フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

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皆様、感想、メッセージ、評価、いつもありがとうございます。
筆が止まらなくなってしまったのですが、頑張って書き続けたいと思いますので、応援よろしくお願いします。


17話【となりのK/フィリップ・来人は追跡したい】

「ネコを探したい?」

「はい」

 

 突然、高等部の生徒会室に、圭が現れた時には白銀も驚いて立ち上がった。

 

 しかも妹に事情を聴くと言ったかぐや、いつの間にかいなくなっていたフィリップまでもが一緒だったのである。

 

「高等部にチラシを貼ったり、敷地内を探す許可を頂きたいんです」

「それは別に構わないけど……」

「あれ、会長の家、ネコなんて飼ってましたっけ?」

「ウチのじゃなくて、迷いネコなんです」

 

 戸惑いがちに取り敢えず話を聞いていると、圭は鞄から手作りと思われるチラシを一枚、机の上に置いた。

 

「この間、中等部でクラスの子が見つけたんです」

「わぁ、かわいいー! 真っ白ー!」

 

 チラシに乗った写真を見て、藤原が黄色い声を出す。

 頭から尻尾の先まで真っ白いネコが写っている。まだ身体も小さく、成熟しきっていないだろうと思われた。

 

「後脚に怪我してて、生徒会で面倒見ることになったんです……最近は私が餌やりとか身体洗ったりとかしてました……でも」

「でも?」

「……数日前に、突然居なくなっちゃって」

 

 そう言って圭は視線を落とす。

 藤原は心配そうに圭を見て尋ねた。

 

「逃げちゃったの?」

「皆はそういうんですけど…でも、脚も治ってないし、大人しい子だから、それまで逃げるなんてしなかったんです。いつもケージの隅で丸まってて」

「じゃあ……誰かが盗んだとか?」

「それもないと思います。里親募集の紙を中等部に貼って、もし飼い主になりたい人がいたら生徒会までって、声を掛けてたんです。でもまだ誰からも手が挙がらなくて」

「確かに盗むリスクを考えれば、声を掛ければ済む話ですね」

「はい」

 

 かぐやの言葉に頷く圭。

 なるほど……と、かぐやはチラシを手に取ってネコを見た。

 

「それで、ウチの方を探したいと?」

「はい。一昨日、千花ね……いえ、藤原先輩から聞いたんですけど……ここに猫が住み着いたかもって」

「ああ、あの噂ですね」

「噂?」

「実はですね!」

 

 キョトンとするかぐやに、藤原は待ってましたとばかりに胸を張る。

 

「最近怪しい噂があるんです……夜の校舎で、化け猫が出るって」

「ば、化け猫?」

「にゃあにゃあ〜って、誰も居ないはずの校庭から、鳴き声がするらしいんです。でも警備の人が幾ら見ても誰も居なくて……ここで死んだネコさんが化けて出たんじゃないかって」

「……」

 

 咄嗟に顔を顰めるかぐや。あまりその手の話は得意では無かった。

 しかし藤原自身も苦笑しつつ続けた。

 

「まぁ流石に非現実的なので、どっかにノラ猫が住み着いたんじゃないかって皆言ってますけどね」

「それが行方不明の猫だってのか、圭ちゃ…」

「……」

「お、おほん。し、しろがね」

「はい」

 

 一瞬睨まれ、慌てて訂正する。

 そう言えば喧嘩中だったのを忘れていた。

 

 しかし尚更それなら妹はここへは来たがらない。

 妹は必要な場合を除き、学校内で兄に会うのを嫌う。自分自身、気恥ずかしい所もあるから分からなくはない。

 

 逆に言えば、ここへ来たのは切羽詰まっていたことの証明となる。

 

(余程ネコが心配なんだな……圭ちゃん)

 

 白銀も無類のネコ好きである。気持ちは痛いほど伝わった。

 

「もし、どこかで動けなくなってたり、病気になってたら、早く助けてあげないといけなくて……お願いします。ここで探す許可を下さい」

「水臭いな」

「え」

「そこは『一緒に探して』って言うところだ」

 

 微笑して白銀は答えた。

 最初は巻き込みたくない気持ちもあったのだろう。しかし高等部にネコがいる噂も耳に入り、余計な感傷を捨てる事にしたのだ。

 

「でも……」

「高等部はそんな懐の狭い場所じゃないぞ。皆もそれでいいか?」

「はい」

「もちろん!」

 

