フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
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ある日の夜のこと。
かぐやは勉強をしていた。
その内容を見ていた時に、ふと気付いたのである。
(フィリップ君は、『初体験』の意味を知っているのかしら……)
その考えに至った途端、寒気がした。
(い、いえ。知ってて当然ですよね。勉強に関して知らないことは無いと言ってましたし。保健体育の授業については知ってて当然でしょう。ご家族も教えない訳は無いでしょうし……)
良い方向へと自身を納得させようとする。
だが、ここでかぐやは自身を顧みた。
(……でも、私自身は知らなかった)
かぐやはフィリップが編入する数週間前、『初体験』の意味を知らず、生徒会室をパニックに陥れた経験があった。
その後、様々な性知識を学習したことで、以前の様な失態はすまいと踏んでいた。
しかし、今度は下ネタによって笑いを堪えきれないという痴態を演じ、藤原にそれを見られた挙句弄られるという屈辱まで晒してしまった。
あれから1か月以上……流石に、この手の話題でかぐやが知らない事もなくなりつつあり、以前のような勘違いはない。
だが、これが男子の……おまけに『知識暴走特急』であるフィリップ・来人であればどうなってしまうのか。
(もし仮に……万が一、いいえ億が一にでも、フィリップ君が以前の私と同じような状況だとすれば)
かぐやはイメージする。
性の知識に疎いフィリップが、『それ』に触れてしまった瞬間を。
・・・・・・・・・・・・・・
『四宮さん、セッ……とは、どういう事なんだい!?』
『え、ええっとですね、それは……その』
『教えて欲しい! セッ……の意味を! さあ、今すぐに!』
『い、今すぐ!? ま、待ってください! こんな公共の場で…!』
『あの子、生徒会の庶務の子じゃない?』
『いきなり何言ってるの?』
『フィ、フィリップ君止めなさい! 皆が見てるわ!』
『さあ四宮さん! セッ……とは何なんだ!? オ……とは!? ク……とは!? フ……は!? 気になって夜も眠れないんだ!』
『おばかっ! そんな単語を口に出すんじゃありません!』
『うわ、キモ……』
『あれが新生徒会員?』
『ど変態じゃない』
『生徒会って変質者の集まりだったのね』
『ま、待って下さい、皆さん! これは違うの! 違うんです! おかしいのは彼一人だけで、私達は違うんです!!』
・・・・・・・・・・・・・・・・
(い、いけない! もしそんな事態になってしまったら四宮家の……いいえ、秀知院学園全体の恥さらしよ!)
かぐやは必死に考えた。
このまま最悪の事態を迎えてしまえば、白銀率いる第67期生徒会の威信は地に堕ちる。
それだけではない。
(クラスメイトの石上君も、スカウトした私も、何より任命権のある会長も、全員が変態扱いされかねない!)
やっと軌道に乗りかけた矢先に、突如として舞い降りた難題。
何としても、これを食い止めなければならなかった!
(確認しなければならないわ……私自身の名誉の為にも!)
かくして、四宮かぐやの身命を賭したミッションは幕を開けたのである。
【飴と鞭なT/かぐや様は検証したい】
翌日のことである。
一足早く生徒会室に来ていた白銀は、ある考えに至った。
(最近……考えることがある)
それは…偶然か、はたまた運命なのか。
(フィリップの『性知識』がどれだけなのか……と言う事だ)
そう。
奇しくも白銀は、昨晩のかぐやと同様の思考を巡らせていたのである。
(無知な可能性は大いにある。以前、四宮も『初体験』の意味を知らず、パニックになりかけた)
白銀も健全な男子生徒である。
想いを寄せる四宮かぐやはもちろん、美しい女性を見れば年相応の反応を見せる。
一人でいれば、思春期にありがちなアレやコレやで妄想する時もある。
そんな時、ふと我に返った。
(確認しなければならん。もし知らないのであれば、一晩かけてでも教え込む必要がある)
フィリップは自分の様に、女の子で興奮するのだろうか。
いや、それ以前に、男女の関係についてどれだけの知識があるのかと。
(もしセックスの意味とか知らないで暴走し始めたら、一巻の終わりだ)
かぐやと同じ事を白銀も予想した。
即ち、性には無知なフィリップが、周りの生徒を質問攻めにする光景である。
白銀は一人、戦う決意を固めた。
「直接確認するしかないな。そう、これは俗に言う……猥談だ」
猥談!
それは男子ならば一度は通らねばならない儀式!
性の話を中心にライトな話題からディープな嗜好まで、エロい談義に熱中する、男の青春に於ける必須項目!!
