フィリップ・来人は検索したい~魔少年の高校生活~   作:ディルオン

20 / 31
続きです。
こんな深夜になってしまいました。

皆様、感想やメッセージを沢山下さって、本当にありがとうございます。
予想よりも大きな反響をいただきまして少し自分でも驚いております。

これからも、応援していただければと思います。





19話【となりのK/白銀御行は手伝いたい】

 

「そういうのは特に見てないかな」

「……そうか」

 

 フィリップはHRの終了直後、風紀委員の大仏こばちを訪ねてた。

 彼女達は朝昼放課後と、学校を見回っている。学園で起きた日常の些細な変化に関しては、風紀委員の方が詳しいこともある。

 

 しかし結果は芳しくなかった。

 

「生徒会からも昨日連絡もらったけど、白ネコなら目立つし、誰かが覚えてると思う」

「……」

 

 フィリップはいつもの癖で、口元に右の手を添えながら考えていた。

 

「化けネコの噂について、何か知ってるかい?」

「ああ、あの噂……聞いたことはあるけど、直接は聞かないなぁ」

 

 大仏は首を傾げる。

 彼女や伊井野は風紀委員の活動にとても熱心である。恐らく間違いない。

 

「ミコちゃんとも話した事あるけど、やっぱり聞き間違いじゃないかって。最近は夜も聞こえないって言うし」

「最近はもう聞こえない……なるほどね」

 

 一見収穫は無いように思えて、大仏の言葉が逆にフィリップの中で手掛かりとなりつつあった。

 

「あまり力になれなくてごめんね」

「とんでもない、助かったよ。もし何かあれば、生徒会にまで連絡してほしい」

「うん、分かった」

「それと出来れば……」

「大丈夫。ミコちゃんもネコは好きだから、探すの手伝ってくれると思う」

「……ありがとう」

 

 フィリップは頭を下げる。

 彼女は生真面目な伊井野を上手く支えている経験上、相手をそっとフォローすることに長けていた。

 フィリップが伊井野とはまだ警戒されている中で、彼女という相談相手がいるのは頼もしかった。

 

「じゃあ僕はネコ探しに戻るとするよ」

「あ……フィリップ君」

「なんだい?」

 

 振り返ったフィリップを、大仏は呼び止めた。

 

「ミコちゃん、生真面目だし、フィリップ君とは何か誤解があるみたいだけど……本当は凄く良い子なの」

 

 恐る恐る、大仏はフィリップに向かって言った。

 

「今はまだ打ち解けられないと思うけど……でも、ミコちゃんも、フィリップ君のこと分かってくれると思うから、その……」

「……分かっているさ」

「え?」

「彼女は高潔で、純粋な人だよ。僕にもそれくらいは分かる。そういう人だからこそ、僕は友達になりたい」

「……」

 

 大仏は、ついフィリップを見つめてしまった。

 学園でも有数の美少女と称されている大仏こばちが、噂の編入生と見つめあっている。

 マスメディア部あたりが知ればニュースになるかもしれない。

 

 しかしフィリップには、その様な認識もなければ、大仏が有名人であることも知らない。

 

 それ故に出た素直な言葉が、彼女の心を打った。

 

「ありがとう」

 

 なんの含みもない台詞を、よくもまあ恥じらいもなく言えたものだと、大仏は感心した。

 同時に、フィリップ・来人という人物を理解できた気がした。

 

「……まぁ、まだ彼女との間の溝が何なのか……それがよく分からないんだけど…」

「大丈夫だよ」

 

 大仏は笑って言った。

 

「ミコちゃん、きっとフィリップ君と仲良くなれるから」

「本当かい?」

「うん。だからちょっとだけ待ってて」

「……分かった。君の言う通りにしてみよう」

 

 フィリップも、どこかこの少女に共感めいたものを感じていた。

 実際、彼女の言葉通り、フィリップと伊井野はすぐに共に仕事に励む間柄としてお互いを認識することになる。

 

「風紀委員会にも、協力してもらう様に呼び掛けてみるね」

「ありがとう。君の気持ちにも、どうにか報いられるようにするよ」

 

 ……とは言え、その分騒動の種も増えるのだが、それは別の話である。

 

 

 

 

【となりのK/白銀御行は手伝いたい】

 

 

 

 

