フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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今回、『ちんちん』に爆笑するかぐやに興味を持ったフィリップが、様々な下ネタをけしかけてかぐやを悶絶させる。
というエピソードを考えたんですが、流石に鬼畜過ぎるので止めました。


10話【飴と鞭なT/フィリップ・来人は修正したい】

 秀知院学園生徒会室。

 新生徒会メンバー、フィリップ・来人は皆を前に、恭しく礼をした。

 

「改めて、フィリップ・来人です。よろしくお願いします」

「よろしくー、フィリップ君!」

「と言うわけで皆、これからは彼を含めた新メンバーで、残り任期を務める。頑張って乗り切ろう!」

「おー!」

 

 藤原が高々と手を掲げる。

 

「ありがとう、みんな。迷惑を掛けるかもしれないけど、頑張るよ」

「ああ。取り敢えず、仕事に関しては俺や皆が教える。初めは不慣れなことも多いだろうが」

「大丈夫ですよ、会長。フィリップ君、凄い頭良いんですから。庶務の仕事くらいちょちょいのちょいですって」

 

 藤原が肩を叩きながら言う。

 彼女の横では、クラスメイトであり、新しい友人の石上が微笑を浮かべて頷いていた。

 

「具体的に、庶務は何をすればいいんだい? あ、いや……いいんですか?」

「気にするなフィリップ。ここは俺達だけだ。喋り易い話し方でいい」

「あくまで生徒会室の中でのみ、ですよ。外での礼儀作法はしっかりと学びなさい。いいですね?」

 

 そう言って、四宮かぐやがフィリップの肩を叩く。

 彼女も、柔らかな物腰ながら、しっかりと先達として導こうという、貴族の令嬢ならではの雰囲気が伝わってきた。

 

「分かりました……あ、分かったよ、四宮さん」

 

 戸惑いながらも頷くフィリップ。

 それを見て、藤原は会長である白銀の肩を叩いて耳打ちした。

 

(なんだか、かぐやさん、お姉さんみたいですね)

(ん? ああ、なんだかんだで四宮も面倒見がいいからな)

 

 並んで見比べると、確かに二人は姉弟に見えなくもない。

 

「それで結局、僕は何をするんだい?」

「ああ、それなんだが。ここにリストアップした仕事を順次こなしてもらうことにした」

「……備品のチェック、修理業者への発注、部活動の動向調査……」

 

 見たことのない仕事ばかりである。探偵としてフィリップは家の中で推理を巡らせるのみ。あとは犯罪者と直接殴りあう以外、殆ど経験がない。

 

「まあいきなり全てをやってもらう必要は無い。少しずつこなそうじゃないか」

「でも……ぶっちゃけフィリップに庶務の仕事って、才能の無駄使いな気がしますけど」

「そうなのかい、優?」

「総務的なポジションって言うけど要は雑用でしょ? 他の部署を手伝うにしても、会長や四宮先輩は手伝う前に終わらせちゃうし、僕にしたって……」

 

 言い掛けて、石上はじっと藤原を凝視した。

 

「な、なんですか、石上君?」

「いっそ藤原先輩を庶務にして、書記をフィリップに引き継いでもらったらどうですか?」

「それって左遷だよね!? 私飛ばされてるよね!!?」

「コンバートですよ。適材適所です」

 

 石上、とみに藤原へのツッコミは切れ味を増していた。

 必死に食い下がる藤原。

 

「ふうん、庶務は雑用係なんだね。藤原さんはそれに適任と言う事か。理解したよ」

「違うよ! 書記って大変だからね!? 字も綺麗じゃないと務まらないし!」

 

 絶妙なタイミングで斬り込むフィリップ。

 この急造の一年生コンビは、藤原に対して絶大な破壊力を発揮することになるのである。

 

(石上君、たまにはいいこと言うわね。フィリップ君の観察眼も適格だわ)

 

 かぐやは冷静に状況を分析した。

 四宮家の血統は、時に友人さえ容赦なく切って捨てる。

 

「もー、そんな事言う石上君には、これあげませんからね」

「あら、何ですかそれは?」

「まさかまたハチノコじゃないだろうな?」

「違いますよ。フィリップ君の就任祝いに、食べようって持ってきたんです」

 

 それ以前に、フィリップが生徒会のメンバーとして仕事をするにはあることをクリアしなければいけない。

 これを抜きにしては、生徒会の仕事どころではない。

 

