キラは大量の買い物袋を持ちながら、眩しい光を降らせる太陽を忌々しく睨んだ。
頼まれた買い物はもうすぐ終わりそうだが、その時間すら勿体無いと思っていた。彼は1秒でも早く、アークエンジェルに──ストライクのコックピットに──帰りたかった。
「……何で僕がこんな事を……」
今この瞬間にだって『敵』は自分達の命を奪おうとしているに違いないのに。
こんな所でこんな事をしている暇はないのに。
キラは歯嚙みする。
「おい!何ボケっとしてるんだよ!早く来い!」
カガリが振り返ってキラを急かした。
彼は知らぬ間に足を止めてしまっていた。
「面倒な物は無いが、だからって止まってる暇は無いんだぞ!」
呆れ声を出しながら、彼女はキラの手首を掴んだ。
「痛っ……!」
鋭い痛みが腕を走り、キラは思わず袋を落としてしまう。
「あ…す、すまん。怪我してるのか?」
カガリは慌てて手を放し、心配そうにキラを覗き込む。
だがキラはその眼から逃げるように顔を背け、何もなかったかのように袋を拾い上げた。
「………大丈夫」
彼はカガリの顔を見ずにそれだけ言うと、また歩き出した。
「見せてみろ。悪化したら良くない」
「あ……」
カガリは再度キラに駆け寄り、彼が何か言い返す前にその袖を捲った。その手首の内側には、赤黒い傷が太い線状にカサブタを作っていた。握ってしまった時に開いたのか、その縁から血漿がにじみ出ている。
「お前!どうしたんだよこの手首‼︎」
彼女は思わず叫んだ。
彼女もレジスタンスとして活動する中で多くの傷を見てきた。それゆえ、キラのそれが戦闘によるものではないと理解できた。自傷行為でもしたかのような傷跡が、キラの腕には痛々しく刻まれていた。
だがキラは表情を変えずに答える。
「大丈夫。痛いから」
「はぁ……⁉」
彼女は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。そんな彼女に対して彼は続ける。
「痛いから生きてるんだって、イロンデルさんが言ってたんだ。痛くて、熱くて、生きてるって思えるんだ」
淡々と言うその姿はまるで幽鬼のようで。
「だから大丈夫」
キラはカガリに微笑みかけた。
だがその笑みを見た彼女はゾッとした。そして同時に、彼が抱える心の闇の深さと危うさを理解した。
彼女は得体の知れない恐怖を覚えたが、それを振り払いキラに詰め寄る。
「……お前……馬鹿か‼」
その剣幕にキラは呆然としてしまう。彼女が声を荒げる理由が分からなかった。
「痛いから生きてるなんて……そんなのあるか‼︎」
カガリは怒ったように、キラの襟首を掴んで続ける。
「生きてるかどうかなんて…そんなの無くても分かるだろ‼︎」
彼女は襟から手を離し、今度はその手でキラの手を握りしめた。
「目が見える!音が聞こえる!熱も匂いも感じてる!心臓だって動いてんだろ‼」
彼女はキラの心臓の上に重ねた手を置いた。
そしてキラの目を見て叫んだ。
「生きてるんだ‼私達は‼」
キラは握られた手から、カガリの体温を感じた。そしてその手が震えていることも。
昨日レジスタンス達が無謀な敵討ちをして少なくない数の死者が出た。彼女はそれを目の前で見たのだ。『死』を恐れないはずがない。
それでも彼女は、自分達が生きていると言うのだ。『痛み』なんか無くとも。
「でもイロンデルさんは──」
「そいつが何て言うかなんか知るか‼︎私は生きてる‼︎そうだろ⁉︎」
彼女はキラの襟を揺さぶり、まくし立てる。
「自分が生きているって思えないなら!この手は何も感じないのかよ‼」
カガリはキラの手を強く握りしめた。
その手の温度が心地よくて、自分の手に感じる他人の体温が嬉しくて。彼は彼女の手を握り返していた。
「……うん……そうだね……」
彼女の震えを止めるように。
「……ちゃんと生きてるよ……」
その手は、確かに温かい。
「……ありがとう……」
自然と、キラの口から言葉が出ていた。
それを聞いたカガリは、泣くのを我慢するように顔をくしゃりと歪めた。そして握った手を放すと顔を背けてしまった。
「……と、とりあえず!その傷は応急処置しないとな!必要なものを買いに行くぞ!」
彼女は早口でまくし立てると、買い物袋を持って歩き出す。キラはせめて荷物を持とうと追いかける。だが彼女も怪我人にそんなことはさせられないと譲らなかった。
結局は半分ずつ持つことになり、キラとカガリは並んで歩く。
「ったく!余計な買い物だ。お前のせいだからな!」
カガリは横を歩くキラの顔をキッと見た。その視線を受けて彼はまた暗い顔になってしまう。
「……そうだね。…僕のせいだ」
「冗談だよ!」
