機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

6 / 40
最善を選べないのなら、せめて後悔の無い選択を。

――『未知の道』(C.E.46年 出版)


第6話 暗くて広い

「何があった」

 

 ブリッジに着くなり、フラガに問いかける。遠くには『アルテミス』が見える。気づかなかったが、『ヘリオポリス』を離れてかなり時間が経っているようだ。

 

「見たらわかるぜ」

 

 クイクイと、展望ガラスの外を指差す。そのキザったらしい仕草に若干ムカついたが、イロンデルは言われた通りに外を見る。そして―

 

「ハァァァ……ここでか…」

「ここでだな」

「もう少しこう何というか、手心というか…」

「奴らにそれを期待するか?」

 

 暗い宇宙に見えたのは、アルテミス。防御設備――通称『アルテミスの傘』を展開している。そして今、この『アークエンジェル』の横を通る宇宙艦があった。

 その独特の青みがかった外装は、見間違えるはずもない。

 

「ナスカ級だけか?もう一隻、ローラシア級がヘリオポリスにいたはずだが」

「ええ。アークエンジェルの後方に、艦影を確認しています。恐らくはそれがローラシア級かと」

「…やってられんな」

 

 バジルールの補足に、イロンデルはため息を着く。まだアルテミスとは距離がある。ナスカ級はアークエンジェルを抜いて、アルテミスとの間に網を仕掛けるつもりだろう。ローラシア級と挟み撃ちが狙いか。

 

「クルーゼのやりそうな事だ。堅実で陰湿な奴らしい」

「まったくだな。アルテミスに駆け込む訳にもいかねぇし」

 

 アルテミスの傘は、正しく絶対防御。そのバリアは如何なる攻撃も通さない。つまり展開中の現在、相手が解除してくれるのを待つしかない。悠長に待っていては、敵がこちらに気付くだろう。時間の問題だ。

 

「エンジンを始動すると、敵もこちらを見つけるでしょう。MSを出されたらそれこそ一巻の終わりです」

「想定される敵の戦力は?…MSの数はどの程度になる?」

 

 今ここに、ヘリオポリスを襲った2隻共がいるということ。それはつまり、アークエンジェルと同様に敵も補給を受けていない、と見て間違いない。

 敵の『ジン』が少ないならば、強引に突破する方法も――。そこまで考えて、イロンデルはやはり無理だと思い直す。

 

「ヘリオポリス内部で3機を撃墜。周辺宙域でジン1機に損傷を与え、他に『シグー』が1機確認されています。通常、宇宙艦のMS搭載数が6機で――」

「いや、考える必要は無い」

 

 クルーの報告を遮り、椅子に座って深く項垂れる。その様子に不安に思ったフラガが、何か分かったのかと問いかける。

 

「奴らが何機、投入してくるか察しがついただけだ」

「へぇ…。で、何機なんだ?」

 

 尋ねるフラガに、イロンデルは視線だけを返す。自分で考えろ、ということらしい。顎に手を当てて、普段はあまりしない思考にふける。程なく、同じ回答に辿り着いた。

 

「…なるほどな。4機か。それは不味いな」

「あの男が来るよりはマシだろう。僥倖だな」

「言ってる場合かよ」

「あの…できれば説明して欲しいのですが」

 

 何やら2人だけで分かりあっている様子に痺れを切らし、ラミアスが口を挟む。この状況で蚊帳の外は御免だった。

 

「Xナンバーを相手取るってことさ」

「な、なぜそんな事が分かるのですか?」

 

 あまりに突拍子もない事に、思わず聞き返す。奪われたばかりの最新兵器が、敵として向かってくるなど考え難い。ザフトにとっても、中立国に攻撃してでも手に入れた機体を失うリスクは侵したくないはずだ。

 

 と、いうのが一般的な思考である。

 しかし、今回は当てはまらない。何故ならば。

 

「相手はクルーゼだからな。あいつなら何だって有り得る」

「それに、忘れたのですか。先程だって『イージス』を投入してきた連中ですよ」

「な、なるほど。確かにそうね」

 

 問題は山積みだ。Xナンバーが共通して搭載する、フェイズシフト装甲。実弾兵器を完全に無効化するそれは、この状況では厄介極まりない。

 

「俺の『メビウス・ゼロ』はフェイズシフト装甲を貫けない」

「私のゼロ式も、ようやく装備したばかりです。威力だって心許ない」

「では、やはり『ストライク』に頼るしか」

 