「それは……」

「鱧のおばんざいです。初物ですよ」

「……」

 

 タッパーに詰められた、香ばしい匂いを発する食べ物。茶色く彩られた魚の切り身が、フィリップの視界に飛び込んだ。

 

「ほう、美味そうだな」

「でしょ? この間、おじい様が送って下さったんです」

「へえ、僕は鱧って初めてです」

「京都では割と見られますよ。鱧のおばんざいは、地元の人にも愛されてますから」

 

 かぐやが解説する。

 

 鱧。

 初夏を告げる夏の風物詩として関西圏では親しまれている。

 関東では高級食材としての側面が強調されるが、関西では『おばんざい』──つまり、一般家庭の惣菜としても食べられる魚介類なのである。

 

「美味しそうですね」

「石上君にはあげませーん」

「え、本当の事言っただけじゃないですか?」

「そうやって石上君は……」

 

 しかめ面をする石上と、頬を膨らませる藤原。

 ここまでならば、いつもの生徒会の日常として済まされ、かぐやや藤原が勝負事のネタに使う位で済んでいた。

 

「……」

 

 だが、フィリップにとって、これは二重に垂涎の的となっていた!

 

「フィリップ君も一つどうですか?」

「おばんざい……これが」

「え?」

「これが『おばんざい』! 昨日検索したばかりだ! まさか実物を見られるなんて!」

 

 目を輝かせ、藤原の持つタッパーに顔を寄せるフィリップ。

 生徒会が、自分を受け入れてくれた……その事実は、フィリップの自制心を振り切る事さえも容易にしてしまう。

 

「ハモ……ウナギ目ハモ科に分類される魚類で、その名称の由来は中国のハイマンとする説と、その食感に由来する説、もしくはとげ状の刃に由来すると言われて定かではない。尤も中国語の場合……」

「ふぃ、フィリップ庶務、どうした……?」

「その独特の形状には複雑な骨が関係していて、骨を取り除くことが難しく調理には適さない。だが『骨切り』と呼ばれる技法を駆使して口に障らない程に細かく刻むことによって食感、及び味わいが飛躍的に向上するしかしこの技術には独特の修練と専用の道具が必要になりこの技術を習得している調理師は殆どいない。鱧はイクシオトキシン毒を少量血液に持つため必ず熱処理を施して……」

「フィリップ……くん?」

 

 かぐやでさえ、フィリップの豹変に付いて行けずに、たじろぐしかない。

 そしてフィリップは生徒会室に備え付きのホワイトボードへと向かうと、事務所のガレージでやっているように、一気にボードにペンを走らせた。

 

 ギョッとして白銀が止めに入る。

 

「フィリップ、落ち着け!」

「離してくれ会長……僕は……僕は鱧の全てを極めないといけないんだ……ハァハァ……実物を見れて良かった……ゾクゾクするよ、フ、フフッフ……!!」

「オイみんなーっ! フィリップを止めろーっ!!」

 

 その後、生徒会メンバーが必死に呼びかけてもフィリップは戻らず、彼が解説と検証を一通り終えるまでの1時間、その検索は止まらなかった。

 

 

 

 

【飴と鞭なT/フィリップ・来人は修正したい】

 

 

 

 

 日が傾き始めた頃。

 心身ともに疲れ果てた生徒会メンバー。

 彼等の視線を一斉に浴びて、フィリップは頭を下げた。

 

「すまない……」

「……」

 

 それに対し、ようやく落ち着きを取り戻した白銀が、口を開く。

 

「石上会計から不気味な……いや、不思議な部分はあると聞いてはいた。だが……」

「これは予想以上ですね」

 

 かぐやも汗を堪えての言葉。

 その内、おずおずとフィリップは語り始めた。

 

「知らない単語や、『謎』というモノに対して、僕は異様なまでに執着してしまうんだ……一度火が付くと、納得いくまで調べようとして止まらない」

「それが前言ってた『知識の暴走』ってやつか」

 

 白銀の言葉に、しどろもどろに、こうなった時用の解説を並べ立てるフィリップ。

 石上もようやく復帰し、状況を整理した。

 

「えっと、つまり……フィリップは記憶喪失になって以来、聞きなれない単語を聞くと、その単語を思い出そうとしたり知ろうとしたりして、脳が暴走しちゃう……ってこと?」

「……端的に言うとそうなる」

 

