フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~ 作:ディルオン
風の街、風都。
小さな幸も、大きな不幸も、全てを風が運ぶという不思議な街。
風力発電を中心としたエコシティとして、世界中から注目を浴びる一大都市である。
その一角……風花町のとある場所で、一人の少年が黒い学ランに身を包み、今まさに新たな風に見送られようとしていた。
「どうかな?似合うかい?」
「おお、似合う似合う!」
「ああ。中々サマになってるぜ」
「ありがとう、二人とも」
学ランの少年、フィリップは、気恥ずかしそうに自分の服装を眺めた。
オーダーメイドで自分の為にあつらえた正統派の男子学生服。黒い通学カバン。そして学園への長距離を走るのにも最適な通学用クロスバイク。
これらは全て、今月から学校へと通うフィリップのために用意された物である。
「それに、通学用の自転車まで用意してくれるなんて」
「気にすんな。元々、俺の使い古しだからな。修理の代金も、お前のお袋さんから貰ってるしよ」
そう言って肩を叩くのは、彼の相棒であり、この風都の顔役でもある私立探偵の左翔太郎。
「しっかし流石フィリップ君。編入試験も一発合格。おまけに全テスト満点で特待生扱いなんて。私も鼻が高いよ」
しきりに頷く、小柄な女性は、翔太郎の所属する探偵事務所の所長、鳴海亜樹子。
ちなみに、童顔な外見に反して既婚者である。
「それにしても……」
「なんだい?」
「まさか……お前が学校へ行きたいって言いだすとはなぁ」
「そうだねぇ。いつかはこんな日が来るとは思っていたけど……子どもの成長ってのは早いもんだね。う、ううっ……」
「ぐすっ……泣くんじゃねえ、亜樹子っ……」
目頭を押さえる二人。
フィリップはそれを見てため息を吐いた。
「二人とも、大袈裟な」
「大袈裟なものかよ。お前の両親や姉さんも喜んでるぜ」
「うんうん。私のお父さんもね」
そう言って二人はまた頷き、涙ぐむ。
彼には少々複雑な生い立ちがある。この二人だけが、正真正銘、フィリップの家族であり、唯一の帰る場所だった。
天涯孤独な彼を引き取ったのは、亜樹子の父であり翔太郎の探偵としての師匠……先代所長の鳴海壮吉である。
彼等が喜んでいると言われれば、フィリップも言葉が無い。
しかし……
「おっと、話し込んでたら遅刻するな。そろそろ行って来い」
「うん。頑張ってね」
「……」
「……どうした?」
「不安になってきた……僕は上手くやれるだろうか」
「なに言ってんだ。お前の知識なら、学校の勉強なんて朝飯前だろ」
「そうじゃないよ」
家族を思い出したせいか、徐々にフィリップの表情に影が差す。
「もし僕が暴走したら、自分じゃどうしようもない。君達がいないんだから」
「……」
「だ、大丈夫だよ、フィリップ君なら。このところ暴走だってしないんだから」
「けど、もし万が一のことがあれば……」
フィリップには悪癖がある。
それは本人にも自覚があるのだが、自分ではどうしようもないものだった。
このところ鳴りを潜めているが、それでもいつ発動するかは分からない。
「やっぱり止めておこう。問題でも起こしたら、二人に迷惑がかかることぐらい分かるよ」
「フィリップ君」
「別に学校へ行かなくても、僕には左程関係ないしね。寧ろ自由な時間が減って……」
「亜樹子、スリッパ」
「ほい」
「ドアホウ!」
「痛っ!」
大阪生まれの亜樹子愛用のツッコミスリッパを片手に、翔太郎は喝を入れる。
「いいか。お前くらいの歳の子どもは、学校行くのが当たり前なんだ。それは知識とか、検索するだけじゃ得られねえんだよ」
「そうそう。フィリップ君が行きたいって言うんなら、私達は応援するよ」
「でも……」
「何かあったら、俺がフォローする。今までもそうだったろ?」
そう言って翔太郎は肩に手を置いた。
彼の優しさが伝わる気がして、途端に不安は和らいだ。
「ま、そういう事だ。遠慮すんな。まず飛び込んで来い。そうすりゃ、見えてくる景色だってあるだろ」