「あ、フィリップさん」

「圭っ」

 

 数時間後、フィリップは合流場所となった生徒会室の真下に向かう。

 すると今一度、奥の林の中を文字通り草の根掻き分けて探していた圭と合流することが出来た。

 

「そっちはどうだい?」

「……」

「……そうか」

 

 圭はゆっくりと頭を振る。

 丁度その時、残りの探索メンバーであるかぐやと藤原も、表門辺りからこちらへと近づいてくるのが分かった。

 

「フィリップ君、そっちはどうでした?」

「残念だけど、何もない」

「そうですか……」

 

 藤原は難しい顔をして黙ってしまう。

 

 今日の放課後、ネコ捜索隊は隅々まで高等部の敷地を探索し尽くしていた。

 聞き込みや、餌による誘き出し、マタタビなどの香りを利用した作戦など、搦手も多く利用。

 

 しかし……

 

「これだけ探して見つからないなんて……」

 

 いつも陽気で笑顔を絶やさない藤原も、疲れが顔に浮かんでいる。

 その場にしゃがみこんでしまった。

 

「困りましたね……手掛かりも無いとなると」

 

 そしてこの状況には、流石のかぐやでさえ深いため息を隠せなかった。

 

(早坂にも探らせてるのに……ネコ一匹でこんなに難航するなんて)

 

 かぐやも無策ではない。

 早坂は侍従としてあらゆる訓練を受けていて、探し物などは寧ろ得意分野であった。そんな彼女に捜索を命じても、足取りが追えない。

 

 難解を通り越し、少し奇妙な展開でさえあった。

 

(ちょっと待って)

 

 そこまで考えた所で、かぐやもある結論に思い至る。

 

(高等部で幾ら探しても手掛かりが見つからないと言うことは……)

 

 ネコは既に高等部にはいないのではないだろうか。

 そう、かぐやは推理した。

 しかし学園外に逃げているというのも考え辛い。

 

 となれば……

 

「……もうすぐ日が暮れますね」

 

 しかし藤原の言葉で、一旦その黙考は中断される。

 そして、やがて下校を告げる鐘が鳴った。

 

「そうですね……今日はここまでにしましょう」

 

 かぐやは静かに言った。

 自分の推測が正しかったとしても、今は検証している時間が無い。

 

 しかし誰一人、この場を動こうとはしない。

 尤も、それはかぐやとて同じ思いである。この場で後ろ髪を引かれない者など、一人としていない。

 

「……」

 

 俯く圭の背中に西日が当たり、絹のような真っ直ぐな長髪が赤く染まる。

 逆光で表情は見えない。

 

(……しょうがない子達)

 

 かぐやはその様子を初め、愚かしいと断じた。

 だが、こうも思う。

『初めに動くのは、自分でなければ』……皆が動けないなら、せめてかぐや本人が動くことで、罪悪感を緩めよう。

 

 それ位しか、今の自分には打つ手がない。

 

 

「……もう少し探してみます」

「え?」

「皆さんは先に帰ってて下さい」

 

 

 俯いていた圭が、顔を上げた。

 夕日と共に翳り、苦しい想いをしていると思われたその顔は、決意に満ちていた。

 

 白銀圭は、こういう時に決して弱音は吐かない。

 大切な物がある時、ひたすらに走る。それは兄の姿だった。兄がどうして、あれだけ勉学に打ち込み、不器用なのに頑張り続けられるのか、圭は知らない。

 

 それでも、その心意気だけは、確かに受け継がれていた。

 

「でも圭ちゃん……もうこんな時間だよ? 暗くなったら危ないし…」

「うん、分かってる……でも、あの子が一番危ないから」

 

 そう言うと、圭は校庭へと向かって歩き出す。

 

「お腹空かせてるかもしれないし、そうでなくても怪我してるし……動物とかに襲われたら大変だから」

「その気持ちは分かりますけど……会長も心配しますよ?」

 

 そう言って、引き留めるかぐや。

 タイムリミットだけではない。

 

 かぐやなりに、この少女を心配していた。

 会長の面影を一番に感じ取ったのは、かぐやであった。

 

 きっと圭は、兄の様に無理をする。倒れる直前まで……もしかすると倒れるまで探し続けるだろう。

 ずっと側で彼を見続けてきたからこそ、確信があった。

 