『地球の本棚』のことを説明せず、自分の欠点だけを抜き出して言うと、どうしてもこの様なねじくれた解説になってしまう。

 

「元々、僕は子供の頃に……その、相当な量の知識を、頭に叩き込まれたらしいんだ。でも記憶喪失になって以来、一般常識も含めて全ての記憶や知識がリセットされてしまって……」

「単語を聞いて思い出しはするけど、その知識を思い出す過程で興奮状態になって、周りが見えなくなる、と言う事ですね?」

「頭の中に本自体はあるけど、読んでないって感じかな?」

 

 事情を知らずに言った発言ではあるが、石上の指摘はまさしくその通りであった。

 

「今の家族に引き取られてから、最初はジャンケンも知らなかった」

「え、マジで?」

「今では流石にそこまで常識知らずではないが……」

「でも凄い量の知識を勉強したんですね、フィリップ君って。ねえ、かぐやさん」

「……」

「かぐやさん?」

「え? あ、ああ、ええ。そうですね」

 

 かぐやの脳裏に、早坂の報告が蘇る。

 

 フィリップ・来人に関しては、殆どの情報が白紙である。と。

 記憶喪失でありながらも、大量の知識を有し、それでいて自分に匹敵する頭の回転の速さ。

 

 明らかに彼は歪な存在であった。

 

(やはりフィリップ君……真実全てを打ち明けているわけではないようですね)

 

 だが、かぐやも先の一件で、フィリップの人柄を認めていた。確かに異常なまでの知識欲である。ただ彼自身や、周りがどう受け止めるか次第。

 

(まぁ会長や藤原さんはフィリップ君の事を根掘り葉掘り聞くような人間ではありませんし、石上君もこうして打ち明けてくれた以上、無用な追及はしないでしょう)

 

 実際、生徒会メンバーは、このフィリップの発言に対して違和感を覚えてはいた。

 

 しかし秘密は誰しもあるモノ。

 本質を知っている白銀や藤原はもとより、自身の無実を信じてくれた石上も、フィリップの秘密を暴こうとはしなかった。

 

 かぐや自身、周りから畏怖と敬意をない交ぜにされ、疎まれ、僻まれ、特異な環境を呪いながら生きた身である。

 今更フィリップの特殊性を否定するつもりは無かった。

 

(それに少々厄介ではありますが、私達でフォローすれば問題は……)

 

 と、この時には思っていた。

 

「ちなみに、他に知らないモノってあるんですか?」

 

 藤原書記が、乱れた髪の毛を直しながら質問する。

 

「さっきも言ったように、寧ろ常識的な言葉や概念を知らない方が多いんだ。最新の流行や学問については、日々閲覧しているからね。他の人より詳しい位だ」

「さっきは『おばんざい』知らなかったよね?『たこ焼き』は?」

「既に検索した」

「『お好み焼き』は?」

「粉もの繋がりで検索済みさ」

「『ボタンハモ』は? 『盛岡冷麺』は? 『ビーフストロガノフ』は?」

「藤原先輩……遊んでません?」

 

 恐る恐る石上がツッコむ。

 

「『ビーフストロガノフ』……ロシアの貴族、ストロガノフがフランス人シェフの手によって造らせた煮込み料理。『ビーフ』と言うと牛肉を連想しがちだが、これはロシア語では『~~流』を意味する単語で、牛肉にこだわる必要は無い。作り方は……」

 

 だが遅かった。

 

「ほらぁ! 余計な火種増やしてどうするんですか!?」

「藤原書記ぃー! お前ぇーっ!」

「ごめんなさーい!」

 

 慌てて藤原はフィリップを止めに入る。その様子を、かぐやは見て肩を落とす。

 

(だ、だめだわ……このままじゃ、フィリップ君のお世話で生徒会の仕事が潰れてしまう。そうしたら会長との時間が……)

 

 藤原という女、もしや5分前の狂気をもう記憶から消し去ったのではないだろうか。本当に異常なのはこの女ではないか。

 頭の片隅でそう思った。

 

(とは言え推薦したのは私だし……四宮の人間が、一度口にしたことを安易に取り消すわけにもいかないわ。何とか対策を考えないと)

 

 一歩下がってフィリップを観察する。

 2度目と言うこともあり、流石に自制心が働いたのか、そこまで暴走せずに止めることは出来た。

 

