機動戦士ガンダムSEED Lucina   作:影尾カヨ

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例外があるなら、原則もあるはずだ

――『箱庭の底には』


第8話 渦中に惹く

 ブリッジを出たイロンデルは、自室の中で呻いていた。

 

「痛い…痛い痛い痛い痛い!」

 

 赤ん坊が泣くのは、母親を呼ぶという目的の他に、自身のストレスを和らげるという効果があるのだとか。つまり、本能だ。叫べる場所では思い切り叫んだ方が体に良いらしい。

 関節が外れた左腕を気遣いながら、上着を脱ぎ捨てる。鏡を見ると、肩が赤く腫れ上がっている。無理矢理外したのだから当然ではある。

 

『┐( ︶⌓︶ )┌』

「うるさいわね。自業自得だって分かってるわよ」

 

 バカにした顔を表示する『ネクサス』をベッドに投げ捨て、関節を嵌める事を試みる。まずは現状でどれ程動くのか確認する。

 肩は動かない。当然だろう。肘は半分程度で痛みに耐えられなくなる。手のひらはある程度動く。骨は折れていないようだ。

 

 腕をしっかりと固定しないと、治療は難しい。誰かに押さえて貰うのが1番だが、あいにく頼れる相手がいない。医務室へ行くのは最後の手段にしたい。限られた医療物資を消費したくない。強引にくっつけるか。

 

 右腕を大きくスナップすると、その手のひらに細いナイフが握られる。かつて友人が作った小道具の1つで、両腕の前腕に隠されている。彼女曰く、あった方がかっこいい。らしい。

 困る物でも無いので、両腕に着用している。

 

「全く、やってらんないわね」

 

 口癖をボヤきながら、シーツの1枚を適当に細く切り裂く。

 

「痛っ!い。ぐぅ…クソ」

 

 痛みに耐えながら、左腕をベッドの柵に結びつける。可能な限りしっかりと固定する。右手を左肩に当て、はめ込む準備をする。

 

「3カウントよ。…1。……2。……さn」

『(・◇・)』

「何?」

 

 いざ覚悟を決めた時、ネクサスが音を鳴らす。その直後、壁に設けられた通信機に着信があった。結んだシーツを解き、応答する。

 

「イロンデル・ポワソンだ」

『こちらイシュー・レジンです。お休みの所、失礼します』

 

 確か軍事区画の見回りをしている男だったか。わざわざ自分に通信を入れる理由は、思い当たらない。

 

「要件を」

『はっ!コーディネイターを名乗る少年が、大尉に呼ばれた、と言いまして。そのような連絡は無かったもので、確認を』

「コーディネイターの少年?…『ストライク』の操縦者の事か」

 

 彼とそんな会話はしていない。つまり本人が嘘をついたか、本人を騙る者か。後者ならば、色々問題がある。まあ前者でもそうだが。

 

「その少年の特徴は?」

『背丈は160~170。体格は標準。髪色は茶髪です。緑色の鳥のロボットを所持しています』

 

 間違いなく彼だ。

 では何故、嘘をついたのか。それを知るには、本人に聞くのが手っ取り早い。つまり、嘘に乗っかる事にした。

 

「ああ、確かに来るように言ったな。すまない。連絡を忘れていた。私の部屋まで案内してくれ」

『分かりました。彼の連れも同様でよろしいですか?』

「連れ?」

 

 同じ学生か。彼らは今はブリッジに居るはず。そう言えば赤髪の少女がいなかった。連れとは彼女の事だろうか。まあ通していいだろう。しかし、その予測は裏切られる。

 

『大尉よりも小さな女の子と、おそらくその母親です』

「何?学生ではないのか」

『その可能性は低いかと』

 

 思わずイロンデルは目を覆う。いや、まだそうと決まった訳ではない。一縷の望みをかけて、確認を行う。

 

「彼は()()()()コーディネイターを名乗ったのか?」

『はい』

 

 今度こそ顔を覆い、深くため息をつく。最悪だ。この後を考えるとむしろ都合がいい。しかし、それはそれだ。

 まさか、彼は自分の立場を理解していないのか。

 

『いかがしますか。連れの方々も案内を――』

「いや、私がそちらに行く」

 

 ただの民間人を招き入れる訳にはいかない。仕方ないがこちらから出向こう。

 イロンデルは脱ぎ捨てた上着を再び羽織る。袖を通したい所だが、あいにく痛みが酷い。せめて見られないよう、右腕だけ通して前を閉じる。

 

