フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
前回までのあらすじ。
兄姉(自称)が、弟(仮)の素行調査に乗り出した。
「よし、早速行くぜ」
「ところで翔太郎君」
「ん?」
「何で初夏にもなって白スーツやねん。しかも三つ揃いの」
「いや、しょうがねえだろ。こういう学校へ行くんだから、正装すんのが当たり前なんだよ」
「じゃあ夏服用意しなよ!」
「俺はこれっきゃねえんだよ。文字通りの……一張羅さ。フッ」
「て言うか、それお父さんのだよね」
「……」
「汚したら承知しないからね」
「……はい」
夏が近いにも拘らず、突如現れた季節外れのハーフボイルド。名を左翔太郎。
そして的確なツッコミを入れる上司。名を照井亜樹子。
何故、二人がここにいるのか……それを解すには、数日前まで時間を巻き戻さねばならない。
【Cがある日突然に/左翔太郎は潜入したい】
風都、風花町の鳴海探偵事務所にて。
左翔太郎は、ある疑問を照井亜樹子に打ち明けていた。
「ここ最近、あいつなんか妙なんだ。落ち込んだかと思ったら妙に明るくなって……」
「確かに、私も気になってたんだよ」
「聞いても『何でも無い』っつってよ」
「うんうん」
学校へ行って、そろそろ二ヵ月余り。
翔太郎は、フィリップの学校での様子が気になっていた。
元々、秀知院学園の噂を、そこかしこで聞いていた彼は、果たしてフィリップがキチンと学校生活を送れているのかは常に気に掛けている。
初めこそ、フィリップは学校で起きた出来事を事細かに報告していたが、最近特に話すこともなくなっていた。
学校での暮らしも安定してきたのか……と、考えたものの、翔太郎本人の世話焼きな気質が、どうにも放っておけなかった。
「そう言えば……」
「どうした、亜樹子?」
「この間、フィリップ君……鞄から何か小さなカードみたいなの取り出して、難しい顔してたの」
「お、おう」
「それで、どうしたのかなって思ったら……『このままじゃ罰……だ。どうしよう……』って」
「罰…っ?」
翔太郎は顔を険しくした。
学校で『罰』など、最も聞きたくない単語の一つである。翔太郎が若い頃は、教師の鉄拳制裁など当たり前だったが、今は時代が違う。
「まさか、体罰とかか……?」
「それも考えたんだけどさ……翔太郎君」
「ん?」
「もしかするとフィリップ君、イジメられてるんじゃない?」
「え、イジメ?」
意外な一言だった。
しかし亜樹子は、厳しい面持ちで推理を語り始めた。
「だって、秀知院って、お金持ちの子とかが行くんでしょ? 私も色々と話聞いたけどさ……そうじゃないかなって」
「……い、いや、それはねえだろ。だってフィリップだぜ? 頭だって顔だって良いし、この間は友達とゲーセン行ったって」
「でもその後、凄い剣幕でエリザベスとクイーンたちに相談してたじゃん。何かあったんじゃないの?」
「……」
「特に女の子とかって、友達だと思ってた子からアッサリ切り捨てられるとかよくあるし。それに学校行きたいって言い出したのフィリップくんでしょ? 自分からは言い出せないんじゃないかな?」
一カ月近く前。
クラスメイトとケンカしたと言った時があった。
その時には、すぐに仲直りしたと告げられ、おまけに生徒会入りが決定したという報告もあり、思い過ごしと考えた。
しかし、人間同士の関係性とは移ろいやすいもの。
翔太郎は探偵として、負の側面を良く知っていた。
歪んだ感情は時として、親友や恋人でさえ容赦なく壊すのである。
「……ありえるかもしれねえ」
「どうする? 聞いてみる?」
「そうだな」
翔太郎は頷いた。
まずは本人に確認しなければ始まらない。
そう思った時。
事務所の扉が開いた。
「ただいま、翔太郎。アキちゃん」
「おう、フィリップ」
「お、お帰り、フィリップ君」
戻って来たフィリップを見て、取り敢えずは平静を装う二人。
見たところ、フィリップに妙な所は見られない。怪我をしている様子もない。
二人は顔を見合わせ、フィリップへと歩み寄った。
「フィ、フィリップ……最近どうだ?」
「え?」
「何かねえか?」
聞き方が完全に昭和オヤジであった。
「あ、いや……つまりな」
「フィ、フィリップ君、学校で何か興味深いこととかはある?」
「興味深いこと?」
「あ、そうだ。生徒会の人たちとは、上手くやってる?」
「ああ、僕のことを良く考えてくれているよ」
「ふ、ふーん」
しみじみ頷く態度を装いながら、一先ずフィリップと距離を置き、事務所の隅で翔太郎とコッソリ会話をする。
(私達の思い過ごしかな……?)
