機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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第39話 友人

 少し前、キラ達がバルトフェルドと会っていた頃。アークエンジェルの格納庫。物陰に隠れて、数人の人影が動く。

 

「……よし、良いぞ」

 

 その1人、先頭を行くトールが後続に合図する。

 サイ、ミリアリア、ガズイが続き、鎮座するストライクへと整備士達の目を掻い潜って近づく。

 

「……ねぇ、ホントにやるの?」

「ここまで来て何言ってんだよ」

 

 心配そうなカズイにサイは言い返した。

 

「そうだけど……こんなのバレたら…」

「じゃあキラがあのままでも良いのかよ!」

「それは……」

「アイツ、好き勝手言いやがって。あんな言い方無いだろ!」

 

 キラはあの時言った。

 

《僕にしかストライクは扱えないから》と。

 

 その突き放す言い方に、正直に言うなら『頭に来ていた』。

 

 ナチュラルがコーディネイターに敵わないのは知ってる。

 きっと、本気で喧嘩したって簡単にやられるだけだろう、という事もサイは分かっていた。

 それでも、その差は思っているより小さいのかもしれない。

 彼の頭の中には、そんな考えがあった。

 

「もうコーディネイターだけがMSを使えるわけじゃない」

 

 ナチュラルであるイロンデル・ポワソンが、その差を超えた。

 彼女の行いが歪ながらも希望となり、今の彼を動かしていた。

 

「あの人だってできたんだ。なら、俺たちだって可能性はある」

「本当に行くの、サイ?」

「…行く」

 

 彼は傍にあった汎用のヘルメットを被ると、ストライクのコックピットを見上げた。

 

「何かあったら俺が責任を取る。お前らが共犯になったら俺が行く意味無いんだから、ちゃんと売り渡せよ」

「固定ロックの解除までは手伝うけど……後はお前次第だ」

 

 ふとカズイが気になることを言う。

 

「何であの人はMSを動かせたんだろう?」

 

 そう。おかしいはずなのだ。

 AIのサポートだけで誰にでもできるなら、イロンデルより前にも居たはずだ。

 

「……分かんねぇよ。あの人、何も教えてくれなかったし」

 

 サイは首を振った。

 

 自分達は訊かず、彼女は語らなかった。

 だから、知らない。

 

「でも、コーディネーターじゃないことは教えてくれた」

 

 だから自分にだっててきるはずだ。

 彼はコックピットに入り、友人たちが機体から離れていくのを確認する。

 

 強張る手でそっと操縦桿に触れる。それだけで嫌な汗が出てくる。

 その重さが──この兵器がどれだけ恐ろしい存在なのか、直接体に叫んでくる。

 

「アイツ……こんなのを乗り回してるのか…」

 

 ブリッジからオペレーターとして眺めるのとは違う。

 

 モニターの小ささ。薄暗い光源。計器の量。この空間そのものの圧迫感。

 そのどれもが不快だ。

 それらを一身に受けるキラの重圧を、サイはようやく理解した。

 

 硬い唾をなんとか飲み込み、ようやくレバーを握る。

 

「お前だけが背負う必要なんて無いんだ」

 

 哨戒や監視だけでも代れるなら、その間キラは休める。

 

「キラ…。……俺だって、イロンデルさんみたいに…ナチュラルでも…!」

 

 少しでも。

 ほんの僅かでも。

 

 彼の助けになりたかった。

 

◾️

 

 モニターに映るパトリック・ザラは、声高々に述べる。

 

「あのナチュラル、イロンデル・ポワソンは、我々が忘れる事などできない『血のバレンタイン』の実行犯であったのです‼︎」

 

 その言葉はプラントに所属する人間なら誰もが耳を傾けてしまう。

 

「今更数えられる程の人を救ったとて、その手は既に血塗れている!それを見ぬフリをし英雄と持て囃すなど、犠牲となった尊い命をドブに捨てるのと等しい行いです!」

 

 彼はただ己の正義のため、一点の曇りもなく糾弾する。

 

「私は断固たる意志をもって、このナチュラルに罪を払わせる‼︎」

 

 パトリックは力強く宣言する。

 

「プラントの民よ。『正しい』選択を!」

 

 パトリック・ザラの演説はプラント市民の心を掴み、彼の言う事は正しいと心底思わせてしまう。

 

「……いやぁ、ザラ議員は演説が上手い」

 

 バルトフェルドはテレビを消すとゆっくりと椅子に体を預けた。

 

「次の議長選では彼が優勢かな?」

 

 『血のバレンタイン』はそれだけ重い。これではナチュラルとの共存を掲げるクライン現議長は厳しい立場になった。

 

 しかし、パトリックはどうやってこの情報を手に入れたのだろう。

 

 ザラ派ならこの時期まで秘匿する必要は無い。

 穏健派が今更垂れ込むとは思えない。

 

「誰かが隠していた。だが誰だ?」

 

 何のために?そもそもどうやってこの情報を?

