今回もガチガチのシリアス…というより、この先はずっとシリアスと思っていただければ良いかと。さて、新作のアンケートも終わったということで、いよいよ新作か…と思ってくださっている方もいるかと思いますが、実はそうではないのです。詳しいことは、後書きに書きますので、まずはお話をお楽しみ下さい。
そして、お気に入り登録:イモッティさん、shimayukiさん、はるvさん、黄ムの介さん、クルルヤックさん、お気に入り登録ありがとうございます。自分の小説がこうして皆さんのお気に入りになっているという事実が、とても嬉しいです。もっと多くの人のお気に入りになるような小説が書けるように精進します。
では、本編を開始します。
[治療室]
「ん……ふぁぁ~」
独房まがいの一室に、1つの呑気な声が反響する。その声の主は紛れもなく、その部屋にいる、羽沢 夏だった。寝起きだからだろうか、目も少々虚ろに見える。
「んぅ…あ、キーボード置いてくれてる。…ホントすみません…」アハハ…
ここにはいない自身の担当医に向けて、彼女は謝るも、当然の如く返答など返ってこない。ただ部屋に反響して消え入るだけに終わった。
そんな事に彼女は気を留めず、少々錆び付いたベッドから身を外に投げ出し、起床した。お世辞にも美味しいとは言い難い部屋の空気を吸い、自身が起きたことを、改めて身に叩き込む。
「う~ん、検査まで時間あるなぁ…どうしようかな」
無機質な鉄の壁にかかる時計を見ながらボソリと一言。それもまた、誰にも届くことはない。さて、何をしたものかと悩む彼女が、辺りをキョロキョロと見渡すと、目に映るのは1つだけだった。
「…弾こうかな?」
こんな寂れた一室に暇つぶしできるものがあるかと言われれば、彼女の目に今も尚映るキーボード以外ないと言っても過言ではない。
この部屋に置かれている物々は、担当医が必要だと判断したものと夏が要望したものが全てであり、裏を返せば、夏が何かを求めない限りはこの部屋に(生活必需品以外)物は来ない状況なのだ。
…他人事だからこそ言える事だが、危険生物の扱いそのものと言える境遇だ。しかし、本人含め大方が納得しているため、一応合意の下でこうしているのは、言うまでもないだろうか。
「……♪」
ついに我慢の限界点に達したのか、彼女はキーボードに手をかけ、音を奏で始めた。その音は、この凍てついた雰囲気とは対極で、温かみを孕んでおり、この部屋は2つの真逆のモノに包まれるという、何とも不思議な空間へと成り果てた。
〔…あー、演奏中のところ悪いんだけれど…〕
「…あ、すみません」
水を差すように鳴った放送からかけられた声は、担当医の修一その人だった。水を差したと本人も思っているのか、少し申し訳なさが言葉から滲み出ていた。気恥ずかしかったのか、夏の方もどこかタジタジである。
〔…じゃあ、いつもの始めるわよ?〕
「…お願いします」
検査の方は順調に進んでいた。その後も何の滞りもなくそのまま終わるのか、という雰囲気は担当医の一言で終止符を打つ事になる。
〔…1つ聞きたいんだけれど、良いかしら?〕
「…?はい」
〔…音楽活動、とかやってるの?〕
先程聞いた彼女のキーボードのレベルを確認するかのような、そんな声色で質問が投げられる。はい、バンドを最近再開しました、と少し恥ずかしそうに、それでもどこか嬉しそうにしながら答える声が1つ。その表情1つを以てしても、彼女がいかにバンドが好きなのかが見て取れる。
その表情と声を見聞きして、どこか納得したような、あるいは満足したような声でまた言葉を紡ぐ。
〔…そう、良かったわ。自分が楽しいと思えるものがあるのは、精神的にも支えになるし、何せ楽しい人生になるだろうしね〕
「…はい」
その一言が嬉しかったのか、彼女は笑顔を浮かべた。見る誰もが、美しい、綺麗だ、と言うだろう優しい笑顔を。女性である担当医までもが、思わず見惚れてしまう程に、その笑顔は綺麗であった。
ハッとした担当医が検査を終える事を告げ、プツリとスピーカーの電源が落ちる音だけが無機質の部屋に数瞬残る。そうして少し経った後に、彼女は再びキーボードに手を伸ばした。再び部屋の雰囲気が2つの対となるモノに包まれるのに、そう時間はかからなかった。
[休憩室]
「…ふぅ」ギシ…
件の検査が終わってから数時間が経ち、彼女にも休憩の時間が回ってくる。いつも以上の激務に緊張が抜けないようで、鉄製の椅子に座るとすぐに、零すつもりのなかった溜め息が1つ零れる。今の彼女は休憩中の時間帯なのだが、真面目な性格なのか、とある患者のカルテを見ている。…とある患者が誰かについては、最早言う必要もないだろうか。