「……兄なら、きっと分かってくれます」

 

 それでも圭は、かぐやに向かって振り返り、答えた。

 歩き回ったせいであちこち汚れ、顔にも泥が付いている。

 しかし、それを指先で拭って、彼女は言う。

 

「怒るかもしれないけど、でもきっと、兄も心配してると思います。ネコ大好きだから」

「……白銀さん」

 

 かぐやも、一瞬言葉に詰まる。

 止められない。それが直感で伝わった。

 一度強く決意したことを曲げない白銀御行が、絶対に止まらないように、白銀圭の瞳を揺るがせられない。

 もし出来たのならば、自分はあの頑固な生徒会長を相手に、悪戦苦闘していない。

 

 夕日に照らされた圭の横顔が、会長に似てしまっていては。その顔に白銀御行の面影を見た四宮かぐやが、引き留められる筈も無い。

 

「僕も、探すよ」

 

 フィリップはそれを見て、胸が締め付けられる想いだった。

 

(あと……あと、もう少しで何かが……)

 

 初めは、ただの好奇心だった。

 だが皆の熱意や、何より圭という少女の気持ちに触れた。

 

 自分も探したい。一刻も早く、彼女の気持ちに応えたい。

 何時の間にか、そんな思いがフィリップの中に芽生えていた。

 

「フィリップさん……」

「まだ、諦めるには早い。そうだろう?」

 

 頭のモヤモヤが消えない。

 そして現実として時間は止まらない。到達点さえも見えない。

 なら自分に出来る事は。

 この身一つでぶつかる事のみだ。

 

「そうだな」

 

 その言葉は、フィリップの決意に対してなのか。

 それとも、その直前に圭の言った言葉に対してか。

 

 

「けど、探すならこうした方が明るいだろ?」

 

 

 考えるより前に、フィリップやかぐや、藤原、そして圭の足元が一気に明るく照らされた。

 全員が目を丸くして辺りを見渡すと、校舎の窓から灯りが外まで照らしているのが分かった。

 

「おいおい何しょぼくれた顔してるんだ、皆」

 

 それだけではない。

 中庭、外通路、外堀、校庭、グラウンドの夜間練習灯、校門前の非常灯、全てが点灯している。

 

「ネコは夜行性なんだ。探すなら日が暮れてからが本番だ」

 

 その光の向こう側。先程かぐや達が歩いてきた方向から、一人の男子生徒が歩いてくる。

 

 夏服の時期だというのに冬の学ラン。そして襟元にて照明を反射し、黄金に輝くのは、秀知院学園の生徒会に代々受け継がれる純金飾緒。

 これを身に着ける栄誉を浴びる資格を持つのは、ただ一人。

 

「え、会長!?」

 

 藤原が目を丸くして素っ頓狂な声を上げる。

 

「おう藤原書記、今までご苦労」

「これもしかして、会長がやってくれたんですか?」

「ああ。校長に頼んでな、取り敢えず学園中の灯り全部点けてもらった」

 

 藤原は、てっきり自分達の代わりに仕事をこなしているとばかり考えていた。他の皆も同様だった。

 今日も、出て行く生徒会室に一人残り、見送ったのは白銀である。

 しかし、彼が仕事を放って来る筈も無い。

 

「ったくお前ら、俺一人に全部仕事押し付けやがって。お陰でこっちはてんてこ舞いだったんだぞ?」

「え、もしかして全部やってくれたんですか?」

「今度、俺と石上に何か奢ってくれ」

 

 そう言って不敵に笑う白銀を、かぐやは「はぁっ」とため息を吐きながらじっと見つめる。

 

「会長……」

「四宮、遅れてすまん。ここから俺も取り返すからな」

「……はい、お願いしますね」

 

 かぐやはある結論に至った。

 

(そういうことですか……)

 

 圭と会長は似ている。

 だから、圭は白銀が自分の意を汲んでくれると理解した。

 そしてその通り、白銀は妹のやりそうなことを見抜き、昨日から全てその下準備にかかっていた。

 

 圭に弁当を手渡したのもそう。

 風紀委員会に相談したこともそう。

 そして、こうして学園の室内外を問わず全ての灯りを点灯させたのも、白銀御行の根回し故である。

 

「……人が悪いですよ」

 