また心の傷に触れてしまったとカガリは焦りながら、慌てて前言を撤回した。それと同時に、キラの持つ精神的な不安定性に心配になるのだった。
カガリは売店に着くと薬と包帯を買い、近くのベンチにキラを座らせる。
「レジスタンス仕込みだから痛いだろうが、堪えてくれ」
そう言うと彼女は何の遠慮もなく薬液をキラの手首に掛けた。焼けるような痛みがキラを襲い、大きく眉を歪めてしまう。
カガリはそれに気づき、包帯を巻きながら顔を向けずに言う。
「……また『大丈夫』なんて言ったらぶっとばすからな」
「……勘弁してよ」
もうすでに一度殴られているのだ。
キラは困ったように言うと、カガリの笑い声が聞こえた。
そして彼女は、仕上げとばかりにキュッと包帯を縛り上げる。
「……痛たっ!」
キラは思わず声を上げるが、カガリは満足げだった。
「よし。ちゃんと痛がったな」
「…君は意地悪だ」
キラは恨みがましく言う。
痛いのは、もう嫌だった。
「優しくされたくないんだろ?」
「……ごめん」
「謝るならアイツらにだな」
カガリはそう言うとキラの手を取って、自分の手を重ねる。彼女はその温かさをキラに伝えようとするように、ぎゅっと握りしめた。
キラは驚いた顔をしたが、すぐに薄く笑う。
「……そうだね。ちゃんと謝らないと」
重ねた手から彼女の温もりと震えを感じ取る。自分達はまだ生きているという。そしてそれを実感させてくれる。
少しの間そうした後、カガリは思い出したように言う。
「とりあえず美味いもの食うぞ。栄養が無きゃ治る傷も治らない」
そしてキラに手を差し伸べた。
だが彼はその手を取ろうとはせず、申し訳なさそうに首を横に振った。
「お腹は空いてないよ」
「なら無理矢理詰め込んでやる‼︎良いから来い!」
カガリは強引にキラの手を取ると、その手を引いて歩き出した。
「ドネル・ケバブって知ってるか?チリソースで食うのが美味いんだ!」
■
カフェで2人が寛いでいると、派手なアロハを着た軽薄そうな謎の男が声をかけてきた。彼とカガリがソースの好みやらで言い合いをしている中、『ブルーコスモス』の過激派が銃を撃ちながら突入してくる。
キラはカガリを庇って物陰に隠れる。
「応戦しろ!遠慮はいらん!」
謎の男は纏う雰囲気を変えると、店のあちこちに潜んでいた者達に鋭く命令を発する。
その何者か達はブルーコスモスと撃ち合い、その最中で誰かの手からか溢れた銃が、キラの前に転がってきた。
キラは咄嗟にそれを手に取り…───
──……動けなかった。
彼の頭の中で、ぐるぐると思考が回る。
彼らは撃ってきた。
なら『敵』だ。
違う。ザフトじゃない。
でもこのままじゃカガリが殺される。
『命令』を守れ。
撃ち返さなきゃ。
殺さなきゃ殺されるだけだ。
でも相手は民間人かも。
民間人は守らなきゃ。
ブルーコスモス。
イロンデルさんの友達もそうだった。
なら『敵』じゃないのか?
この男達はどうだろう?
ザフトかもしれない。
じゃあ『敵』だ。
でも僕達に撃ってこない。
…どっちが『敵』なんだ?
──……分からない。
イロンデルさんならどうする?
あの人なら。
『正しい』人なら。
『軍人』なら。
………どうするんだ…?
「──おい!」
カガリの声にハッとする。
そうだ。
誰も待ってはくれない。
何かしなければ。
視界の隅で襲撃者が1人、アロハ服の男に銃を向けていた。
「危ない!」
キラは咄嗟に銃を投げ、怯んだ襲撃者を蹴り倒した。
それと同時に襲撃者の鎮圧は終わり、辺りは静かになる。
隠れていたテーブルの陰からカガリが彼に駆け寄った。
「武器を持ってボーっとするな!撃たれたいのか‼︎」
「…ごめん……」
キラは静かに謝った。
「い、いや……こっちも強く言い過ぎた。仕方ないよな。怪我してるんだし」
しおらしい様子にカガリは調子が狂う。
彼女は少し狼狽えながら彼に優しく言う。
「無理するなよ?」
「……」
キラはただ俯いていた。
その時キラの視界に、先程倒した襲撃者が映る。
どうやらまだ息があるようだ。
キラの喉が干上がる。
キラは彼に攻撃した。ならば襲撃者たちはもう『敵』なのだ。アスランとも、そうであるように。攻撃したなら、されたなら。それは『敵』だ。
キラの頭に、また彼女の言葉が蘇る。
── 誰かを守るというのは、その敵を討つという事だ。追い払うのではない。
彼女の言葉を守らなければならない。
「……殺さなきゃ…」
キラは虚ろな目で、倒れた襲撃者に向かう。落ちていた拳銃を拾うと、その重さが嫌なくらいにはっきりと感じられた。
殺せ。殺せ。殺せ。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!