「イタッ。行くわよ」

『(^▽^)o』

 

 何が目的かは知らないが、せめてタイミングは読んで欲しい。そもそも何故コーディネイターを名乗ったのか問い詰めたい所だ。中途半端に力を込めた事で腕の痛みは悪化している。意識していないと自然と眉間にシワがよる。

 

「やってられんな」

 

 本当に、やってられない。

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

「あっ!迷子のお姉ちゃん!」

 

 イロンデルの姿を見た少女が、駆け寄ってくる。勢いそのまま、彼女の胸に抱きつく。上着の中の左腕を巻き込む形になり、イロンデルの体を痛みが駆け抜ける。

 

「こぉ!こ、こんに、ちは。迷子の少女さん」

 

 なんとか表情を取り繕い、それでも片眉を歪ませながら少女を受け止める。痛い。痛いが、子供の前で泣き叫ぶのはダメだ。

 

「エル、急に抱きついたら危ないわよ。すみません、…えっと、イロンデルさん…と、お呼びすれば良いかしら」

「構いませんよ」

 

 母親が少女を引き離す。痛みから解放され、イロンデルは目の前の親子に分からないよう深く息を吐く。

 

「ほら、エル。イロンデルさんに渡す物があるでしょ?」

 

 母親が促すと、少女はポケットから何かを取り出した。青いそれは、イロンデルは何か分からない。

 

「これ!あげる!迷子のお礼!」

 

 つい数時間前、初めてこのような宇宙艦に乗り迷子になっていた少女を助けた。そのお礼ということか。わざわざ貰うものでもないが、邪険にしては可哀想だ。

 

「これは…?」

 

 手に取って観察するが、イマイチ理解できない。三角、四角、そんな幾何学の集まりが1つの形を作っている。手触りからして、紙でできているようだ。裏返したり、回してみて眺める。全くの不明だった。

 そんな様子に痺れを切らしたのか、少女が頬を膨らませて言う。

 

「折り紙!ツバメなの!」

「オリガミ…?」

 

 聞き覚えのない言葉に、思わず聞き返す。随分間の抜けた声が出てしまった。確か、昔読んだ本にそんな言葉が、あったような。無かったような。

 

「オーブの文化です。1枚の紙を折って色んな形を作る。動物とか、植物とか。昔は別の国の伝統文化だったらしいですけど」

 

 ヤマトの説明に、こんなものが1枚の紙でできているのかと不思議に思う。眺めるだけでは全く想像できない。

 その全体の形を見ると…なるほど。確かに翼を広げたツバメに見える。

 

「イロンデルって、ツバメのことなんでしょ?私調べたの!」

「えぇ…よく分かりましたね」

 

 興奮気味に喋る少女の頭を撫で、落ち着かせる。

 青いツバメ。イロンデルそのものを示すという事か。

 

「この子が1人で作ったんですよ。ちゃんとお礼がしたいって」

 

 よく見ると、端の部分が綺麗に合わさっていなかったり、折った箇所が歪んでいたり。どこかに拙さを想起させる。

 少女を見ると、頑張ったんだ。と、証明するようにその胸を張っている。ふんすっ!と、鼻で息を吐き、ドヤ顔が顔いっぱいに広がっている。

 

「ありがとう。エル」

「いへへ〜。お姉ちゃんもありがとう!」

 

 眩しい程の笑顔。こちらまで釣られてしまいそう。

 

 ――やはり言わない方がいいだろう。わざわざ暗い事を言う必要も無い。イロンデルはそう決めると、迷っていた言葉を胸にしまい込んだ。

 

「これは宝物にします」

「うん!大事にしてね!」

 

◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥◣◥

 

 元気よく手を振り去っていく少女を、見送る。

 

「またね!お姉ちゃん!」

「ええ。また会いましょう」

 

 イロンデルも優しく手を振り返し、その姿を送る。

 

「またね!」

「ええ、また」

 

「絶対ね!」

「ええ、必ず」

 

 やがて通路の曲がり角に消えるまで、そのやりとりは続いた。

 幼いなりに理解しているのだろうか。軍人という仕事が、どのようなものか。ついさっきまで話していた人が、出撃から帰ってくると死んでいる。――そんな世界を。

 

