フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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後半です。
謎を作るのも難しいですが、如何に無理なく解決させるかも腕の見せ所なのですね。
世の推理作家さんには脱帽します。

今回の話で、石上関連で特に重要なネタバレがあります。
重ねてアニメ派の人はご注意下さい


9話【Nを求めて/生徒会は受け入れたい】

「どうぞ」

「……ありがとう、ございます」

 

 放課後、誰も居ない生徒会室にフィリップは通された。

 差し出された紅茶を、そのまま手に取り、口に運ぶ。美味しかった。葉の香りが柔らかく、風味が広がっていった。

 せめて翔太郎のコーヒーにもこの位のセンスがあれば……とフィリップは思ったが、すぐに現実に引き戻された。

 

「それで、私に訊きたい事って何かしら」

「えっと、それは……」

「石上君のこと?」

 

 にこりとして、かぐやは言う。

 無論、それが張り付いた笑顔であることにフィリップは気付いている。

 それでも、彼は口にした。

 

「ああ、そうだとも」

「……フィリップ君。前にも言った筈ですよね? 『真実を知っても意味は無い』と」

「うん、言われた」

「それを無視して、まだ無用な詮索をするなら……」

 

 瞬間、フィリップを襲う悪寒。

 

 

「私にも、考えがありますよ」

「……!」

「それでも訊くのですか?」

 

 

 震えを堪えていた。

 この少女、嘘を言っていない。

 それは犯罪者に匹敵するほど、冷たく、無慈悲で、残酷な目線であった。

 

 いや、過去を紐解いてもここまでの威圧感を放つ者はそういなかった。

 フィリップは直感で悟る。

 かぐやはフィリップを放っておくつもりは無い。

 ここで下手を打てば、確実に自分はこの秀知院学園から追放され、二度と帰っては来れない。

 

 それだけではない。彼女はありとあらゆる力を使ってフィリップの人生へと介入してくるだろう。

 フィリップは覚悟を決めた。

 

「僕自身が、どう思われようと関係ない」

「あら、私はフィリップ君に好かれていると思っていたのですけれど」

「四宮さんは好意に値するよ。けれど……僕も遊びのつもりはないんだ」

 

 他者の人生に介入するなら、自身も人生を賭ける。

 フィリップは勝負に出た。

 

「僕は彼に対して償いをしなきゃいけない。もし石上優が無実なら……誰かが彼を泣かせているのだとすれば、僕は許さない。相手が何者であろうと。この学園全てを敵に回してでも、戦ってみせる」

 

 これで真実を明らかにしてみせる!

 それは誰の為でもない、自分自身の生きる信念の為に!

 

「それは、私を四宮の娘と知っての言葉ですか?」

「誰であろうと関係ない、と言った筈だよ……四宮かぐやさん」

「……分かりました。そこまで言うのなら、私に答えられる範囲で答えましょう」

「ありがとう」

 

 かぐやは、僅かに態度を軟化させた。

 

「それで、内容は何かしら?」

「……石上優は、本当に暴力事件を起こしたのかい?」

「ええ、それは事実よ。本人も認めています」

「ストーカー行為についても?」

「証拠のSDカードがあったと聞いていますよ」

「それは憶測か、周りの発言だけだよ。実際に誰も中身を見ていない。それに、仮に本当だとして、彼がこの学校に居座れるのはおかしい」

「それで?」

「四宮さんは、知っているんじゃないのか? 彼が事件を起こした本当の理由を。それを知って、彼を庇おうとして、この生徒会に入れた」

 

 かぐやは答えない。

 フィリップは続けた。

 

「四宮さんの家は、四大財閥に数えられるほどの大きなものだ。その力なら、退学を防ぐことも、教師に意見することも出来る。それにこの生徒会に入ると、評定点や平常点が加算される。彼の進学にもメリットがあるし、信用を取り戻すキッカケにもなる」

「面白い考えをするのね、フィリップ君は」

 

 そう言って、かぐやは紅茶を口に運ぶ。

 

「じゃあ、この私が圧力を掛けて、荻野君達を学園から追い出したということ? とても素敵なカップルだったと聞いてたけど、その二人を無理矢理に引き裂いてしまったのかしら?」