 微笑して白銀を見るかぐや。

 いつも涼しげな顔をして、こういう時にはやってくれる男である。

 かぐやが、いつまでも彼の顔を忘れないのは、そんな深い優しさ故。

 

「さてと。校長に言って、時間も引き伸ばしてもらった。あと二時間ちょいは探せる筈だ」

「……いいの?」

「当たり前だろ」

 

 そう言って、歩み寄った妹の頭を、くしゃりと撫でた。

 

「……うんっ」

 

 頷く圭。

 頭を撫でられたのはいつ振りだっただろうか。

 今こんな事をしたら、本当は「しねくそあにき」と罵られ、一週間は口を利かない。

 だが圭は、温もりを受け入れた。

 照明が、彼女の横顔を、明るく照らしている。

 

「フィリップ庶務も悪かったな。昼休みも返上して探してくれたんだろう?」

「……知ってたのかい?」

「生徒会室から見えたからな。手伝えなくて済まなかった」

 

 そう言って、白銀はフィリップの肩に手を置く。重たく、それでいて暖かな彼の想いが伝わった。

 

「じゃあ、さっき何も言わずに僕らを見送ったのは……」

「俺が普段から真面目ぶってるのは、こういう時に無茶やる為だ」

 

 嘘である。

 

 彼がどれだけ血と汗と涙を流したか。

 それはひとえに、一人の少女への想いを成就させる為。

 決して生まれつきの才ではない身体と頭脳を鍛え上げたのは、四宮かぐやに並び立つ為である。

 

 だが今は、妹の為なら惜しみなく使う。

 決して困っている人間を、弱者を、優しい人を見捨てない。

 それが白銀御行である。

 

「まあ、正直こっちの注文が通るか五分五分だったからな。安易に期待させるわけにもいかんし、黙ってた」

「……ごめん、会長」

 

 分かっていた筈だったのに、それでも思い知らされる、仲間の力。

 

「僕の力では、これが精一杯だった……」

「なに、『僕の力』だけで足りないなら、『僕達の力』で乗り切ればいい」

「ああ……そうだったね」

 

 それがフィリップの中に、今までとは違うものを与えてくれた。

 

 根拠も何もない、楽観的観測に過ぎないとしても、今なら、何かが見つかりそうな予感がするのである。

 否、予感ではない。フィリップのそれは、今までの探偵としての経験に裏打ちされた、確かな直観力であった。

 

 人はそれを、『希望』と呼ぶ。

 

 

「会長、お待たせしました」

 

 

 その時、白銀が歩いて来た方向から、更に人影が近づいてくる。

 生徒会最後のメンバー、石上優が、荷物を抱えながらこちらへと駆け寄ってきた。

 

「おお、石上会計。悪かったな」

「いえ、僕も肉体労働より、こっちの方が向いてますし。自分で言った事ですから」

 

 そう言って、石上は持ってきた物を広げて見せた。

 彼が手に持っていたのは、近所のコンビニのビニール袋だった。皆が覗きこむと、惣菜パンやおにぎり、お茶などが詰め込まれている。

 

 腹が減っては戦は出来ぬ……と、白銀に買い出し係を買って出たのは彼自身である。

 

「取り敢えず、軽くつまめるもの買ってきました。よかったら皆さん、食べて下さい」

「わぁ、石上君ありがとう!」

「気が利きますね」

「いえいえ」

 

 これには藤原やかぐやも彼の機転を褒めざるを得ない。

 優はそのうち、アンパンを一つ取り出すと、圭に向かって差し出した。

 

「……」

「食べないと、持たないよ」

「……ありがとうございます」

「ひゅー、石上君やるぅ! ご褒美にこの帽子をプレゼント……」

「アホに見られるんで要りません」

 

 石上、藤原をいつも通りにあしらうと、クラスメイトに向かって焼きそばパンを一つ取り出した。

 

「ほら、フィリップも」

「ああ、頂くよ」

 

 石上が放り投げたのをキャッチする。

 それを合図にして、建物の屋根の下に一同は集まり、輪になって座ると、小休憩タイムとなった。

 ここ一番で、生徒会や圭の気持ちが、再びまとまりつつあった。

 

