鞘に斬魄刀を納めて、閉じていた目をゆっくりと開く。
するとどうだろう、斬ったと思った相手が少し離れた所で立っていた。
どうやら、手加減をしすぎたらしい。
「ッ!あ、危なかった。だが、避けれる!」
「いい気にならないこった、俺の零閃の最高速度は……光を超えるぜ」
「なん……だと……ッ!?」
男は、俺に背中を向けて逃げた。
えっ?えっ?
「なん……だと……」
「逃げたね」
「あぁ、びっくりした。こんなに驚いたのは、目の前で仕切り直しされて以来だ」
どこか、あん時の虚刀流を思い起こさせるような行動だった。
雰囲気か、一度決めたら迷わない、そういう人間の雰囲気だった。
あの兄ちゃん、戻ってくるだろうな。
「帰らないの?」
「いや、戻ってきそうだからな」
「そうかな?じゃあ待とうか」
旅禍の兄ちゃんは、すぐに戻ってきた。
どうにも覚悟を決めたような、まっすぐした目で俺を射抜いていた。
「ビビってる暇なんか、ねぇじゃねぇか!」
「やっと、戻ってきたか。死ぬ覚悟が出来たのかい、それとも諦めただけかい?」
「どっちも……外れだ!うぉぉぉぉ!」
無駄だと分かっていながら、旅禍の剣が俺を捉える。
スッと刃が走り、薄皮が斬られた。
「なんだ、やれば出来るじゃないか……」
「斬れる、斬れるぞ!待ってろ、みんな!」
「始めようか、死神代行の兄ちゃん」
「うおぉぉぉぉ!」
剣が、幾度となく振るわれる。
俺に向かって、斬ろうと振るわれたそれは、眼前で弾かれていた。
鍔鳴りの音だけが、刹那の鍔迫り合いの音だけがそこに響く。
「一体、何が起きてんだ!剣が、止まる!?」
「止まるだって、違うな。弾いてるんだ」
「弾いてる、だと……」
「間合いに入った瞬間、俺の零閃は斬撃を弾く。射程に入った瞬間、弾いてるから止まって見える」
「嘘……だろ……!?じゃあアンタは、見えない速度で剣を抜いてると」
「剣じゃない、刀だ」
常に死角を相手取ろうと、俺の右目側から回り込んで斬りかかる。
気付いたか、俺がわざと眼帯をしている事で死角を封じていると。
より強くなるために自分に足枷を付けることで、俺は修行をしていた。
そう、この眼帯は特别性。
良く分からない霊力だかを喰らって、俺に負荷を掛け続け、更に視界を一部奪う、拘束具だ。
昔、視界のせいで騙されちまったからな。
「集中してるな、やっと気付いたか。眼帯は強くなるために付けてるんだ、そうやって利用してもらわないと修行にならない」
「な、舐めやがって!だから、斬魄刀も開放しないのか!」
舐めているが、この兄ちゃんは何を言ってるんだ。
「ぴーちくぱーちく、囀るのが好きな兄ちゃんだ。俺の斬魄刀に、名前なんぞねぇよ。勝手に名付けて入るが、この鈍は喋ったりしねぇ。俺はどっかの気狂い共のように、刀が喋るとなんざ思ってねぇんだわ」
「そうかい。じゃあ、それ以上アンタの剣は強くはならねぇって事だ、それなら!」
「それなら……舐めてるのは、お前さんの方だよ。秘剣、零閃!」
――キィン。
鍔鳴りと同時に、鈍色の何かが反射して音を奏でながら落ちる。
吹き出る血が、雨音のように周囲に反響する。
終いだった。
つまらない幕引き、それは斬魄刀ごと兄ちゃんを切り裂いたという、酷く当たり前の現実。
「残念だよ、どこか似てただけに、期待しちまった」
俺はそう言って、死んだ兄ちゃんを放っておいて帰ることにした。
はぁ、勝ったな……帰って寝るわ。
気配だ、剣士特有の殺気のような何かが俺の背後で湧いて出ていた。
同僚は良く、霊圧だか霊力だか理由を付けてるアレだ。
「血が、止まってやがる」
「はぁぁぁぁ!」
「くっ……」
気付けば、間合いに入り込まれ肩口から腹まで切り裂かれる。
