フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
ここまで伸びるのは自分でも予想外だったので、意外な展開に驚きつつも、とても嬉しいです。
これからも、応援よろしくお願いします。
私立秀知院学園の生徒会メンバーは、全校生徒からの注目の的となる。特に会長と副会長は、まるで王者の行進の如く、その姿を見るだけで行列ができる程である。
「おはようございます。白銀会長、四宮副会長」
「ああ、おはよう」
「あら、ごきげんよう」
生徒会室へと向かう白銀とかぐや。
そこへフィリップが追いつき、声を掛ける。
「あら、あの人は誰?」
「白銀会長や、四宮副会長と親しげに話しているなんて……」
「羨ましいわ」
全校生徒が注目する中、その視線を一切気にせずに、両名に歩み寄るフィリップ。
「前回の報告書だ。後で目を通しておいてくれたまえ」
「ああ。ありがとう」
「ご苦労様です、フィリップ君」
ここ数週間、フィリップは着実に仕事を覚え、こなしていった。
その習熟速度は、天才のかぐやでさえも感心するほどである。
「……フフッ」
「なんだ? えらく楽しそうだな」
「何か、面白いことでも?」
「会長……それに四宮副会長……その様子だと、君達は知らないようだね?」
「え」
「あ」
しかし、それで解決ならばそもそもこの物語は始まっていない。
「四宮!」
「ええ、分かってます。フィリップ君、ちょっとあっちへ行きましょう」
「ハンバーグという食べ物を! 君達は知らないだろう!?」
彼の常識の無さは、未だに改善されなかった!
「昼に会長や藤原さんが食べているのを見て検索したのさハンバーグとは……」
「はいはい分かりました分かりました」
「凄い凄い、正に世紀の大発見だな」
白銀は真っ先にフィリップの首根っこを掴み、目の前の生徒会室へと全力ダッシュ!
一方、四宮は即座に彼を隠すように背後に立ち、全校生徒へ無言のスマイル!
「うふふ、皆さん今日も一日、頑張りましょうね」
「きゃー、かぐや様に微笑まれたわ!」
「もう俺、死んでもいい!」
「ナイスだ四宮!」
かぐやのフォローを受け、白銀は一気に生徒会室へと駆けこんだ。
「では皆さん、ごきげんよう」
生徒会室へと消えていく二人を見送って、改めて四宮も生徒会室への門をくぐっていく。
後には、何も知らない生徒だけが残された。
フィリップへのハリセン、3回目。
ちなみにセーフの回数、0回
・・・・・・・・・・・・・・
その日の放課後。
生徒会メンバーは再び集まり、今後の方針を決めようとしていた。
「今月に入って、5回目ですね」
かぐやは、フィリップの首に下げられたスタンプカードを見つめて言った。
「流石に自分が情けなくなってきたよ」
肩を落とし、落ち込むフィリップ。
仕事自体はこなしている。寧ろそのタスクスキルは素晴らしい。倉庫の在庫処理を1時間かけずに済ませたのは、彼の情報処理能力故である。
「……」
「き、気にするなフィリップ庶務。初めは上手くいかないもんだ」
「でもこのままじゃ、皆に合わせる顔が無い。優や藤原さんも協力してくれているのに」
「そう言うな。誰にだって苦手なことはある。お前はそれがたまたま人目に付きやすいってだけの話だ」
そう言って白銀は励ました。眉をしかめたい時もあるが、それでも必死に頑張る姿を見れば、見捨てたくはない。
(もしかすると藤原も、俺の欠点克服に付き合ってくれている時、こんな気持ちだったのか……)
実際のところ、一人で負担をかけている分、藤原のストレスは白銀が感じているよりも遥かに強烈なのだが、白銀にその自覚はまだなかった。
「他の方法を考えた方が良いんじゃないですか?」
「ええっ、駄目ですよ。こういうのは積み重ねなんですから」
