「さあ。希望とかじゃない?」
チルウは小さな小瓶を、太陽にかざした。
――『散満惨然産残譚』より(C.E.54年 出版)
宇宙要塞『アルテミス』に向けて進む『アークエンジェル』のブリッジでは、ラミアス、バジルール、フラガ、イロンデルの4人が話し合っていた。
「現状の課題は?」
イロンデルが重々しく口を開く。データをモニターに写しながら、バジルールが説明を始める。現状、アークエンジェルの副艦長の席に座っている。
「はい。目下最重要の課題は、水と弾薬です」
この艦はろくな準備もなく『ヘリオポリス』を出た。不足している物は多い。中でも、人間の生活に水は欠かせない。
「補給はアルテミスで受けられるはずです。水は問題ないでしょう」
「弾薬も、ある程度の戦闘なら大丈夫なはずだ」
つまるところ、アルテミス頼りな訳だ。イロンデルは、不満のこもった息を吐いた。
「大量の民間人、不足した物資。オマケに行先はアルテミス。まったく、やってられんな」
「先程から、随分とアルテミスを不信がりますね。いくら所属が違えど、同じ連合軍です。そう心配しなくとも良いのでは?」
イロンデルの言い方に、バジルールが疑問を挟む。そしてそれを受けた彼女は、忌々しげに吐き捨てた。
「…あそこの司令が嫌いなんだ」
「司令…というとガルシア少将のことね」
その名前を聞いたイロンデルは、露骨に顔をしかめた。そして椅子に頬をつく。
「特に問題のある人物ではないはずです。何か理由が?」
「…」
「話してやれよ」
黙ったイロンデルに、フラガが促す。椅子にもたれ掛かり、頭の後ろで手を組んだその姿は、見るからにどうでもいい。とでも言いたげであった。
「どうせ大した秘密じゃねぇんだ。下手に隠して、気まずいのもアレだろ?」
気安く言うフラガを、イロンデルはキツく睨む。他人事と決め込んで好き勝手に口を挟むのは勘弁願いたいのだが。
それでも、言っている事は正しい。現場の信頼関係は、戦闘に影響を及ぼす事も多々ある。
「『ヘカテー』にいた頃の上司だったんだ」
「ヘカテー…。確か、半年ほど前に落ちたユーラシアの宇宙要塞でしたね」
ヘカテーは、かつて木星の開発を目的として建設された小惑星基地を要塞として再利用した物だ。開戦から数ヶ月経った頃に放棄されている。
「ザフトの奇襲によってリアクターが破壊され、爆発した。…と、言うのが放棄の理由とされています」
「それは嘘だ」
バジルールの補足を、イロンデルは端的に否定する。
「嘘?…どういうことですか?」
「
つめよるバジルールを椅子に押し返す。代わりにラミアスがイロンデルに尋ねた。
「何か知っているの?」
「私は一時期、『ELS』…交換所属兵として、ユーラシア連邦に身を置いていました。そして運悪く…ですかね。ザフトに攻撃された時、ヘカテーに居ました」
だからこそ知っている。
「…あれは奇襲じゃない。手引きした者がいたんだ」
周囲から息を飲む音が聞こえる。ブリッジに居る全員が、イロンデルの言葉を聞き逃すまいと、耳を傾けている。
「索敵センサーに穴が開けられていた。接近に気づいたのは、敵の砲撃があってからだ」
「しかし、どうしてヘカテーを?あそこは特に重要な拠点ではなかったはず」
バジルールの疑問に、イロンデルはラミアスに視線を移す。
「Xナンバーの開発者ならあの時、要塞に何があったのか知っているのではないですか?」
「GのOS…あるいは、その未完成品ね」
「その通り。より正確には、その作成者がいました」
ザフトの狙いは間違いなく、彼女だったのだろう。要塞は、軍事施設はもちろん、居住区やライフラインまで完全に破壊されていた。ただの制圧にしては徹底的すぎる。その中にいた人間が目的だったならば、合点がいく。
「ちょっと待ってください」
バジルールが言う。イロンデルは視線をやり、発言を促した。
「なぜそんな重要人物がユーラシア連邦の要塞に?G兵器は大西洋連邦が開発した物です。いくら同じ地球軍とはいえ、危険すぎます」
模範的な軍人の抱く、当然の疑問であろう。それに関しては、開発者のラミアスの方が詳しい。
「同じ地球軍だからこそ、よ」
味方であるが故に発生する障害。それは時に、いかなる敵よりも厄介な物だ。
「強力な兵器を極秘裏に、独自に開発していたなんて知れたら、関係が悪化するのは明らか。それを防ぐために、ELSを利用したの」
ELSによってXナンバーの開発者の所属を変え、ユーラシア連邦に知らせずに
しかし所属を変えるということは、バジルールの危惧するとおりである。それがヘカテーの件で表面化した。開発者が所属しているという情報が漏れてしまったのだ。
そして、ザフトの襲撃を招いた。
