フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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もうちょっとでかぐや様のアニメ終わっちゃうやだー




15話【Cがある日突然に/かぐや様は見ていない】

 差出人不明の手紙が、フィリップの下駄箱に届けられた日。

 白銀は、順を追って説明することにした。

 

「会長、これは一体なんなんだい?」

「フィリップ庶務……その裏に貼り付けられた物を見てみるんだ」

「貼り付けられた物……っ!?」

 

 くるりと便箋を裏返す。

 それを見た瞬間、流石のフィリップも嫌悪感が顔に浮かんだ。

 

「……これは」

「まぁ、その、なんだ……いわゆる、ラブレターだ」

「ラブレター……恋文のことだね? でも……」

「ショックを受ける気持ちは分かる。俺もそうだった」

 

 フィリップも不気味さを感じ、その手紙を机の上に置いた。

 心から同情する白銀。

 

 フィリップはこれを『敵』──即ち、校内でのフィリップの活動を妬む生え抜きの生徒の仕業ではないかと考えた。

 

 

「僕や生徒会を疎んでいる人間の仕業ではないのかな?」

「いや、そうじゃない。それなら話は簡単だったんだが……」

「ならどうして、恋文に……髪の毛が入ってるんだい?」

 

 

 送られた手紙は、所謂ラブレターであった。

 しかし封筒の中には、黒い髪の毛がゴッソリと、束ねられて入っていたのである。

 

「確かにそれはラブレターなんだが……出した奴はとどのつまり……メンヘラというやつだ」

 

 メンヘラ!

 

 相手を恋する感情が暴走したものを『ヤンデレ』と言うが、また微妙に違ったニュアンスを含んでいる。

 

 定義は様々だが、『自己承認欲求を強く持ち、相手に重い愛を要求する』と言われている。

 その結果、歪んだ愛情しか示せない者……それがメンヘラであった!

 

「これは僕に対する好意ということ?」

「まあ、そういう事になる……」

「……好意を持った相手に身体の一部を送りつけるのかい? 随分、歪んでいる」

「ああ、歪んでいる。正直、性格的にヤバい連中が出すモノだ」

 

 フィリップは、恋というものを知らない。

 女心も検索できない。

 従って犯罪者の悪意や、妬み、嫉みの類を理解できても、恋そのものにまでは知識が及んでいなかった。

 

「メンヘラか……ゾクゾクするねえ」

「いや寧ろゾワゾワするわ」

 

 白銀、速攻で否定。

 この手の人間に関わると、ロクなことが無いというのを、白銀はその身を持って知っていた。

 

「いいか、フィリップ庶務。それには一切、興味を持っちゃダメだ。一回応えると何処までも追ってくるぞ」

「ストーカー化する……とかかい?」

「それもあり得る。まあ、あとでネットとかで色々調べると良い。俺の言っていることが間違いでないことが分かる筈だ」

「……」

「フィ、フィリップ……ショックを受けるのは分かるが、あまり気にし過ぎるな。こういうのは、あくまで例外だ」

「分かっている。『歪んだ愛情』という項目自体には、僕も触れたことがあるからね」

 

 フィリップは思い返していた。

 

 かつて自分の姉が、似た様な被害に遭ったこともある。

 芸能活動をしていた姉は、好意を寄せられたマネージャーから執拗な嫌がらせを受けたのだ。

 あれに関して本人のせいとは言い切れない。『あるもの』の影響で、暴走しただけである。

 しかし今回は本人の意志らしい。

 

(あの時、若菜姉さんの事ばかり気に掛けてて、『歪んだ愛情』の先を検索することはしなかったけど……)

 

 今は亡き姉の気持ちが分かるような気がした。

 

「どうするべきなんだろう、この場合……」

「さっき言ったように、興味は無いことを態度で示せ。そうすれば次第に沈静化する。俺もそうだった」

「会長も?」

「ああ……正直言って、昔はかなり多かった」

 

 白銀自身も、妙な趣味を持った女子から告白された経験が何度もあり、苦い記憶となっている。

 二度と自分のような犠牲者は出したく無かった。

 