「本当に、それは『素敵なカップル』だったのかい?」

「……どういう意味でしょう?」

「荻野コウを知る人間から話が聞けた。次々と女子生徒に手を出しては、すぐに切り捨てる人間だったそうだね」

「……」

「巧妙なのは、彼と関係を持った女性は殆どが外部の人間だったということだ。外のイベントや、演劇部関係の交流会の催しで、外部生に随分声を掛けていたようだ」

 

 フィリップはこの数日で、風都の知り合い、クイーンとエリザベスにコンタクトを取り、調べてもらった。

 その結果分かったのは、荻野は校内との噂とは裏腹にろくでもない人間だったということだった。当時の風都の女子中学生にさえ、彼の毒牙にかかった人間がいた。

 

「『全国大会常連の演劇部長』と言う肩書は、正に仮面だったのさ。石上優にストーカーの濡れ衣を着せても、周囲は疑うどころか、石上を異常犯に仕立て上げてくれた」

 

 そう考えれば、全て辻褄は合う。

 

「荻野コウが浮気をしていると知った石上優は、その証拠をSDカードに詰め、謝罪を迫った。しかし彼は石上優を挑発し、自分を殴らせ被害者の様に振る舞った。結果、周りや教師は彼の言い分を信じて、石上を停学処分にした。周りから裏切られたと知った石上はそのショックで引き籠もり、不登校となった」

「……」

「それについて誰も異議は唱えなかった。いや一人だけ例外がいた。君だ、四宮さん」

「私が?」

 

 ここで初めて、かぐやの眉が動く。

 

「君は僕と同様、事件について不可解な点があることに気付き、真実を知った。そして彼を守るためにこの生徒会に入れて、真の加害者である荻野を転校させるように裏から工作した」

「貴方本当に面白い子ね、フィリップ君。さすが探偵の助手をしているだけあるわ。でも……」

 

 かぐやはカップを置く。

 その眼は、不敵に笑っていた。

 

 何故自分が探偵であることを知っているのか、一瞬疑問に思ったが無視した。

 冷静さを奪う算段かもしれない。だがその手のブラフを仕掛けるなら、それはむしろフィリップの土俵。

 

「ちょっと無理があるわね、その推理。三つは穴があります」

「聞こう」

「まず私はそんな無駄なことはしません。仮にも、この国の心臓と謳われた四宮家の人間です。メリットもなく、ただ一人の生徒の為にそこまで奔走するなんてありえない」

 

 本気である。

 

「二つ目は?」

「この生徒会は、役員を任命するには会長の承認が必要になります。つまり私が入れようとしても、会長が首を縦に振らない限り、石上君は生徒会には入れない」

「……」

「ちなみに、会長は私が幾ら権力を行使したとしても、まず自分自身の決定で動く人間よ。それは周りもよく知っている事だし、誓って事実です」

 

 本気である。

 

「……三つ目を、聞かせて欲しい」

「仮に、私が真実を知って、それでいてなお石上君を見捨てないお人よしだったとしても、私なら徹底的にやります。噂を根こそぎ排除して、加害者の荻野コウを決して許さない。転校程度で済ますのは、四宮のやり方ではないわ」

 

 本気である。

 

 この少女、先程から嘘は言っていない。

 全て真実。

 四宮かぐやは、自ら本気で戦うと決意すれば、決して情け容赦などしない。相手を徹底的に叩き潰し、反抗する気力など微塵も残させない。

 

 しかし。

 

「それでも私が……」

「ありがとう、四宮さん」

「え?」

「貴女も自分で言う程、非情ではないね?」

「……どういうこと?」

「僕はその言葉が聞きたかったのさ。そして案の定、僕にヒントをくれた。今ので、全て繋がった」

 

 それが、フィリップの推理を裏付ける決定打となった。

 

 

「全てを知って石上優を助け出したのは、生徒会長の白銀御行だ」

 

 

 真実を全て導き出し、そう結論付けた。

 もう彼の目に迷いはない。

 今度は、フィリップが不敵に笑う番だった。

 

「どうして、会長だと?」

「四宮さんが今言ったことが全てさ。石上優を生徒会に入れさせて、事件を調べる気概があり、更に荻野を見逃す……この条件を満たす人物──それは、この学園で一人しかいない」

「……」

「見逃したのか、或いはそれ以上追及しなかったのかは分からないけどね」

「証拠はありますか? 石上君が無実で、それでも彼が甘んじて今の状況を受け入れて、そして会長が放っておく証拠が」

「それは無いよ。彼らが事実を言わない限りはね」

 

 そう。

 証拠はない。

 逆に、それがフィリップの中で根拠となった。

 