(いや、分からねえな……フィリップのことだ。もしかすると、イジメに遭ってる自覚もないのかもしれねえぞ)
(な、なるほど……)
しかし、これが致命的なミスであった。
肝心な所を聞き逃していた。
そしてフィリップも、鞄を漁りながら会話をしていたために、二人が自分の言葉を聞いているとばかり思っていた。
「書記の藤原さんと言う人が考案したんだけどね。スタンプカードを使って、僕が知識の暴走を止められたらセーフ。駄目ならアウト……という遊びを考えたのさ。できなければハリセンで打たれるけど、これが中々興味深くてね……」
意気揚々と語るフィリップ。
しかし、翔太郎たちは内々の会話に熱中するあまり、この部分を聞き逃した。
フィリップ自身、自分の語りたい内容の事となると、周りは自然と聞いていると判断する悪癖がある。
今回もそれが発動し、それが悲劇の序章であった。
(陰でコッソリ叩かれたり、殴られてたり……)
(ああ。それを『これは学校では普通なんだ』とか洗脳されたり……)
(まさか、そんな……!?)
「翔太郎、アキちゃん、聞いてるかい?」
「え? あ、うん、な、なんだっけフィリップ君?」
「だから、皆が僕を叩いているという話だよ」
「え……」
「3回、僕がミスをするとね。生徒会の誰かが打ってくれるんだ」
(イジメだぁあああああっっ!!??)
結果、拗れるキッカケとなる。
「フィ、フィリップ君、暴力振るわれてるの!?」
「暴力なんて大袈裟だよ、アキちゃん。今では回数も減ってるし、2週間に1度、頭や尻を叩たれる程度だ。何の問題もない」
「十分だよ! もうそれ既にターゲットにされてるよ!?」
「い、いつからだ!? いつからそんな目に…!?」
「生徒会に入ってすぐの頃さ」
「そんな前からかよ!?」
驚愕する翔太郎と亜樹子。
顔がワナワナと震えた。
「う、嘘だろ……生徒会って言ったら、寧ろ優等生の集まりじゃねえのかよ」
「そんな……裏でコソコソ、そんなズルい真似するなんて……」
失望する二人。
一応、生徒会長と副会長がコソコソ狡賢い真似を日夜繰り広げているので、間違いではない。
「二人は何をそんな動揺しているんだい? 会長も、副会長も、皆いい人たちばかりさ」
「ほ、他には!? 他に、何かされなかった?」
「他に……」
「下駄箱に何かを入れられたりとか」
亜樹子は切り口を変えてみることにする。
これが、全ての始まりだった。
「下駄箱……そう言えば」
フィリップは、思い浮かべていた。
そう。
この日はフィリップが、下駄箱に入れられていた謎の手紙を、会長である白銀御行に打ち明けた日なのであった。
彼は、その時の会話を思い出したのである。
・・・・・・・・・・・・・・
『歪んでいる。正直、性格的にヤバい連中が出すモノだ』
『ハッキリ言って……ヤバい連中だ。一回応えると何処までも追ってくる。だから興味は無いことを態度で示せ。そうすれば次第に沈静化する。俺もそうだった』
『……実を言うと、俺自身も昔はかなり多かった』
・・・・・・・・・・・・・・・
フィリップの脳裏に、白銀の苦悶に満ちた表情と言葉が浮かんだ。
「あるよ。手紙が入っていた」
「て、手紙!?」
「まさに今日さ……ただ……」
だが……これが悲劇を生んだ。もし、フィリップがその場で手紙を出した本人について語れば、話は一瞬で済んだ。
「会長が言うには、その手紙を出した人間は、歪んだ性癖の持ち主らしい。だから相手にしない方が良いと言われて、後で僕も検索したよ。確かに、髪の毛とか爪を入れるのは……」
(しょ、翔太郎君……まさか、呪いの手紙とか、果たし状とか!?)