「とにかく、まずは言う通りにするんだ。俺の為にも……頼む」

「……分かったよ、会長」

 

『誰かの為』

 

 それは、フィリップの検索意欲を抑えるためのキーワードでもある。その日、フィリップは素直に助言を受け入れることを決めた。

 

 

 

 

【Cがある日突然に/かぐや様は見ていない】

 

 

 

 

 そうして時は現在。

 かぐやは校舎裏で、侍従である早坂愛から事情を聞いていた。

 

「フィリップ君のご家族?」

「はい、どうやら学園に来ているようです」

「来るなんて一言も聞いてなかったわ」

「彼が身構え無いように、コッソリ来たのかもしれませんね。その方がいつもの様子を把握できますから」

 

 他人を装いながら話を続ける二人。

 かぐやは早坂に対し、学園内で何か異常が発生した場合、直ちに主人である自分に報告するよう命じている。

 

「私達を探りに来たということかしら?」

「……普通に、様子が気になるんじゃないですか? 編入生君も、色々特殊な子ですから」

「それなら良いけれど……」

 

 顎に指先を当てて思考を巡らせるかぐや。

 

 フィリップは未だに謎多き少年。

 万が一、彼と繋がりのある鳴海探偵事務所が、何らかの悪意を持っているとなれば、それは捨て置けない。

 

「油断は禁物よ。一応、目を配らせておいて」

「かしこまりました……」

 

 早坂も従者として懸念が無いわけではない。

 だが……

 

(何故だろう……編入生君を気にする家族の気持ちが、手に取るように分かる気がする)

 

 先頃姿を確認した白スーツの男──彼は自分と似た様な悩みを抱えている。そんな風に思えてならなかったのである。

 

「ん……」

 

 その時、鞄からタブレットを出し、早坂の目線は釘付けになる。

 

「これは……」

「どうかした、早坂?」

「……ネズミが掛かったようです」

 

 主の勘はある意味で正しかった。

 油断は禁物。

 時には慎重過ぎるとも思うが、やはり念を入れておくべきである。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 一方、お嬢様とお側付の会話が繰り広げられたことを全く知らない探偵たち。

 

「本当にすんなり通れたね?」

「そうだな」

 

 まず翔太郎と亜樹子は、軽く敷地内を散策していた。

 キョロキョロと周りを見渡しながら、校庭を歩く。

 

「で、どうする? 生徒会室に行っちゃう?」

「いや、フィリップには内緒だからな。まずあいつの日常を探らねえと。まずは色々見て回るぜ。イジメがあるような学校ってのはな、そこかしこが歪なもんだ」

「確かに。さっきも、何か変な雰囲気の子達とすれ違ったよね」

 

 巨大なサイコロを持って歩き回る女子高生や、世界の休日当てゲームに勤しんでいるカップルなど、まず風都ではお目にかかれない奇妙な光景を目撃した。

 

 とは言え……やはり内側に入らない事には、捜査にも限界がある。

 

「バットショット使ってみる?」

「いや、そいつはナシだ。フィリップも、学校じゃ『地球の本棚』は使わないって約束したからな。俺もここじゃ、普通の保護者として振る舞うぜ」

「じゃあ……部活動とかの見学は?」

「お、良いな、それ。早速中に入ろうぜ。ここを曲がればすぐみたいだな」

「何か緊張するなぁ。保護者として、恥ずかしくない振る舞いをしないとね」

 

 早速二人は、直接校舎へと乗り込むべく、裏手から正面へと移動を開始した。

 向かう途中、亜樹子は何度も翔太郎に念を押した。

 

「あれが校舎だね」

「よし、早速行くぞ」

「いい、翔太郎君? くれぐれも貧乏くさい真似や恥ずかしい行動は慎んでうひゃああああ、ひろぉおーいっ!?」

「お前なぁ、この俺が今更豪華だの派手な作りの校舎だのに惑わされるワケねえええうぉおおおお、すっげええーっっ!?」

 

 保護者(仮)の二人、恥ずかしくない振る舞いを二秒で忘れる。

 

