‼︎」

 

 壊れかけた笑い(泣き)声が、ストライクのコックピット内に響く。

 それはこの艦に居る誰の声よりも幼く、まるで子供が癇癪を起しているかのように聞こえた。

 

 

 誰も待ってはくれない。

 

 その言葉を証明するかのように、夜更けの町タッシルは『虎』により焼かれた。

 

 慌てて向かったレジスタンス達に付き添ってフラガやナタルもそこを訪れたが、不思議と死者はいなかった。バルトフェルトは事前に警告を行い、食料や弾薬を失わせるだけに留めたのだ。

 

 大量の避難民が身を寄せ合う光景に、フラガは独り言のように零す。

 

「全く、ここにイロンデルが居なくて良かった、なんて思う時が来るとはね」

 

 隣にいたナタルが意外そうに彼に振り向いた。

 

「アイツらの手癖なのかねぇ。物を消して人を残すってのは…」

 

 フラガは燃える町を見ながら、皮肉そうに笑った。

 

「人は残って、物資は消えた。次どうなるか分かるか?…残った物を奪い合うのさ。殺してでもな」

「そんな……」

 

 ナタルが信じられないという顔をする。だがフラガは首を横に振った。

 歴史が証明している事実だからだ。そのようなことが、何度も繰り返されている。

 

「敵は手を出さずに見てれば良い。……さぞ滑稽だろうよ。せっかく見逃してやった命が自滅していくんだからな」

 

 彼はナタルに向き直る。

 

「『エイプリルフール・クライシス』。アンタも知ってるだろ?…これはソレの再現だよ…」

 

 それはかつて、プラントにより地球に数多のNJ(ニュートロン・ジャマー)が撃ち込まれた事件だ。原子力発電が不可能になり、地球全体が深刻なエネルギー不足に陥った。そして何億人もの餓死者が出た悲劇。

 規模こそ小さいが、今ここで起こっていることはそれと同じことだった。

 

「『自分達は不必要に命を奪っているのではありません』ってか?合理的だよな。直接撃つより精神的な疲労は少ないし弾も節約できる。相手に選択肢を与えたフリをして、その醜い所を曝け出す。そう言うのを相手するのは楽だぜ?『自分達は正義の為に戦ってる』って安心できるんだから」

 

 フラガは燃える町を見て静かにそう告げた。ナタルは思わず身を強張らせる。

 

「……何とかしてやりたいがな……。俺達だってギリギリだ」

 

 フラガはそう言って首を横に振った。

 

「もし彼らが『虎』へ降伏するなら……」

「…助かるだろうな」

 

 ナタルの問いかけにフラガは答える。

 

 『クライシス』の時もそうだった。プラントに──コーディネイターに従属するならば支援は受けられたはずだ。

 そうでなくとも、残ったエネルギーや資源を復興に向けていれば被害は軽減できた。

 

「……でも、アイツらはそんな事しない」

 

 憤り反撃の声を上げるゲリラ達をみながら、フラガは心底軽蔑しながら言い切った。

 彼らは、地球の多くの国がそうだったように──

 

「プライドが高いからな」

 

 男達は武器をバギーに積み込んでいく。止めようとする者の手を振り払って。少ない物資を更に擦り減らし、残される者の事を考えずに。

 

「こういうの、アイツは一番嫌いなんだ」

 

 全く無関係な民間人までもが巻き込まれる、この惨状が。

 

「ここにアイツが居たら…荒れただろうな」

 

 狡猾な虎に、プライドに固辞するゲリラに、そして何よりこの事態を防げなかった自分に、怒り狂っただろう。

 その行き場の無い矛先は間違いなくこちらに向いただろうなと、フラガは冗談混じりに考えるのだった。

 

