――『未知の道』(C.E.46年 出版)
ブリッジの大型ディスプレイに、組み立てた作戦が表示される。
「こんな作戦、聞いたことがないな」
母艦を囮にした、単騎での敵機強襲。
もし平時にこんなものを立案した奴がいたら、ぶん殴って二度と作戦を任せない。今この状況でも、無謀だと却下するのが普通だ。
「どうせ貴様の案なのだろ、フラガ」
それを思いつき、ましてや実行しようとするのはこの場においてただ1人。この無謀者。
ご明察。とでも言うように、彼は口角を上げる。
「私の案とさほど変わりない様に見えるが?」
「いんや、俺のは全員生存を視野に入れてる。お前の自殺志願と一緒にすんなよ」
「ふん、どうだかな」
イロンデルはもう一度、作戦の詳細を確かめる。
機関を停止したフラガ機が、発進時の慣性のみで前方のナスカ級に接近。敵艦エンジン部に照準点を設定し、そこに『アークエンジェル』の特装砲――陽電子破城砲『ローエングリン』――による狙撃を行う。というもの。
照準点を付けた際に敵に見つかるだろう。が、ナスカ級の搭載兵器だけであればフラガの腕なら容易に振り切れる。その時点でMSはアークエンジェルへの攻撃に集中しており、ナスカ級の防衛は手薄になっている。…だろう。という判断だ。
「強襲役はもちろん俺が行く。奴らの狙いである『ストライク』と、ビーム兵器を装備したイロンデル機は、艦の防衛に専念してもらう」
「ナスカ級との距離から考えて、稼ぐ時間は15分程度です。本来強襲揚陸艦であるアークエンジェルにも、ある程度の武装が整っています」
雑にデータを見るだけでも、今までの地球軍の軍艦とは比較にならない豊富さだ。対空兵装、主砲、副砲に加え、件の特装砲まで備えている。1つの軍艦が持つのには、過剰とも呼べるかもしれない。
「幸い、学生達がブリッジの仕事を引き受けてくれたおかげで、正規兵を武装担当に回せます。自動制御がほとんどを担っている事もあり、使用が制限されるものはありません」
「ならこの艦そのものも戦力になる。敵が『Xナンバー』を投入してきても、時間稼ぎは可能だ」
敵母艦をメインエンジン損傷に陥れることがてきれば、敵は撤退するはずだ。要塞『アルテミス』の前で航行不能になるのは避けたいだろう。
「分の悪い賭けだが、今できる最善か」
「では各員、配置に着いてください。パイロットの準備が整い次第、作戦を開始します」
ラミアス大尉の号令で、ブリッジの全員がそれぞれの持ち場へと歩き出す。
「行くぞ、イロンデル」
「ああ。ヤマト君、こちらですよ」
「あ、はい!」
何をしてたらいいか戸惑っている様子の少年に声をかけ、イロンデルはフラガとともにブリッジを退出する。
初めての本格的な戦闘に、張り詰めた空気がアークエンジェル全体に広がっている。そんな中で自然と足取りも早くなる。
イロンデルは、ヤマトの表情が暗い事に気がついた。
「あまり気を張っていては、空回りしてしまいますよ?」
「…何で皆が協力してるって言ってくれなかったんですか」
じとっとした目で睨まれる。皆、というと他の学生達の事だろうか。
「必要無い。と、判断したからです」
「先に言ってくれれば、わざわざ頭を下げてくれなくても協力しました」
声に苛立ちが見えるのは、疎外感からだろうか。仲間はずれにされたとでも考えたのか。
「だからですよ」
「え?」
「生半可な気持ちで戦場に出た兵士は、大抵の場合に無駄死にします。『誰かがやってるから』『皆と一緒がいいから』。そんな理由で戦って欲しくなかったんです」
「そんなこと…」
無いとは言えない。と、ヤマトは思う。自分は強気な性格では無いし、周りに合わせる事も今まで何回もあった。
「……」
「貴方が戦うのは『皆を守りたい』から。という、貴方自身の気持ちを持っていて欲しいんです」
イロンデルは彼には決して話さないが、友人たちの事を言わなかったのにはもう1つの理由がある。
あくまで彼を巻き込んだのは自分である、という責任を負いたかったのだ。ワガママや自己満足の類だが、友達を言い訳にしたくなかった。友情は、時に深く人を傷つける物だと、イロンデルは身に染みて思っている。
「ここが更衣室だ」
中に入ると、パイロットスーツの並ぶ棚に近づく。イロンデルやフラガの物と違い、Xナンバーのパイロット専用の青い物。その中の幾つかを取り出す。
「ヤマト君、君の身長は?」
「160ちょっとですけど…」
「あぁ…、ならコレですかね」
1つをヤマトに渡す。最も小さいサイズであるが、それでも少し大きいはずだ。元々、モリナガ達正規のパイロット用のサイズなので、それで我慢してもらうしかない。
「では着替えてください」
「あの、どうやって着るのか知らないんですけど…」
それもそうか。
