フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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ここまで伸びるのは自分でも予想外だったので、意外な展開に驚きつつも、とても嬉しいです。
これからも、応援よろしくお願いします。




11話【飴と鞭なT/かぐや様は褒めてあげたい】

 私立秀知院学園の生徒会メンバーは、全校生徒からの注目の的となる。特に会長と副会長は、まるで王者の行進の如く、その姿を見るだけで行列ができる程である。

 

「おはようございます。白銀会長、四宮副会長」

「ああ、おはよう」

「あら、ごきげんよう」

 

 生徒会室へと向かう白銀とかぐや。

 そこへフィリップが追いつき、声を掛ける。

 

「あら、あの人は誰?」

「白銀会長や、四宮副会長と親しげに話しているなんて……」

「羨ましいわ」

 

 全校生徒が注目する中、その視線を一切気にせずに、両名に歩み寄るフィリップ。

 

「前回の報告書だ。後で目を通しておいてくれたまえ」

「ああ。ありがとう」

「ご苦労様です、フィリップ君」

 

 ここ数週間、フィリップは着実に仕事を覚え、こなしていった。

 その習熟速度は、天才のかぐやでさえも感心するほどである。

 

「……フフッ」

「なんだ? えらく楽しそうだな」

「何か、面白いことでも?」

「会長……それに四宮副会長……その様子だと、君達は知らないようだね?」

「え」

「あ」

 

 しかし、それで解決ならばそもそもこの物語は始まっていない。

 

「四宮!」

「ええ、分かってます。フィリップ君、ちょっとあっちへ行きましょう」

「ハンバーグという食べ物を! 君達は知らないだろう!?」

 

 彼の常識の無さは、未だに改善されなかった!

 

「昼に会長や藤原さんが食べているのを見て検索したのさハンバーグとは……」

「はいはい分かりました分かりました」

「凄い凄い、正に世紀の大発見だな」

 

 白銀は真っ先にフィリップの首根っこを掴み、目の前の生徒会室へと全力ダッシュ!

 一方、四宮は即座に彼を隠すように背後に立ち、全校生徒へ無言のスマイル!

 

「うふふ、皆さん今日も一日、頑張りましょうね」

「きゃー、かぐや様に微笑まれたわ!」

「もう俺、死んでもいい!」

「ナイスだ四宮!」

 

 かぐやのフォローを受け、白銀は一気に生徒会室へと駆けこんだ。

 

「では皆さん、ごきげんよう」

 

 生徒会室へと消えていく二人を見送って、改めて四宮も生徒会室への門をくぐっていく。

 後には、何も知らない生徒だけが残された。

 

 フィリップへのハリセン、3回目。

 ちなみにセーフの回数、0回

 

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 その日の放課後。

 生徒会メンバーは再び集まり、今後の方針を決めようとしていた。

 

「今月に入って、5回目ですね」

 

 かぐやは、フィリップの首に下げられたスタンプカードを見つめて言った。

 

「流石に自分が情けなくなってきたよ」

 

 肩を落とし、落ち込むフィリップ。

 仕事自体はこなしている。寧ろそのタスクスキルは素晴らしい。倉庫の在庫処理を1時間かけずに済ませたのは、彼の情報処理能力故である。

 

「……」

「き、気にするなフィリップ庶務。初めは上手くいかないもんだ」

「でもこのままじゃ、皆に合わせる顔が無い。優や藤原さんも協力してくれているのに」

「そう言うな。誰にだって苦手なことはある。お前はそれがたまたま人目に付きやすいってだけの話だ」

 

 そう言って白銀は励ました。眉をしかめたい時もあるが、それでも必死に頑張る姿を見れば、見捨てたくはない。

 

(もしかすると藤原も、俺の欠点克服に付き合ってくれている時、こんな気持ちだったのか……)

 

 実際のところ、一人で負担をかけている分、藤原のストレスは白銀が感じているよりも遥かに強烈なのだが、白銀にその自覚はまだなかった。

 

「他の方法を考えた方が良いんじゃないですか?」

「ええっ、駄目ですよ。こういうのは積み重ねなんですから」

「そうかもしれませんけど……」

 