 そんな彼の耳に、ふとバギーの音がする。

 ゲリラ達は碌な下準備も無く、手持ちの装備だけで反撃に行くようだった。

 てっきり、地雷や罠を仕掛けて翌朝にでも行くのだろう。それまでに少しは頭も冷えるだろう。などと思っていたフラガは、そのあまりにも短絡的な行動に歯噛みする。

 

「……ああクソ…。やっぱ居た方が良かったかもな…!」

 

 砂丘を駆け降りて彼らに向かう。

 こういう役目は彼女の受け持ちだ。自分には似合わない。

 それを分かっていながら、彼は男達に怒鳴りかける。

 

「オイお前ら!まさか敵討ちに行こうなんて言うんじゃないだろうな‼︎」

「このまま泣き寝入りなんてできるかよ!」

 

 フラガの呼びかけに答えた彼らは、もはや理性的では無い。貧弱な装備で、本気で虎に勝てると思っているようだった。

 フラガは舌打ちする。

 

「ならここにいる家族を置いていくのか?コイツらを遺族にして、頼りになるはずの男手もない、奪われるだけの弱者にでもしたいのか⁉︎ああ良いさ。置いていけば良い!女も子供も!『使い道』はいくらでもあるもんな‼︎」

 

 フラガの怒声に、男達が一瞬怯む。だがすぐに怒りを向けた。

 

「てめぇ…‼︎」

 

 1人の男がバギーを降りて彼に迫る。彼は殴りかからんばかりその胸ぐらを掴んだ。だがフラガは平然とし、笑いすら浮かべている。

 

「何だよ、置いていきたいんだろ?自分のプライドを優先して、無意味に死にたいんだろ?」

「んだと……⁉」

 

 男の拳が震える。

 

「彼の言う通りだ」

 

 が、それは割り込んだ声に止められた。

 サイーブだ。彼は周囲の惨状を見渡し、静かに、だがよく通る声で言う。

 

「残った物資を集めろ。今後の身の振り方も兼ねて配当を決める」

「俺たちに『虎』の犬になれっていうのか‼」

 

 男が今度はサイーブに噛みつく。

 

「守るものを間違えるな‼」

 

 だが彼は倍の勢いで怒鳴り返した。

 普段見ない彼の激昂にレジスタンス達はたじろぐ。それ以上の反論が無いことを確認すると、彼は町の重役達のところへ向かった。レジスタンス達も渋々ではあったが、物資の輸送を手伝い始める。

 

「……やれやれだな」

 

 フラガは溜息と共に砂漠に腰を下ろした。

 

「俺が言わなくても良かったか」

 

 無駄に似合わない事をしてしまったと、彼は苦笑する。するとそこに、カガリがやってきた。

 

「アンタ……嫌なやつだな」

「分かりやすい評価をしてくれてどうもありがとう。……自覚はあるさ」

 

 フラガは肩をすくめる。カガリはそんな彼をしばらく睨んでいたが、やがて視線を逸らす。

 

「でも……虎よりは良いやつだ」

「…そりゃどうも」

 

 カガリはそう言って去っていった。

 残されたフラガは、燃える町と避難民を見て考える。

 

 正直に言って、虎が本気なら虐殺もできただろう。

 それをしなかったのは、気紛れか、慈悲か。

 

 物思いに耽るフラガに、今度はナタルが近づいた。

 

「……あのような言い方は余り褒められたものではありません」

「知ってるよ。でも、誰かが言わなきゃいけないことだ」

 

 フラガにとって『父親の都合で子供が振り回される』というのは、絶対に見過ごせない事だった。

 その先にあるものを彼は知っている。心を蝕む眼を。そして、目の前で消えた命を。

 あんなものが繰り返されて良いはずが無いのだ。

 

「…イロンデルならそうしただろうよ」

 

 そう言って誤魔化すように笑う。

 

「別にどっちが『悪い』とか『正しい』って話をしたいわけじゃない。地球軍だってやる事やってるしな」

 