(ま、待て待て、慌てんな。もうちょっと探ってからだ。ラブレターとか、そう言う可能性あんだろ)
しかし、この時も翔太郎と亜樹子は自分達の作戦会議に夢中になり、大事な所を聞きのがした。
気を取り直し、尋ね直す翔太郎。
「聞いてるかい、二人とも?」
「え、あ、ああ聞いてるぜ!? ふぃ、フィリップ……ところで、それ、中身はどんなやつなんだ?」
「ああ。それが、生徒会の人に見せたんだけど……所謂、ラブレターらしい」
手紙の中に入っていた内容を思い出し、二人にそのまま告げた。
「ら、らぶれたー?」
「ああ。初めて見たよ。最初は中々興味深かったんだけど……」
「ほら見ろ亜樹子! やっぱり、フィリップをちゃんと見てる奴はいるんだよ」
「そ、ソウダネ、あ、あははは……」
ホッと肩を撫で下ろす翔太郎たち。
だが次の瞬間、凍りついた。
「捨てろと言われてね」
「え?」
「そういう人を相手にすると酷い目に遭うから止めた方が良いって。僕もその通りだと思う」
結果、また拗れた。
「嫌がらせかよっ!? 『ラブレター捨てた方が良い』ってどれだけ陰湿なんだよ、その学校!?」
「フィリップ君、相談くらいしてよ! なんでそういう事を言わないの!?」
慌てて食い下がる二人。
フィリップは何故二人がこれほどまでに動揺しているのかを推理し……
(そうか……不気味で奇妙な手紙を受け取ったことに動揺しているのか。二人とも僕を心配してくれているんだ)
勘違いを重ねた。
「大丈夫だよ、翔太郎、アキちゃん」
「え……」
「そう言うのは、ごく一部の人間さ。前に生徒会長も同じ様な目に遭ったけど、気にするなと言っていた」
「え!? 生徒会長が!?」
「そうだよ」
「生徒会長がラブレターを捨てるの!?」
「うん……酷い時には週に一回捨てていた頃もあったらしい」
「どんだけ歪んでるの秀知院学園って!?」
亜樹子の中では、秀知院の信頼は更に下がった。
(しょ、翔太郎君……!)
(ここまで来たら間違いねえ。フィリップはイジめられてる……しかもフィリップにはその自覚がねえ……!)
(どうしよう!?)
(……俺に任せろ)
翔太郎の目が光り輝いた。
大切なものを守る時、左翔太郎はいつもの数十倍の力を発揮するのである。
「フィリップ……」
「ん? 何だい翔太郎?」
「お前は何も気にするな! 俺に……いや、俺達に、任せておけ!!」
だが、流石にその様子を疑問に思うフィリップ。
翔太郎も亜樹子も、やけにニヤけた顔を浮かべるばかりで、それ以上は何も答えようとはしなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・
そうして、翌日。
「フィリップはイジめられてる……だが、それを真っ向から言ってもあいつは信じねえかもしれねえ」
翔太郎と亜樹子は、滅多に出ない風都を出て、私立秀知院学園へと足を運ぶ決意をした。
「それに、イジめられてると分かったら、あいつは傷つく。だから裏から犯人を突き止めて、コッソリと止めさせるしかねえ」
「……なんか、気が引けるなぁ。フィリップ君を騙してるみたいで」
巨大な校舎を見上げながら、亜樹子はため息を吐いた。
この日、翔太郎は保護者の見学を装い、陰から秀知院を調査。フィリップを虐めている生徒の主犯を特定する算段であった。
無論、フィリップには内緒である。
もし彼の口から保護者が来ていると知れれば、犯人はイジめを控えてしまう可能性がある。
「フィリップにバレたらどやされるかもな……だがイジめてる奴だって、まだ高校生だ。できれば大事にはしたくないんだよ」
左翔太郎は、人の心を傷つけるやり方を良しとしない。
イジめが発覚した時点で、教師陣や教育委員会にでも訴えればいいのに、それをしないのは彼の優しさ故である。
罪を憎んで、人を憎まず……そのスタンスが度々、翔太郎自身を追い詰めているにも関わらず、彼は決して曲げようとはしなかった。