 石上が難色を示すも、食い下がる藤原。

 しかし横で見ていたかぐやも、頭を悩ませていた。

 

(確かに、現状大して成果は上がっていませんね……このままではフィリップ君の自信喪失に繋がる可能性もありえる)

 

 藤原の提唱するパブロフ条件反射は、弱点も孕んでいる。欠点をそのままにした場合、トラウマとして残ってしまうことである。

 解消に失敗すれば、今後フィリップの悪癖改善は更に難易度の高いものとなる。

 

 それだけは避けたかった。

 

(……何かテコ入れを考えますか)

 

「会長、一息入れましょう。紅茶を入れてきます」

「ああ、すまん。頼めるか」

「はい」

 

 いっそ、脳改造手術でも受けさせようか。

 ふとそんな事を頭に思い浮かべ、かぐやが給湯室へ消えた時である。

 

「失礼します」

「ん? 四宮、何か……」

「生徒会長はいらっしゃいますか?」

 

 生徒会室への扉が不意に開いた。

 

 

 

 

【飴と鞭なT/かぐや様は褒めてあげたい】

 

 

 

 

 秀知院の生徒会室は、基本的に施錠されず誰でも入れる。これは『生徒たちの悩み、要望を常に受け入れる』と言う、先代からの教えに拠るものである。

 

 白銀もそれを踏襲しているのだが、それは必ずしもプラスには働かなかった。

 

「何かな?」

「部活動の予算案に関して、ご相談があって来ました。お時間宜しいですか?」

 

 やってきた生徒を、フィリップは観察した。目の前にいる小柄な青年は、この間の柏木とは雰囲気が違う。

 1年生の教室で見たことは無いが、フィリップが目を引いたのは初対面だからではない。

 

「今すぐにか?」

「はい。是非お願いします」

 

(『慇懃無礼』……と言う四字熟語がピッタリだ)

 

 目の前の少年は、白銀に対してまるで尊敬の念を持っていない。それどころか、見下している態度を崩そうともしない。

 

「次に来る時には、予め伝えてもらえるとありがたい。我々もそう暇じゃないんでな」

「そうですか? 話には聞いてますよ、新しくメンバーが増えたそうじゃないですか」

「……」

「今更、新人教育に裂く時間があるなら……僕達の活動にも気を遣って頂きたいですね」

 

 そう言って、ソファに座るフィリップを見る。口の端が僅かに上がるのを見逃さなかった。

 温和な藤原でさえ、むっと口を真一文字にしている。

 

 横目で見ると、石上は嫌悪感を露わにして、顔を背けている。

 彼が嫌う人種……というだけで、大体の人柄は理解した。

 

 そして。

 

「あら……充分に気を遣っていると、私達は自負しておりますが」

 

 彼は実に俗物根性の塊であることも。

 

「し、四宮副会長……!?」

「こんにちは」

「……っ」

 

 フィリップの視線がかぐやに集中した。

 以前、石上の事件について質問した時、自分に向けた冷徹な女王の目つきである。口元こそ笑っているが、顔は笑っていない。

 男子生徒は一瞬にして凍りついた。

 

「す、すいません。お取込み中だったんですねっ」

「構いませんよ、どうぞ入って下さい。今丁度お茶が入ったんですよ」

「い、いえ、用事を思い出しましたから!」

 

 男子はそういうと、慌てて回れ右をして出て行く。

 キッチリと扉を閉めて、姿が見えなくなった途端、扉の向こうで慌てて走って行く音が伝わってくる。

 

 一瞬、生徒会室には静寂が訪れた。

 

「……」

「……すまんな、四宮」

「会長が謝るようなことは何も」

「あ、かぐやさん手伝います」

「ありがとう」

 

 そう言って、四宮は藤原と共にカップを並べる。

 フィリップはドアを見つめながら、かぐやに向かって問いかけた。

 

「今の人……本当に予算の相談なのかい?」

「どういう意味でしょう、フィリップ君?」

「四宮さんを見て態度が変わったし……第一、あれは相談をしに来た人間の目じゃない」

「……はぁ」

 