血反吐を吐きそうな酷い嫌悪感が襲う。心臓が苦しい。手の震えが止まらない。
だが、それは『間違い』だ。
『正しい』のは……。
「あの人が『正しい』んだ……。…そうだ。…いつだって──」
あの人の様にすれば良い。あの人と同じに成れば良い。
「止まれ‼︎」
「──やあやあ!先程は助かったよ、若人達」
カガリが手を掴んで止めるのと同時に、アロハの男が彼の前に立ち塞がる。
男は自然な動作でキラから銃を取り上げると、大げさに感謝の言葉を述べた。
「お礼に僕の家に招待しよう。服の汚れも落とせるよ。遠慮は必要無いさ」
そう笑みを浮かべる彼に、店内の仲間らしき者が、生存している襲撃者たちを拘束しながら声を掛ける。
「隊長、彼らの処遇はいつも通りでよろしいですか?」
『隊長』と呼ばれたその男は、何でもない事のように返す。
「ああ、構わん。丁重に送り返して差し上げろ」
カガリは目の前の男が誰なのか分かった。
その名を息をのんで呟く。
「……アンドリュー・バルトフェルト…」
『虎』が目の前にいる。
彼女は焦りながらキラの手を掴み直し、やや焦りながら離れようとする。
「いや、気にするな。こっちも用事が立て込んでるんだ。早く帰らないといけないから」
「あー…それはお気の毒に」
だがバルトフェルトは気軽な姿勢を崩さず、襲撃まで腰掛けていたテーブルに目をやった。
キラ達が済ませたはずの買い物袋は、銃撃に巻き込まれ見るも無残なゴミ溜めと化していたのだった。
「台無しになった物も弁償する、と言えば断るのは不自然だろ?」
◾️
キラ達は『虎』に案内され、豪華なホテルの一室に通された。
「部下達に買い物に行かせた。少し待てば帰ってくるだろう。アイシャ、彼女に着替えを頼む」
バルトフェルトは妙に舌足らずに話す女性にカガリを預けると、キラをソファに座らせた。
「レディ達が帰ってくるまで、
おどけた調子でそう言った。
コーヒーや『Evidence01』についての雑談をしていると、彼はキラがそれを『希望』と評したことに興味を持った。
彼は不思議そうにキラに言う。
「君は……実に
「え…?」
キラが戸惑いながら訊き返すと、彼は静かな調子で話す。
「迷い無く武器を持つクセに、それを使う事に躊躇いがある。かと思えば殺人を実行しようとする。そしてここでは『希望』を口にする」
バルトフェルトはコーヒーカップを机に置くと、改めてキラの目を見る。その目は射抜くように鋭い。
「てっきり『
そして小さく笑って言った。彼はソファに深く座り直すと、背もたれに身体を預けてリラックスした姿勢を取る。だがその目は鋭さを失ってはいない。
キラは居心地の悪さを感じながらも、その目から視線を逸らせずにいた。バルトフェルトは目を細めると口を開く。
「何と表現すれば良いのか……。…そう……誰かの…『真似』をしてるみたいだ。それも……酷い猿真似を」
キラは思わず目を見開く。そして図星を突かれたかのように息を詰める。その様子を見たバルトフェルトは愉快そうに笑った。
「お、当たりって感じだね。ハハハ!」
その姿は激しくキラを苛立たせた。
怒りによって、先程の襲撃のことが思い出される。この男はキラの邪魔をしたのだ。あの人への
「……何で彼らを殺さなかったんですか」
「ん?……ああ、カフェでのことかい?随分と話が飛んだなぁ」
彼が邪魔したせいで、キラは襲撃者を殺せなかった。『正しい』ことができなかったのだ。
眉間にシワを刻み彼を睨むが、バルトフェルトは気にせず肩を竦めると軽い調子で言う。
「だって気分悪いだろう。既に制圧した男を後から殺すなんて」
バルトフェルトは笑いながら、キラから視線を外しカップを持つ。
「僕はそういう事はしない主義なんだ」
「貴方は間違ってる」
苛立ちを抑えきれずに、彼の言葉を遮って強く言う。その言葉で部屋の空気が冷える。
「……『間違い』…ね」
彼はゆっくりとコーヒーを口に含むと味わうように目を閉じて飲み込む。そしてカップを置くと目を開いた。その目は先程よりも鋭く光っているように見えた。
「そう言うなら君は──」
「おまたせ」
バルトフェルトが何かを言おうとしたところで、突然に扉が開き、アイシャがカガリと共に部屋に戻った。彼女は少しだけバルトフェルトをたしなめる。
「アンディ。あんまり意地悪な言い方しちゃダメよ」
「ごめんごめん。ちょっと熱が入ってしまった」
バルトフェルトはそう言うと、軽く手を振りながらニコリと笑う。
「待っていたよ、麗しのレディー達」
彼は調子良く言うとカガリ達に座るように促した。カガリはキラの、アイシャはバルトフェルトの隣に。それぞれが座るとバルトフェルトもソファに座り直す。
彼はキラの方を見ながら言った。
「さて、ようやく