 ならば包容力を見せ、今までのことは水に流すのが兄として、そして先輩としての務めである。

 

「教師や委員会の方には、俺の方から話を通しておくよ」

「……ありがとう、兄さん」

 

 圭は顔を合わせずに、ただお礼を言って頭を下げる。

 柔らかい空気が生徒会室に流れた。

 

「じゃあ、俺は教員室へ行って来る。善は急げだ」

「あ、じゃあ私も……」

「いや、圭ちゃ……圭は、皆と一緒にチラシのコピーでもやっといてくれ」

 

 それだけを言うと、白銀はさっさと生徒会室を後にした。

 目を瞬かせながら、扉を見つめる圭。

 確かに、話せば兄は協力してくれるとは思っていたが、それでもすんなり事が運び過ぎて、呆気にとられている。

 

 そんな中、かぐやが口を開いた。

 

「会長、貴女のことを心配していたんですよ」

「え?」

「悩みがあるなら力になりたいって」

 

 聞いてない風を装う、と先程取り決めたが、今更意味もない。かぐやは圭に、会長の胸の内を告げることにした。

 

「良いお兄さんですね」

「……べ、別に、そんなことないですっ」

 

(やだっ、照れてる顔も可愛い……!)

 

 圭は顔を伏せるが、その恥じらった顔がどこか白銀と似ていて、かぐやは胸がキュンとするのだった。

 

「大丈夫ですよ、圭ちゃん。皆で探せば、きっと見つかるから」

「う、うん。ありがとう」

 

 藤原の言葉にも、圭は微笑んで答える。

 と、その時……この雰囲気を意に介さず、ずっとチラシのネコを凝視している存在が1人。

 

「かぐやさん、チラシ刷る準備だけでも進めておきますか?」

「そうですね。私達でコピー機の方を……」

 

「興味深い」

 

「え?」

「消えたネコに、高等部の化け猫の噂……ゾクゾクするねぇ」

「フィ、フィリップ君…?」

 

 ゾッとするかぐや。

 そう。

 謎を目の前にして、フィリップがその好奇心を抑えられる筈もない。

 

 尤も、フィリップが興味を持ったのは、ただネコの行方が気になったからでも、夜の怪談じみた話のみでもない。

 それを持ってきたのが、ついさっきまで検証の対象になっていた少女だからだ。

 

「君、白銀圭だったね?」

「は、はい……」

「この事件、僕に預からせてもらえるかな?」

「え?」

「こう言う細かい仕事は庶務である僕の役目だ」

 

 傍から見れば、完全にフィリップの目は好奇に満ちている。

 あながち間違いではない。

 

 フィリップは、会って間も無いはずの圭に、何処か心惹かれていた。

 

「さぁ白銀圭、早速探しに行こう!」

「は、はい?」

 

 目を輝かせて立ち上がるフィリップ。

 そのまま圭の手を取ると、彼女を立ち上がらせ、扉まで向かう。

 

「まずネコの逃げたルートを検索しようじゃないか! 案内してくれたまえ!」

「え、あ、あの!?」

「ちょ、ちょっとフィリップ君!?」

「あ、待って下さい、フィリップ君! 私も行きますっ!!」

 

 扉をくぐって、圭を連れたまま、フィリップは廊下の向こうまで消えていく。

 慌てて藤原が追いかける。

 後には、かぐやだけが残された。

 

「……なんてこと」

 

 フィリップの奇行は今に始まった事ではないが、今回はその中でも並外れて危険であった。

 

(妹さんと……フィリップ君を一緒にさせたら何が起こるか……おまけに藤原さんまで)

 

 しかし戸惑う間にも、圭を連れて彼は行ってしまう。四宮かぐやは即座に決断した。

 

「会長、ごめんなさい! その代わり妹さんは何としても守りますから!」

 

 慌ててメモを一枚、机から引き千切り、ペンを走らせる。

 それをテーブルに叩きつけると、急ぎかぐやも部屋を出ることにした。

 

 

「おーい、許可取れたぞ。早速みんなで…………あれ?」

 

 

 数分後、部屋に戻って来た白銀。

 誰もいない生徒会室に、一人残された彼は、テーブルに置いてある書置きに目が行く。

 

『ネコを探してきます。コピー等、代行お願いします』

 

「……まさか」

 