「フィリップをこの生徒会に隔離するんだ。そうして女子がいなくなった瞬間を見計らい、俺だけで話を付ける」
白銀は計画を立てた。
充分な知識を有していればそれでよし。
もし知らなければその時点で納得いくまで調べさせる。
(無論、四宮や藤原書記には極秘だ。こんなんセクハラ以外の何物でもない)
白銀に他意は一切ない。
むしろ学園や皆の平和を守る為に行う正義の戦いと言っても良い。
だが、性に関する話題は往々にして理解の得にくいもの。
ましてこの秀知院学園は、上流階級の人間が多く在籍する。
その手の話題は極端な程に禁忌とされていた。
免疫の無いかぐやは勿論、かぐやほどではないにせよ、お嬢様に違いない藤原にも当然話せない。
(やるしか無い……俺一人だとしても!!)
かくして、白銀御行の孤高の戦いの火蓋が切って落とされた!
・・・・・・・・・・・・・・
「会長、おはようございます」
「ああ、おはよう」
いつものように挨拶を交わす白銀とかぐやの二人。
いつもならば、お互いを好きにさせるべく策謀を巡らせるが、今二人はそれどころでは無い。
(さて、どう出ましょうか……どうやってフィリップ君以外を追い出せば…)
(さて……如何にして、フィリップ以外を追い出すかだが……)
当然かぐやも、白銀や他のメンバーに性の話題など切り出せる筈もない。
つい先日『初体験』の意味を知ったばかりのかぐやに、そんな免疫はない。
彼女は、何とかフィリップを部屋に1人で籠らせ、性について勉強させる事を方針とした。
((取り敢えずは……))
その第一歩として…
「おはようございまーす」
「おう藤原書記」
「おはようございます、藤原さん」
両者の思惑、一致。
(藤原書記を排除する。こいつが一番厄介だ)
(藤原さんから消しましょう。この子が一番危険です)
一番の危険人物であり、どんなイレギュラーを引き起こすか分からない藤原を退出させる事にする。
ちょうど、その時。
「こんちゃーす」
「やぁ、おはよう」
「おはよう。石上会計、フィリップ庶務」
話題の渦中にあるフィリップ……そして石上も登場。
ここからが勝負の本番である。
(来たか、フィリップ……確かめさせてもらうぞ、お前の性の生活…略して『性活』を!)
(フィリップ君、調べさせてもらうわよ……淑女として恥ずかしいけれど、これも貴方のためなの)
いつフィリップが性の話題に触れるか分からない。
最近抑制できているとはいえ、油断すればいつ暴発するか分からないフィリップの知識欲。
即座に確認しなければならない。
(そうだ。先に石上には事情を話しておくか。男同士だし、クラスメイトだ。こういうデリケートな話題を上手く引き出してくれるかもしれん)
白銀、まずは味方を増やすことを選択。
堅実な判断である。
そう思った時。
「あ、会長。さっき校長から預かったんですけど」
「ん?」
「漫画雑誌です。こないだ校長先生が取り上げたのと同じ奴らしいんですけど」
言って石上が、鞄から取り出したのは、ある漫画雑誌であった。
瞬間!
かぐやは仰天する!
(あ、あれは前に藤原さんが見せた……ちょっぴりエッチな漫画誌!?)
女性漫画雑誌!
かつて、かぐやが藤原と2人でコッソリと読んだ事のある、やや大人向けのティーンエイジ雑誌である。
普通の女子高生ならば当たり前に読むであろう内容だが、かぐやや藤原が読むには相当に恥ずかしい、濡れ場もアリな漫画誌である!
「どうします?」
「ああ、こういうの女子は好きだよなぁ。取り敢えず、担任にでも預けるしか……」
(まずいわ!)
もし何かの拍子に、性行為を想起させるページが開かれ、フィリップの目に触れれば、最悪の事態を招きかねない!
かぐやは急いで、石上へと歩み寄った。
「石上君……」
「はい?」
「貴方、私達を殺す気ですか?」
「えっ!?」
「今自分が何をしたのか分かってるんですか? 貴方は今、地獄の門を開きかけたのよ?」
「ど、どういうことですか……!?」
「その漫画……開けたら最後、この学校にはいられないと思いなさい?」
「そ、そんな酷い内容なんですか……!?」
「当たり前です。それは悪魔の行為が延々と描き綴られた邪神の経典よ。もし読んだら私達は変質者扱いされてゴミクズの烙印を押されるの」
「そんなエログロ雑誌だったんですかこれ!?」
「今すぐに捨ててきなさい。さあ、早く。焼却炉まで走って」
「は、はいっ!」
地獄の鬼さえ裸足で逃げ出す、かぐやの絶対零度の言葉。
心底かぐやを恐れている石上は、急いで雑誌を手に取った。
「か、会長、すいません……僕、ちょっと出てきます」
「あ、ああ、すまんな……」
言い終わるや否や、石上は校則も振り切り、ドアを開けて消えていく。
「優は何を捨てに行ったんだい?」
「フィリップ君が気にする内容ではありませんよ。小学生の算数ドリルみたいな中身です」
(えっ!? 女子って算数ドリル読んだらゴミクズ扱いするのかよ!? 怖っ!)