 そもそも『クライシス』は『血のバレンタイン』の報復だ。

 その惨劇も、元はプラントが規約を無視したからであり、その規約が作られたのもまた、地球側が重い規制を敷いたからだ。その規制ができた理由も──。

 辿ればキリが無い。

 悪意が悪意を造り、悲劇が悲劇を呼ぶ。そしてその悪意や悲劇はまた、新たな惨劇を産み出す。

 絶滅戦争になっていないのが不思議なくらいだ。

 

 ……それとも…()()なっていないだけか。

 

「《誰かが区切りを付けなきゃ、人はどこまでだって殺し合う。そういう生き物だ》」

 

 彼らしからぬ詩的で悲観的な言葉に、ナタルは不思議そうな顔をしてしまう。

 

「な〜んて、な。ナギの言葉だ」

 

 フラガはその顔に気づいて、ふざけた調子で付け足した。だが少し、湿っぽい語調になってしまう。

 

「頭が良い奴は何で揃いも揃ってウジウジしてんのかねぇ」

 

 そう言ってフラガは伸びをする。無理をしているのは明らかだった。

 

「アイツが言うには、《墓穴は自分で掘るもの》なんだとよ」

 

 その時の彼女の姿をフラガは忘れない。

 涙を流しながら、自分の膝の上で静かに泣く姿を。

 

「…上から目線でメソメソされちゃあな」

 

 夜明けが近づき白ばむ空に、彼は今は亡き彼女を偲ぶ。

 

「たまんないよ……。…いつも笑ってた女が、目の前で泣いてる姿は……」

 

 その声は、ナタルには酷く物悲しく聞こえた。

 

「……マリューには言わないでくれよ?」

 

 取り繕うようにフラガは笑う。ナタルは少しだけ目を逸らしてしまった。

 

「……約束します」

「ありがとう」

 

 フラガはそう言って彼女に背を向けた。彼は、今の自分の顔を見られたくなかったのだ。

 

 だが彼はすぐに周囲の違和感に気づき、立ち上がった。

 ナタルが心配そうに問う。

 

「どうされました?」

「バギーの音が止まってない…!」

 

 フラガはそう叫んで走り出した。ナタルも慌てて追いかける。

 音源を辿れば、サイーブが若い衆に叫んでいた。

 

「お前ら何やってる‼︎」

「うるせぇ‼︎他所者に言われて引き下がれるか‼︎」

「どのみちここはもう終わりさ‼︎」

 

 見る間に砂煙を上げ、ランチャーを片手にした男達が数台のバギーで走り出した。

 

「待て!アフメド‼戻れ‼」

 

 カガリの声も届かないようだった。

 サイーブやキサカは車を回し、飛び乗った彼女と共に男達を追いかけ始める。

 

「……区切りをつけられない奴もいるってことかねぇ」

 

 フラガは端的にそう評価した。

 

「艦長に連絡を‼」

「だよねぇ」

 

 ナタルの叫びに彼は緩く答えた。

 彼らを引き留められなかったことを怒られるだろうか。何と言い返そうか考えながら、フラガはアークエンジェルに通信を繋ぐ。

 

 

 バルトフェルトは後方から追いかけてくるバギーを見て、すっかり青くなった空を見上げる。

 

「もっと多いと思ったが…読み負けたか。…いや、天使様が入れ知恵したのかな?」

 

 部下達に指示すれば、彼らは容易くレジスタンス達を蹴散らし、すり潰した。

 ()()()反撃でバクゥ1機が足を損傷したが、その程度だ。

 

 その頃になってようやく、『虎』が待っていた別の標的が姿を見せた。

 

「……さて、お手並み拝見だ。…連合の『白い悪魔』殿」

 

 

 動きの良いバクゥを何とか撃退したキラは、無惨に散ったゲリラ達を見下ろす。

 

「『命令』を無視するからこんな事になるんだ」

 

 コックピットのシートにもたれて、、キラは呟く。

 

「……『思い』なんかじゃ…何も守れない…」

 