「相変わらずのハーフボイルドだなぁ」
「うるせえ。俺にも譲れねえもんがあるの」
「それで、どうする気? まさか本当に忍び込む?」
「……なに、要はフィリップにバレなきゃいいんだ。辺りをうろついてる生徒に話を聞きゃあ、評判ぐらいは掴めるだろ」
そう言うと、彼は大きな校舎の周りを歩き始めた。
時刻は放課後。
下校する生徒もチラホラ見え始めている。
「あ、向こうに一人女の子がいるよ?」
ぐるりと、半周ほど校舎を回ったその時。
裏門辺りで待機している、一人の女の子の姿が目に入った。制服からして、秀知院学園の生徒に間違いない。
「お、ホントだ。あの子に訊いてみるか」
翔太郎と亜樹子が、ゆっくりと歩み寄る。
しかし、真夏に白スーツの三つ揃えで歩く翔太郎の姿は明らかに不審者であった。
道行く人が、ジロジロと彼を見て遠ざかっていく。
「よぉ。良い天気だな」
「……」
当然、この容貌を見た秀知院学園の風紀委員……1-Bの伊井野ミコは、真っ先に不信感を抱いたのである。
「ああ、まずはアイサツだよな。こんにちは」
「……こんにちは」
「こんな日には学校なんてサボって、どっか遠くへ行ってみたいとか思わないか?」
「思いません」
「……」
「そういう軽薄な真似をする生徒を取り締まるのが私の役目です。学生の本分は勉強ですので」
「は、はは。そ、そうか……」
後ろからその様子を眺めて、亜樹子は頭を抱えた。
左翔太郎。
ナンパから交際に至った経験ナシ。
ハードボイルドに憧れる彼から放たれる言葉は、小説や映画などで使い古された台詞を引用したものばかりである。
つまりそれは上っ面ばかりで中身のない……一言で言えば、『軽薄』であった。
これで女の子が靡いた試しは皆無。
「何か御用ですか? 用事があるならそちらの事務局を通して……」
「あ、いや。そういう訳じゃないんだ。俺は、こういうもんです」
しかし、断られ慣れているのも左翔太郎の強み。
すぐに体勢を立て直し、スーツの胸ポケットから名刺を取り出した。
「……私立探偵、左翔太郎」
「どんな事件も、ハードボイルドにクールに解決。それがこの俺……左翔太郎さ。君も何か困ったことがあったら」
「結構です」
「え」
「大体、わざわざ名刺にハードボイルドって書いてる時点で、ハードボイルドじゃないと思いますっ」
「ッッッ!!?」
伊井野ミコ。風都では誰も触れなかった左翔太郎へのツッコミを、開始1分にして見事に達成。
翔太郎は心の中で、がっくりとうな垂れた。
「あの、もし御用が無いのならお帰り下さい。でないと、こちらもそれなりの対応をさせて頂きます」
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
亜樹子がたまらず前へと出た。
このままでは鳴海探偵事務所の評判に傷がついてしまう。
「あ、あのね。私達は怪しい人じゃないの。人を無闇に傷つけるような仕事はしないわよ。役所に届けだって出してるし、本当に困って助けを求めている人の力になってあげたいって言う気持ちで仕事をやってるんだから」
出来るだけ笑顔で接して、信用を得ようとする亜樹子。
しかし、目の前にいるのは腐っても秀才が集う秀知院学園の中でも、学園トップの成績を誇る伊井野ミコである。
そんな言葉にすぐ頷くほど甘くは無かった。
「そうですか、ではお帰り下さい」
「え?」
「ここは秀知院学園の私有地です。刑法13条により……正当な理由なく住居、邸宅、建造物に無断で立ち入ることは、違法行為です」
「ぅ……」
「私は風紀委員として、この学校を守る義務があります。もし決まりを遵守なさっているなら、それに従って下さい」
「う、うぅ……」
亜樹子も言葉に詰まってしまう。
(何この子…! こんな理路整然と……私よりしっかりしてるし!?)