「はぁ、はぁ……」

「……やはり、僕には難しいんだろうか」

 

 息を荒げる面々を見て、うな垂れるフィリップ。

 しかし、フィリップを受け入れると決めたのは他ならぬ会長の白銀である。彼も面倒見の良い性格上、フィリップを放っておくつもりなどなかった。

 

「そ、そんなことは無い。個性も磨けば長所で、武器だ。これから頑張っていけば良い」

「そうですよ。目の前のことに全力で興味を持つって、すごく素敵な事です。無気力でダラダラ生きてて惰性でゲームばっかりやってる引き籠もりより百倍マシです」

「藤原先輩も大概正論のナイフで人抉ってますよね」

 

 石上の精神にキックストライク炸裂。

 しかしフィリップは目の前の問題に解決策を持てないでいた。

 

「……ああ。確かにその通りだ。でも、長年染みついた癖で、なかなか消えない」

「出来ないと決めつけるのには早いですよ」

 

 その時、かぐやがフィリップの肩に手を置いた。

 

「それにフィリップ君は、今まで外に出なかったんでしょう? なら、試してない事も多い筈です。皆で協力して、乗り切りましょう」

 

 彼女としても、後々の不安材料となるものは、早々に処理しなければならない。

 

(会長を落とすためには、フィリップ君の知識欲問題をなんとかしないと。これはもう藤原さんどころじゃないわ)

 

「……分かった」

 

 心の平静を取り戻し、フィリップもようやく、自分の問題と向き合うことを決めた。

 フィリップとしても、自分の欠点を曝け出して尚、こうも言ってくれる学友に応えたい。そう思っていた。

 

「でも実際どうします? 僕が見る限り、まだ授業中とかは起きてないですけど……」

「授業に関しては問題ない。あの程度の教科書レベルなら、僕はとっくに閲覧済みだからね。少なくとも高校生の勉強で僕が興味をそそられることは無いよ」

「……」

 

 白銀の心とプライドに、クリティカルストライクが直撃。

 しかし、舌を噛むことで何とか耐え、問題改善を第一とした。

 

「ま、まぁ、とにかく……問題はその他の日常生活だ。知らない事にいつ触れるか分からん。そうなった場合の対処法を考えるべきだ」

「……そうですね。ここは」

「私に任せてください!」

 

 顎に指を当てて、対策を考え出すかぐや。

 その時、藤原が手を上げる。

 

「ん?」

「パブロフ条件反射です!」

 

 パブロフ条件反射。

 旧ソ連の生理学者イワン・パブロフによって提唱・発見された、反射行動を利用した訓練法である。

 

「よく『梅干しを見るとツバが湧く』って言うじゃないですか。これは梅干しを食べた時の状態を脳が覚えていて、それが習慣化されて起きると言われているんです」

「へえ…藤原先輩、そんな事にも詳しいですね。ちょっと意外です」

「えっへん」

 

 胸を張る藤原。それを見た石上が尋ねた。

 

「それで具体的にどうするんですか?」

「何かご褒美を用意するんです。甘いモノを食べるとか、頭を撫でてもらうとか。そうするとやがて、ご褒美のアクションだけで衝動を抑えるように、脳が指令を出すんです」

「なんだか犬の躾みたいになってません?」

「石上君失礼ですよ。これはれっきとしたメンタルトレーニングの一種です。私も、ペスの世話で成果は実証済みですからね」

「やっぱペット扱いじゃねーか」

 

 愛犬の名を出した藤原。

 

 石上は思った。この女、もしかするとフィリップを新しい飼い犬か、あるいはオモチャ扱いしているのではないだろうかと。

 このままでは折角できた同学年の友人を実験動物として使いかねない。

 

 この時、彼は固く誓う。藤原千花にフィリップ・来人で遊ばせてはならないと。

 

「しかし話を聞くと、何とかやれそうだな」

「フィリップ君はどう思いますか?」

「……やってみよう。僕も出来る事は試したい」

 

 フィリップは「お願いします」と、皆に頭を下げた。

 こう来られると、なんだかんだで面倒見の良い生徒会も協力することを決めたのであった。

 

(……大丈夫かしら。藤原さんのアイデアとか、不安しかないのだけれど)

 

 かぐやの心の声は、石上や白銀の心境と完全にシンクロしていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌日、同時刻に集まった生徒会メンバーの中で、言い出しっぺの藤原が率先して指揮を執ることになった。