「それじゃあ、僕も戻ります」

「はい、そうですね。――とでも言うと思いますか」

 

 故に軽々しく、しかも無自覚に、片足を突っ込んだ少年を、見過ごす訳にはいかない。

 

「レジン一等兵。この少年を通すぞ」

「はっ!大尉の監視下ならば問題ありません」

「聞きましたね。ついてきなさい」

「は、はい」

 

 冷ややかな眼でヤマトを睨むと、彼を連れ立って歩き出す。

 

「あの…」

「黙ってついてくるように」

 

 質問も許されない。その声には怒気が含まれている。

 ヤマトもそれ以上は口を閉じ、おずおずと小さな軍人の後をついて行く。

 

 張り詰めた沈黙の中を歩くこと数分。

 

「入りなさい」

 

 彼女の部屋に通される。無機質な灰色の部屋。重力は変わらないはずなのに、踏み入った瞬間に体に重くかかるプレッシャーを感じる。これから何が始まるのか、ヤマトは予想できない。

 

「どうぞ座ってください」

 

 促されるまま、置かれた椅子に腰掛ける。1つしか無いので、イロンデルはベッドに座る。

 

「さて…さてさてさてさて」

 

 カツカツ…と、声に合わせて床を鳴らす。その度に、ヤマトは体が重くなるように感じた。

 

「さてさて。何から話しましょうか」

 

 今まで見たこともないような冷たい眼。無意識に、ヤマトの喉は唾を飲む。その小さな体躯からは想像できないようなプレッシャー。嫌な汗が頬を伝う。

 

「そうですね…。貴方は、何故ここに連れて来られたか分かっていますか?」

「貴女に呼ばれたって言ったから、とかですか?」

 

 その答えにイロンデルは深くため息をつき、目を覆う。望む答えでは無かったようだ。肺の中の空気を全て出したのでは無いかと思う程の、長いため息の後。指の間からヤマトを見つめる。

 

「コーディネイターを名乗ったからです」

「それは…でも、そうしないと貴女に会えないと思って」

「貴方はその意味を分かってない」

 

 ヤマトの言い訳を遮り、少し語調を強める。それほどに重要な事だ。

 

「民間人の居る所で、自分から名乗る事の意味。少しは考えてみると分かると思いますが」

 

 どんな意味があるのか。ヤマトは考える。しかし、いくら考えてもそれらしい答えは出てこない。

 

「わ、わかりません…」

「はぁ〜〜〜〜…はっはっはっは」

 

 ため息からそのまま、乾いた笑いが狭い部屋に響く。明らかに呆れている。

 

「あそこにいた親子にとって、貴方はヒーローなんです。それは分かりますね。…分かってくださいますね?」

「ヒーローって…そんな」

「大袈裟だと思いますか?言われたんじゃないですか?『守ってくれてありがとう』『貴方は命の恩人です』『貴方がいて良かった』。そんな言葉を」

 

 確かに言われた。おずおずと、肯定の意を込めて頷く。

 

「貴方はこれから、戦うことを望まれるようになります」

「え」

「当然でしょう」

 

 イロンデルはベッドから立ち上がりヤマトの前までやってくると、その胸に指を当てる。

 

「ヒーローに助けを求めるのは、物語の定番です。それも、不安な状況に置かれているのなら尚更」

 

 指を今度は眉間に移し、まるで銃を構えるような手を作る。

 

「あの親子には言いませんでしたが、まもなくこの艦は戦闘に突入します」

「っ!」

 

 思わず席を立ちそうになるが、眉間を抑えられて動けない。代わりに心臓の鼓動が速くなる。ようやく、ヤマトも彼女が何を言いたいのか分かった。

 

「私たち軍人は、当然戦います。それは報酬として給料が貰えるという俗物的な考えがあったり、この艦を守りたいという英雄的な志があったり。はたまた自分が死にたくないという本能的な願望があったり。戦う理由は様々です」

 

「しかし貴方が戦う時、何をその胸に抱くのか。それを気にする人は誰もいません。貴方に期待されるのは、戦って戦って戦って。さながら絵本に出てくるヒーローの様に、その身を削って人を守る事のみ」

 

「負けること、逃げることを許されない、軍人とは全く異なる立場に、今の貴方は置かれています」

「ぼ、僕はそんなつもりであの人達を助けた訳じゃ――」

「貴方の意思は関係ない。善意で助けられた人間は、助けた人に依存する。軍人があくまで職業なのは、ビジネスで戦う為です。英雄にならない為に」

 