「大きな校舎……私が通ってた高校の倍以上や……」

「ああ、流石だぜ秀知院学園……」

 

 翔太郎たちは息を呑んで校舎を見上げる。

 

 壁の装飾やら何やら、そこかしこを見ても金が使われているのが見て取れる。建物自体も年季が入っていた。

 

「ね、ねえ翔太郎君……私達、手ぶらで来たけど、良かったのかな?」

「どういうことだ?」

「なにか、手土産とか必要だったりしない?」

「マジかよ……!?」

 

 否。そんな習慣は無い。

 

「何か買って来るんだったぜ…っ!」

「こ、これとかどうかな? カバンに入れてた今日のおやつ」

「風花饅頭か……確かに悪くはねえが」

「取り敢えず、今日はこれで許してもらうとか」

「そうだな。ウッカリしてたってことで勘弁してもらおうぜ」

 

 断じて否。そんな習慣は無い。

 

 だが二人は明らかに、普通の保護者として振る舞う以前に、ただただ世界の違う秀知院の雰囲気に圧倒されていた。

 亜樹子は手持ちのハンカチで、丁寧に風都名物の和菓子を二つ包んだ。

 

「よし、準備万端やで」

「うし、今度こそ行くぜ」

 

 翔太郎はネクタイを締め直し、玄関口への扉を開けた。

 師である鳴海壮吉の振る舞いを思い出す。威風堂々とし、肩で風切る男の中の男。周りから見られて惚れられる男を演出しなければならない。

 

 と、思った矢先。

 

「ねえ、あなた」

「っ!!?」

「何をしているんですか?」

 

 下駄箱に、澄んだ声が響き渡った。

 ギョッと顔を見合わせる二人。

 

「え、ええっと、わ、私達は……!」

「あ、怪しいもんじゃねえぜ。俺達は……!」

 

 咄嗟に誤魔化そうとする二人。入って五秒でメッキが剥がれる。

 しかし、その杞憂は取り越し苦労であった。

 

 

「貴女、私と同じ二年生ですよね? そこは一年生の下駄箱ですよ?」

「そ、それは……その……!」

 

 

 翔太郎と亜樹子の目の前で、二人の女生徒が向かい合って立っていた。

 慌てて身を隠す。

 

(あ、あっぶなー、私達じゃなかったぁー……!!)

 

 隣の下駄箱に身を潜めながら、亜樹子は胸を撫で下ろした。

 自分達に向けられたと思い込んだ声には、思わず縮こまってしまいそうな気迫が感じられた。

 

「どうしました? 顔色が悪いですよ?」

「あ、あの……私は」

 

 コッソリと、二人は様子を窺う。

 一人は背を向けていて、よく見えない。だがもう一人……彼女と向かい合う少女を見て、亜樹子は目を見開いた。

 

 

(うわー、なにアレちょー美人!?)

 

 

 視線の先の少女──四宮かぐやを凝視する亜樹子。

 仕事柄、美人にも多く出会った亜樹子だが、これほど美しい女の子は見たことが無い。

 

(さっきの子も凄い可愛かったけど、これは別次元や! お姫様みたいじゃん!)

 

 街を歩けば誰もが振り向く……とは正にこの事。

『ウチも別にそう悪くないやん』と考えてはいるものの、これには帽子を取らざるを得ない。

 

(ねえ、翔太郎君も……)

(……)

(翔太郎君?)

(しぃー)

 

 小声で隣の翔太郎に囁く亜樹子。

 

 だが彼はじいっと、二人の女子の姿を観察しているだけだった。

 亜樹子は不審に思った。

 何時もなら下心丸出しで見惚れているのだが、この態度は美貌に目が眩んだ表情ではない。

 

 やがて、女子二人の方に変化があった。

 

「その中身、見せて頂けますか?」

「い、いや、その……」

「口に出して言えないような物ですか?」

 

 かぐやが言った途端、もう一人の女子の身体が強張る。

 

「例えば……画鋲とか、泥とか」

「ぅっ……!」

「もしくは、爪や髪の毛が入った手紙とか」

 

 表情を変えることなく、淡々とかぐやは告げる。

 

「それを、フィリップ君の下駄箱に入れるおつもり?」

 

 少女が思わず一歩引いた。

 

 その言葉を聞いた翔太郎は、二人の視線が一瞬移動した先を見る。そこには『フィリップ・来人』の文字が書かれている。

 

 瞬間、翔太郎の直感は全てを察した。

 

(えっ……画鋲!? 泥!? しかもフィリップ君の!? やっぱりイジメられて……じゃあ、あの子が犯人っ!?)