「…分かったよ」
その通りだ。
フィリップは納得した。
頷き返して、再び自転車に跨った。
「じゃあ行って来るね」
「おう、気を付けてな」
「行ってらっしゃーい!」
彼の走る先に何が待ち受けているのか……彼等は知らない。
しかし、かつて『魔少年』と呼ばれたフィリップが、この春から秀知院学園に通うことで、平穏無事な毎日を送れる筈が無かった。
【Wな生徒会/フィリップ・来人は通いたい】
「遅刻ギリギリになってしまった」
クロスバイクを駐輪場に置き、フィリップは校門へと急ぐ。
余裕で着く筈だったが、途中で迷子の老婆に道案内をし、遅れてしまった。
遅刻ではないが、挨拶などを考えれば、スレスレである。
彼は一目散に教員室へ向かおうとした。
「早く教員室へ行かないと」
その途中の出来事である。
『今週は、風紀強化週間です』
校門前で、一人の女生徒が、拡声器を以って大声で喋っている。
『学校に必要ないもの。関係ないものを持ち込むのは止めましょう!』
「あれは……」
小柄な女生徒だった。
胸を張って厳しい口調で、辺りの生徒に呼びかけている。
と言っても、そろそろ登校の生徒もまばらになり始めている時である。
「……? 何かの儀式かな? 『ふうききょうかしゅうかん』と言ってたけど……」
その時、女生徒が叫んだ。
「石上!」
「なに?」
「ゲーム機、出しなさい」
「いや、やってないし持ってないでしょ」
「持ってきてるだけで校則違反でしょ。没収」
フィリップは横目で彼等を見る。
石上と呼ばれた黒髪の少年が一人、女生徒に呼び止められていた。
「どこに証拠があるんだよ?」
「さっきカバンに仕舞うの見えたから」
「……」
強い語気で問い詰める女子。
彼女こそ、秀知院学園一年生にして、成績トップの才女……名を伊井野ミコ。
風紀委員に所属し、品行方正な立ち振る舞いから、教師の信頼も厚い。
そして彼女が問い詰める少年の名は、石上優。
とある理由で、学年の中でも不良のレッテルを張られている問題児である。
伊井野と石上。
それぞれ真逆の立場の有名人であり、フィリップの学生生活において、深く関わりあっていく二人だった。
「ほら、早く出しなさいよ」
「だから持ってきてないって」
「見え透いた嘘つくな。出して」
「だから……」
「ちょっと待って欲しい」
フィリップの身体は自然と動き、二人へと歩み寄っていた。
「彼をどうするつもりだい?」
突然の乱入者に、驚く二人。
が、伊井野はすぐに己の本職を全うすべく動き出した。
「校則違反をしているから、取り締まっています」
「校則違反? 決まりを破ったということ? 何をしたんだい?」
「は?」
「見た所、悪い事をしているようには見えないけど?」
フィリップは好奇心のみで尋ねたわけではない。
人の感情が剥き出しになる時、そこには犯罪が関わっていることが往々にしてある。
フィリップは職業上、そこに自然と引き寄せられた。
「……ゲーム機を持ってきてたんです」
「ゲーム機を?」
「はい。校則違反です。なので放課後まで没収します」
「だから持ってきてないって」
そっぽを向く石上優。
それを見て、フィリップは追及した。
「ゲーム機を持つのが、悪い事なのかい?」
「え?」
「以前、日本国憲法や法律を検索した限り、そんな決まりは無かったけれど」
「……そう言う問題じゃありません」
フィリップはただ尋ねるのみ。
しかし、風紀委員の伊井野にすれば、この振る舞いは、伊井野をおちょくっている様に感じられた。
(何、この人? 見ない顔だけど…石上を庇ってる?)
意外に思った。
石上優は嫌われている。自分にも、他人にも嫌われている。
彼を庇おうとする人間など殆どいないのである。
(……でも、だからって)
この時、正義感の強い少女、伊井野ミコの対抗心は燃え上がる。
彼女にとって、規則を破る行為を正当化しようとする者は敵である。そして、どんな時にも立ち向かっていた。
(誰かは知らないけど、そうはいかないんだから!)
今回も、フィリップに対して、正義の心が燃え上がった!