「単純ですよ。服を脱いで、足から通すんです」
「服を脱ぐ…って、全部ですか!?」
顔を赤くしたヤマトが叫ぶ。
「脱ぎたければどうぞ。肌着の上からでも問題は無いですが」
「あっ!そ、そう。そうですよね!すみません、早とちりしちゃって」
ポットを置けば湯が沸きそうなほど赤い。横を見れば、同僚は笑いを堪えきれていない。
「ククッ!別に裸で着る奴は多いぜ?誰も気にしやしねぇよ」
「そう揶揄うな。脱ぐにしても脱がないにしても、早く着替えましょう」
ファスナーを下ろし、イロンデルは雑に上着を脱ぎ捨てる。彼女の場合はインナーを着る必要があるので、肌着も全て脱ぐ。
「えっ!ちょ…!え!?」
「おいイロンデル。思春期の少年の前で肌を晒すなよ」
「ん?あぁ、これは失礼」
上着を手繰り寄せ、その体を隠す。自分の体があまりに幼いので忘れていた。フラガのような昔から付き合いのある同僚ならともかく、よく知らない未成年の前でみだりに見せるものでは無い。
「先に男が着替えるから、ちょっと外で待ってろ」
言われるまま、更衣室から出る。することも無く、手持ち無沙汰に壁にもたれ掛かる。
「…暇ね」
『┏( .-. ┏ ) ┓』
男が着替え終わるのを待ちながら、両手でナイフを弄ぶ。先程嵌めた左肩は、正常に動くようだ。
「アプリコットが飲みたい…」
あの甘酸っぱい琥珀色を思い出す。そういえば最後に飲んだのはいつだったか。記憶を辿れば、随分と前の事だと自分で驚く。『ヘリオポリス』への護衛任務が終われば飲もうと思っていたのだった。この状況では、もう少しお預けだろう。
「やってらんないわね」
楽しみが遠のいた事に、愚痴がこぼれる。
いや。もしかしたらアークエンジェルの積荷の中にあるかもしれない。軍艦に積むようなものでは無いが、嗜好品という意味では有っても不自然ではない。この作戦が終わったら探してみようか。
「楽しみが増えたわ」
まあ無い時は無い時だ。代わりになる物はあるだろう。
「何が楽しみなんだ?」
扉が開き、紫のパイロットスーツを着たフラガが出てくる。後ろに同じように着替え終わったヤマトを連れている。
「こっちの話だ」
「そうかよ。さっさと着替えてこい」
「わかってる」
更衣室に入る直前、ヤマトとすれ違う。一瞬目が合うが、すぐに逸らされてしまう。いきなり肌を見せてきた相手故に、気まずさなどがあるのだろう。
言葉を交える事無く、扉が閉まった。
手早く服を脱ぎ捨て、インナーとパイロットスーツを身につける。今まで何度もしてきた事だ。
3分もかからず着替え終わり、2人と合流する。
「さて、行くか」
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「『メビウス・ゼロ』は2機共、1番カタパルトに配置するんだよ!ストライクは2番だ!」
「『ランチャーパック』、準備できました!」
「外部ケーブルの接続急げ!」
格納庫に声が響く。
3人のパイロットは、そんな作業員が未だに忙しなく動く中を歩く。
「じゃ、お先。戻ってくるまでこの船、沈めるなよ?」
「フン。貴様こそ、流れ弾に当たったら笑い話にもならんぞ」
「ハハッ。確かに言えてる」
床を蹴り、フラガが自機へ離れていった。彼が搭乗次第、作戦が始まる。
「我々はフラガのゼロ式が発進した2分後、同時にアークエンジェルから出撃します」
ストライクへ向かうヤマトに付き添いながら、イロンデルは作戦の詳細を確認する。
「前方のナスカ級。後方のローラシア級。どちらからどの機体が出てくるかは不明です。なので前もってどのXナンバーを相手取るか、決めておきましょう」
実際には乱戦になるだろうから、ある程度のものでしかないが。
「目下、最も警戒すべきは『バスター』と『イージス』です」
「イージス…ッ!」
ヤマトがその名前に反応を示す。そういえばヘリオポリスで交戦経験があったか。
「それぞれの装備は、一撃でこの艦に大きな損害を与えることができます」
アークエンジェルの装甲材質は、ラミネート装甲と呼ばれる。これはビームによる攻撃を受けた時にそのエネルギーを熱に変換し、装甲全体に広げることで、損傷を軽減するという代物である。故にビーム兵器への耐久力は高いが、逆に実弾兵器には効果が期待されない。また、熱エネルギーの許容限界も決まっている。
強力な実弾兵器を多数装備する、バスター。『アグニ』に匹敵する威力の『スキュラ』を撃てる、イージス。どちらかでも見逃してしまえば、手遅れだ。
「貴方にはバスターの相手をして欲しい」
Xナンバーに共通して備わるフェイズシフト装甲なら、バスターの実弾兵器に耐えられる。また、バスターは遠距離支援機であり、距離を取られるとゼロ式では迂闊に艦から離れる事になってしまう。