当然である。
伊井野ミコは裁判官を父に持ち、自身も将来は法律家を目指す才女である。当然、『探偵』という職業や、それに関する法律の類は頭に叩き込まれている。
探偵は、法律で決められた範囲でのみ、依頼の内容をこなすことができる。それを破り、個人の権利を侵害したと見做された時点で、即時営業権は剥奪されてしまう。
風都ではこれまでの実績や先代の威光もあり、多少はお目こぼしを貰っていた鳴海探偵事務所。
しかし、ここは東京であり、目の前にいるのは生真面目を絵に描いた様な伊井野ミコである。
翔太郎や亜樹子の敗北は、彼女に声を掛けた時点で既に決定していた!
(見るからに軽薄そうな人達……怪しい調査をしているかもしれない)
伊井野は、最初から翔太郎たちを警戒していた。
(それに探偵なんて……困ってる人の弱みに付け込んで、違法スレスレに人のプライバシーやアラや内情を探る、最低の職業よ!)
伊井野ミコは、正義感の強い少女であった。
卑劣な行い、陰口、狡賢い悪巧み、そう言ったものは一切許せない。
彼女の知る探偵とは、まさに盗聴・盗撮・果ては脅迫まがいの行いなど、依頼人や相手が大きく出られない実情に目を付けて甘い汁を吸う、いわば天敵の様な職業。
(こういう手合い……私は絶対に許さないんだから!)
そして彼女の考える様に、他人の不幸を食い物にするかの如き、卑劣な連中が探偵を名乗っているのもまた現実である。
だが、このままでは探偵としての誇りが許さない。
「さあ、どうぞお帰り下さい。駅へのバスはあちらです」
「うっ……」
「……」
「待ってくれ、お嬢ちゃん」
翔太郎は少し、攻め方を変えることにした。
「君に声を掛けたのには、ちゃんと理由があるのさ」
「……どんな理由ですか? もし変なことを言うようなら……」
「天使がいたからさ」
「なんですって?」
「君と言う憂鬱な顔の天使を見かけて……ついね」
「えっ」
必殺・甘い言葉!
左翔太郎の長い間ハードボイルド小説などを見続けた経験によって裏打ちされた、甘いマスクと甘言を駆使して、女性を陥落させる必殺技である。
だが、これも軽薄であることに変わりはない!
つまり、これでイチコロだった女は過去一人として存在しない!
「……」
「君が不安に駆られている様子を見て、止められなくなっちまったのさ。悩みを抱えた、美少女がいる……探偵が、いや! 男が惹かれる理由は、それで充分だろ?」
「……」
歯が浮く所ではない! そのまま歯茎から飛び出し、成層圏を抜け宇宙へとカッ飛んで行く如き痛々しさ!
(うわ引くわー! ドン引きやわー! 女の子が引く理由として十分だわー!)
鳴海亜樹子。
初夏というのに鳥肌が立つ。思わずゾッとした。
女の亜樹子が聞けば、これは恥ずかしいをとっくに通り越して、相当に気持ち悪いレベル
長い付き合いで慣れているとはいえ、吐きそうになるのをやっとの思いで堪えていた。
「全く、この学校も罪な場所だよな」
「な、何を言ってるんですか……?」
「君みたいな美人が、こんな狭苦しい場所に押し込められて……化粧やオシャレしたら、君はもっと輝くってのによ」
(うっざぁああああああっ!!)
しばきたい、この笑顔!
だがここで暴力には走れない。
亜樹子は歯を食いしばって堪えた。
だが、ここでドン引きされればもう打つ手はない。
早く彼の口を塞がねばならない!