 

 疑問は尽きない。

 こういう時は思考が悪い方へ向かってしまう。

 バルトフェルドは、まるでその『誰か』が世界を悪い方へ陥れようとしているかのような錯覚すら感じた。

 

「……本当に信用ならないな」

 

 そろそろ見切りを付ける時かもしれないと、彼はコーヒーを一口飲んだ。

 まるで口に合わない、酷い雑味がした。

 

◾️

 

 サイが動かすストライクは、マトモに動くことすらできなかった。

 無断でMSを動かした彼は、その責任を負い1週間の謹慎となっていた。

 友人たちと共に、彼の居る小部屋の前でキラは動きを止める。

 

「キラが開ける必要無いんだよ?」

「……いや、あるよ」

 

 カズイの言葉に答える。

 

「でもサイの方が怒るかもだし──」

「その時はちゃんと殴られる」

 

 これは自分でケジメを取らなくてはならない。もしここで誰かに任せるような人間なら、それこそ誰にも顔向けできなくなるような気がした。

 だからキラは、自分で扉を開けた。

 

「………何だよ」

 

 壁際で膝を抱えていたサイはキラの姿を確認すると険しい目で睨む。

 キラは彼が自分を責めているように感じ怯んだが、何とか堪えて一歩部屋に踏み入った。

 

「ちゃんと自分で言いたいから……」

 

 そう言ってキラはサイから数メートル離れた所で立ち止まると、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

 

 サイは何も言わずにただキラを見ている。本当は言いたいことがあるのだろうが、まずはキラの言うことを聞く気のようで口を噤んだ。

 

「何もかもがうまくできなくて……君達に八つ当たりした」

 

 キラは言葉を絞り出す。それは彼という人間がいかに不誠実であるかを表すもの。だがそれを伝えるのが彼の責任であり償いだ。

 

「あの人みたいに成りたくて………成らなきゃいけないのに…成れなくて…。……僕だけコーディネイターで…パイロットで……皆とは違くて…」

 

 彼の声は震えていた。それは先の見えない不安からか、あるいは自身の不甲斐なさか。サイもカズイ達も、その弱々しい声を黙って聞く。

 

「えっと……それで……何だか独りになった感じがして……でも皆に死んで欲しくなくて……あの人みたいにしなきゃ、ってなって……。でも……君達がこうなってるのも僕のせいで…」

 

 彼の目には涙が溜まっているが、キラは泣くまいと懸命に堪える。

 

「……だから…その……間違ってるのは僕で…正しいことがしたくて…でも……ダメで……全然できなくて……皆にも嫌な思いをさせて……」

 

 そして彼はサイに目を向ける。まるで拒絶されるのを怖れるかのように、少しだけ顔を背けながら。

 

「だからせめて…敵を…殺さなきゃって……君達を守らなきゃって…それで、…えっと……それをしなくちゃいけないから…」

 

 しどろもどろになり、もう自分がどう喋っているのかも分からない。そんな自分に嫌になる。

 

「ああもう…!もっと上手く言いたいのに……」

 

 ちゃんと言えない悔しさにキラは歯噛みする。ここで伝えなければいけないのに。

 

「……もういい」

 

 頭を抱える彼に、それまで黙っていたサイが言う。

 空いていた距離をゆっくりと縮め、キラの前まで近寄った。あと一歩で触れ合うところまで。

 

「もう分かった。いや、分かってたんだ」

 

 サイは険しい顔をして、自分の言葉を確かめるようにゆっくり話す。

 キラに聞こえるようにゆっくりと。

 

「……良いか。俺も言いたい事は纏まってない。だからお前に当たり散らすぞ」

 

 今度は自分が話す番だとキラに言った。彼が頷くのを確認して、サイは深呼吸する。

 

「よし。…すぅ……はぁぁぁあ…」

 

 そしてもう一度息を吸って、口を開く。

 ストライクのコックピットに座って、ようやく分かったことを。キラがどんな奴なのかを。

 

「お前は‼︎とんでもない大馬鹿だ‼︎この分からず屋‼︎」

 

 最後の一歩を踏み出し、キラの襟を掴む。

 

「ちょ──!サイ‼︎」

「ミリィ、このままにしてやろう」

 

 後ろで見ていたミリアリアが止めようとしたのをトールが抑える。これは止めてはいけない、ここで吐き出さなければならないことだ。

 

「俺達の言う事に耳も貸さないで!そんなに自分を虐めて楽しいのかよ‼︎

 