漫画の内容を知らない白銀は、一人怯えた。
(とにかく石上はダウンしたか……こうなれば俺一人で事を運ぶしかないな……!)
劣勢を強いられつつも、勝機を探る白銀。
だが、またもアクシデント発生。
「はぁー、やっぱり憧れるなぁ」
「何がだい、藤原さん?」
「これです。ジューンブライド」
一方で藤原が鞄から取り出していたのは、ブライダル雑誌であった。
内容自体は特に不健全なものでは無い。子どもが見たところで問題もない。
(ぐっ、結婚とか……早速、キワドいネタぶっこみやがった! これで子供がどうとか言う話題になったら、どうしても性知識の話になってしまう!)
白銀は戦慄した。
結婚した夫婦が子どもを欲しがるのはなんら不思議なことでは無い。
そう言った話題に移れば、性のキーワードへ派生するのは自明の理。
「ああ。僕の姉代わりの人も去年、同じことを言ってたね。結局別の月に決めたけど」
「え、フィリップ君のお姉さん、結婚してるんだ?」
「ああ。式の直前まで一騒動あったけど、今は仲が良い夫婦さ」
「へぇー、そうなんだぁ。何人家族?」
「っ!!?」
白銀は唇を噛んだ。
何としてもここで食い止めなければいけない。
これ以上話題を発展させるのは危険である!
「今は2人で、子どもとかはいないよ。欲しいとは言っていたけどね」
「そうなんだぁ。でもやっぱり将来は……」
「し、四宮! 四宮は結婚式どうする!?」
「え……」
「仏前式とか、神前結婚とか、今だと無宗教の人前式なんてのもあるよな。四宮はどういう結婚式が好みなんだ!? 参考までに聞かせてくれ!」
「え、け、け、けけけけ、結婚式、ですか……!?」
初心なかぐやは、結婚というワードに性を思わせるなど考えもしない。
白銀の意図にも気付かず、ただ彼の言葉に狼狽した。
(や、やだ! 何を言ってるの!? こんな時にもう……け、結婚だなんて…! で、でも……)
異性に結婚式について聞くなど、好意を露わにする発言。
しかし白銀自身、かぐやの反応を考慮していなかった。
(会長との結婚式……藤原さんの言うように、ジューンブライドで、純白のドレス……それでもし、協会の前で二人きり……永遠の愛を誓えたら……)
かぐやの想像は止まらない。
『はい、えーではこれより、二人は早く愛を誓い合ってとっととブチュッといて下さい。私もう付き合いきれないんで。早坂愛だけに』
そして二人は幸せなキスをして終了。
尤も、やる気のない早坂が神父役のイメージしか湧かない。
(でも伝統の神前式とか、仏前式も良いわね。古式ゆかしく、日本の美を織り込んで…)
瞬時に行われるイメージ転換。
それは祝詞を読み上げる2人の新郎新婦。
『信頼と愛情を以て、良い家庭を築きます。何卒久しくお守り下さい……夫、白銀御行』
『妻、白銀かぐや……』
白無垢に身を包んだ己の花嫁衣装を想像して、かぐやの顔は途端に真っ赤に染まる。
(や、やだやだ! こ、こんなの…こんなの想像するだけで……か、顔がニヤけて……ど、どうして……べ、別に、会長とどんな形だって私は……っ!)
心臓がバクバクいう。動悸と口元の緩みが止まらない。
結局かぐやは、曖昧な返事でぼかすことしかできなかった。
「……ど、どれも、捨てがたい、ですね」
「ほ、ほう、そうか。そうだな。それぞれに良さがあるな……は、ははは……」
「え、ええ…」
「かぐやさんは美人ですからね。ドレスも白無垢も似合いますよねえ、きっと」
「あ、ありがとう、藤原さん……」
「フィリップ君はどんな式にしたいですか?」
「僕は別に考えたことはないけど……」
ともあれ、話題を逸らすことには成功。
その代わり、かぐやの変化に気づかない白銀であった。
そして、更に混沌とした展開となる。
「……ただいま戻りました」
「お、おう、石上。戻ったか……」
(く、石上君が戻ってしまった…!? まずいわ…何とかしないと!)