 ビーム兵器を主力とするストライクなら、十分な戦力になる。しかし、それには幾つか問題が発生する。

 

「だが、パイロットはどうする?私やフラガでは満足に扱えないぞ」

 

 その答えは知っている。知っているが、聞かずにはいられない。

 

「あの少年…キラ・ヤマト君…でしたか。彼しかいないでしょう」

「却下だ。彼は民間人だぞ。本気で言っているのか?」

 

 バジルールの言葉を、イロンデルは即座に否定する。そこにフラガが口を挟む。

 

「お前こそ本気か?」

 

 口調こそ変わらないが、その奥には怒気が含まれている。まっすぐイロンデルを睨み、彼女の言葉を待つ。

 

「ストライク無しで、どうやって敵の攻撃を凌ぐっていうんだ。俺とお前だけじゃ、Xナンバーを抑えきれない」

「作戦ならある」

 

 イロンデルは『ネクサス』をモニターと繋ぎ、付近の宇宙図を呼び出した。そしてそこに、4つの点を表示する。それぞれが示すものを確認していく。

 

「これがアルテミス。こっちが本艦。その距離はまだ近いとは言えない。そして、ちょうど間にナスカ級が1隻。本艦を挟むようにローラシア級」

 

 ネクサスを操作すると、時系列が変化していく。ほとんど動かないアルテミス。ゆっくりと停止するナスカ級。アルテミスに近づくアークエンジェル。それを追うように移動するローラシア級。

 

「このまま進めばナスカ級と接触するのは時間の問題だ。故に、それまでに攻撃を行う」

 

 アークエンジェルの点から、2つのMAを示す小さな三角が現れる。それぞれ、フラガ機とポワソン機である。

 

「エンジン始動と共にMAを射出。私が前方のナスカ級を機関停止に陥れた後、アークエンジェルは最大戦速でその横を通過する」

 

 単純な速度ならば、ローラシア級を振り切れる。ナスカ級さえどうにかすれば、十分にアルテミスに逃げ込む時間を稼げるはずだ。

 

「私がナスカ級に接近するまで、この艦はMSの攻撃に晒される。フラガにはその防衛を行ってもらう」

「なるほどな。で、どれぐらい凌げばいいんだ?俺のゼロ式には、ビーム兵器が無いぞ」

「発艦して2分だ」

 

 確信を持って言い切るイロンデルに、ブリッジは静まる。なぜそこまで自信があるのか、ラミアスには疑問に思えた。2分など、こんな風に話しているだけで過ぎてしまう時間だ。そんな僅かな間に、宇宙艦を行動不能にできるものか。

 

「そんな、不可能です!2分なんてたどり着くのが精一杯でしょう!」

 

 バジルールが当然の反応をする。確かに()()()メビウス・ゼロはMSを凌ぐ速度を持つが、2分では到達できない。

 

「私のゼロ式には『オーバーアチーブ』がある。この程度の距離なら、20秒も掛からない」

「馬鹿げた作戦だな」

 

 フラガが腕を組み、イロンデルの前へとやって来る。その小さな体躯を見下ろし、青い瞳と目を合わせる。

 

「…何か?」

「死ぬ気の人間に預ける命はねぇぞ」

「必要な犠牲だ」

「アホか。失敗して、この艦ごと沈むのがオチだ」

「やってみなければ分からんだろう」

「やるまでも無いって言ってんだろが」

 

 狭いブリッジで、2人が睨み合う。険悪な雰囲気がブリッジを満たす。

 

「分かれよ。ストライクを投入できれば、こっちの戦力は何倍にもなる」

「だからって民間人を巻き込むのか?我々は軍人だぞ。守るべき人を戦いに引きずり込んでどうする」

「それこそ、必要な犠牲ってヤツだろ」

「貴様っ!!」

 

 イロンデルがフラガの首に掴みかかる。が、容易く床に組み伏せられる。体格に差がありすぎる。腕を取り関節に逆向きの力を加え、固定する。

 背に乗ったフラガの片足に潰され、彼女が苦しそうな声を上げる。

 

「ぐっ、うぅ…」

「俺だってさ、好き好んで巻き込む訳じゃねぇよ。だがな、割り切るしかないんだ」

 

 もがく彼女をより一層強く押さえつける。呼吸音が断続的なものとなり、肺が空気を取り入れていないことを知らせる。

 

「フラガ大尉、力が強すぎます!」

「部外者は黙ってろ!」

 

 止めに入ったラミアスを一喝する。それ以上口を出してこない事を確認し、フラガは改めてイロンデルを見る。

 

「誰も巻き込まない。誰も死なせない。…そんな選択肢は無いんだ」

「う、る…い」

「お前の気持ちは分かるさ」

「…うるさい」

「でもあいつだって、こんな事は――」

「――だ…ま、れぇぇえええ!!」

 

 ――ペキッ――ドガッ!

