パイロットスーツを着たキラは1人、食堂の椅子に座って考える。
これから『虎』と戦うのだ。
前にキラと接触した際の会話からして、アークエンジェルが東の鉱区に向かう事は彼も承知しているだろう。レジスタンスが協力するのも織り込み済みのはずだ。
「………」
あの人が『敵』であることは分かっている……つもりだ。
だがどうしても『間違っている』とは思えなかった。
そんな彼と戦うことが『正しい』ことなのか?
《そんな訳ない》と《そうするしかない》の2つが、キラの中でせめぎ合っている。
「腹が減っては戦はできぬってな!ナギもたまには良い事言うんだよ」
「ムウさん……」
悩むキラの横にフラガが現れ、彼にケバブを押し付ける。
「食っとけよ。パイロットは食事も仕事!」
彼は自分の分にヨーグルトソースをかけると思い切りかぶりついた。そんな彼を見ながらキラはチリソースを手に取る。
「ソース……。イロンデルさんは何をかけたでしょうね」
「またアイツのこと考えてるのか?
キラは最近何かあれば《イロンデルさんは──》だ。
フラガは気を強く持つように励ます。
「サイ達と話してて思ったんです。僕らはあの人のこと、何も知らないんだって」
キラは続ける。
彼女について知っていることは全て見かけだけ。彼女自身からは何も教えてもらっていない。なのに理解した気になって、同じになれば良いだのと……
「何も知らないくせに盲信して……本当に馬鹿でした」
キラは言葉を切り、フラガと目を合わせる。
「だから、ちゃんと知りたいんです。あの人のこと」
どんな小さなことでもいい。今度会った時にしっかりと彼女と向き合うことができるように。
この艦の中で最も彼女と親しいのは彼だ。今抱いている偏見、妄執を断ち切るために、他の者から見たイロンデルのことを知りたい。
フラガはキラの瞳に宿るものが先日と比べて変化していることに気が付いた。
これが若さかと、少し自嘲を挟んでから、自分の知る彼女ならどうしたかを答える。
「アイツはソースみたいな調味料は全部かける派だよ。ヨーグルトもチリも全部大量にかけて食うだろうな」
「…なんか意外です。そんなにかけないのかと思ってました」
それではソースの味しかしないだろうな。などとキラは可笑しく思った。
「子供舌だからな。卓上調味料を全部ぶっかけてから食うんだよ」
味の組み合わせも考えず何をかけているかも自覚していないような料理という概念そのものを否定するような食べ方が、彼女のスタイル。実はフラガは彼女の味覚障害を疑っている。原因はアルコール依存症だ。間違いない。
「それで気に入らなきゃ俺に押し付けるんだ。クソガキはバカ舌のクセに好みにうるさくて困る。コーヒーを『廃油』っていう奴だ」
「あはは…」
泥水に喩えるなら聞いた事があるが、そんなに嫌いなのだろうか。キラもコーヒーは口に合わなかったがそこまでの言い方はしない。
「意外と口が悪いんですね」
「意外かぁ?」
フラガは軽く笑うキラに安心した。どうやら何か踏ん切りがついたらしい。悩むだけ無駄だと悟ったのか、それとも彼女に会って確かめるべき事を見つけたのか。それは分からないがどちらにしても前進だ。自然と言葉も軽くなる。
「ナギのせいだ。酒の味を教えたのもアイツだし、あの汚ったねぇ言葉遣いもな。悪い所ばっか似ちまって……おかげでコッチが苦労してんだよ」
「その言い方だと、ナギさんがイロンデルさんのお母さんみたいですね」
「んっ──!ゲホッ!」
彼はむせ、慌てて水を飲む。
「そっ!そんなんじゃ……ゲホ、ねぇんだよ。ただの同僚だよ」
咳き込みながらも彼は否定する。そして少し考えた後キラに質問する。
「お前、ナギのこと、イロンデルからどう聞いてる?」
「地球軍のコーディネイター、イロンデルさんの親友。ネクサスさんを造った人で……後はブルーコスモスだった。ってことは聞きました」
「……性格とかは?」
「えっと……アバズレだとか何とか……」
「そのあたりか……」
キラの答えを聞き、何故かフラガは安心したように息を吐いた。
「何かあるんですか?」
キラが興味深そうに聞く。何せ数少ない、知っている中では唯一の同じ『地球軍のコーディネイター』。ある意味ではイロンデル以上に気になる人物だ。
「いや。何も」
だがフラガは言葉を濁す。
「ま、今はとりあえず腹ごしらえだ」
キラが追及する前にそう言って自分のケバブを食べ終えると、包み紙を雑に丸めてゴミ箱に放り込む。
「知ることが良いこととは限らない……。知らなければ良かったことも、この世界には山ほどある」
マジメな声で静かにそう言った後は、いつも通りの軽薄さに戻る。
「あんま細かい事気にしてると、将来禿げるぞ」
話題を逸らしているのは明らかだったが、キラは乗ることにした。他人が隠そうとしていることを無神経に問い詰めることに抵抗があったのだ。
「僕の遺伝子にそれは無いと思いますよ」
「え、そんなのありかよ。羨ましい奴」
フラガは自分の髪を手櫛でいじる。
「いつか絶対禿げそうな気がするんだよなぁ。
失礼な気がしたが小さく笑ってしまう。
結局それから、イロンデルやナギについてのことは何も聞けなかった。
そしてキラは『虎』と戦うのだった。
■
そしてやはり、現実はどこまでも非情だった。
「降伏してください!勝負は着きました!」
「戦場にレフェリーはいない!」
イロンデルの言葉が『正しい』かどうかに関係なく。
守りたいものを守るために今のキラにできることは──
「殺したくないのに……‼」
敵を殺すことだけだった。
そしてアークエンジェルは、砂漠を抜けるのだった。