~夏逢視点~
彼女の姿が完全に消えてからやっと落ち着いた。正直、余裕な振りして冷や汗がとまらなかったのだ。
そもそも、暁美ほむら。顔が動かなさすぎるんだよ……。おかげで、渡した情報に満足したかすら分からず、いつまた銃を向けてくるか心配だった。だが、なんとか彼女の及第点には届いたようだ。
「私がつい撃ってしまったのが原因だから自業自得と言えばそうなのだがな。ともあれ、これでやっと腕の練習ができる」
そう言いながら左の手袋を外して、見えるようにした。そして、先程やったように手だけを残して細長い触手を生やしてみる。すると、腕の骨以外の部分を使って触手ができ、元の左腕は手首から下は骨のような細い棒だけとなった。
「なるほど、質量保存の法則は変わらないと」
というか、この左腕はなんなのだろうか。動く金属のように見えるとはいえ存在する金属とは違うし、この様子だと酸性の液体につけても溶けなさそうである。
まあ、考えたところで仕方ない。今度は腕を元に戻して、手首から先を丸ノコのような形にする。
回転するように思考すると、動力もないのに普通に動く。近くに置いたままのパイプ椅子に当てると綺麗に切断できた。
「これなら割りと自由な動きもできそうだな」
次は左腕をわざと付け根から離してみる。左腕はプルプルと震えたかと思うと、丸まって動きが止まり静止した。そのまま、動くまで数分待ったが動く気配がないので、試しにジャンプするように思考してみるとその通りに跳ねた。
「分離しても動かせるのか。なら切り落とさせてからの後ろから攻撃ということも可能か」
ちなみにこんなことして左腕に血液が通っているのかだが、通っていない。それなのに手から伝わる感触もあれば寒さや暖かさも感じる。血液が通っておらず、切り離しや変形出来ることを除けば普通の腕と変わりはないのだ。ただ、痛覚の有無についてはまだ分からない。確かめるために自分で攻撃することも考えたが、破損して戻らなかった時の事を想定するとやるつもりはなかった。
「こんなものかな」
腕を戻し、手袋をつけた。そして、私が彼女に撃った時についた銃痕を探す。
見つけたので、それを塞ぐ為にその銃痕に触れて壁と同じ素材を創造して穴をふさいだ。
「うむ、我ながら良くできたな」
壁は銃痕の後も残さずに綺麗に塞がった。これだけでは硝煙を誤魔化せないが生憎と時間がないので硝煙については放置することにした。
どうせ、撃ったことがばれたとしても銃弾は壁の中。例え、傷付かずに取り出せたとしてもライフリングから辿られる心配もないだろう。
まあ、めんどくさい話しは置いといてだ。
「お腹が空いたな」
適当な腕時計を創造して時間を見ると一時を過ぎた辺りだった。
お昼は何を食べようか。この前行ったラーメン屋にするか。それとも何か新しい店を探すか。まあ、気楽に歩くとしよう。どうせ、今日の予定はもうないのだから。
私は、私を見ている視線に気付かないまま、逸る気持ちを抑えてビルを出るのだった。
♢♢♢♢♢
あの後ラーメン屋へと向かい、今度はラーメン二杯に餃子を三皿も食べてしまった。店員にはやはり、変なものを見る目で見られたが無視して食べ終えた。
「あー……。満腹っ」
満腹感でいっぱいなお腹をさすりながら家へと帰る。家のドアを開けようとして、気になり家を観察してみる。家は二階建てで庭付きの何気に広い一軒家だ。二人だけで住むには割りと豪華な家に住んでたんだなと思う。
そう言えばこの時間、爺さんは何してるのだろうとふと疑問に思い、音を立てずに玄関を開けた。
玄関を開けるとテーブルの上に長い筒の古びた銃を置いて、それを整備している爺さんがいる。爺さんは私に気付いて手を止めた。
「おや、お早いお帰りじゃな」
「ただいま。その銃は?」
そう聞くと微笑みながら天井を見上げ語り出す。
「これはわしの若いころから使っている銃じゃよ」