 サイはキラの服を掴んだまま、吠える。

 

「ストライクに乗っても!お前が1人の人間だってことに変わりはないんだ‼︎」

 

 それはキラに対してだけではなく、あれほど凄い機体に乗って戦うキラを、『コーディネイターだから』という一言で片づけた自分たちにも向けた言葉だ。

 

「コーディネイターだから何だ‼︎お前は凄いよ…!MSを動かして、敵をやっつけて、俺達を守ってる…‼︎それがどれだけ凄いことか……俺は分かる!俺は満足に動かしてやることもできなかったから…‼︎」

 

 サイの手が震えている。

 

「でも……‼︎お前だって完璧じゃない‼︎」

 

 キラは目を見開く。

 

「傷ついて……悲しんで……苦しんでる……‼︎それで…それを独りで抱え込んでる……‼︎」

 

 サイはそれがどうしようもなく悔しかった。そしてそれが自分の責任だと感じた。

 

「やっと分かったんだよ。あそこ(ストライクのコックピット)に入ってみて……」

 

 トールもカズイもミリアリアも、何も言えなかった。ただサイの言葉を受け止めるしかできなかった。

 キラがコーディネイターだから自分たちとは違うのだと決めつけた。その壁を作っていたのは自分達だと理解したからだ。

 だからその壁を壊さなければならない。

 

「ナチュラルとかコーディネイターとか……パイロットとかオペレーターとか……!そんなの……どうでもいいだろ……‼︎」

 

 こうやって戦争に巻き込まれるまでは、意識するまでも無くどうでもいいものだった。こうして戦争に巻き込まれても……昔とは違っていても、きっとまたそんなこと関係ない関係になれる。

 互いに歩み寄ることができるなら。

 

「俺達は……」

 

「俺達はお前と友達で居たいんだ。……助けたいんだよ……キラ…」

 

 様々な感情が入り混じって歯を食いしばるサイ。

 だがキラはやはり顔を合わせられなかった。

 

「君達に……何ができるっていうんだ…」

 

 《助けたい》。

 その個人的な感情が、戦場でどれ程の価値を持つか、キラは知っている。

 

 無価値だ。

 

 そんなものでは誰も、何も、守れない。

 守れなかった。

 

「何もできねぇよ‼︎俺達は…弱いんだ…!」

 

 サイだって分かっている。

 

「お前に戦いを押し付けて…!俺達は座って見てるだけだ…‼︎お前の代わりなんてできっこないんだ…‼︎」

 

 サイは自分達が何もできないことを自覚している。トールも、カズイもミリアリアも。そしてキラも。何もできない自分が不甲斐ない。自分が弱いのを知っているからこそ、その無力感がより強くのしかかる。

 

「何かできなくちゃ何もしてくれないのかよ!何かしてくれなきゃ何もできねぇだろうが‼︎」

 

 自分で言っていて酷い責任転嫁だと思う。が、今はそれでも良かった。そうでもしなければキラは独りのままなのだ。

 

「俺達に愚痴るくらいしてくれよ!悩んでるなら教えてくれよ!」

 

 キラの目を見据え、サイは必死に訴えた。せめて彼に伝わって欲しかった。

 

「友達だろ‼」

 

 損得も打算も立場もない、純粋な友達。

 そうありたいのだ。

 

 友達なら支え合いたい。だがそれができないのが悲しい。何もできないことが悔しかった。

 それに答えるように、やがてキラは口を開く。

 

「……ありがとう」

 

 言葉はそれだけで十分だった。

 

 サイが手を離すと、キラは力が抜けたようにその場に座り込んだ。慌ててトールが駆け寄ると、キラは弱々しくも笑う。

 

 どうやら色々な緊張の糸が切れてしまったようだ。

 そのままの体勢で、キラは今悩んでいることを相談し始める。

 

 独りで居た時よりもゆっくり、しっかり。

 

 

 ある程度ながら物資の補給を終えてクルー達は、ブリッジでサイーブも交えて今後の予定を相談する。そしてこの場でマリューはようやく、ナタルの報告を聞くことができた。

 

「……つまり、オーブを補給地点にするのね」

 

 それは彼女の口から出るとは思わなかったアイデアだ。

 

「意外だわ。貴女がこんな方法を提案してくるだなんて」

 

 今までの彼女ならむしろ反対する側だっただろう。ナタルも自身の変化を自覚しているのか、手元にファイルを持ちながら以前言われた言葉を諳んじる。

 

「《高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に》。ポワソン少佐の言葉です」

「……それって『行き当たりばったり』じゃないの?」

「小官もそう言いました」

 

 ナタルは苦笑し、そして切り替えるように咳払いをして資料に目を向ける。

 