 やっぱりあの人は正しいんだ。

 

「『力』が無きゃ……誰も守れない」

 

 蒸れた手首の傷がズキズキと痛んだ。

 不快なはずなのに、今は何よりも心地よかった。

 

 無意識のうちに、キラはまたその傷に爪を這わせていた。

 

 

 やがて日は高く昇る。

 タッシルの避難民を抱えたレジスタンス達も、戦闘で消耗したアークエンジェルも、補給が必要だった。

 

 そこでナタル達は軍需品を。カガリが日用品を調達することにし、キラはカガリの護衛に任命された。

 

 そのことをアークエンジェルでマリューから聞かされ、キラは嫌がる顔をした。

 

「僕が出かけてる間に敵襲があれば…」

「安心しろよ。俺がいるから」

 

 彼女の半歩後ろからフラガがにこやかに言う。

 

「でも……」

 

 キラはなおも何か言いたげだ。

 

「気張りっぱなしじゃ疲れるぞ。時々サボるのも大事なんだよ」

「……イロンデルさんならここに残ります」

 

 フラガはそれを聞いて少しバツの悪そうな顔になる。

 そこで旗色が悪いとみたマリューが、キラ(軍人)が従わざるをえない言い方に変える。

 

「護衛として、彼女と共に買い出しに行きなさい。これは艦長としての『命令』です」

「…………了解」

 

 マリューにそう言われればさすがに反論もできず、キラも渋々だったがカガリ達と共に町へ出かけたのだった。

 

 

 それなりの人員が出ていき閑静になったブリッジで、フラガはマリューに淹れたコーヒーを差し出す。

 

「珍しいな。アンタが『命令』なんて言葉を使うなんて」

「…ええ」

 

 彼女はそれを受け取り、口に含む。

 

「……実は──」

 

 そうしたのには訳がある。マリューはつい先ほど知った情報を彼にも話すことにした。

 それを聞いて、さすがのフラガも驚愕を顔に出す。

 

「PTSD…⁉︎キラが…⁉︎」

「…ええ。軍医やキラ君の友人から聞いたの」

 

 昨夜は友人に対して暴行()()まで起こしたそうだ。サイが報告しに来たが、誰もケガをしていないので罰則などは無しにして欲しいと頭を下げていた。

 だがキラの状態は、このまま放置できるものではない。

 片時も…寝る時でさえ、ストライクから離れたがらず、先程も『命令』を使ってようやく外出してくれた。

 今のうちに何か策を練ることができないだろうか。

 

 そこでマリューはフラガに良い案は無いかと問いかける。

 

「ストレス解消法…?」

「ええ。そういうの、知らないかしら?」

 

 ベテランパイロットの彼ならば、とマリューはそう思ったのだ。

 

「うーん……俺の場合は…」

 

 フラガは少し考えて、口を開く。

 

「……アンタだな」

「え、わ…私…⁉︎」

 

 自分を出される理由が分からずマリューは戸惑った。フラガは彼女の、カップを持つ手に視線を向け、そして笑った。

 

「昨日は助かったよ」

「ああ、そういうこと……」

 

 マリューは苦笑いしてカップをテーブルに置く。

 

「時々、またお願いしても良い?」

「……まあ、あれぐらいなら…」

 

 マリューがそう答えると、彼は嬉しそうに笑った。その笑顔に彼女も笑う。

 だが、この方法はキラには合わないだろう。他に参考になりそうなことは無いかとマリューは考え、彼が慕う()()ならどうしたのだろうかと思った。

 

 そういえば、フラガが言うには彼女もまた複雑な状況に陥ったことがあったのだったか。

 

「イロンデル少佐は…以前に精神崩壊したと聞きました。そこからどうやって回復を…?」

 

 『血のバレンタイン』における彼女の顛末。その時に聞いたことだ。

 フラガは視線を中空にさまよわせ、少し迷ってから床に目を落とした。

 