彼は困った様子で考え込むと、アイシャに助言を求めた。彼女は少しも悩まず、まるでこうなる事を予期していたかのように、落ち着いた様子で口を開く。
「なら簡単なやつからやると良いわ」
「グッドアイデアだ、アイシャ」
彼は確かにそうだと納得した様子で頷いた。
「ではそうしよう」
「──ッ⁉」
いきなりバルトフェルトは銃を構えた。
キラはとっさにカガリを庇う態勢をとるが、直前まで座っていたからか上手く体を動かせなかった。
そんな彼を無視して、バルトフェルトは続ける。
「知らない人について行ってはいけない、と御両親から教わらなかったのかな?」
その声色からは先程まであったはずの軽い雰囲気が消え失せて、静かに、しかし獰猛な獣のような威圧感を持っていた。彼は今にも引き金を引きそうな様子で銃口を向けてくる。
キラは必死に頭を回して事態の解決方法を考える。だが彼の力ではカガリを守る事は愚か、逃げる事もままならないだろう。
そんな中でカガリは座ったまま、まっすぐ『虎』を睨み返す。
「アンタが誰かは知っている」
「なら尚更だ」
バルトフェルトは依然として銃を構えたまま、彼女と視線を交わす。
カガリはキラの肩に手を置いて落ち着かせるように叩くと、ゆっくりと落ち着いた口調で言う。
「私達が何なのか、知ってるみたいだな」
その言葉を聞いたバルトフェルトは感心したように肩を竦めた。
「……へぇ。もっと噛みついてくるかと思ってたけど、意外と理性的なんだね」
それは挑発のようにも聞こえたが、純粋な感心も含んでいた。
カガリは僅かの間目を閉じ、そしてゆっくりと開くと再び『虎』と目を合わせた。そして一拍おいて口を開く。
「個人的な衝動のままに動けば、1人死ぬだけで済まなくなる。……身をもって学んだ」
キラを殴ったカガリも。先日のレジスタンス達も。衝動に身を任せた結果は最悪と呼ぶべき状況に陥っただけだった。
「私達を殺す気なら、何度もチャンスがあった。…なのに、しなかった。だから、今……アンタは撃たない。……まだ…」
『虎』は狡猾だ。つまり何か目的があって、こうしている。
そう思いカガリは警戒は緩めず、しかし敵対心を抑えてバルトフェルトと見合った。
彼は何も言わず、銃も下ろさない。
「──フフフフッ…」
だが鈴の転がるような笑い声が、場に響いた。
「貴方の『負け』ね。アンディ」
アイシャはさも可笑しそうに彼の方を見た。バルトフェルトもまた、肩を崩して苦笑する。
「言わないでよ、アイシャ。僕にだってプライドはあるんだから」
「敗者は潔く負けを認めなさいな」
「それができたら苦労しないよ」
彼はそう言うと、カガリ達に対してキザっぽく笑った。
「君の言うことは中々大人びている。『死んだ方がマシ』より断然話しやすい」
「負け惜しみ」
「プライドがあるんだってば」
アイシャの茶化しにバルトフェルトは笑って返す。
彼は銃を懐に仕舞うとソファに深く腰掛けた。その様子を見てカガリもようやく力を抜く。釣られてキラも警戒を少し緩めた。
それを見たバルトフェルトは楽しそうに笑う。
「いやぁ、見事に僕の負けだ!素晴らしいよ」
先程の雰囲気からガラリと変わり、フランクな態度で彼はカガリ達に向く。キラはどちらが『虎』の本性なのか分からなかった。
「君達について、『察し』はついてる。でも、証拠が無いから追及しない。これはちょっとしたジョークさ。無警戒じゃ僕の名が廃る」
これでも一応『虎』だからね。と、バルトフェルトは笑った。
「あくまで僕は『戦闘に巻き込まれた民間人を屋敷に誘った』だけ。実は今朝、とても面白い記事を見つけたんだ。オーブに関することだったから、君達オーブ人もコレに興味があるんじゃないかって思ってね」
彼はデスクから雑誌を取ってくると、キラ達に見せるように広げた。そこに載っている写真が目に入る。
「──‼……コレは⁉︎」
「凄いよねぇ。ナチュラルがMSを動かしちゃうんだから」
バルトフェルトはキラがただ驚愕しているだけだと思っているようだった。だがキラにとってはその言葉も耳に入らない程の衝撃だった。彼の頭の中は『何故』や、『どうして』、『どうやって』と言った言葉で埋め尽くされ、ぐるぐると視界が回る。あまりの混乱に動けなかった。
カガリは雑誌の記事をすらすらと読み終わると、そこに大きく書かれた文をなぞる。
「《史上初!ナチュラルの操るMSの誕生!》……。随分と陳腐な見出しだな。思いついた奴はアホだ」
「そうかな?僕は端的で分かりやすくて良いと思うけど」
「アンタとは分かり合えないな」
「ソースの好みくらいに世界が分かりやすければ良いと僕も思うがね」
カガリの言葉にバルトフェルトは大袈裟に肩を竦めて応えた。彼は雑誌を捲り、写真を指差す。
「しかもシャトルを救った英雄!
