──貴方、正義の味方になりたいんでしょう?
ㅤ彼に向けて発した最初の言葉。
ㅤ突然の声に振り向いた男子生徒。わたしの問いに対して驚いた表情で私を見る。
ㅤ以前は校庭の端っこで高跳びをしている姿をただ眺めるだけの一人の少女にすぎなかった。
ㅤそう、
◇ㅤㅤ◆ㅤㅤ◇
プロローグㅤⅠ
ㅤ~凛side~
ジリリリリ。ㅤㅤジリリリリ。
「…………ん」
ㅤ何か鳴っている。
「………うるさい、止まれっ」
ㅤ音のなる方へ枕を投げつける。
ㅤしかし音は止まない。
ㅤジリリジリリと、まるでわたしが親の仇だと言わんばかりの騒々しさだ。
ㅤそして残念なことに自分はどう足掻こうが、この寝起きの悪さは治らないらしい。昨夜は父の遺言の解読を手早く済ませたが、魔力の消費は前回より多くなくとも少ないとは言い難い。
ㅤつまり疲労困憊、心も体もクタクタです。
「ああ…こんな時に」
ㅤ頼まれた事は小言を呟きながらも、なんだってしてくれるお人好しの執事さんがいてくれたら、なんて。
ㅤ時計の時刻はちょうど七時。
ㅤ床に転がり落ちていた目覚まし時計のベルを止め、わたしは一時間のずれを承知で登校の準備を始めた。
きゅっ、と襟元のリボンを結んで準備完了。
ㅤあとは朝食を済ませて登校するだけ。時計を見れば、やはりまだ七時を過ぎたばかりで時間にはまだ余裕がある。
ㅤ…というよりも実際の時刻を考えればありすぎなのだが。
ㅤどんな時でも余裕を持って優雅たれ、というのが遠坂家の家訓。そんな家訓を本気で持ち続けたあたり、うちの祖先は本当に高貴な出だったのだろう。こんな時代めいた洋館を持っているのが何よりの証拠だし、くわえて、遠坂の家は"魔術"を伝える魔法使いの血筋だ。古いといえば、もう文句なく古い歴史を持っている。
ㅤ魔術というのは、読んで字のごとく魔術である。どんなイメージを持っても構わない。
ㅤようするに、呪文を唱えて不思議なコトをする人と捉えておけばいい。
ㅤと言っても、映画で登場する主人公のようにホウキで空を飛ぶ訳でもないし、杖をふって光線を出す訳でもない。……似たようなコトは出来るけど、あんまり意味がないのでやらない。
基本的にわたしたちは世に隠れ忍ぶ異端者。
ㅤ目立つ事は禁止されているし、そんな事をする余裕があるのならば家にこもって魔術を研鑽している。ついでに言えば、魔法使いというのも大語弊。正確に言うならば、この世界に魔法使いは五人しかいない。誰にも真似の出来ない事、この時代の科学でも到達できない事、そういった"奇跡"を可能とする存在を、わたしたちは魔法使いと呼ぶ。
ㅤ時間と技術をかければ誰でも実現できてしまう魔術とは違い、どんなに時間と技術をかけても実現できない神秘が魔法。
ㅤだからわたしの使う"神秘"も魔法ではなく魔術にすぎない。ややこしいが、そういう決まりなのだからそういうコトにしてほしい。
ㅤまあそれでも魔法に最も近い魔術を使えるヤツなら身近にいるっちゃいるんだけど。
ㅤこれは今から二、三年前ぐらい前の話。
ㅤ当時誰もいない筈の放課後の校庭にいた、たった一人の男子生徒。一度も成功しそうのない高跳びを何度も繰り返していた彼に、わたしは自然とそう話しかけていた。
ㅤ「遠坂凛」として二度目の生を受けたのだから、嘗て弟子であり、恋人でもあった相手につい話しかけたくなるのは当然だと思う。
『俺は切嗣きりつぐのような正義の味方になりたい。…いや、ならないといけない。そう約束したんだ』
『変わらないのね衛宮くんは。これはまた、私が何とかしてあげないと』
『遠坂?』
『今決めたわ。これからは、私が貴方の─』
そして彼はまた、私の一番弟子になった。
「よう、遠坂」
ㅤ片手を上げて気さくな口調で話しかけてきた女生徒に振り返る。彼女の名前は美綴綾子みつづりあやこ。