「アイツは………あの方法は…参考にならねぇよ…」

 

 重い空気を吐きだし、短くそう答えただけだった。

 これ以上それについて訊いてはいけないのだろうと、マリューは察した。

 

「では日常でのストレスケアは?」

 

 またフラガは視線を迷子にするが、今度はあっさりと答える。

 

「んー…んー………酒だな」

「酒…⁉︎」

 

 思わずオウム返しに驚いてしまった。

 

「あの見た目で…⁉︎」

「俺の部隊にいた頃は、部屋に入ればいつも新しい空き瓶が5、6個転がってたぜ」

 

 マリューにはとても信じられなかったが、なるほど確かに酒はストレス解消に良いと聞く。だがいくらなんでも飲みすぎではないだろうか。

 

「…止めなかったんですか?」

「おいおい冗談だろ?」

 

 フラガは笑い飛ばした。

 

「クソガキと戦争でもしたくなきゃ、アイツの酒にはノータッチ!……それが俺の隊の不文律になってたくらいだよ」

 

 そう言って肩をすくめてみせる。

 

「一度取り上げた事があったんだが……酷かったぜ…本当に…」

 

 見るからにゲッソリとした顔で、フラガは肩を落とした。

 

「………キラ君には真似させられないわね」

 

 マリューは苦笑いを浮かべながら、話題を移す。

 

「ではその貴方の部隊の、他の方々は?」

 

 この際総当たりだ。何か1つでも参考になれば良いが。

 フラガも少し考えて、かつての仲間たちを思い返す。

 

「コララインとナンネイラ……女達は、時々イロンデルと呑んでたな」

 

 どこから仕入れてきたのかも分からない酒の入った瓶を囲んでいた、とフラガは言う。

 

「2人共イロンデルにベッタリだったからな」

 

 女同士で集まって、嫌なことは酒で流していたのだろうと彼は続けた。

 

「クソガキに付き合って飲むから毎回ベロベロでさ。服とか脱ぎ散らかして裸で潰れてんのよ」

 

 昔の思い出に浸っているのか、彼は懐かしむような顔をする。

 

 あの頃は彼にとって、軍にいた時間の中で最も楽しい時間だった。

 心から信頼できる上司。生意気でノリの良い部下達。クセが強いが有能なメカニック。

 全てが揃っていた。

 苦労はあったがそれすらも心地良かった。

 

「俺たち男連中はそういうのを覗いてたりしてたな」

 

 正確に表現するなら覗き見ではなく、目の前で堂々と酒盛りをしていたので嫌でも目に入ってきただけだが。

 

「どっちの体が良い、性格はどっちだ…とかな」

 

 フラガは昔を思い返して笑った。選ばれなかった方が拗ねて酒瓶を投げてきたのも、今では大切な思い出だ。

 

「クソガキが寝た後でしっぽり──」

 

 そこまで言ってようやく、彼は自分を見るマリューの目が氷点下であることに気がついた。

 慌てて咳払いをする。

 

「…ま、まぁ…!キラも女を抱けば良い感じに緊張も解れ──」

 

 が、取り繕うように言った台詞で、その目は更に冷たくなる。もはや絶対零度だ。

 

「………えー…あー……もしかして…セクハラだった?」

「察しが良くて助かります‼︎」

 

 彼女は荒々しくカップをデスクに叩きつけ、席を立つと足早にブリッジを出ていく。

 

「あ、ちょ…!待てよマリュー‼︎ごめんって‼︎」

 

 フラガも慌てて追いかけるが、彼女は取り合わない。

 

「近寄らないで‼︎不潔です‼︎」

「悪かったってばぁ!」

「反省の色がありません‼」

 

 そうして2人は艦橋を出ていく。

 

「……犬も食わないってヤツだよなぁ……」

 

 それを見送った当直のチャンドラは、ぽつりと感想をもらした。

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