そう言われて銃をよく見ると何度も何度も直しているのか、新しい部品や古い部品が入り雑じっており、大事に使い続けたのが窺える。
更に観察しようとしたが、そこで爺さんが作業を再開しながら話す。
「そう言えば朝に学校の話をしたじゃろ。手続きは済ませておいたぞ」
「随分早くないか?」
「……どうせわしからしてやれる事は少ないからの。それに彼女との戦いまでに時間があるわけでもない」
爺さんは悲しそうな顔をしながら、続ける。
「老兵からの贈り物とでも思ってくれ」
「わかった。ありがとう」
そう答えると満足そうな顔をする。そして、何かの冊子を渡してきた。
「これがその学校のパンフレットじゃな」
そこには見滝原中学校と書かれていた。学校の様子は今年の夏休みの間に改装したらしく、ホワイトボードや収納可能な机と椅子、更にノートパソコンを使った学習もあると、普通の中学校とはかなり違った様子だった。これだけ充実しているのだから私立なのかと思ったら市立と書かれており、公立なのが分かる。
「ちなみに何時から通うことになるんだ」
「明日じゃの」
「そうか、明日か……。明日!?」
いきなり明日とか言われても非常に困る。教材の用意や、パンフレットを見た限り制服の用意もできていないのに明日って。
「教材の準備は全て終えておるぞ。制服はせっかく能力があるんだから自分で創ればええじゃろ」
「それはそうだが……」
それでも早すぎる。初めての学校なんだから心構えも出来ていない。
私がうんうん唸っても爺さんはそれを放置して、銃を片付ける。
「ま、部屋でゆっくりと明日に備えて休んでこい」
そう言って爺さんは車椅子から立ち上がって二階に上がっていった。
……いや、歩けるのかよ。
~お爺さん視点~
わしは二階のベランダで椅子に座っていた。隣に置いておいたテーブルの上のコップに酒を入れ、ゆっくりと飲む。
「今夜はいい月だ。そうは思わないかね。女神よ」
テーブルを挟んでむこうにある空いた椅子に気配が沸いたので話し掛ける。
「月なんて久しぶりに見たわ」
そう言って虚空から赤色の盃を出して、それに酒を注ぐ。
「それにしても学校ねぇ。貴女がそんなことを言うとはね」
彼女に言われてこの関係の初めを思い出す。彼女とは私が操り人形にされていたときに助けられたのだ。それからは彼女に仕えている。
「なーに。弔いばかりしてきた人生だ。少しぐらい後進の為に行動したくなっただけさ」
それを聞くと彼女はわしを見てきて思い詰めたような顔をする。
「貴方、まさか死ぬ気?」
「というよりは体にガタがきてのぉ」
「……貴方なら此方側に来ることもできるでしょ」
「それは出来んよ。わしは昔から獣を狩ってきた。その獣に成り果てるのは今まで狩ってきた獣に対する冒涜じゃよ。ま、既に半分そちらに足を突っ込んでおるがの」
彼女は俯いてボソボソと話す。
「……だからって死ぬことはないじゃない」
「お主も同じような事をしようとしてるじゃろ」
それを聞いて、苦虫を噛み潰したような顔をする女神。盃を置いて彼女の頭を撫でる。
「引き継がせる時がきただけじゃよ。なに、心配はいらんじゃろ。彼奴の様子を見てる限り死者を冒涜するような真似はせん」
「……そうね。次を任せてもいいとは思えるわね。だからこそ、こんな役回りを押し付けた」
そう言ってぐいっと酒を飲み干す彼女。空になった盃に並々に注ぎ直す。そして、やけ酒と言わんばかりにまた飲む。
わしは、それ見て苦笑いを浮かべながらも己の盃に映る月を見て、雰囲気に酔いしれる。
女神は気付いていないが、あの若者が彼女を殺す力を手に入れる事は殺すも生かすも自由ということ。彼奴は巻き込んで殺してしまった人の話を聞いた時に悲しそうな顔をしていた。そんな彼奴が、いったいどんな結末を望むのか、楽しみじゃわい。
「にしてもあいっかわらず、不味い酒ね」
「……余計なお世話じゃ」