「そうかもしれませんけど……」
石上が難色を示すも、食い下がる藤原。
しかし横で見ていたかぐやも、頭を悩ませていた。
(確かに、現状大して成果は上がっていませんね……このままではフィリップ君の自信喪失に繋がる可能性もありえる)
藤原の提唱するパブロフ条件反射は、弱点も孕んでいる。欠点をそのままにした場合、トラウマとして残ってしまうことである。
解消に失敗すれば、今後フィリップの悪癖改善は更に難易度の高いものとなる。
それだけは避けたかった。
(……何かテコ入れを考えますか)
「会長、一息入れましょう。紅茶を入れてきます」
「ああ、すまん。頼めるか」
「はい」
いっそ、脳改造手術でも受けさせようか。
ふとそんな事を頭に思い浮かべ、かぐやが給湯室へ消えた時である。
「失礼します」
「ん? 四宮、何か……」
「生徒会長はいらっしゃいますか?」
生徒会室への扉が不意に開いた。
【飴と鞭なT/かぐや様は褒めてあげたい】
秀知院の生徒会室は、基本的に施錠されず誰でも入れる。これは『生徒たちの悩み、要望を常に受け入れる』と言う、先代からの教えに拠るものである。
白銀もそれを踏襲しているのだが、それは必ずしもプラスには働かなかった。
「何かな?」
「部活動の予算案に関して、ご相談があって来ました。お時間宜しいですか?」
やってきた生徒を、フィリップは観察した。目の前にいる小柄な青年は、この間の柏木とは雰囲気が違う。
1年生の教室で見たことは無いが、フィリップが目を引いたのは初対面だからではない。
「今すぐにか?」
「はい。是非お願いします」
(『慇懃無礼』……と言う四字熟語がピッタリだ)
目の前の少年は、白銀に対してまるで尊敬の念を持っていない。それどころか、見下している態度を崩そうともしない。
「次に来る時には、予め伝えてもらえるとありがたい。我々もそう暇じゃないんでな」
「そうですか? 話には聞いてますよ、新しくメンバーが増えたそうじゃないですか」
「……」
「今更、新人教育に裂く時間があるなら……僕達の活動にも気を遣って頂きたいですね」
そう言って、ソファに座るフィリップを見る。口の端が僅かに上がるのを見逃さなかった。
温和な藤原でさえ、むっと口を真一文字にしている。
横目で見ると、石上は嫌悪感を露わにして、顔を背けている。
彼が嫌う人種……というだけで、大体の人柄は理解した。
そして。
「あら……充分に気を遣っていると、私達は自負しておりますが」
彼は実に俗物根性の塊であることも。
「し、四宮副会長……!?」
「こんにちは」
「……っ」
フィリップの視線がかぐやに集中した。
以前、石上の事件について質問した時、自分に向けた冷徹な女王の目つきである。口元こそ笑っているが、顔は笑っていない。
男子生徒は一瞬にして凍りついた。
「す、すいません。お取込み中だったんですねっ」
「構いませんよ、どうぞ入って下さい。今丁度お茶が入ったんですよ」
「い、いえ、用事を思い出しましたから!」
男子はそういうと、慌てて回れ右をして出て行く。
キッチリと扉を閉めて、姿が見えなくなった途端、扉の向こうで慌てて走って行く音が伝わってくる。
一瞬、生徒会室には静寂が訪れた。
「……」
「……すまんな、四宮」
「会長が謝るようなことは何も」
「あ、かぐやさん手伝います」
「ありがとう」
そう言って、四宮は藤原と共にカップを並べる。
フィリップはドアを見つめながら、かぐやに向かって問いかけた。
「今の人……本当に予算の相談なのかい?」
「どういう意味でしょう、フィリップ君?」
「四宮さんを見て態度が変わったし……第一、あれは相談をしに来た人間の目じゃない」
「……はぁ」
かぐやは溜息をついた。確かに今のやり取りを見れば、誰であれ凡その力関係は読み取れる。