ㅤ同じ2年A組のクラスメイトで、色々と曰くのある人物だ。
「今朝も相変わらず早いね。部活に所属してないのにさ。アンタ朝は弱いんじゃなかったっけ」
「それに関しては色々事情があるとだけ言っておくわ。美綴さんは今日も朝練?」
「ええ。弓道部は問題児も多いし、巧いのが一人減ったからね。四月の新入生獲得の為に少しぐらいは見栄えを良くしとかないと」
「気苦労が絶えないのね、相変わらず」
「他人事だからって言ってくれるわ。あ、ついでだから見ていく?遠坂が見学する分には男どもも喜ぶけど」
「んー…そうね。様子を見るだけなら」
「よし。んじゃ善は急げ、さっそく行こう」
◇◇◇
ㅤ綾子と暫しの雑談をして、そろそろ校舎の方へ向かおうと、道場を後にする。
「やあ遠坂。おはよう、朝から君に会えるなんてついてるな」
ㅤついてない。
目の前の存在を忘れていた自分は迂闊だった
「おはよう間桐くん。今日は早いのね」
「当たり前だろ。主将なんだから、早めに来ないと一年に示しがつかないじゃないか」
「(副部長でしょアンタは)」
ㅤにっこりと笑う男子生徒は2年C組の間桐慎二。彼の言う通り弓道場の主将、ではなく副主将で、校内では女生徒の人気を二分する優男だ。
ㅤ同級生の女子生徒曰く、そのルックスもさることながら、成績優秀、人懐っこくて女子には優しい、とまさにアイドルとかなんとか。わたしにはそのあたりが全く分からないので、すべてクラスメイトの受け売りなんだけど。特に話す事もないので、それじゃあと弓道場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよ。見学に来たんだろう?なら見ていけばいいじゃないか。遠坂なら大歓迎だよ」
「遠慮しておくわ。練習の邪魔をしたくないもの」
「そんなの構わないよ。他の連中が気に障るんなら締め出すからさ、ちょっと寄っていけって」
「………邪魔をする気はないって言ってるでしょう。それにわたし、別に弓道に興味がある訳じゃないから。知らないヤツの射を見ても嬉しくないわ」
「へえ、そうなんだぁ?」
ㅤ彼が私の発言になにかしらの期待しているのは表情で丸わかりである。その人懐っこい笑顔は相手より優位に立ったような含みがある。この勘違い男からどうにかして離れなければ。とはいえ、その手段はごく単純。
「勘違いしてたよ。遠坂は弓が好きなんだと思ってたけど、弓道には興味ないんだろ?なら、なんで遠坂は道場を見ていたのかな。ああ、そういえば射を終えて残心の時に限って、よく目が合ってたんだぜ。声を返したかったのは山々だったんだけど、一応決まりでね。射場では声を上げちゃいけないんだ」
コホン。
「話してる所ごめんなさいね?もう一度言うけれど、本当に弓道には興味がないのよ。だからそんな豆知識を語られたって見学に行く気になんてならない、更にいえばあまり人に近寄られるのも好きじゃない。これでお分かり頂けたかしら?」
「…な、遠坂───」
「傾聴力が無い貴方でもちゃんと理解できたみたいね。他に伝えたい事は、まあ、別に何も言わなくてもよさそうかしら」
「───な、なんだと……!」
ㅤ癇に障ったのか、乱暴な手が伸びてくる。
それをひょい、と軽くかわして背を向けた。
「それじゃあ間桐くん。自意識過剰なのも結構だけど、程々にしておいた方がいいわよ。それと、一つだけ伝えとくわ」
「わたしは今後、貴方と同盟を組む気なんて更々ないから。大事な弟子にも指一本手出しはさせない。そのつもりでいなさい」
残りのクラスは二つ。
アーチャーにセイバー。
私が召喚するべき者は一人に絞られている。
その名は英霊エミヤ。
ㅤ錬鉄の英雄で、投影魔術を用い、多くの名剣、魔剣を模造する贋作者フェイカー。
ㅤ衛宮士郎が「正義の味方」になることを目指し、たどり着いた先の果てである。