 ――貴方はそのラインを超えてしまった。しかも無自覚に。

 

 そう言うとイロンデルは数歩下がり、ヤマトと距離をとる。背中や頬を嫌な汗が流れ、心臓は今にも飛び出してしまいそうな程にうるさい。

 彼女が何を言っているのか、完全に理解した訳では無い。それでも何を言いたいのかは分かった。

 

「僕は…僕は…どうすれば、いいんですか」

 

 縋るような、救いを乞うような眼をして、震えた声を絞り出す。

 

「私が何とかできれば良いのですが。しかし貴方は無自覚とはいえ、自分から英雄となった。…いや、なってしまった」

 

 イロンデルは冷たく言い放つ。

 

「私は…貴方に戦って欲しい。私たちだけではこの艦を守れない」

 

 イロンデルは唇を噛み締める。こんな事を言わねばならぬのか。まだ10代の子どもに。

 

「戦力が必要なんです。…貴方(ストライク)という力が」

「…戦わなきゃ、いけないんですか」

 

 己の力不足を悔いる。自分がもっと強ければ。こんな事にはならなかった。

 

「…どうか。お願いします」

「…」

 

 ヤマトは考える。自分は戦いたくなどない。しかし逃げ出したとて、どうにもならないだろう。もし逃げた事が周囲に知られたら、今度こそ拒絶されるかもしれない。あの母娘にも、軽蔑されるかもしれない。

 

 嫌だ。怖い。戦えば死ぬかもしれない。

 

 だが、拒絶されるのは…もっと怖い。彼女達と共に戦えば、コーディネイターであることも受け入れてもらえるだろうか。

 

「わかり…ました。……僕も戦います」

「――ッ!…ありがとう…ございます」

「今回だけです。今回だけ…皆を守るために」

「ええ。…ええ。それで構いません」

 

 ヤマトの言葉に、イロンデルは深く頭を下げる。1度だけ。…そう、1度だけだ。金輪際、こんな事はしない。

 

「おーい、イロンデル。作戦が決ま――。なんだ、小僧もいたのか」

 

 不意に扉が開き、資料を持ったフラガが入ってくる。

 

「…フラガ。彼は協力してくれるそうだ」

「よし。なら作戦の変更は無しだな。一緒にブリッジへ来てくれ。概要を説明する」

「了解…と、言いたいところだが先に行ってくれ。まだ腕がハマってない」

 

 上着の前を開く。ヤマトの目が驚いたように開き、逸らされる。やはり刺激が強かったか。

 

「なんだ。まだだったのか。何なら俺が嵌めてやろうか?」

「ふざけるな。お前は雑なんだよ」

「へぇへぇ。なら一人でやりゃいいさ。ブリッジで待ってるぜ」

 

 ヤマトを連れ立って、フラガが退室する。1人残ったイロンデルは、バタリとベッドに倒れ込む。虚ろな目で天井を睨み、少年とのやり取りを思い返す。

 

「……クソッ…」

 

 彼を追い詰めた。逃げ道を塞いだ。巻き込んだ。

 

 仕方の無い事だ。…とは、思わない。きっと、どこかで間違えた。もっと上手く動けば、彼を戦場に送らない道もあっただろうか。

 いや、そもそも自分の命が惜しいだけだ。最初の作戦ではストライクを勘定に入れていない。学生達が志願しなければ、フラガの言葉に折れる事も無かった。

 

「…ダメだな、私は」

 

 今さら何を考えているのやら。少年の参戦は決定事項。学生の志願も今は昔。部屋でうじうじ後悔している自分より、よっぽど誰かの役に立とうとしている。

 

『(´-ω-`)』

 

 小さな電子音と共に、ネクサスにある1文が表示される。電子書籍としてダウンロードした本にある言葉だった。

 

「『過去を振り返るのは余裕のある時にしろ』…ね。全く、変な本ばっかり入れるんじゃ無かったわ」

 

 下半身で反動を付けて、一気に起き上がる。肩に激痛が走るが、気にしていられない。やるしかないのだ。軍人として、給料分の仕事はこなさねばならない。

 

「…我ながら下手な言い訳ね」

 

 彼を巻き込んだ責任を果たす。今考えるのは、それだけにしよう。

 

「3…いえ、2カウントよ。グズグズしてられないわ」

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