「強いてあげれば、それが理由かな」

「え?」

「もし白銀会長が言えば、一転して全校生徒は石上優の味方をする。でも、それは今まで彼が守ってきた物を壊すことになる」

 

 フィリップの頭に、伊井野ミコが浮かんだ。

 石上はおくびにも出さないが、彼女を守って行動しているとしか思えない場面に出くわした。

 

 自分とのいざこざもそう。

 あれは過去を探るフィリップに対して激昂したのではない。

 そうして全てを知ったフィリップが、逆に自分と同じ立場になるのではないか。それを懸念して起こした行動だった。

 自分の立場を利用して敢えて悪役になることで、フィリップが孤立するのを防いだのだ。

 

「全てが明らかになったら、一番に傷付くのは大友京子だ。だから石上優は、自分が守ろうとした女の子を、今でも守ろうとしている。それを会長も尊重していた。彼も『お人よし』だからね」

「……会長が、お人よし?」

「ああ。それに関しては確信があるよ」

 

 そしてフィリップの脳に浮かんだのは、

 一人のハーフボイルド男。

 

「僕の相棒はね……ダメな男さ。鉄の男に憧れるクセに、優柔不断で、その癖いつも優しさばかりが先行する。彼が理想とする『ハードボイルド』には程遠い」

 

 左翔太郎は、ハードボイルドにはなりえない。

 いや、なってはいけない。

 それが、彼の武器だからである。

 

「煮え切らない半熟卵(ハーフボイルド)だけどね……彼の優しさに、僕は救われた。幾ら検索しても出てこない人の心の温かさに、僕は触れることができた。だから僕は変われた。そして今も、こうして人を信じて、真実を追い求めている」

 

 フィリップが石上の無実を求めた理由。

 それは、他でもない。

 人を信じたいという、中途半端な、左翔太郎から伝染した、不器用な優しさからである。

 

「白銀会長の中には、その優しさがある。だから石上優の味方をするのさ。本当の意味でね」

「………」

「……これが、現時点での僕の推理だ。証拠はないと言ったけど、もし本格的に調査をすれば、ハッキリ裏も取れるだろうね」

 

 確実なのは、真犯人であり、真の加害者の荻野を問い詰めることである。

 数年前の出来事とは言え、これまでの推理から察するに、ある程度揺さぶれば簡単に白状するだろう。

 

「いいえ、それには及びません」

 

 が、フィリップの目論みは良い意味で中断された。

 立ち上がるかぐや。

 

「私の負けです。フィリップ君」

「四宮さん?」

「会長、どうぞ」

 

 と、生徒会室の扉に向かって呼びかけるかぐや。

 フィリップが驚いて振り返ると、扉が開いて、中から見知った顔が三人、現れた。

 

「ご苦労だったな、四宮」

「凄かったよ、フィリップ君。まるで名探偵です!」

「白銀会長、藤原さん……それに」

「……」

「石上優」

 

 白銀御行と、藤原千花、そして彼女に手を引かれた石上優が立っていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「……マル秘データ」

「コイツは部外秘だ。生徒会以外に持ち出してはならんし、もちろん、役員以外は閲覧禁止だ」

「分かった。一切洩らさないと誓おう」

「ありがとう。石上も、いいな?」

「はい……」

 

 フィリップは渡された紙を読み解く。

 

「フィリップの推理は、概ね正解だ。ただ、四宮が無理矢理に二人を追い出したわけじゃない。あいつ等は自発的に別れて、それぞれ別のタイミングで転校した」

「……大友京子は、ただ進学試験に落ちただけだったんだね」

 

 はぁ、とため息を吐く。

 如何に自分が『地球の本棚』に頼っていたのか、気付かされた。この程度、事実関係を明らかにすればもう少し早く、真実に辿り着けたはずだ。

 

「大友京子は何も真相を知らん。多分、これからも知ることは無いだろう」

「これを見る限り、荻野コウとは円満に別れたようだけど…」

「そこは石上の拳がものを言ったよ。荻野にしてみれば、数多くいる女の一人だ。あれだけ凄まれて拘るほどのものじゃなかったんだろう。それに石上が反省文を提出しないというのも追い打ちになった。奴にしてみれば、いつ闇討ちされるか分かったもんじゃなかったんだろうな」

「……」

 

 石上優は黙っている。

 先程から、じっと俯いているだけだった。

 