「これは私見ですが、ザフトを招いたのはガルシアでしょう」
「その根拠は?」
フラガがからかうように口を挟む。以前、彼には話した事がある。それ故に余裕を持っているのだろう。
「公には、無い」
「なら何故、彼が手引きしたと?」
「……」
イロンデルは硬く口を閉ざした。
「…ククッ。見せれねぇよな?後暗いもんな?」
「黙れ。いや、黙らせてやる」
「おっと、怖い怖い」
依然ふざけた調子でブリッジの中を逃げ回るフラガを、鬼気迫る表情のイロンデルが追い回す。
「待て!!フラガ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿は居ねぇだろ」
「馬鹿がほざくな!」
「おお、暑っついねぇ。近寄んなよ?」
「黙れ!!」
やがて、丁度ラミアスの椅子を挟んだ形で睨み合う。いつの間にどこから取り出したのか、イロンデルの手にはナイフが握られていた。
流石に危険と判断したラミアスが、彼女を宥める。
「落ち着いて。そんな物を振り回さないで」
「そうそう。そんな場合じゃないだろう?」
「フラガ大尉は少し黙っていてください」
1度、場は落ち着きを取り戻す。しかし、問題は何も解決していない。それどころか、新たな問題が見つかるばかりだ。
「それでどうする?『ストライク』をそんな所へ持っていくのか?」
フラガが尋ねるが、これは元々答えが分かりきっているものだ。ラミアスも、大した逡巡をすること無く言う。
「この状況で進路を変える余裕はありません。それに疑う理由がポワソン大尉の言葉のみです」
イロンデルは苦い顔をするが、どうしようもない事実である。証拠があるにもかかわらず見せないのは、彼女に非があるとしか言えない。
「そのストライクについてなのですが…」
バジルールが話す。それは他の者が話題にするのを避けていた問題であり、話題にしなければならない問題だった。
「そのパイロットが民間人の少年…しかもコーディネイターであるというのは、良くないのではないでしょうか」
確かにそれは正しい。しかし、だからと言ってすぐに解決できるものではない。
「だがどうするよ。他に動かせる奴はいないし、ストライクを戦力にできないんじゃあ、俺たちに勝ち目はないぜ?」
既に敵は『イージス』を実戦投入している。次の戦闘で残りの3機も繰り出すことは十分に考えられる。その時に対抗手段がメビウス2機では、相手にならないだろう。
「ポワソン大尉ならMSを動かせるのではないですか?」
「無茶を言うな。ストライクのOSを見てないのか?」
「しかし、貴女は『ジン』を動かせるのでしょう」
バジルールとしても、藁にもすがる思いだった。誰か、正規の軍人がストライクに乗るべきだ。スパイかもしれないコーディネイターが乗るよりもずっと信頼できる。と、彼女は考えている。
「それはジンの完全なデータが『ネクサス』の中に入っていたこと。私がジンの操縦の経験があったからできた事だ」
「では、ジンのデータをストライクに導入すれば――」
「それで?わざわざ性能落として、のこのこ出ていって、いい的になれってのか?」
フラガが苛立ちながら言う。自分たちは、戦場で戦う軍人だ。指示には従うが、机上の空論を述べるだけの人間に口を挟まれたくない。
それは、イロンデルとしても理解できる。
「正直に言って、ジンでさえ動かすのが精一杯だ。さっきだってイージスに殺されかけた」
自分はなんと無力なのか。
イロンデルは椅子にもたれかかり、天を仰ぐ。
彼を巻き込みたくないと思いながら、その力が無ければ生き延びることすらできないとは。
ふと、ブリッジの通信機が呼び出し音を鳴らした。
近くのアークエンジェルクルーが応答する。
「こちらブリッジ。…はい。………はい。……分かりました」
「どこからだ?」
「格納庫から、マードック軍曹です。人手不足のため、パイロットは自分の機体の整備をして欲しい。との事です」
それもそうか。などと呟く。この船はどこも人手不足なのだ。自分でできる事は、自分でやる必要がある。
「よし。なら行くか。ここで燻ってるより、手を動かしてる方が思いつく事もあるだろ」
フラガが腰を上げる。こんな時に楽観視できるのは、彼の長所か、短所か。
「あ、フラガ大尉の『メビウス・ゼロ』は大破してるので整備班が修理するそうです」
確か、ガンバレルを失ったのだったか。パイロット1人増えた所でどうにもならないだろう。
「ならお前はここでせいぜい燻製にでもなってろ。私は整備に行ってくる」
恨めしげに睨んでくるフラガを捨ておき、格納庫へイロンデルは向かう。
そして、彼女の居ないブリッジで。
「そういやぁ、ストライクの整備はどうするんだ?」
フラガはボソッと呟いた。