――『散満惨然産残譚』より(C.E.54年 出版)
格納庫では、幾人もの整備員が慌ただしく作業していた。イロンデルは自分の『メビウス・ゼロ』に近づく。『ヘリオポリス』近域での戦闘で下部のガンバレルを失い、蒼い装甲も傷だらけだ。
よく生きていると自分でも不思議に思う。まあ、そんな事は今までざらにあったが。
「ポワソン大尉!こっちでさぁ!」
機体の近くで作業中の男性が、彼女に気付き声をかける。
黒髪の壮年の整備員。コジロー・マードック軍曹だ。
「軍曹、頼んでいた物はできていますか?」
「ちょうど取り掛かるところで」
マードックの指揮で、ゼロ式の中央のリニアガンが外される。そして、そこに新しい兵器が搭載された。
『M69バルルス改 特火重粒子砲』。
ヘリオポリスで鹵獲したジンが装備していた、旧式のビーム兵器だ。取り回しが悪く、出力も低い。
それでも、ビーム兵器であることに変わりはない。
Xナンバーの備えるフェイズシフト装甲を貫くには、十分な威力を持つ。
「ありがとうございます。後の調整はコチラでやれますね」
「では、我々はフラガ大尉の方を修理します。何かあれば呼んでくだせぇ」
整備員を引き連れて、オレンジ色のMAへ去っていく。少人数ながら、確かな能力を持った人たちのようだ。
物資は絶望的だが、わずかな希望を感じる。
「さて、『ネクサス』。準備はいい?」
『٩(ˊᗜˋ*)و』
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
ご機嫌な音楽をネクサスから流し、鼻歌と共にイロンデルは整備に取り掛かった。こんな時、アプリコットが有れば気分も上がるのだが、無い物ねだりは良くない。この状況では常に警戒する必要もある。
「〜♪あかい〜りんご〜…そらに…おちて〜♪」
装甲の一部を展開し、中の基盤をネクサスと繋ぐ。トタチツテと、ネクサスを操作すると、複数のウィンドウが画面に映される。
「〜♪ Despite〜the lies … ♪that you're making〜♪」
リニアガンを撃つためのプログラムを書き換え、バルルス用に調整していく。彼女自身は専門外なので、ネクサス任せだ。そしてその指示に従って、複数の配線を繋ぎ直し、メビウスのバッテリーとビーム兵器のカードリッジを同期させた。
「〜♪かがや〜く〜…ほしくずは〜…夜明けまで〜消えない〜♪」
こうすれば独立している時よりビームの残弾が増える。まあ、逆に撃ちすぎるとゼロ式の方がエネルギー切れを起こしてしまう可能性があるが。
「〜♪降り積もる〜雪〜♪せか〜いのは〜て〜♪」
できることなら、『ストライク』の装備である『57mm高エネルギービームライフル』か、『320mm超高インパルス砲「アグニ」』を使えれば良かったのだが。悲しいかな、ゼロ式の出力では満足に運用はできないだろう。
「〜♪いつ〜だ〜あって…♪ほんと〜うは…ん?」
ふと、格納庫の奥。片腕の無いジンの隣に鎮座しているストライクを見る。胸の装甲が開き、コックピットが開いている。
目をこらすとその中に、ヤマトの姿が見えた。
民間人の彼が、どうしてこんな所に。
不思議に思ったが、そう言えば彼がコーディネイターなのだと思いだした。人員不足の現状では、民間人にも協力をお願いしているのかもしれない。
ナチュラルの軍人より、コーディネイターの民間人の方がよっぽど専門的な知識を持っている。下手に口を出しては迷惑だろう。
邪魔にならないようにしていよう。困ったことがあっても、コーディネイターなら自分で解決できる。
例え今、困ったような顔で周囲を見回して誰かに助けを求めていても、放って置いて問題はない。
イロンデルはそう結論付けると、大して残ってもいない作業の続きを始めた。元々、他人と関わるのは得意ではないのだ。
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
「何か探してるのですか?」
「あ、イロンデルさん」
フラガに言われて、半ば無理矢理ストライクの整備をするヤマト。そんな彼に、イロンデルが声をかけた。若干、呆れているような表情をしているのは何故だろうか。無重力にフワフワと浮かんでいる様子と相まって、瞑想しているかのような印象を受ける。
「えっと、ストライクの整備をしたいんですけど、どの器具を使っていいのかわからなくて…」
軍の格納庫など、学生の自分には今までは関わりの無い場所だった。情報系の学校に通っていたので、何がどんな装置かは知っている。しかし、勝手に使っていいのかは分からない。
「そんな事ですか…。…ちょっと、そこの整備士!」
イロンデルは適当な技師を呼び止める。フラガの機体を整備していたその技師は、手を止めてこちらへと跳んできた。