斬られた、急激に強くなったのか。
驚いて、そのまま俺は後退った。
「気、抜き過ぎちまった」
「悪いが時間は掛けてられない、一気に終わらせてもらうぜ」
「おいおい、もう勝った気でいるのかい」
「俺の剣は、もう、アンタを斬れる」
「だから、剣が斬れるなんざ道理だ。刀だって振るえば斬れる、可笑しいことはない」
それにしても、びっくりした。
まぐれも2回続けば、実力だろ。
「来な、俺の零閃は加速するぜ」
「ま、まだ速くなるだって!?」
俺は、自分で付けている眼帯を外した。
外すと、抑えられていた霊圧溢れ出る。
俺はこんとろーるって奴が苦手だから、周りに影響を与えちまう。
「汚ねぇな、隠し玉って奴か!右目に何を仕込んでたんだ」
「何も、ただ霊圧を喰わせて重くさせただけ、コイツは拘束具だ」
「こ、拘束具……だと!?」
「隠し玉はあるが、まぁ兄ちゃんには使う必要はないだろ」
俺は鞘を握り直し、構えた。
今の俺の斬撃速度は、単純計算で五倍だ。
「当然だろ、俺の力全部アンタに預けるぜ。そして、俺に力を貸してくれ!」
「へぇ、びっくりした。ここに来て、気配が強くなったな」
「強くなるさ、俺は残月と二人で戦ってるんだ。今の俺は、二倍強い」
「斬魄刀と力を合わせて、道具に意思が宿るなんざ……戯言だ」
「うおぉぉぉぉぉぉ、月牙――」
「零閃艦隊、五機!」
周囲の壁に斬撃が走る。
その数、六つ。
六つに細切れにされた壁が音を立てて崩壊した。
「みんな……ごめん」
「馬鹿……なぁ……」
目の前が真っ暗になった。
斬撃が止む、その最後の一撃が全てを終わらせた。
目の前には斬られた男、その手には使い物にならない刀があった。
「め、飯……」
「最後の言葉が、飯なんざ締まらねぇな」
斬り合いの理由は何だったか、俺の持ってた握り飯だったか。
たかが飯の取り合いで、斬り合うなんざ不毛だ。
それも、弱い奴を斬ってもつまりゃしない。
俺は、俺はどうせなら何かを――。
「あはは」
「おや、コイツは驚いた。俺の刀身を見れるなんざ手入れの時だけだ。どっから来たんだ、嬢ちゃん」
「ううん?」
「分かんないのか、名前は?」
「えへへ」
「そうか、名前はねぇのかい。困ったねぇ、まったく……」
八千流の顔が目の前にあった。
一体全体、どういうことだ。
「やったーやったー、銀ちゃんおっきー!」
「八千流、アイツは?」
「卯の花さん呼んだからね、あと知らない」
「そうかい、ソイツは良かった……借りを返せるってもんだ」
「むぅぅ、銀ちゃんは負けてないよ。だから借りなんかないんだよ。それに残月入れたら二対一だよ、イッチーずーっとズルしてた!」
「……八千流、名前をつけてやった頃を覚えてるか。随分と、懐かしい夢を見ちまったよ」
さっきまで、八千流の夢を見ていた。
起きても八千流を見るとは、すごい偶然だ。
だが、お陰で原点を思い出した。
あの日、八千流を見て思ったことを思い出した。
「当たり前じゃん。雲の数まで覚えてるよ」
「斬撃が、飛んだんだ。四季崎記紀の変体刀みてぇな信じられない現象だ。本当に、斬魄刀ってのは意思があるのかもしれねぇな」
「今まで他の人の能力、何だと思ってたの」
「手から炎出す輩がいるんだぞ。忍術だろ」
それにしても、負けるなんざいつ以来だろうな。
しかも、生き恥を晒して生き残っちまった。
「なぁ、鈍……いつの間にか側にいたお前の、声を聞かせちゃくれねぇか……」
「銀ちゃん」
「やっぱりダメか、強くなりてぇ……なぁ……」
「銀ちゃん、ねぇ、銀ちゃん?嘘でしょ、銀ちゃん起きてよ!銀ちゃん、銀ちゃぁぁぁぁん!」
「……うるせぇ、寝かせろよ」
「生きてたぁ!?」