※この話でのサイレンスとサリアは本編同様不仲のままです
「.....あ」
深夜。イフリータの目蓋が開く。暗闇の中薄ら映る視界には見慣れてきた天井。何かを掴もうと伸ばされた右腕。
身体を起こす。頭が割れる様に痛い。
「......くそっ、くそっ」
額を押さえながらベッドを降り、机に置かれたボトルの側にある小さな紙袋から錠剤を出す。サイレンスに渡された神経痛用の薬だ。水が入ったボトルを開け錠剤と共に流し込む。即効性では無いが、少しすれば楽になるとサイレンスが言っていた。
ふと、鏡に映った自分に気付く。
頬に付いた跡は一筋の涙痕、その顔には恐怖が色濃く残っていた。
「......ちっ」
その自分の顔が余りにも情けなくて、腹立たしくて、思わず机の上に拳を叩き込む。机からの衝撃音だけが部屋に響く。最近更に頑丈な素材の物に差し替えられた為か、多少のへこみが出来た程度で済んだ。
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなっ!何でっ...!」
代わりに机の本立てに並べられた教科書やノートが倒れ散らばり、その内の一冊に目が止まった。
「アイツから出された...ノート」
同時に、振り下ろされた右手に小さな火が灯っている事にも気付く。
「......」
だめだ
この前よりも問題が解けたんだ
明日、アイツに見せるんだ
あぁ...痛い、痛い
薬を飲んだ筈なのに
サイレンスから薬を飲んだら横になる様に言われていた。だが___
「こんなんじゃ...寝られねぇよ」
未だ鳴り止まぬ頭痛もある。だが、それ以上にこの部屋にいてはならない焦燥の様な物を感じていた。
このままこの部屋にいてはダメだ
あの夢みたいに、全部燃やしちまう
イフリータは何も持たず、寝巻き姿のまま部屋を出る。
静寂に包まれた通路を何かから逃げるかの様にふらふらと歩きながら彼女は考える。
___どこに行く?
他の奴らはとうに寝ている
___ドクター?サイレンス?
......会いたくない
考えては否定して、考えては否定して。
その内どうしようもなくなって、最後には立ち止まる。
思わず、口からかつての大切な人の名前が溢れた。
「......サリア」
イフリータにとってのもう一人の家族。勿論、今だってその想いは変わらない。だけどサリアは自分達の前から突然いなくなって、サイレンスは彼女を嫌悪した。後にロドスで再開したが、その不仲は変わらず自分が会いに行こうとしてもサイレンスに止められる。理由は分からない。言っても答えてくれない。
ただ、自分を引き止めるサイレンスの必死な、悲痛な顔に足を止めるしかなかった。
「何で、サリアは...」
そんな考えが過った時、背後から足音と聞き覚えのある声が聞こえた。
「......イフリータ?」
思わず振り返る。そこにはこちらに歩み寄って来る一人の女性。
「な...んで、ここに」
そこには、サリアがいた。
「...明日は非番だったからな。トレーニングに集中していたら気付けばこの時間、というやつだ。...それと、それはこちらの台詞だ。何かあったのか」
「......」
突然の彼女との鉢合わせに言葉が詰まる。
言いたい事も、聞きたい事も、話したい事もある。だが、それは今彼女の中に湧き上がる複雑な想いに全て打ち消される。
「話したくないか、話せないか...。その様子だと______。イフリータ、薬は飲んだのか?」
「ん...え?あ、あぁ...飲んだけど、何で知って...」
「なら取り敢えずは大丈夫か...。また小言を言われるかもしれないが、やむを得ないな」
「は?サリアさっきから何を言って___」
ぶつぶつと呟き始める彼女に困惑していた時、唐突にサリアが近付き始めイフリータの前で止まる。そして___
「すまないが、あまり声を上げないでくれよ」
そう言うと、彼女は突如しゃがみイフリータが反応する前に太腿と腰から背中に素早く手を回し、一気に持ち上げ抱き寄せた。なされるがままイフリータの体が宙に上がる。
「ほら、私の首かどこかを掴め。落ちるぞ」
「うわぁっ!?___とと...いきなり何すんだサリア!」