(いや、ちょっと待て……っ!)

 

 翔太郎は亜樹子を制した。

 

 

「だ、だって、フィリップ君が……フィリップ君が、私を見てくれないから…!」

「それで、応えてくれない仕返しのつもりかしら?」

「こ、こうすれば……こうすれば、見てくれると思って……!」

 

 

 しどろもどろに、告白する女子。

 だが、かぐやがここにいたのは偶然ではない。

 

 白銀のアドバイス通り、ラブレターの返答をしなかったフィリップ。しかし扉の向こう側で会話を聞いていたかぐやは、手紙の相手を早坂に命じて特定。

 相手がエスカレートすることを危惧し、妙な行動を起こさないか監視させていたのである。

 

(え、じゃあ、爪や髪って……もしかして愛情表現!?)

(ああ。たまにいるんだよ。そういう拗らせてる女が)

(じゃあ、生徒会長さんから『ラブレターを捨てろ』って言われたのは……)

(その手合いからの手紙だったから、だ)

(うわぁ……ドン引きやわぁ……)

 

 経緯が全て解り、ゾッとする亜樹子。翔太郎も、思わず帽子のつばに指をかける。

 行き過ぎの愛に絶句する二人をよそに、かぐやは対話を続けていた。

 

 

「そんな事をしても、フィリップ君は靡きません。彼を傷つけるだけですよ。振り向いて欲しいなら、こんな真似は止しなさい」

「か、かぐや様には分かりません!」

 

 静かに言うかぐやに対し、女子は激昂する。

 

「かぐや様みたいに、綺麗で、何でもできて、お金持ちのお嬢様には、私の気持ちなんて分かりっこありません!」

「……」

「私は、かぐや様みたいに強くないんです! だから私には、こういうやり方しかできないんですっ! それとも、私みたいな弱い人間は、恋しちゃ駄目なんですか!?」

 

 かぐやに歩み寄り、いきり立つ少女。

 これまでの鬱屈した想いを叩きつける様であった。

 

 慌てて、亜樹子は出て行こうとする。

 

 

「ちょ、ちょっと…!」

(亜樹子、抑えろ)

「で、でも……」

(良いから、静かにしてろっ)

 

 

 翔太郎はその手を掴んで、無理矢理下駄箱の影まで引き寄せる。

 その間にも、少女が詰め寄っていた。

 

「そうよ、だから私……彼に見てもらう為ならなんだってするわ」

「……」

「フィリップ君は、変人だから……これ位しないと分からないんだわ……」

「確かに」

「え」

「強くない人間に、今の世の中は生き辛いかもしれませんね」

「そ、そうですっ、だから私は……!」

 

「でもね」

 

 瞬間、かぐやは一変した。

 

「優しくなれない人間には、生きていく価値すら無いわ」

 

 再び、女子の身体が硬直する。

 

「確かにフィリップ君は変わってる子よ。でも、彼は周りの為に変わろうとしている。それは優しさがあるからです。その気持ちを知ろうともせず逃げている貴女に、恋をする資格なんてありません」

 

 睨み付けるでも怒鳴るでもなく、かぐやは言い放つ。

 だが、少女は震えた。

 隠れて見ていた二人さえ、一瞬戦慄するものであった。

 

「受け取ったあの子がどういう顔をするのか、少しでも考えたことがありますか?」

「……」

 