 達筆なかぐやの文字。

 白銀、これで大体全てを察したのであった。

 

 

 

【となりのK/フィリップ・来人は追跡したい】

 

 

 

 生徒会有志ネコ捜索隊は、再び中等部に集結した。

 今回のメンバーは四人。

 

 中等部2年・生徒会会計……白銀圭

 高等部1年・生徒会庶務……フィリップ・来人

 高等部2年・生徒会書記……藤原千花

 高等部2年・生徒会副会長……四宮かぐや

 

 それぞれの分野でのスペシャリストであり、秀才が集う秀知院でもトップクラスの面々である。

 

「わぁ、お花がキレイですね」

「最近になって園芸部の子がハーブを植えたんです。園芸家の人にアドバイスも貰って、色々手が込んでて」

「へぇー!」

 

 藤原は、中等部の裏庭に植えられている花壇を見て目を輝かせた。

 かぐやも、色とりどりの花や、それを覆うように植えられた数々のハーブ類の香りを嗅げば、心が和らぐ。

 

 

「ネコを飼っていた場所は?」

「あ、えっと、この先のプレハブ小屋です」

「プレハブ小屋だね! さあ、行こう!」

「は、はいっ!」

「フフッ……どんな秘密が隠されているのか、今から想像するだけでもワクワクするね」

「は、はぁ……?」

 

 

 こんな時でなければ。

 

(正直、気が気じゃないわ……)

 

 フィリップは花壇など目もくれず、圭を引っ張る。

 

 ついさっきまで、『君、ブラコン?』などと言う破廉恥極まりない質問が飛び出るのではないかと戦々恐々していた。

 今この瞬間、どんな奇抜な行動に出るかと思うと、胸中穏やかではなかった。

 

 それだけではない。

 

(……フィリップ君だけならまだしも)

 

 かぐやには、もう一つの懸念材料があった。

 そう。

 これまで何度も生徒会を混乱に陥れ、ある意味フィリップを超えた最強とさえ言える少女。

 

 名を、藤原千花。

 

「フィリップ君、これを被って下さい」

「何だい、これは?」

「私愛用の帽子です。フィリップ君は今回、私の相棒枠を差し上げます」

「ゲストの相棒か……興味深い。是非お借りするよ」

「はいっ!」

 

 藤原の被る帽子と、同じ柄のキャスケットを受け取るフィリップ。

 

「藤原さん、さっきから随分テンションが高いね?」

「私もネコは大好きですし、こういう謎には目がないんです」

「それは良い。この帽子といい……今まで考えなかったけど、僕と藤原さんは気が合いそうだ」

「ですよね。私はフィリップ君と、こうやって謎を追跡したいと常々思っていたんですよ」

 

 一番組み合わせてはいけない二人である。

 ある意味、スーパーベストマッチである。

 

(もう正直、何が起こっても不思議じゃないわ……)

 

 カオスの権化とも呼べるフィリップと藤原。この二人の息が合わされば、それは核弾頭に水爆をぶつけるに等しい行為! 

 白銀に残ってもらったものの、いざこうしていると胸中不安で一杯であった。

 

(二人が不都合を起こすようなら、ここで潰さないと!)

 

 かぐやは常に死角に回り込み、確実に急所を穿てる間合いを図っていた。

 その時。

 

「……四宮さん」

「え?」

「ありがとうございます」

 

 圭が、いつの間にかフィリップの手を離れて、かぐやの隣に立っていた。

 

「無理を言って、すみませんでした」

「あ、い、いいんですよ。後輩の頼みを無碍にはできません。それに私もネコは嫌いではありませんし」

 

 嘘である。

 

 かぐやはネコの冷たい、そっけない態度や振る舞いがあまり好きではない。むしろ好きなのは犬である。

 人それを、同族嫌悪と呼ぶ。

 

 しかし、四宮かぐやは、目的の為ならばズルい手段も平気で用いる。

 人それを、猫かぶりと呼ぶ。

 

「ネコさん、見つかるといいですね」

「は、はいっ」

 

 しかし圭も、かぐやに対して憧れに近い感情を抱いていた。兄妹そろって趣味が似ているのである。

 彼女の微笑みに、胸をときめかせながら救われた想いであった。

 

(ま、まあフィリップ君もネコ探しに集中すれば、妹さんにそれほど失礼な真似はしないでしょう。私がそれとなく監視していれば……)

 

