機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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「彼は小人だろ?」
「でも態度は大きいわ」
 
――『散満惨然産残譚』より(C.E.54年 出版)


第7話 信じるものは

 一旦、学生達には軍服に着替えてもらう事にして1人のクルーに任せることにした。ブリッジはつかの間の平静を取り戻すが、状況は何も変わっていない。今にも敵のナスカ級は横を通り過ぎ、『アークエンジェル』の行く手を阻もうとしている。

 しかし、ブリッジにいる者の関心は別にあった。

 

「彼女…大丈夫かしら」

 

 ラミアスが呟いたのは、先程ブリッジを出て行ったイロンデルについてのこと。あれほど荒れると、この後に控える戦闘に影響が出ることも十分に考えられる。限られた戦力しかない状況では、そういった事はなるべく避けたい。

 

「イロンデルの事か?アイツはあれで良いのさ」

 

 他の者と違いそれなりに長い付き合いのあるフラガは、イロンデルの行動を全く心配していない様だった。

 

「痛っ……。……あンのクソガキが…。本気でやるこたねぇだろうが……」

 

今も蹴られた腹をさすりながら、『ストライク』の運用を前提にした強行突破作戦を考えている。シミュレーションを動かし、成功確率を計算する。

 

「あんなに怒っていたのに、あれで良いのですか?」

「ていうよりあそこでキレてなきゃ、俺があいつを蹴り飛ばしてたな」

「……それは、何か事情が?」

 

 途中まで出来ていた作戦計画を、全て消去して白紙に戻す。どうやら上手くいかなかったようだ。

 

「そりゃあ、あるさ。デカい事情がな」

 

 ストライクの装備や発艦のタイミングを変更し、何度目かも分からないシミュレーションを繰り返す。MS4機を凌ぎながら、敵艦に損害を与えるという難問は、そう簡単には解けない。

 

「だが俺から話す気は無い。その件に関しては俺だって部外者だ。アイツにとって重要なのは、『民間人が巻き込まれるかどうか』。だからあの小僧の意志が分からないのに作戦に組み込む事にキレた。さっき来た奴らは自分の意志で手伝いたいって言ったからな。それを尊重したのさ。……クソ、囮作戦でいくか?いや、防衛の戦力を減らすってのは…。なぁ、艦長」

 

 作戦に悩み、ラミアスに助言を求める。『Xナンバー』の開発者ならば、知っている事も多いだろう。出せる知恵は総動員しなければならない。

 

「仮に『ランチャーストライク』で狙撃をする場合、どの程度の距離までなら、()()()命中させられる?」

 

 もし長距離の狙撃が可能ならば、大きなアドバンテージになる。奪われたXナンバーには、射撃支援機の『バスター』も含まれる。アウトレンジからの一方的な被弾は避けたい。

 

「それ程長くは無いわ。戦艦並の威力を持つ『アグニ』は、その威力と引き換えに精密性が低下。距離が長くなるほど、プラズマエネルギーが拡散しやすくなって、真っ直ぐ撃てなくなるの」

「あわよくばナスカ級を直接…なんて上手くは行かない訳か。振り出しに戻ったな」

 

 ガシガシを髪を掻き乱し、フラガは頭を抱える。先に艦を叩いてしまえば、後はMSに集中できる。戦場に置いて数は勝敗を左右する重要な要因の1つだ。その差を可能な限り縮めたい。

 

 何か手がいる。戦況を変えうる、大きな一手が。

 何度もストライクと『メビウス・ゼロ』の武装を確認し、想定される他のXナンバーの兵装をモニターに羅列する。どうしてもその差は埋まらないのか。

 と、そこで。その様子を見ていたバジルールが声を上げた。

 

「艦長。特装砲の使用を提案致します」

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 ストライクの整備を終え、ヤマトは居住区の廊下を歩いていた。先程友人のいた区画に戻ったが、アルスターを除いて誰もいなかった。

 あまり話したことの無い異性と2人っきりで居るのは、思春期の少年にとって難しい事だった。気恥しさから逃げたし、宛もなく歩いているのが現状だ。

 

 今、この船は『ヘリオポリス』の住人で溢れている。家を失った人。家族を失った人。重い雰囲気が漂い、誰も笑顔を見せない。それもそうだろう。これからどうなるのか。無事に安全な場所にたどり着くのか。そもそも、安全な場所に向かっているのか。

 何も『希望』が無いのだから。

 

「できた!」

 

 ふと、明るい声が響く。

 暗い静寂を打ち破る声に、ヤマトは発声源を探す。居住区の一画。硬く冷たい通路の上で、1人の少女を見つけた。 

 

「エル。他の人も居るんだから、大きな声を出しちゃダメよ」

「あ!ごめんなさい!」

 

 母親らしき女性に窘められるが謝る声すら大きい。なんというか、外見相応の活発な少女、という感じだ。周りの人間が肩を落とす中で、何故これ程元気なのだろうか。他の同年代の子供は静かにしているのを見ると、そういう年齢だから、という訳では無いだろう。何となく気になって、ヤマトは彼女の様子を観察する。

 

「あのお姉さんが何処に居るか、探さなきゃね」

 

 そう言う母親の手を握り、少女は駆け出した。ヤマトもこっそりとその後について行く。その探し人は誰なのだろうか。

 少し歩くと、少女の歩みが遅くなった。周囲は他と余り変わりのない十字路。彼女の目当てらしき人は見当たらない。

 