 少女は逃げられない。

 まともに顔も合わせられない状況で、四宮かぐやの眼光を受け止めるわけもない。

 翔太郎たちも緊迫した面持ちで見守る中、少女はやがて膝からがくりと崩れ落ちる。

 

 精神的に折れたのは明白であった。

 

「っ…う……うぅ……えッッっ……ぅ、ぐっ……」

 

 やがてポタポタと、大粒の涙が少女から溢れ出す。

 かぐやより一回り小さな身体が震えていた。

 

 しばらく、かぐやはその子を見下ろしていた。

 見下している冷たい視線。

 憐れみさえ籠っていた。

 

「けれど」

 

 ふと、その眼の冷たい光が和らぎ、少女の肩に手が置かれる。

 

「……ぇ?」

「あなたの気持ちは分かるわ。人を振り向かせたい強い気持ちがあるのは、理解できます」

 

 かぐやは、異物が入っているであろう手紙をゆっくりと取り上げる。

 

「だから一度だけ、見なかった事にします。今度は、相手を傷つけない方法を見つけなさい。私みたいな女になりたくないのなら」

 

 言っていて、かぐやは笑う。

 言っていて、かぐやは嘲う。

 

 他ならぬ自分自身に。

 

(滑稽ね)

 

 一番汚く、残忍で、卑怯で、優しくない冷酷無比な女は、他ならぬ自分である。

 それが歪とはいえ、好意を伝えるという、自分では到底成し得ない事を簡単にやってのけた少女を諭している……これが滑稽でなくてなんであろうか?

 

 自分の罪など、今更数えきれないというのに。

 

「か、かぐや様……」

「いいわね?」

 

 それでも仲間を、自分の居場所を守る為なら。

 卑劣な手段も容赦なく使う。

 道化にもなろう。汚くもなろう。

 

「……はい……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」

 

 少女の涙が一層頬を伝って流れ落ちていく。

 芽生え始めた優しさの発露を知らないままに、四宮かぐやは仮面を被る。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 女生徒が下駄箱から去った後、翔太郎は出てきて声を掛けた。

 

「……どうも、お嬢さん」

「お見苦しいところをお見せしました」

 

 かぐやは恭しく頭を下げた。

 

「先程から、見ていらっしゃいましたよね?」

「あ、ば、ばれちゃってた? あ、あはは」

 

 慌てて亜樹子もひょっこり顔を出す。

 名刺を出そうと、翔太郎も胸ポケットに手を突っ込んだ。

 

「コソコソと悪かった。俺達は……」

「フィリップ君のご家族の方、ですか?」

「あれ、なんでそれを?」

「彼から色々と聞いておりましたので」

 

 そう言って、かぐやは微笑を浮かべると、再び丁寧にお辞儀をする。

 

「申し遅れました。生徒会副会長の、四宮かぐやと申します」

「……左翔太郎です。いつも、フィリップがお世話になってます」

「あ、照井亜樹子です。お世話になってます」

「こちらこそ」

 

 気品に溢れた立ち居振る舞いと、天使のような笑み。

 先程の苛烈な視線を投げかけていた少女と、本当に同一人物なのか、と亜樹子は一瞬目を疑った。

 とにかく目の前の美少女には圧倒されてしまう。

 

「フィリップ君でしたら、今は生徒会室ですが、ご案内しましょうか?」

「あ、ええっと、その」

 

 亜樹子はしどろもどろに誤魔化そうとする。

 しかし、翔太郎は遮った。

 

「いや、結構です。もう帰ります」

「え、いいの?」

「ああ」

「あら……宜しいのですか?」

 

 翔太郎の目は何か企みがあるようにも見えない。流石にこれには、かぐやも毒気を抜かれる。

 

「折角いらっしゃったのですから、お茶でも如何ですか?」

「ご厚意には感謝しますが、もう用事は済んだんでね」

「でも翔太郎君……フィリップ君の様子、確かめるんじゃなかったの?」

 

「確かめたぜ。フィリップには、最高の仲間がいるってな」

 

 事もなげに、左翔太郎は言い放つ。帽子を目深に被り目元は見え辛いが、笑っているのが分かった。

 