「だから余り声を上げるなと...他の者に気付かれたら事だぞ。この姿を他の人に見られるのは嫌だろ?」
「うっ...いや、だったら離してくれよ!オレサマはもうガキじゃねぇし別に何とも無いから...一人で部屋に帰れるからよ」
「寝巻き姿で、顔を青くして、ふらふらと夜中の通路を歩き回るのが大丈夫な状態だと思うか?それに...」
反論するイフリータにサリアは目線を胸元に落とす。そちらを見ると各オペレーターに配られるカードキーがホルダーに入れられ、首から下げられていた。
「戻ったとして、イフリータはカードキーを持っているのか?私は手ぶらと見ているが」
「......」
各オペレーターの自室や施設は基本オートロックであり、出入りするにはカードキーが必要だ。紛失や部屋に置きっぱなしで締め出された場合はドクターや管理オペレーター等に報告しなければならない。
ロドスに来た当初のイフリータは扉をこじ開けて破壊する事もあったが、サイレンスやドクター達の努力と指導により現在は無理やり入室する事は無くなっていた。
そして当のイフリータは何も言えなくなる。確かにあの時状況が状況とはいえ完全に持ち出すのを忘れていたのだ。
「...ふふ、図星だと口を閉じるのは昔から変わらないな。明日ドクターに私から相談しよう。今晩は私の部屋で寝ろ」
「は...いや、それだとサイレンスが...」
思わぬ提案に喜ぶ気持ちも一部ある反面、サイレンスは自身とサリアが一緒にいる事を許していない。ただでさえ今の状況でも彼女は怒るだろうにこの事を知った日には...。彼女が怒る姿を、2人が喧嘩する姿を...あまり見たくない。
「サイレンスは今新薬開発で研究室に篭りきりの筈だ。以前と同じなら明日の朝から時間を貰って仮眠を取るだろう。その間に部屋に帰ればバレないさ。ドクター達には私から口止めしておく」
「そう...か」
「納得してくれた様だな。じゃあ、行こうか」
そう言いサリアは自身の部屋へ歩き出した。
観念したイフリータはその間、どうか誰にも出会わないでくれと心の中で願っていた。
——————————
少しして、サリアの自室に到着する。
「頭痛は大丈夫か」
「...あぁ、少し楽になってきた」
彼女の部屋のベッドの上にイフリータは腰掛け、サリアは寝巻きに着替中だ。
当然ながらベッドのシングル分のサイズしかないのでサリアが壁際まで寄り、空いた場所にイフリータが入る話となった。『もうオレサマはガキじゃないんだぞ!』と顔を赤くし一時抵抗したがサリアの説得によりしぶしぶ了承した。
イフリータはベッドを見ながらふとライン生命にいた頃同じ様にサリアと一緒に寝た事があったな...と思い出す。着替えが終わり、イフリータの横にサリアが腰掛ける。
「それで、何があったんだ」
「......それまだ聞くのかよ」
「一応、予想は付いてるがな。黙っているより、話せば何か助けになる事が出来ると思う。他言はしないと約束する。...話してくれないか?」
真っ直ぐな瞳、真剣な顔でサリアは問う。
「......」
話したくない想いと、サリアに頼りたい・この苦しみを吐き出したい想いが彼女の天秤の上で揺らぐ。最終的に、天秤は後者の方へ傾いた。
「......悪夢を、見たんだ」
イフリータは少しずつ、恐る恐るといった風に話し始める。
「白衣の奴らがいて、オレサマによく分からない事を言うんだ。【ジッケンタイ。____トウヨ】だとか、【アト●カイ_____ショブン】だとか」
その言葉に一瞬サリアは顔を険しくするがイフリータに悟られぬ様平静さを保ち、表情を戻す。
「んで、その後は炎だ。周りで炎が燃え上がって色んな奴らが燃えてる。倒れてる。
けどそこまではいいんだ。見慣れてる」
「......」
「...その後だ」
彼女は一度固唾を呑み、続きを話す。
「...その中に、見知った顔が出てきたんだ。
サイレンスが忙しい時に来る医療オペレーターの奴とか、前に作戦で一緒になって話した奴とかが...炎の中にいるんだ。苦しんでて、叫んでいるんだ」