「あ、かぐやさんのそれ美味しそうですね」

「明太マヨネーズ味だそうですよ。こっちは、ジャムパンですね」

「ねえねえ、よかったら半分こしませんか?」

「ちなみに藤原先輩が最初に取ったクリームメロンパン、600キロカロリーありますからね。味噌ラーメンと同じくらいです」

「……」

「ダイエットしてるって言うなら成分表くらいちゃんと見ましょうよ」

「会長、毒物反応が出ない薬とか知りません?」

「俺を完全犯罪に巻き込むな」

 

「……」

 

 その様子を、フィリップは見て微笑していた。

 さっき、自分の中に沸いた自信の正体が、何となく分かった気がした。

 

「あの」

「ん?」

「良かったら……半分こしませんか?」

 

 いつのまにか、圭が隣にちょこんと座っていた。

 彼女は自分のおにぎりを半分、昼休みの時のように、フィリップへと差し出していた。

 

「……ああ、もらおうかな」

「はい」

「僕のも、一口どうだい?」

「……じゃあ、いただきます」

 

 どうせ、自分が断っても引かないのだろう。

 ならせめて、ここは折半で行くべきだ。そう思い、フィリップは自分の焼きそばパンを差し出した。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 20分程度経っただろうか。

 石上が買ってきた食事や飲み物は、キレイに全員の胃袋に収まる。自覚しないままに、随分エネルギーを消耗していたらしい。

 

「よし、ここからは手分けして探すとしよう。校庭、裏庭、奥の林と、それぞれ担当を振り分けて探す。できるだけ音を立てないようにな」

「はいっ!」

 

 そう言って、白銀は皆に指示を飛ばす。

 やはり学園を代表するリーダーが居ると、場の雰囲気が一気に引き締まるもの。

 率先して苦労を引き受ける人間の言葉には、説得力が生まれるのである。

 

「いやー、満腹です!」

 

 ポンポンと、自分のお腹を軽く叩いて、藤原は立ち上がる。

 

「さっきはストレスと空腹で一歩も歩けない状態でしたが、ここからは名探偵チカが超覚醒しますよ! あー、石上君が良い匂いを漂わせた時には、一瞬神様に見えました」

「さっき毒殺しようとしてましたよね?」

 

 石上が苦笑しながらも立ち上がる。

 ……その時だった。

 藤原の何気ない一言が、フィリップの脳を大きく揺り動かした。

 

 

「……歩けない……良い匂い」

 

 

 フィリップは過去の検索した記憶を辿った。

 ネコについて、何度か調べたことはある。

 フィリップ自身、かつて両親からネコをプレゼントされ、今そいつは風都の探偵事務所でふんぞり返ってる。

 

 だが、そんな愛猫──ミックにも、弱点があった。改めて奴を飼う際、今一度検索し直した事がある。

 

「藤原さん」

「え?」

「藤原さんは天才かもしれないね」

「ええっ?」

 

 戸惑う藤原。

「お前頭やられたの?」と、石上が視線で訴えかけてくるのが分かった。

 しかし、今は二の次である。

 

 この仮説が真実なのか、急いで検証しなければならない。

 

「会長、僕ちょっとトイレに行って来るよ」

「ん? ああ……」

 

 フィリップは走り出し、夜の帳が下りた校舎へと姿を消していく。

 呆然とした様子で皆がフィリップを目で追っている時、かぐやだけは訝しげに、その姿を見守っていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 無論、トイレと言うのはハッタリである。

 フィリップは校舎の中に入ると、真っ直ぐにある場所を目指した。

 荷物が置いてある生徒会室である。

 

「あった」

 

 フィリップは鞄から、愛用の白紙の本を取り出す。

 そしてカーテンを閉め切ると、中から覗けない中央へと移動した。

 

(ネコを助け出すには、もうこれしかない)

 

 そもそも、ネコの姿を見かけないのは何故か。

 数日前には鳴き声がしたというのに、今はそれも無い。

 

 つまりネコは現在動けなくなっている可能性が高い。そして今も体力を消耗している。

 推測が正しければ、自らエサを探せない程に。

 

 フィリップは自分の枷を外すことを決意した。

 

 

「……検索を始めよう」

 

 目を閉じると、意識を自分の頭の中に集中させる。

 瞬間、自分の頭のイメージの中に、真っ白い空間が生まれてくる。フィリップがその中に降り立つと、たちまち白い空間の中に、ぎっしりと本が敷き詰められた書架が次々と出現し、空間を埋め尽くした。