とは言え、下らない諍いにフィリップの集中力を乱したくは無かったので、今まで言わずにいたのである。
やがて白銀が口を開いた。
「その通りだ。向こうの狙いは、端から俺だよ」
「彼の目的は何だ?」
「もうすぐ、部活連の会合があるんですよ。多分それですよね、会長?」
「部活連の会合?」
単語自体は調べて知っていたが、今の行動とは結びつかない。
藤原の言葉に、首を傾げるフィリップだが、石上が補足してくれた。
「この学園の部活動は、最終的に生徒会が予算を振り分けるんだ。で、それについての決定を下す話し合いだよ」
「どの部活も自分達に沢山予算を振り分けて欲しいから、この時期になると下積み交渉に来るんですよねえ」
そう言って、腕を組む藤原。
ここまで来ると、フィリップもあの男子の企みが読み取れた。
「なるほど。つまり、会長を口説き落とすつもりだったんだね」
「俺は混院だからな。家柄とかチラつかせて、優位な条件を飲ませようって肚なんだろ」
「こんいん?」
「私や藤原さん、石上君のように、以前から秀知院で過ごした人間を『純院』……会長やフィリップ君みたいに外部入学で入った人を『混院』と呼ぶんです。あくまで、向こうが……ですけどね」
「まぁ、ぶっちゃけ僕も混院みたいなもんですけど」
「それで四宮さんのいない隙を狙おうとしたが、彼女の登場で交渉には不利と悟り、慌てて退散した……そういう事かな?」
「イグザクトリー!」
親指を立てる藤原。
しかし彼女には珍しく、しかめ面であった。
「それにしても全くやり口が汚いですよ。もっと堂々としてほしいです」
「堂々と賄賂渡しに来たお前が言うな」
呆れて白銀は言う。
彼女もなんだかんだしたたかで、食わせ者であった。とは言え、コーラをプレゼント代わりに注文を付けた程度ではある。
「……」
「フィリップ君が気にする必要は無いわ。つまらないヒエラルキーに縛られている俗な人間に、無駄な影響を受けることはありません」
四宮の家に縛られ、自分の好意すら満足に表現できない乙女が一人いたが、言及する者は一人としていなかった。
しかし、今のやり取りはフィリップも無視できなかった。
「会長」
「ん?」
「僕に考えがある」
ああいう人種をフィリップも知らない訳ではない。
この秀知院は、名門・名家出身が多く在籍している。ああやって家柄を誇示し、上下関係を構築しつつ、腹を探り合う……そんなせめぎ合いが日常茶飯事なのだ。
「あの手合いの相手は、僕も初めてじゃないんでね」
ならば、こっちも搦め手を使おうじゃないか、とフィリップは決意した。
・・・・・・・・・・・・・・・
「で、これが予算案の修正案です。お二人の要望は入っていますが、念の為にチェックして下さいね」
「ありがとうございます、四宮さん」
数日後、かぐやは一人、空き教室を訪ねていた。
先日生徒会を訪ねた少女、柏木渚らが立ち上げた『ボランティア部』の部室である。
「ああ、あと部で使うパソコンが一台欲しいとのことでしたね」
「あ、そうなんです。できれば、共同のがあると」
そう言って、柏木は頷いた。
「一応、お互い個人で持ってはいるんですけど、プライバシーとかもあるし……」
「そうですね。ですが活動実績を残しておく上でも、データでの保存は必須でしょうし」
後々、彼女の行き過ぎた愛は、彼氏のプライバシーなど気にすることなく突っ走り、まるで麻薬中毒にも似ている……と、ある女生徒は語る。
しかし、この時点での二人は、まだ付き合いたての初々しいカップルであった。
「難しいでしょうか? 機材とか、一通り揃えるってなると……」
「確かに、あなた達だけを贔屓は出来ませんね。それはその通りです」
皆を平等に見なければいけないのが、この生徒会活動の難点の一つである。