彼女の手が微かに震え始める。視界の隅に炎の様な影が揺らぐ。あの時の光景が映り出す。
「今日のはその......そこに、いたんだ。炎にっ...ドクターと...」
「イフリータ、もういい」
サリアが止めようと声を掛ける。だがイフリータにその声は聞こえない。まるで彼女の瞳と耳に別の光景が映り込み響いているかの様に。彼女は言葉を続ける。脳裏に蘇る、彼女にとって最も恐ろしいあの光景。
燃え尽き、焦げた肉の臭い。
生臭いそれに、微かに残った"彼女"を思わせる装飾品。
こちらに伸ばされた黒く炭化した手。
「黒い...人の形をした何があって。それがっ...サイ___」
「イフリータ!」
彼女がそれを言い切る前にイフリータを抱き締める。その視界を覆い隠すかの様に。
「もういい、大丈夫だ。...すまない、辛い事を思い出させた」
イフリータの震えた声が聞こえる。
「サリア、サリア......オレサマ、強くなったんだ。サリアがビックリする位」
「あぁ」
「なのに、何でこんな夢見ちまうんだ...。オレサマがまだ弱いからか...?」
「...違うさ」
「お前は強くなったんだ。強くなって、成長して。お前はその力の良い所と悪い所を知ったんだ。強くなって色々な事を知ったからこそ、"もしも"を心の奥底で考えてしまったのだろう」
「......」
「確かに、その力は使い方を誤れば...力に呑まれたら、夢の通り誰かの命を奪う事になる。だが...お前はその力でサイレンスを、ドクター達を守りたいのだろう?」
胸元で彼女が小さく頷くのを感じる。
「なら、自分の意思を強く持て。イフリータが持つ力その物の不安に打ち勝て、殴り飛ばしてやれ。そうすれば、その力は守りたい者全員を守れる、誰よりも強い力となる」
「..........」
「頑張れ。私も応援しているし、協力もする。苦しい時は私だけじゃなく他の誰かに頼っていいんだ」
鼻を啜る音が聞こえる。
「......うん。サリア......ありがとう」
「気にするな。子供に教え、守るのが大人の役目だ」
「...オレサマはもうガキじゃねぇっつーの」
サリアはイフリータの頭をぽんぽんと軽く叩くとベッドに入る様促す。今度のイフリータは素直にベッドに潜り込んだ。電気を消し横になり、傍のイフリータを抱き寄せる。再びイフリータは抵抗したが、少しすると諦めたのか大人しくなった。抱かれたまま、イフリータはサリアに身を寄せる。
「なぁ、サリア...」
「なんだ」
「何で、サイレンスとサリアは...喧嘩しちまったんだ?」
「......」
「前みたいに、仲良くできないのか...?」
少しの沈黙の後、サリアは口を開いた。
「それは...分からない。だけど、これだけは言える。
サイレンスも私も、イフリータの事が大好きだ。それだけは...変わらないんだ。少なくとも、サイレンスの事は分かってくれると嬉しい」
「......分かるけど。分かんねぇ、分かんねぇよ。なら、何で...」
「いつか分かるさ。今は、それでいい」
「......」
「寝よう。夜更かしし過ぎると明日眠たいぞ」
「......おやすみ」
「あぁ、お休み」
いつか、分かるのだろうか
そして、その時自分は何を想うのだろうか
そう考えながら緩やかに、イフリータの意識は沈んでいった
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「...眠ったか」
サリアの腕の中、身を寄せるイフリータから小さな寝息が聞こえ始める。
魘されている様子は無い。きっと大丈夫だろう。
彼女はイフリータを抱き締める手をほんの少し強め、頭を優しく撫でる。
愛おしそうに、今この時を噛み締めるかのように。
___心配するな、イフリータ。
サイレンスとお前にどんな敵が現れようとも、私が必ず守る。
お前が誰かを傷つけてしまいそうになったら、私が必ず止める。
お前達を守れるのであれば、私はどうなってもいい。
私を恨んでもいい、憎んでもいい。
だから、お前達だけは___
サリアは微笑み、小さく呟いた。
「どうか、良い夢を」
サイレンスさんは母性。サリアさんは父性。
そんなイフ一家。