「まあ石上にも言ったが、もっと効果的で、周りに被害を出さない解決法はあった筈だ。それ自体は言うまでもない。だがそれでも、石上の悪者扱いは我慢ならなかった」

「それで、彼を連れ出して生徒会に?」

「今じゃ、生徒会に欠かせない人材さ。と言うかぶっちゃけコイツがいなかったらマジで破綻するから」

 

 苦笑しながら言う白銀。

 フィリップはファイルを閉じた。

 それを返すと、彼は石上に向き直る。

 

「石上優……すまない」

「え?」

「僕は、あともうちょっとで、君の居場所を奪うところだった」

「いや、それは……」

「生徒会は、君の唯一の居場所だった。僕にも分かる。今の家は、記憶がない僕にとって唯一の場所だったから」

 

 今思えば、翔太郎と出会ってから自分は検索に没頭しかしていなかった。あれは本能的に逃げていたのかもしれない。過去を知ることができなかった自分と。

 

「何があろうと、土足で君の過去へ踏み込んだのは事実だ。それで君が傷ついた。許してほしい……」

「……」

 

 沈黙する石上。

 しかしフィリップは、これが虫のいい話だと思った。

 

「いや、許してほしいのは我儘だ。そもそも、僕が変に興味を持たなければよかった」

 

 そう言って、踵を返す。

 部屋から出ようと、ノブに手を掛けた。

 

「……迷惑をかけてごめん。もうここには来ないよ」

 

 教室へ帰り、風都へ帰る。

 そして翔太郎たちに言おう。学校を辞めると。

 

(翔太郎、アキちゃん……やはり『学校』というものは、僕には荷が勝ちすぎてるみたいだ)

 

 石上がクラスの人間に遠巻きに見られている。そして彼を信じている生徒会の面々がいたからこそ、今回は何も起きずに済んだ。

 しかし、少しでも歯車が狂えば、石上は再び不登校になっていたかもしれない。

 

 他人の人生を曲げかけたことが、フィリップは許せなかった。

 

 

「どこへ行くんだ?」

「え?」

「理由もないのに、勝手に帰宅するな。生徒会長として、見過ごせないぞ」

 

 

 白銀会長が、腰に手を当てて、フィリップを呼び止める。

 

「でも……僕は、この学校には」

「相応しくない……とでも言うつもりか? いいか、評価は他人が決めるもの。価値は自分で決めるものだ。君はそれをごちゃまぜにしている。まずフィリップの評価……つまり、君の行動に対する我々の見解だ。まず藤原書記は?」

「私は、フィリップ君がいて楽しかったですよ。それにとってもいい子じゃないですか。確かに変なとこ沢山ありますけど、それも含めて魅力だと思います」

「そうか。それで……四宮は?」

「……修正すべき点は多々あります。このままでは、我が校に相応しくない点も見受けられます。ですが」

「…」

「学校とは、勉学に励み、適性を伸ばし、欠点を克服するための施設です。ましてこの秀知院は、国の為に優れた人間を育成するべく設立されたもの。それを拒否するなら、この学園の存続する意味はありませんね」

「石上会計、君の意見は?」

「……」

 

 胸が張り裂けそうな気持ちを抑えて、フィリップは恐ろしげに石上を見る。

 石上は、閉じていた眼を、ようやく少し開けてフィリップを見た。

 

「……空気読めないとか、そもそも僕が言えた義理じゃないんで。正直、この人がいてくれると助かります」

「石上優……」

「……僕こそ、悪かった。そっちが傷つくのを知ってて、勝手に見放したんだ。そっちが謝るなら、僕も同罪だ」

 

 頭を下げる石上。

『お前の罪を数えろ』

 かつての恩人の残した言葉が、フィリップの脳裏をよぎる。

 

「そして君はクラスメイトの状況を見過ごさず、安易にデマに踊らされることなく、真実を知った。友情故に。知性と優しさこそ、得難い個性。我々、秀知院学園生徒会が一番欲する素質だ」

 

 そう言って、白銀はフィリップにあるモノを手渡した。

 秀知院生徒会メンバーが代々受け継ぐ、仲間の証である。即ち、生徒会メンバー追加申請書と、そこに書かれた会長の推薦文。

 

「改めて要請する。君を、生徒会のメンバーに迎え入れたい。君は俺達に必要な人材だ」

「……」

「評価は得た。後は君が、これから自身にどういう価値を付けるかだ」

 