「そもそも、あなたもギリギリです。余裕を持って登校しましょう」
「それについては改善しよう。今日はおばあさんに道を教えていてね」
「……あなたの学年とクラスは?」
「1-Bだ」
「え、1‐B? 私と一緒? でも、あなたなんて見たこと……」
「編入試験を受けてね。今日が初めての登校日さ。『私と一緒』と言うことは、君も1‐Bかい?」
意外そうにフィリップを見る伊井野。
フィリップは微笑を浮かべて手を差し出した。
「僕はフィリップ。フィリップ・来人だ」
フィリップ・来人。
それが、この学園に通うフィリップの、もう一つの名前である。
彼の本名は園咲来人というが、ある事情から、彼は本名を出せずにいる。
この名は便宜上、彼が考えた物であった。
「い、1-Bの伊井野ミコです。よ、よろしく」
一応、礼儀として伊井野も握手を交わす。
「よろしく、伊井野さん。彼は?」
「……石上優。あなたや私と同じ、1‐Bです」
「そう。よろしく、石上優」
「あ、ああ……どうも」
キョトンとしつつ、石上も握手。
しかし石上も伊井野も、突然の乱入者に困惑していた。
しかしフィリップは意に介さず、質問を再開。
「ところで……さっきも聞いたけど、彼のゲーム機を取り上げると言ったね? それは一体どういうことだい?」
「こいつを庇ってるの?」
「別にそんなつもりは無いよ。ただ、理由が知りたいんだ」
「……本気で言ってる?」
「もちろんさ」
大真面目に頷くフィリップ。
小バカにされたような気がした伊井野は、猛然と反論した。
「この学園では、ゲーム機の持ち込み、使用は禁止されてるの。つまり校則違反です。私は風紀委員として、取り締まる義務があります」
「ふうきいいん?」
「そう。風紀委員。私は、この秀知院学園の風紀委員を務めています」
「……ふうき、いいん」
それは、彼女にしてみれば、己の職務を告げる至極当然の行いである。
しかし、彼女は分かっていなかった!
この言葉は、言ってはいけない一言だった!
彼女は知らぬ間に、地獄へのスイッチを押してしまったのである!
(あ、まずい)
フィリップに一瞬、激しい衝動が湧き上がる。
しかし、彼はすんでのところで留まっていた!
(いけない! 『ふうきいいん』とは何なのか検索したがってる! 抑えないと!)
フィリップの脳内には、莫大な情報がインプットされている。それは地球が誕生して以来全てと言って良い程の量である。
しかし、フィリップはそれを全て理解しているわけではない。フィリップ自身は、その生い立ちもあり、殆どの常識が欠損しているのだ。
生活に必要な一般常識は身についたものの、未だに知らない部分も多く、特に『学校』という閉鎖された空間内に於いては無知・無教養とも言って良いほどに白紙の状態だった。
(彼女の態度から、『ふうきいいん』とは常識的な言葉だ……ここで「『ふうきいいん』とは何だい?」なんて聞いたら、恐らく変に思われてしまう……どうすれば!?)
フィリップは必死に己の欲望を抑え込む。しかし長年染みついた知識欲を抑え込むのは至難の業だった。
そのままコメカミに手を当てるフィリップ。
「う……!」
「あの、どうかしたの?」
「い、いや、なんでもないよ……」
「……そ、そう」
当然、その様子を不審がる風紀委員、伊井野ミコ。
クラスで目の仇にしている石上を庇うように現れた彼に対し、警戒心を抱くのは当然だった。
しかし、今は己の職務を果たすのが先決と判断。
「と、とにかくそういうことだから。石上、出して」
「いや……だからやってないって言ってるだろ」
「関係ないって言ってるでしょ」
取り敢えず、フィリップを無視し、仕事を実行しようとする伊井野。
当然、石上は拒絶する。
だが……!
「……ちょっと待って欲しい」
「え?」
「彼を、どうするつもりなんだい?」
「な、なによ?」
ゆらりと、幽鬼の様に立ち上がるフィリップ。
(……抑えないと。抑えないと……早く、彼女には立ち去ってもらわないと……)
フィリップ、自身の欲と必死に格闘中。
漏れ出る質問の山を必死に食い止めていたが、それも徐々に抑えられなくなる。
「……どうするつもりって」
「……」
「フィ、フィリップ・来人君? 前の学校ではどうだか知らないけど、ここでは此処のルールがあります。秀知院学園の一員となったからには、貴方にもルールは守ってもらいます」
「ルール?」
「そう、風紀、規則。それがモラルを育てるの。決まりを破る人間は最低です」
「……それは知ってるよ。だから、ここから立ち去って欲しい」
「な、なによ……」
「でないと……抑えが、利かなくなるんだ」
頭を押さえつつ、伊井野を凝視するフィリップ。かつて魔少年と呼ばれた悪魔の表情が垣間見える。
それは純粋培養で、男をロクに知らない伊井野にとっては背筋に氷が走る様なものであった。
「ひっ」
「ねえ、頼むよ」
怯む伊井野。
しかし、彼女の正義感がそれを押しとどめた。
「そ、そんな風に凄んで、私が怯えると思ったら大間違いよ! 私は不正は許しません! 貴方がコイツを庇おうとするなら、私にも考えがあるから!」
「考え……だって?」
「ええ、そうよ!」
一瞬、フィリップの思考が停滞する。
そして伊井野はそれを見るや、たたみかけようとした。
結果!