 かぐやは溜息をついた。確かに今のやり取りを見れば、誰であれ凡その力関係は読み取れる。

 とは言え、下らない諍いにフィリップの集中力を乱したくは無かったので、今まで言わずにいたのである。

 

 やがて白銀が口を開いた。

 

「その通りだ。向こうの狙いは、端から俺だよ」

「彼の目的は何だ?」

「もうすぐ、部活連の会合があるんですよ。多分それですよね、会長?」

「部活連の会合?」

 

 単語自体は調べて知っていたが、今の行動とは結びつかない。

 藤原の言葉に、首を傾げるフィリップだが、石上が補足してくれた。

 

「この学園の部活動は、最終的に生徒会が予算を振り分けるんだ。で、それについての決定を下す話し合いだよ」

「どの部活も自分達に沢山予算を振り分けて欲しいから、この時期になると下積み交渉に来るんですよねえ」

 

 そう言って、腕を組む藤原。

 ここまで来ると、フィリップもあの男子の企みが読み取れた。

 

「なるほど。つまり、会長を口説き落とすつもりだったんだね」

「俺は混院だからな。家柄とかチラつかせて、優位な条件を飲ませようって肚なんだろ」

「こんいん?」

「私や藤原さん、石上君のように、以前から秀知院で過ごした人間を『純院』……会長やフィリップ君みたいに外部入学で入った人を『混院』と呼ぶんです。あくまで、向こうが……ですけどね」

「まぁ、ぶっちゃけ僕も混院みたいなもんですけど」

「それで四宮さんのいない隙を狙おうとしたが、彼女の登場で交渉には不利と悟り、慌てて退散した……そういう事かな?」

「イグザクトリー!」

 

 親指を立てる藤原。

 しかし彼女には珍しく、しかめ面であった。

 

「それにしても全くやり口が汚いですよ。もっと堂々としてほしいです」

「堂々と賄賂渡しに来たお前が言うな」

 

 呆れて白銀は言う。

 彼女もなんだかんだしたたかで、食わせ者であった。とは言え、コーラをプレゼント代わりに注文を付けた程度ではある。

 

「……」

「フィリップ君が気にする必要は無いわ。つまらないヒエラルキーに縛られている俗な人間に、無駄な影響を受けることはありません」

 

 四宮の家に縛られ、自分の好意すら満足に表現できない乙女が一人いたが、言及する者は一人としていなかった。

 しかし、今のやり取りはフィリップも無視できなかった。

 

「会長」

「ん?」

「僕に考えがある」

 

 ああいう人種をフィリップも知らない訳ではない。

 この秀知院は、名門・名家出身が多く在籍している。ああやって家柄を誇示し、上下関係を構築しつつ、腹を探り合う……そんなせめぎ合いが日常茶飯事なのだ。

 

「あの手合いの相手は、僕も初めてじゃないんでね」

 

 ならば、こっちも搦め手を使おうじゃないか、とフィリップは決意した。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「で、これが予算案の修正案です。お二人の要望は入っていますが、念の為にチェックして下さいね」

「ありがとうございます、四宮さん」

 

 数日後、かぐやは一人、空き教室を訪ねていた。

 先日生徒会を訪ねた少女、柏木渚らが立ち上げた『ボランティア部』の部室である。

 

「ああ、あと部で使うパソコンが一台欲しいとのことでしたね」

「あ、そうなんです。できれば、共同のがあると」

 

 そう言って、柏木は頷いた。

 

「一応、お互い個人で持ってはいるんですけど、プライバシーとかもあるし……」

「そうですね。ですが活動実績を残しておく上でも、データでの保存は必須でしょうし」

 

 後々、彼女の行き過ぎた愛は、彼氏のプライバシーなど気にすることなく突っ走り、まるで麻薬中毒にも似ている……と、ある女生徒は語る。

 

 しかし、この時点での二人は、まだ付き合いたての初々しいカップルであった。

 

「難しいでしょうか? 機材とか、一通り揃えるってなると……」

「確かに、あなた達だけを贔屓は出来ませんね。それはその通りです」

 