そこには、その『MSを操縦した地球連合軍人のナチュラル』と『プラント議員の御曹司でザフトの赤服のコーディネイター』が、間に『オーブ連合首長国代表首長』であるホムラ代表を挟んで、握手している姿があった。
「実に
彼らの一歩後ろに立つ男──ウズミ・ナラ・アスハ前代表──を見てバルトフェルトは言う。それを聞いてカガリの目が少し鋭くなった。『虎』もまた、その真意を探るようにその目を見る。
……が、すぐに彼は降参とでも言うように両手を上げて苦笑する。カガリはフンと鼻を鳴らして顔を背けた。
その状況は緊迫とも弛緩とも異なる独特な空気だったが、そんな中でキラは何も頭に入らなかった。
キラは写真に目を奪われたままだった。
その『地球連合の軍人』に。
子供用の病院服から覗く手足は満遍なく、顔も半分が包帯に覆われた姿。だが僅かにその隙間から覗く眼は、体躯は、髪色は。
思い出さない日などなかった。
間違い無く……彼女だった。
「イロンデルさん……」
死んだと思っていた。
「良かった……無事だった……」
その事実にキラは心の底から安堵した。同時に胸の中に熱いものが込み上げてくるのを感じる。
「…生きてた……生きててくれたんだ……」
彼の目から涙が流れる。その涙を拭おうともせずに、ただ噛み締めていた。
だがそれはすぐに止まることになった。
「困るんだよね。こういうことをされちゃうと」
バルトフェルトはそう言うと、ゾッとする程に冷たい目でキラを見た。そして彼は、底冷えするような冷たい声で告げる。
「まるで僕らが『悪者』みたいじゃないか」
空気が張り詰める。
「ほら見てよ。ここの文──《人の持つ『正しい心』を彼女達は示した》──だってさ。まさに『悪者』に襲われた罪無き民衆を救う
「何が間違ってるっていうんですか」
赤く腫れた目でキラは殺気を込めてバルトフェルトを睨む。しかし、彼は全く動じなかった。
「間違ってるなんて言ってないさ」
そう言うと彼は、キラに笑いかける。だがその目は全く笑っていなかった。
「『間違い』……君はさっきもそう言ったな」
彼はそう言うとゆっくりとソファから立ち上がった。
「じゃあ逆に訊くが、君は何が『正しい』と思ってるんだ?」
「あの人が『正しい』んだ……。あの人がやること、全部が。敵を殺すこと…だって」
キラは何かに呪われたかのように、そして自分に言い聞かせるようにそう答える。カガリは心配そうにキラの方を見たが、何も言えなかった。
バルトフェルトは一瞬哀れむような目でキラを見つめる。
「…君は──……うん、まぁ…分かる。君が地球軍なら……と
彼は困った様子で頭を搔く。そしてコーヒーを飲み干すと、丁寧にソーサーの上に乗せて置いた。
再びカガリとキラの目を交互に見つめる。そして静かな口調で諭した。
「ザフトの人間として正直に言おうか。シャトルは撃墜するべきだった。何故なら一度でも攻撃したなら、生き残りがそれを広める。それはコーディネイターに対する悪評を生みかねないからだ」
バルトフェルトは手を組み直すと続ける。
──まるで教師が生徒に教えるように。
「一部の者がしたことは、全体に広がる。ならいっそのこと全滅させた方が誤魔化せる」
彼の口から紡がれる言葉は、確かな論理性を持っていた。だがその言葉の一つ一つに容赦無く刃物を突きつけられているかのような圧力があった。
「『死人に口無し』……といってしまうのは味気ないかな?」
例えその下手人がザフトの人間てあろうと如何様にでも言い訳できる。屁理屈を真っ当な意見に変容させ実質無罪にすることだってできるだろう。
「この女の子も、シャトルを見捨てるべきだった。そうすればあの艦は砂漠に落ちず、無事にアラスカに辿り着けただろう。ザフトを糾弾する口実にもなり得た。だがそれをしなかったのは……君の言葉を借りるなら、軍人として『間違った』判断だ」
キラは奥歯を噛み締める。
どうして彼女まで否定されなければならないのか?その言葉を否定したかった。だがバルトフェルトの言う事は正論だった。キラは返す言葉も見つからずに俯く。
それを見たバルトフェルトは小さくため息をついた。
「……ただ、それはあくまで『組織』としての考えだ」
その言葉にキラは顔を上げた。バルトフェルトの口調から、微かにだが優しげなものが混じったように感じられたからだ。
「僕『個人』は、シャトルを助けてくれたことに感謝したいよ。……それが例え、『間違い』であったとしてもね」
バルトフェルトは再びソファに戻るとゆったりと腰掛ける。そして優しげな顔で微笑んだ。
それはキラが初めて目にする表情だった。その目はこちらを真っ直ぐ見ていた。