 若干、希望が持ててきたかぐや。

 

 だが……

 

 

「安心して圭ちゃん!」

 

 

 もう一人の監視対象が、かぐやの胸の内を震わせる。

 

「ネコさんは絶対に見つけ出してみせるからね!」

「う、うん……!」

「このネコ探偵チカにお任せです!」

「あ、ありがとう、千花姉ぇ」

「気にしないで。圭ちゃんは私にとって、もう一人の妹みたいなものなんだから」

 

 ニコニコ笑いながら、ギュッと圭の手を握りしめる藤原。

 

「それにフィリップ君も一緒です。何を隠そう彼の家は探偵さんで、フィリップ君はその助手なんですよ」

「え、そうなんですか?」

「助手ではなく、『相棒』だけどね」

「へぇ……!」

 

 そして、その光景を見て歯軋りをする乙女が1人。

 

(この泥棒ネコ)

 

 四宮かぐや、嫉妬の炎に身を焦がす。

 

(よくも昼間から堂々と妹さんの手をニギニギと……ポイントを稼いだつもりですか?)

 

 本来、あのポジションには自分がいて、悲しむ圭を優しく慰めるプランだったのに、彼女のせいで台無しである。

 

(そうやってネコ被って妹さんに取り入って……ネコ騙しをしてネコババしようという魂胆ですね? そうですか、貴女がそういうコスい手を使うというのなら、私にも考えがあります……)

 

 かぐやは自分の行いを棚に上げた。

 

「プレハブ小屋って、あっち?」

「うん。去年造られた倉庫なの」

「じゃあ早速行きましょう!」

 

 圭の手を引っ張り、藤原は更に裏庭を奥へと進む。

 当然、フィリップもそれを追おうとしたのだが、不意に手が握られた。

 

「フィリップ君」

「え?」

 

 かぐやが明王もかくやと言う形相で、自分を下から睨み上げていた。

 

「し、四宮さんっ?」

「いいですか、フィリップ君……どんな手を使ってもいいわ。何としてもネコを探し出しましょう。私が許可します」

「わ、分かったよ……」

「あと妹さんに妙な興味を持ったり、ゾクゾクしたりは禁止です。分かってますね? 分からずとも『はい』とお返事なさい」

「はい」

「素直でよろしい」

 

 かぐや、警戒対象をフィリップではなく、藤原へと変更。

 そしてフィリップを監視するどころか、逆に自らの尖兵へと仕立てあげるこの周到さと狡猾さ。

 まさしく四宮家の血統の為せる業である。

 

 有無を言わせぬ氷の女王の宣告。ただフィリップは頷いた。

 

(四宮さんは何を怒っているんだろう……そうか、『ブラコン』について検索するのは、そんなに駄目なことだったのか)

 

 だがフィリップも、ようやく自分のアホな行動を自覚。

 かぐやのかなりタイミングのズレた指摘に困惑しながらも、圭についてやたら詮索するのは禁止と決めた。

 

 ともあれ、フィリップ自身、まずはネコの行方を突き止めるのが今や第一の欲求となっていた。

 

「……」

「どうしましたか?」

「いや……藤原さんのいう通り、まずは居なくなった場所へ行こう」

 

 数歩先を行く、かぐやが振り返る。

 フィリップは頭を振って後に続いた。

 

(何かを……見落としている気がする……)

 

 このフィリップの直感は当たっていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 一行は、ネコを世話していたという、裏庭横にある資材用プレハブ小屋まで向かった。

 体育祭などで使う道具などを収めている

小屋の奥角に、事件当時ネコが飼われていたケージが置いてあった。

 

「ここが飼っていた場所です」

「ネコがいなくなった後、ここはそのままかな?」

「少し片付けましたけど……特に散らかってはいなかったので、殆どそのままです」

「ふうん……」

 

 フィリップは入口からプレハブ小屋を見渡す。

 所狭しと道具が山積みになっており、ケージがある一部だけスペースが作られている。圭が教師を説得し、この空間を作ってもらったらしい。

 

 確かに不審な点は見当たらない。

 

「では捜査開始ですね!」

 

 藤原も意気込んで、小屋を探索し始めた。

 

「餌は減ってないね」

「うん。戻ってくるかもって思って、入口も開けっ放しにしてもらってるんだけど…」

「戻ってないみたいですね……」

 