「…東君、休憩時間中くらいは休憩しないと…私も心配になるよ」
「…院長」
一介の休憩室にはいると思われない人物が、忙しそうに且つ疲れていそうにしている彼女を心配したのか、歩み寄ってきた。予想だにしなかったのか、表情に少し驚きが表れているように見える。
「調子はどうなのかな?暴れたり何だったり…何か変化の兆しとかはないのかな?」
「はい、悪い方には今のところ変化はないようです」
「…そうか」
この病院ではよくある事なのだが、夏の話になると、夏の一件について知っている者同士の会話は、多少なりとも雰囲気が変わる。ある者はピリついたり、ある者は少し身震いしたり…等々、人によって違うものの、その者々の変わり様だけを見ると、架空の恐ろしい生物の話をぶり返されているようにも見える。
…身震いする者がいる、と言う言葉に、疑問符を持つ者もいるかもしれないが、至って単純、前回の夏の暴走で酷い目を見た職員が、そうなってしまったのだ。
「…激務を指示している私が言うのもおかしな話だが…しっかり休養は取ってくれ。君に倒られると…考えるだけでもゾッとする」
「…肝に銘じておきます」
他愛なんてどこにも見られないような会話を交わした後、院長は去る。そこに残された彼女は、再びカルテを見始める。そうしたかと思えば、今度は1つの溜め息。
「…そう、休んでも…いられないのよ」グシャ…
まさに精神百面相と言わんばかりに、今度は焦燥と苛立ちを浮かべ、無意識にもカルテの端をクシャリとしてしまう。その心情は、しばらく彼女の顔から抜ける事はなかった。
[治療室]
「~♪」
あれから結構な時間が経とうとしているも、キーボードを弾く手は一向に離れる事を知らない。音楽を奏でる事が使命だ、とでも言わんばかりの演奏ぶりだ。その手の持ち主も、どうやら満更ではない様子…どころか、鼻歌までも交え始め、更にヒートアップさせんばかりの勢いを醸している。
「…ふぅ」
しかし、一区切りついたのだろうか、その手が演奏を続ける事はなく、弾き続けた疲れを吐き出すかの如く、溜め息を1つ。少しの静寂の後、彼女は頬を軽くペチンと叩き、自身に問いかけるかのように一言ポツリと呟いた。
「…あの曲でも…弾いてみようかな」
その一言をスタートの合図と見なしたのか、再び彼女の手がキーボードに置かれ、その指は鍵盤上を走り出す。走り出した指に押された鍵盤は、綺麗な音色を奏で、それらが混ざり合う。結果、美しさを体現したかの音となる。
その旋律から判別するに、彼女が弾いている曲というのは、『雨とペトラ』だろうか。彼女曰く、自身の心情と歌詞が幾つか重なる箇所があった事から、次第に好きになったとのこと。
重なるのが嫌になるのではなく、逆に好きになる辺り、感覚が少しズレているのだろうか。はたまた、彼女が変わっているだけなのか…。それはともかくとして、彼女にとってこの曲が、心の拠り所になっていたのは紛れもない事実だろう。
──雨が降ったら 雨が降ったらきっと 頬を濡らしてしまう 枯れてしまった色ですら 愛しくなるのに
サビに入り、さぁここでというところで、彼女が口ずさんだ歌声は、キーボードの音色よりもずっと悲壮感を帯びた声だった。どこか憂うような、どこか慈しむような。歌詞を自身の過去と紐づけながら歌っているのだろうか。
──目を瞑ったら 目を瞑ったらもっと 遠く霞んでしまう 煩くなった雨の音 笑い飛ばしてくれ!
しかし、サビの終盤になるにつれ、悲壮に満ちていたその声は、次第に活力を取り戻していった。過去を笑い飛ばせと、自身に訴えかけるようにも聞き取れる。
彼女のこの曲に対する思い入れは、この一コマだけでもわかった事だろう。しかし、彼女の手と口は音を出す事を止めなかった。さながら、音に自身の内に秘めた思いを、音に乗せるかのように、彼女はひたすらに歌い、弾き続けた。
ということで、第25話が終わりました。
前書きにも書きました事について説明しますと、新作小説を出しはするのですが、バンドリの小説ではないです。…そうです、他ジャンルの小説を投稿する事に決定しました。前々から書こうか悩んでいましたが、投稿を決意しました。
バンドリ小説を期待していた方には申し訳ないです。本当はバンドリの新作も出そうかと思ったのですが、これから忙しくなる事を加味すると、小説3つをかけ持つのは大変ですので、今回はこうした措置を取らせてもらいました。より詳しい詳細は、この話と同時にあげた活動報告を確認していただければと思います。
次回『ワタシという1ピース』