「もう一度訊こう…。…君は何が『正しい』と思う?」
■
キラとカガリを帰らせた後で、バルトフェルトは窓の外を見ながら傍らのアイシャに声を掛ける。
「アイシャ、知ってるかい?アヒルって鳥の雛は、初めて見た物を親だと思い込むんだってさ」
その言葉はまるで独り言のようだった。まるで今日の天気の話をするように。あるいはお気に入りの詩集を朗読するように。
アイシャは黙ってバルトフェルトの言葉を聞く。
「それが同種でなくても、鳥でなくても、ましてや……生物でなくても」
ただ愚直にその存在の後を付いていく。居心地のいい池でも、死と隣り合わせの道路でも。その雛はただ意味も知らずにそれが『正しい』のだと信じて追いかける。
「あの少年はそれに似ている」
そして彼の場合は、もっと酷いようだ。
まるで親鳥を失った雛。
翼の動かし方も知らずに巣から落ちた子供だ。
見様見真似で翼を動かし、未熟な羽で飛べると信じている。
「ああいうのを相手するのは……疲れるんだけどねぇ」
窓の外を見つめていたバルトフェルトはゆっくりと彼女の方を見る。アイシャも柔らかく微笑むと彼に告げる。
「貴方は『虎』よ」
「分かってる」
捕食者は獲物に慈悲など掛けない。
それはとうの昔から分かっていることだ。だがどうしても、情というのは産まれてしまう。
「君は僕を『間違ってる』と言うかい?」
「言って欲しいなら、そうするわ」
彼女はそう言うと彼の横に立つと優しくバルトフェルトの頭を撫でる。その目は慈愛に満ちていた。
──少なくとも、バルトフェルトにはそう見えた。
「『戦争』……なんだよねぇ…」
1人の『思い』など、何の意味も無い。
「……アイシャ。…ごめん」
「謝らないで、アンディ」
彼は目を閉じた。
■
キラはアークエンジェルに戻る帰路で、バルトフェルトとの会話を思い返していた。最後の質問に、彼は答えられなかった。バルトフェルトの部下達が戻って来たのを時間切れにして、逃げるように別れる事になってしまった。
「……アイツはタッシルを焼いた」
隣のカガリもまた、振り返るように呟いた。
「それは……ザフトにとっては…『正しい』判断だった。……でも私達にとっては、そんなわけない」
敵を討つ事を咎める者はいない。そうしなければ自分達が討たれるだけだから。
だが彼は、『殺す』ことをしなかった。
「その時誰も殺さなかった事は………どっちだったんだろうな」
ザフトにとっても、レジスタンスにとっても。
──あるいは彼自身にとっても。
キラは考える。
『虎』は
……でも……。
「イロンデルさんなら……」
あの人なら、何と言うのだろうか。
正しい──いや、あの人は本当に『正しい』のか?
そうでないなら、あの人が言ったことは『間違い』なのか?
だが、ではどう考えればいいのか?
……分からない。
僕は一体どうすればいいのだろうか?
…何で僕は戦ってるんだ?
……僕は何がしたいんだ…?
キラは答えが欲しかった。
■
帰還予定時刻に戻らなかった謝罪と、イロンデルの生存を報告するために、キラはカガリに物資を渡してブリッジへ向かう。
「遅くなってすみませ──」
「おい見ろよこの雑誌‼︎」
クルーの1人が、入ってきたキラに勢いよく突き出す。そこにはやはり、イロンデルの姿があった。ナタル達が買い出しの中で見つけ、あるだけ購入して持って帰ってきたらしい。
ナタルは彼女にしては珍しく、安心させるようにキラに言う。
「無事だったんだ。ポワソン少佐は」
「ああ……はい。…知ってます。ついさっき──」
『虎』に出会った事を報告したキラに、友人達が気まずそうに近づく。
「キラ……。…その……サイが……ストライクを…」
◼️
フラガは他の者達から少し離れて、窓の外に顔を向けていた。
「良かった……ちゃんと生きてた…」
人知れず肩を震わせる背を、マリューが優しく叩いた。
振り向いた彼は、慌てて目元の雫を袖で拭く。
「…たっ……たく!ま〜た傷だらけになりやがって!おまけにこんな幼稚な服まで着せられて、まさにクソガキだぜ!」
彼は気丈に笑い、わざと大きな声を出す。
「あーあ!『英雄』だなって持て囃されてバッカバカしいっての‼︎艦長!これコピーしてくれ!後でたっぷり揶揄ってやらないとな‼︎」
「はいはい」
マリューは呆れと安堵を混ぜた顔で苦笑した。
◾️
プラントの1つ『アプリリウス』にあるビル。その一室から騒がしい声が扉を貫いて響く。
「ジュール議員!落ち着いてください‼︎」
「うるさい!今すぐオーブへ行く‼︎」
秘書の静止を振り払い、エザリアは必要最低限の物を鞄に詰めていく。