そう思い、急いで翔太郎の前へと踊り出ようとする亜樹子。
しかし……
「……そ、そんな、お世辞言ったって、駄目です……」
「え?」
「お世辞なんかじゃねえさ。君はとても綺麗だよ。俺があと5年若かったら、問答無用で連れ出してるぜ。こんな監獄から、君と言う天使……いや、女神をな」
「め、女神だなんて……そんな……」
(うっそーっっ!?)
頬を赤らめて、まんざらでもない顔の伊井野。
亜樹子は知らなかった。
伊井野ミコが、とてもチョロい女子であるということを。
左翔太郎が世界遺産級に軟派な半熟卵だとするならば、伊井野ミコは紛れもない、天然記念物級に低攻略難易度を誇るのだと言うことを!
「そ、そんなこと言われたって、私は騙されません。知ってるんですから……男の人は、皆がそういうセリフを、息をするように言うんだって……」
「いないよ! こんなアホ風都中探しても多分一人だけだよ!?」
「いや、君が初めてさ。俺がこんな風に気持ちを伝えられる女の子はな」
「わ、私だけ、ですか……?」
「うん、せやな。こんな子初めて見たわ。風都中探してもいないわ」
思わず故郷の大阪弁が出てしまう亜樹子。
しかし頬を赤らめているその様子は、本気で翔太郎の甘言に惑わされてしまっている。
(フッ……俺もまだまだ捨てたもんじゃねえな。東京の女にも、俺のテクは劣らねえ)
劣っているどころか、彼に負ける男が存在するのかさえ怪しい。
しかし、翔太郎はこれを好機と見て畳み掛ける。
「本当なら……君とゆっくりお茶でもしながら、もっと見惚れていたい所なんだけどな」
「そ、そんな、駄目です! そ、そういう、ふ、不純異性交遊は、き、禁止ですから……」
「恥ずかしがる顔も素敵だぜ、リトルレディ。俺が学生なら、ますます惚れちまってるトコロさ」
「え、ええ、そ、そんな……わ、私なんて……」
亜樹子は開いた口が塞がらなかった。十億の宝くじを当てるより更に低確率なのは間違いない。
「す、すみませんでした……私、あなた達を誤解してました」
「いや、気にしないでくれ。嫌われるのは探偵の性さ。いつものことだ」
「ホントごめんね……いつもはこんな事にならないんだけどね。コイツが無視されるか殴られて終わるんだけどね」
顔を真っ赤にさせて、オロオロする伊井野。
ここまで来ると、同じ女として彼女に同情してきてしまう。
寧ろ守ってあげなくてはと言う、庇護欲にも似た何かが湧き出てきたのである。
「え、ええっと。それで、ちょっといいかな?」
「は、はい?」
「私達、ここに通ってる子の家族なんだけど……あ、これは私の名刺です」
「はぁ……ご家族ですか?」
「うん」
亜樹子は自分の名刺を取り出し、伊井野に手渡す。翔太郎の痛々しいそれとは違い、宣伝用に作った立派な拵えである。
散々翔太郎のシュガートークに翻弄された伊井野は、いともアッサリそれを受け取った。
「それで……どういう生活を送ってるのかなって思って、ちょっと見学をしたいんですけど……」
「ああ。それでしたら、ここの裏門から回って下さい。事務所には私から話を通しておきます」
「ホントに? ありがとー!」
「い、いえ。どうぞ、ごゆっくり見学して行って下さい」
丁寧に頭を下げて、伊井野は二人を見送った。
去り際、翔太郎が『またな、天使ちゃん』と言うと、キュンとした表情を垣間見せる。
「……」
「いやぁ、流石名門校だぜ、秀知院学園。あんな素直な良い子が居るんだからよ」
「うん、ソウダネ」
やはり世界は広かった。
お金持ちの集まる学園だけあって、純粋培養な人が揃っているのだろうか。
罪悪感にも似た何かを抱えながら、亜樹子は翔太郎と共に、正式に秀知院学園に潜入したのであった。
「竜君に相談しよ。ここのセキュリティはガバガバだって」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないでーす」
『本日の勝敗……左翔太郎の勝利(初白星)』
次回、翔太郎が生徒会の秘密に触れる……かもしれません。