「こんな素敵なお嬢さんが先輩にいるんだ。ここは、あいつにとって一番の学び舎さ」

「……」

「これからもフィリップを……ウチの家族を、よろしくお願いします」

 

 そう言って、今度は翔太郎が、恭しく頭を下げる。

 

(……正気かしら)

 

 さっき、自分が生徒を一人、恐怖と圧力で支配した様を見ていた筈なのに。

 目の前の青年はアッサリと受け入れ、フィリップを託すと宣言した。

 肚の内を見せないのか。それとも、ただの阿呆なのか。

 

 一瞬だけ考え……かぐやは中断した。

 

「はい。私が責任をもって、お守り致します」

 

 四宮の人間が、真っ向から頭を下げて頼まれた。ならば簡単に首を横に振るなど、狭量な真似は許されない。

 

「四宮さん、ありがとう。フィリップ君のこと分かってくれて。あの子、とてもいい子だから、これからも宜しくお願いします」

「はい。分かっております」

「それじゃ失礼します。ああ、俺達が来たのは……」

「ええ、もちろん内緒にしておきますね」

 

 にこりとして、心の動揺を見せずにかぐやは返答する。

 

「帰るか」

「うん」

 

 そう言って、二人が去って行くのを黙って見送る。

 今日見る限りでは信頼してもいいのかもしれないと、かぐやは判断していた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「四宮」

「……会長」

 

 翔太郎たちの姿が見えなくなった時である。

 

 後ろから、ひょこっと白銀御行が顔を覗かせた。

 さっきまでの一連のやり取りを影で見守っていたらしい、

 

「ずっと見てらしたんですか?」

「ああ」

 

(何かモメごとが起きた時に備えて、見守っていたんでしょうね……)

 

 かぐやの予想通り、白銀もフィリップのラブレターの行方が気になり、定期的に様子を窺っていたのである。

 あわよくば現場を抑えられるか、とも考えていたが、かぐやが先手を打った形となっていた。

 

「……すまんな。本来なら、ああいうのは会長である俺が対処すべきだったのに」

「嫌われ者の役割は、嫌われることですから」

 

 申し訳なさそうに言う白銀に対し、かぐやはいとも簡単に返す。

 かぐやの心根に、嘘はない。

 頂点に立つ者には、清廉さが求められる。故に汚れ役を担うものは、常に側近でなければならない。

 

(会長にあんな真似させられない。ただでさえ外部入学の会長は疎まれやすい……)

 

「会長は、いつもの様に、皆さんのことを考えて下さい」

「……」

 

 白銀は胸を締め付けられる思いだった。

 かぐやが陰で周りを守るために、泥に塗れるのを覚悟で動いているのは、何となく分かっていた。

 

 彼女は「なんでもない」と、これから先も言うのだろう。実際、かぐやの心はそれほどダメージを受けていないのかもしれない。

 だがそれでも、冷たい顔をしてほしくない。自分が心を奪われたのは、四宮かぐやの冷たい仮面の下に隠された優しさだから。

 

「おかしいですよね……私が他人に『優しくしろ』だなんて。会長が言った言葉を……そのまま繰り返しただけなんですよ」

「別に、俺だって受け売りさ。昔世話になった人から言われて、それ以来耳から離れなくてな」

「そうなんですか」

「……なあ、四宮」

「はい?」

「弓道部の大会……俺も観に行っていいか?」

 

 だから白銀は、ほんの少し、勇気を出すことにした。

 

「あらあら会長ったら」

「……」

「そんなに心配になったんですか?」

「ああ、心配だ」

「そんなに私を応援したいんですか?」

「ああ、そうだ」

「そうですか……」

 

 それで、かぐやの心が、少しでも安らぐというのなら。

 

(ふふふ、勝ったわ。会長にしては呆気ないわね)

 

 思いもよらない白銀の敗北宣言。

 かぐやは勝利を確信した。

 

 確かに白銀は、恥ずかしい思いを我慢してもいい。そう思った。

 ただし。

 

「そんなに私を想って下さるとは、考えませんでした」

「ああ、フィリップがな」

「……ぇ」

 

 恥ずかしくない方法があるのならば、それに越したことは無い。

 

「四宮の不安そうな顔を見て、是非とも応援したいと言ってきたよ」

「そ、そうですか……フィリップ君が……」

「けど、あいつ自身、いつ暴走するか分からないから、俺も一緒に来て欲しいとお願いされてな」

 

 真顔で、白銀はかぐやを見る。

 一瞬、してやったりという表情が浮かんですぐに消える。しかし、かぐやの超感覚は見逃さなかった。

 この男に、逆ねじを食わせられたのだと!