白銀にとっては、石上がいた方が話は進めやすいが、かぐやにとって彼の戦線復帰は、敵の増援に等しい。
「取り敢えず、焼却炉に放り込みましたけど……それで大丈夫ですか、四宮先輩?」
「え、ええ。そうね。それでいいと思うわ」
「すいません、僕雑誌の中身を知らなかったんで……以後、気を付けます」
「い、良いのよ。間違いは誰にもであるわ。ふ、ふふ……」
かぐや、腹の底を必死に隠しての発言。
だが追い詰められているのは彼女だけではない。
(まずいぞ、石上会計は一度恐怖に駆られると不干渉を貫く……! これで援護は望み薄だ…っ)
下手を打てば博打になるこの環境。
人の良い白銀は、怯えた表情の石上を見て、援軍要請を断念。
(どうする…! いっそセクハラ覚悟でもうフィリップに聞くか!?)
(ダメよ……会長の目の前で、イヤらしい言葉を言える筈ないわ!)
お互いに追い詰められていくまま、脳内では最悪の光景がよぎる。
・・・・・・・・・・・・・・
『あらあら、会長……フィリップ君に何を教え込もうとしているんですか?』
『ち、ちがう四宮! 俺はただ、フィリップに正しい性教育を…』
『そんな事を言って、フィリップ君を変態に仕立て上げようとするなんて……全く』
『し、信じてくれ四宮! 俺は……』
『どエロいこと』
・・・・・・・・・・・・・・
『四宮……フィリップに何を教えるつもりだ?』
『か、会長!?』
『フィリップにまだそう言うことは早いだろう。それを公衆の面前で堂々と教えようとするとは……心底見損なったぞ』
『ち、違うんです、私は会長や皆の為を想って……』
『フィリップが無垢なことを幸いに、自分の性癖を叩き込もうとするなんてな……全く』
『し、信じて下さい、会長! 私は……』
『どエロい奴め』
・・・・・・・・・・・・・・
(ダメだ、なんとしても退場してもらうしかない!)
(何か言い訳を考えなくては! お茶くみでも雑用でも何か……!)
最早、手段を選んでいる余裕は存在しない!
だが、そんな2人を嘲笑うかの如く、事態は急変する!
「藤原先輩、それ、なんですか?」
「え、これ? ブライダル雑誌です。知り合いの人がドレスのモデルをやったんですよ」
「へえ……」
藤原から手渡された雑誌を、何気なくめくった石上。
そこで発した一言が場を凍りつかせた。
「ふうん……男の人には、優しくハメて欲しいです……か」
「ぶほぉ!?」
突然の問題発言!
白銀、耐え切れずに吹き出してしまう。
「か、会長?」
「どうかしたかい?」
「い、いや、何でも無い……」
かぐやとフィリップが怪訝そうに窺うも、とっさに誤魔化した。
しかし動揺したのは白銀だけではない。
「い、石上君! 何をエッチなこと言ってるの!?」
「え? 何の話ですか?」
「だ、だってそんな、は、は、ハメ、ハメるとか……」
「いやだって、ここに書いてあるんですよ。女性の喜ぶことナンバーワンって」
「そんなの書いてるわけないじゃないですか!」
顔を真っ赤にして抗議する藤原。
純粋培養の箱入り娘のかぐやはともかく、藤原は年相応の少女として、単語の意味自体は知っていた。
「お、おい、二人とも止めろ。そんなキワドい会話を……!」
「石上君のスケベ! 変態!」
「いきなり何言うんですか、ちょっと……ほら、ここ見て下さいよ」
「やめて! 私にそんなイヤらしいの見せないで!」
「別に普通ですって」
事態を理解できない石上。該当するページを見せようとするが、藤原は断固として拒否。
だが、その様子がフィリップの好奇心に火をつけた。
「何が書いてるんだい?」
「ほら、これだよ」
「や、止めろ石上!」
必死に食い止めようとする白銀。
もし自分の想像通りならば、生徒会室は阿鼻叫喚の世紀末となってしまう。
しかし彼の声は届かない。
「石上! それ以上はフィリップが……!」
万事休すか!?
そう思った瞬間!