部活動の実績を考慮され優遇されるケースもあるが、基本的に資金の振り分けは、公平性が求められる。如何にかぐやと言えど、友人だからと言う理由で融通は利かせられない。
それだけではない。
各部活動の部長クラスともなれば、かぐやでさえ迂闊に手を出せないVIPの子息が勢揃いしている。
過去、やんごとなきお歴々の不興を買い、学園から追放された人間も少なくない。
彼等との全面抗争は何としても避けなければならない。秀知院学園・部活連の諍いは、まさに日本の権力闘争の縮図でもあるのだ。
(会長を守るためには、一人一人の信頼を得ていくしかない……フィリップ君の作戦通り、ここは柏木さんから攻略すべきでしょうね)
逆に部活連から信用されれば、白銀率いる生徒会の地位は盤石のものとなる。確実なのは、彼等の要望を満遍なく満たすことである。
「やっぱり、どこかから借りるとかしかないんでしょうか……」
「それなのですが、一つ考えがあります」
「え?」
普通ならばほぼ不可能。
しかし、今期の生徒会には、それを可能とする紛れもない超天才がいる。
「実はウチの新人の子のアイデアなんですが……」
「四宮さん、お待たせ」
その時、ガラッと扉を開けて、一人の少年が顔を出した。
フィリップである。
両手に大きな段ボール箱を抱えて、ゆっくりとかぐや達に近付いてくる。
「フィリップ君、ご苦労様」
「こんにちは、柏木渚先輩」
「え、あ、う、うん……」
柏木はギョッとした。
先日、生徒会室を訪ねた際、いきなり自分達の恋愛に関して追求してきた謎の男子である。
その時は、かぐやの言葉で一応納得はしたものの、あの衝撃は忘れられずにいた。
「えっと、あなたはこの間の……」
「この間は失礼しました」
「え?」
「フィリップ・来人です。生徒会の庶務に任命された……いや、されました」
「1年生ですが、とても優秀なんですよ」
「あ、ああ。あの噂の編入生君……こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
おずおずと頭を下げる柏木。
以前とはまるで違うフィリップの様子に毒気を抜かれていた。
「で、フィリップ君。どうでした?」
「動作確認も問題ない。機体の型自体は古いが、中身は最新だよ。優にもモニターしてもらったから間違いない」
「そうですか。私は門外漢ですが、大丈夫そうですね」
まじまじと柏木は二人を見る。
フィリップは手に持っている段ボールを近くの机に置き、封を開けた。
「それは?」
「お二人が欲しがってるものです」
「え、欲しがってる物って……もしかして」
彼女の問いに頷くフィリップ。
箱を空けると、そこから取り出されたのは、やや大きめのノートパソコンだった。
「使い古しのモデルを、フィリップ君が改良しました。最初に二人で使う分には十分だと思いますよ」
「これ……貴方が作ってくれたの?」
「僕は少々手を加えただけです」
「二人は部の立ち上げから始まって、本当に熱心に頑張って来ましたから。その実績を考慮してのことですよ」
柏木に贈られたパソコンは、フィリップが風都のジャンク屋などを巡ってパーツを掻き集め、製作した一品である。
彼は仮面ライダーの活動として、必要なメカニックの発明、改良、修理を一手に引き受けており、技術屋としての腕前は一流の職人に匹敵する。
フィリップはそれを活用し、各部活の要望を文字通り『手作業』で代替することで、予算の拡張を抑える事を提案した。
これならば要望を受け入れつつ、向こうの過度な干渉を抑えることが可能。
「……ありがとうございます」
そう言って柏木は、パソコンを撫でた。
送られた物だけではなく、彼等の純粋な厚意そのものを嬉しく思っていた。
「あの……君、良い人ね」
「え?」
「その、最初に見た時には不可解……じゃない、不思議な人って思っていたけど、こんな事までしてくれて」
