名前も知らない君が好き 作:塔野うと
後輩を少女に替えてしまってから、十数日が経った。真面目ぶって哲学書を教室の隅で読んでいた彼は彼女に代わってしまった。
私がこの世界から消えることを止めてくれた彼女は、本当に私のことが好きなのだろうか。ちょっと心配になっていしまう。私は講義中に難しい顔をしている彼が、私のように世間から少しずれてるなと勝手に思い込んで共感していたのだ。
そして、その思いは少しだけ変わっていた。きっと恋というものでは無かっただろう。少し気になる程度の存在だったはずだった。
だけど彼を偶然にも轢いてしまった時に、私は彼のことが好きになった。どうしてそのタイミングだったのかは分からない。
だけど、好きになってしまった。そうして、本来は男であった者が少女になるという禁忌を犯した彼は世界から消されてしまうはずだった。それを私は許せなかった。
私が世界から消えれば、彼は男の姿に戻り元の日常に帰れるはずだった。だけど、かれはそれを選ばなかった。偶然だったかもしれないけど、私は結果的には消滅しなかった。けれど、彼は少女の姿から戻れなくなった。
彼の身分については魔法がある。魔法なんてインチキでなんとかするのはずるいかもしれないけれど、仕方が無いだろう。ちょっと思考誘導するだけだ。
なんて、隣で眠っている彼、いや彼女の寝顔を見ながら考える。すうすうと幸せそうに寝息を立てる彼女の唇を見て、私は月下でのキスを思い出した。
彼女の唇は甘くて柔らかくて、蕩けるように温かさがあった。
寝ている少女にキスをするのは流石に不味いだろう。彼女は繊細な性格の照れ屋なのだから。だから、代わりに頬っぺたをムニムニと突く。もちもちしている。
小ぶりな唇を指でちょんと触る。私の唇を奪った不届きな唇なのだ。ただで済むはずがない。起きたら本気で嫌がるまで、からかってやろうと私は思った。
やがて、彼女がパチパチと目を瞬かせる。小さく欠伸をする。そして、位置的には彼女の上にいた私と目が合った。
「ふぇっ、ちょっま、やめ」
少し前まで男だったというのに、少女のような声を出して私から逃れようと身をよじっている。
「私のこと好きなんでしょ?」
「……そ、そうだけどさあ……」
「じゃあ、いいじゃん?」
私が顔を寄せると彼女の顔が遠ざかる。しかしここはベッドの上である。逃げ場は少ない。彼女には逃げ場が無くなって、ついに私の唇が彼女の唇に触れることに成功する。
そのまま、舌が唇を割り入る。口内を舌でつまびらかにしていく。始めの内は必死に逃れようとしていたけれど、だんだんと抵抗は少なくなっていった。
甘い唾液を貪る。ずっとしていたかったけれど、息が続かなくなったので、唇を離す。私と彼女の唾液で銀色の橋がたらりと架かった。
赤い顔をして、私を非難するような目で見る彼女。きっと私も同じくらい赤い顔をしているだろう。
「気持ちよかった?」
「……」
ぶすっ頬を膨らませてそっぽを向いたけれど、否定はしなかった。
だから、私は彼女の唇を再び貪った。途中からは、受け手に回っていた彼女も舌を絡ませてきたので満更ではなかったのだろう。
パジャマのズボンに手を入れる。彼女のそこはショーツの上からでも分かるくらいには濡れていた。
しかし、残念ながらそこから先には進めなかった。彼女が本気で嫌がって私をひっかいたからだ。目には涙が溜まっていたし、それ以上は出来なかった。
彼女は真っ赤な顔で服装を整えていた。羞恥心と怒りと混乱がごちゃ混ぜになった表情だった。私は彼女の機嫌を取るために、夕食は唐揚げを作ることに決めた。
それで、機嫌が直ると良いのだけれど。そんな風に考えていたけれど、私の読みは甘かったようだ。彼女は唐揚げを思い詰めたような表情で食べていて、私とは目を合わせようともしなかった。
風呂に入った彼女は、私の前にバスタオル一枚を纏った姿で現れた。
私が戸惑っている間に彼女ははらりとバスタオルを落とし、白い裸体が丸見えになった。
「朝は……ごめん。私……好きなのは本当なの、だけど、怖くて……。覚悟はきめたからだいじょうぶだから」
痛々しくて見ていられなかった。私は泣きそうな不安に揺らぐ彼女に服を着せた。
「大丈夫だから。私は君が好きだから」
不安そうな瞳でこちらを見る彼女の瞳が落ち着く。
「まだ、ゆっくりでいいからね」
彼女は安堵していた。
私と彼女はきっとまともじゃない。どっちも壊れていて、それを互いに補って生きているんだ。狂っているし、健全なんかじゃない。だけど、私には平穏だったし、彼女にもそうなんだろう。
私みたいな壊れかけの魔女と魔女と契約した愚かな彼女。どちらも救いなんてないだろう。
だけど、それでも私達は生きている。ゆっくりでいいから、私と彼女で一歩ずつ進んで行けばいい。今は、一緒に寝るくらいで十分だし、幸せを感じているのだから。
愛している。
おしまい