「あなたに教え込んであげます! この秀知院の風紀を! 余さず残さず! 私直々に叩き込むわ!」
自爆スイッチを押した事に、伊井野は気付かない。
それは、フィリップの知識欲を抑える堤防の決壊した瞬間だった。
「是非教えて欲しい!」
「ひっ!?」
「『ふうきいいん』とは何だい? 君は何をしているの!? 何のために彼を咎めているの!? 君の役割は!? 利益は!? 早く教えて欲しい!」
「ちょ、な、何をっ……!?」
最早知識欲の権化へ変貌したフィリップ!
こうなるともう彼は手が付けられない。
目の前の疑問が解消されるまで、決して止まることは無い、欲望の化身(知属性限定)なのだ。
「や、やめなさい! 私をどうする気……!?」
「分からないかな?」
「っ!?」
「僕は君に興味があるんだよ? 伊井野ミコさん」
「えっ……」
「君の全てが知りたいのさ、僕は」
「なっ……!」
フィリップ、悪魔の微笑み。
しかし、この状況は、第三者が見れば違うものに見えている。
「さあ、教えてくれないかな? 『ふうきいいん』を……君と言う存在を。ねえ?」
「い、いやっ……いやぁ……」
校舎の塀に追い込み、手を壁に付けて逃げられなくした上で急接近し、顔を近づけ本心を囁く。
いわゆる、壁ドンである!
「や、止めなさいよ……や、止めて……」
「無理だ。もう止められない」
「こ、こんな、無理矢理……わ、私をどうする気なの?」
「だから言ってるだろう? 全てを知りたいって」
「ば、ばかなことは止めて……こ、こんなの、許さないんだから……」
「馬鹿なこと? 君を知るのが、愚かだというのかい? 『ふうきいいん』にはそんな役割も?」
「だ、だって、私……風紀委員で……その……ふ、ふじゅ……ふじゅん、いせい、こーゆーは……っっ」
あくまで知識の為に追及しているフィリップ。
しかし性の実態には疎く、知識ばかりが先行している伊井野にとっては、当然これは恥ずかしい行為!
到底耐えきれるものではなかった!
「ふうん、これに『風紀委員』と書かれている。これは役職を表す腕章だね?」
「きゃっ」
「それで、その紙に何かを記入していたね?何を書いたの?見せてよ」
「ちょ、や、止め……」
「隠さないでよ、ほら」
「やっ……」
手首を抑え付けるフィリップ!
伊井野はもう逃げられない。
助けを呼ぼうにも、もう生徒が周りには残っていなかった!
「へえ……なるほど」
「お、お願いだから、もう……」
「面白いね。君はとても興味深い。ゾクゾクするよ」
「っ……!」
そっと、フィリップの手が、伊井野の頬に触れた。
全身の体温が一気に上昇。
伊井野の顔は真っ赤になった。
「い……」
「い?」
「いやああああああっっ!」
耐え切れず、フィリップを突き飛ばし、そのまま伊井野は走り去る。
「はっ!? しまった……やってしまった……」
「うわあああああんっ!!」
「あっ! 伊井野さん、待ってくれ! ちょっと!」
立ちすくむフィリップ。
泣きじゃくりながら走っている伊井野の後姿に、また己の失敗を嘆くも、時すでに遅し。
「けだものオオオオオッっ!!」
伊井野ミコは、校舎の向こうへと消えて行った。
「やってしまった……初日だっていうのに……」
「……あの、大丈夫?」
後には打ちひしがれるフィリップと、
取り敢えず難を逃れたものの、状況についていけない石上だけが残されていた。
『本日の勝敗……石上の勝利(なんだかんだでゲームは守れた)』
次回……伊井野ミコとの誤解を解く……予定です。