「ここの機具は使っても良いですか?」
「えっと…ちょっと待ってください。…大丈夫みたいです。それはMS用に配備されたものですので、メビウスや『ミストラル』には規格が合いませんから」
手に持っていた端末で確認した後に、使用の許可をくれた。イロンデルが礼を言うと、技師はまた作業に戻っていった。
「…すんなり許可を貰えましたね」
「ええ。こんな状況では、埃を被らせて放置する訳にもいきませんからね」
ヤマトの呟きにイロンデルが答えた。残った戦力を、少しでも万全な状態に近づけたいのだろう。そうでもなければ、自分のようなコーディネイターをMSに触らせてくれるはずもない。と、ヤマトは目を伏せる。コーディネイターだから、こうして機体の整備をさせられているとも言えるが。
「使える物はなんでも使わなければなりません。貴方も、遠慮する必要はありませんよ」
「……そうですね…」
「何か考え事ですか?」
ふと顔を上げると、目の前に彼女の顔が浮かんでいた。それも、逆さまで。思わず、後ろのフェンスにまで下がる。彼の顔が少し赤くなった。
「抱え込むのは良くないですよ?」
彼女は手足を使って、クルクルとその場で回転する。
それを知らないヤマトには、彼女が遊んでいるように見え、それが彼女の小さな外見と相まって、妖精のようだと思ってしまった。思わず笑みが浮かぶ。
「綺麗な顔で笑うのですね」
「えっ!あ、いや…すみません…」
「謝る事はありません」
ふと回転するのをやめて、――カツン。と、軽い音をたてて、彼女は柵の上に立った。靴裏の磁石で固定されている。
「貴方が何を悩み、考えているのかは知りませんが」
丁度、ヤマトに背を向ける形で佇む。こちらに顔を向ける気は無いようだ。
「どこかで吐き出さないと、いつか面倒な事になりますよ」
「面倒な…事?」
イロンデルはそう言って、腰のワイヤーガンを取り出す。それを、遠くにある自分のメビウスへと向ける。
「かつての…私のように」
「え?」
しかし、何もする事無くホルスターへと戻した。ヤマトはその意図が分からず、眉をひそめる。
と、彼女がこちらに体を向けた。柵が足の動きに合わせて、小さな靴の音を響かせる。
「気が変わりました」
そのまま柵から降り、同じ足場に立つ。さっきまで見上げていた視線は、今度は見下ろす形になった。その顔は、苦虫を噛み潰したように歪んでいる。
「どうかしたんですか?」
「『気が変わった』んですよ、少年君」
ヤマトの周りを歩く。目的があるようには思えない。暇つぶしとでも言うように、軽い調子で言葉を紡ぐ。
「私の友人について、少し話しましょう」
柵にもたれ掛かり、ストライクを睨みあげる。そして忌々しげにその灰色の装甲に目を滑らせる。
「彼女はコーディネイター…
「でした…って」
「ええ。もう既に死んでいます」
なんでもない事のように言う。その様に、ヤマトは言葉を失った。
「傲慢で、自信家で。他人の事なんて考えない、自分勝手なアバズレ女でした」
悪態をつくが、その声に悪意は無い。むしろ、微かだが笑みすら見える。おそらく、正直な感想なのだろう。いや、正直な感想でその言葉が出てくるのはどうなのだろうか。
「本来なら彼女が、XナンバーのOSを設計するはずでした。しかし、その完成前に死んでしまった」
なるほど。と、ヤマトは1人で納得する。
ストライクのOSは、最初に見た時はお粗末な代物だった。それは開発者が途中で変わっていた事が原因なのだろう。情報系の学校に通う彼は、その厄介さをよく分かっている。途中で担当が変わると、最初から書き直す必要がある事もある。
「ひねくれ者で、嫌われ者で、厄介者。まったく…何で友人になったのか、当時の私は何を考えてたんでしょうね」
そこまで酷評を並べられると、むしろどんな人物だったのか気になってくる。コーディネイターであるにも関わらず、地球軍に身を置いた理由も。
「その人は――」
「さて、そろそろ私は行きます。貴方も作業が終わり次第、休みをとるように」
こちらの言葉を遮り、イロンデルが離れる。声をかけ直す暇もなく、ワイヤーガンをメビウスに放つ。遠ざかる姿を、見送るしかなかった。
◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥
己が機体に近づくにつれ、イロンデルの眉間のシワが深くなる。
強引に話を切り上げたのはわけがある。ネクサスに通信が入っているのが見えたのだ。そして、その発信先がブリッジであるのも分かった。
ネクサスへの連絡手段を知っている人物は極僅か。そして今、最も可能性が高い者は。
「クソ野郎」
『なんだ、不敬罪で銃殺刑にされたいのか?』
予想通り、相手はフラガだった。通信を入れた理由も察しがつくというものだ。
『すぐにブリッジへ来てくれ。不味いことになった』