机の上には件の雑誌が、例のページで開かれて置かれていた。
「外交問題になります‼︎」
「イザークの無事をこの目で確かめるだけだ‼︎」
「絶対それだけで済まないでしょ‼︎⁉︎」
秘書の女性は何とか止めようと必死に説得するが、そんなもので止まる彼女ではない。
「良いからシャトルを準備しろ‼︎」
「御子息の無事はオーブから返答があったではありませんか!」
「風見鶏共の言う事など信用できるか‼︎」
エザリアは足早に秘書の横を通り抜け、扉に手を掛けた。
だが逆に向こう側から扉が開き、パトリック・ザラが部屋に入ってきた。エザリアはとっさに姿勢を正す。パトリックはそんな彼女に冷ややかな視線を送る。
「穏健派の連中が騒いでいるぞ、エザリア」
彼は机の雑誌を一瞥すると、重い口を開く。
「君にも接触があったのだろう?」
「……はい。クライン議長から、直接」
「ふぅむ…。…シーゲルめ。やはり手が早いな」
政敵にして昔馴染みの動きに、彼はどこか苦虫を噛み潰したような表情をした。だがすぐに鋭い視線を治してエザリアに向けた。
「君を例の『
「……息子に会うな、と。そう言う事でしょうか」
彼女は素早くパトリックが何を言いたいのかを察した。イザークは穏健派から目をつけられた。彼を通じて内通者を送り込んでくるかもしれない。或いは彼自身が無自覚のうちにその役割をしてしまう可能性もある。
「そうだ」
「納得しかねます」
パトリックは重々しく頷く。だがエザリアには到底受け入れられる話ではなかった。
彼は無言で彼女を睨みつける。その殺気に秘書が怖気づき、思わず数歩後ずさった。
「前にも言ったはずだ。我々が案じるべきことは──」
彼女はパトリックの目を真っ直ぐ見る。
強い意志と──覚悟を持って。そして毅然とした態度で言い放った。
「私はイザークの母親です‼︎」
2人は互いに睨み合った。
「息子以上に重要な事などありません‼︎貴方に何の権限が有ってそれをお止めになるのですか⁉︎」
「ナチュラルを滅ぼさねば君や息子の命も脅かされたままになる」
「息子に会う事とナチュラルの殲滅に何の関係が⁉︎貴方の言葉は過激が過ぎます‼︎」
エザリア自身、いわゆるザラ派のNo.2であり、思想はパトリックと似通っている。だが決定的に違うのは、彼女の行動がイザークの為であるということだ。
そのたった1つの、そして絶対に譲れない異なる部分が、パトリックとエザリアの衝突する原因となっていた。
「……君は私の部下だ」
「それ以前にあの子の母親なのです‼︎貴方が認めないならクライン議長に掛け合います!」
エザリアは肩を怒らせ彼とすれ違う。
もはや分かり合うことはできない。
そう判断したのは、
「………残念だ」
「──⁉︎」
パトリックが合図をすると、銃を手にした兵士が部屋に入ってくる。あらかじめ扉の向こうに配備していたのだろう。彼らはエザリアと秘書の身柄を拘束した。
身動きできない彼女に、パトリックは冷たく告げる。
「情報漏洩は最も警戒しなくてはならないことだ。少しの間、不自由な生活をしてもらうことになる」
彼は彼女と目を合わせないまま、兵士に命令を下しエザリア達を部屋の外へ連れ出させる。
扉が閉じる直前、パトリックは少し視線を上げ長い息と共に言葉を吐く。
「君に手荒な真似はしたくなかった……」
それは、もしかしたら後悔や自虐を含んでいたかもしれない。だが声を受け取ったエザリアには、どこまでも傲慢な台詞に聞こえた。
「……勝手な事を…!」
睨みつけたまま、彼らは扉に隔てられた。
◾️
ああ、まったく。この世界はいつも不都合ばかりが起きる。
世界がアレを許容するなど、あってたまるか。
アレはこの世界に存在してはならないもの。何としても切除しなければ。
クルーゼはビルの一室の扉を開ける。だがそこに居たのは、目的の人物ではなかった。
「おや、ザラ議員もこちらにいらしていたとは」
「クルーゼか」
「ジュール議員はおいでではありませんでしたか」
「………ああ。しばらく表に顔は出せない」
イザークの事で彼女と話したかったのだが、まあ良い。どうせ後で訪ねるつもりだったのだ。
それよりも、アレについてなんとかしなければならない。
「実は、是非とも貴方の耳に入れたい情報がありまして」
切り札を切るのは焦り過ぎかもしれないが、この際どうでもいい。過程はどうであれ、結果的にアレが死ねばそれで良い。『世界は間違っている』。その証明以上に望むものなどありはしない。
「イロンデル・ポワソンが……『血のバレンタイン』に関わっているということを」
パトリック・ザラの目が驚愕に開く。