 皆を平等に見なければいけないのが、この生徒会活動の難点の一つである。

 部活動の実績を考慮され優遇されるケースもあるが、基本的に資金の振り分けは、公平性が求められる。如何にかぐやと言えど、友人だからと言う理由で融通は利かせられない。

 

 それだけではない。

 各部活動の部長クラスともなれば、かぐやでさえ迂闊に手を出せないVIPの子息が勢揃いしている。

 過去、やんごとなきお歴々の不興を買い、学園から追放された人間も少なくない。

 

 彼等との全面抗争は何としても避けなければならない。秀知院学園・部活連の諍いは、まさに日本の権力闘争の縮図でもあるのだ。

 

(会長を守るためには、一人一人の信頼を得ていくしかない……フィリップ君の作戦通り、ここは柏木さんから攻略すべきでしょうね)

 

 逆に部活連から信用されれば、白銀率いる生徒会の地位は盤石のものとなる。確実なのは、彼等の要望を満遍なく満たすことである。

 

「やっぱり、どこかから借りるとかしかないんでしょうか……」

「それなのですが、一つ考えがあります」

「え?」

 

 普通ならばほぼ不可能。

 しかし、今期の生徒会には、それを可能とする紛れもない超天才がいる。

 

「実はウチの新人の子のアイデアなんですが……」

「四宮さん、お待たせ」

 

 その時、ガラッと扉を開けて、一人の少年が顔を出した。

 フィリップである。

 両手に大きな段ボール箱を抱えて、ゆっくりとかぐや達に近付いてくる。

 

「フィリップ君、ご苦労様」

「こんにちは、柏木渚先輩」

「え、あ、う、うん……」

 

 柏木はギョッとした。

 先日、生徒会室を訪ねた際、いきなり自分達の恋愛に関して追求してきた謎の男子である。

 その時は、かぐやの言葉で一応納得はしたものの、あの衝撃は忘れられずにいた。

 

「えっと、あなたはこの間の……」

「この間は失礼しました」

「え?」

「フィリップ・来人です。生徒会の庶務に任命された……いや、されました」

「1年生ですが、とても優秀なんですよ」

「あ、ああ。あの噂の編入生君……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 おずおずと頭を下げる柏木。

 以前とはまるで違うフィリップの様子に毒気を抜かれていた。

 

「で、フィリップ君。どうでした?」

「動作確認も問題ない。機体の型自体は古いが、中身は最新だよ。優にもモニターしてもらったから間違いない」

「そうですか。私は門外漢ですが、大丈夫そうですね」

 

 まじまじと柏木は二人を見る。

 フィリップは手に持っている段ボールを近くの机に置き、封を開けた。

 

「それは?」

「お二人が欲しがってるものです」

「え、欲しがってる物って……もしかして」

 

 彼女の問いに頷くフィリップ。

 箱を空けると、そこから取り出されたのは、やや大きめのノートパソコンだった。

 

「使い古しのモデルを、フィリップ君が改良しました。最初に二人で使う分には十分だと思いますよ」

「これ……貴方が作ってくれたの?」

「僕は少々手を加えただけです」

「二人は部の立ち上げから始まって、本当に熱心に頑張って来ましたから。その実績を考慮してのことですよ」

 

 柏木に贈られたパソコンは、フィリップが風都のジャンク屋などを巡ってパーツを掻き集め、製作した一品である。

 彼は仮面ライダーの活動として、必要なメカニックの発明、改良、修理を一手に引き受けており、技術屋としての腕前は一流の職人に匹敵する。

 フィリップはそれを活用し、各部活の要望を文字通り『手作業』で代替することで、予算の拡張を抑える事を提案した。

 

 これならば要望を受け入れつつ、向こうの過度な干渉を抑えることが可能。

 

「……ありがとうございます」

 

 そう言って柏木は、パソコンを撫でた。

 送られた物だけではなく、彼等の純粋な厚意そのものを嬉しく思っていた。

 

「あの……君、良い人ね」

「え?」

「その、最初に見た時には不可解……じゃない、不思議な人って思っていたけど、こんな事までしてくれて」

 