目を丸くして、フィリップはその言葉を聞いていた。
生徒会以外にも、自分を受け入れてくれる人がいるのだと、改めて認識した。
「私達、皆さんの気持ちに応えられるよう頑張りますね」
「気にしないで下さい。これも生徒会の仕事ですから」
自分でも意識しない内に、フィリップは笑いながら答えた。
そして……その様子を、一歩離れて観察しているかぐや。
確信する。
この少年は、変わり始めていることを。
・・・・・・・・・・・・・
「はい、コレで元通りだ」
「おおーっ! ありがとうフィリップ君!」
その日、かぐやが他の用を終えた時だった。
生徒会室で、フィリップがある物を藤原に手渡しているのを見つけた。
「藤原さん、どうしたんですか?」
「あ、かぐやさん、見てください。フィリップ君が私の腕時計直してくれたんです」
「腕時計?」
藤原の手には、明らかに年代ものと分かる革製ベルトの腕時計が置かれている。
「時間見る時はスマホで済ませちゃうから、どうしても必要って訳じゃないんですけど……これ、おじい様から貰った品だから大切にしたくて」
「保存状態がそのままだったのが幸いしたよ。ちょっと歯車のズレを直しただけさ」
「これは相当なアンティークですね」
時計を見るかぐや。
専門家ではないが、高価な物品を見慣れていた彼女には、相当の値打ち物であるのが容易に想像できた。
(修理には専門の技術や道具が必要な筈…それを容易にこなせるなんて)
見ると、フィリップの手元には時計の修理屋が使う器具などが置いてある。一介の高校生の私物ではない。
「あ、私そろそろ帰らないと。それじゃあ失礼しますね」
「お疲れ様」
「お気を付けて」
そうして藤原は生徒会室を出る。
後には、フィリップとかぐやだけが残された。
かぐやは、鼻歌交じりにいそいそと道具をまとめているフィリップを見た。
「フィリップ君、嬉しそうですね?」
「ああ。あれは相当に希少な腕時計だったからね。間近で見られて嬉しいよ」
「……」
「スイスで30年代に生産されたモデルの初期型だ。検索によれば、現存するものは殆ど無いとされていたからね。興味深かった」
満足そうに思い出すフィリップ。
やはりフィリップには謎がある。英才教育や、記憶喪失などで片付けられない。
しかし、かぐやの興味はそんな事ではなかった。
「フィリップ君」
「え?」
「暴走、してませんよ」
「あ……」
「ちゃんとできてるじゃないですか」
言われてフィリップ、自分の変化に気付く。
確かに、あれ程希少な品を見れば、好奇心を抑えられなくなる筈である。
「どうしてだろう……」
「さっき、柏木さんと会話している時も、恋愛について尋ねませんでしたし」
「そう言えば……」
自分のこれまでの行動を顧みた。しかし自分で変わっているかどうかの自覚がない。
「いや、疑問自体はあったんだ。今でも聞きたい気持ちはある。でも……」
「はい?」
「……皆の為だと考えたら、自然と抑えられるようになってた」
言うとフィリップは自分の胸を押さえるようにして、記憶を掘り起こしていた。
今の感覚に、どこか覚えがあったのである。
(そう言えば……翔太郎や皆を助ける時には、検索を中断できる時が何回かあった)
検索中にも関わらず、やらなければいけない時――例えば、仮面ライダーとして変身する必要がある時には、一旦検索を中断する。
それだけではない。未知の出来事があってもそれに注意を払わない時……それは必ず、誰か仲間が危機に陥っている時だった。
亜樹子が襲われた時。
翔太郎を頼れない時。
共に戦う同士、照井竜が怒りに駆られた時。
だが、初めからそうだったわけではない。
(翔太郎やアキちゃんが……僕をそう言う人間にしてくれたんだ)