そしてそれが憎悪に変わるのを見て、クルーゼは顔に出さずに笑った。
……だから精々、憎み合ってくれ。
◾️
地球にもまた、雑誌に興味を惹かれた男が居る。
「軍はアレの回収について何と?」
窓の外の海中に顔を向けたまま、ムスタ・アズラエルは問いかけた。側近は手元の資料をめくり、報告する。
「オーブから返答がありました。《現在療養中の身であり、容態が落ち着くまで返還はできない》とのことです」
「相変わらず盗人猛々しいですねぇ…」
アズラエルは雑誌をデスクに投げ捨てた。
こんな写真を撮っておいてよくそんな事が言える。
所詮は
「MSについてもノアが情報を流したそうじゃないですか。今頃、量産機でも造っているのでしょうねぇ」
オーブという国はコウモリだ。味方面していながら、確実にこちらの血を啜る。そのクセに何食わぬ顔で『コーディネイターとの共存』などという馬鹿げた
「……まったく。大人しく首輪をすればいいものを」
アズラエルは一度深呼吸して眉間の皺をほぐすと、なるべく落ち着いて話を変える。
「それにしても、アレがMSを動かすとは。かの『LP計画』とやらも全くの無駄では無かったようですね」
彼自身も噂でしか知らなかった。よもやその産物が未だ現存しているとは、嬉しい誤算だ。
「凍結となったのは残念でしたが、これを機に再始動させましょうか」
手を組みながら、彼は昔を回顧する。少しは使える『道具』だからと目にかけていた彼女を。
「ノアはよく言っていました。《ナチュラルとコーディネイターの差は可能性と初期値の差》だと。あのジョージ・グレンもオリンピックでは銀メダル。長い歴史の中でコーディネイターを超える能力を持つナチュラルも誕生する、と」
夢のような言葉だ。薄い根拠で僅かな可能性に縋ったものでしかない。だが思い返せば、彼女なりの持論だったのだろうか。
「アレのオリジナルが……そうだったのかもしれませんね」
ノアは分かっていたのだろうか。
その能力を解析して再現、量産すら可能にできたのだろうか。
彼女が死んだ今となっては、その答えは闇に消えてしまったが。
「随分と
だが彼女が悪いのだ。求めた物を与えてくれないのが。
使えない道具は処分するしか無いのだから。
そして処分することで得られた物もある。
「新型『生体CPU』……何と言いましたか…確か……そう、『ブーステッドマン』。彼らの調整は?」
「はい。ノアの遺体から回収した『装置』の解析は進んでいます。新しい薬物の情報を入手できました。現在はそれを試行している段階です」
「よろしくお願いしますよ」
コストとリターンの釣り合いが大切なのだ。
笑みを浮かべる彼に、側近は現状の課題を言う。
「しかし、データの深刻な損傷と堅牢なセキュリティがあり、これ以上はかなりの時間を食われます」
「『
「それを示唆する資料こそ見つかりましたが、あくまでそれ止まり。設計図などはありませんでした。もっと深部を解析できれば……あるいは…」
「……そうですか」
ここまで解析できたことすら奇跡に近い。大元の、正真正銘のノアの作品が必要だ。
「やはり『鍵』が要りますか……」
彼は手元のPCを操作し、サルベージしたデータ群を呼び出す。
そこに映されるのは、禍々しいとすら形容できる、全く未知の機体だった。
「先日入手できた設計図……このMSを造ります」
側近もそのデータを確認するが、アズラエルの言葉に難色を示す。
「……『
「艦とセット運用のMS。『ランチェスター』ではなく『ドミナント』。……コーディネイターらしい考え方です」
彼は面白そうに──実際とても面白いので──笑う。
今まで散々手を焼いてきた『道具』を、彼女自身の遺したものによって裏をかくことができるのだ。
「やれMSの設計をさせろ。やれ戦艦の設計をさせろ。やれこの部隊に異動させろ。……一体どれだけの無駄な時間と資金を彼女に渡したやら」
払ったコストに見合うリターンを。
死者に払う礼儀などありはしない。文句があるなら生き返れば良い。その『より優れた知能』とやらで。
「足りない部品は取り寄せましょう。アレは必ず回収してください。オーブが何と言おうと、です」
アズラエルは側近に指示すると、最初と同じように窓の外を向いた。そこに広がる海に、視線を這わせる。
「かつて神が世界を沈めた時。もっと選ぶべきでした」
笑みと共に彼は言う。
「残す人間はノアではなかった」
半端に残すから、面倒なことを後世に押し付けてしまうのだ。だからきっちり掃除しなければ。
「『
人間というのは、配られたカードで勝負するしかない。
だから、無駄なく使わなくては。『
ああ、楽しい。
勝者の側に立つというのは。