 っという、間の抜けた音。それに続いて重い大きな音。

 

「なっ!?ぐぁ!」

 

 腕の関節を強引に外し、驚いたフラガが力を緩めた瞬間。拘束を振りほどいてその腹に両足を打ち込んだ。

 これには堪らずフラガは大きく下がる。

 

 ゆっくりと起き上がりながら、イロンデルは何度も息を大きく吸って肺に空気を取り込む。糸が切れた様に垂れ下がった左腕を庇いながら、フラガと相対する。

 互いに睨み合い、一触即発の緊張状態となる。そして一歩、足を踏み出した。

 

「し、失礼しまーす」

 

 が、突然ブリッジに聞こえた声に2人とも動きを止める。明らかに従軍者のものではない、怯えと緊張の混じった声。ブリッジにいる全員の視線が声の出処へと集まる。

 

「あ、え、っと…その。お、お邪魔でした?」

 

 メガネをかけた青年。たしか、ヤマトと共に居た学生だったか。彼に続いて3人、合計で4人が居るのが見えた。

 

「それは要件にもよりますが…まずは名前を名乗るのが礼儀ですよ」

 

 イロンデルは左腕を学生に見えないように隠す。血は流れていないが、服の下で赤く腫れ上がり民間人には刺激が強いだろう。先程までのピリピリした気配は鳴りを潜め、完璧に『民間人に求められる軍人』を演じる。

 

「相変わらず、名女優なこって」

 

 ボソリと呟くフラガを無視する。くだらない煽りに付き合う気は無い。そういう彼も、蹴られた腹をさすり痛みを誤魔化している様だ。

 

「は、はい。俺…じゃない、僕はサイ・アーガイル」

「ミリアリア・ハウです」

「トール。あ、トール・ケーニヒです」

「ぼ、僕はカズイ・バスカークと言います」

 

 先頭に立つアーガイルに続いて順に学生が名乗る。ヘリオポリスで保護した学生達。なぜ、ブリッジに来たのだろうか。戦闘を控えた今、大人しく区画に居てもらいたいのだが。

 

「本来なら民間人の立ち入りは禁止されていますが…。何か御用ですか?」

「あの…その。お、お手伝い。…できないかなって」

 

 おずおずと、アーガイルが言う。軍人と話すということに慣れていないのだろう。落ち着かない様子だ。

 

「手伝い…ですか?」

「この船、人手不足なんですよね」

「私達も、出来ることをしたいんです」

 

 ブリッジに居るものは誰も口にはしなかったが、その視線は1人に向けられていた。民間人が自ら戦いに参加したがるなど、先程の怒り具合からしてどうなるか分かったものではない。

 

 しかし、多くの心配を裏切りイロンデルは何も言わない。学生達の真意を探るように見つめているが、動きを見せない。代わりにフラガが対応を引き継ぐ。

 

「そうだなぁ…。通常なら民間人が軍事設備に触れるのは許されないが、今は状況が特殊だ。いいんじゃないか?なあ、艦長」

「え!?あ。は、はい。そうですね。力を貸して貰えるなら、こちらとしてもありがたいです」

 

 急に話を振られて、ラミアスは驚いた。形だけの艦長である自分に、気を使ったのだろうか。彼らの友人であるキラ・ヤマトはストライクの搭乗者だ。彼の信用を得るためにも、友人達が協力してくれるならありがたい。

 ふと、ラミアスの言葉を聞いたイロンデルが、ブリッジの出入口へと歩き出した。

 

「どこへ行くんだ?」

「頭を冷やしてくる」

 

 フラガの問に答えるが、その顔に表情は無く心中は伺えない。行動には出さないが、やはり不満なのだろうか。

 

「作戦はどうすんだよ」

「…分かってる。……割り切るさ」

「…そうか。なら、いい」

 

 学生の横を通り過ぎ、ブリッジから出ていく。

 その背中を誰もが静かに見送った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。