 必要とされること。

 それが、とても嬉しいものであるということを、フィリップは今更ながらに理解した。

 

「……協力プレイ」

「え?」

「ちょっとボス戦めんどくて。協力プレイしてくれると助かる」

 

 それは、この間言われた言葉。

 あの時は果たすことができなかった。

 しかし、これからは、共に戦う仲間だ。

 

「……分かった。任せたまえ、石上優」

「それ長くない?」

「そうだね。よろしく、優」

 

 手を伸ばすフィリップ。今度こそ石上は、それを強く掴んだのであった。

 

「ようこそ、秀知院学園生徒会へ。歓迎するぞ、フィリップ・来人」

 

 

『本日の勝敗……謎解明によりフィリップの勝利』

『備考……現庶務を『庶務長』へと異動。同時に役員を一名獲得。庶務へ任命する』

 

 

 

 

【Nを求めて/生徒会は受け入れたい】

 

 

 

 

「……それで、彼はそのまま生徒会入りですか」

「ええ、会長が決めたことですもの」

 

 何時もの寝室で、かぐやの黒い髪を梳かしながら、早坂は目を丸くして聞き返した。

 

「『フィリップ・来人がもし真実を明らかに出来たら、生徒会に入れる』……そういう取り決めでしたからね」

 

 白銀とかぐやは、フィリップの動向を確認し合った上で結論を出した。

 即ち、『フィリップの善性を見極め、方向性を決める』と言うことである。

 

「それにフィリップ君は、生徒会で管理した方が良いわ。あの子、このまま放っておいたら何をしでかすか分からないし。敵に回すより、その方が合理的よ」

「本当によろしいのですか?」

「不満なの?」

「……そうではありません。確かに、会計君の過去を一人のみで、且つかぐや様の脅迫にも屈せず解き明かしたのは見事と言うほかありません。ですが……」

 

 鏡越しに、かぐやは早坂を見る。

 真顔で早坂は回答した。

 

「かぐや様に何事もないのか……それが心配なだけです。なんと言うか、彼は……底知れない『何か』があるような気がして」

 

 早坂にとって望むのは、主であるかぐやの平穏。

 それは、自分にとっての平穏でもあるからである。

 

「……構わない」

「え?」

「フィリップ・来人は、私にとって害ではないわ。もちろん、会長にも生徒会にもね」

 

 かぐやの目は確信に満ちていた。

 彼は純粋である。

 純粋故に、敵意は無い。これから変わっていく存在。

 

 それが、かぐやの出した結論であった。

 

『煮え切らない半熟卵(ハーフボイルド)だけどね……彼の優しさに、僕は救われた』

『人の心の温かさに、僕は触れることができた。だから僕は変われた』

 

 まさか、自分以外にいるとは思わなかった。

 人の温かさに触れて、変わることができた人が。そして白銀御行の本質を、こうも早くに見抜く人が。

 

「会長も言っていたけれど、友人の為に納得のいくまで調べるのは、寧ろ長所とも言えるわ。多少は加減を覚えなくてはいけないけど」

「……まぁ、私やかぐや様が、今更『過去を漁るな』とは言えませんからね」

「あら、私は『無闇に人を傷つけるな』と言っただけよ。『他人の懐を探るな』なんて、私が言うわけ無いじゃない」

「なるほど、そういう事ですか。キチンと自覚があったんですね。私はまたてっきり盛大なブーメランかと」

「とにかく」

 

 かぐやは会話を打ち切った。

 そう。

 彼女は『調べるな』とは一言も言っていない。フィリップの自身さえ顧みない行動を諌めただけである。地味に彼女は、自身への跳ね返りは避けていた。

 

「彼も今回のことで、他人のプライベートに軽々踏み込みはしないでしょう。なら問題は無いわ」

「はぁ……」

「早坂、私の目が信用できない?」

「……いいえ。かぐや様が仰るのでしたら、私に異存はありません。本邸への報告は私の方で」

「ありがとう。よろしく頼むわね」

「かしこまりました」

 

 その夜、かぐやは夢を見た。

 

 シャンデリアのある広間で、皆が踊っている光景。

 家族がいる。

 一人の小さな男の子と、二人の姉がいる。

 

 そして……かぐやの夢はここで終わる。朝には覚えていなかった。

 




次回、フィリップの悪癖改善の為に、生徒会が奮戦します。
結果は……お察しください。

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