 目を丸くして、フィリップはその言葉を聞いていた。

 生徒会以外にも、自分を受け入れてくれる人がいるのだと、改めて認識した。

 

「私達、皆さんの気持ちに応えられるよう頑張りますね」

「気にしないで下さい。これも生徒会の仕事ですから」

 

 自分でも意識しない内に、フィリップは笑いながら答えた。

 

 そして……その様子を、一歩離れて観察しているかぐや。

 確信する。

 この少年は、変わり始めていることを。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「はい、コレで元通りだ」

「おおーっ! ありがとうフィリップ君!」

 

 その日、かぐやが他の用を終えた時だった。

 生徒会室で、フィリップがある物を藤原に手渡しているのを見つけた。

 

「藤原さん、どうしたんですか?」

「あ、かぐやさん、見てください。フィリップ君が私の腕時計直してくれたんです」

「腕時計?」

 

 藤原の手には、明らかに年代ものと分かる革製ベルトの腕時計が置かれている。

 

「時間見る時はスマホで済ませちゃうから、どうしても必要って訳じゃないんですけど……これ、おじい様から貰った品だから大切にしたくて」

「保存状態がそのままだったのが幸いしたよ。ちょっと歯車のズレを直しただけさ」

「これは相当なアンティークですね」

 

 時計を見るかぐや。

 専門家ではないが、高価な物品を見慣れていた彼女には、相当の値打ち物であるのが容易に想像できた。

 

(修理には専門の技術や道具が必要な筈…それを容易にこなせるなんて)

 

 見ると、フィリップの手元には時計の修理屋が使う器具などが置いてある。一介の高校生の私物ではない。

 

「あ、私そろそろ帰らないと。それじゃあ失礼しますね」

「お疲れ様」

「お気を付けて」

 

 そうして藤原は生徒会室を出る。

 後には、フィリップとかぐやだけが残された。

 かぐやは、鼻歌交じりにいそいそと道具をまとめているフィリップを見た。

 

「フィリップ君、嬉しそうですね?」

「ああ。あれは相当に希少な腕時計だったからね。間近で見られて嬉しいよ」

「……」

「スイスで30年代に生産されたモデルの初期型だ。検索によれば、現存するものは殆ど無いとされていたからね。興味深かった」

 

 満足そうに思い出すフィリップ。

 やはりフィリップには謎がある。英才教育や、記憶喪失などで片付けられない。

 

 しかし、かぐやの興味はそんな事ではなかった。

 

「フィリップ君」

「え?」

「暴走、してませんよ」

「あ……」

「ちゃんとできてるじゃないですか」

 

 言われてフィリップ、自分の変化に気付く。

 確かに、あれ程希少な品を見れば、好奇心を抑えられなくなる筈である。

 

「どうしてだろう……」

「さっき、柏木さんと会話している時も、恋愛について尋ねませんでしたし」

「そう言えば……」

 

 自分のこれまでの行動を顧みた。しかし自分で変わっているかどうかの自覚がない。

 

「いや、疑問自体はあったんだ。今でも聞きたい気持ちはある。でも……」

「はい?」

「……皆の為だと考えたら、自然と抑えられるようになってた」

 

 言うとフィリップは自分の胸を押さえるようにして、記憶を掘り起こしていた。

 今の感覚に、どこか覚えがあったのである。

 

(そう言えば……翔太郎や皆を助ける時には、検索を中断できる時が何回かあった)

 

 検索中にも関わらず、やらなければいけない時――例えば、仮面ライダーとして変身する必要がある時には、一旦検索を中断する。

 それだけではない。未知の出来事があってもそれに注意を払わない時……それは必ず、誰か仲間が危機に陥っている時だった。

 

 亜樹子が襲われた時。

 翔太郎を頼れない時。

 共に戦う同士、照井竜が怒りに駆られた時。

 だが、初めからそうだったわけではない。

 

(翔太郎やアキちゃんが……僕をそう言う人間にしてくれたんだ)

 

 フィリップは人間離れしていても、人間である。何処にでもいる、普通の少年である。家族がそう信じ、今まで寄り添ってくれた。

 