 

「これはスタンプカードです。暴走を抑えきれなかったらアウトです」

「ふむふむ」

「3つ溜まってしまったら、このハリセンでバーンと叩きます」

「……どっかのバラエティみたいだな」

「逆に暴走を抑えきれれば、セーフです。こっちの裏面にハンコを押します。これが3つ溜まればご褒美です。これを目指して頑張りましょう」

 

 そう言ってフィリップに、朝のラジオ体操で使うような紙製のカードを首に掛けさせる。

 

「四宮、どう思う? 上手く行くだろうか?」

 

 白銀は隣に立つかぐやに、率直な感想を求めることにした。

 

「方法自体は理に適っていると思います。昨日私も調べましたが、パブロフ条件反射は動物の躾のみならず、スポーツ選手のメンタルトレーニングにも使われているそうですし」

「……一定の効果は認められる、か」

 

 かぐやが言うのであれば、説得力は増す。何はともあれ、やって見なければ始まらない。

 

「フィリップはどうだ? やれそうか?」

「……ありがとう、皆」

「え?」

「僕は勝手に決めつけていた。知識の暴走を見て、君達が離れていくんじゃないかって。だから、学校へ行くのも今まで躊躇っていた」

 

 そう言って顔を翳らせるフィリップ。しかし、すぐに明るくなり、顔を上げた。

 

「けれど、事実を知っても嫌がらずに、ここまでやってくれた。僕にはそれが嬉しい」

「……何を気にする必要がある、フィリップ庶務」

「会長…」

「お前はもう俺達の仲間だ。その分、そっちが俺達をフォローしてくれればいいさ」

 

 その決意に、白銀も答えた。

 かぐやもまた、フィリップの肩に手を置き、励ます。

 

「フィリップ君。自分を変えたいのでしょう? なら行動あるのみよ」

「ああ……分かったよ四宮さん。僕は自分を変えてみせる!」

「その意気ですよフィリップ君!」

「ああ。よろしく頼む、藤原さん」

 

 こうして生徒会メンバーによる、フィリップの暴走矯正の特訓が始まった。

 

「ちなみに昨日のやり取りで既に2回暴走しているので、スタンプは2つ溜まってます。気を付けて下さいね」

「ああ、分かったよ」

「早速リーチ掛かってるじゃないですか」

「当然です。明日からとか生温いこと言っていたら本人の為になりませんよ」

「2つともキッカケ作ったの藤原先輩ですよね」

 

 藤原、容赦がない。鬼の所業である。

 

(あれで藤原書記の奴、結構スパルタなんだよな……)

 

 経験者の白銀は特訓の日々を思い返していた。

 ともあれ、これがプラスの方向に働けば、生徒会としても喜ばしい。

 しかし、

 

 

「こんにちは」

 

 

 かつて、とある物理学者は言った。

『神はサイコロを振らない』と。

 

「あら、柏木さん?」

「あ、取り込み中ですか?」

「いいえ。お気になさらず」

 

 突如、生徒会室を開けた生徒の声によって、話は一旦中断された。

 フィリップは今入ってきた、黒髪の女子を見た。

 

「彼女は誰だい?」

「二年の柏木先輩だよ」

「私や会長と同じクラスなんですよ」

 

 石上や藤原が説明する。

 白銀と四宮は、すぐに入ってきた柏木に対応した。

 

「今日はどうしました?」

「この間の、ボランティア部の活動報告の件なんですけど……」

「ああ、書類が出来上がったんだな。見せてくれ」

「一応レイアウトは出来たんですけど、どうでしょうか?」

「そうですね。とても良くできていると思いますよ」

「俺も四宮と同意見だ。二人とも、この短期間に凄いな」

「お二人のお陰です」

 

 和気あいあいと会話を続ける3人。とても良い雰囲気だとフィリップは思った。

 同時に、ただの同学年や、クラスメイトとしてだけではない繋がりを何となく感じ取っていた。

 

「会長たちとは随分と仲がいいんだね?」

「えっへっへ。実はですねえ……」

「……」

「…? 優、顔色が優れないけど?」

「い、いや……」

 

 ニヤニヤする藤原と、俯いて泣きそうな顔をする石上。

 尋ねようとするフィリップだが、藤原が先に回答した。

 