射程の長いアグニを装備した『ランチャーストライク』なら、アークエンジェルに取り付いたまま防衛できる。
「イージスと…そうですね、『デュエル』は私が引き受けます」
デュエルは最初に開発されたXナンバーである。フレームや装甲などの実機テストを行う試験機としての面が強い。武装もオーソドックスで、特別なものもない。
残りの1機――『ブリッツ』は、アークエンジェルに任せよう。装備はビーム兵器と、徹甲弾。ある程度ならラミネート装甲で防げる。
「2機を相手にするって…できるんですか?」
「…やらなきゃいけないんですよ」
不安げなヤマトに返す。
そう。やらなくてはならない。やるしかないのだ。
『メビウス・ゼロ、フラガ機。発進どうぞ!』
「…この声、ミリアリア?」
アナウンスの声がし、オレンジ色のゼロ式が宇宙へ出ていく。通常の発進と違い、スラスターの光が無い。
「そろそろ始まります。また後で会いましょう」
「…わ、わかりました」
「怖い…ですか?」
「…はい」
震えた声の少年に優しく問いかける。怖くて当然だ。これから始まるのは、戦争の一端。殺し合い。気を抜けば死ぬ。そんな場所。
昨日まで…いや、数時間前まで普通の学生だった子供に見せるには、あまりにも醜い世界。ましてやその中に飛び込むとなれば、その恐怖はどれほどだろうか。
「貴方は何故戦うんですか?」
「え?皆を守るため…って、イロンデルさんも言ってたじゃないですか」
更衣室に向かう通路でも似た事を話した。
「そう、貴方は皆を守ってください。そして、貴方を守るのが私の役目です」
「僕を…」
「こう、手を出してください」
「…こうですか?」
手のひらを上にして、両手を前に伸ばす。何かを差し出す様な仕草。
「目を閉じて」
「目…?な、なんでですか?」
「おまじないですよ。昔、友人が教えてくれたんです」
ゆっくりとヤマトが目を閉じる。その無防備な手のひらに向かって、イロンデルは思い切り己の両手を振り下ろした。
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カタパルト上のストライク。その操縦席の中で、ヤマトは何度も拳を握り、開く。スーツの上からは分からないが、痛みを持ち、熱を感じる手は、赤くなっている事だろう。
彼女も強く叩きすぎたのか、ヒラヒラと痛みを誤魔化すように手を振っていた。
「今の、この手の痛みを覚えてください。それがある間、貴方は間違いなく生きています。痛みは、生きているという事に客観的事実を与えてくれる。…と、言うのが友人の言い分です」
イロンデルに言われた事を思い返す。
「どうせその場で適当に言っただけでしょうけど」
などとその後に言って笑っていた。実際にどのような効果があるのか分からないが、心配されているような気がした。
今一度、手を握る。
「…大丈夫。あの人が守ってくれる」
口にすると、驚くほど心が落ち着いた。出会ってからまだ長い時間は経っていないが、何となく頼りになる人だと思っている。大きく息を吐くと、ヘルメットのバイザーが少し曇る。
『やっほー。キラ』
「ミリアリア?何で?」
通信用ウィンドウに表れたのは、友人の顔だった。さっきのアナウンスも彼女の声だった。そういった役職の手伝いだろうか。
『MA及びMSの管制を担当するから、よろしくね。と言っても、イロンデルさんには「私は後回しで良いのでヤマト君の方に集中してください」っ言われちゃったんだけど』
「ハハッ。あの人なら言いそうだ」
『もうすぐ出撃です。キラ・ヤマト、稼働状態で待機せよ』
少しふざけているのか、そんな軍人口調で言われる。
「キラ・ヤマト、了解しました。命令まで待機します」
こちらもわざとらしく背筋を伸ばした敬礼をする。見様見真似なので、本職の人が見たら馬鹿らしく思われるだろうか。
軽く笑いあった後、通信が終わる。友人との会話で、肩の力が抜けるのを感じた。そう、自分は独りじゃない。守りたい人。守ってくれる人がいる。
ストライクを起動すると、正面モニターにOSが表示される。
General
Unilateral
Neuro-Link
Dispersive
Autonomic
Maneuver Synthesis System
「
誰にも聞こえないよう、小さく呟く。
ガンダム。何となくそう読んだ。深い意味はない。自分が乗る機体なのだ。好きに呼んでもいいだろう。肩肘張っても良いことはない。あの人も、そんなことを言っていた。
なら、自分にできる最善を。
みんなを守ること。
それにだけ、集中すればいい。
『ストライク、発進どうぞ!』
アナウンスが聞こえた。操縦桿をしっかりと握り、ペダルを踏み込む。
「キラ・ヤマト、『ガンダム』。行きます!!」