 億や兆ではきかない数の本棚……到底、数えきれる量ではない。

 

(『本棚』を使うのは久しぶりだ……)

 

 

 一般には知られていない事実だが。

 

 地球という星も、ある種一つの生命体である。

 そこには意思性が存在し、この惑星で起こった出来事を全て記録・保管している。

 即ち──それは地球の記憶であり、まさに知識の海。無限アーカイブとも呼ぶべき存在なのだ。

 

 フィリップは幼少時のある出来事がキッカケで、この『星のデータベース』にアクセスし、自由自在に検索・閲覧できるという特異な能力を発現させた。

 今、彼の脳内は地球の記憶とダイレクトに直結し、好きな情報を入手できる状態となっている。

 フィリップの場合、地球の持つ情報は、本と言う形となってイメージ化される。

 

 これを駆使すれば、この地球上に於いて彼が会得できない情報は存在しない。個人のプライベートから、まだ解明されていない歴史上の秘密に至るまで。

 どんな知識でも、彼は読み解くことができる。

 

 これがフィリップの持つ超常の特殊技能──通称『地球(ほし)の本棚』。

 

 

「知りたい項目は、【ネコの居場所】。キーワードは……」

 

 

 ただし、これを使用するにあたっては、幾つかの弱点が存在する。

 

「『ネコ』……『秀知院学園』……」

 

 第一に、情報量の多さである。

 

 地球誕生以来の情報は、如何に天才フィリップの脳を以てしても収まる量ではない。その都度必要な項目を探し出し、入手する必要がある。

 まずフィリップは脳内に出現した本棚を、ネット検索のようにキーワードを入れることによって絞り込み、該当する本を見つけ出さなければならない。

 

「それと、『白銀圭』」

 

 キーワードを次々に入れるフィリップ。

 本棚は次第に間引かれ、見る見るうちに脳内イメージの本が減っていく。

 

「やはりまだ多い……」

 

 第二に、知り得る情報はあくまで『物理的な事象・現象』のみである。行動の動機や、感情の機微まで知ることは出来ない。

 

 仮にフィリップが『四宮かぐや』の情報を得たとしても、彼女が誰に想いを寄せているか……などは載っていないのである。

 この場合にも、ネコの気持ちまでは探れない。

 

 

「問題は……ネコがどういう心境で動いていたか、だ」

 

 

 第三の問題点……それはフィリップのセンスである。

 論理的な推理力に関しては群を抜いているフィリップ。しかし、記憶を無くし人としての生き方を忘れたフィリップは、感情というものに疎い。

 

 どのキーワードを入れれば目的の情報を入手できるのか……その柔軟な発想ができない。まして今回の相手は動物である。

 その点、相棒の左翔太郎は的確にキーワードを見つけ出す達人であった。

 

 だが、今回は翔太郎の役目……キーワードを見つけ出すことを、仲間が請け負ってくれた。

 

 

「キーワードを、あと二つ追加……『ストレス』と、『匂い』」

 

 

 stress、そしてsmell……二つの単語を頭の中で入力すると、次の瞬間、フィリップの脳内に存在した本はあっという間に姿を消す。

 

 そして、目の前に一冊の本だけ残されていた。

 

 分厚い表紙には『PLACE』と刻印されている。

 間違いない。

 これが知りたかった情報である。

 頭の中でフィリップは急いで本を取り、表紙を開いた。

 

 傍目には、フィリップは白紙の本をただパラパラと無作為にめくっているようにしか見えない。

 しかし彼の目には、脳内で開いた本の内容が写し出されているのである。

 

 やがて……

 

 

「絞れた」

 

 

 フィリップ・来人は、知りたい情報を全て閲覧した。

 

 





次回、完結。
どうかお付き合いいただければと思います。

それと、前回までの話で、幾つかミスがありましたので訂正及び加筆を。

・ネコはまだ成熟しきってません。なので年齢は半年未満程度とお考えください。
・校庭から鳴き声……と言う書き方をして誤解が多かったですが、裏庭から校庭に向けて~という意味でした。鳴き声がしたのは、あくまで『裏庭から生徒会室の真下にかけて』です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。