「あのね、さっきココでお姉ちゃんに会ったの!」

「じゃあこの近くに居るかもしれないわね」

 

 辺りを見回した母親が、ヤマトに気づく。少女の手を握ったまま彼の方へ近づいてくる。一瞬、付いてきたことを咎められるかと身構えたが、そのような様子は見られない。

 

「あの、すみません」

「は、はい。何ですか?」

「この近くで背の小さい、軍服を着た女の子を見ませんでしたか?」

 

 話しかけられ、少し戸惑う。しかし、彼女達の探している人物には心当たりがある。女の子と言われる軍人など、()()しかいないだろう。

 

「イロンデルさんの事ですよね。よかったらあの人の居そうな場所まで案内しますよ」

「助かります。ほら、エルも御礼を言って」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 元気な少女に手を握られる。何故なのかとその顔を見ると、眩しい程の笑顔があった。どうやら、連れて行ってと言いたいらしい。母親の方を見ると、困った様に眉をひそめながらも、どこか嬉しそうな顔をしている。

 無理に振りほどく訳にもいかず、幼子特有の高い体温を感じながら軍事区画を目指す。あの人の居場所を正確に知っている訳では無いが、ドックを去る際のイロンデルの様子からブリッジにいるのではないかという推測だ。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

「すみませんが、ここから先は関係者以外の立ち入りを禁止しています」

 

 未だブリッジには遠い、軍事区画と居住区の境。ヤマト達は足止めをくらっている。その通路に立つ軍人は、自分たちを通すつもりがないらしい。

 それもそうだろう。素性の分からない人物を、おいそれと重要な場所には入れられない。それはヤマトも納得できる。

 

 納得できるが。

 

「会えないの?」

 

 右手に感じる温度を、今一度しっかりと握り返す。納得する訳にはいかない。この船の中で唯一見つけた笑顔を、消してはいけない。

 少女の前に膝をつき、目線を合わせる。

 

「大丈夫だよ」

 

 胸元から『トリィ』を取り出し、少女に見せる。その本物の鳥に近い動きは、少女の顔から不安を取り除いてくれた。少女の肩にトリィを乗せ、自分も気持ちを落ち着かせる。

 

 もう一度、軍人と向き合う。

 この少女をイロンデルと会わせる。そのために自分ができること。

 

「イロンデルさんに…よ、呼ばれたんです。後で私の部屋に来なさい。って」

 

 嘘だった。軍人の鋭い目が、ジロリとヤマトを睨む。明らかに疑っている。

 

「見たところヘリオポリスの民間人の様ですが。何故大尉が呼んだのか、気になりますね。よろしければ理由をお伺いしても?」

「そ、それは…その…」

 

 言わなければ。

 言うのだ。

 自分は――。

 

「僕は…」

 

 ダメだ。怖い。

 もし言ってしまえば、自分を見る目がどうなるのか。

 また銃を向けられるかもしれない。今度は庇ってくれる人はいない。隣の少女も、その母親も、自分を拒絶するかも。

 なら何も無かったことにして、去った方が賢い選択では無いか。仕方ないが、少女には諦めて――

 

「お兄ちゃん?」

『トリィ…』

 

 その声に、思考に没頭していた意識を覚醒させる。少女が不安そうに自分の顔を覗き込んでいる。トリィも、持ち主の気持ちを慮がるように鳴く。

 

 そうだ。

 

 自分に言い聞かせる。

 誓ったではないか。例えどうなっても、少女を会わせてあげる。笑顔を消さない、と。

 

「僕はコーディネイターです」

 

 その言葉に、目の前の軍人は目を見張る。後ろにいる少女の母親が、息を飲む音が聞こえた。

 言った。言ってしまった。

 もう後戻りはできない。

 

「では君がストライクを…。なるほど、大尉に連絡を取ります。少しお待ちください」

 

 距離を取った軍人が、通信機を通して話し出す。その内容は聞こえない。ただ、チラチラとこちらに視線をやる。

 

「コーディネイター…だったのね」

 

 少女の母親の声に振り向く。自然と、少女の手を離す形になった。その目に敵意は無いが、少し警戒している様にも見える。当然だろう。

 母親は少女を自分の傍に引き寄せる。少女自身はその意味がわかっていないようだ。キョトンとした表情で、母親とヤマトの顔を見比べる。

 

「あの白いロボット。動かしてたのはあなた?」

「…は、はい。そうですけど…」

 

 何が言いたいのか。その真意を探りながら、慎重に会話する。しかし、その必要は無かった。

 

「ありがとうございました」

 

 お礼を言われた。何故か。

 

「見ていたんです。私たちの脱出艇を助けてくれたのを」

「…えっと。どう、いたしまして?」

「本当に、助けてくださってありがとうございました」

 

 そう言って深深と頭をさげた。

 

 なんと言っていいか分からなかった。ただ、自分が正しい事をしたのだと認められた気がした。トリィが自分たちの周りを、心地よい鳴き声をあげながら廻る。

 

 自分の居場所を見つけたような。救われたような気がした。

 

「大尉と連絡が取れました。こちらに直接いらっしゃるそうです」

 

 眉間に深いシワを作った、誰が見ても怒っているとわかる表情をした小さな軍人がやってくるまでは。

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