 藤原はケージを見た。

 破損や傷付いた形跡は見られない。だが鍵の部分が捩じれている。

 

「放課後、帰る前に様子を見に行ったら、ケージが横に倒れてて」

 

 圭の話では、鍵は割れてケージの扉が開いていた。

 中は既にもぬけの殻で、ネコは居ない。慌てて圭も周りを探したが見つからなかった……と言うことらしい。

 

 小屋には小さい通気用の窓が付いていた。ネコ一匹位ならば通れる。

 

「この窓から逃げたってこと?」

「多分そう……いなくなった日の朝に、先生が換気の為に開けたんだって」

「ふむふむ」

 

 藤原が、ケージを丹念に調べ上げ、その後小屋の中も入念に調査する。

 結果。

 

「つまり、ケージが何らかの拍子に倒れて、それでネコちゃんは脱走……行方不明ということですね?」

「うん」

「さっきからそう言ってるじゃないですか」

 

 かぐや、こめかみを抑える。

 状況整理自体は出来た。しかし、一歩も前に進んでいない。

 かぐやはこの場で一番頼りになると思われる少年に尋ねた。

 

「フィリップ君、どうでしょうか?」

「……ネコが暴れた形跡もない……外敵に襲われたわけではないね」

 

 そう言うとフィリップはやがて、逃げた穴と思われる小窓の付近に、小さな白い塊が落ちているのを発見した。

 

(白い毛……)

 

 何かの役に立つかも、とハンカチでくるんでポケットに入れる。

 ともあれ気配もなく、エサが減っている形跡もない。

 この小屋にネコがいないのは明白だった。

 

「むむっ……これは難題ですね」

「もう校内の外に出てしまったかしら?」

「いえ、まだ遠くには行ってないと思います!」

 

 かぐやの懸念を、藤原は即座に打ち消す。

 藤原は眉間にしわを寄せて推理を巡らせていた。

 

「どうしてですか?」

「ネコの移動範囲と言うのは、せいぜい半径100~200メートル前後なんです。大人ならまだしも、子ネコが車も走っている外へ出ようとは考えない筈です」

「そういうものかしら…?」

「はい。この私の目は誤魔化せません!」

 

 ギラリと、藤原の目が輝く。

 フィリップも聞いていて、その判断には賛成だった。

 

「確かに外へ出れば、カラスなどもいる。藤原さんの言うように、余り遠くへは行きたがらないだろうね」

「その通りです!」

 

 親指を上げて、藤原は満面の笑み。

 まだこの学園の中にいると見て間違いはない。

 しかし、ネコ一匹を探し出すのは中々骨が折れそうではある。

 

「でも、どこを探せば……」

「それについては心当たりがあります。さ、行きましょう!」

 

 不安げな表情の圭に、藤原が力強く返答する。

 フィリップの目から見ても、ここに手掛かりはありそうにない。

 一同はプレハブ小屋を後にすることにした。

 

「藤原さん、心当たりとは?」

「それはついてのお楽しみです。一旦、高等部の方へ戻りましょう」

「え、ええ」

 

 藤原はかぐやを伴い、校門まで移動する。

 後を追い、フィリップも歩き出す。

 

「あの、フィリップさん」

 

 道中、圭がフィリップに尋ねた。

 

「なんだい?」

「ネコ……見つかるでしょうか?」

「……」

 

 圭の問いかけに、フィリップは指を顎に添えながら考える。

 

(……ネコがいなくなったのなら、原因がある筈だ。けど、あの小屋にはそれらしきものが全くなかった)

 

 襲われた痕跡も、ネコが嫌がる要素も無い。

 それなのにネコは居なくなった。

 

(幾ら学園の敷地内に限定しても、少し広過ぎる……もう少し手掛かりが欲しい)

 

「大丈夫さ」

 

 しかし、それでもフィリップは得意げに言う。

 

「僕の探偵事務所は、風都でも指折りのネコ探し得意業者でね」

「そうなんですか?」

「ああ。だから、安心したまえ」

 

 依頼人を不安にはさせない。

 それが、探偵としての鉄則。

 

 左翔太郎のポリシーの一つである。

 かつて一笑に付したが、こうして頼られると、気持ちが分かる気がした。

 言っていて、フィリップは相棒の姿を思い出した。

 