フィリップは人間離れしていても、人間である。何処にでもいる、普通の少年である。家族がそう信じ、今まで寄り添ってくれた。
だからフィリップは自分でも気付かぬ間に、少しずつ兆しを見せていた。この1か月足らずだけではなく、長い月日を経て、既に彼は変わり始めていた。
「フィリップ君」
「え?」
「私に秘密があったとして……貴方は訊きますか?」
「秘密?」
「ええ。例えば……」
かぐやはフィリップの前に立ち、呟くように口にした。
「『私が誰かに恋をしている』とか」
「……」
「……」
二人は沈黙する。
心なしか、かぐやの頬は赤い。
誰もいない生徒会室。夕日が差し込み、二人を照らす。
今の問いかけはどういう意味だろうか。
検索しようとし…
「しないよ」
「……本当に?」
「ああ」
フィリップは、それを止めた。
「ここはもう一つの僕の居場所だ。家族以外で初めてできた、居てもいい所なんだ。だから、僕はここを守りたい」
「……」
フィリップに、恋というものは分からない。
全てを掴める『地球の本棚』でも、人の心は読み取れない。
いつか知る日が来るかもしれない。
だけどそれは今じゃなくていい。
微笑するフィリップに、自然と、かぐやの手は伸びていた。
「し、四宮さんっ?」
「ご褒美です」
「え?」
「さっきのボランティア部で1つ。藤原さんの時計で1つ。そして今の私の質問で1つ。3つ我慢できましたから」
かぐやが、フィリップの頭を撫でていた。
「ご褒美と言っても、こんなものしか今は思い浮かびませんけれど」
「……」
それは、子どもを母親があやすような、他愛無いものであった。身長はフィリップの方が上だが、どこか暖かい安らぎを感じていた。
フィリップは身体が固まり、動けなくなるのを感じた。それでも嫌とは思わなかった。
「ありがとう」
「はい、良くできました。この調子で頑張りなさい」
「うん……」
そうやって、かぐやは手を放す。
少し寂しさを感じた。
もう少しだけ、あの感触が続けばと、いつの間にかそう思った。
(なんだろう……この感覚、どこかで覚えがある)
「不思議ね」
「え?」
「こうして以前にも、誰かを慰めていた気がします」
「……」
フィリップの脳に、一瞬だけフラッシュバックする家族の映像。
自分には、もう肉親はいない。全てを託して地球と一体化した。
当然、頭を撫でてもらった記憶など無い。
それは、かぐやとて同じことである。
周りから隔離され、自分の手で守るべきものもない。あるのはただ一族の教えだけ。
誰かを慈しむことなど、無かった筈なのに。
「さあ、まだまだ仕事はありますからね。また明日から頑張りましょう」
「あ、ああ。そうだね」
二人はその理由を検索しようとして……やめた。
今この場で、感傷の理由を閲覧することに、意味などない。
『本日の勝敗……フィリップ:セーフ』
・・・・・・・・・・・・・・・
その時、生徒会室の扉の向こうで、様子を窺う影が一つだけあった。
(……何とか、上手くいきそうだな)
白銀御行は、ホッと胸を撫で下ろしていた。
彼はフィリップの提案を受け入れたものの、万が一を考え影ながら見守っていたのである。
一瞬ハラハラする時もあったが、彼は予想以上の成果を上げてくれた。
経団連理事の孫でもある柏木を味方に付ければ、今後の部活連との交渉も上手く行く。
(それはともかく……)
そしてフィリップの悪癖改善も、変化の兆しが見えている。
全ては順調である。
(誰だよ、四宮の好きな奴って! いるのかよ、いないのかよっ!!? ちっくしょおおおおおっっ!! そこは抑えなくてもいいよっ!! そこは訊けよフィリップううううっ!!)
全ては順調である。
今ここで、悶え苦しんでいる白銀を除けば、今のところ問題は無かった。
次回、青少年の教育には切っても切り離せない、『アレ』の話。
誰かが……七転八倒します。