「柏木さんには、彼氏がいるんですけどね。もともと奥手で中々上手く行かなくて。それを取り持ってあげたんです」

「それで会長や四宮さんとは親しいんだね?」

「はい。その後も私達が色々と相談に乗ってあげてるんですよ」

「……ホント、マジ死なねえかな」

「何か言ったかい、優?」

「別に」

 

 ブツブツと謎の低音を発する石上。

 フィリップは並々ならぬ狂気を感じ取ったが、以前のように石上が自殺衝動に駆られる気がして、追求を止めた。

 

 だが、もしかすると聞いておくべきだったかもしれない

 少なくとも石上の青春ヘイトに聞き入っていれば、騒動は避けられた。

 

「言うなれば、私達は恋のキューピットなんです」

「こいのきゅーぴっど?」

「今ではアツアツのカップルなんですよ。いやぁ、『恋の謎』を解き明かすのも、このラブ探偵チカの手による……」

「あ」

「……あ」

 

 藤原、3度目の自爆スイッチを押す。

 自ら地獄の門を開くも、時すでに遅し。

 吐いたツバは呑み込めない。

 

 

「『こいのきゅーぴっど』……聞いたことのない単語だ……それに『恋の謎』……聞いているだけでゾクゾクする……!!」

 

 

「柏木先輩、今すぐ逃げてください!」

 

 石上に出来るのは、被害を抑えることだけだった。

 

「君! 柏木さんと言ったね?」

「え? あ、う、うん……」

「二人の恋の謎とは何なんだい!? 恋愛がどうして謎解きになるんだ!?」

「はいっ!?」

 

 ズイと顔を突き合わせるフィリップ。

 柏木はいきなりの出来事にドン引きするしかない。

 

「君達はどうやってお互いを好きになって、どうやってカップルになったんだ!? 是非教えてくれ!」

「あ、あの、ちょっと……!?」

「恋愛は謎……一体、どういう事なんだ? 推理小説やラブロマンスを描いたフィクションでは恋愛を主軸にした事件や事故が多発する傾向にあるがあくまでそれは事件の動機に結びつくだけであり痴情のもつれなどのトラブルの火種にしかならないがこの場合柏木さんと恋人の関係性そのものが謎を誘発していると考えられて……」

 

 しかしフィリップの暴走は止まらない!

 

 再びホワイトボードまで走り抜き、ペンを走らせる。

 あっという間に、ボードは『恋愛の謎』に関する項目で埋め尽くされていった。

 

「あ、あの、あの人、一体……?」

「き、気にしないでくれ。この間入った新メンバーでな。ちょっと変わってるんだ。は、ははは……」

「か、柏木さん。ちょっと、あちらでお話しましょう。ね?」

 

 すぐさま会長と副会長、事態の収束に走る!

 こういった時、二人の連携は神々をも凌駕するのだ!

 

「今すぐ行きましょう。さあさあ」

「え、あの……」

「早く」

「は、はいっ」

 

 かぐやが背中を押して、柏木を生徒会室より連れ出す。

 それを見たフィリップは慌てて飛び出した。

 

「あ、ま、待ってくれ! 恋の謎のことを詳しく……!」

「フィリップ庶務、落ち着け」

「……あ」

 

 白銀が羽交い絞めでフィリップを止める。同時に聞こえる、バタンと言う重い扉が閉まる音。

 ようやく、フィリップは我に返った。

 

「……会長、僕は……」

「ああ、その通りだ」

「……やってしまった。始めようとした矢先に……藤原さんの言葉に興味が出てしまって……」

 

 その場でガックリと膝をついたフィリップ。

 冷たい空気が流れていく中、石上は口を開いた。

 

 即ち、今日最大の戦犯への追求である。

 

「藤原先輩、何か言うことないんすか?」

「え、ええーっとね……」

「……」

「ごめんなさい、私も叩かれるからね……」

「……」

「フィ、フィリップ君。アウトーッ!」

 

「「誰のせいだよ!」」

 

 二人の男が叫ぶ。

 その後、柏木を何とか宥めて誤魔化したかぐやは、記念すべきハリセン一発目をお見舞いした。

 これは長い彼らの戦いの、ほんの序章にしか過ぎなかった。

 

 

『本日の勝敗……フィリップ&藤原:アウト』

 

 




次回、フィリップのお手伝い編へと続きます。
ちゃんと彼も見せる時は見せます。

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