『ネコの身になって考えるんだにゃー!』

『……』

『そうすれば、必ず見つけられるにゃー!』

『翔太郎、君に『恥』という概念はないのかい?』

『バカにゃろー! 依頼人の為、飼い主の為に、恥もかき捨てるのが探偵だにゃー!』

『……』

 

 そして、すぐに止めた。

 

 あれは翔太郎が頭をカラッポにし、なおかつプライドをかなぐり捨てて行える必殺技である。

 第一、動物の気持ちなど自分に解る筈も無い。人の心さえ、今こうして学んでいる最中なのだから。

 

「必ず見つける。約束するよ」

「……ありがとうございます」

 

 無垢な顔で、圭は頭を下げる。

 

 フィリップは微笑を浮かべた。

 この少女の前だと、少しばかり、見栄を張りたくなる。

 

 それがどうしてなのか。

 フィリップは自分でも気付いていない。

 

「なに、会長が探したいと言っていたからね」

「え?」

「僕は会長には恩がある。変人の僕を生徒会にまで入れてくれて、今でも僕を気に掛けてくれている」

 

 未知の世界へ踏み出す時、フィリップは不安に包まれていた。

 それを拭ってくれたのは、紛れもなく自分を見つけ出したかぐやと、石上を傷つけて落ち込んだ自分の背を押してくれた、白銀御行である。

 

「ああいう真っ直ぐな人間を、僕は好ましく思うよ」

 

 それは嘘偽りのない、フィリップの本心だった。

 

「だから少しでも、役に立ちたいんだ」

「……」

 

 目を丸くして、圭はフィリップを見る。

 子どものような笑みを浮かべるフィリップの無邪気さに、圭は信頼を覚えた。

 

 この人は、兄をよく見てくれる人だと。

 

 トップとしてのプライドからか、求められる期待故か。

 その立ち振る舞いもあって、白銀は素の自分を出そうとしない。

 普段の目つきの悪さや、外部入学である事実とも相まって、周囲から遠巻きに見られる事も少なくない。

 

「ありがとうございます」

 

 だから圭は嬉しく思う。

 兄をこんな風に、素直に見てくれる人がいることを。出会って、まだ半年にも満たない筈なのに、隣の青年はもう兄の本質を見抜いてくれた。

 

「待てよ……変人の僕を受け入れるという事は、会長も変人なのかな……これは興味深い仮説だ」

「え?」

「君はどう思う?」

 

 いきなり振り返って、フィリップは圭を覗き込む。

 目を瞬かせて、ふと笑ってしまった。

 

「……確かに、変わってると思います。兄は」

「なるほど…ゾクゾクするね。やはり会長といると楽しいことばかりだ。彼は素晴らしいよッ」

「そんな……別に、フィリップさんが言うような、大した人じゃないです」

「ん?」

「家だと……凄い、だらしないし」

 

 ただ、年頃の乙女が、無暗に兄弟を褒められるわけがない。

 例え心の奥底で……心底、自慢に思っていたとしても。

 

「それはますます面白いね!」

「べ、別に面白くないですよっ」

「もっと聞かせてくれたまえっ!」

 

 純粋に楽しそうに、それでいて悪意も邪気も一切ないフィリップ。圭自身も、どこかウズウズと心が動いていた。

 

「えっと……脱いだTシャツ裏返しにするし」

「なるほど、それで?」

「それにこの間も……」

 

 圭は、表向きは兄を貶す。

 日頃の鬱憤を込めて。

 しかし。

 

「だからホント、いい迷惑で……」

「君を子ども扱いするのかい?」

「そうですっ」

「なるほど、実に興味深いね!」

 

 しきりに圭の言葉に頷くフィリップ。

 

 圭はいつしか、楽しげに兄の不満をブチまけていた。

 どうしてだろうか。

 こんな風に、尋ねられると、こっちも楽しく話してしまう。

 

 フィリップと圭もまた、どこか似た者同士であった。

 

「実は僕も同じことを言われたのさ」

「フィリップさんも?」

「今まで言わなかったのに、急に好き嫌いとか礼儀にまで口を挟むようになったんだ」

「それウチもです」

「君もかい?」

 

 その後、高等部に戻るまでの数分間、フィリップと圭は、お互いの家族談議に花を咲かせていたのだった。

 

 ……しかし油断と言う程ではないにせよ、フィリップの中に『多分何とかなる』という楽観的な感覚があったのは事実である。

 

 




次回、フィリップついに封印を解く……かもしれません。
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