「女性が喜ぶことナンバーワン。『結婚指輪を左手薬指に嵌めて欲しい』……これがどうかしたかい?」
「……え」
全ては一気に終息へと向かう。
「別にイヤらしくないよな?」
「特にわいせつ的な意味合いは感じられない。何かの隠語かな?」
「いや、そういうのじゃないだろ。まぁ僕はこういうの読まないけど」
キョトンとして、顔を見合わせる2人。
白銀はその場で固まってしまう。かぐやはやりとりの意味が分からず、呆然とその場に立つしかない
やがて顔を赤くしたままの藤原は恐る恐る聞いた。
「え、ええと、その……石上君の言ってた『ハメる』って……結婚指輪のこと?」
「そうですよ。他に何があるんですか……あ」
「……」
「まさか藤原先輩……」
「ああ、なるほど。藤原さんは性行為を意味する『ハメる』と、指輪を『嵌める』を混同したんだね」
顔を背ける藤原。
石上、勘違いに気付く。
更にフィリップも気付く。
かぐやは目を瞬かせて尋ねた。
「どういう、事ですか?」
「ああ、四宮さんは知らなかったのか。性交渉の事を俗に『ハメる』と表現するんだよ」
「え……」
「まぁ余り上品な言い方とはされていないけどね」
事もなげに言うフィリップ。
瞬間、藤原以上に顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「……フィ、フィリップ君……あ、貴方、そう言う……いわゆる……保健体育の知識は、あるの?」
恐る恐る尋ねるかぐや。
やはり事もなげに、フィリップは返答した。
「当たり前じゃないか。命がどう生まれるかなんて、あらゆる学問の基本だろう? とっくの昔に検索して閲覧済みさ。もう興味は無いよ」
「……」
「……」
今までの奔走が、全て徒労と知る二人。
そんな白銀とかぐやをよそに、石上は、心底軽蔑した目を藤原に寄せていた。
「藤原先輩……」
誤魔化そうとする藤原の顔は、真っ赤に染まっている。
しかし石上という人間が、藤原に容赦などするはずも無い。
「……ち、違います、私は……」
「うわ、イヤらしい! 卑猥! 最低!」
「……ッッ」
「普通こういう雑誌で『はめる』って言ったら指輪でしょ!?」
「……ッッッ!」
「なに下品な妄想してんですか!? 痴女ですか!?」
「……~~~ッッッッ!!」
「フィリップでさえ分かるのに勘違いするとか恥ずかし過ぎますよ! これ外で言ったら絶対変態扱いされますからね!!」
「~~~~~~~~~ッッッッッッ!!!!!!!」
叩きつけられる罵倒と非難。
反論すら許されぬ言葉の暴力。
「うわああああああんっっ! 私イヤらしくなんてないもぉおーーーーーん!!」
心折れ尽きてもなお蹂躙される藤原は、大粒の涙を溢して生徒会室から走り去っていった。
「……優、藤原さんはどうしたんだい?」
「いや気にしなくて良いよ。自業自得だから」
「ふうん」
今度はフィリップも興味をそそられなかった。
すぐに切り替え、今日の作業を始める。
(あああああ~~~、もう心臓止まるかと思ったぁああああっっ!!!)
(藤原さん……貴女の尊い犠牲は忘れないわ。せめて、安らかにお眠りなさい)
藤原にとっての唯一の救いは、翌日の白銀とかぐやが、妙に優しかったことであった。
『本日の勝敗……藤原(イヤらしい女)の敗北』
・・・・・・・・・・・・・
ちなみに。
その日の帰り支度をしている時である。
「か、会長…お、お疲れ様でした」
「お、おう。四宮も、今日は何というか、災難だったな」
「い、いえ、別に」
他のメンバーも去り、2人きりの生徒会室。
セクハラにならない程度に、白銀はかぐやを慰める。
とは言え、彼自身はホッと一息、胸を撫で下ろていた。
(まぁ……とにかく最大の懸念は解消したし、結果オーライか)
「……か、会長」
「ん?」
その時ふと、かぐやが問い掛ける。
「会長は……えっと」
「なんだ?」
「その……どんな結婚式を、挙げたいですか?」
突然の言葉だったが、さっき自分が振った質問の続きと思い、何気なく答えようとする。
だが……
「俺か? そうだな……」
「……」
「え、ええっと、だな」
「…は、はい?」
「そ、その…なんだ」
言葉が出ない。
言えるはずも無い。
四宮かぐやの、純白のウェディングドレス姿を想像して、心臓がドキドキしたなど、言えるはずもない。
「お、俺は……多分、相手の花嫁が気に入ってくれて、一番綺麗になれる形が、一番だと思う、ぞ?」
「……そ、そうですか」
「あ、ああ、そうだ」
二人の間に流れる、気まずくも心地よい空気。
暫く、かぐやも白銀も、その余韻に浸っていたのであった。
次回……久々に恋愛頭脳戦……に、なれば良いなぁ。