 

「いやぁ、先輩冥利に尽きるじゃないか、四宮。あんなに親身になってくれる後輩がいるんだからな」

「そ、そうですね……あ、あは、あはははは……!!」

 

(おばかぁーっっ! どうしてそういう時だけ妙な優しさを見せるのよっ!? そこは『興味ない』でいいわよ! 何の為に私が骨を折ったと思ってるの!?)

 

 歯噛みと地団太を踏むのをやっとの想いで堪える四宮。

 どうしていつも何時も肝心な所で横やりが入るのか。

 念には念を入れ、藤原でさえ完封したと思えた矢先にコレである。

 

(あーもう! 何でさっきフィリップ君なんて庇っちゃったの私!? はらだたしい~! 自分の甘さが許せない! こんな風に邪魔しに来るんだったら、助けたりなんてしなかったわよぉ!)

 

 確信した。

 やはりあの少年は魔性を秘めている。

 過去が不明とか、大きな秘密があるとか、そんなチャチなものではない。まさしく悪魔の化身である。

 

(四宮……まさか、本当に不安だったのか?)

 

 そんなかぐやの悔しみなど分からない白銀。ただあたふたしている彼女を見て、勘違いをしていた。

 

(だとすれば……俺は)

 

「……四宮」

「な、なんですか?」

「本当に不安だったのか?」

「え、ええ、そうですよ? 変ですか? わ、わ、私だって、そ、そういう時はありますよ?」

「俺は信じている」

「え?」

 

 恥ずかしい想いを我慢してもいい。

 確かに、白銀はそう思った。

 かぐやが心細いのなら、誰よりも自分が守りたい。そう願った。

 

「四宮が的を外すわけがない。この世界で、四宮に出来ない事なんてあるもんか。自分を信じられないなら、俺を信じろ」

「……」

 

 そう言って、昔を思い出す。

 

 

『覚えとけ。強くなきゃ人間は生きていけないが、優しくない人間は生きる資格がない』

 

 

 夕焼けの空の下、誰もいない公園で、白銀はそう告げられた。

 

『だから坊主。お前は、優しくなれ』

 

 さっき少しだけ見えたフィリップの家族と同じ、白い帽子とスーツを着た壮年の男。

 もう顔も覚えていない。

 だが挫けそうになる度に、白銀は彼の言葉を何度も思い出していた。

 

「……」

「そ、その、俺は……確かに、弓道は素人だが……」

「安心して下さい」

「ん?」

「今度の大会……全員の視線を釘付けにしてみせましょう」

 

 その優しさを、どれだけ体現できたか分からない。

 きっと自分は、一生あの背中には届かないのかもしれない。

 

「会長の見ている前で、無様な真似は晒しません。信じていて下さい」

 

 それでも、この笑顔が見られるためなら、出来る気がする。

 夕焼けに照らされた、かぐやの笑顔を見て、白銀は一人そう思った。

 

「……そう、か」

「はい」

「なら……見せてもらおうか」

「はい、見ていて下さいね」

 

 

『本日の勝敗……かぐやの勝利(弓道部、大会予選を一位で突破)』

 

 

 




『強くなければ生きていけない。だが優しくなければ生きていく資格はない』
byフィリップ・マーロウ
レイモンド・チャンドラー著『プレイバック』より。

次回、みんな大好き、あの子を……出したいなぁ。

もう一つのSSを書くので、しばらくストップするかと思いますが、応援よろしくお願いします。
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