「デュエルがあの国に渡った以上、ストライクの秘匿に固辞する必要はありませんから」

 

 雑誌の写真には、大破してはいたが確かにその機体の姿が載っていた。オーブの技術力ならば解析も簡単だ。そして元々それを製作したモルゲンレーテもある。

 もはや秘匿に意味は無い。

 

 とはいってもそれだけで頭の硬い軍の将校達が許すはずがない。後から情報漏洩の罪に問われるだろう。故にそれなりの理由が必要だ。

 

「『太平洋を渡るための物質の補給が必要だった』といえば()も理解してくださるでしょう」

 

 地中海のジブラルタルとアフリカそのものはザフトの手にあり、ユーラシアへの陸路と最短距離の大西洋への道が塞がれ使えない。では反対の太平洋海路はというと一気に通過できる距離ではない。宇宙で受けた補給量と合算しても十分に通用する言い訳だ。

 マリューは頷きながら、最後に一つ言う。

 

「全て艦長の独断だ。と、付け加えておいて」

 

 どう言い訳を並べても誰かが責められるのは明らかだ。酷いことにはならないだろうが、マリューはナタルの将来の道が閉ざされることが嫌だった。

 

「しかし……」

「貴女にまで責任を負わせるわけにはいかないわ」

 

 元々マリューは技術部門の所属だ。戦艦から降ろされることになったとしても元の椅子に戻るだけで済む。だが彼女は違う。

 

「……私は副長として──」

「気持ちはありがたいわ。でも、艦長としての命令よ。従ってくれるわね?」

「……………了解しました。…ラミアス艦長」

 

 納得していないことを全面に出しながらではあったが彼女は食い下がるのを止めた。

 マリューは少し申し訳ないと感じたが今選択できる手段としてこれ以上のものは思いつかなかった。まだ不安要素は多いのだ。

 

「でも、あの国がすんなりと受け入れてくれるかしら」

 

 オーブは他国の侵略を許さない。武装した戦艦でいきなり訪ねて快く補給させてくれるとは思えなかった。門前払いで終われば御の字。でなければその場で轟沈だろう。その点はナタルも予め考えている。

 

「ポワソン少佐の回収を要件にするつもりです」

「なら逆に、出るための建前が必要になりそうね」

 

 マリューは顎に手を当てて考える。

 現状唯一の『MSを操るナチュラル』を容易く手放すはずがない。オーブに限った話ではない。連合軍も喉から手が出る程に彼女を欲しているはずだ。入国の理由を彼女にするならばちゃんと連れて帰らなければ上にどんなことを言われるか。

 

「まさか国防軍を打ち破って、なんて訳にはいかないか……」

「戦争したいんですか」

 

 ムウの言葉をマリューが却下する。彼も本気ではないだろうが冗談にもできない。

 ナタルも他の者もまだ名案がないのだろう。皆沈黙し、思案に耽る。

 

「話は聞いた。我々にも噛ませてくれ」

 

 その時ブリッジの扉が開き、カガリがキサカを従えて入ってきた。何事かと視線が彼女に注がれる。

 マリューが視線で入ってきた訳を尋ねると、彼女は凛として言った。

 

「私達が居ればオーブと交渉できる」

 

 彼女は何も気にしていないようだが、後ろに控えたキサカは胃の痛そうな顔をしていた。サイーブが鋭い眼で彼を睨めばその顔色が更に青くなる。が、カガリを止めようとはしなかった。

 

「アンタら……ただのゲリラじゃねぇな」

 

 フラガがカガリに提案の意味を探るように問う。交渉可能という言葉が真実ならば都合が良いが、そのような立場をレジスタンス程度の者が持っているとは思えない。

 

「お前の言った『裏』だ。深く追及されると困る」

 

 カガリはそう言ってそれ以上説明しない。今問い詰めるのは無意味だろう。

 フラガはマリューに向いた。

 

「思ってたより厄介そうだぜ、艦長?」

「使えるものは使います」

 

 この状況では手段を選んでいられない。マリューは即決で頷いた。

 

「うへー、了解」

 

 分かりやすく肩を落としながら、フラガはキサカに近づいて耳打ちする。

 

「もしかして、敬語使った方がよろしいでしょうか?」

 

 もしや『やんごとなき』立場ではあるまいかとヒソヒソと聞くが、キサカは首を横に振った。

 

「……いや、()()必要ない」

「俺、あの子に銃口向けたんだけど…国際問題になったりしちゃう?」

 

 最初に出会った時のことだ。キサカもそれについて覚えていた。彼は苦笑いする。

 

「寛大な処置を期待するんだな」

「オーノー……」

 

 今度こそ本当に彼は肩を落とした。

 あの時衝動のままに行動してしまったことを、今になって後悔するのだった。

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