 だからフィリップは自分でも気付かぬ間に、少しずつ兆しを見せていた。この1か月足らずだけではなく、長い月日を経て、既に彼は変わり始めていた。

 

「フィリップ君」

「え?」

「私に秘密があったとして……貴方は訊きますか?」

「秘密?」

「ええ。例えば……」

 

 かぐやはフィリップの前に立ち、呟くように口にした。

 

「『私が誰かに恋をしている』とか」

「……」

「……」

 

 二人は沈黙する。

 心なしか、かぐやの頬は赤い。

 誰もいない生徒会室。夕日が差し込み、二人を照らす。

 

 今の問いかけはどういう意味だろうか。

 検索しようとし…

 

「しないよ」

「……本当に?」

「ああ」

 

 フィリップは、それを止めた。

 

「ここはもう一つの僕の居場所だ。家族以外で初めてできた、居てもいい所なんだ。だから、僕はここを守りたい」

「……」

 

 フィリップに、恋というものは分からない。

 全てを掴める『地球の本棚』でも、人の心は読み取れない。

 

 いつか知る日が来るかもしれない。

 だけどそれは今じゃなくていい。

 

 微笑するフィリップに、自然と、かぐやの手は伸びていた。

 

「し、四宮さんっ?」

「ご褒美です」

「え?」

「さっきのボランティア部で1つ。藤原さんの時計で1つ。そして今の私の質問で1つ。3つ我慢できましたから」

 

 かぐやが、フィリップの頭を撫でていた。

 

「ご褒美と言っても、こんなものしか今は思い浮かびませんけれど」

「……」

 

 それは、子どもを母親があやすような、他愛無いものであった。身長はフィリップの方が上だが、どこか暖かい安らぎを感じていた。

 フィリップは身体が固まり、動けなくなるのを感じた。それでも嫌とは思わなかった。

 

「ありがとう」

「はい、良くできました。この調子で頑張りなさい」

「うん……」

 

 そうやって、かぐやは手を放す。

 少し寂しさを感じた。

 もう少しだけ、あの感触が続けばと、いつの間にかそう思った。

 

(なんだろう……この感覚、どこかで覚えがある)

 

「不思議ね」

「え?」

「こうして以前にも、誰かを慰めていた気がします」

「……」

 

 フィリップの脳に、一瞬だけフラッシュバックする家族の映像。

 自分には、もう肉親はいない。全てを託して地球と一体化した。

 当然、頭を撫でてもらった記憶など無い。

 

 それは、かぐやとて同じことである。

 周りから隔離され、自分の手で守るべきものもない。あるのはただ一族の教えだけ。

 誰かを慈しむことなど、無かった筈なのに。

 

「さあ、まだまだ仕事はありますからね。また明日から頑張りましょう」

「あ、ああ。そうだね」

 

 二人はその理由を検索しようとして……やめた。

 今この場で、感傷の理由を閲覧することに、意味などない。

 

 

『本日の勝敗……フィリップ:セーフ』

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 その時、生徒会室の扉の向こうで、様子を窺う影が一つだけあった。

 

(……何とか、上手くいきそうだな)

 

 白銀御行は、ホッと胸を撫で下ろしていた。

 彼はフィリップの提案を受け入れたものの、万が一を考え影ながら見守っていたのである。

 

 一瞬ハラハラする時もあったが、彼は予想以上の成果を上げてくれた。

 経団連理事の孫でもある柏木を味方に付ければ、今後の部活連との交渉も上手く行く。

 

(それはともかく……)

 

 そしてフィリップの悪癖改善も、変化の兆しが見えている。

 全ては順調である。

 

(誰だよ、四宮の好きな奴って! いるのかよ、いないのかよっ!!? ちっくしょおおおおおっっ!! そこは抑えなくてもいいよっ!! そこは訊けよフィリップううううっ!!)

 

 全ては順調である。

 今ここで、悶え苦しんでいる白銀を除けば、今のところ問題は無かった。

 




次回、青少年の教育には切っても切り離せない、『アレ』の話。
誰かが……七転八倒します。
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